公益財団法⼈ 海難審判・船舶事故調査協会 平成 20 年横審第 28 号 水上オートバイヒサ同乗者負傷事件 言 渡 年 月 日 平成 20 年 9 月 2 日 審 判 庁 横浜地方海難審判庁(安藤周二,松浦数雄,河野守) 理 事 官 岡田信雄 受 審 人 A 名 ヒサ船長 職 操 縦 免 許 損 小型船舶操縦士 害 船首部船底,左舷前部側面圧壊, 同乗者姉・・・外傷性硬膜外出血,外傷性多発挫滅創,外傷性腹部鈍的損傷に よる脾臓損傷 同乗者妹・・・外傷性多発挫滅創,外傷性腹部鈍的損傷による副腎出血 原 因 機関の誤始動防止措置不十分 主 文 本件同乗者負傷は,機関の誤始動の防止措置が十分でなかったことによって発生したものであ る。 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を 1 箇月停止する。 理 由 (海難の事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成 19 年 9 月 9 日 10 時 30 分 愛知県渥美湾北部 (北緯 34 度 46.9 分 東経 137 度 07.7 分) 2 船舶の要目等 (1) 要 目 船 種 船 名 水上オートバイヒサ 長 3.12 メートル 機 関 の 種 類 電気点火機関 全 出 力 73 キロワット (2) 設備及び性能等 ヒサは,平成 15 年 9 月にB社が製造したJT900D型と呼称する,最大とう載人員 3 人のウ ォータージェット推進式FRP製水上オートバイで,船体中央部船首寄りに速度等の表示計, その後方に操縦ハンドル,操縦ハンドルの左側グリップ横に機関の始動用押しボタンスイッチ (以下「スタータボタン」という。 )及び停止用押しボタンスイッチ(以下「ストップボタン」 という。) ,操縦ハンドルの右側グリップに機関のスロットルレバー,船体中央部に跨乗式の操 縦席及び同乗者用座席がそれぞれ設けられており,操縦ハンドル操作で船尾のジェットノズル の向きを変えることによる旋回や,機関のスロットルレバーを引く操作による回転数の上昇で 時速 80 キロメートル(以下「キロ」という。 )までの速力(対地速力,以下同じ。)調節がで きるようになっていた。 - 1 - 機関は,キルスイッチと呼ばれる操縦者落水時における緊急停止機能を有し,キルスイッチ コードの一端に接続された板状キー(以下「キルスイッチコードキー」という。)がストップ ボタンの下方に差し込まれる構造で,キルスイッチコードキーが差し込まれていない状態では 始動ができないものであった。 また,船尾には,操縦者に対する警告として,キルスイッチコードを手首に付けることのほ か,子供等による機関の始動ができないよう下船時にキルスイッチコードキーを外すことが示 されていた。 3 寺部海水浴場 寺部海水浴場は,愛知県東幡豆港西方に位置し,渥美湾北部海域に面して東西方向の長さ 270 メートルばかりに拡延した砂浜で,その東西両端を基部として南方に長さ 40 メートルの防波 堤が築造されており,南方 150 メートル沖合には砂浜とほぼ平行の東西方向にいずれも長さ 100 メートル幅 10 メートルの東側消波ブロック及び西側消波ブロックがそれぞれ設置されていた。 4 事実の経過 A受審人は,妻と子 1 人のほか,妻の姉,その子供で 6 歳の姉及び 3 歳の妹(以下,姪姉妹 という。)とともに自動車に乗り,ヒサをトレーラーで牽引し,平成 19 年 9 月 9 日 10 時 00 分 寺部海水浴場に到着した。 ところで,A受審人は,かねてより姪姉妹からヒサに乗船させてほしいとせがまれ,これに 応じ,あらかじめ姪姉妹に対して同船の操縦ハンドル等に触ってはならない旨を告げたうえ, 寺部海水浴場に到着後,操縦席の自らの前に姪姉妹を同乗させて遊走することを予定しており, 同船を海面に下ろし,単独で乗船して寺部海水浴場付近を遊走したのち,同海水浴場の波打ち 際にあたる,東幡豆港正面防波堤西灯台から 254 度(真方位,以下同じ。)