室内 MIMO システムの平均チャネル容量を最大化する基地局アンテナ指向性設計法 MIMO 容量拡大 アンテナ指向性 室内 MIMO システムの平均チャネル容量を最大化する 基地局アンテナ指向性設計法 室内に設置する 2 × 2 MIMO 基地局における平均チャネル容量を最大化す るアンテナ指向性設計手法を,幾何光学法を用いた伝搬特性解析により明ら いのうえ ゆ う き ちょう けいぞう 井上 祐樹 長 敬三 かにした.なお,本研究は横浜国立大学 大学院 工学府 物理情報工学専攻 新 井研究室(新井 宏之教授)との共同研究により実施した. なる指向性アンテナの半値幅 ,指 MIMO多重伝送を行う基地局には 向方向の設計式を幾何光学手法 を 無指向性アンテナが一般的に用いら 用いた伝搬特性解析により明らかに ple − Output) 多重伝送は,複数の れているが,指向性アンテナを用い した結果について述べる.本検討は, 送信アンテナから同一の無線リソー ることにより伝送特性を改善できる MIMOシステムへの指向性アンテナ ス(時間,周波数,コード)を用い ことが報告されている [6].しかし, の適用検討で定評のある横浜国立大 て異なる情報データを送信し,複数 伝送特性を改善可能とするアンテナ 学 新井教授との共同研究で実施した. の受信アンテナで受信して信号を取 の指向性は,基地局が設置される環 り出すことで,伝送速度を向上でき 境に依存する.これまでは,特定の 2. 提案する指向性設計法 る伝送方法であり,現在,無線LAN 環境における指向性アンテナによる 2.1 伝送特性解析モデル や WiMAX (Worldwide Interoper- 伝送特性改善効果について報告され 本検討で用いた部屋のモデルの天 ability for Microwave Access) ,LTE ているが,具体的な指向性の設計指 井からの俯瞰図を図 1 に示す.部屋 (Long Term Evolution)などの標準 針がなかった.さらに,近年のブロ MIMO(Multiple − Input Multi*1 化規格に採用されている [1]∼[3]. ードバンドの普及により,特にオフ MIMO多重伝送の手法は,送信側で ィスや家庭のような室内環境での無 *2 伝搬チャネル 情報を用いるか用い *3 ないかにより,固有モード伝送方式 *4 と空間分割多重方式 とに分類[4]で 線通信の高速化の要求が高まり,ア ンテナ指向性の設計指針が重要な技 術課題となっている [7]. き,標準化規格では両方式共に規定 本稿では,室内環境における指向 がある.本稿では,実現性を考慮 性アンテナの設計法を確立すること し,比較的実装が簡単な空間分割多 を目的とし,2 × 2 MIMO 構成の基 重方式について扱う.その中でもさ 地局装置を室内に配置することを想 まざまな受信方式が提案[5]されて 定したときの,部屋のアスペクト比 いるが,本稿では受信方式によらな (縦横比)に対する伝送特性が最大と * 1 MIMO :複数の送受信アンテナを用いて 伝送容量を拡大する無線通信技術. * 2 伝搬チャネル:無線通信の個々の通信路. ここでは各送受信アンテナ間の通信路. * 3 固有モード伝送方式:あらかじめ推定し た伝搬チャネル情報を基に送信側で指向 性形成を行って信号を伝送する MIMO 多 重伝送方式. * 4 空間分割多重方式:それぞれのアンテナ 素子に異なる情報データを入力して送信 するMIMO多重伝送方式. *6 t × 1.0 (m) 1.0 (m) 1.0 (m) 受信点 t × 6.0 (m) 1. まえがき 42 *5 いチャネル容量を用いて概説する. 送信点 0.24 (m) 2.7 (m) 6.0 (m) 3.0 (m) 0.2 (m) y z x 図 1 部屋のモデルとアンテナ配置(俯瞰図) * 5 半値幅:アンテナから放射されている電力 がその最大値から半分になるまでの角度範 囲.