今月の一句 遠馴れの比叡を青嶺として仰ぐ 桂樟蹊子 (昭和六十二年作) 京都に住む人たちに四季の寧らぎを与えてくれる秀嶺であ る。久しぶりに比叡山が近くに見えるところまで歩かれた師 は、比叡血の木立を仰ぎ、一つ一つの枝葉の翻るのを見て、 まさに青嶺の実感を得られた。その時に遠馴れの山と思って いた比叡をこんなに近くに感じられたのを嬉しく思われたよ うである。 隆 子 刈干切唄 う ら ら か や 城 下 の 午 砲 い ま も 今 生 の さ く ら 好 き な り 大 和 人 塩 路 隆 「 ど ん 」 一 番 線 吉 野 ざ く ら を 見 に 行 か な 四 月 馬 鹿 効 く も 効 か ぬ も サ プ リ 癖 花 ど き の 地 球 青 き と 思 は れ ず の ど か な り 筬 音 杼 音 楽 を な し 師 を 恋 う て 刈 干 切 唄 花 の 夜 子 六月号光耀抄 嬉しくてうれしくて燕宙返り 比良八講修す法螺の音波を這ふ 春光の森ことごとく豹柄に 水温む語尾の伸びたる里言葉 ビードロをつけて合 辛口の天声人語春深 ほのぼのの明るさ貰 父といふ抽斗にある 春落葉禰宜の木沓に 戦凧の糸 し ふ花菜畑 風車 踏まれ鳴る 農は芸てふこだはりの春田打 春風を呑込む河馬の大欠伸 飛び発てぬ紙鶴を折る四温晴 花もとめ吉野も奥の水分社 鑑真和上在す春陰築地塀 たなびける雲の風情や山桜 つくづくし四方を士塁の屋敷跡 玩具めく峡の駅舎や朧の夜 塩路 隆子選 伊藤 憲子 小澤 菜美 佐用 圭子 小西 和子 山口キミコ 三川美代子 和田 郁子 伊東 和子 伊藤 純子 松岡 和子 塩路 五郎 国包 澄子 笠井 清佑 片岡久美子 桂 敦子 坂上 香菜 阪本 哲弘 渓音を聞かむと木五倍子花穂垂れ 産月の子と歩を合はす花菜風 帰漁舟洗ふ下校子春の鳶 手づくりの大きめがよし桜餅 釣人の等間隔や春の海 風ぐるま廻らぬ日和 北国に生れし仔馬に 鎧脱ぐ白木蓮に神宿 春色の上着が似合ふ 水子仏 陽の優し り コンシェルジュ まつり好き花見なほ好き浪速っ子 ピエタめく奉納の雛春時雨 隠れ家に連翹咲きて目立ちたる 西行のやうには行かじ花仰ぐ ここの子も嫁ぎしらしや沈丁花 夫の忌に好みし桜たんと活け のんびりと羽繕ひして残り鴨 手びねりの器に盛りて木の芽和 花吹雪く天誅組の蹶起の地 朧なる原風景の故山かな 黒オパールの遊色春を眠らせず 坂根 宏子 竹内 悦子 田下 宮子 田中 浅子 長濱 順子 難波 篤直 西垣 順子 橋本 靖子 増田 一代 宮崎左智子 宮田 香 森下 康子 山田 愛子 山本 孝夫 横田 矩子 和田森早苗 石川かおり 井口 淳子 北尾 章郎 鈴木 照子 旅先の昼の一献さくら鯛 春愁や古き背広を捨て切れず 新社員メモとる様はまるで記者 島風や蒲公英の絮飛び尽し 春耕の畝とも畑とも見えず 北斎画と見紛ふ伊吹はだれ雪 秀吉の息吹いまなほ椿寺 水炊きの若布真みどり碗にとる 甘党も辛党もゐて彼岸かな 夜篝の桜はんなり勇の碑 「し ょ う ら い は け い さ つ か ん」 と 入 学 子 浮かれ人祈り人あり花万朶 薄曇り花を待ちゐる博多かな アンコールに征爾お出まし花三分 こてこてのゴッホ自画像花曇 オリーブの名高き島や風光り 波さはぐ比良八荒の前ぶれか 旅鞄小さきを選び春野ゆく 忽ちに道に貼りつく雨の飛花 桜絵のグラスに初夏のロゼワイン 藤本 秀機 吉田 宏之 大堀 賢二 常田 創 杉本 綾 中川すみ子 松田 和子 川崎 利子 粟倉 昌子 小林 久子 西郷 慶子 笹井 康夫 鈴木 江奈 鷲見たえ子 高谷 栄一 高屋喜美子 竹内喜代子 田中 久子 谷口 俊郎 辻 香秀 寄り添うて池を自在 十勝より見渡す平野 艶やかな都をどりの 春夕焼平城山古代に に春の鴨 花の帯 抹茶券 還りゆく 天平の甍に沈む春夕焼 龍天に安珍塚の捻れ杉 徒歩半刻国宝といふ花の寺 人と神繋ぐ玉砂利あたたかき 