82 新潟県保健環境科学研究所年報 第23巻 2008 オキシダント生成に影響する炭化水素類の測定 旗本 尚樹 *, 村山 等,丸山隆雄,高橋雅昭 ** Measurement of volatile hydrocarbons influencing the generation of photochemical oxidant Naoki Hatamoto, Hitoshi Murayama, Takao Maruyama, Masaaki Takahashi Key words:Photochemical oxidant, Hydrocarbons 1 はじめに 表1 測定対象物質 光化学オキシダントは,公害が大きな社会問題となった 1970 年代に都市部を中心に高濃度を示し,その後,各種 の対策により沈静化した.しかし,近年になって全国的に オキシダント濃度が増加傾向にあることが明らかになって きた.昨年 5 月には国内の多くの地域で光化学オキシダン ト注意報が発令された.新潟県においても観測開始以来初 めての注意報が発令され,広域的な問題として改めてクロ ーズアップされてきている. この光化学オキシダントの生成には,大気中の NOx,炭 化水素類などの光化学反応が関与している.NOx について は大気常時監視局で自動測定装置による監視が行われてお り,炭化水素類については,自動車排ガス監視局(自排 局)を中心に一部の大気常時監視局で非メタン炭化水素計 による監視が行われている. 炭化水素類は物質毎に光化学オキシダント生成への寄与 割合が異なる.このため,大気中の炭化水素類濃度と各物 質のオゾン生成能から光化学オキシダントの生成を定量的 に評価しようとする試み等も行われている1)2)..しかし, 国内では大気中の炭化水素類濃度を測定している報告は少 ない3)~5). 環境大気中に存在する ppb 濃度レベルの炭化水素類を測 定するためには,試料の大量濃縮を行って分離測定する必 要がある.そこで,当研究所で従来から揮発性有機化合物 (VOCs)の測定に用いている容器(キャニスター)採取, 低温濃縮後,GC/MS を用いて測定する方法(以下,低温濃 縮- GC/MS 法)の適用を考えた.ただし,エタンやエチレ ンなどの低級炭化水素類は,分子量が小さく選択的な質量 イオンが得られないため GC/MS 法での測定は困難である. そのため,これらの物質は低温濃縮後,GC-FID を用いて 測定する方法(以下,低温濃縮- GC-FID 法)で検出する ことが適当と考えた.ここでは,光化学オキシダントの生 成に影響を与えると考えられる大気中の炭化水素類につい て,試料を低温濃縮後,GC/MS 及び GC-FID で測定する方 法の検討と大気中濃度の測定を行ったので報告する. * 現在,長岡地域振興局健康福祉環境部環境センター検査課 ** 現在,三条地域振興局健康福祉環境部環境センター環境課 No 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 物質名 No 物質名 No 物質名 プロピレン 21 メチルシクロペンタン 42 イソプロピルベンゼン イソブタン 22 2-メチルヘキサン 43 n-デカン 1-ブテン 23 2,3-ジメチルペンタン 44 n-プロピルベンゼン ブタン 24 3-メチルヘキサン 45&46 m&p-エチルトルエン tras-2-ブテン 25 シクロヘキサン 47 β-ピネン cis-2-ブテン 26 2,2,4-トリエチルペンタン 48 1,3,5-トリメチルベンゼン イソペンタン 27 ヘプタン 49 o-エチルトルエン 1-ペンテン 28 ベンゼン 50 1,2,4-トリメチルベンゼン n-ペンタン 29 メチルシクロヘキサン 51 n-ウンデカン trans-2-ペンテン 30 2,3,4-トリメチルペンタン 52 1,2,3-トリメチルベンゼン cis-2-ペンテン 31 2-メチルヘプタン 53 m-ジエチルベンゼン 2-メチルl-1,3-ブタジエン 32 3-メチルヘプタン 54 p-ジエチルベンゼン 2,2-ジメチルブタン 33 n-オクタン 55 アセチレン 2-メチルペンタン 34 トルエン 56 エチレン 2,3-ジメチルブタン 35 ノナン 57 エタン シクロペンタン 36 エチルベンゼン 58 プロパン 3-メチルペンタン 37&38 m&P-キシレン 2-メチル-1-ペンテン 39 o-キシレン n-ヘキサン 40 スチレン 2,4-ジメチルペンタン 41 α-ピネン 2 方 法 対象とした物質は,光化学オキシダント生成に寄与する 炭 化 水 素 類 と し て EPA の モ ニ タ リ ン グ ス テ ー シ ョ ン (Photochemical Assesment Monitorring Stations:PAMs) で測定されている 58 物質(表1:以下,PAMs58)である. 