子宮がん集団検診における液状化検体細胞診の有用性 原著(2)

調査研究ジャーナル 2012 Vol.1 No.1
原著(2)
子宮がん集団検診における液状化検体細胞診の有用性
立花美津子、河西十九三、黒川祐子、大木洋子、早田篤子、藤澤武彦、三橋暁、生水真紀夫
Effect of Liquid-based Cytology on Mass Screening of the Cervical Cancer
Tachibana Mitsuko,Tokuzou Kasai,Yuko Kurokawa,Yoko Oki,Atuko Souda,
Takehiko Fujisawa,Mitsuhasi Akira,Makio Syouzu
要 旨
検診車による子宮がん集団検診における、Sure Path 法による液状化検体細胞診 (Liquid-based
cytology:LBC) の有用性を明らかにする事を目的とした。
対象は 2011 年 11 月に行った T 市の子宮頸部がん検診受診者 3,201 人で、細胞診判定にはベセス
ダシステムを用い、Atypical squamous cells of undetermined significance (ASC-US) の診断がつい
た症例においては、LBC 標本作製後の検体を用いて HPV ハイリスクテストを行った。結果は、不適
正標本は認められず、細胞採取者間による塗抹のばらつきも無くなり、均一薄層の標本ができ、鏡検
時間の短縮につながった。要精検率の上昇、異形成や癌の発見率の上昇を認め精度向上に役立つこと
が示唆された。また、ASC-US 64 例に集団検診の検体を用いて行った HPV ハイリスクテストでは
陽性は 16 例 25%、陰性は 48 例 75%で、これ等の受診者は、改めて医療機関を受診して HPV ハイ
リスクテストを行う事の負担が軽減された。
キーワード:T
he cervical cancer on mass screening、liquid- based cytology (LBC)、atypical
squamous cells of undetermined significance (ASC-US)、不適正標本、HPV ハイリ
スクテスト
はじめに
ることが推奨されているため、ASC-US 該当
我が国の子宮頸部細胞診の報告様式は、2008
1)
者はいわゆる精密検査ではなく、単に HPV ハ
年よりベセスダシステムが採用されたが 、多
イリスクテストだけを目的に精密検査機関を受
くの施設では従来の日本母性保護医協会 ( 現日
診する必要が有り、負担増となってしまう。
本産婦人科医会 ) によって作成された日母分類
今回、検診車よる出張検診である子宮頸がん
とベセスダシステムの結果を併記しているのが
集団検診において検体を LBC にすることによ
現状である。しかし 2013 年度より産婦人科医
り、① LBC の精度、②ベセスダシステムで生
会がん対策委員会はベセスダシステム単独採用
じる不適正標本の出現率増減と③ ASC-US 対
を打ち出した。
象者の残余検体を使用して HPV ハイリスクテ
ベセスダシステムでは、細胞診の質的向上を
ストを施行した場合、受診者の負担をどれくら
目的に結果報告の項目に不適正を新設した。不
い軽減できるかの 3 点を従来法の過去 5 年間
適正な標本としては①上皮細胞の数が少ない標
と比較検討した。
本 ( 従来法では 8,000 個以下、LBC では 5,000
個以下 )、②炎症細胞や血液で覆われた標本や
対象および方法
細胞が乾燥して観察困難な標本が挙げられる。
2011 年 11 月に行った T 市子宮頸部がん検
不適正標本と判断された場合は再検査が公に認
診を受診した 3,201 人を対象とした。受診者の
められた。不適正標本が高率となり再検査が多
年齢は 21 歳から 88 歳で平均 52.5 歳であった。
くなると、受診者の時間的負担のみならず検査
検診日数は 15 日間で、一日の検診人数は 104
費用も増えるため、不適正標本はできるだけ減
人から 306 人で平均 213 人であった。LBC 標
らす必要がある。また、判定が ASC-US の場
本の作製方法は、細胞採取器具としてサーベッ
合 HPV ハイリスクテストによりトリアージす
クスブラシを使用し、細胞採取後シュアパスバ
12
立花ほか:液状化検体細胞診の有用性
イアルの中にブラシの先端を落とし、攪拌した
検討した。この 5 年間は、採取器具としてスポ
後検査室へ持ち帰り、日本ベクトン・ディッキ
ンジやサイトピック、綿棒等を使用し、スライ
