貨物船平尾山丸乗揚事件 - 海難審判・船舶事故調査協会

公益財団法⼈
海難審判・船舶事故調査協会
平成19年門審第132号
貨物船平尾山丸乗揚事件
言 渡 年 月 日 平成20年5月29日
審
判
庁 門司地方海難審判庁(井上 卓,小金沢重充,阿部直之)
理
事
官 中井 勤
受
審
人 A
職
名 平尾山丸機関長
海 技 免 許
三級海技士(機関)
損
害 操船不能,船底に数箇所の凹損,ペイント剥離,プロペラ4翼端部に欠損
原
因 機関部の航海保安体制確保不十分
主
文
本件乗揚は,関門海峡において,機関部の航海保安体制の確保が不十分で,主機が自動危急停止し,単独
運転中の主機駆動発電機が停止して主電源喪失状態に陥り,操船不能となったことによって発生したもので
ある。
受審人Aを戒告する。
理
由
(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成19年7月20日22時36分
関門海峡
(北緯33度54.7分 東経130度54.3分)
2 船舶の要目等
(1) 要 目
船 種 船 名
貨物船平尾山丸
総 ト ン 数
2,983トン
全
94.69メートル
長
機関の種類
出
力
ディーゼル機関
2,647キロワット
(2) 設備及び性能等
ア 平尾山丸
平尾山丸は,平成12年7月に進水した,航行区域を近海区域とする,機関区域無人化船(以下「M
0船」という。
)の認定を受けた船尾船橋・機関室型の鋼製セメント運搬船で,船橋には主機の遠隔操縦
装置及び操舵機の操作盤等を備え,操舵機室には電動油圧式操舵機を装備していた。
機関室は,上甲板,下甲板及び最下甲板の3層から成り,同室の上甲板前部に制御室を配し,最下甲
板の中央部に主機を据え付け,制御室には,主機の遠隔操縦装置等を備えていた。
平尾山丸は,福岡県苅田港又は山口県徳山下松港でセメントを積み,沖縄県金武中城港,石川県金沢
港,京都府舞鶴港及び熊本県八代港等に運搬して揚荷する業務に従事し,積地から揚地への往復を1航
海として月間8航海ないし12航海行っていた。
旋回性能は,主機回転数毎分240の状態から,舵角30度で右舵一杯として,右転の旋回径が約2
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40メートルで,左転の値もほぼ同様であった。
イ 主機
主機は,B社が製造したLH41L-48型と称する過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機
関で,安全装置として,クランク室内のオイルミスト濃度を監視するドイツ連邦共和国のC社が製造し
たVISATRONVN215型と称するオイルミスト検知器等を備えていた。
制御室に備えた主機の遠隔操縦装置は,主機の始動停止の操作スイッチ,逆転機の操作及び主機の速
度制御等が行えるテレグラフ,手動危急停止機構,自動危急停止機構及び減速要求警報を発する安全装
置が組み込まれ,船橋に備えた同遠隔操縦装置には,逆転機の操作及び主機の速度制御等が行えるテレ
グラフ連動操縦ハンドル,手動危急停止機構,自動危急停止機構及び減速要求警報を発する安全装置が
組み込まれていた。
減速要求警報は,主機の潤滑油圧力低下,シリンダ冷却水圧力低下,シリンダ出口排気ガス高温度及
びオイルミスト濃度等が減速要求条件に達したときに作動し,テレグラフ連動操縦ハンドルを手動操作
して前進低速力の回転数まで下げることを,主機の遠隔操縦装置のCRT上の表示及び警報ブザーの吹
鳴により,要求するものであった。
自動危急停止機構は,主機の過速度,潤滑油圧力低下及び過給機潤滑油圧力低下等が自動危急停止条
件に達したときに瞬時に作動するほか,オイルミスト高濃度により減速要求警報を発したのち,前進低
速力の回転数まで減速されないまま30秒経過したときにも作動して主機を自動的に危急停止するもの
であった。
ウ 発電機
発電機は,主機の延長軸に接続した増速機及びクラッチを介して容量750キロボルトアンペアの主
機駆動発電機(以下「軸発電機」という。
)
,ディーゼル原動機(以下,主機以外の発電機駆動用ディー
ゼル原動機を「補機」という。
)駆動の容量700キロボルトアンペアの主発電機及び補機駆動の容量2
00キロボルトアンペアの停泊用発電機各1機が装備されていた。
発電機は,航行中,主として軸発電機を使用し,主機の回転数の大幅な変動等が予想される場合には
主発電機を使用し,電力需要が1機の発電機では十分でないと予想される場合及び狭水道通航時などで