標準ガスは PAMs-J58(高千穂化学工業(株)製)を用い た.試料の捕集は,GL サイエンス社製 SUMMA キャニスタ ー(容積 6L)に,GL サイエンス社製加圧サンプラーを用 いて環境大気を 24 時間連続吸引した.PAMs58 のうち,エ タン,エチレン,プロパン及びアセチレン(以後,低級炭 化水素類)以外の 54 物質については,低温濃縮- GC/MS 法で,低級炭化水素類については低温濃縮- GC-FID 法で 測定した.低温濃縮装置は Techmer 社製 AUTO Can,GC/MS は日本電子製オートマスⅡ,FID-GC は HP 社製 HP-5890 を 用いた. 3 結果及び考察 3.1 測定法検討結果 低温濃縮- GC/MS 法を用いた 54 物質のクロマトグラム を図1に示す.低温濃縮,分離カラム,昇温条件及び 新潟県保健環境科学研究所年報 第23巻 2008 表2 炭化水素類の測定条件 測定対象物質 濃縮条件 装置: (a) PAMs標準ガ Techmer ス58物質のうち AUTO Can エタン、エチレ 濃縮管: ン、プロパン、ア テナックス セチレンを除く54 TA 物質 ドライパー ジ時間: (a) 3分,(b) 5分 ドライパー ジ温度: (b) エタン、エチ レン、プロパン、 (a)-10℃, (b)-65℃ アセチレン 測定条件 GC/MS:JEOL AutoMassⅡ カラム:AQUATIC 60m×0.25mmφ 1.0μm GC条件: 35℃(2min→)3.5℃/min→80℃(0min)→6℃/min→120℃ (0min)→15℃/min→200℃(11.2min) MS条件: 検出器電圧:580 イオン化電流:310μA イオン化エネルギー:70eV 温度:Source、Interfac 200℃ GC/FID:HP-5890 カラム:Al2O3/KCL PLOT 50m×0.32mmφ 5.0μm GC条件: 70℃(4min)→5℃/min→150℃(0min)→15℃/min→200℃ 検出器温度:250℃ カラム流量:He 1.0ml/min 図1 83 GC/MS 測定条件は,表2に示すように,有害大気汚染物質 の VOCs と同じとした.その結果,ピーク No 3と4,8と 9,14 と 15,16 と 17,47 と 48,51 と 52 は保持時間で の分離が困難であったが,測定質量イオンで見分けること が出来るため,個々に定量可能であった.しかし,構造異 性体である m-キシレンと p-キシレン(No37 と 38) ,m-エ チルトルエンと p-エチルトルエン(No45 と 46)はそれぞ れ保持時間が同じく,かつ,定量イオンが同じため,分離 定量できなかった.そこで,m&p-キシレン及び m&p-エチ ルトルエンについては,それぞれ異性体を合わせて定量す ることにした.大気試料 400ml を低温濃縮- GC/MS 法で測 定することにより対象とした 54 物質は全て 0.01ppb まで 定量できることが確認できた. 標準ガスの GC/MS 全イオンクロマトグラム (0.2ppb, 400ml 濃縮) 低級炭化水素類を濃縮する際は,他の 54 物質と同じ濃 縮条件だと濃縮装置内のトラップ管を破過してしまう恐れ がある.そこで,トラップ管で水分及び炭酸ガスを除くた めのドライパージ時間を3分から5分に,ドライパージ温 度を-10 ℃から-65 ℃に変更し,低級炭化水素類の損失を 防いだ.測定条件は表2のとおりである.分離カラムは当 初 HP-PLOT/U カラム(30m × 0.53mmφ, 20µm)を検討した が,アセチレンとエチレンの分離ができなかった.そこで, Al2O3/KCL PLOT カラム(50m × 0.32mmφ, 5.0µm)を用いた ところ,図2に示すように低級炭化水素類の4物質は完全 に分離され,かつ,C3 ~ C4 炭化水素の影響を受けること もなかった.試料 400ml を低温濃縮- GC-FID 法で測定す ることにより,0.1ppb まで定量可能であることが確認で きた.ただし,低級炭化水素類以外の物質が全てカラムか ら流出するまで長時間かかる欠点があり,検討を要する. 