ンソン株式会社 (BD 社 ) (Tokyo, Japan) のプ
ドガラスに細胞を直接塗抹する従来法で行われ
レップメイト及びプレップステインなどを用
て来た。
い、標本作製ワークフローに沿って LBC 標本
を作製した (Sure Path 法 )。細胞判定にはベ
結 果
セスダシステムを用い、ASC-US の診断がつ
1.標本作製
いた症例には、残った検体を用いて、ハイブリッ
BD 社のプレップメイト及びプレップステイ
ドキャプチャー法による HPV ハイリスクテス
ンを使用すると、1 回に 48 検体がセットでき
トを行った。
1 セット約 90 分かかった。これを 2 人で作業
また、2006 年から 2010 年に行われた T 市
すると、半日で 5 ~ 6 セット 240 ~ 288 件の
子宮頸部がん検診を受診した 11,691 人と比較
処理が可能であった ( 図 1、写真 1)。
① 前準備
ラベリング
検体攪拌
② 前処理
分離剤文注
数ヶ月前からの準備
48 検体 15 分
48 検体 15 分
③ プレップメイト
① 200G 2 分
② 800G 10 分 48 検体 15 分
④ 遠 心
48 検体約 90 分
デカント
⑤ プレップステイン
48 検体 40 分
⑥ 固 定
48 検体 5 分
図 1 LBC 検体作製ワークフロー
写真 1 プレップステイン
2.一次検診結果
3.HPVハイリスクテスト
一次検診の細胞診結果は、NILM 3,072 例
ASC-US 64 例に HPV ハイリスクテストを
(95.97%)、ASC-US 64 例 (2.00%)、LSIL 30
行 っ た。 陽 性 16 例 (25%)、 陰 性 48 例 (75%)
例 (0.94%)、ASC-H 8 例 (0.25%)、HSIL 23 例
であった。
(0.72%)、SCC 2 例 (0.06%)、AGC と Adeno.2
例 (0.06%) であった ( 表 1)。
表 1 一次検診結果
NILM
ASC-US
LSIL
ASC-H
HSIL
SCC
AGC
Adeno.
Total
n
3,072
64
30
8
23
2
1
1
3,201
%
95.97
2.00
0.94
0.25
0.72
0.06
0.03
0.03
100
NILM:Negative for intraepithelial lesion or malignancy
HSIL:high-grade squmous intraepithelial lesion
ASC-US:atypical squamouse cells of undetermined
significance
SCC:squamous cell carcinoma
LSIL:low-grade squmous intraepithelial lesion
ASC-H:atypical squmouse cells, cannot exclude HSIL
AGC:atypical glandular cells
Adeno.:Adenocarcinoma
13
調査研究ジャーナル 2012 Vol.1 No.1
4.二次検診初回組織診結果
では腫瘍性の病変が認められなかった。また、
要精検者 81 例のうち当財団施設内において
ASC-US 5 例、LSIL 11 例、ASC-H 1 例、
二次検診を受診し組織診を施行した 53 例の結
HSIL 8 例、Adeno. 1 例の 26 例 (49.1%) に
果を、一次検診の細胞診結果と対比してみる
は、軽度から高度異形成の所見を認めた。上皮
と、ASC-US 4 例、LSIL 7 例、ASC-H 6
内癌 1 例、浸潤癌 1 例には、共に LBC 標本で
例、HSIL 7 例、AGC 1 例 の 25 例 (47.2%)
がん細胞を認めた ( 表 2)。
表 2 二次検診初回組織診結果
組 織 診
集検時
細胞診
腫瘍性病変
軽度異形成 中等度異形成 高度異形成
を認めず
n
(%)
n
(%)
n
(%)
n (%)
上皮内癌
浸潤癌
合計
n (%)
n (%)
n (%)
ASC-US
4 (44.4)
3 (33.3)
1 (11.1)
LSIL
7 (38.9)
8 (44.4)
3 (16.7)
18 (100)
ASC-H
6 (85.7)
1 (14.3)
7 (100)
HSIL
7 (46.7)
3 (20.0)
3 (20.0)
1 (11.1)
2 (13.3)
SCC
AGC
15 (100)
1 (50.0)
1 (50.0)
1 (100)
1 (100)
25 (47.2)
2 (100)
1 (100)
Adeno.
