携帯電話を支えるプラットフォーム技術 - Fujitsu

携帯電話を支えるプラットフォーム技術
Platform Technologies Supporting Cell Phone Services
あらまし
携帯電話はメールやインターネットアクセスがけん引力となり,2001年のW-CDMAシス
テムのサービス開始以降飛躍的に普及してきた。近年ではユーザの用途もフルブラウザ検索,
動画配信など,大量の情報アクセスが求められている。
本稿では携帯電話普及の原動力となっている無線通信の高速化技術の変遷を示し,大規
模化するシステムLSIの設計・検証,小型/省電力化の取組み,高速移動(新幹線など)での
通信性能確保の技術など,携帯電話を支えるプラットフォーム技術を紹介し,今後の更なる
ブロードバンド化の展望について述べる。また,ますます高精細化する静止画/動画に対応
するマルチメディア処理や高度なグラフィカルユーザインタフェースを支える高性能なグラ
フィクス処理を実現するプラットフォーム技術を紹介する。
Abstract
The third-generation cell phone system has widely spread all over the world, driven by Email or Internet accesses, since the introduction of the W-CDMA system in 2001.
Nowadays, many user applications, such as full-browser search or video distribution, require
massive information streams. This paper reviews the history of key technologies for
wireless communications, which realize wide penetration of cell phone systems, and then
introduces the design and verification of large-scale system LSIs, and several platform
technologies, that support cell phone services. Further efforts for reducing terminal sizes or
energy consumption, radio communication technologies which provide reasonable
performance in a high-speed mobility environment (e.g., on the Shinkansen) or future
prospects for further broadband enhancement are described.
Moreover, platform
technologies for multimedia processing that support still and moving images in increasingly
higher definition, and high-performance graphics processing that supports advanced GUIs
as well as approaches to high-performance multi-core processing are introduced.
152
中村隆治(なかむら たかはる)
川勝保博(かわかつ やすひろ)
高本健至(たかもと けんし)
次世代プラットフォーム開発統括部
所属
現在,次世代無線通信技術の開発お
よび標準規格策定に従事。
プラットフォーム開発統括部 所属
現在,マルチメディアプラット
フォームの開発に従事。
プラットフォーム開発統括部 所属
現在,プラットフォームシステムの
アーキテクチャ開発に従事。
FUJITSU. 61, 2, p. 152-160 (03, 2010)
携帯電話を支えるプラットフォーム技術
どの爆発的な普及によって携帯電話の新しい利用
ま え が き
シーンが創出されている。1990年代になると,よ
携帯電話はメールやインターネットアクセスなど
り高度なデジタル通信技術の導入と,世界各国で共
の機能がけん引力となり飛躍的に普及してきた。近
通に利用できる第3世代システム(IMT-2000)(1)の
年ではユーザの用途もフルブラウザアクセス,検索,
開発が本格化する。このシステムは,各国に共通の
動画配信など,大量の情報アクセスが求められてい
