妊娠と皮膚病変 - e-CLINICIAN

妊娠と皮膚病変
妊娠に伴う内分泌系の変化および免疫・代謝系の変化によって
起こる生理的皮膚変化と直接的・問接的デルマドローム
文
正
島
飯
傷﹃
ノ メ
/κ D 妊娠に際しては、多彩な生理的皮膚変化あるい
は病的な皮膚病変が起こる。妊婦の黄体および胎
児胎盤系で産生されるステロイドホルモンに加え、
母体自体の副腎皮質・脳下垂体前葉・甲状腺にお
ける分泌充進などの顕著な内分泌系の変動が、こ
れら妊娠・分娩・産褥時にみられる皮膚疾患の発
症には大きく関与するが、全てが母体の内分泌環
境の変化に基づくものではない。移植免疫学的に
配偶者との間の明旨旨﹃こ︵第一代雑種︶たる胎児
考えると妊娠とは、母親にとっては非自己である
が一〇カ月間子宮内で生育することであり、皮膚
変化の発症には免疫学的にみた妊娠の特異性に基
の
づく免疫・代謝系の変化も関与する。
妊娠に伴って認められる種々の皮膚変化を分類
すると、ω妊娠に伴う生理的な皮膚変化、⑭妊娠
に際して特異的に発症する皮膚病変︵直接デルマ
ドローム︶、⑥妊娠によって悪化︵あるいは軽快︶
の三群に大別することができる︵表︶。
する非特異的な皮膚病変︵間接デルマドローム︶
の
特集・デルマドローム
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妊娠にみられる皮膚病変
生理的皮膚変化
(文献2)より引用)
直接デルマドローム
1)妊娠浮腫(潜在性
ないし顕性浮腫)
間接デルマドローム
1)感染症
1)妊娠性庖疹
2)妊娠性丘疹状皮膚炎
ウイルス:単純陰部庖疹、
2)脂肪沈着
3)妊娠性痒疹
3)色素沈着
4)妊娠性療痒症
4)多毛症
5)妊娠性自己免疫性プロゲ
風疹、尖圭コン
ジローマ
細菌:丹毒、蜂窩織炎
ステロン皮膚炎
→分娩後脱毛
(浮腫部)
5)毛細血管拡張
(autoimmune progeste一
6)静脈瘤
7)妊娠線
gnancy)
真菌:カンジダ症
(陰部、間擦部)
rone dermatitis of pre一
(線状皮膚萎縮)
原虫:トキソプラズマ症、
6〉庖疹状膿痂疹
8)妊娠性軟性線維腫
(skin tagS)
梅毒
les and plaques of pre一
2)間擦疹
3)蒜麻疹
gnancy (PUPPP)
4)多形紅斑
7) pruritic urticarial papu一
8)妊娠性療痒性毛包炎
5)悪性黒色腫の増悪
9)妊娠腫瘍
6)SLEの増悪
7)ポルフィリン症の増悪
8)von Recklinghausen病
の増悪
めて多彩であって、その全てを紹介する
このように、妊娠に伴う皮膚変化は極
ことは不可能であり、本稿では、その概
略のみを紹介する。生理的変化の詳細に
マドロームについては紫芝の総説および
の
ついては西山の総説を、直接・間接デル
の
のの
皮膚病診療誌の特集を参照されたい。
ω生理的皮膚変化
の
生理的皮膚変化とは、程度の差はあれ、
のであり、血管系の変化と色素沈着が主
ほとんどの妊婦に起こり得る生理的なも
なものである。
①血管系の変化による皮膚変化
顔面・胸部・肩にクモ状血管腫、手掌
の小指球部・栂指球部に手掌紅斑など毛
細血管拡張性変化が生ずる。あたかも肝
硬変のデルマドロームに類似するが、慢
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①妊娠性痒疹
必ずしも妊婦のみに発症するわけではない。
るエストロゲン増加がその原因と考えられる︵同
妊娠初期の三∼四カ月頃、四肢伸側および体幹
ロゲン増加とは異なって、妊娠時の分泌充進によ
性肝機能不全時における 肝 代 謝 遷 延 に よ る エ ス ト
様の機序により、血管拡張性肉芽腫・妊娠腫瘍が
に激痒が起こり、次いで丘疹が生じ掻痕が著しい。
加による。またこのような内分泌環境下では紫外
もに脳下垂体からのβl M S H ・ A C T H 分 泌 増
ある。エストロゲン・プロゲストロンの増加とと
