漁船第十一萬漁丸防波堤衝突事件

平成 18 年第二審第 2 号
漁船第十一萬漁丸防波堤衝突事件
[原審・函館]
言 渡 年 月 日
平成 18 年 10 月 31 日
審
判
庁
高等海難審判庁(上中拓治,岸
理
事
官
山本哲也
受
審
人
A
名
第十一萬漁丸船長
職
海 技 免 許
受
審
職
四級海技士(航海)(旧就業範囲)
人
B
名
第十一萬漁丸機関長
海 技 免 許
良彬,山田豊三郎,長谷川峯清,織戸孝治)
四級海技士(機関)(機関限定)
第二審請求者
理事官
損
第十一萬漁丸・・・船尾部に破口等,燃料油流失
害
喜多
保
船溜防波堤・・・・顕著な損傷ない
原
因
可変ピッチプロペラ制御装置の電磁弁の点検不十分
主
文
本件防波堤衝突は,可変ピッチプロペラに装備された制御装置の電磁弁の点検が不十分で,
翼角制御ができなくなったことと,その際,的確な対応措置を執らず,防波堤に向かって進行
したことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
理
由
(海難の事実)
1
事件発生の年月日時刻及び場所
平成 17 年 2 月 28 日 19 時 03 分
北海道追直漁港
(北緯 42 度 18.4 分
2
東経 140 度 58.2 分)
船舶の要目等
(1)
要
目
船
種
船
名
漁船第十一萬漁丸
総
ト
ン
数
145 トン
長
34.92 メートル
全
機 関 の 種 類
出
(2)
力
ディーゼル機関
956 キロワット
設備等
ア
船体構造及び設備等
第十一萬漁丸(以下「萬漁丸」という。)は,昭和 54 年 1 月に進水した二層甲板を有
する船首船橋型鋼製漁船で,追直漁港を基地として沖合底びき網漁業に使用されていた。
操舵室には,同室内前部に左舷側から順に機関遠隔操縦装置,レーダー,操舵スタン
ド,レーダー及び魚群探知機 2 台が,同室内船尾側にGPSがそれぞれ装備されていた。
機関遠隔操縦装置には,主機回転計,翼角指示計,前・後進ボタン,翼角の変節ダイ
ヤル,ガバナ増減スイッチ,クラッチ嵌脱スイッチ及び主機非常停止ボタンなどが配置
されていた。
また,機関室にも翼角制御盤が装備され,同盤には翼角指示計,前・後進ボタン,機
関室・船橋操縦位置切替スイッチなどが配置されていた。
なお,操舵スタンドには,遠隔操舵用リモコンが付いており,同スタンドから離れて
操舵することもできた。
イ
推進器
萬漁丸は,3 翼の可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)1 個を備えており,C
PP一式は,プロペラ,軸系,変節機構,ポンプユニット及び制御装置から構成されて
いた。
制御装置は,翼角を遠隔操縦するための電気機構とこの指令を受けて変節作動を行う
油圧機構とから構成され,前進或いは後進の希望する翼角に変節ダイヤルを合わせると,
それに応じた電気信号が発信され,これがポンプユニット上の電磁油圧弁に通電し,同
弁内部の油圧切替弁が作動して油路を開き圧力油が変節機構の油圧シリンダのピスト
ンを動かし,自動的に変節して指定された翼角をとるようになっていた。
また,前・後進ボタンでの操作も希望する翼角になるまでボタンを押し続けるだけで,
作動機構は変節ダイヤルのときと同じであった。
なお,同船のCPP遠隔操縦取扱説明書によれば,電気系統の故障により遠隔操縦不
能の際は電磁弁を付属の手動用押し棒で前進あるいは後進方向に押して希望の翼角に
なったところで同棒を離すことにより変節操作をすることができた。
平成 16 年 8 月第 7 回定期検査時,プロペラの軸系の外観検査,変節機構解放,効力
試験等を行ったが,油圧ポンプや電磁弁の解放は行わなかった。
ウ
電磁弁
本船の電磁油圧弁は,機関室の見易い場所に設置され,上部の電磁弁とその下部の油
圧切替弁とを組み合わせて一体にしたものであり,電磁弁の片側には前進側電磁コイル,
他方の側には後進側電磁コイルがそれぞれ組み込まれ,この電磁コイルに通電されると
電磁弁のスプールが電磁力により中立の無負荷の位置から左右に移動し,これが油圧切
替弁を作動させて油路を切り替える仕組みになっていて,各電磁コイルはその四隅がス
プールの納められた弁体の両側にビスで固定されていた。
3
事実の経過
萬漁丸は,A受審人及びB受審人ほか 11 人が乗り組み,沖合底びき網漁の目的で,船首 2.2
メートル船尾 4.5 メートルの喫水をもって,平成 17 年 2 月 28 日 04 時 45 分追直漁港を発し,
06 時 00 分チキウ岬南東方沖合約 13 海里の漁場で操業を開始し,すけとうだら約 6 トンを漁
獲したのち,17 時 25 分チキウ岬灯台から 147 度(真方位,以下同じ。)15 海里ばかりの地点