無線周波数帯を採用し,ISDNなどのデジタル通信
る。このような携帯電話への高速化,高機能化への
網との接続を視野に384 kbpsのデータ通信を可能
要求に対する効率的な開発手法として,近年,端末
としている。第3世代システムの一つであるW-
のプラットフォーム開発が行われている(図-1)
。
CDMAシステムは2001年よりサービスが開始され,
本稿では端末プラットフォーム技術の変遷と富士
その後,より高度の信号変調方式や高効率のパケッ
通の取組みを示し,端末プラットフォームを構成す
トデータ伝送用再送制御を採用したHSDPA(High
る無線通信プラットフォーム技術とアプリケーショ
Speed Downlink Packet Access ) や HSUPA
ンプラットフォーム技術を紹介する。さらに,大規
(High Speed Uplink Packet Access)などの伝送
模化するシステムLSIの設計・検証,小型/省電力化,
方式を導入することで,十数Mbpsのデータ通信を
総合開発環境への取組みなど,端末プラットフォー
実現している。
現在,IP通信網に接続しても遜色のない100 Mbps
ム開発の実例を紹介し,最後に今後の更なるブロー
クラスの伝送速度と通信コストや周波数資源の更な
ドバンド化の展望について述べる。
る効率的利用を実現するために,IMT-2000のエン
端末プラットフォーム技術の変遷
ハンスシステムであるLTE(Long Term Evolution)
携帯電話通信技術の変遷を図-2に示す。日本にお
システムの開発が進められており,2010年以降,
ける携帯電話の歴史は1979年の自動車電話システ
順次,サービスされる計画になっている。さらにそ
ム導入に始まる。1980年代後半に,加入者の増大
の後継となるIMT-Advancedシステムでは,最大
と高品質化の要望に応えるために第2世代システム
1 Gbpsのデータ伝送を目標に技術開発が進められ
のデジタル方式携帯電話システムが開発され,
ている。
PDC ( Personal Digital Cellular ) 方 式 と し て
1993年から提供され,その後のiモードサービスな
ソフトウェア
メーラ
メーラ
ブラウザ
ブラウザ
UI
UI
OS
OS
ドライバ
ドライバ
UI
UIM
M
RF
RF
電源
電源
Main
Sub
副カメラ
主カメラ
Camera
Camera
副LCD
そのほか
etc
ミドルウェア
ミドルウェア
ハードウェア
DA変換
DAC
電話
電話
ベースバンド
ベースバンド
プロセッサ
プロセッサ
マルチメディア
プロセッサ
アプリケーション
アプリケーション
プロセッサ
プロセッサ
音源
3Dエンジン
3D描画
動画コーデック
動画エンコーダ
キーパッド
Key Pad
GPS
FeliCa
Felica
センサ類
センサ類
ROM/RAM
ROM/RAM
主LCD
端末プラットフォーム
図-1 携帯電話を構成する技術
Fig.1-Technologies for cell phone.
FUJITSU. 61, 2 (03, 2010)
153
携帯電話を支えるプラットフォーム技術
IMT-Advanced
4G
高速移動時:下り
Mbps
100Mbps
高速移動時:下り 100
低速移動時:下り
1
Gbps
低速移動時: 下り 1Gbps
(bps)
100 M
10 M
1M
100 K
HSDPA/HSUPA
HSDPA/HSUPA (3.5G)
( 3.5G )
上り:5.7
Mbps,下り:14
Mbps
上り: 5.7Mbps
、下り 14Mbps
10 M
2.4 M
W-CDMA
WCDMA ((3G)
3G )
上り,下り:384
kbps
上り, 下り: 384kbps
384 K
144 K
PDC
HSDPA
(1998年)
3G & Enhanced 3G
(高速化,800 MHz/1.7 GHz/2 GHz)
(1993年) 第2世代
(デジタル化,800 MHz/1.5 GHz)
9.6 K NTT独自
(1979年) 第1世代
(アナログ,800 MHz)
1980
1990
(3~5 GHz)
LTE
(2006年) HSUPA
cdma2000
1x EV-DO
W-CDMA (2003年)
(2001年)
第3世代
cdmaOne
64 K
28.8 K
10 K
第4世代
LTE
S3G ((3.9G)
3.9G )
上り:50
Mbps,下り:100
Mbps
上り: 50Mbps
、下り 100Mbps
100 M
2000
(年)
2010
図-2 携帯電話通信技術の変遷
Fig.2-History of communication technology for cell phone.