合計
9 (100)
14 (26.4)
9 (17.0)
1 (100)
3 (5.7)
1 (1.9)
1 (1.9)
53 (100)
5.従来法との比較
1)不適正標本と標本作製の標準化
従 来 法 に よ る 過 去 5 年 間 で は、420,408
件中 100 件 0.02% の不適正標本を認めたが、
LBC 標本 3,201 件では、細胞少数や固定不
良による不適正標本は認められなかった。ま
た、LBC の場合、細胞採取者間による塗抹
スポンジ・
綿棒
サイトピック
LBC
のばらつきもなくなり、一様な薄層標本が作
写真 2 標本作製の標準化
製できた ( 表 3、写真 2)。
表 3 不適正標本出現率
2006 ~ 2010 年度
従来法標本
(420,408 件 )
2011 年度 T 市
LBC 標本
(3,201 件 )
14
2)要精検率
不適正標本
n
%
100
0.02
従来法による過去 5 年間の要精検率の平
均は、0.90% であったが、LBC を導入した
昨年は 2.53% と急増した。年齢別の要精検
率を見ると、各年齢層において 1.3 から 8.3
倍と LBC で高く平均 2.8 倍であった ( 図 2)。
0
0.00
立花ほか:液状化検体細胞診の有用性
LBC(2011年) 要精検率:2.53%
(%)
8
7.58
7
6
5
従来法(2006~2010年)要精検率:0.90%
6.06
3.89
4
3.04
3
2
1.86
1
0
~29
1.33
30~39
40~49
60~69
1.89
0.64
0.44
0.23
0.68
50~59
2.33
1.9
1.43
70~79
80~ (歳)
図 2 T市要精検者の年齢別比較
3)異形成と癌の発見率
は、5 年 間 で 異 形 成 53 例 (0.45%)、 癌 4 例
他機関への二次検診受診を含めて、従来
(0.03%) であったが、LBC では異形成 37 例
法 で は 105 例 中 83 例 (79.0%)、LBC で は
(1.16%)、 癌 4 例 (0.12%) で あ っ た。 こ の 2
81 例中 73 例 (90.1%) において二次検診の結
群をカイ二乗検定すると、p 値は 0.001 以下
果が判明した。各々を異形成と癌に分け従来
で、異形成および癌群ともに有意差が認めら
法の過去 5 年間と比較してみると、従来法で
れた ( 表 4)。
表 4 発見率の比較
従来法
LBC
異常を認めず
異形成*
2006 ~ 2010 年度
39 例
(11,691 例 )
癌*
上皮内癌
浸潤癌
53 例
4例
0.03%
0.33%
0.45%
1 例 0.01%
3 例 0.03%
2011 年度
38 例
37 例
4例
0.12%
(3,201 例 )
1.19%
1.16%
1 例 0.03%
3 例 0.09%
*:カイ二乗検定結果 p < 0.001
考 察
来法と LBC 法で比較した 9 論文を解析した結
現在、LBC には Sure Path 法、Thin Prep 法、
果では、High grade CIN に対する感度・特異
TACAS 法、Liqu Prep 法 な ど が あ り、Sure
度は同程度であるとしている。最近の報告で
Path 法、Thin Prep 法、TACAS 法 は 標 本 作
は LBC は従来法に比べ細胞診の精度が向上す
製の原理により細胞の重なりが少ないことから
るとの報告も見られる。平井 4) らの Thin Prep
Thin-layer 標本と呼ばれている 2) 。この三者
法を用いた検討では、中等度異形成以上の病変
の標本作製原理は違うが、出来上がり標本は一
を検出する感度は従来法 71.3%、Thin Prep 法
様に薄層で検鏡もしやすく精度もかなり上がる
77.4%、 ま た 特 異 度 は 従 来 法 で 98.9%、Thin
ことが期待されている。LBC 法のデメリット
Prep 法で 99.0% であったとして LBC は従来
として標本作製工程で多くの時間がかかると言
法に比べ中等度異形成以上の病変検出能に優
われているが、今回半日で 300 検体弱の処理
れているとしている。今回我々の検討結果で
ができ、特に問題はなかった。
も、要精検率は従来法では 0.90% であったが、
Arbyn が CIN に対する感度・特異度を従
LBC では 2.53% となり精度向上に役立つこと
3)
15
調査研究ジャーナル 2012 Vol.1 No.1
が示唆された。組織学的にも、従来法では異形
心に検討したところ、LBC は従来法と比較し
成が 53 例で発見率は 0.45%、癌が 4 例 (0.03%)
て検診車による集団検診には十分に適応でき、
発見されたのに対し、LBC では異形成 37 例
従来法と比較してメリットも多い方法であると
(1.16%)、癌 4 例 (0.12%) であり、カイ二乗検
言える。今後全ての受診者に細胞診と HPV ハ
定の結果、有意差も認められた。
イリスクテストを同時に行う併用検診を取り入
検診車を用いた出張検診である子宮頸がん集
れることにより、子宮がん検診における更なる
団検診は、多くの医師が携わるため採取者や採
質的向上が期待される。
取器具によって不適正率が変動し、細胞塗抹時
のばらつきも高率になってしまう危惧がある。
文 献
集団検診という特殊環境の中で、この課題を解
1) 日本産婦人科医会:ベセスダシステム 2001
消するには採取器具の統一化と採取細胞の集積
準拠子宮頸部細胞診報告様式の理解のため
が可能となる LBC が最適かと考えられる。不
に .2008.
