食品小売業の再編四つの方向

戦略ケース
食品小売業の再編四つの方向
∼ オムニチャネルと消費税増税が加速させる小売業の再編 ∼
食品小売業再編を加速させる、ふたつのトリガー
2014 年に入り、食品小売業の再編が加速している。その大きなきっかけ(トリガー)はふたつある。ひ
とつは、2013 年 11 月にセブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)が打ち出した「オムニチャ
ネル戦略」である。セブン&アイは、リアル店舗とネットを融合させるオムニチャネル戦略で鍵を握る「顧客
接点数」で圧倒的な優位に立つため、グループの店舗数を急速に増やしている。中核の CVS セブン-イレ
ブンは、これまで「特定の地域へ集中的に出店する」ドミナント戦略を基本としてきたため、未出店地域が
多かった。しかし 2013 年の四国進出に加え、2014 年 3 月には JR 西日本グループと業務提携して同
グループが展開する駅店舗をセブン-イレブンに転換していくなど、手薄だった西日本エリアにおける店舗網
拡大を急速に推進している。
またセブン&アイは、CVS、GMS(イトーヨーカ堂)、百貨店(そごう・西武)、食品 SM(ヨークベニ
マル、ヨークマートなど)、専門店(赤ちゃん本舗、ロフトなど)から外食(デニーズ)まで多様な業態を
展開しているが、2013 年 12 月には、通販のニッセンホールディングス、高級衣料品のバーニーズジャパン、
日曜雑貨店「フランフラン」を展開するバルス、さらには西日本の食品 SM 天満屋ストアと立て続けに業務
提携するなどオムニチャネル戦略を「成長の第 2 ステージ」としてグループ拡大に積極的である。
もうひとつは、2014 年 4 月から施行された「消費税増税」である。増税に伴うレジやプライスカードなど
売場の設備投資が大きな負担となり、加えて競争相手との価格競争がより厳しくなるなど、企業の体力
差が鮮明となる。2015 年 10 月には現行 8%から 10%へと税率アップが予定されていることから、経営
基盤の弱い企業は一気に再編の波に飲み込まれることが予想される。
四つの再編方向 I.国内 2 大流通グループの全国展開強化
2013 年から 2014 年 9 月までの再編の動きをみていくと、大きく四つの方向が見えてくる(図表 1)。
まずは、セブン&アイとイオンの国内 2 大流通グループの拡大である。セブン&アイでは前述以外にも、
2013 年 8 月に北海道の食品 SM ダイイチ(売上高 304 億円/2013 年 9 月期)と資本・業務提
携している。これに対し、イオンも 2013 年 10 月にマックスバリュ北海道が食品 SM いちまる(同 98 億
円/2014 年 2 月期)と資本・業務提携した。ダイイチといちまるはともに帯広市を拠点としており、2011
年には資本・業務提携して共存共栄を目指す関係にあったが、わずか 2 年で解消して 2 大流通グルー
プの傘下で再び競争することになった。
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図表 1.小売業再編の四つのパターン
また両者は、西日本エリアでも食品 SM の店舗網構築を進めている。イオンは、2014 年 9 月に九州
北部に地盤を持つレッドキャベツ(同 308 億円/2013 年 7 月期)を買収した。レッドキャベツは山口県
に本拠を置くが、福岡県を基点に長崎県、佐賀県、熊本県の九州エリアで 41 店舗の DS 型 SM を展
開している。
九州は、長らくイオングループとイズミ(広島県)が支配権争いを繰り広げてきたが、食品売上構成が
50%を超える「フードドラッグ」のコスモス薬品(同 3,718 億円/2014 年 5 月期)が九州最大の小売
業に急成長した他、トライアルカンパニー(同 3,071 億円/2014 年 3 月期)、ミスターマックス(同
1,131 億円/2014 年 3 月期)、三角商事(店舗名「ルミエール」・同 503 億円/2013 年 4 月期)
の総合 DS 企業が急速に成長しており、レッドキャベツは収益性が低下していた。
セブン&アイが 2014 年 1 月に資本・業務提携した天満屋ストア(同 563 億円/2014 年 2 月期)
もレッドキャベツと同様に最新の決算では大幅に収益性が低下している。天満屋ストアが本拠を置く岡山
県でも DS 型 SM の大黒天物産(店舗名「ラ・ムー」など・同 1,153 億円/2014 年 5 月期)が大幅
に収益を伸ばしている。価格競争が激しいエリアにおいて、消費税増税がより消費者の価格志向を高め
る経営環境では、中堅規模の SM が生き残るには余程の差別的な強みがないと厳しい。
四つの再編方向 II.リージョナル・ローカルトップクラスによる地域小売再編
いわゆる「地方の雄」と呼ばれる、単独県や近隣の複数県にまたがって強さを誇る企業を基軸とした再
編である。これには三つのタイプがある。ひとつは原信ナルス(新潟県を地盤に長野県と富山県に出
店)とフレッセイ(群馬県を地盤に栃木県と埼玉県に出店)が経営統合した「アクシアル リテイリング」
である。出店エリアが重複しない両社は、北陸・信越・北関東の 6 県に約 120 店舗を展開する売上高
