てんかん原性の五苓散による予防的治療効果の可能性 The Prophylactic Effects of GOREI-SAN on the Brain Edema in Epileptogenesis of Epileptogenic Model ○ 1大江 優美、 1稲嶺盛佳、 1川真田 実来、 1小森 理絵、 2石原 康宏、 1伊藤康一 ( 1徳島文理大学・香川薬学部・薬物治療学、 2広島大学 院 総合科学研究科) ○稲嶺 要旨 盛佳、大島 航、伊藤 康一 ○ SE後の海馬及び扁桃体/梨状皮質で水分含量が上昇した 徳島文理大・香川薬・薬物治療 漢方の原典である『傷寒論(しょうかんろん)』、『金匱要略(きんきようりゃく)』に記載されている漢方薬 86.0 茯苓 青朮 桂皮 沢瀉 猪苓 (ブクリョウ) (ソウジュツ) (ケイヒ) (タクシャ) (チョレイ) 2.0g 6.0g 3.0g 抗炎症作用 発汗、発散作 用 健胃作用 利尿作用 止渇作用 鎮痛作用 血圧降下作用 血糖降下作用 利尿作用 抗腫瘍作用 抗脂肪肝作用 血小板凝集増強作用 3.0g 3.0g 利尿作用 抗炎症作用 滋養作用 鎮静作用 駆中作用 健胃作用 抗腫瘍作用 利尿作用 健胃作用 鎮静作用 血糖降下作用 強壮作用 発汗作用 Brain water content (%) てんかん原性は症候性局所関連てんかん発症の原因になると考えられている。つ まり、てんかん原性期の脳機能変化をコントロールすることが続発性てんかん発症 の回避につながると考えている。我々は脳MRI所見からてんかん原性初期に脳浮腫 出現を確認し、続発性てんかん発症と脳浮腫の関連が重要であることを示唆した。 そこで本研究では、脳神経外科において脳浮腫の治療に用いられている五苓散 (GRS)を用い、てんかん原性の脳浮腫に対するGRSの影響について検討した。 側頭葉てんかんモデルマウスは常法に従い、ピロカルピン(PILO、 290 mg/kg) 投与し、90分間に5回全身痙攣発作を繰り返す重積発作(SE)後ジアゼパムで発作を 終息させた。その1時間後から生理食塩水(0.1 mL/10 g)、GRS(100、300 mg/kg、ツムラより原末を供与)の経口投与を開始し、1日3回(8:00、13:00、 18:00)7日間投与した。SE後2日目および7日目にMRI撮像(T1WI, T2WI, DWI) を行った後、脳を摘出、大脳皮質、海馬、扁桃核、線条体、間脳(視床、視床下部含 む)、小脳に分画し、各部の脳水分含量を測定した。 SE後2日のMRI所見では、海馬、扁桃核領域でT2WI、DWIの高信号を示し血管 原性脳浮腫を呈していることを示した。実際、脳水分含量は2日目でこれらの領域 において有意な上昇が認められた。これらてんかん原性初期の脳浮腫変化をGRS (100および300 mg/kg)連続経口投与が抑制した。 つまり、自然痙攣発作(SRS)発現の引き金となる可能性がある脳浮腫発症をGRSが 抑制していることから、続発性てんかん発症に対して予防的な効果を有すると考え られる。 現在、SRS発症に対するGRSの影響について検討中である。 ** ** 84.0 ** ** ** * 82.0 ** 80.0 78.0 76.0 74.0 72.0 CX HP TL DC CP CL PM Brain regions かんたん漢方薬ガイドより抜粋 http://www.kantankanpo.com/kanpo/k00009.html Control 3h 1d 2d 7d 14d 図6. PILO-SE後の脳各部位の水分含量変化 図3. 五苓散の成分とその作用 ○ GRSはSE後の海馬及び扁桃体/梨状皮質での水分含量 上昇を抑制した 方法 ○ PILO-SEマウスの作成法 ICR10週齢雄性マウスに、PILOの末梢性ムスカリン効果を低減させるため、 PILO投与30分前にメチルスコポラミンを腹腔内投与(1 mg/kg, i.p.)した。けいれ ん発作誘発のためPILO(290 mg/kg, i.p.)を投与し、その後90分間けいれん発作 の 観 察 を 行 っ た ( 図 4) 。 全 身 け い れ ん 発 作 が 5 回 起 き た マ ウ ス に ジ ア ゼ パ ム (DZP)(5 mg/kg, i.p.)を投与しPILO-SE終息させ、てんかん原性のモデルマウスと した。 症候性てんかん 35% ○ GRS投与スケジュールとSRSの観察方法 PILO-SE終息1時間後から生理食塩水(0.1 mL/10 g)、GRS(30, 100, 300 mg/kg、ツムラより原末を供与)の経口投与を開始し、1日3回(8:00, 13:00, 18:00)2日間及び7日間投与した。SRS出現の有無は8:00から18:00の 間ビデオモニタリングにより記録、観察した。 