端末プラットフォーム開発技術への取組み
無線通信プラットフォーム技術
富士通では効率的な移動通信端末製品の開発手法
携帯電話は,毎日の生活の中で,歩行中,電車の
として,2004年より端末のソフトウェア・ハード
中,自動車での移動中などの様々なシーンで利用さ
ウェアの両面においてプラットフォーム化に取り組
れる。無線通信の伝播状況は携帯電話の移動速度に
んできた。無線通信をつかさどるベースバンドプロ
よって大きく変動する。また,携帯電話の移動に
セッサとアプリケーション処理をつかさどるアプリ
伴って対向する無線基地局を自動的に切り替えなが
ケーションプロセッサを統合した1チップ化プラッ
ら通信を維持するシステムであることから,とくに
トフォームLSIの開発を携帯電話事業者と半導体
高速に移動している場合には,高速に切替えを行う
メーカとの共同で行い,端末製品の開発費削減に大
必要がある。このような多様な通信環境に対応する
きな成果をあげることができた。2005年からは更
ために,携帯電話の無線部は,伝播環境に応じて信
に周辺の無線部関連チップ,電源関連チップ,オー
号の送受信の方法を動的に制御する仕組みが採用さ
ディオ関連チップなどを含めたハードウェア構成と
れている。例えば,メールの送受信時には,通信
LSI上で動作するOS,デバイスドライバ,ミドル
データをパケットと呼ばれる小単位に小分けして伝
ウェアなどを共通のソフトウェア構成としたプラッ
送し,あるパケットの伝送に失敗した場合には,再
トフォーム開発を複数の端末メーカと共に進めた。
度パケットを送信する機能が備わっている。このた
端末プラットフォームとしては無線通信プラット
め,高速で移動する新幹線や走行中の自動車など,
フォーム部分とアプリケーションプラットフォーム
様々な環境で携帯電話が所定の通信品質を維持でき
部分も共同開発の対象としたことで試験などの共通
ることを確認するための検証試験が行われる。
化も含めて,大幅な開発の効率化が可能となった。
また,電波の通信環境が比較的良好な静止状態な
共通プラットフォームの採用により,端末メーカは
どでは,より高度な信号処理技術を適用して,高速
従来必要としていた開発・試験工数を大幅に削減し,
のデータ伝送を効率良く行う仕組みの開発も進めら
メーカ独自機能の開発に注力することが可能に
れている。一例としては,複数の送信アンテナと受
なった。
信アンテナを基地局と携帯電話に設け,送信アンテ
ナから受信アンテナへの伝播路が互いに異なること
154
FUJITSU. 61, 2 (03, 2010)
携帯電話を支えるプラットフォーム技術
を利用し無線信号を空間多重化することでデータ通
アプリケーションプラットフォーム技術
信 速 度 を 向 上 さ せ る MIMO ( Multiple-Input
Multiple-Output)技術がある。図-3に,MIMOの
手のひらサイズで1台数役を提供する現代の必須
伝送実験に用いたアンテナの外観を示す。実験には,
アイテム「携帯電話」は,ユビキタスフロントエン
送信用と受信用に最大で各4本のアンテナ(それぞ
ドとして多彩な機能と使いやすさが求められる。こ
れ垂直偏波用×2本+水平偏波用×2本)を用いた。
のため,アプリケーション機能用のプロセッサは,
図-4は,送受アンテナ数の異なるMIMOで伝送した
最新のパソコンに準じる500 MHz~1 GHzクラス
場合の伝送速度特性を示している。送受各1本のア
の動作周波数を使用している。
ン テナ を使っ た場 合{1 × 1SISO (Single-Input
グラフィクス,カメラ,動画などのマルチメディ
Single-Output)}と比較すると,送受各2本のアン
ア機能は,ブロードバンド時代にふさわしいリッチ
テナを使った2×2MIMOの場合で約2倍,送受各
なユーザ体験を実現するかなめであり,グラフィク
4本のアンテナを使った4×4MIMOの場合では約
ス性能を例にとれば,3Dエンジンの高性能化によ
(3)
4倍の伝送速度で通信が可能となる。
りリアルで高精細な3Dグラフィクスを駆使した表
(a)実験用移動局アンテナ
(b)実験用基地局アンテナ
図-3 MIMO伝送実験用アンテナ
Fig.3-Antenna for MIMO transmission experiment.
60
1×1SISO(16QAM R=8/9)
1×1SISO(16QAM R=8/9) Avrg.
50
4×4 MIMO
2×2MIMO(16QAM R=8/9)
スループット(Mbps)
2×2MIMO(16QAM R=8/9) Avrg.
40
4×4MIMO(16QAM R=8/9)
4×4MIMO(16QAM R=8/9) Avrg.
30
2×2 MIMO
20
1×1 SISO
10
SISO:Single-Input Single-Output
MIMO:Multiple-Input Multiple-Output
0
5
10
15
20
25
30
35
mSIR(dB)
図-4 MIMOの伝送速度特性
Fig.4-Characteristics of MIMO transmission.
