温故知新 京都大学名誉教授 三 枝 武 夫 「温故知新(オンコ・チシン)」の語は論語に書かれている孔子の言葉であ る(論語・為政第 11 条)。 「古きをたずねて新しきを知る」の意味で、この句の あと「可以為師矣」即ち、「以て師となるべし」が続いている。つまり、「今ま での既知の事柄を十分理解し、新しい問題を考えるのが師である」という意味 から二千年も前に示された言葉で、孔子の偉大さに敬服する。ただ、これを「高 分子の研究」に当てはめて見ると、解釈によっては誤解を招くことがある。今 に始まったことではないが、新しく開発されたより精緻な機器を使って過去の 問題を「再解析」する論文が見られる。未知な点が明らかになる点では無意味 ではないが、より精緻な解析がなされても、多くの場合、特別に「新しい原理」 がもたらされるわけではない。実験結果や解析・結論に誤りがなければ学術雑 誌の審査にはたいていパスする。しかし、必ずしも「独創性あり」と評価され たわけではなく、学術の進歩にはあまり「貢献」することはない。私は研究の 第一線から退いて 20 年余りになるが、自身の過去に発表した論文を振り返って、 一連の研究の単なる延長に類する論文が若干ある。これらは上述の「再解析」 ではないが、安易な「温故知新」の研究態度によるものと、今、反省している。 (平成 28 年 1 月 1 日)
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