830 メートルの地点 において,南方沖合に船首を向けて波打ち際に船尾を着底した状態で,キルスイッチコードキ ーを差し込んだまま,機関を停止して下船した。 ところが,A受審人は,姪姉妹を同乗させることとしたとき,スタータボタンを押すと始動 ができたうえ,姪姉妹を操縦席に跨がせると手が操縦ハンドルのグリップに届く状況であった が,自らもすぐに乗船するつもりでいたことから大事あるまいと思い,キルスイッチコードキ ーを外すなど機関の誤始動の防止措置を十分にとらなかった。 その後,A受審人は,寺部海水浴場の波打ち際において,姪姉妹が自身でヒサに乗船できな いことから,自らが海底の砂の上に立った姿勢で,いずれも救命胴衣を着用した妹,姉の順で 抱きかかえ,姪姉妹を左舷船尾真後ろから操縦席に跨がせて乗船させた。 こうして,ヒサは,先に乗船していた妹が操縦ハンドルに触って機関のスロットルレバーを 引いて遊んでいるうち,同レバーが回転数の上昇する位置になった状態で,後から乗船した姉 がスタータボタンを押したところ,姪姉妹だけで機関が始動され,A受審人が乗船する間もな く,10 時 30 分少し前前示の地点を発進し,50 キロの速力で右に旋回しながら寺部海水浴場南 方沖合に向かい,10 時 30 分東幡豆港正面防波堤西灯台から 251 度 930 メートルの地点におい て,西方を向いた船首が西側消波ブロック北側に同ブロック法線に対して 30 度の角度で乗り 揚げる態勢となって衝突し,その衝撃で姪姉妹が操縦ハンドル等に当たって同ブロック上に投 げ出された。 当時,天候は晴で風力 2 の東南東風が吹き,潮候は下げ潮の末期にあたり,海面は穏やかで あった。 A受審人は,ヒサの発進後,付近の水上オートバイに同乗し,寺部海水浴場南方沖合の西側 消波ブロックに急行して姪姉妹の負傷を認め,姪姉妹を最寄りの病院に搬送する措置をとった。 - 2 - その結果,ヒサは船首部船底及び左舷前部側面が圧壊し,姪姉妹の姉が 2 週間の入院加療を 要する外傷性硬膜外出血,外傷性多発挫滅創及び外傷性腹部鈍的損傷による脾臓損傷を,妹が 2 週間の入院加療を要する外傷性多発挫滅創及び外傷性腹部鈍的損傷による副腎出血をそれぞ れ負った。 (海難の原因) 本件同乗者負傷は,愛知県寺部海水浴場において,機関の誤始動の防止措置が不十分で,同乗 させることとした姪姉妹だけで機関が始動され,操縦者が乗船する間もなく,発進して沖合の消 波ブロックに衝突し,姪姉妹が操縦ハンドル等に当たったことによって発生したものである。 (受審人の所為) A受審人は,愛知県寺部海水浴場において,沖合に船首を向けて波打ち際に船尾を着底した状 態で,機関を停止して下船し,姪姉妹を同乗させることとした場合,姪姉妹を操縦席に跨がせる と手が操縦ハンドルバーのグリップに届く状況であったから,機関が始動できないよう,キルス イッチコードキーを外すなど,機関の誤始動の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。し かし,同人は,自らもすぐに乗船するつもりでいたことから大事あるまいと思い,機関の誤始動 の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,姪姉妹だけで機関が始動され,自らが乗 船する間もなく,発進して沖合の消波ブロックに衝突する事態を招き,姪姉妹が操縦ハンドル等 に当たり,姉に 2 週間の入院加療を要する外傷性硬膜外出血,外傷性多発挫滅創及び外傷性腹部 鈍的損傷による脾臓損傷を,妹に 2 週間の入院加療を要する外傷性多発挫滅創及び外傷性腹部鈍 的損傷による副腎出血をそれぞれ負わせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第 4 条第 2 項の規定により,同法第 5 条第 1 項 第 2 号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を 1 箇月停止する。 よって主文のとおり裁決する。 - 3 -
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