震災・津波を乗り越えて再開した豆腐作り PB 豆腐生産者 「とうふは豆と

PB 豆腐生産者
「とうふは豆と水なんだ!」
震災・津波を乗り越えて再開した豆腐作り
ミヤギシロメで
豆乳を作ってい
きます。
9 月 24 日。秋晴れの爽やかな空の下、私たち豆腐
プロジェクトメンバーは、初めて菅野食品さんの工場
見学に伺いました。仙台市宮城野蒲生に位置する工場
は震災時津波の被害が甚大で、豆腐工場も2mの津波
に襲われ、柱しか残らなかったそうです。それでも「豆
腐を作り続けて150余年」江戸末期から続くお豆腐
作りを再開出来たのは、昔からのこだわりの豆腐作り
いよいよ新 PB 豆腐開発の始まりです。豆腐作りのこ
にかける熱い思いと、地域の方たちの大きな要望があ
だわりを伺う中で、専務から先代の父にいろいろ聞くと
ったからこそとおっしゃっていました。
創業は明治2年。江戸末期に蒲生から嫁いだハルさ
んが、近隣の農家が栽培した大豆で豆腐作りを請け負
っていたことから初まります。口コミで「美味しい」
「豆腐は豆と水なんだ」と必ず返ってくる言葉が決まっ
天然にがり
国産大豆
プロジェクトメンバーと一緒に
という豆腐が次第に本業になっていったそうです。明
ごし豆腐・硬さの違う木綿豆腐。
方によって硬さの調節が出来るそうです。もちろん、消
続けています。
「昔も今も本当の美味しさと味わいを届
泡剤も凝固剤も使わず、天然のにがりで作ります。大豆
けたい」という姿勢が本物の味を知る人ぞ知る豆腐と
独特のえぐみについては、その時に使う大豆の大きさや
なり評判が高い理由がここにありました。
保存の時期で異なります。例えば、大豆が小さいと皮の
しかし、3.11の震災で全てを失ってしまいまし
部分が多くなるので、多少えぐみが出るそうです。大豆
た。工場長が「犬が心配で家に戻らなかったら私も危
の状態を見極めて長年の経験と腕で均一の商品を作ると
なかった」とぽつりとおっしゃいました。
「私は豆腐作
左から2番目菅野叔枝専務・中央菅野勝也工場長
いう工場長。
「木綿豆腐を作る時のくずし」という工程の
加減が大切で、豆乳濃度が薄い方が離水しやすいと活き
食べてくれるファンの声をばねに、豆腐工場再開計画
が始まったのです。
目の前に試食用の豆腐が並びます。ミヤギシロメの絹
一口食べると大豆の香りが広がります。木綿豆腐は作り
治、大正、昭和を経ても今尚、こだわりの製法を守り
りしか出来ない」という思いと「美味しい」と言って
ているそうです。
10月26日 Wa!わぁ祭り会場にて
豆腐のお披露目・サンプルの試食
があります♪
是非お味見しにいらして下さい♪
活きとお話しして頂きました。この方の作る豆腐は美味
しいに違いないと思いました。
一緒に試食を重ねながら、組合員が納得のいく味の豆
腐が開発できるという思いで工場を後にしました。1人
でも多くファンが出来る本物の豆腐を目指していきたい
と思います。