時空間トレリス符号化MIMO伝送システム

報告
時空間トレリス符号化MIMO伝送システム
中川孝之
Space−Time Trellis Coded MIMO Transmission System
Takayuki NAKAGAWA
要約
ロードレース中継の見通し内および見通し外の移動伝搬環境で,AVC(Advanced Video
Coding)/H.264の所要ビットレートを安定的に伝送することが可能な時空間トレリス符号化
MIMO(Multiple­Input Multiple­Output)伝 送 方 式 の 特 徴 を 説 明 し,FPU(Field Pickup
Unit)の移行先の周波数帯で行った伝送シミュレーションおよび野外伝送実験の結果について報
告する。
ABSTRACT
18
NHK技研 R&D/No.143/2014.1
A space­time trellis coded(STTC)multiple­input multiple­output(MIMO)transmission system
that can stably transmit at the required bit rate when using an AVC/H.264 video codec in the line
of sight ( LOS ) and non line of sight ( NLOS ) mobile environments of road racing relay
broadcasts and a simulation and outdoor experiment using the FPUs new frequencies are
reported here.
送信アンテナ
受信アンテナ
11
2,
マッピ
ング
1
受信信号レプリカ
のメトリック計算
2
受信信号レプリカ
のメトリック計算
12
21
1
1
畳み込み
符号化2
マッピ
ング
1
22
2
MIMO伝搬路
トレースバック部
…,
畳み込み
符号化1
ブランチ選択部
1
…,
2,
1
ビタビ復号器(最尤系列推定)
符号化器
1図 2×2 STTC­MIMO伝送方式の基本構成
1.はじめに
に畳み込み符号化とマッピングを組み合わせて行い,全系
2011年9月に総務省から700−900MHz帯の周波数再編
統で同じ周波数で送信し,それを複数の受信系統で受信し
アクションプランが示され,770−806MHzの周波数を使
て,ビタビ復号法*2により最尤系列推定*3を行う方式で
用する映像素材用無線伝送システム(700MHz帯FPU)
ある。
は,1.2GHz帯および2.3GHz帯へ移行することになった。
1図において,
( s1,s2,… )は符号化器に入力される
移行先の周波数帯では,700MHz帯に比べて自由空間伝搬
( h11,h12,h21,h22 )
情報系列,
( x1,x2 )は送信信号,
損失や回折損失が大きいため,送信電力の増力,新しい伝
は伝搬路応答,
( y1,y2 )は受信信号,
( d1,d2,… )は
送方式の導入,ダイバーシティーなどの受信システムの改
復号器の出力である。2つの送信系統の畳み込み符号化
善等を行って,700MHz帯と同等の伝送容量と伝送エリア
器は,重み付け係数(後述)は異なるが,同じ構造である
を確保する必要がある。
ため,同じ状態遷移となり,受信側では共通のビタビ復号
当所ではこれまでに,700MHz帯FPUの伝送容量拡大
や高信頼化を実現するために,MIMO伝送技術の1つで
器を用いて送信信号系列を推定することができる。ビタビ
復号器の動作については3章で説明する。
あ る 時 空 間 ト レ リ ス 符 号 化MIMO(STTC­MIMO:
STTCはTarokhらにより提案された方式1)で,送信系
Space­Time Trellis Coded Multiple­Input Multiple­
統数×受信系統数分に増えた伝搬路を冗長系として利用し
Output)方式の検討を行い,AVC/H.264の番組素材伝送
て,送受のダイバーシティー効果によって誤りにくい伝送
の所要映像ビットレート35Mbpsを伝送可能な2送信2受
を実現するものである。
信 (2×2) STTC ­ MIMO ­ OFDM (Orthogonal
提案する16QAM­STTC符号化器を2図に示す。この
Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多
16QAM­STTC符号化器は,QPSK用のSTTC符号化器
重)伝送装置を開発して,野外伝送実験によりその効果を
を組み合わせて16QAMのSTTC符号化器に拡張したもの
4)
∼11)
検証してきた
である。2図は,2つの送信系統で共通の符号化器の構
。
移行先の周波数帯においてもSTTC­MIMO方式を適用
す る こ と が 有 効 で あ る と 考 え,従 来 の16QAM(16
造であり,送信系統 i ごとに重み付け係数 gijk が異なる。
gijk の添え字の j および k は,シリアルパラレル変換後の
Quadrature Amplitude Modulation)