鶯に誘はれ登る奥の院 牡鹿の静かに座せり角落し 機上より春雪を被し富士の山 みづみづし洛中洛外緑濃く 小流れを追ひつ追はれつ藪椿 読み聞かす日本童話や昭和の日 観鳥に賑はふひと日里のどか 花言葉門出に似合ふスイトピー 松を背に楚々の風情や山ざくら 風に散る百花繚乱殊に花 太閣の御土居のしだれ桜かな 山笑ふ追はるる雲と追ふ雲と 割烹着の妣眼裏に草の餅 辻 知代子 津田 富司 十時 和子 中井 弘一 中井登喜子 中村ふく子 中本 吉信 西岡 裕子 西田 史郎 西村 敏子 能勢 栄子 秦 和子 福本すみ子 藤見佳楠子 松田 洋子 山内タカ子 山口 和子 山崎 里美 伊藤 和子 大島みよし 大松 一枝 琥 珀 集 帰る鳥 比良八講修す法螺の音波を這ふ 受験子の靴ひも結ふを見てゐたる 嬉しくてうれしくて燕宙返り 啓蟄や地中ベクトル動き出し 花曇しつけ糸ある古着捨て 流水にちぎりレタスの輪舞かな 浮世絵の青に鎮もる春の宵 春光の森ことごとく豹柄に 小澤菜美 佐用圭子 郁子の咲く里にロケ隊来ると言ふ お松明の散華を遠見鹿の影 外陣より窺ふ修二会有難き お松明の走る眼裏寝ねてなほ 佇ち尽くす比良春雪の神の技 八荒の過ぐる迄はと近江人 豆の花孫に叱られ嬉しかり お守りは砂袋らし受験の子 しつけ糸 さばさばと忘れたるふりはうれん草 隣から声の目覚し杉花粉 伊藤 憲子 肩車の安全車種や梅花祭 こぼれ種の紅の濃淡桜草 燕 紋辻屋の小機織る音うららなり 水温む語尾の伸びたる里言葉 いとけなき綿毛の蓬愛しみ摘む うららかやカヌー一艘過ぎ行ける 春きざすピンク儚き萩茶碗 日本にもモンゴルに似し春疾風 降り立てば安曇野平風光る 同窓会別のわたしが春愁ふ 辛口の天声人語春深し 春の宵サーカスの屋根暮残る 風光る 蝶を追ひ小さき跳躍二つ三つ 山葵田の水車始動や水温み 小西 和子 辛夷咲き少年逢ふ度違ふ顔 畦行けば道祖神あり春深む 春 七曜をさくらさくらで過しけり 三川美代子 切れ凧の行方いづくや追ふ童 洋蝶てふ南蛮凧の彩れる ビードロをつけて合戦凧の糸 吉野太夫の花魁道中花ふぶき 「さきがけ」といふ名の桜咲き初むる 風不意にきりきりなんじゃもんじゃ散る 団欒に先づ愛でらるる桜餅 和田 郁子 西へ行くほどに日永や郷里なる アーモンドの花に人寄る社かな アーモンドの花 吉野ヶ里古代遺跡の陽炎へる 花浴びつ賜ふさくら湯緋毛氈 山口キミコ 米どころ佐賀クリークの水温み ほのぼのの明るさ貰ふ花菜畑 凧合戦 大陸に近き小倉や霾曇 春休スカイツリーの空の廊 春ゆうべ箸に危ふき明石焼 たんぽぽや喃語で話す嬰と爺 うららなり老舗菓子屋の縞座ぶとん 慈円なる右上りの書花明り 松岡 和子 玻璃の床より朧夜の街灯り 農は芸てふこだはりの春田打 たんぼぽ 花どきのひと日香煙浅草寺 生野より銀の馬車道のどかなり(但馬) 伊東 和子 人波の続く仲見世遅日光 神主の酔うて落馬や春祭 風 車 トロ箱に目玉活き活き桜鯛 ふたり居の昭和のくらし春障子 いにしへの廓格子や春埃 鳩狙ふ猫の匍匐やお中日 春落葉禰宜の木沓に踏まれ鳴る 饒舌も寡黙もありて花疲 鯉幟「六甲颪」を呑込める 陶器市先づは新茶をすすめられ 花見たる余韻に浸り夜の雨 塩路 五郎 父といふ抽斗にある風車 土筆摘む時の流れに拘はらず 春風を呑込む河馬の大欠伸 河馬の欠伸 緩慢と砂利舟往き来花の昼 古民家の太き柱や花辛夷 伊藤 純子 花の雨直哉ゆかりの宿幽く 疲れたる誌嚢をほぐす花吹雪 春落葉 芽柳や温泉宿並びて川に沿ひ 堂奥の荒行気配お水取 海女もぐる所作なまめかし志摩の海 住む町の不意をつきたる初音かな 土の闇ほぐして地虫出づる跡 届かぬ日に生ふ水草の泡を吐く 南大門を借景にして老桜 宝蔵は校倉造り木の芽風 天平の鴟尾凜として風光る 鑑真和上在す春陰築地塀 木の芽風 雛飾る古き町家の高天井 山側の池に一陣残る鴨 国包 澄子 飛び発てぬ紙鶴を折る四温晴 