図2 標準ガスの GC-FID クロマトグラム( 1ppb, 400ml 濃縮) 84 新潟県保健環境科学研究所年報 第23巻 2008 中条局 大崎局 10 3 8 μg/m 3 μg/m3 2 6 4 1 2 0 0 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37&38 40 42 44 47 49 51 1 53 3 5 7 9 11 13 15 17 19 燕局 21 23 25 27 29 31 33 35 37&38 40 42 44 47 49 51 53 29 31 33 35 37&38 40 42 44 47 49 51 53 29 31 33 35 37&38 40 42 44 47 49 51 53 長岡工業高校局 3 5 4 2 μg/m μg/m3 3 3 2 1 1 0 0 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37&38 40 42 44 47 49 51 53 1 12 20 9 15 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 城岡自排局 3 25 5 μg/m μg/m 3 西福島局 15 3 6 10 3 5 0 0 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 3 5 37&38 40 図3 42 44 47 49 51 53 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 調査地点別の炭化水素類濃度 *:横軸の番号は表1の物質 No と対応している 発生源周辺の西福島局も比較的高い値であった.一方,同 じく発生源周辺の測定局ではあるが,中条及び長岡工業高 100 80 μg/m 3 3.2 大気環境測定 測定方法の確認を行った 58 物質のうち,低級炭化水素 類を除く 54 物質について,実際の環境大気濃度を測定し た.試料採取は VOCs 調査を実施している 6 地点(長岡工 業高校局,中条局,燕局,西福島局,大崎局及び城岡自排 局)で行った.2007 年 11 月にキャニスターで 24 時間連 続でサンプリングを行い,低温濃縮- GC/MS 法で測定した. その結果,一部の調査地点では検出されない物質もあった が,概ね全ての物質が検出された.各調査地点で検出され た物質の濃度は図3のとおりである.プロピレン(No1), イソブタン(No2),ブタン(No4),イソペンタン(No7),nペンタン(No9),n-ヘキサン(No19),ベンゼン(No28),ト ルエン(No34),n-デカン(No43)及び 1,2,4-トリメチルベ ンゼン(No50)が各調査地点の中で比較的高濃度に検出され た.また,各調査地点で検出された 54 物質の濃度を合計 してみると,図4のように,城岡自排局は移動発生源の影 響があることから調査地点内で最も高い値を示し,次いで, 60 40 20 0 中条局 燕局 西福島局 大崎局 長岡工業高校局 城岡自排局 調査地点 図4 炭化水素類測定結果( 2007 年 11 月) *:濃度は 54 物質の合計値 新潟県保健環境科学研究所年報 第23巻 2008 謝 校局は城岡自排局の 1/5 以下の低い値を示し,燕局,大崎 局校局は城岡自排局の 1/3 ~ 1/5 であった. 4 まとめ (1) 炭化水素類の測定について,PAMs58 のうち低級炭化 水素類以外の 54 物質については低温濃縮- GC/MS 法で 0.01ppb ま で , 低 級 炭 化 水 素 類 に つ い て は 低 温 濃 縮 - GC-FID 法で 0.1ppb まで測定できることが確認できた. (2) PAMs58 のうち,低級炭化水素類以外の 54 物質につい て大気環境濃度を測定した結果,プロピレン(No1),イソ ブタン(No2),ブタン(No4),イソペンタン(No7),n-ペン タン(No9),n-ヘキサン(No19),ベンゼン(No28),トルエ ン(No34),n-デカン(No43)及び 1,2,4-トリメチルベンゼ ン(No50)が各調査地点の中では比較的高濃度で検出された. 今後,今回確立した方法を用いて,大気環境中の炭化水 素濃度を継続的に測定し,データを蓄積することにより, 地域的な濃度の把握と光化学オキシダント生成への寄与を 明らかにできることが期待される. 85 辞 炭化水素類の測定方法についてご教示いただきました東 京都環境科学研究所の皆様に深く感謝いたします. 参考文献 1) 2) 3) 4) 5) 村上雅彦,横田久司:東京都環境科学研究所年報, p49(2004) . US EPA:PROPOSED AMENDMENTS TO THE TABLE OF MAXIMUM INCREMENTAL REACTIVITY(MIR)VALUES. 木下輝昭,石井康一郎,上野広行,芳住登紀子:東京 都環境科学研究所年報,p59(2004) . 星 純也,天野冴子,佐々木裕子:東京都環境科学研 究所年報,p85(2004). 星 純也,天野冴子,大橋 毅,佐々木裕子,芳住登 紀子:東京都環境科学研究所年報,p93(2005).
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