FUJITSU. 61, 2 (03, 2010)
155
携帯電話を支えるプラットフォーム技術
現力豊かなゲームの実装を可能としてきた。また,
最新の国際標準規格に対応するコーデックエンジン,
高性能なマルチメディア機能は,タッチパネルを駆
画質補正,フレーム補間などの画像処理エンジンも
使した滑らかなユーザインタフェースの実現にも活
搭載し,画質の向上を実現している。
用されている(図-5)
。
これらの性能向上に当たってはハードエンジンを
年々高画素化の一途をたどるカメラ機能において
進化させるだけでなく,制御ソフトについてもきめ
は,将来の更なる高画素に対応すべく,インタ
細かなチューニングを施し,ハードウェアの性能を
フェースと画像処理機能の高速化に取り組み,最新
十分に引き出している。
機種では12 Mpixelのカメラを実現している(2010年
今後は据置き型ゲーム専用機並みのグラフィクス
2月時点)
。
性能,家庭用AV機器並みのフルHD動画など,さら
動画機能においては,かつてのQCIF(176×44)
なる高性能化を実現すべく開発を進めていく。
7.5 fps程度のものからQVGA(320×240)30 fps,
高機能・高性能に加えて,「長持ち」を実現する
VGA(640×480)30 fpsと進化しており,現在は
ための省エネ技術は,きめ細かなパワーマネジメン
DVDクラスの動画を実現している(図-6)。また,
トによるところが大きい。ハードウェアのブロック
画素数の向上に対応するだけでなく,H.264などの
単位,モジュール単位で電圧と動作クロック周波数
据置き型ゲーム専用機同等性能
3D描画性能(triangles/s)
64 M
32 M
化
進
携帯型ゲーム専用機同等性能
の
後
今
16 M
8M
F-01A~
4M
2M
F905i~
F903i~
1M
2006
2007
2008
2009
2010
2011
図-5 グラフィクス性能の進化
Fig.5-Evolution of graphics performance.
1080P
(フルHD)
次世代DVD画質(25 Mbps)
今後の進化
720P
(HD)
(9 Mbps)
480P
F905i~
(SD)
DVD画質(4 Mbps)
QVGA
F903i~
(~1 Mbps)
1080p
720pコンテンツ
サービス
動向
ネット配信
放送
VGA/SDコンテンツ
QVGAコンテンツ
フルセグ
ワンセグ
2006
2007
2008
(年)
2009
2010
2011
図-6 動画性能の進化
Fig.6-Evolution of transmission for animation.
156
FUJITSU. 61, 2 (03, 2010)
携帯電話を支えるプラットフォーム技術
をダイナミックに制御する構造を採り,OS省電力
国・各通信事業者の無線基地局と正しく通信できる
フレームワークとドライバソフトの連携によるハー
ことを保証するために,業界共通の標準規格を定め
ドウェアのモジュールスタンバイやスリープ制御,
てこれにのっとって設計を進める。W-CDMAシス
また,ムービー,ワンセグや音楽再生向けに専用の
テムの場合は,世界各国の携帯電話や通信機器の
ハードウェアエンジンを搭載し,ソフトウェアによ
メーカ,通信事業者などで構成される3GPP(3rd
る動作周波数や処理シーケンスの最適化によるmA,
(2)で,標準規格の
Generation Partnership Project)
μAオーダの省電力制御を実施している。
策定が行われており,より適切な技術をシステムに
導入するための様々な技術が競って提案されている。
大規模システムLSIの設計・検証技術
携帯電話としての基本的な性能がこの段階で決まる
今日の携帯電話を構成する技術は,図-1に示すよ
ため,システムが実際に導入される3年後,5年後
うに基本的な無線高周波信号の送受信を行う高周波
を見越した大胆かつ慎重な検討が重要となる。
部(RF)に加え,高速のデジタル無線通信を実現
● アーキテクチャ設計
するベースバンドプロセッサと,高度な画像・音声
つぎの段階は,「アーキテクチャ(構成)設計」
処理を可能にするマルチメディアプロセッサ,表示
であり,方式設計段階で定めた信号処理方式などを