を発し,機関を回転数毎分 380,翼角 16 度の全速力前進にかけ,帰途に就いた。
18 時 25 分ごろA受審人は,甲板上での漁獲物の選別作業等を終えたのち通信士とともに
昇橋し,それまで船橋当直にあたっていた漁ろう長と交代して操船の指揮をとり,漁ろう長
も在橋したまま続航し,一方,B受審人も同時刻ごろ機関室に降り,1 人で機関当直にあたっ
た。
18 時 54 分A受審人は,追直港島防波堤南灯台(以下「防波堤灯台」という。)から 249 度
235 メートルの地点の追直漁港港口に達したとき,港内操船に先立ってCPPの変節テストを
行うことなく,通信士を機関遠隔操縦装置の操作に就け,機関を回転数毎分 370,翼角 10 度
の半速力前進にかけ,3.7 ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,自らは船橋内左舷側に
立った姿勢で,遠隔操舵用リモコンにより手動操舵で,港奥の岸壁に向け,港内操船を開始
した。
18 時 57 分半A受審人は,防波堤灯台から 075 度 130 メートルの地点で針路を 063 度に定め
て進行し,18 時 58 分同灯台から 071 度 185 メートルの地点に達したとき,通信士に対して微
速力前進の翼角 5 度を令し,同人が変節ダイヤルを操作して,一旦,翼角を前進 3 度に下げ,
次いで同受審人の指示のとおり前進翼角 5 度に戻したが,機関室にあるCPPに装備された
制御装置の電磁弁の前進側電磁コイルを固定していたビスが,経年使用に伴い,同弁のスプ
ール移動の際の振動等の影響により以前から緩んでいたところ,漁場発進後,いつしか,同
コイルがその固定位置から外れて脱落寸前となり,同スプールが翼角プラス側の位置に移動
しない状況となっていたため,翼角は追従せず前進 3 度のままとなり,その後平均速力 2.5 ノ
ットの速力で進行した。
このためA受審人と漁ろう長の 2 人は,前示の状況が分からないまま通信士に替わって変
節ダイヤルを前後進に操作しているとき,偶々(たまたま)同ダイヤルが後進翼角 12 度の
位置に回されて,電磁弁のスプールが翼角マイナス側の位置に移動し,19 時 01 分防波堤灯
台から 066.5 度 415 メートルの地点で翼角が後進 12 度になったまま,以後,翼角がプラスに
作動しなくなった。
A受審人は,このとき機関遠隔操縦装置の主機非常停止ボタンを押して船体を停止させる
ことができる状況にあったが,気が動転していて,変節ダイヤルを繰り返し操作するだけで,
港内の防波堤等との衝突を避けるため,同ボタンを押して船体を停止させなかった。なお,
萬漁丸は錨を使用したことがなく,投錨準備に 15 分ないし 30 分の時間を要した。
ところで,電磁弁は,プロペラ翼角の制御信号を直接受けて変節機構を作動させる重要部
品であるが,電磁コイル取付ビスが緩んだり,同コイルが劣化して短絡気味となったりする
おそれがあるので,同ビス等に緩みがないか,同コイルが過熱していないか等を適時に点検
する必要があった。
しかしながら,B受審人は,本件発生前,電磁弁に不具合を生じた際の経験がなかったこ
とから,同弁の電磁コイルを固定するビスが緩むとは思わず,同弁の状況を全く点検してい
なかった。
その後,A受審人は,機関室と操舵室との間には電話が設置されていたものの整備不良で
これを通常使用していなかったため,慌てて船橋のマイクにより,B受審人への伝達内容を
纏(まと)められないまま,甲板上で入港配置に就いていた乗組員に対して機関室へ行くよ
う指示したので,同配置に就いていた甲板長と一等機関士が,機関室に赴く理由が分からな
いまま一時的に機関室に降りただけで,両人はB受審人に翼角制御の異常発生を連絡するこ
となく,直ぐに甲板上に戻った。
B受審人は,甲板長と一等機関士が相次いで機関室に降りて来たものの,同人等から翼角
制御の異常発生を知らされることなく,何が起きているのか分からなかったものの何かトラ
ブルがあったのかと思い,排気温度を点検したりして,そののち主機ハンドルの前に戻った
とき翼角が後進 12 度の全速力後進になっていることに気付き,不審に思ったものの格別気に
留めなかった。
こうして萬漁丸は,平均 1.9 ノットの速力で後進し,19 時 03 分防波堤灯台から 064 度 290
メートルの地点において,船首が 100 度を向き,その船尾部が船溜防波堤先端部に衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の初期であった。
B受審人は,衝突の衝撃があって,初めて翼角制御に異常が生じていたことを知り,翼角