の機関用意配置とする場合には,主発電機と軸発電機の並列運転を行って主電源の喪失が防止できるよ
うになっていた。
また,主発電機は,軸発電機を運転中,待機発電機として設定することが可能で,その場合には,主
機の危急停止及び回転数の大幅な変動等により軸発電機用気中遮断器が開絡して主電源を喪失したとき,
主発電機用補機が自動始動し,主発電機用気中遮断器を自動投入して同電源を復帰させるようになって
いた。
3 事実の経過
平尾山丸は,A受審人ほか9人が乗り組み,セメント4,211トンを載せ,船首5.50メートル船尾
6.40メートルの喫水をもって,平成19年7月20日17時20分徳山下松港を発し,八代港へ向かっ
た。
平尾山丸の機関部は,17時50分主発電機を停止して待機発電機とし,軸発電機の単独運転を行い,
主機の燃料油をA重油からC重油に切り替えるなどの作業を行うとともに,機関区域無人化運転(以下「M
0運転」という。
)に入るための各部点検を行い,19時10分からM0運転を開始した。
ところで,平尾山丸の機関部は,M0運転中,A受審人を含む機関部職員3人による単独4時間ごとの
輪番制のM0当番とし,入港時には,M0当番が船橋当直者から機関用意発令1時間前の連絡を受けたと
き,M0運転を解除して同当番の機関士が入直し,狭水道通航時には,同当番が船橋当直者から機関用意
発令30分前の連絡を受けたとき,M0運転を解除して同当番の機関士が入直するようにしていた。
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A受審人は,20時00分から24時00分までの間のM0当番を担当して自室で待機中,船橋当直者
から関門海峡通航のための機関用意配置の連絡を受け,21時30分M0運転を解除して同人が1人で入
直し,21時37分関門海峡東側入口付近において,船橋の機関用意の指示に制御室から答えたあと,主
機を操作することもないだろうから特段の措置をとるまでもないと思い,船橋当直者からの指示及び警報
吹鳴等に即座に対応できるよう,制御室に機関士を配置して運転監視を行い,発電機を並列運転とするな
どの機関部の航海保安体制の確保を十分にとることなく,22時20分制御室を離れて機関室の見回りを
開始した。
22時27分平尾山丸は,下関福浦防波堤灯台から115度(真方位,以下同じ。
)1.31海里の地点
で,針路を255度に定め,機関を回転数毎分220の全速力前進にかけ,11.0ノットの速力(対地速
力,以下同じ。
)で,航路の右側をこれに沿って手動操舵により進行した。
22時30分少し前平尾山丸は,金ノ弦岬沖の屈曲部に差し掛かった下関福浦防波堤灯台から138度
0.96海里の地点で,原速力のまま針路を293度に向ける予定で右舵20度を取ったとき,オイルミス
ト検知器がオイルミスト高濃度を検知し,警報音を発するとともに主機の減速要求を主機遠隔操縦装置の
CRT上に表示したが,制御室が無人であったため,減速要求に即座に対応できず,機関室巡視中であっ
たA受審人が警報音に気付いて制御室に戻ったものの,設定時間の30秒が経過し,22時30分下関福
浦防波堤灯台から138度0.96海里の地点で,主機が自動危急停止するとともに,軸発電機が停止して
主電源を喪失し,操舵機が右舵20度を取ったまま大幅に減速しながら右転を続けた。
22時31分平尾山丸は,下関福浦防波堤灯台から145度0.9海里の地点で,気中遮断器を自動投入
して主電源が復帰し,操舵機の操縦が可能となったが,そのときには,船速が6.0ノットまで低下してお
り,直ちに左舵一杯を取ったものの,ほとんど舵効が得られないまま,更に減速と右転を続け,大山ノ鼻
と金ノ弦岬の中間の浅所に向けて進行した。
一方,A受審人は,主機が自動危急停止したことを認め,直ちに主機の始動空気関係弁を開弁するなど,
主機の始動準備作業を開始し,電源が復帰したところで主機の再始動を試みたが,事態の緊急性に気が動
転していたこともあり,主機遠隔操縦装置のCRT上にオイルミスト高濃度により危急停止し,オイルミ
スト検知器がリセットされていないことを表示されていることにしばらく気付かず,主機の再始動に手間
取った。
平尾山丸は,乗揚を防ごうと船首錨の投錨準備を急ぎ,22時36分少し前準備できた左舷錨を投下し
たが,効なく,22時36分下関福浦防波堤灯台から146度1,060メートルの地点の浅所に,船首が