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1,700 億円超の SM 企業としてスケールメリットを生み出し、同 2,000 億円規模を目指す。
ふたつは、北海道・東北地区で勢力を拡大させる「アークスグループ」である。2002 年、北海道の中堅
SM ラルズと福原の経営統合により誕生したアークスは、道内各地の SM を次々に傘下に収め、2009
年度にはグループの連結売上高が 3,000 億円を突破した。北海道ではイオングループやコープさっぽろと
3 大勢力を形成し、激しいシェア争いを展開している。そのアークスが掲げる「八ヶ岳連峰経営」の理念は、
傘下企業の商号や地域に応じた業態展開や施策の独立性を残しながら、横並びの関係の中でグルー
プメリットを出していくものである。そのアークスは 2011 年に青森県に本拠を置くユニバースを経営統合す
ることで道外進出を果たした。2012 年には岩手県のジョイスを完全子会社化して青森県と岩手県でも
トップシェアの小売グループとなっている。2014 年 9 月のベルグループの経営統合は岩手県でのトップシェ
アを揺るぎないものとするための一手である。
アクシアル リテイリングとアークスの展開は、思想や手法に違いがみられるものの、大手流通グループの
対抗軸という点では同じである。このふたつのグループはともに共同仕入れ機構の CGC(シジシー)グル
ープの加盟企業であり、別の見方をすると、将来的に加盟企業数 223 社、総店舗数 3,879 店、グル
ープ売上高 4 兆 2,317 億円(2014 年 9 月 1 日現在/シジシージャパン発表)の流通グループが、
イオンとセブン&アイに続く食品小売業界の「第三極」になる可能性も秘めている。
三つ目が、「地方の雄」単独展開による規模拡大路線である。イズミは広島県を本拠に中四国と九州
の広域エリアで、広域商圏を対象とする「ゆめタウン」、小商圏対応の「ゆめマート」に加え、新たに取り組
んでいる中商圏対応の「ゆめモール」の 3 業態を展開している。2014 年 2 月期の売上高は 5,355 億
円だが、2011 年の創業 50 周年時には「ゆめの 1 兆円構想」を掲げている。イズミは 2014 年 1 月に
福岡県に本拠を置くスーパー大栄(同 234 億円/2014 年 3 月期)と資本・業務提携している。中四
国・九州エリアでのドミナント化を推進して 1 兆円構想を達成するには、今後も積極的な M&A を継続し
ていくと思われる。
また、このパターンで注目されるのは、2012 年 6 月に業務提携した SM 業界売上高 1 位のライフコー
ポレーションとヤオコーである。経営体質が全く異なる両社の提携は、現段階では資本関係はなく、PB の
共同開発や店舗や売場開発のノウハウ共有というレベルにとどまっている。仮に資本提携まで進んだ場合、
首都圏と大阪圏における食品小売業界の勢力図が大きく塗り替わることは必至である。
四つの再編方向 III.中小・零細規模のローカル小売の連携に規模拡大
II で取り上げた企業・グループよりもさらに企業規模の小さい、売上高 1,000 億円未満の企業の展
開である。ヤマザワ(同 913 億円/2014 年 2 月期)は、山形県では SM 企業トップの売上高を誇る
が、売上高は頭打ち、利益率も低下傾向にある。そのヤマザワは宮城県には既に進出しているが、
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2011 年から県内でのエリア拡大を進め、2014 年 2 月には秋田県が地盤のよねや商事(同 98 億円
/2014 年 2 月期)を連結子会社化した。「よねや」の社名と商号を残す形ということでは、東北地区の
競合であるアークスと同じ手法である。ヤマザワの売上合計は 1,000 億円を超えるが、アークスの 4,500
億円超には遠く及ばない。
同じ東北では、2014 年 9 月に CGC グループに加盟する 4 社の経営統合が発表された。青森県の
マエダ(同 273 億円/2014 年 3 月期)、岩手県のマイヤ(同 243 億円/2014 年 3 月期)、山
形県のおーばん HD(同 120 億円/2013 年 9 月期)、福島県のキクチ(同 116 億円/2013 年 9
月期)は 2010 年に共同仕入れ会社マークスを設立しており、店舗網の重複がないということで、メリット
が大きいとの判断から経営統合に踏み切った。4 社の売上高は単純合計で 800 億円弱である。同じ
CGC グループということでアークスの南下政策による再編に飲みこまれる可能性も否めない。
長野県のマツヤ(同 379 億円/2014 年 2 月期)とアルピコホールディングス(店舗名「アップルラン
ド」など・同 429 億円/2014 年 3 月期)も単純合計で約 800 億円である。もともとこのクラスの企業は
単体での収益性も低いため、結果的に「弱者連合」になってしまう可能性が高い。このグループの生き残
りの鍵は、ひとつの目安である売上高 1,000 億円に向けた規模拡大とその先にある規模のメリット追求と
効率化など収益性の改善策にある。
