海岸埋立地の道路建設事業で遭遇した地盤汚染への対応事例 常陸河川国道事務所 調査第二課 成家 昭宏 1、はじめに 本報告は、土壌汚染対策法(平成 14 年 5 月 29 日法律第 53 号最終改正平成 23 年 6 月 24 日法律第 74 号改正;以下「土対法」)の制定前後に道路建設事業で遭遇した地盤汚染の事 例であり、過去に法的な要件を満たして実施された選鉱廃液をセメント固化した改良土が 存在する海岸埋立地における道路事業において、周辺環境への影響を生じさせず適切に施 工するための対応方針を検討し施工が行われた事例である。 2、事例の概要 2.1、経緯 日立バイパス事業において、日立市内の浜の宮地区で土壌環境基準を上回る重金属を含 む土壌に遭遇した。適切な対策を講じて事業を進めるために「土壌対策検討委員会」を立 ち上げ対策方針の検討を行った。 表1 年 日立バイパス浜の宮地区の地盤汚染への対応の経緯 度 対応内容 平成 13 年度 事前地質調査,土壌調査(重金属等の存在を確認) 平成 14 年度 追加調査施,施工前モニタリング,対策検討 平成 15 年度 詳細設計,モニタリング計画,モニタリング着手 平成 16~19 年度 施工,施工中モニタリング 平成 20~21 年度 施工後モニタリング 2.2、 浜の宮地区周辺の地盤環境の概要 日立鉱山 浜の宮地区は、太平洋に面した宮田川河口に位 置する。海岸付近は標高数メートルの低地とその 背後の標高数十メートルの台地からなる。台地背 宮田川 浜の宮 後の阿武隈山地には、日立鉱山に代表される鉱山 地区 が数多く分布している。 このように、事業地は鉱山の多い阿武隈山地か ら流れ下る宮田川河口付近にあり、山地の侵食と 河川の土砂堆積により地質中に重金属が存在する 可能性が高い土地であった。 日立 日立駅 さらに、日立鉱山に由来した選鉱廃液がセメン ト固化され埋め立てられた土地であり、新たな事 バイパス 太平洋 図1 事業周辺状況 業により土地の掘削を講じる場合、重金属による影響が懸念される土地であった。 2.3、浜の宮地区道路用地の地質状況 地質断面線位置図と地質断面図は、図 2 及び図 3 に示すとおりである。基盤層は泥岩か らなり、当該地域の基盤を形成している。全体に砂質を呈し、N 値は 50 以上で硬く固結 している。この上位には、砂及び砂礫を主体と A する沖積砂層が分布する。層厚は 1.0~3.8m で、 N 値は 8~50 以上程度と緩い~中位を呈す。最 上位には全体的に均質なシルトを主体とした改 No7 No8 断面① No9 良土である埋土層が分布する。湿潤性が高く軟 No4 No5 らかいが、部分的に固い部分がある。埋土層の No6 上は盛土されグラウンドとして利用されている。 No1 No2 2.4、 浜の宮地区の地盤汚染の状況 No3 A 調査の結果、道路地内の盛土と埋土層は、カド ミウム(Cd)セレン(Se)、ふっ素(F)及びほう素(B)、 土壌環境基準超過地点 数 字 の 単 位 は mg/L 沖積砂層は、Cd、砒素(As)及び鉛(Pb)が土壌環境 基準値を超過して検出された。重金属の分布状況 図2 各種地質調査地点 断面① から、埋土層から沖積砂層への移行は認められな かった。 以上の結果から、埋土層は、土壌環境基準を超 過する場合があること、沖積砂層は鉱山由来の重 図3 金属等が海岸の堆積物や海底底質に含まれていた 自然由来に近い性状のものだと考えられた。 地質断面 土壌環境基準超過地点 数 字 の 単 位 は mg/L 2.5、道路建設と地盤汚染との関連 道路建設に伴って既設護岸を撤去し改修する計 画であったことから、埋土層と沖積砂層の一部を掘 削することが想定された。新規護岸の改修は、浜の 図4 宮地区の太平洋側の新設道路に沿って計画され、図 5のとおり海水位(地下水位)より 土壌調査結果 図2の断面①付近 も深く掘削する計画であった。この ような護岸の改修に伴い埋土層や 沖積砂層を掘削するため、基準を超 図5 護岸断面 過する土壌の拡散による周辺環境への影響が懸念された。 3、浜の宮地区の地盤汚染対策 3.1、現状把握に基づく対策検討のための課題の整理 以上のような道路計画と地盤汚染の状況に基づき、建設事業を適切に進めるための着眼 点や調査方法について課題を整理した結果,現行の法規制及び土対法の施行を見込んだ対 応が必要であり、合理的で適切な対策を検討するため、想定される対策工法を検討するこ ととした。 3.2、 浜の宮地区の関係法令の整理 関係法令としては,①浜の宮地区は「公有水面埋立法」に則り埋立てられており、問題無 い埋立地であること、②掘削土を場外搬出する場合には「土壌環境基準」が適用されること、 ③「土対法」については、適正に埋立てられた土地であること、また、良質土で 50cm 程度 の覆土により直接摂取による健康へのリスクもないことから、法の適用対象外と整理した。 以上より、地盤汚染対策では、ア)浜の宮地区を囲む公共用水域に対し「水質環境基準」 が適用されること、イ)浜の宮地区の地下水には「地下水基準」が適用されること、ウ) 浜の宮地区に存在する土壌には「土壌溶出量基準」が適用されること、そして、エ)現状 の沖積砂層の地下水質が地下水基準を超過するが排水基準未満であり海水水質は基準値を 満足している状況から、「排水基準」の考え方を参考にできること等の条件を確認した。 