5 GRS: 1日3回経口投与 4 Seizure stages 図1. 続発性てんかん(PTE)発症過程と薬物治療 背景と目的 ○ GRSがSE後のBBB透過性亢進を抑制した (8:00, 13:00, 18:00) 3 2 1 0 症候性局在関連てんかんがあり、全てんかんの約35%を占めている。脳卒中、脳 外傷、重積けいれんなどの基礎疾患を有し、その治療後発症する続発性てんかん (post-traumatic epilepsy, PTE) は、症候性局在関連てんかんの約20%を占め、 そ れ は 全 て ん か ん の 5 ~ 10 % に 相 当 す る 比 較 的 頻 度 の 高 い て ん か ん と い え る (Lowenstein, 2009)。PTEの発症メカニズムは未だ明確な結論を得ていない。通 常、PTEは、脳障害後けいれん発作などの症状が認められない期間、これをてんか ん原性と言う、を経て突然てんかん発作が出現する。通常、この時点で受診し、て んかんと診断され、初めて抗てんかん薬(AED)を用いた治療が開始される。しかし、 PTEの根本的治療を考えると、てんかん原性期に治療介入を行うことができれば、 PTE発症を回避することが可能となる。しかし、 PTE発症回避のための薬物治療介 入には、投与量、投与開始時、投与期間、安全性を考えて行わなければならない。 しかし、PTEはどの患者に、いつ発症するか予測不能であることが治療介入決定の 困難さを示している。この解決策の一つとしてPTE発症に関するバイオマーカーを 見つけることが重要である。さらに、既存のAEDでは効果が認められないことから (Temkin, 2001, 2003, 2009)、既存AEDとは作用機序の異なる治療薬の開発が 必要になる。 我々の研究室において、症候性てんかんモデルであるピロカルピン誘発重積けい れんモデル(PILO-SE)を用いた研究により、PTE発症と脳浮腫との関連性について 報告した(日本薬学会134年会、熊本)。この研究では、PILO-SE後のてんかん原性 初期において脳浮腫と細胞死が海馬、扁桃体を含む側頭葉領域で起こることが確認 された。SE直後に新規AEDの一つであるレベチラセタム(LEV)の高用量を1日2回 連続経口投与で処置することにより、脳浮腫と神経細胞死が顕著に抑制され、PET 発症を抑制することが明らかとなった(投稿中)。つまり、SE後の脳浮腫発症が、 PTE発症に重要な役割を持っていることを示唆している。また、脳浮腫は細胞障害 性と血管原性浮腫に分類され、in vivoではMRI撮像により解析可能となる。 本研究では、てんかん原性初期に海馬、扁桃体を含む側頭葉領域で発症する脳浮 腫の動態について、MRIを用いて非侵襲的に同一動物で経時的に観察し細胞障害性 と血管原性浮腫の発症経過を観察しバイオマーカーの可能性を検討した。さらに脳 神経外科領域において慢性硬膜外血腫の術後に発症する脳浮腫治療に用いられてい る漢方薬の五苓散のてんかん原性に伴う脳浮腫に対する効果についても検討した。 60 ~ 90 min PILO 3 h Day 1 Day 2 Day 7 Day 14 DZP (290 mg/kg, i.p.) (5 mg/kg, i.p.) SE Video monitoring: 8 h/day (9:00~17:00), everyday 図4. GRS投与スケジュール ○ MRI撮像条件 MRI 装 置 は 、 永 久 磁 石 小 動 物 用 1.5 Tesla MRI(MRmini-SA, DS Pharma Biomedical Co., Ltd, Osaka, Japan)と直径30 mmのRF coilを使用し、重積け いれん発作終了後2日、7日後にマウス脳のMRI撮像を行った。MRI撮像は、1.5~ 2.0%イソフルラン(160~180 mL/min, Escain®, MERCK, USA) 麻酔下で 行った。マウスの体温は、37.5 ± 0.2℃となるように直腸温を熱電対で測定し、 循 環 温 水 フ ィ ー ド バ ッ ク 制 御 装 置 (Yamashita Tech System, Tokushima, Japan)を用いて維持した。MRI撮像は、2次元マルチスライス-スピンエコー法で 行った。その撮像条件は、FOV (field of view) = 20×40 mm2、マトリックス (matrix) = 128×256、voxel size=0.234 × 0.234 × 1.0 mmで T1強調画 像(T1WI)、T2強調画像(T2WI)、拡散強調画像(DWI)を、スライス厚1 mmの連続 前額断面画像(11枚)とした。 