四つの再編方向 IV.都市部における小商圏対応の多業態・多店舗展開
イオンが 2014 年 5 月に打ち出した「首都圏におけるスーパーマーケット連合」は、具体的にはイオンが
約 3 割を出資するマルエツ(同 3,258 億円/2014 年 2 月期)とカスミ(同 2.332 億円/2014 年
2 月期)、100%子会社のマックスバリュ関東(427 億円/2014 年 2 月期)の 3 社が 2015 年 3
月までに持ち株会社方式で経営統合するという青写真である。単純合計で 6,000 億円の売上高を
2020 年に 1 兆円規模へと引き上げ、店舗は倍増以上の 1,000 店舗体制(2014 年 2 月期末現
在 450 店舗)を構築する。
これが実現すると単純に SM 業界トップとなるが、イオンの狙いはそこではない。真の狙いは、都市部市
場における主導権獲得にある。日本全体では、人口減少と高齢化の進行により、今後の食品小売市
場は縮小が避けられない。しかし、生活の利便性が高い都市部市場は今後も人口集中が進み、需要
が拡大することが予想される。こうした背景から CVS や DS は食品の品揃えや品質を強化に重点を置い
て、出店数を増やしている。
この都市部市場で優位に立っているのがセブン-イレブンである。首都圏(東京都、神奈川県、埼玉
県、千葉県)における店舗数は 5,417 店舗(2014 年 8 月末)で、総店舗数の 3 割を占めている。
このセブン-イレブンのドミナント出店戦略と GMS イトーヨーカ堂や SM ヨークマートなどの多業態展開によ
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り、セブン&アイは首都圏の食品小売市場で圧倒的なシェアを獲得している。
首都圏市場におけるイオングループの CVS ミニストップの店舗数は 769 店舗(2014 年 8 月末)と
約 7 倍もの大差をつけられている。この差を縮めるために、イオンは 2013 年 4 月には、J.フロントリテイリ
ング傘下の食品 SM ピーコックストア(現イオンマーケット)を買収し、その後も首都圏に店舗が多いダイ
エーを子会社化した。この間、首都圏で展開する都市型小型 SM まいばすけっとも 500 店体制にまで拡
大させた。しかし、ダイエーは 2014 年 2 月期で大幅赤字を計上するなど、業績は低迷続きでいまだに経
営再建の目途が立たっていない。まいばすけっとも 2014 年 2 月期に黒字化したと報じられているが、全
体的な品揃えの薄さや低価格 PB のトップバリュ比重の高さなどが足枷となり、既存店売上高が頭打ち
状態で新規出店依存になっている。
連合を組むマルエツとカスミはともに 2014 年 2 月期決算では減益となるなど課題が多く、単純に規模
の拡大のメリット追求と経営資源の共有化が収益性改善につながるとは考えにくい。早期に売上高 1 兆
円という数字を追うのであれば、イオンの関連会社であるいなげやとベルク、丸紅の関連会社の東武スト
アや相鉄ローゼンを参加させれば事足りる。しかし、現段階でそこまで打ち出せていない現状にこの構想
の脆弱さがうかがえる。
これは、2014 年 6 月にイズミヤを経営統合した H2O リテイリング(以下、H2O)にもいえることであ
る。H2O は 2004 年に「関西ドミナント戦略」を掲げ、ここ 10 年間は阪急うめだ本店のリニューアルと年
5 店舗ペースでの高級 SM 阪急オアシスの出店を進めてきた。イズミヤとの経営統合により、カード会員約
700 万人、大阪・梅田を中心とする半径 50km 圏内世帯の半数を百貨店、GMS、SC、食品 SM 約
200 店舗の複数業態展開によってカバーする見込みとされた。単純計算で売上高 8,000 億円超
(2014 年 2 月期)の小売グループの誕生は関西圏の小売再編の呼び水となるという見方もあったが、
現状では大きな動きはみられない。関西圏には九州の DS のコスモス薬品が出店を進め、セブン-イレブン
は JR 西日本との提携により「駅ナカ」出店を柱として出店攻勢をかけてくる。首都圏の都市部市場と同
じように関西圏でも小商圏での需要獲得競争が激化することが予想される。
2015 年 10 月、消費税 10%に向けて
景気回復の一方で、従業員確保や人件費の高騰などを理由とした「人手不足倒産」が小売業や外
食産業で増えているという。また冒頭で述べたように、消費税増税に伴い店舗運営関連コストが高騰す
るなど、小売業を取り巻く経営環境は厳しさを増している。2013 年度の決算では、消費税増税までの
駆け込みの恩恵を受けた業態や企業もあったが、4 月以降の反動減からの回復の過程では格差が鮮明
になってきている。それが実際の数字として出てくるのが 2014 年秋から冬にかけての決算発表のタイミン
グである。
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業態や企業規模、都市部・地域の展開エリアなどの条件にかかわらず、2015 年 10 月の消費税率ア
ップに向けて、勝ち残りと生き残りをかけた再編の動きが活発化するのは必至である。
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