3.3、対策検討 対策検討は、浜の宮地区の環境向上措置と して事業者が自主的に取り得る最適な工法を 絞り込む方針で検討した。 当初、できるだけ現状に変化を与えない「封 じ込め」対策のうち遮水工が望ましいと考え られたが、浜の宮地区の背後低地の地下水位 を上昇させ地下水の湧出や地盤の浸潤化とい った生活環境の悪化が想定され、浜の宮地区 における土壌対策として「封じ込め」(遮水 工)は採用できないと判断され、最終的には、 道路・護岸改修工事の施工方法を工夫するこ とで現状の環境をより向上させる措置をとる 方針とした。 3.3. 1、良質土置換と土粒子の流出防止 強い波浪の影響による護岸の損 図6 対策検討の流れ 傷や、波の浸食によって埋土層や 沖積砂層の土粒子の海域への流出 を考えられる。この土粒子には, 環境基準を上回る重金属が含まれ ている可能性があることから、掘 図7 地盤汚染対策(案) 削により泥土となった埋土層を固化処理したあと粉砕し埋戻材として再利用することとし、 掘削後の良質土砂の埋め戻し時に耐久性の高い吸い出し防砂シートを敷設することとした。 3.3.2、水質のモニタリング 浜の宮地区の地下水の水質は、AsとPbが地下水基準を上回る場合や場所があるが、その 程度は排水基準未満である。また、工事の施工中と施工後は継続的に地下水や海水の水質 のモニタリングを行い水質の変化を監視する。さらに、工事中の濁水による影響を回避す るためのモニタリング方法を確立し慎重な施工を行うこととした。 4、浜の宮地区の道路建設時のモニタリング 4.1、 モニタリング方法の検討 施工中のモニタリング方法を定めるために、掘削工事で発生する濁水と重金属の流出に ついて検討を行った。また、施工後のモニタリング計画と合わせて施工時の周辺環境対策 についても検討を行った。 4.2、掘削時の濁水及び重金属の流出に関する検討結果 掘削を行う道路事業用地において各層から試料を採取し、濁水を作成し分析した結果、 掘削時の濁水管理基準値についてはPb及びAsが排水基準値を超えないように濁度濃度の管 理値を設定する必要があることが把握できた。 また、濁度と濁水の重金属濃度の関係は、Cd、Se、F については埋土層及び沖積砂層を 掘削中の濁度が上昇しても、濁水中の重金属濃度は排水基準を超過しないことが把握され た。Pb については埋土層及び沖積砂層、As については埋土層のみ濁水の濁度が上昇すると 濁水中の重金属濃度も排水基準を超過することが把握された。 4.3、濁水の管理基準値と超過時の対応策 試験結果より、濁度を参考として、埋土層水中施工時は 320NTU、沖積砂層水中施工時は 250NTU とした。 また、掘削工事中の濁度のモニタリングによりこの濁度を超過したときの対応策には凝 集性が良く低水温時の処理に有効とされ、浄水で使用実績が多いポリ塩化アルミニウムを 用いることとし、凝集剤を 3ml/m3 添加すれば濁水中の重金属濃度が排水基準を下回ること を確認した。 4.4、水質モニタリング計画の作成とモニタリング結果 施工前 て実施した。定期水質モニ タリングは、浜の宮グラウ ンドの地下水質と海水水質 の経年変化の状況を把握する 地下水基準 H16.1.14 H16.4.23 H16.8.1 H16.11.9 H17.2.17 H17.5.28 H17.9.5 H17.12.14 H18.3.24 H18.7.2 H18.10.10 H19.1.18 H19.4.28 H19.8.6 H19.11.14 H20.2.22 H20.6.1 H20.9.9 H20.12.18 H21.3.28 H21.7.6 H21.10.14 H22.1.22 H22.5.2 ニタリング手順書を作成し 排水基準 NO.6 NO.7 H14.12.10 H15.3.20 H15.6.28 H15.10.6 水質モニタリング計画とモ 施工後 施工中 0.13 0.12 0.11 0.10 0.09 0.08 0.07 0.06 0.05 0.04 0.03 0.02 0.01 0.00 H14.5.24 H14.9.1 用して、施工段階に応じた As水質濃度(mg/L) 一連の調査検討結果を活 図8 定期及び施工後モニタリング結果 ことを目的として年 4 回の頻度で定期的に行う事とした。その結果、図7に示すように施 工前から定期、施工後まで As だけは数箇所の観測井戸で地下水基準を超過する傾向が継続 したがその濃度は排水基準を下回るとともに、工事に伴う水質の変化は認められなかった。 このように、計画的な水質モニタリングの実施により工事の影響が生じないことを確認 しながら道路建設を完了することができた。 5、おわりに 本事業の浜の宮地区は,法に基づき許可された埋立地であるが,検討開始時には重金属 が土壌環境基準を上回る状況が生じていた。また,波浪により既設護岸が破損するなどし, 埋土層が海へ流出する状況も生じていた。一方,浜の宮地区周辺は地下水を利用していな いことから住民の健康被害が生じる蓋然性はなかった。このような状況下道路地内及び浜 の宮地区全体の埋土層を封じ込めるような対策を講じると地下水の流れに影響を及ぼし, 逆に周辺地域の生活環境を悪化させることが明らかとなった。そこで,本事例は環境向上 措置としてモニタリングを中心とした対策を実施して建設工事を完了したものである。
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