信号強度 画像 高信号 白 T1WI 脂肪 低信号 黒 水、血液 脂肪、 急性期の出血 拡散が活発 組織 T2WI 水、浮腫、病変 TR:500 msec,TE:9 msec NEX=8 TR:2500 msec,TE:69 msec NEX=4 TR:2500 msec,TE:69 msec b-factor:800 sec/mm2, NEX=4 撮像条件 表1. MRIの特徴と撮像条件 (TR: repetition time, TE: echo time, NEX: number of excitations) ○ MRI所見による脳浮腫の評価 脳浮腫の評価は、表2に従って行った。 表2. 細胞障害性浮腫、血管原性浮腫のT2WI, DWI Pathophysiology T2WI DWI 細胞障害性浮腫 等信号 高信号 血管原性浮腫 高信号 高信号 1 ○ 脳水分含量測定法 MRI撮像後、脳を大脳皮質(CX)、海馬(HP)、側頭葉(扁桃体、梨状皮質)(TL)に 分画しそれぞれ秤量瓶に入れ、各湿重量を測定(W1)した。それを100℃で24時 間乾燥させ、再び乾燥重量を測定(W2)した。脳水分含量率は、下記の式に従って 算出した。 Brain water content (%) = ((W1-W2)/W1)×100 血管原性浮腫(Vasogenic edema):細胞外液増量 原因:血液脳関門(BBB) の透過性亢進、破綻、 アクアポリン4(AQP4)促進 図2. AQPの機能 出典 漢方薬の最新知見 ~脳での作用機序を考察する~ http://www.ebm.jp/topics/ch_med.html 五苓散とは まとめ DWI 拡散が低下(虚血) 小動物用MRI装置 脳浮腫は大きく2つに分類される。 細胞障害性浮腫(Cytotoxic edema):細胞外液腔狭小化、細胞膨潤化 原因:(解明されていない)ATP産生低下、イオン恒常性維持の低下、 グルタミン酸過剰放出、アクアポリン4(AQP4)促進 図8. GRS投与マウスのGdT1WI所見 GRS 脳浮腫 脳浮腫は頭部外傷,脳卒中,脳腫瘍、脳炎等の多くの脳疾患時,あるいは脳外科 手術(開頭術)の際に見られる現象である。細胞間質及び細胞内に水分が増加・貯留 することで脳組織、細胞の容積増加を伴い、頭蓋内圧の上昇を引き起こし、神経系 に大きな障害を与える。 図7. 海馬、扁桃体/梨状皮質、大脳皮質の水分含量に対するGRSの効果 1. MRI所見からSE2日後の海馬、扁桃体/梨状皮質領域でT2WI、DWI高信号を示 した。つまりSE後側頭葉領域で血管原性脳浮腫が発症したことを示した(図5)。 2. MRI所見からGRSはSE2日後の血管原性脳浮腫を抑制していることを示した (図5)。 3. PILO-SE後、海馬、扁桃体/梨状皮質においてのみ水分含量が増加し、血管原 性脳浮腫を確認した(図6)。 4. GRSはSE後の脳水分含量を用量依存的に有意に低下させた(図7)。 5. GdT1WII所見からSE後の血管原性脳浮腫はBBB透過性亢進によることが示め された(図8)。 6. GRSはBBBに対し保護的に作用することで血管原性脳浮腫を抑制することが 示唆された(図8) 。 総括 てんかん原性初期からのGRS適用は、脳浮腫の 発症を抑制する。このことは、続発性てんかん回 避の治療薬となる可能性が示唆された。 五苓散 結果 ○ PILO-SE後の海馬・扁桃体/梨状皮質でのT2WIとDWI 高信号がGRS投与により低下した 近年、五苓散は、様々な臨床応用が試みられており、その有効性が報告されてい る。特に脳神経外科領域では慢性硬膜下血腫時の治療である穿頭血腫除去術後の再 発予防効果、脳浮腫抑制効果を目的として使用されており、この五苓散による利水 効果が注目されている。 五苓散の成分は猪苓、茯苓、蒼朮(または白朮)、沢瀉、桂皮であり、そのうち 蒼朮、猪苓には脳内のAQP(アクアポリン)阻害による細胞膜水透過性の抑制作用が ある。これによって五苓散は浸透圧勾配差によって生じる脳内の異常な水の移動を 抑制する作用を持つことが明らかとなっている。 脳組織に病変が生じた場合 1. 血管内皮から脳組織に水が移動するのを阻害し、新たに脳浮腫が生じてくるのを 抑制的に働く。 2. 桂皮にはAQP存在部位で特に選択的なERKのリン酸化抑制作用による抗炎症作 用がある。 図5. PILO-SEモデルマウスのMRI所見 Pre-SE (PILO投与前)、2d (SE 2日後)、7d (SE 7日後) 利益相反:開示すべき利益相反はない。 謝辞:著者らは徳島文理大学・香川薬学部による支援に感謝いたします。 また、五苓散の供与にあたり(株)ツムラに感謝いたします。
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