論文01 - クエン酸によるPEGの清潔管理

在宅医療と内視鏡治療 vol.18 No.1 Sep.2014
原著●
クエン酸法によるPEGチューブの清潔維持管理
千石 晃1)*、後藤 眞2)、茂泉 裕子3)、山下 昇史1)
JA北海道厚生連 常呂厚生病院 内科1)、同 外科2)、同 栄養科3)
Clean maintenance management of the PEG tube by a citrate method
Akira SENGOKU1),Makoto GOTO2),Yuko MOIZUMI3),Takafumi YAMASHITA1)
1) Department of Internal Medicine, Tokoro Kosei Hospital
2) Department of Surgery, Tokoro Kosei Hospital
3) Department of Nutrition, Tokoro Kosei Hospital
[Abstract]
It is a common method to use diluted vinegar for maintaining PEG tubes sanitarily. But PEG tubes cannot be
maintained clearly for a long time by this method only. It was revealed that the dirty deposit in the tube was the
bacterial colony and flora itself. This bacteria cannot be prevented by diluted vinegar, but use of citrate liquid
protects the bacteria from generating.
We report the use of this citrate liquid method for maintaining PEG tubes sanitarily more favorable over the
diluted vinegar method.
[和文要旨]
胃瘻チューブを衛生的に管理する方法に、酢水(すみず)を用いた管理法が普及している。現実には胃瘻造設時
のチューブの透明感は維持されず、さまざまに汚れたり、詰まったり、チューブの脆弱化を招き破断事故につな
がったりしている。
われわれもまた、10年近く酢水法を行ってきたが、ある患者の下痢症状に直面し、チューブ内面を見直すことに
より細菌類のコロニーを発見し、チューブの汚れは菌のコロニーや細菌叢そのものであること、さらにそれらはシ
リコンを損傷破壊することを見出した。
この汚れは、食酢10倍希釈の「酢水」では阻止できず、「クエン酸液」の使用により汚れの発生を防ぎ、良好に
清潔維持管理ができることを報告する。
千石 晃 JA北海道厚生連常呂厚生病院 内科
*
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在宅医療と内視鏡治療 vol.18 No.1 Sep.2014
はじめに
対象と方法
内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous Endoscopic
胃瘻栄養を実施している当院療養病棟入院患者 11
Gastrostomy 以下 PEG と称す)は、安全に長期栄
名、特別養護老人ホーム入所者 12 名のバンパー型
養管理ができることより全国に広く普及し、造設後
胃瘻チューブの汚れを研究対象とした。
の衛生的管理にさまざまな工夫がなされてきた。そ
汚れの程度、性状に関して、肉眼的観察、顕微鏡
の 1 例に酢水法があり、食酢 4 倍希釈液により、良
的観察、微生物学的検査、化学的操作等により明ら
好な結果を得られたと報告されている
1)2)
。現在で
かにした。
は 10 倍希釈法が一般的となり、書籍を通じ、ある
さらに汚れの阻止条件を求め、酢水より酸性度の
いはインターネットを通し、その有用性が訴えられ
高いクエン酸液を用いて、その効果を検証した。
普及がはかられてきた。
当院の前身施設では、2002 年頃から PEG を実施し、
ほとんどがバンパー型チューブ型を用い、原則とし
て 6 カ月毎にチューブの交換を行ってきた。6 カ月
交換時点では、チューブは褐色に汚れ、その強度と
結 果
Ⅰ胃瘻チューブの汚れ
体外に見える胃瘻チューブ汚れの状態とその経時変
弾力性は低下し、破断の危険性があることから、安
化を示す。
全性の検討を行なった結果、2008 年より全例 4 カ月
1. チューブ汚れの経時変化(2008-9 年)
交換とした。4 ヶ月交換時点でも汚れは進行し、そ
食酢の 10 倍希釈液(0.4%酢酸液 - 以下酢水と称
の詳細な観察から汚れは栄養剤残渣ではなく、細菌
する)を利用し、栄養液注入後に水でフラッシュ洗
叢そのものであることをみいだした。
浄し、「酢水」を満たし、充填したまま次の栄養投
チューブの素材となっているシリコンは、化学的
与にそなえる方法をとっていた。
にも物理的にもきわめて安定で強い撥水性があり、
図 1 a)の各写真に交換後の経過週数を示している。
汚れは付着し難い特性を持ち、さらに汚れにより劣