デバイスやカメラ,センサなどの機能部と,これら
具体的な機能処理部として実現するため,想定され
一連のハードウェアを統合的に制御するソフトウェ
る処理性能,消費電力や回路規模の見積りなどを勘
ア群から成る。
案しながら,ハードウェアとソフトウェアの機能分
いずれの構成要素も高度で複雑な技術を内包して
担や処理プロセッサの性能要件などを定めていく。
いるが,ここではハードウェア開発の一例として,
無線プラットフォームとしての基本性能や部品のサ
無線プラットフォーム用の大規模システムLSIの設
イズ,価格をはじめ,最終的な装置製造時の効率な
計・検証技術を図-7に沿って紹介する。
どの大枠がこの段階で決まるため,限られた期間の
● 方式設計
中で,利用可能な最先端の信号処理技術や半導体プ
第1の段階は,「方式設計」と呼ばれる段階で,
ここで信号の具体的な変復調方式や誤り訂正の方法
ロセス技術を見極め,最適な構成の検討を行うこと
がかぎとなる。
などが検討される。異なる製造者の携帯電話が各
デジタル信号処理
デジタル信号処理
ソフトウェア
ソフトウェア
回路シミュレーション
回路シミュレーション
LSI評価
LSI評価
ハードウェア
ハードウェア
試作
試作
LSI
LSI
DSP
DSP
W-CDMAロジック
評価ボード
評価ボード
最適な処理分担
最適な処理分担
方式設計
アーキテクチャ
設計
回路設計
仕様設計
仕様設計
方式検討
方式検討
性能Sim
性能Sim
回路検証
物理設計
デジタル信号処理
デジタル信号処理
試作LSI
評価
レイアウト設計
レイアウト設計
コーディング
コーディング
受信電波復調
受信電波復調
製造
セル配置,配線
セル配置,配線
図-7 携帯電話用大規模集積回路(LSI)の設計と検証
Fig.7-Design and verification of Large-Scale Integration (LSI) for cell phone.
FUJITSU. 61, 2 (03, 2010)
157
携帯電話を支えるプラットフォーム技術
● 仕様設計(回路設計,回路検証)
「仕様設計」の段階では,各機能構成要素を実際
び通話以外のマルチメディア機能(画像表示,メー
ル編集,カメラ,ゲームなど)などに供される。
にハードウェア機能として実装していくための具体
通話時間,待受け時間,およびマルチメディア機
的な信号処理の規定や処理内容,パラメータの制御
能の三つの要素を軸として,満充電の電池容量を
範囲などの設計が行われる。この段階以降は,扱う
3軸に配分した場合の簡易な計算例を図-8に示す。
設計情報が膨大になることもあり,適切な設計ツー
実際の消費電力プロファイルは,各種の条件によっ
ル(ソフトウェア)を導入して効率的で品質の良い
て,より複雑な振舞いをするが,簡易化したモデル
仕様作成が必要となる。「コーディング」段階にお
では,1回の充電で操作できる携帯電話の利用可能
いては,機能仕様に基づく回路・処理手順の記述が
時間が利用シーンに応じて三角形の平面上を動くこ
作業の中心となるが,ここでも各種のコーディング
とになる。例えば,図中の黒点は,操作時間一例と
ツールを駆使して,修正履歴の管理や記述誤りの検
して,計8日間待受け受信し,その間に60分の通話
出などが行われる。完成した各機能部は,実際に
と1.5時間のマルチメディア操作が可能であること
ハードウェアとして回路化される前に,「回路検
を示している。ここで,例えば利用シーンに応じて
証」段階で全体としての論理的な接続の正当性など
通話時間が延びると,動作点が図中の矢印方向に三
の検証が施される。この段階では,ハードウェア全
角平面上を移動し,ほかの2軸の動作時間が減少す
体としての振舞いが,仕様設計までの段階で想定し
るということが起こる。携帯電話各部の消費電流設
ていた期待動作と合致しているかが慎重に確認さ
計に応じて,三角形が各軸と交差する切片が移動す
れる。
るので,設計の段階で典型的な利用シーンと3軸の
● 物理設計・製造・試作LSI評価
バランスに配慮した低消費電力化の方策を適用する
「物理設計」段階からは,最新の半導体プロセス
ことが必要となる。
技術に対応した素子配置の検討となる。採用する
通話中は,無線部の高周波送信部の電力消費の比
LSIの性能を最大限に引き出すため,LSI内の実際