の線状黒色化︵黒線︶・膀囲の色素沈着が特徴的で
学的には、水痕性類天庖瘡類似の表皮下水庖、補
∪仁ぼ一轟庖疹状皮膚炎に類似する。病理免疫組織
紅斑と紅斑内や辺縁に小水癒を生じ、臨床的には
妊娠中・産褥期に癌痒を伴う境界鮮明な浮腫性
②妊娠性萢疹
娠に発症するが、初妊婦にも発症し得る。
出産近くに腹部妊娠線状に一致する丘疹性癌痒性
の
皮疹としてみられることもある。二回目以降の妊
発症する。後述︶。
②色素沈着
乳量・外陰部などの生理的色素増強部位におけ
線の影響も加わって、顔面、とくに前額部・眼瞼
体︵G︶および、ときに免疫グロブリン︵㎏G︶
る色素沈着が一層顕著となり、また腹部中央白線
周囲・頬部に特有の妊娠性肝斑が発症する。
②特異的皮膚病変︵直接デルマドローム︶
得る。
た自己免疫性水庖性疾患である。妊娠毎に発症し
の基底膜部への沈着を特徴とする、妊娠に関連し
妊娠に伴って発生する特殊な皮膚疾患は以下の
通りであるが、③および⑤の血管拡張性肉芽腫は
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③疸疹状膿痂疹
無菌性膿庖を辺縁に有する環状紅斑が陰部・腋
した膿庖 性 乾 癬 と す る 考 え 方 が 一 般 的 で あ る 。 ス
して連圏状∼地図状となる。妊娠に関連して発症
症を伴わぬ限り、出産により健康児を得ることも
SLEでは、病勢が落着いており、活動性の腎
③非特異的皮膚病変︵間接デルマドローム︶
には、皮膚の血管拡張性肉芽腫に一致する柔らか
の
く易出血性、鮮紅色の妊娠腫瘍が認められる。
テロイド に よ り 母 体 の コ ン ト ロ ー ル は 良 好 と な っ
可能と考える。しかし、妊娠初期ならびに分娩直
窩・腹部などに初発し、次第に全身に多発・融合
たが、重症の場合、児の生命予後は不良である。
後に母体に病気の悪化をみることが多く、流産・
m&豆B⊆89夏Φσq惹8︽︶
に関して特別に変わったことはないが、妊娠中に
レックリングハウゼン病患者では、妊娠・出産
早産など、妊娠の継続に問題の生ずることも多い。
妊娠後期の腹部に好発する療痒の強い紅色葬麻
神経線維腫が初発したり、色素斑および神経線維
④PUPPP︵U﹁⊂言ocヨ8﹃亙U8⊂一①G
疹紅斑様局面・丘疹を特徴とし、分娩後急速に消
後に改善のみられることもある。
る必要がある。 ︵昭和大学 教授 皮膚科学︶
ならびに色素斑については、慎重に経過を観察す
の
斑細胞母斑の活性化、前駆病変よりの悪性黒色腫
め
への進展が起こり得るので、妊娠した女性の母斑
妊娠中は色素細胞の活動性が高まっており、母
腫の数・大きさが増したという報告は多く、出産
退する。ステロイド外用によく反応する。注意深
ゆ
く観察すれば、かなり多くの妊婦に認められる。
⑤血管拡張性肉芽腫・ 妊 娠 腫 瘍
妊婦に 血 管 拡 張 性 肉 芽 腫 が 発 症 す る こ と は 稀 で
はない。妊娠に伴って口腔内の血管も拡張・充血
しており、歯肉や口唇、とくに上顎口唇側歯肉縁
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(59())
り
文献
膚科学大系︵山村雄一他編︶、第二巻B、八四∼一〇五
D倉智 敬 ご 女 性 内 分 泌 機 能 の 異 常 と 皮 膚 病 変 、 現 代 皮
頁、中山書店、一九八一年
の井上勝平“妊娠と皮膚、皮膚科専門医テキスト︵朝田
康夫他編︶、一〇三〇∼一〇三二頁、南江堂、一九九二
年
の西山茂夫“妊娠に伴う皮膚変化、皮膚病診療、五、一
〇〇三∼一〇〇六︵一九八三︶
の紫芝敬子”妊娠と皮膚病変、診断と治療、八三、三七
ゆ特集﹁妊娠と皮膚病﹂、皮膚病診療、第五巻、第一一
三∼ 三 七 六 ︵ 一 九 九 五 ︶
の特集﹁妊娠と関係ある皮膚病﹂、皮膚病診療、第一六
号 、一九八三年
巻、第六号、一九九四年
.レ難
(591)
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