適正出現率においても、従来法と LBC 法で比
2) 久 布白兼行、田岡英樹、山本泰弘:液状化
を見ると、全ての報告で LBC
検 体 細 胞 診、 産 婦 人 科 治 療 2011;6:930-
較した文献
5) ~ 9)
での不適正出現率が有意に低いと述べている。
936.
今回の検討での不適正率は 0% であり従来法
3) Arbyn M, Bergeron C, Klinkhamer P、et
の 0.02% と比較して低率であるので、LBC は
al: Liquid compared with conventional
集団検診に十分組み入れる事の出来る方法であ
cervical cytology: a systematic review and
る。
meta-analysis. Obstet Gynecol 111:167-177,
ASC-US に対するトリアージとして HPV テ
2008.
ストが推奨されているので、ASC-US の結果
4) 平 井 康 夫、 古 田 則 行、 荒 井 祐 司 ほ か: 子
を得た受診者は一次検診 ( スクリーニング ) と
宮頸部病変検出における液状化検体細胞診
二次検診 ( 精密検査 ) の中間的な検診として、
(LBC) Thin Prep の精度と有用性評価のため
HPV ハイリスクテストだけを目的に医療機関
の前方視的検討 . 日臨細胞会誌 49(4):237-
を受診する必要がある。ASC-US の検出率は
241, 2010.
5% 以下とされているが、母数の多い集団検診
5) S trander B, Andersson-Ellstro m A, et
においては、かなりの人数に達する。この対象
al:Liquid-based cytology versus conventional
者は単に HPV ハイリスクテストだけを目的に
Papanicolaou smear in an organized
医療機関を受診しなければならず、時間的、経
screening program: a prospective randomized
済的負担は大きい。LBC の場合、ASC-US 対
study. Cancer Cytopathology 111:285-291,
象者は集団検診で採取した LBC 検体の残存を
2007.
使用して HPV ハイリスクテストを行うことが
6) Ronco G, Cuzick J, Pierotti P, et al: Human
可能である為、対象者の時間的・経済的負担軽
papillomavirus testing and liquid-based
減に寄与する利点がある。今回の検討では 64
cytology: results at recruitment from
人が ASC-US となったので、この人達には大
the new technologies for cervical cancer
きなメリットとなった。
randomized controlled trial. J Natl Cancer
ベセスダシステムを導入していくには、不適
Inst 98:765-774, 2006.
正標本や ASC-US に対する HPV ハイリスクテ
7) D oyle B, O’Farrell C, Mahoney E, et
ストなどに対応する必要性から、LBC 標本の
al: Liquid-based cytology improves
普及が必要不可欠になると考えられる。
productivity in cervical cytology screening.
Cytopathology 17:60-64, 2006.
結 論
8) Williams AR: Liquid-based cytology and
検診車による子宮がん集団検診に LBC を
conventional smears compared over two
導入して、その成績から精度向上、不適正率、
12-months periods. Cytopathology 17:82-
ASC-US における HPV ハイリスクテストを中
85, 2006.
16
立花ほか:液状化検体細胞診の有用性
9) K i r s h n e r B , S i m o n s e n K , J u n g e J :
Copenhagen population programme for
Comparison of conventional smear and
cervical cancer, Cytopathology 17:187-194,
Sure Path liquid-based cytology in the
2006.
17