­STTCに比べてさ
ビット番号 j の k 個目のレジスターの出力に対する重み
らに回線信頼性を高めるために,QPSK(Quadrature
付け係数であることを表す。重み付け係数 gijk には0∼3
Phase Shift Keying)
­STTCおよび8PSK­STTCを2×
のいずれかの整数を割り当てる。 D は1ビットのレジス
2STTC­MIMO­OFDM伝送装置に実装するとともに,
ター,○
×は乗算器,○
+4 はモジュロ4の加算を表す。2図
性能改善も行った。その2×2 STTC­MIMO­OFDM
の符号化器はレジスターを6つ用いているため,状態数
伝送システムについて,伝搬路シミュレーターを用いて
は64(=26)である。一般に,状態数が多いほど信号処理
FPUの新たな周波数帯における伝送特性を定量的に評価
においてハードウエアのリソースを消費するが,優れた誤
12)
13)
した 。また,野外実験によりその検証を行った ので,
*1 入力ビット系列のビットパターンに,信号の位相と振幅を表す平面
上の点を対応させること。
その結果を報告する。
2.2×2 STTC­MIMO伝送方式
2×2 STTC­MIMO伝送方式の基本構成を1図に示
す。STTC­MIMO方式は,複数の送信系統において,異
なる入力信号系列の間でマッピング
*1
点が遠くなるよう
*2 畳み込み符号の復号法の一種であり,本稿のSTTC­MIMO方式では,
トレリス線図(符号化器の状態遷移を,枝状の線分の連なりで表し
た図)において,符号ビット系列と伝搬路応答とから作成した受信
信号のレプリカ(複製)と,実際の受信信号との距離を基に復号を
行う。
ゆうど
*3 送信された情報系列の候補の尤度(もっともらしさ)に基づき,実
際に送信された情報系列を推定する方法。
NHK技研 R&D/No.143/2014.1
19
報告
30
X
3
D
31
X
1
0
マッピング
2
シリアル・パラレル変換
3
(
3
1
2
0)
0000 0001
( )
0100 0101
0011 0010
0111 0110
1100 1101
1000 1001
1111 1110
1011 1010
21
X
D
2
4
X
2
3
+
20
10
X
11
X
( )
12
1
D
D
X
1
+
00
0
4
X
(b)16QAMマッピング・ルール
01
X
02
0
D
X
D
畳み込み符号化
(a)16QAM符号化器モデル
2図 16QAM­STTC符号化器
1表 16QAM­STTC符号化器の重み付け係数
重み付け係数
送信系統1
g 101 g 102
1022
010222
送信系統2
g 230 g 231 g 220 g 221
g 210 g 211 g 212 g 200 g 201 g 202
2203
222203
X
2
0
g 120
g 112
g 121
g 100
20
(
X
2
1
0)
21
( )
010
011
X
10
X
1
D
D
11
12
+
2
1
8
0
マッピング
1
シリアル・パラレル変換
2
D
g 131
g 111
値
g 130
g 110
X
001
000
( )
100
101
111
110
X
00
X
0
D
D
(b)8PSKマッピング・ルール
01
02
X
畳み込み符号化
(a)8PSK符号化器モデル
3図 8PSK­STTC符号化器
20
り率特性を実現できる。STTC符号化器の重み付け係数
呼ばれる。具体的に,2図の16QAM­STTC符号化器に
は,符号化器に異なる信号系列が入力されたときに,2つ
ついて計算機探索により求めた重み付け係数を1表に示
の送信系統の符号化器の出力において,一方の送信系統の
す。8PSK­STTCとQPSK­STTCの符号化器について
信号点間距離と他方の送信系統の信号点間距離の和が大き
も,同様な考え方により設計された32状態の8PSK­
くなるように設計される。この設計規範はトレース基準と
STTC(3図,2表)と16状 態 のQPSK­STTC(4図,
NHK技研 R&D/No.143/2014.1
2表 8PSK­STTC符号化器の重み付け係数
重み付け係数
g 121
g 110
g 111
g 112
値
送信系統1
g 120
g 100
g 101
g 102
04022443
送信系統2
g 220 g 221 g 210 g 211 g 212 g 200 g 201 g 202
44232227
(
10
シリアル・パラレル変換
0
0)
( )
11
X
1
12
D
D
X
1
+
00
0
4
X
01
マッピング
1
1
X
10
00
01
( )
11
X
02
0
D
X
D
(b)QPSKマッピング・ルール
畳み込み符号化
(a)QPSK符号化器モデル
4図 QPSK­STTC符号化器
3表 QPSK­STTC符号化器の重み付け係数
重み付け係数
値
送信系統1
g 110 g 111 g 112 g 100 g 101 g 102
113222
送信系統2
g 210 g 211 g 212 g 200 g 201 g 202
232020
1
ー1
BER(ビタビ復号後)
