孤立性結節陰影を呈した肺好酸球性肉芽腫症の 1 例 - 日本呼吸器学会

日呼吸会誌
●症
43(1)
,2005.
37
例
孤立性結節陰影を呈した肺好酸球性肉芽腫症の 1 例
高1)
羽白
石原 享介2)
藤井
宏2)
金子 正博2)
勝山 栄治3)
要旨:症例は 60 歳男性.50 本×40 年の重喫煙者.検診にて胸部 X 線写真で右下肺野に結節陰影を指摘さ
れた.胸部 CT では,右 S8 に 1 cm の結節陰影を認め,辺縁はやや spicula 様の毛羽立ちを認めた.同部位
の気管支鏡下生検を試みたが,診断に至らなかった.肺癌が否定できず,胸腔鏡ガイド下肺腫瘍切除術を施
行した.術中迅速では,悪性所見なく,そのまま区域切除で手術は終了した.病理組織像では,多数の好酸
球に混じり,胞体が厚い組織球様細胞の増生を認めた.組織球様細胞は S-100 蛋白陽性であり,肺好酸球
性肉芽腫症と診断した.本症の画像上の特徴は結節性病変および!胞性病変の混在が主であるが,孤立性結
節性陰影のみを呈する症例は稀である.
キーワード:肺好酸球性肉芽腫症,孤立性結節性陰影
Pulmonary eosinophilic granuloma,Solitary nodular shadow
はじめに
なし.全身にリンパ節腫脹を認めない.骨痛なし.肺:
呼吸音異常なし.心音:清.神経学的所見異常なし.
肺好酸球性肉芽腫症(pulmonary eosinophilic granu-
入院時検査所見:Table 1 に示す.検尿や血算,生化
loma : PEG)は,病理組織学的に Langerhans 細胞の非
学所見に特に異常は認めなかった.また主な腫瘍マー
腫瘍性増殖と好酸球浸潤を主体とする肉芽腫形成を特徴
カーも異常値を示さなかった.
1)
とする,原因不明の疾患である .PEG の画像所見は,
通常両側びまん性の粒状・小結節陰影,!状・小空洞様
(110% 予測値)
,VC 4.82 L
(133%
肺機能:FEV1 3.24 L
予測値)
.
陰影や honeycomb 様の変化を主体とするが2),孤立性
画像所見:胸部 X 線写真(Fig. 1)では,右下肺野に
結節影を呈する症例はまれである.今回我々は孤立性陰
約 1 cm 大の結節影を認めた.胸部 CT(Fig. 2)では,
影を呈した PEG を経験したので,文献的考察を加えて
右 S8 の胸膜直下に約 1 cm 大の結節影を認め,同結節
報告する.
は周囲からの収束像および細かな spicula が見られた.
症
例
症例:60 歳,男性.
境界は比較的整である.頭部および腹部 CT に特に病変
を認めない.
入院後臨床経過:気管支鏡を行ったが,気管支内の肉
主訴:胸部 X 線写真異常陰影.
眼的観察では特に異常を認めなかった.病変は S8a に
既往歴:高血圧,高脂血症.
あり,B8a より同部位のパンチ生検およびブラッシング
喫煙歴:50 本 40 年間.
を施行した.しかし,確定診断に至らなかった.年齢,
家族歴:特記すべきことなし.
性,喫煙者であることから,鑑別診断の第一には原発性
現病歴:2000 年秋の住民検診での胸部 X 線写真で異
肺癌と考え,その他カルチノイド,転移性肺腫瘍,結核
常陰影を指摘され,同年 10 月当院外来を紹介受診した.
腫,良性腫瘍などを鑑別に加えた.確定診断のため,11
胸部 X 線写真および CT 上,肺腫瘍が疑われ,10 月 31
月 6 日,胸腔鏡補助下肺部切除術を施行した.病変は,
日入院となった.
右 S8 にあり,0.8×0.7×0.7 cm の結節で,割面は灰白色,
入院時現症:身長 173 cm,体重 78 kg,体温 36.4℃.
血 圧 162!
64 mmHg,脈 拍 70!
分・整.意 識 清 明.発 疹
〒520―2192 滋賀県大津市瀬田月輪町
1)
滋賀医科大学呼吸循環器内科
2)
神戸市立西市民病院呼吸器内科
3)
神戸市立西市民病院臨床病理科
(受付日平成 16 年 6 月 28 日)
軟な腫瘍であった.術中迅速では,悪性所見を認めない
ことから,S8 部分切除のみで手術を終えた.