制御盤の操縦位置切替スイッチを機関室に切り替えるとともに前進ボタンを押したが翼角
が追従しなかったので,直ちに電磁弁を見に行って同弁の前進側電磁コイルの固定ビスが緩
んでいるのを認め,同ビスを締めたところ翼角を正常に操作できるようになり,その後予定
岸壁に着岸した。
衝突の結果,船溜防波堤には顕著な損傷はなく,萬漁丸は船尾燃料タンクに破口等を生じ
て燃料油が流失したが,流出油はオイルフェンスの展張や吸着マットなどにより回収され,
船体はのち修理された。
(本件発生に至る事由)
1
電磁弁の電磁コイルを固定するビスが緩むとは思わず,同弁の状況を全く点検していなか
ったこと
2
港内操船前にCPPの変節テストを行わなかったこと
3
主機を緊急停止しなかったこと
4
投錨しなかったこと
5
A受審人が,B受審人にCPPの翼角制御の異常を連絡しなかったこと
(原因の考察)
本件は,電磁弁に相当な注意を払っていたならば,同弁の電磁コイルを固定するビスの緩み
に気付き直ちに同ビスを締め付けて翼角制御不能の事態に陥ることを避けることができたと認
められる。
したがって,B受審人が,電磁弁の電磁コイルを固定するビスが緩むとは思わず,同弁の状
況を全く点検していなかったことは,本件発生の原因となる。
また,翼角制御の異常が発生した際,主機を緊急停止したり,同異常の発生を連絡する的確
な対応措置を執っていれば,本件発生を回避することができたと認められる。
したがって,A受審人が,主機を緊急停止しなかったこと,及びA受審人がB受審人にCP
Pの翼角制御の異常を連絡しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件防波堤衝突は,CPP装置の保守管理に当たり,電磁弁の点検が不十分で,前進側電磁
コイルを固定するビスが徐々に緩み,夜間,北海道追直漁港に入航中,同コイルがその固定位
置から外れ,同弁が前進信号を受けても翼角がプラスに作動しない状態となったことと,同状
態となった際,主機を緊急停止したり,翼角制御の異常をCPP装置の保守管理者へ連絡する
的確な対応措置を執らず,防波堤に向かって後進のまま進行したことによって発生したもので
ある。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,北海道追直漁港において,港奥の岸壁に向け入航中,CPPの翼角制御
の異常を認めた場合,当該水域が防波堤などにより狭められていたから,主機非常停止ボタン
を押して主機を緊急停止したり,同異常をCPP装置の保守管理者へ連絡する的確な対応措置
を執るべき注意義務があった。ところが,同人は,気が動転していて,変節ダイヤルを繰り返
し操作するだけで,主機非常停止ボタンを押して主機を緊急停止したり,同異常を同保守管理
者に連絡する的確な対応措置を執らなかった職務上の過失により,船溜防波堤に向かって後進
のまま進行して同防波堤との衝突を招き,萬漁丸の船尾燃料タンクに破口等を生じさせ,燃料
油を流失させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第 4 条第 2 項の規定により,同法第 5 条第 1
項第 3 号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,CPP装置の保守管理に当たる場合,電磁弁は,経年使用に伴い,同弁内部の
スプール移動の際の振動等の影響により電磁コイル取付ビスに緩みが生じるおそれがあったか
ら,同緩みを生じた際には早期に発見できるよう,適時,同弁の点検を十分に行うべき注意義
務があった。ところが,同人は,同弁に不具合を生じた際の経験がなかったことから,同弁の
電磁コイルを固定するビスが緩むことはないと思い,同弁の点検を十分に行わなかった職務上
の過失により,同弁の前進側電磁コイルを固定するビスが徐々に緩んだことに気付かず,夜間,
追直漁港に入航中,同コイルがその固定位置から外れ,同弁が前進信号を受けても翼角がプラ
スに作動しない状態となり,前示のとおり衝突を招き,損傷等を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第 4 条第 2 項の規定により,同法第 5 条第 1
項第 3 号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文
平成 18 年 1 月 17 日函審言渡
本件防波堤衝突は,可変ピッチプロペラの変節操作が不能となった際,機関室に不具合の連
絡を行わなかったばかりか,主機を緊急に停止しなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
参
考
図