小島 芳之

には,地圧などの外力の作用,酸性
の漏水などによる覆工材料自体の劣
化,施工時に生じたひび割れなどの
構造欠陥が挙げられる。これらの要
因ごとに,はく落の状況を述べる。
地圧などの外力の作用によって変
状を生じるトンネルは珍しくなく,
維持管理上の大きな課題になってい
る。外力による変状が原因で覆工が
はく落するのは,アーチ部に「圧
ざ」と呼ばる圧縮破壊や,押し抜き
トンネル覆工の劣化は徐々に進むため,
せん断破壊 * が生じる場合だ。もっ
定期的な検査による早期発見がはく落防止の決め手となる。
打音検査で濁音のする個所をとにかくはつり落とすことが基本だ。
とも、破壊に至るのは変状が相当に
各対策工法の具体的な注意点を説明する前に,
進行した場合に限られている。その
まずは、覆工の点検とはく落対策の基本的な流れを押さえておこう。(本誌)
例が下の写真である。
左下の写真は,トンネルの両側か
鉄道総合技術研究所
主任研究員
小島 芳之
99年は,トンネル覆工のはく落
年2月28日に旧運輸省が鉄道トンネ
らの地圧でアーチ上端部に大きな曲
ルの保守管理について通達を出し,
げ圧縮力が作用し,圧ざが生じた例
現在,鉄道トンネルに対する全般的
だ。以前から継続して変状を監視し
な検査を行っている。
ていたので,はく落に至る前に圧ざ
問題がクローズアップされ,トンネ
ここでは,トンネル覆工のはく落
ルなどの様々な構造物の維持管理の
の実態を整理したうえで,はく落の
あり方が強く問われた年だった。そ
検査と診断,さらに対策の基本的な
れ以降,様々な対策がとられてき
考え方を解説する。
た。例えば鉄道では ,「トンネル安
全問題検討会 」(座長:足立紀尚京
都大学教授)の提言を受けて,2000
による浮きをはつり落とし,ロック
ボルトなどで覆工を補強した。
右下の写真は,上部の岩塊もろと
も覆工がはく落し,列車の運行に支
障をきたした深刻な事例である。事
外力や劣化,構造欠陥ではく落
覆工のはく落を促す一般的な要因
故後,覆工の材質不良に加えて極端
な巻き厚不足と覆工背面の顕著な空
大きな地圧が作用してアーチ上端部の内側が曲げ圧縮破壊した状
巻き厚が極端に薄く,しかも覆工と地山との間に空洞があったた
態
め,覆工上部の岩塊が不安定になって落下した
2001.10.26 NIKKEI CONSTRUCTION
88
左はJR山陽新幹線福岡トンネルで生じたはく落。コールドジョイントが主な原因。右は
JR室蘭本線の礼文浜トンネルのはく落。局部的な地圧で押し抜きせん断破壊が生じた
洞が,トンネル全長にわたって確認
された。そのため,はく落個所の補
強と,背面の裏込め注入を行った。
トンネルの覆工は無筋コンクリー
トの場合が多く,坑内の温度や湿度
などの環境変化が穏やかである。こ
のことから,風雨にさらされる鉄筋
コンクリート(RC)構造物に比べ
化,車両走行の影響などが重なる
る。ここでは,鉄道トンネルを例に
れば,トンネル覆工の材料が急速に
と,はく落を促すことになる。実
挙げて説明しよう。
劣化することは少ない。ただし,以
際,99年にJRの福岡トンネルや礼
例えば,道路における「定期点
下の場合には,材料の劣化がはく落
文浜トンネルで相次いだはく落事故
検」に相当するものを,鉄道では一
に影響を及ぼす可鎗性がある。
(上の写真)は,漏水や列車の振動
般に「全般検査」と称しており,2
などが構造欠陥を促進して生じた。
年以内に1回の頻度で全トンネルを
一つは,RC覆工の場合。設計上
は十分なかぶり厚を確保していて
も,施工時にそのかぶり厚を確保で
定期的な検査が欠かせない
対象に行っている。
全般検査は,地圧などの外力や覆
これらの例に見られるように,ト
工コンクリートの劣化,漏水などに
ンネル覆工のはく落は突然生じるわ
よって覆工に生じている障害の検査
酸性の漏水や顕著
けではない。地圧による変状やひび
だけでなく,はく落の可能性の検査
な凍害など,材料を劣化させる明ら
割れが数年単位の時間をかけて徐々
も同時に行う (91ページのフロー
かな要因がある場合だ。
に拡大,進行して生じる。したがっ
図参照 )。先のはく落事故が生じる
以上のような劣化要因の影響が大
て,定期的な検査によって変状やひ
以前に定められていた検査に,はく
きくなくても,建設時に生じたひび
び割れを把握したうえで監視を続け
落対策の検査が加わった形だ。
割れや巻き厚不足などの構造欠陥が
れば,大きな事故に至る前に適切な
長年のうちに徐々に進行していくこ
措置を講じることができる。
きず,はく落が生じることがある