病理所見:ルーペ像では,被膜はなく境界が概して明
瞭な腫瘤が胸膜直下に認められた(Fig. 3)
.強拡大の組
織所見では,組織球や好酸球などの炎症性細胞の浸潤を
伴う肉芽腫性病変で胞体が厚い組織球様の細胞の増生を
みとめた(Fig. 4)
.組織球に見えた細胞は,酵素抗体法
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日呼吸会誌
43(1),2005.
Table 1 Laboratory findings on admission
[Urine]
pH
5.5
protein
(−)
glucose
(−)
blood
(−)
[Peripheral blood]
WBC
7,500 /μl
Neutro
52.0 %
Baso
3.0 %
Mono
3.0 %
Eosino
6.0 %
Lymph
36.0 %
RBC
474 × 105 /μl
Hb
14.5 g/dl
Ht
42.8 %
Plt
23.7 × 104 /μl
[Biochemistry]
TP
6.93 g/dl
GOT
25 IU/L
GPT
20 IU/L
LDH
158 IU/L
ALP
139 IU/L
CPK
106 IU/L
T-Bil
0.6 mg/dl
BUN
14 mg/dl
Cr
0.8 mg/dl
Na
147 mEq/l
K
4.2 mEq/l
Cl
107 mEq/l
Glucose
145 mg/dl
CRP
0.1 mg/dl
Fig. 1 Chest radiograph on admission showing a nodular shadow in the lower field of the right lung.
[Tumor marker]
CEA
2.7 ng/ml
SCC
0.8 ng/ml
NSE
3.1 ng/ml
ProGRP
12.7 pg/ml
[Arterial blood gas analysis]
room air
pH
7.41 mmHg
PO2
78.1 mmHg
PCO2
42.3 mM/L
HCO3−
26.9 mmol/L
Fig. 2 Chest CT scan showing a 1 cm spiculated nodule in the right S8.
にて S-100 蛋白が陽性で,Langerhans 細胞と考えられ
た(Fig. 5)
.このことからこの結節病変は肺好酸球性肉
芽腫症と診断した.
その後,3 年間の経過観察を行ったが,とくに新たな
肺内病変,肺外病変ともに認めていない.
考
察
当患者に認められた様な肺孤立性陰影のみを呈した
PEG は稀で,これまでの文献でも 2 例の症例報告を認
めるのみである3)4).Fichtenbaum らの報告では,無症
状の 58 歳の男性において,両側そけいヘルニアの術前
評価の際に,右中葉に約 1 センチ径の結節陰影を認め,
肺癌が否定できないため,開胸肺生検にて同結節を摘出
し,肺好酸球性肉芽腫症と診断されている3).もう 1 例
Fig. 3 The nodule is located right under the pleura and
shows a round shape without the capsule.
孤立性結節陰影を呈した肺好酸球性肉芽腫症の 1 例
Fig. 4 Microscopic section of the nodule showing a
mixed population of eosinophils and histiocytoid cells,
whose nuclei are convoluted(HE stain×40)
.
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Fig. 5 The nuclei and cytoplasms of the histiocytoid
cells are stained positively for S-100 protein.
が望まれる.しかし,今回の症例は,重喫煙者に認めら
の ten Velde らの報告もほぼ同様で,無症状患者にたま
れた結節陰影であり,CT 上 spicula ともみえる病変で
たま見つかった直径 8 mm の結節陰影であり,肺内にそ
あり,肺癌との鑑別が必要であった.その意味では,た
の他の病変を認めていない4).両者とも重喫煙者であり,
とえ孤立性陰影の PEG であっても,一定期間の様子観
肺癌との鑑別を要し,外科的切除が行われている.また,
察には難しい問題があろう.
2 症例ともその後に新たな PEG 病変の出現は認めてい
以上,術前に肺癌との鑑別に苦慮した,結節性陰影を
ない.この孤立性結節陰影が,PEG の初期病変と考え
呈した肺好酸球性肉芽腫症を経験した.希少な疾患であ
るべきか,議論のあるところであるが,本症例もその後
り,ここに報告した.
典型的な PEG を発病はしていない.
