道衛研所報Rep. Hokkaido Inst Pub. Health, 51, 100-102 (2001) 柴胡の調製法と化学的品質評価 乾燥条件と希エタノールエキス及び糖含量の変動 Preparation and Chemical Evaluation of Bupleurum Root Preparation Condition and Variation of Sugar and Dilute Ethanol-soluble Extract Contents 青柳 光敏 飯田 修* 姉帯 正樹 Mitsutoshi Aoyagi, Osamu Iida and Masaki Anetai 柴胡はミシマサイコBupleurumfalcatum L.またはそ の変種(セリ科)の根を基原とする生薬で, 『神農本草経』 の上品に収録され,現在でも頻用される漢方の要薬である1). 近年,著者らは,同じセリ科植物を基原とする当帰,浜 防風,川弓及び白止で,各々の生根を自然乾燥すると,乾 燥に従いショ糖が増加し,それに伴って希エタノールエキ ス含量も増加することを明らかにしており,両者間には高 い正の相関が認められることも報告している2-7)しかし, ミシマサイコには糖アルコールであるアドニトール(図1) が多く含まれている8)が,その一方でショ糖は検出されな いという報告があり9),調製法の違いによる希エタノール エキス含量の変動,また,糖の種類やその割合などの関連 性についても興味が持たれた. そこでミシマサイコ生根の乾燥条件を種々設定し,希エ タノールエキス及び糖含量に与える影響を検討した.その 際ショ糖の存在が確認されたので併せて報告する. 方 法 1.ミシマサイコの根の採取時期及び乾燥法 国立医薬品食品衛生研究所伊豆薬用植物栽培試験場の圃 場で育成した根頭径1 cm前後のミシマサイコの根(1年 生根)を2000年11月24日, 12月19日, 2001年1月16日及び 2月20日に掘上げた. 11月採取分については以下に述べる A∼Fの6法により,また12∼2月採取分については, A∼Cの3法により調製した(各々約20株使用).なお, 温風乾燥は送風定温恒温器(DK-83,ヤマト科学㈱製) 中, 50℃で72時間行った.低温(2.5±1.5℃)保存は家庭 用冷蔵庫(GR-239UG,東芝㈱製)中で行った.調製は 国立医薬品食品衛生研究所伊豆薬用植物栽培試験場で行っ た. 図1 アドニトール 10及び14日間,他は14日間)した後,温風乾燥して仕上げ た. C :通気性のあるポリエチレン袋(商品名Ziplocベジ タブルバック大,旭化成工業㈱製)に入れ,屋外日陰に 放置(2月分は3, 7, 10及び14日間,他は14日間)した 後,温風乾燥して仕上げた. D :網袋に入れ,低温保存(7, 14, 21及び28日間)し た後,温風乾燥して仕上げた. E :通気性のあるポリエチレン袋に入れ,低温保存(7, 14, 21及び28日間)した後,温風乾燥して仕上げた. F :ビニール袋に入れ,低温保存(7, 14, 21及び28日 間)した後,温風乾燥して仕上げた. 2.成分定量法 1)分析用試料の調製 温風乾燥後の根を小型粉砕器(TSK-M10,高崎科学器 械㈱製)で租粉砕後,高速振動試料粉砕機(TI-200, ㈱ シーエムティ科学製)で微粉末とし,分析用試料A∼Fと した. 2)希エタノールエキス 第十三改正日本薬局方生薬試験法・希エタノールエキス 定量法に従った. 3)糖 既報4,6,7)に従いHPLCを用いて分析した. A :直ちに温風乾燥した. B:網袋に入れ,屋外目陰で自然乾燥(2月分は3, 7, *国立医薬品食品衛生研究所伊豆薬用植物栽培試験場 機器:日立L-6200型高速液体クロマトグラフ,カラム: AsahipakNH2P-504E (4.6φ ×250mm),移動相:アセ トニトリル/水混液(3:1),流速:1.0mL/min,カラム -100- 温度:40℃,検出器:示差屈折計(エルマー社, ERC7522),注入量: 10μL. 3.ショ糖の単離及び同定 1月に調製した試料C (保存袋) 1 gにメタノール10mL を加えた後,超音波処理(50℃, 20分間)した.遠心分離 (3,000rpm, 10分間)後,上清を室温に放置した. 4カ 月後,無色菱柱状晶30.6mg (mp179-181℃)を得, NMR及びIRスペクトルの解析を行い,ショ糖と同定した. 結果及び考察 成分定量結果を表に示した.第十三改正日本薬局方では, 柴胡の希エタノールエキス含量は11.0%以上と規定されて いる.今回の試料は全て局方値を上回った.温風乾燥品A については11月が24.4%と最も低かった.