その海洋生活への適応

書 評
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― 書
評 ―
海鳥の行動と生態
―その海洋生活への適応―
綿貫 豊(著)317 頁
2010 年 5 月 生物研究社
3500 円 ϩ 税
ISBN 978-4-915342-56-1
このところ海鳥研究(者)が元気である.2009
年度大会では「バイオロギングによる鳥類研究」
と題したシンポジウムがあり,大変刺激的な海鳥
の発表が続いたことは記憶に新しい.同年 2 月に
は同じ函館において Pacific Seabird Group の年次大
会が日本で初めて開かれている.東邦大学で開か
れる鳥学会 2010 年度大会のシンポジウムは「海鳥
集団繁殖地の復元」である.学会誌の書評で取り
上げられている本も,今回を含めて最近の 4 冊中
3 冊が海鳥関係である.
これらに企画責任者,あるいは若手海鳥研究者
の育ての親,国際的な人脈を活かしたコーディネ
イターとして深く関わっているのが本書の著者,
綿貫氏である.その彼がおおよそ 30 年にわたる研
究成果を集大成したのが本書である,と思って読
み始めた.もちろん間違ってはいなかったが,む
しろさらなる展開をめざした海鳥研究への誘いの
書というべきだろう.
本書は 5 部 11 章からなり,個体レベルの運動
生理から地球規模の海洋環境,系統進化,保全の
話まで,海鳥の行動や生態についてはほとんどカ
バーしている.とりわけ海鳥の潜水能力や採食行
動については,ハイテク技術を用いた最新研究が
数多くの図表を使って生き生きと紹介されている.
各章や節ごとにまず課題を明確に提起し,著者自
身の研究や文献情報を紹介した上で現時点での結
論をまとめるというスタイルだ.ところどころに
挿入されているコラムでは,研究の苦労話的エピ
ソードだけでなく具体的,実用的な研究手法が紹
介されていて研究者にはありがたい.また,著者
自身によるわかりやすいイラストが各所に効果的
に使われている.
内容も興味深い.ペンギンは何百メートルも潜
水する.そんな真っ暗な中でどうやって餌を探す
のかと思っていたが,急に速度や深度が変わるの
は上向きに動いているときだそうだ.つまり,逆
光に写るシルエットなら獲物が見えるということ
らしい.海は広大だが餌が豊富なところは限られ
ている.古くから人は海鳥が集まっている鳥山を
漁場の目印として利用してきたが,その海鳥たち
の探索行動が最新技術を使って大小の空間スケー
ルで次々と解明されており,素直に感嘆してしま
う.加えて,陸に上がって集団で繁殖するという
特徴をもつ海鳥は,著者がいうように,海洋環境
のモニターとして確かに優れているといえるだろ
う.
軽いほど有利な飛行と浮力が障害になる潜水の
両立はきわめて難しい.著者は,「海鳥は空中と水
中を同時に制覇している唯一の生物グループ」と
「はじめに」で述べている.しかし,ペンギンは飛
ぶことを捨て,カモメやアホウドリは潜らない.
両立させているのは実はウミスズメ類とウ類ぐら
いである.中でもウ類は 2 kg を超す体をもちなが
ら,空中と水中で異なる動力源を使うことによっ
て飛行と潜水を両立させており,ここのところ自
分が研究対象にしているカワウを少し見直した.
新事実が次々と明らかにされてきた一方で,古
くから問われている問題には未だに解明されてい
ないものもある.なぜ海鳥は集団繁殖するのか.
なぜ海鳥の寿命は長いのか.なぜクラッチサイズ
が小さいのか.こうした問題も本書では取り上げ
られているが,明確な答えはまだないようだ.
いくつか気になったところもあった.7 章 4 節で
最適採食理論に基づく限界値定理が海鳥に当ては
まるかどうかが主に種間比較によって検討されて
いるが,ここでは種間比較は意味がないだろう.
ニュージーランドの繁殖地を離れたハイイロミズ
ナギドリが「いったん西寄りに移動」(p. 218) とあ
るのは「東寄り」の間違いであろう.
本書は学術書なので決して読みやすい本ではな
いが,世界を股にかけて海鳥の研究してきた著者
ならではの充実した内容が日本語で読めるのは大
変ありがたい.引用文献や図表もしっかりしてい
るので,資料的価値も大きい.海鳥に限らず鳥類
の行動や生態を真剣に研究したい人なら一読すべ
きだし,資料として持っておくべき本である.著
者の意図とはやや違うかもしれないが,海鳥の研
究成果をこの本からしっかり吸収して陸鳥での新
しい研究展開につなげていく若者の出現に期待し
たい.
藤岡正博
(筑波大学生命環境科学研究科)