指向性の鋭さを表す. * 6 幾何光学手法:電磁波の波動性を考慮せ ず,電磁波の伝搬を幾何学的な線として 扱う手法. NTT DoCoMo テクニカル・ジャーナル Vol.15 No.4 は横方向(x方向)6.0m,縦方向(y を表す.H はチャネル行列 出した [8]. であ H 方向)t × 6.0m,高さ方向(z 方向) 2.7m の直方体の空間で,壁面の材 * 10 り,H はその H の複素共役転置を 4π Gain = 10 log10 θH 2 s 質はコンクリートとした.ここで t 表す.λi はチャネル行列 H の i 番目 の固有値を表す.I は単位行列であ は部屋のアスペクト比を表す.基地 半値幅を設定し式aおよび式sか る.また伝搬特性解析における基本 局アンテナは図 1 に示すように一方 ら計算したペンシルビームの指向性 仕様を表1に示す. の壁面(zx 面)のx方向の中央部に を図3に示す. 以上の環境で,2 × 2 MIMO 空間 設置する場合を想定し,天井から 各地点における伝搬特性を,幾何 分割多重伝送を行ったときに平均 0.2m,部屋の壁から0.24m の位置に 光学手法を用いた伝搬特性解析によ チャネル容量が最大となる半値幅 素子間隔を搬送波周波数 5GHz の半 り算出し,得られた伝搬特性に基づ およびビーム間角度を有する基地 波長 3.0cm にして固定した.移動局 いて MIMO 多重伝送時のチャネル 局アンテナ指向性の条件について アンテナは床から 1.0m の高さで, 容量 C を式dによって算出した.チ 検討した. 図1に示すx方向,y方向共に部屋サ ャネル容量は,ある周波数の伝搬路 イズの 1/6 間隔で移動局を移動さ において単位時間当りに伝送できる せ,全部で 25 の地点で測定するも 最大の情報量を表し,総送信電力を のとした. 一定とすると,チャネル容量が高い 基地局アンテナの各素子の指向性 D(θ)は,式aで示されるペンシル θs ほど周波数利用効率が優れ,高速な データ通信が可能であることを示す. θH θH *7 ビーム と仮定し,移動局アンテナ *8 には,各素子に等方性アンテナ を 適用した. cosΘ(θ) (0 ≤θ≤π/2, 3π/2≤θ≤2π) D(θ)= a αF/BcosΘ(θ) (π/2≤θ≤3π/2) Θ= − log102 log10 cos(θH /2) C = log2 det I + m = ∑ 1+ log2 i=1 Pt HHH mσ2 Ptλi mσ2 [bit/ s /Hz] 3.0cm(半波長) y d x 式dにおいてmは基地局のアンテナ 本数であり,今回の場合 m = 2 であ 図2 送信指向性の設定 (半値幅とビーム間角度) 2 る.Pt は総送信電力,σ は雑音電力 ここでαF/B は F/B 比 (Front − to − *9 Back ratio) の逆数を表す.本稿で 0° は,後方への放射のない理想的なア ンテナ (F/B 比が∞,αF/B = 0)を 仮定した.θH は指向性の半値幅を表 す.本検討では 2 つの素子の半値幅 は同じとし,互いの指向性の最大放 θH =30° 270° −20 −10 0 θH =90° θH =150° を設置した壁面の法線方向に対して 図1におけるxy面,yz面双方で半値 θH =60° θH =120° 射方向は図 2 に示すように,基地局 対称とした. また指向性の利得は, 90° 10 20(dB) 無指向性 180° 図 3 ペンシルビームの指向性(水平面および垂直面) 幅をθH 同一として式sを用いて算 * 7 ペンシルビーム: 3 次元空間内で一方向 へ強い指向をもつアンテナの指向性. * 8 等方性アンテナ:全方向へ均一に電磁界 を放射し,利得を評価するときの規準と なるアンテナ.仮想的なもので現実には 存在しない. NTT DoCoMo テクニカル・ジャーナル Vol.15 No.4 * 9 F/B 比:アンテナの最大放射方向の電力 とその反対側近辺における,ある角度範 囲の不要な放射電力の最大値との比. * 10 チャネル行列:送受信アンテナ間のチャ ネル応答を表す行列.