045度を向いた状態で,速力が1.0ノットとなったとき乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力2の西北西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期であった。
その後,平尾山丸は,22時38分ごろ主機を再始動することができ,後進をかけて自力による離礁を
試みたが果たせず,来援した引船により,21日01時00分離礁し,03時20分山口県六連島沖合に
投錨して,潜水者による船体検査を行い,船底に数箇所の凹損,ペイント剥離,プロペラの4翼端部の欠
損を認め,のち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 関門海峡において,機関用意配置とする際,M0運転を解除してM0当番1人が入直したものの,主機
を操作することもないだろうから特段の措置をとるまでもないと思い,制御室に機関士を配置して運転監
視を行い,発電機を並列運転とするなどの機関部の航海保安体制の確保を十分にとっていなかったこと
2 オイルミスト検知器がオイルミスト高濃度を検知し,警報音を発するとともに主機の減速要求を主機遠
隔操縦装置のCRT上に表示したこと
3 制御室を無人としていたため,オイルミスト高濃度による減速要求警報に即座に対応できず,設定の3
0秒後に主機が自動危急停止するとともに,軸発電機が停止して主電源を喪失したこと
4 主機が停止して主電源を喪失したことで気が動転して,オイルミスト検知器をリセットしなければ主機
を再始動できないことにしばらく気付かず,再始動が遅れたこと
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(原因の考察)
本件は,関門海峡を通航中,オイルミスト検知器がオイルミスト高濃度を検知し,警報音を発するととも
に主機の減速要求を主機遠隔操縦装置のCRT上に表示したが,制御室が無人で,同減速要求に対応した措
置をとることができなかったために主機が自動危急停止し,更に,発電機の並列運転措置がとられていなか
ったために主電源を喪失し,操船不能の状態に陥り発生したものと認められる。
したがって,A受審人が,主機を操作することもないだろうから特段の措置をとるまでもないと思い,制
御室に機関士を配置して運転監視を行い,発電機を並列運転とするなどの機関部の航海保安体制の確保が十
分でなかったことは,本件発生の原因となる。
主機が停止して主電源を喪失したことで気が動転して,オイルミスト検知器をリセットしなければ主機を
再始動できないことにしばらく気付かず,再始動が遅れたことは,本件発生の過程において関与した事実で
あるが,
正常な状態で対処できる事態でなかったと認められることから,
本件発生の原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件乗揚は,関門海峡において,機関用意配置とする際,機関部の航海保安体制の確保が不十分で,主機
が自動危急停止し,単独運転中の軸発電機が停止して主電源を喪失し,操船不能の状態で大山ノ鼻と金ノ弦
岬の中間の浅所に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,関門海峡において,機関用意配置とする場合,船橋当直者からの指示及び警報吹鳴等に即座
に対応できるよう,制御室に機関士を配置して運転監視を行い,発電機を並列運転とするなど,機関部の航
海保安体制の確保を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,主機を操作することもないだろ
うから特段の措置をとるまでもないと思い,機関部の航海保安体制の確保を十分にとらなかった職務上の過
失により,主機のオイルミスト検知器がオイルミスト高濃度を検知し,警報音を発するとともに主機の減速
要求を主機遠隔操縦装置のCRT上に表示したとき,制御室が無人であったため,即座に減速要求に対応で
きず,主機が自動危急停止するとともに単独運転中の軸発電機が停止して主電源を喪失し,操船不能の状態
で浅所に向首進行して乗り揚げる事態を招き,船底に数箇所の凹損,ペイント剥離及びプロペラ4翼端部に
欠損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適
用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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