一方, 2月が 31.1%と最も高く,収穫時期が遅くなるに従い含量が高く なる傾向にあった.また, 11月, 12月及び1月の試料は, 網袋品Bに比べ,保存袋品Cの含量が高かった. 2月の試 料は網袋品Bと保存袋品Cに大きな差は認められなかった. 経時変化(2月)に注目すると,網袋品B及び保存袋品C いずれも10日目まで含量の増加が認められたが, 14日目に 若干減少した.低温処理した網袋品D,保存袋品E及びビ ニール袋品Fはいずれも2週目に含量の低下が認められた が,低温網袋品Dはそれ以降時間と共に含量が増加した. しかし,低温保存袋品E及び低温ビニール袋品Fに一定の 表 種々の乾燥条件下で調製した柴胡の希エタノールエキス及び糖含量 -101- 傾向は認められなかった.これは2週目以降に発生したカ ビが影響しているのかもしれない. 次に,糖類を分析したところ2本のピークがクロマトグ ラム上確認された.各々の保持時間(5.9及び10.3分)は アドニトール及びショ糖の標準品と一致した.これまで, アドニトールはミシマサイコの特徴的成分として知られて いる8)が,ショ糖は含有されないとされている9).そこで 今回の分析用試料中で最も高い希エタノールエキス含量を 示した1月保存袋品Cをメタノールで抽出し,抽出液を室 温に2カ月間放置したところ結晶が析出した.この結晶は NMR, IRスペクトルからショ糖と同定した. アドニトール含量は2.2∼5.4%と変動が小さかった.し かし,ショ糖含量は3.5∼17.8%と変動が大きく,希エタ ノールエキス含量の高いものはショ糖含量も高かった.ま た,希エタノールエキスとショ糖含量の間には正の相関 (r=0.826, n=30)が認められた. 各々の試料の温風乾燥直前における乾燥状態は,屋外乾 燥品(11月, 12月及び1月分)の網袋品Bは7日目でほぼ 乾燥が終了していたのに対し,保存袋品Cは生もしくは半 生状態であった.すなわち,保存袋品Cは乾燥がゆっくり 進行したためにショ糖の合成が十分に行われ,希エタノー ルエキス含量も高くなったと思われた.一方, 2月分は雨 唆された. 柴胡の品質評価法については未だ確立しておらず,一般 的に用いられている化学的な指標はサイコサポニンと希エ タノールエキス含量である.このうち,希エタノールエキ ス含量についてのみ,日本薬局方で含量が規定されている. 希エタノールエキス含量は調製法により,比較的任意に含 量を変えることが可能であることが今回明らかとなった. 含量の安定した生薬を供給するためには,調製法と成分変 動の関係並びに成分の質的な変化を明らかにすることが重 要であると考える.今後はサポニンなど他の成分について も検討を加えていきたい. 終りにあたり,栽培及び調製にご協力頂きました国立医 薬品食品衛生研究所伊豆薬用植物栽培試験場技官 栗原孝 吾,山田和也両氏に深謝致します.また, NMRを測定し て頂きました名城大学薬学部助教授 高谷芳明博士に深謝 致します. 文 献 1)日本薬局方解説書編集委員会編:第十三改正日本薬局方解 説書,廣川書店,東京1996, p.D-376 2)姉帯正樹,柴田敏郎,畠山好雄'. Natural Medicines, 51(4), 331 (1997) 天や曇天日が多く,乾燥期間中湿度が高く推移したため, 10日目まで網袋品Bは半生,保存袋品Cは生の状態が続い た結果,時間とともにショ糖が合成され希エタノールエキ 3)姉帯正樹,青柳光敏,林 隆章,古屋博之,古木益夫:追 衛研所報, 49, 16 (1999) 4)姉帯正樹,青柳光政,林 隆章,畠山好雄:道衛研所報, ス含量が増加し,明確な差が認められなかったと思われる. また,低温網袋品Dについても,生に近い状態が保たれた ために経時的に含量が増加したと考えられた. 以上のこと及び希エタノールエキスとショ糖含量間に正 の相関が認められたことより,ミシマサイコの生根におい ても当帰など2-7)と同様に自然乾燥中にショ糖が生成し, 5)姉帯正樹,増田隆広,高杉光雄: Natural Medicines, 51 (5), 50, 6 (2000) 442 (1997) 6)姉帯正樹,畠山好雄:道衛研所報, 51, 13 (2001) 7)姉帯正樹,青柳光敏,古木益夫:道衛研所報, 51, 94 (2001) 8)名越規朗,富松利明:生薬, 23, 96 (1969) 9)富松利明:薬学雑誌, 89, 589 (1969) それに伴って希エタノールエキス含量が増加したことが示 -102-
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