文
肺好酸球肉芽腫症(PEG)の病理学的な進展形態は,
献
!肉芽腫性病変(ランゲルハンス細胞,好酸球,線維芽
1)Vassallo R, Ryu JH, Colby TV, et al : Pulmonary
細胞などからなる)が細気管支に存在する,"病変の大
Langerhans’
-Cell histiocytosis. N Engl J Med 2000 ;
きさは 1 cm 以下が多い,#同時に同病変が細胞外基質
の破壊をもたらし,上皮基底膜を破壊する場合は,線維
芽細胞が肺胞腔内に侵入し線維化を来す,$弾性線維を
破壊する場合は,肉芽腫辺縁の肺胞腔拡張が認められ,
%胞を形成する,と考えられている5)6).この病理学的な
所見を,胸部 X 線写真や CT は,通常両側びまん性の
粒状・小結節陰影,%状・小空洞様陰影や honeycomb
342 : 1969―1978.
2)Moore AD, Godwin JD, Muller NL, et al : Pulmonary
histiocytosis X : comparison of radiographic and CT
findings. Radiology 1989 ; 172 : 249―254.
3)Fichtenbaum CJ, Kleinman GM, Haddad RG : Eosinophilic granuloma of the lung presenting as a solitary pulmonary nodule. Thorax 1990 ; 45 : 905―906.
4) Ten
Velde
GPM ,
Thunnissen
FBJM ,
van
様の変化として描出する2).本症例では,結節と細気管
Engelshoven JMA, et al : A solitary pulmonary nod-
支との関連については,腫瘤様の形成をしており,不明
ule due to eosinophilic granuloma. Eur Respir J
であった.また肉芽腫の近傍ないし内部にあると思われ
1994 ; 7 : 1539―1540.
る細気管支についても,%胞形成も認めなかった.
5)Fukuda Y, Basset F, Soler P, et al : Intraluminal fi-
多発性結節陰影を呈する PEG も比較的稀である.埴
brosis and elastic fiber degradation lead to lung re-
淵らは,2 例の一部に空洞を伴う多発性結節陰影を呈し
modeling in pulmonary Langerhans cell granuloma-
た PEG を報告している7).一部の小結節は小葉中心性の
tosis(histiocytosis X)
. Am J Pathol 1990 ; 137 : 415―
分布を示していたものの,直径 1 cm 以上の結節では小
葉構造と無関係に存在していた.各々の結節は,本症例
の孤立性陰影とよく似ており,また 2 症例とも乾性咳嗽
を呈してからの診断であり,PEG 発症からいくばくか
424.
6)Kambouchner M, Basset F, Marchal J, et al : Threedimensional characterization of pathologic lesions in
pulmonary Langerhans cell histiocytosis. Am J
Respir Crit Care Med 2002 ; 166 : 1483―1490.
の時間の経過が示唆される.本症例は,無症状発見例で
7)埴淵昌毅,平野博嗣,北田清悟,他:一部に空洞を
あり,発見されなかった場合に多発結節陰影を形成した
伴う多発性結節性陰影を呈した肺好酸球性肉芽腫の
可能性はある.PEG の自然経過についての症例の蓄積
2 例.日本呼吸会誌 2002 ; 40 : 984―988.
40
日呼吸会誌
43(1),2005.
Abstract
Pulmonary eosinophilic granuloma presenting as a solitary pulmonary nodule
Takashi Hajiro1), Kyosuke Ishihara2), Hiroshi Fujii2),
Masahiro Kaneko2)and Eiji Katsuyama3)
1)
Department of Respiratory and Cardiovascular Medicine, Shiga University of Medical Science
Department of Respiratory Diseases, 3)Department of Laboratory Medicine, Kobe Nishi City Hospital
2)
A symptomless 60 year old man with a heavy smoking history presented with a nodule in the right lung,
which was found by an annual chest X-ray. Chest CT showed a 1 cm speculated nodule in the right S8. Bronchoscopic transbronchial biopsy to the nodule yielded no definite diagnosis. Since the nodule was highly suggestive of
lung cancer, wedge resection was performed by video-assisted thoracoscopic surgery. Pathological findings of the
specimen showed that the nodule consisted of a mixed population of histiocytoid cells with eosinophils. The nuclei
and cytoplasms of the histiocytoid cells were stained positively for S-100 protein. Pulmonary eosinophilic granuloma(PEG)was diagnosed. Common radiographic findings of PEG should present with a mixture of multiple nodular shadows and cystic lesions. PEG presenting as a solitary nodule is rare.