1 カ月を過ぎる頃から、汚れが明らかになってくる。
化することは極めて考えがたいことと思われる。
4 カ月では、汚れの色、程度は異なっているが、ほ
今回、われわれは汚れとその実態を検証し、清潔
ぼ例外なく汚れが付着している。
管理を実現する方策を確立するため、本研究を行っ
図 1 b)に酢水法で 4 か月後に抜去したものを示す。
た。
図1a酢水法(食酢 10 倍希釈)による汚れの経時変化
6 週を過ぎる頃から 汚れは目立ち始める
図1b 4 か月後に抜去したチューブ
汚れの色、程度は異なるが全例汚れは付着している
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2. 栄養液は付着するか
原因精査のため、チューブを詳細に観察したことに
従来、この汚れ物質については、栄養剤残渣ある
ある。チューブ内腔に点状にみられる汚れは、外見
いは細菌やカビの付着によると説明されている。実
的にコロニーそのものであり、チューブに直接付着
際の栄養投与では、直後に水でフラッシュするので
した様態を示している。
肉眼的に明らかな栄養剤の付着は見られない。長期
さらにチューブを詳細に観察すると、点状に付着
連用することで栄養剤が付着するのか検証した。
している部分から、内腔全面に覆い尽くされている
未使用のチュ-ブを切断し、45℃に温めた栄養液
部分まで汚れは連続的に認められた。(図3)
中に、チューブ断片を 24 時間毎に順次投入し、4 日
後にすべての断片を取り出し、汚れの付着を検討し
4. 微生物の種類
たところ、汚れの付着は認めなかった。(図2)
顕微鏡下で細菌類、真菌類どちらも認められ、培
また、37℃の栄養液に 1 カ月漬け置く実験にても
養検査にても、細菌類、真菌類ともに検出された。
栄養液は付着しないことを確認した。
(表1)
3. 汚れは微生物そのものである
Ⅱ汚れの阻止条件
今回の研究の発端は、ある患者の繰り返す下痢の
微生物にとって、胃瘻チューブは栄養・温度とも
図 2 栄養液のチューブへの付着実験(栄養科)
a 温度 45 度前後に保温した栄養液に、チューブの断片を 24 時間
毎に順次投入する
b 4 日後に取り出したが、汚れの付着は見られなかった。
図 3 チューブ先端部分を半切した内腔の付着物
小円形コロニーの散在から、連続的に内腔を覆う様子がみられる。
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在宅医療と内視鏡治療 vol.18 No.1 Sep.2014
に理想的条件で培養されているに等しい。そうした
表2のようになった。(表2)
条件の中でも微生物の増殖を防ぐことができれば、
表より、食酢原液はクエン酸1%液より pH が高
清潔に保つ目的は達せられる。
く、酸性度としては弱いことがわかる。
1. 酸性度の関与
クエン酸は、レモンや梅干しに含まれている成分
チューブを詳細に見ると、バンパー近くに汚れは
で、酢と違いにおいがなく、クエン酸回路の中心と
少ない。(図4)
なる重要な生理物質で、その使用に関し健康上問題
この部分は胃の中にあり、胃液にさらされている。
はないと判断した。
バンパー近くに汚れがなく、少し離れたところに細
菌叢が存在することは、胃液による殺菌作用が関与
Ⅲクエン酸法での臨床応用
すると考えられる。胃液の pH は1~2と知られ、
1. 対象
酢水は pH 3前後であることより、酸性度の問題と
2013 年 2 月以降、当院療養病棟入院患者 12 名、
推測される。
関連特養入所者 11 名を対象に、酢水法 4 ヶ月留置
酢水よりさらに強い酸性度で、生体に無害な物質
後の定期交換に伴い、順次クエン酸法に変更して経
を検討し、食品添加物にも使われるクエン酸を選択
過を観察した。
した。
またクエン酸濃度による差異を検討するため、ク
エン酸液 0.5%群、1.0%群の 2 群に分け観察した。
2. クエン酸液と酢水の pH
食酢 4 倍希釈液すなわち約1%の酢酸液にならい、
2. 経過
1%のクエン酸液を検討した。
酢水法では、1カ月を過ぎる頃より汚れが目立ち
室温 22 度、体温 37℃を想定し、pH を測定すると
始めることがわかっており、クエン酸法での経過を
表1 チューブ内汚れ物質の微生物学検査
表 1 チューブ内汚れ物質の微生物学検査
2011/10/24
2012/3/2
Enterococcus faecalis 2+
Escherichia coli 少数
Klebsiella pneumoniae 1+
Klebsiella pneumoniae 少数
Pseudomonas aeruginosa 1+
Candida tropicalis 3+
Candida tropicalis 3+
Trichosporon beigelii 3+
表 2 各希釈溶液の温度別pH
クエン酸液のpH
測定温度
4%液
2%液
1%液
0.5%液
0.25%液
22℃
1.88
2.05
2.23
2.37
2.56
37℃
1.93
2.05
2.18
2.31
2.51
酢:原液
酢:4 倍
酢:10 倍
酢水のpH
測定温度
(1%) 図4
22℃ 胃液にさらされる先端部分は、コロニーが見られない
2.26
2.79
2.92
30
37℃
2.64
2.83
2.97