チャネル行列の固 有値は各送信信号系列の受信 SNR(Signal to Noise Ratio)に影響する. 43 室内 MIMO システムの平均チャネル容量を最大化する基地局アンテナ指向性設計法 表 1 シミュレーション基本仕様 MIMO 搬送周波数 送受信アンテナ間隔 シンボルレート 変調方式 2×2 5GHz 半波長 4Msps QPSK(ヘッダ部) 16QAM(データ部) 各アンテナ送信電力 −5dBm 雑音電力 −85dBm チャネルモデリング レイトレース法 壁面の材質 コンクリート 比誘電率 6.76 導電率 0.0023S/m 最大反射回数 5回 QPSK(Quadrature Phase Shift Keying):4位相偏移変調. 16QAM(16 Quadrature Amplitude Modulation):16値直交振幅変調. sps:symbol per second 2.2 伝送特性評価結果 よりも平均チャネル容量が良くなる ことで MIMO 多重伝送時の伝送特 指向性が存在していることが分か 性が改善する要因としては,主にア り,特にアスペクト比が 1 以上にお ンテナ利得の増加と空間相関 いてその傾向が顕著である. 低減が考えられる. * 11 の 部屋のアスペクト比に対する平均 式d中の固有値λi の中で最大と チャネル容量を最大とする半値幅お なる固有値を第 1 固有値,2 番目を よび最大放射方向の関係を図 5 に示 第 2 固有値と定義すると,直接波が す.平均チャネル容量を最大とする 存在する室内環境では主に第 1 固有 半値幅はアスペクト比が大きくなる 値が支配的になり,第 2 固有値に比 につれ狭くなる傾向もみられるが, べ大きくなる [9].アンテナ利得の増 おおむね60 °前後の値となっている. 加は,第1固有値を大きくし特性を改 最大放射方向の間の角度θs はアスペ 善できる効果をもつと考えられる. クト比が大きくなるにつれ狭くなる 一方,空間相関の低減は,素子間隔 部屋のアスペクト比 t を変化させ 傾向がみられる.図5(b)に基地局か が狭く無指向性のアンテナ素子を用い たときの,基地局指向性の最大放 ら相対する壁の角方向の角度θc を重 ると空間相関が高くなるような状況 射方向と平均チャネル容量の関係 ねてプロットしてみると,両者が共 でも,指向性アンテナを別々の方向 を図 4 に示す.図 4 において横軸は に同じ傾向で減少している.これら に向けることによりチャネル容量を 最大放射方向を,最大放射方向間の の結果から,半値幅を 60 °とし,最 増加させる効果をもつと考えられる. 角度θs で示している.図 4(a) ∼ (c) 大放射方向をそれぞれ部屋の角方向 今回の検討では,アンテナ素子間 はそれぞれアスペクト比 t が 0.5,1, に向けることで本検討の環境では平 を半波長離しており,無指向性アン 2 の場合を示し,各グラフにおいて 均チャネル容量を最大にできること テナを用いても空間相関は低くなる 半値幅を 30 °,60 °,90 °,120 °, が分かる. 条件と考えられるため,平均チャネ 150° および無指向性(等方性アンテ ナ)としたときの結果を示している. 図 4 より,いずれのアスペクト比 においても,無指向性を用いた場合 例として,アスペクト比 t = 2 で 半値幅を 60 °のときの第 1,第 2 固 16 14 θH= 30° 12 θH= 60° θH= 90° 10 θH=120° 8 θH=150° 無指向性 0 50 100 150 ビーム間角度θs(度) (a)アスペクト比0.5 18 16 14 θH= 30° 12 θH= 60° θH= 90° 10 θH=120° 8 6 θH=150° 無指向性 0 50 100 150 ビーム間角度θs(度) (b)アスペクト比1 図4 平均チャネル容量(bit/s/Hz) 18 平均チャネル容量(bit/s/Hz) 平均チャネル容量(bit/s/Hz) 利得の増加によるものと考えられる. 基地局に指向性アンテナを用いる 18 6 ル容量の改善効果は,主にアンテナ 3. 