10
ー2
10
16状態QPSK
ー3
32状態8PSK
10
64状態16QAM
ー4
10
10ー5
ー6
10
0
5
10
15
20
平均受信CNR
(dB)
5図 相関の有るライスフェージング環境における2×2 STTCの計算機シミュレーション結果
3表)を用いた2)。
これらの2×2STTC符号化器について,送信相関係
数
*4
0.3,受信相関係数
*5
0.7,ライスファクター
*6
3dB
のライスフェージング環境における計算機シミュレーショ
ンにより,ビタビ復号後のビッ ト 誤 り 率(BER:Bit
Error Rate)を評価した。その結果を5図に示す。な
お,5図はOFDMの1シンボルごとに伝搬路応答がブ
*4 1図の送信信号 x1 に対する伝搬路応答と,送信信号 x2 に対する伝搬
路応答の相関を表す係数(0∼1の値)
。1図の h 11と h 12 および h 21
と h 22の相関を表す。
*5 1図の受信信号 y1 に対する伝搬路応答と,受信信号 y2 に対する伝搬
路応答の相関を表す係数(0∼1の値)
。1図の h 11と h 21および h 12
と h 22の相関を表す。
*6 直接波と散乱波の合成により表現されるライスフェージングモデル
のパラメーターで,直接波の電力を散乱波の電力の和で割った値。
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21
報告
4表 2×2 STTC­MIMO­OFDM変復調器の諸元
FFTポイント数
1,024(1kモード)
GIポイント数
128(ガードインターバル比1/8)
FFTクロック(MHz)
20.45074
占有帯域幅(MHz)
17.2
シンボル長(μs)
56.33(GI長6.26)
サブキャリヤー数
総数:857(Data:672,CP:108,AC:66,TMCC:10,Null:1)
サブキャリヤー変調方式
16QAM,8PSK,QPSK(Data)
,BPSK(CP)
,DBPSK(TMCC)
内符号
64状態16QAM­STTC
32状態8PSK­STTC
16状態QPSK­STTC
内インターリーブ
周波数,時間(0/76/378/756ms)
外インターリーブ
バイト単位(11TSパケット)
外符号
RS(204,188)
RS(204,166)
47.72(16QAM)
35.79(8PSK)
23.86(QPSK)
41.75(16QAM)
31.32(8PSK)
20.88(QPSK)
伝送容量(TSレート)
(Mbps)
ロック的に変動する高速ブロックフェージングモデルであ
TMCC(Transmission and Multiplexing Configuration
り,伝搬路応答は受信側で既知とした。5図から,BER
Control)は伝送多重制御信号,RS(Reed­Solomon)は
−4
=1×10 で評価すると,64状態の16QAMの所要CNR
リ ー ド ソ ロ モ ン 符 号 を 表 す。ま た,HD­SDI(High
(Carrier to Noise Ratio)と比較して,32状態の8PSK
Definition ­ Serial Digital Interface)はハイビジョンの
は2dB,16状態のQPSKは5∼6dBの所要CNRの改善
デジタル信号を直列に伝送する場合の信号形式,DVB­
が見込める。
ASI ( Digital Video Broadcasting ­ Asynchronous
なお,従来のSISO(Single­Input Single­Output)−
3)
Serial Interface)はMPEG−2TS(Transport Stream)
OFDM方式のFPU では,符号化率1/2の畳み込み符号化
信号を直列に伝送する場合の信号形式,PN(Pseudo
器の入力1ビットに対する出力2ビットを直列にして1
random Noise)223−1は周期が223−1の擬似ランダム信
本のアンテナで伝送するため,直列後の伝送レートに対し
号を表す。
て符号化器入力の情報レートが1/2になる。一方STTC­
*7
変復調器のOFDMの部分は,現行のFPUの1kモード
に対する
(FFTサイズが1,024ポイント)と基本パラメーターを同一
2系統の出力1シンボルずつを直列化せずにそれぞれの
と し,内 符 号 を 拡 張 し てQPSK,8PSK,16QAMの
アンテナから出力するため,各系統の伝送レートに対して
STTCに対応させている。また,外符号として従来のRS
符号化器入力の情報レートが同じになり,符号化率1/2
(204,188)符号よりも誤り訂正可能なバイト数が2.5倍
MIMO方式では,符号化器の入力1シンボル
の畳み込み符号を用いる場合で比較すると,結果的に,同
じ変調多値数のSISO­OFDMの2倍の情報レートを得る
ことができる。
で,擬似エラーフリーの所要CNRを1dB改善できるRS
(204,166)符号を採用している。
CPは,伝搬路応答の推定に用いる既知の位相変調信号
であり,送信系統1のCP信号はOFDMのシンボルごとに
3.2×2 STTC­MIMO­OFDM伝送