率が相対的に高いため,高周波部の最終段の電力効
の信号伝播遅延などを模擬できるツールなどを使っ
率改善を可能とするひずみ補償技術などが適用さ
た最適な素子配置設計などが行われ,最終的なLSI
れる。
製造の段階へと進む。最終的なLSIの量産製造に先
また,待受け中は,自端末への呼出し信号の有無
立ち,評価用LSIを使った試験が行われる。この段
を常時監視する必要があるため,周期的に受信機を
階では,携帯電話としての通信機能を含めたすべて
ON/OFFさせることで,平均的に消費電力を下げる
の部品を実際のプリント基板上に配置した上で,ほ
工夫が適用される。受信信号の周期は,方式設計の
ぼすべての機能について,網羅的な動作確認の試験
段階で適用される受信技術を勘案した上で標準規格
が実施される。
として策定され,仕様設計段階以降では,受信機各
これら一連の設計・検証を通して,億を超える数
のトランジスタ素子により構成される大規模LSIが,
手のひらサイズの携帯電話に収まり,アンテナやカ
6
メラ,表示ディスプレイなどとともに,多様な通信
機能を提供することが可能となる。
小型/省電力化の取組み
5
待受け時間=8日
待受け時間=8日
通話時間=60分
通話時間=60分
操作時間=1.5時間
操作時間=1.5時間
4
3 操作時間
2
ここでは,携帯電話における省電力化の技術的な
する際の信号送受信,待機中の呼出し信号有無確認
のための周期的な信号受信(間欠受信動作),およ
158
0
3
6
9
12
300
300
15
通話時間([分)
通話時間(分)
0
200
200
なっており,電池に充電されたエネルギーは,通話
100
100
リチウムイオン電池を電源とすることが一般的と
1
00
取組みについて取り上げる。携帯電話では,小型の
(時間)
待受け時間 (日)
待受け時間(日)
図-8 携帯電話の消費電力プロファイル例
Fig.8-Example of power consumption for cell phone.
FUJITSU. 61, 2 (03, 2010)
携帯電話を支えるプラットフォーム技術
部の機能分担設計や採用するLSIのデバイス技術,
分割し,各ドメインをシミュレーション部品として
効率的に受信機の電源をON/OFFする工夫などがな
精度,速度を考慮しながら適切なレベルで抽象化し
されている。
てモデル化する。抽象度の異なるドメインが混載す
るモデルを設計初期段階に適用して,システム全体
総合開発環境への取組み
の性能評価を行い,これをLSI設計にフィードバッ
ハードウェア,ソフトウェアが急速に進化・大規
クすることで,設計手戻りのリスクを回避するとと
模化している製品開発の現場において,設計の初期
もに,ソフトウェア開発の着手を前倒しすることで
段階でシステム性能を総合的・定量的に見積ること
全体の開発コストの削減が可能となる。
が必要となる。例えば,軽快な操作感を実現するた
さらなるブロードバンド化に向けて
めに高速な応答性能が必要なGUI(Graphic User
Interface)では,多くの機能が相互に作用しなが
移動通信サービスの多様化や高度化への要求に応
ら動作するため,実際の装置における性能を事前に
えるため,より高速のデータ伝送を高効率で可能に
見積るには非常に複雑で多様な動作の検証が必要で
(4) 2010年
する無線伝送技術の検討が進められている。
ある。一方で,設計段階での性能見積りと実際の性
から順次導入される予定のLTEは,現在運用中の
能差が大きいと,開発の後段階に至ってから,設計
W-CDMAとの継承性を維持しつつ,100 Mbpsクラ
の基本的な見直しが発生するなどの手戻りが発生し
スのデータ伝送を提供する予定である。
さらに1 Gbpsクラスの通信を2010年代中ごろに
てしまう。
このような状況に対処するため,携帯電話向けプ
実現することを目標にしたIMT-Advancedシステム
ラットフォーム上に実装したSymbian OSで動作す
の方式検討(標準規格策定作業)が全世界レベルで
るソフトウェアのシステムの性能を,設計段階でシ
進められている。3GPPでは,IMT-Advancedに向
ミュレーションにより,短時間に繰り返し高精度な
け,LTEの後継であるLTE-Advancedの検討に着手