指向性アンテナに よる伝送特性改善理由 16 14 θH= 30° 12 θH= 60° θH= 90° 10 θH=120° 8 6 θH=150° 無指向性 0 50 100 150 ビーム間角度θs(度) (c)アスペクト比2 チャネル容量 * 11 空間相関:空間的に離れた 2 点のチャネ ル間のフェージングの相関.電波の到来 状況および 2 点間の位置関係に依存する. 空間相関が高いと信号の分離が難しくな り MIMO のチャネル容量が低下する. 44 NTT DoCoMo テクニカル・ジャーナル Vol.15 No.4 100 100 50 0 0.5 1 1.5 アスペクト比 2 150 λ2 部屋の角方向へビームを 向けた場合 100 λ1 累積確率 ビーム間角度θs(度) 半値幅θH(度) 150 10−1 50 0 0.5 1 1.5 アスペクト比 2 10−2 −100 θH = 60° , θs=θc θH = 60° , θs= 60° , θs= 80° θH = 60° −80 −60 −40 固有値(dB) −20 (b)ビーム間角度 (a)半値幅 図 5 平均チャネル容量を最大とするビーム設定 図6 有値の累積確率分布を図 6 に示す. アンテナの実現方法について検討を 第 1 固有値が支配的であり,ビーム 行い,高速移動通信の普及が予想さ 固有値の累積確率 線 伝 送 技 術 の 概 要 ,” 本 誌 V o l . 1 3 , No.3,pp.68−75, Oct. 2005. [6] 伊藤 直人, 新井 宏之, 丸山 珠美, 長 敬 間角度θs を変化させることで第 1 固 れる室内環境での効率的なエリア構 有値が改善する傾向を確認できる. 築における,基地局アンテナの設計 信アンテナによる室内 MIMO 伝送特 仕様や設置の手順書などにまとめ, 性の改善効果,”信学技報,AP2005 − 4. あとがき 事業に活かしていく予定である. 高速無線 LAN 教科書,改訂版,”イン 定し,部屋のアスペクト比に応じ 文 献 て,2 × 2 MIMO 空間分割多重伝送 [1] IEEE Draft Std P802.11n/D2.00, Feb. 基地局アンテナ指向性設計法を,幾 何光学手法を用いた伝搬特性解析に より明らかにした.その結果,半値 幅を 60 °とし最大放射方向を部屋の 角方向に向けることで,室内の平均 チャネル容量を最大化できることを 示した. 今後は素子数を増やした検討や, NTT DoCoMo テクニカル・ジャーナル Vol.15 No.4 134, Jan. 2006. [7] 守倉 正博,久保田 周治 監修: “802.11 本稿では,室内移動通信環境を想 時の平均チャネル容量を最大とする 三:“非均一指向性を有する切替型送 2007. プレス,2005. [8] J. D. Kraus : ANTENNAS, Second edition, McGraw − Hill, USA, pp.26 − 27, [2] 802.16e − 2005 and IEEE Std 802.16 − 2004/Cor1−2005. 1988. [9] 鶴田 誠,唐沢 好男: “仲上−ライスフ [3] 3GPP−TR 25.876 : “Multiple Input Multiple Output in UTRA.” ェージング環境における MIMO チャ ネル行列の第 1 固有値の簡易計算法,” [4] 大鐘 武雄: “MIMO システムの基礎と 信学論 B, Vol.J87−B, No.9, ワイヤレス 要素技術,”アンテナ・伝搬における パーソナル通信におけるアンテナ・伝 設計・解析手法ワークショップ(第 搬の最新技術特集号, pp.1486 − 1495, 29 /第 30) ,2004. 2004. [5] 佐和橋,ほか: “マルチアンテナ無線 伝送技術/その 1 マルチアンテナ無 45
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