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浮腫んだ身体に理学療法
F グループ:高木大輔・鈴木啓介・古橋花奈・細川真登
【はじめに】
厚生労働省では平成 22 年度に浮腫の有訴者を調査した結果、すべての年齢で浮腫みの訴
えは女性が多く、年齢が増すごとに浮腫みを訴える人が増加する傾向(図 1)にあることが
明らかとなった(厚生労働省, 2013)
。浮腫は皮膚の脆弱化や褥瘡の発生リスクの増加、関
節拘縮の増悪など身体にとって様々な悪影響が生じる。また、理学療法的視点から捉える
と感覚機能の低下や足関節の可動域低下により(Russo A et al, 2013)転倒のリスクが増大
することが考えられる。浮腫は急性期から予防介入の分野に渡り、遭遇する機会の多い病
態であり、身体に負の影響を与えることから、理学療法士として治療介入していくことに
意義のあるものと考えられる。
120
有訴者数
100
平成22年度 浮腫
80
60
40
男性
20
女性
0
年齢別
図 1:日本における浮腫有訴者
【浮腫の原因】
「浮腫」とは組織間隙に過剰に水分が貯留した状態と定義される。血管網は内皮細胞の
層によって水分を保持しているが、血液の循環や血管外組織の機能的障害によって血漿の
流出が生じる。
(Fleur Bossi et al, 2011.)。細胞外液量の増加は、原疾患による全身の血行
動態の変化を基盤に Na や水の貯留を不適切に引き起こすことが明らかとなっている。
(Schrier RW et al, 2003)50 歳以上の患者では下肢の浮腫で最も多い原因として静脈の機
能不全であることが報告され(Jobn W et al, 2006)、静脈機能不全は人口の 30%が影響を
受けていることが明らかとなっている(Alguire PC et al, 1997)。
浮腫は、病態生理にもとづいて 4 つの病態に分けられる(Cho S and Atwood JE, 2002)。
①毛細血管静水圧の上昇、②毛細血管の透過性亢進、③血漿膠質浸透圧の低下、④リンパ
管閉塞である。
それぞれの原因は以下の通りである(石川, 2014)。
①毛細血管静脈圧の上昇:毛細血管の静水圧が上昇することで毛細血管から間質への体液
の移動が推進される。細静脈側に分布する毛細血管の静水圧は
全身の体循環の静脈圧が増加するにしたがって上昇する。
②毛細血管の透過性亢進:毛細血管の透過性が亢進することにより毛細血管から間質への
体液移動が増加する。
③血漿膠質浸透圧の低下:低アルブミン血症で血漿膠質浸透圧が低下する。しかし間質の
アルブミンも同様に低下するため必ずしも著しい低下があるわ
けではない。
④リンパ管閉塞:多くの間質液はリンパ管を介して循環系へ回収される。そのため局所リ
ンパ管流の障害がリンパ管閉塞の原因となる。
我々理学療法士が対象とする患者の多くは独力では動けずに活動性が低下しており、不
動の状態が比較的多いことが考えられる。その長期間の不動状態が、静脈の静止状態とな
り、結果として下肢に浮腫を生じさせ慢性静脈機能不全へと進行する(Kataro S et al,
2014)。また、上肢浮腫と比較し下肢浮腫は有意に初診が遅れる(Blome C et al, 2013)と
いう報告もあり、治療開始が遅延し下肢浮腫が慢性化しやすいと考えられる。また、女性
に対する浮腫に関しては不明な点も多いが、現在では筋の水分ホメオスタシスが男性と異
なっていることが影響している可能性や(Topchyan A, 2006)、下腿三頭筋の不十分な筋緊
張(筋力や筋量)の違いが主な原因で下腿の流体プーリングを引き起こしやすいと考えら
れている(Goddard,2003)。
【浮腫に対する理学療法】
浮腫は間質液体積の異常な膨張に起因する細胞間組織内における流体の蓄積であるとい
う点から局所または全身状態がこの平衡を乱すとき、組織流体の蓄積が発生し浮腫が生じ
る(KATHRYN P,2013)。流体の蓄積を改善させるためには,何かしらの手段を用いて、四
肢における静脈圧を低減し、静脈およびリンパ管の還流を増大させることが重要と考えら
れる。先行研究では慢性心不全患者 6 人を対象に 1 日 30 分間のカフパンピング作用を持つ
機器を 1 か月間用いて浮腫の改善について調査した結果、下肢水分量の減少をもたらした
と報告しており、下腿三頭筋の筋肉ポンプ刺激の増加は、浮腫によって貯留した水分の減
少と関連していたことを示唆した(Carolyn Pierce,2009)。また、近年では Electro muscular
stimulation(EMS)を用い、静脈疾患の症状を改善し、下腿三頭筋の筋肉ポンプを活性化
するための新たな手法として浮上している。EMS を用いた先行研究では 19 歳~50 歳の 30
例を対象とし、1 か月間介入を行った結果、四肢の 93.8%で浮腫が減少した。さらに浮腫
の軽減に伴い下肢の周囲に見られた疼痛は減少し、QOL が有意に改善したと報告している
(Bogachev V, 2011)。以上より浮腫の改善には筋ポンプ作用が重要であると考えられる。
また、理学療法で多く用いられる歩行も筋ポンプ作用を働かせる代表的な動作であり、
理論上、歩行によって浮腫は軽減すると考えられる。しかし、ある先行研究では 50 歳以上
の健常者 31 人を対象にトレッドミル上での 10 分間の歩行後と 10 分間の自転車サイクル運
動後の下肢の体積変化を観察した結果、自転車サイクリング運動は下肢の体積が減少傾向
であったが、歩行においては歩行前と比べて下肢の体積が 1.4%有意に増加したと報告して
いる(J. Wesley McWhorter.2008)。したがって歩行のみでは浮腫が改善しない可能性が考え
られる(図 2)。
ml
下
肢
体
積
量
図 2:歩行とサイクリング介入前後の下肢体積変化
一方で下肢浮腫のある患者 16 名に対し弾性圧迫ストッキングを装着させ 30 分間の短時
間のトレッドミル歩行を行った結果、有意に浮腫が改善したという報告や(Ema Quilici
Belczak C et al, 2012)、弾性ストッキングを装着した群としていない群にて同じ強度の歩
行を行った結果、弾性ストッキングを装着した群では静脈血行動態が有意に改善したとの
報告がされている(Ibegbuna V, 2003)。すなわち歩行に合わせて弾性ストッキングを使用
することで浮腫軽減の効果が示されている。また、浮腫のある肺高血圧患者に対して投薬
のみの介入では効果が得られないことが報告されている(Safdar Z, 2011)。つまり浮腫に
対する各々の介入効果は小さいものと考えられ、浮腫に対するアプローチは各介入を組み
合わせていく必要があると考えられる。具体的な臨床の場面を想定すると、歩行練習前の
カフパンピングやキッキングなどの静脈還流量を促進させるような運動を取り入れること
や、弾性ストッキングのような下腿を圧迫する物を併用するなど、各介入を組み合わせる
ことで、浮腫軽減に効果的な理学療法が行えると考えられる。
【参考文献】
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