降り止まぬ落花明るき塔の下 お水取 黄砂降る確たる山を曖昧に 片岡久美子 花の頃西行と行く吉野山 西行の話聞きたし花影に 奥千本西行庵の花盛り 去り際にひと声聞きぬ春告鳥 春風を受け流しゐる川柳 漂へる雛の色香の気品かな 春の風邪キャンディー口にころがして 桂 敦子 花もとめ吉野も奥の水分社 親越ゆる靴のサイズや春の泥 春の風邪 佐保川の桜トンネル潜りけり 快き木魚のリズム彼岸かな 笠井 清佑 落椿残す昭和の弾薬庫 たなびける雲の風情や山桜 吉野の花 久に聞くイヴ・モンタンや蝶の昼 瑠 璃 集 花見酒 朧なる原風景の故山かな 二浪子の晴れて上京風光る 猪口二つ置かれ独りの花見酒 株の欄は老のロマンや水温む 思ひ出の詰まる抽斗桜貝 黒オパール 北尾 章郎 鈴木 照子 黒オパールの遊色春を眠らせず 三本松葉拾ひうららの文殊堂 地酒屋の朱の土壁や暖かき 花吹雪く出石に「八重」のゆかりの居 智恵の輪を映し春潮匂ひける 紀州路 水軍の隠れ洞窟春の濤 湯浅銘守る若衆春の蔵 晴天に桜満開紀三井寺 とこしへに抱合ふ二体雛納 旅先の昼の一献さくら鯛 古き背広 春愁や古き背広を捨て切れず 「元気かね」と添ふる一筆いかなご煮 ふる里の路線存続山笑ひ 桜鯛どんと一尾の門出かな 「又兵衛」は花咲爺老桜 四月馬鹿 新社員メモとる様はまるで記者 嘘磨きメール届ける四月馬鹿 突風に攫はれ花は何処かな こっち見てと色で誘惑チューリップ 葉を食べる食べぬ論争桜餅 藤本 秀機 吉田 宏之 大堀 賢二 品「比良八講すめるまではと近江人」がそれである。そ の時の法螺の音が、琵琶湖の波を這うように聞こえたと 春光の森ことごとく豹柄に いう。「波を這ふ」の表現にご注目いただきたい。 面白い表現の句に出逢った。作者は最近独特の感性に 磨きをかけておられる。この句の面白さは、春光を差し 塩路 隆子 嬉しくてうれしくて燕宙返り 入れた森を「豹柄」と表現されたことである。闘病生活 六月号月評 燕は春に日本へ飛来して人家の軒下などで巣を営み、 産卵をして雛鳥を育て、秋には南方に帰って行く夏鳥で の長かった作者であるが、完全に復帰され、驚くほどの 佐用 圭子 ある。作者の「嬉しくてうれしくて」のリフレーンが早 意欲を以て俳句にとり込み感性を磨かれている。頑張っ 春にやって来た喜びの深さを顕わし、印象的で効果を上 伊藤 憲子 げている。これは燕そのものを捉えた措辞であるが伊藤 ていただきたいひとりである。 さん自身であってもいいと思える。今月号の「あとがき」 にも書いたように久しぶりに投句され、喜びの感情が堰 水温む語尾が伸びたる里言葉 小西 和子 を切ったように送るさまと重ねて感じられるが、その気 持を「燕」でもって具象化されている。句暦十年余の作 若手の成長株の人である。大津のお住まいであるが、 故郷は富山である。日本海側の言葉は結構「語尾が伸び 者、流石立派な句である。 ている」が実感である。幼いころ舞鶴からの魚・干物を 持って来る行商のおばさんの言葉が耳に残る。 「そうで」 が「そうでーエ」に「なあ」が「なああ」など記憶にあ る。雪の多い日本海側は冬は家に籠ることが多いが「水 小澤 菜美 温む」ころとなると戸外での里言葉の会話が聞こえてく 季 語 集 を 開 く と「 比 良 八 荒 」 は 天 文 に、「 比 良 八 講 」 は行事に掲載されている。八荒は比良山から吹き降ろす る。中七の「語尾の伸びたる」の措辞がのんびりとした、 比良八講修し法螺の音波を這ふ 北もしくは西の風で志賀辺りを中心に吹き荒れる強風で 田舎の風景につながる。 (以下略) あり、八講は二月二十四日の近江の比良明神(白髭神社) で修する法華八講のことを言う。近江ではこの行事が済 まないと春はやって来ないと言われる。作者のつぎの作
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