評 価 を 可 能 と す る ESL ( Electronic System
しており,2009年10月に世界共通規格の勧告を検
Level)技術を用いた統合開発環境の開発に取り組
討しているITU-Rの作業部会(ITU-R WP5D)に
んでいる。ESL技術をベースとしたシミュレー
対する技術提案を行っている。今後も図-9に示す計
ション環境では,プラットフォームを構成するソフ
画に従い,ITU-R WP5Dにおけるシステム性能の
トウェアとハードウェアを機能単位(ドメイン)に
評価作業結果の審議と並行して,3GPPにおいて,
2007
2008
WP5D #1
ITU-R
WRC07
周波数
決定
#2
2009
#3
#4
2010
#5
#6 #7
#8
2011
#9
#10
提案募集
提案受付
合意形成
Circular
Letter
評価
候補RIT提出
仕様作成
#38 #39 #40 #41 #42 #43 #44 #45 #46 #47 #48 #49 #50 #51 #52 #53
TSG-RAN
技術仕様
3GPP
LTE-Advanced
実現性検討
システム
要件検討
技術評価
技術標準策定
技術規格策定作業
図-9 LTE-Advancedシステム規格の策定
Fig.9-Formulation of LTE-Advanced system standard.
FUJITSU. 61, 2 (03, 2010)
159
携帯電話を支えるプラットフォーム技術
具体的な技術規格の策定を進め,2011年の初めに
携帯電話は,今後も移動通信サービスを利用者に
標準規格の策定作業を完了させる予定で検討が進め
提供するキーデバイスとして,ますます高度化・多
られている。富士通も次の世代の移動通信システム
様化する一方で,日常的に利用する最も身近なツー
実現に貢献する立場から,様々な技術検討に参画し
ルとしての使い勝手が要求される。10年前の携帯
ている。
電話からの変遷を考えると,中・長期的な技術トレ
このようなブロードバンド化は,プラットフォー
ンドを見越した継続的で地道な技術開発がもたらし
ムに搭載するCPUの処理能力に対する性能要求を
たものの大きさにも改めて驚かされる。本稿で述べ
著しく増大させる。加えて表示/コンテンツの高解
たような新規の通信方式,マルチメディア技術の開
像度化・アプリケーションサービスの高度化も進ん
発を含めた技術開発に取り組んでいくことが今後も
でおり,操作のしやすさなどを考慮して十分な
ますます重要であることは言を待たない。
CPU処理性能を確保する必要がある。これらを実
現する一つの技術として,富士通では,マルチプロ
セ ッ サ 技 術 , 負 荷 分 散 と 高 度 な Power
Management技術を駆使した,高性能・省電力プ
ラットフォームの検討を進めている。
む
す
び
本稿では,無線通信の高速化技術の変遷,大規模
参 考 文 献
(1) IMT-2000 DS-CDMA and TDD-CDMA SYSTEM
(ARIB STD-T63/TR-T12 Ver.7.30)
.
http://www.arib.or.jp/IMT-2000/
(2) 3rd Generation Partner Ship Project.
http://www.3gpp.org/
(3) 佐藤知紀ほか:基地局に偏波アンテナを用いた下
システムLSIの設計・検証や小型/省電力化の取組み,
りリンクMIMOの特性評価.2007信学総合大会,B-5-
高速移動時の通信性能確保技術や更なる高速通信技
31,2007,p.445.
術の導入検討,多様なマルチメディアサービスを提
(4) T. Nakamura : LTE / LTE-Advanced : Its
供するアプリケーションプラットフォーム技術など
technologies and standardization activities in 3GPP
を紹介し,今後の更なるブロードバンド化の展望に
( 3rd Generation Partnership Project ). IEICE
ついて述べた。
160
SOCIETY CONFERENCE,BT-4-5,Sep.2008.
FUJITSU. 61, 2 (03, 2010)