(左下の写真参照)
。
もう一つは,
鉄道トンネルにおけるはく落の検
査と対策の手順は次の通りである。
とも考えられる(右下の写真参照)。
覆工の検査方法やはく落対策の考
①全体の目視検査を行ったうえ
もともと構造欠陥があった個所
え方は,道路トンネルも鉄道トンネ
で,ひび割れや劣化の状憑に応じて
に,乾燥と湿潤の繰り返しや温度変
ルも本質的には変わらないと思われ
必要な個所の打音検査を行う。
左はRC覆工で鉄筋のかぶり厚さが不足していたために中性化が進
行し,鉄筋が腐食してはく落が生じた例。写真ははつり落とした後
の状態。上はアーチ上端部に広範囲にわたる巻き厚不足が生じてい
た事例。打音検査の時に濁音がして判明した
2001.10.26 NIKKEI CONSTRUCTION
89
②打音検査で「濁音」が生じる場
呼ばれるさらに詳細な調査や計測を
類。さらに,施工性や経済性,対策
合は,可能な範囲ではつり落とす。
行ったうえで対策を講じる。前述の
後の覆工検査の容易さなどの特徴を
③はつり落とし以上の対策が必要
ように全長にわたって背面に空洞が
大まかに整理したものである。
かどうかの判定を,要対策(α ),
生じていた場合などでは,変状が見
要注意(β)
,問題なし(γ)の 3
つかった個所だけでなく,トンネル
段階で行い,αと判定された個所に
全体の補強や劣化防止なども考慮し
追加のはく落対策を施す。
た措置を施すことになる。
このように鉄道トンネルでは,は
く落が生じる可能性がある部位を全
般検査で漏れなく抽出し,直ちに対
策を施すことが求められている。
ただし,外力や材料劣化が問題と
なっている個所は ,「個別検査」と
はつり落としで済む場合が多い
表のうち,いくつかの工法につい
て,注意点を以下に述べる。
例えば,はつり落としは,一般に
は他の対策の前処理として行うもの
であり,打音検査によって濁音が生
じた個所に実施する。トンネルの場
トンネルのはく落対策工法の種類
合, RC 覆工でなければかぶり厚さ
は,多岐にわたる。上の表は対策工
が問題にならず,劣化の進行が緩や
法ごとに,はく落の規模や対策を行
かなので,表面をはつり落とすだけ
う面積の大きさに対する適否を分
で十分な対策となる場合が多い。
2001.10.26 NIKKEI CONSTRUCTION
90
はつり落としだけで対応できない
場合もある。①はつり落としても不
安定な状態が残るとき,②断面欠損
が特に大きく構造耐力の低下をきた
す可能性があるとき,③はつり落と
しのままではさらに変状が進行する
恐れがあるとき-などである。
こうした場合は,追加の対策が必
要になる。対策を施す面積が狭い場
合は,ひび割れ注入や当て板,金
網・ネットなどの工法を用いる。対
策面積が広い場合は,曲げ加工した
鋼材を覆工内面に建て込む補強セン
トルや,繊維シートなどを接着する
内面補強工法などが適する。
これらの対策工法は,いずれも覆
工の内面に新たに補修材料を設置す
ることになる。後で補修材がはく離
して保守上の足かせになることがな
いよう,既設の覆工と十分に一体化
させなければならない。
め注入を前提として考えるべきで,
また,特に新幹線のトンネルのよ
はく落対策に加え,変状の進行状況
うに,列車走行に伴う風圧や列車振
や空洞の大きさに応じて優先順位を
動を繰り返し受ける過酷な条件下で
つけながら,計画的に背面対策も行
も,施工直後から長期間にわたって
っていくことが大切である。
安定して機能を発揮する対策工法を
選ぶ必要がある。
変状対策は裏込め注入を前提に
現時点では,トンネル覆工のはく
落対策工法の選定や設計は,状況に
応じて経験的に行われているのが実
情だ。他方,最近は繊維補強プラス
補強セントルや内面補強工法,内
チックなどの新素材を用いた対策工
巻き,ロックボルトなどは,地圧対
法も実用化されており,選択肢を絞
策工法としても一般的に用いられて
り込むことが非常に難しくなってき
いる。これらの工法を施すことで覆
ている。要求性能や費用に応じて,
工の構造耐力を向上させ,変状を抑
できるだけ客観的に工法の選定と設
制することができる。
計ができるような手法を確立するこ
一方,背面に空洞があるような覆
とが課題となっている。
工の場合は,健全な覆工に比べて著
次回は,多様な対策工法のうち主
しく耐力と変形性能が低くなる。そ
なものについて,施工する際の注意
のため,トンネルの変状対策は裏込
点をもう少し詳しく解説する。
2001.10.26 NIKKEI CONSTRUCTION
91