システム
同位相であるが,送信系統2のCP信号は8図に示すよう
3.1 2×2 STTC­MIMO­OFDM伝送装置
位相変調信号を用いることにより,受信側では,連続する
にOFDMのシンボルごとに位相が反転する。このような
2×2 STTC­MIMO­OFDM変復調器の諸元を4表
シンボルのCPキャリヤーの値の和を既知情報で割ると送
に,構成を6図に,外観を7図に示す。図表中でFFT
信系統1の伝搬路応答が推定でき,その差を既知情報で
(Fast Fourier Transform)は 高 速 フ ー リ エ 変 換,GI
割ると送信系統2の伝搬路応答が推定できる仕組みとなっ
(Guard Interval)はOFDMにおいて反射波の影響を軽減
ている。
するための冗長な信号期間,CP(Continual Pilot)は伝
搬 路 応 答 の 推 定 に 用 い る 連 続 パ イ ロ ッ ト 信 号,AC
(Auxiliary Channel)は付加的な情報を送るための信号,
22
NHK技研 R&D/No.143/2014.1
6図(a)を用いて変調器の動作について説明する。映
*7 たとえば16QAM­STTCでは,4ビットのデータを1つのかたまり
として,1シンボルとする。
TS
映像信号 H.264
映像
HD-SDI 符号化
DVB-ASI
I/F
CLK
エネル
ギー
拡散
PN 223-1
バイト
インター
リーブ
RS
符号化
STTC
符号化
IF1
周波数
インター
リーブ
時間
インター
リーブ
マッ
ピング
OFDM
フレーム
構成
デジタル
直交
変調
GI
挿入
IFFT
IF2
送信機1
送信機2
(a)変調器の構成
受信機1
受信機2
IF1
デジタル
直交
復調
シンボル
同期
GI
除去
FFT
OFDM
フレーム
同期
ノイズ
正規化
伝搬路
応答
推定
IF2
時間デ
インター
リーブ
周波数デ゙
インター
リーブ
STTC
(ビタビ)
復号
バイトデ
インター
リーブ
RS
復号
DVB-ASI
I/F
エネル
ギー
逆拡散
TS
映像
H.264 信号
映像
復号
BER測定
(RS OFF/ON)
(b)復調器の構成
6図 2×2 STTC­MIMO­OFDM変復調器の構成図
周波数 →
シンボル
↓
…
(a)変調器
…
… 同位相
… 位相反転
パイロット信号
(CPキャリヤー)
8図 送信系統2のCPキャリヤー位相
構成し,IFFT,GI挿入,デジタル直交変調の各処理の後
に,MIMO­OFDM信 号 と し て 出 力 さ れ る。MIMO­
OFDM信号は,その後IF(Intermediate Frequency)お
(b)復調器
7図 2×2 STTC­MIMO­OFDM変復調器の外観
よびRF(Radio Frequency)に周波数変換され,各送信
機から同一周波数および同一電力(2つの送信系統の空
中線電力の和がSISOの空中線電力の許容値に等しい)で
出力される。
像符号化部からDVB­ASI形式で入力されたTS信号は,
次に6図(b)を用いて復調器の動作について説明する。
エネルギー拡散,RS符号化,バイトインターリーブを施
2台の受信機で受信された受信信号は,IFに周波数変換
されたのち,STTC符号化部に入力され,送信系統ごとに
され,復調器に入力される。受信信号には,受信系統ごと
畳み込み符号化が行われる。STTC符号化部の出力信号
に,デジタル直交復調,シンボル同期,GI除去,FFT,
は,送信系統ごとに,周波数インターリーブ,時間イン
OFDMフレーム同期,伝搬路応答推定,時間・周波数デ
ターリーブ,マッピングを施されたのち,CPやTMCC
インターリーブなどの処理が施される。次のSTTC(ビタ
などのパイロットキャリヤーとともにOFDMフレームを
ビ)復号部では,2つの受信アンテナで受信した2つの
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23
報告
1
16QAM_低相関
16QAM_中相関
ー1
10
16QAM_高相関
BER
(ビタビ復号後)
QPSK_低相関
ー2
QPSK_中相関
10
QPSK_高相関
ー3
10
ー4
10
ー5
2波ライスフェージング
中心周波数:2,350MHz
移動速度:35km/h
10
ー6
10
0
5
10
15
20
25
30
平均受信CNR(dB)
9図 2×2 STTC­MIMO­OFDM伝送システムの伝送特性
1
QPSK-STTC
8PSK-STTC
ー1
10
16QAM-STTC
BER
(ビタビ復号後)
16QAM
(1/2)-FPU
ー2
32QAM
(1/2)-FPU
10
ー3
10
RS
(204,166)
→
所要BER
←RS
(204,188)
所要BER
ー4
10
2波ライスフェージング
中心周波数:2,350MHz
移動速度:35km/h
送信相関:0.7
受信相関:0.3
ー5
10
ー6
10
0
5
10
15
20
25
30
平均受信CNR
(dB)
10図 2×2 STTC­MIMO­OFDM伝送システムと現行FPUとの比較(中相関)
受信信号を用いて,畳み込み符号を復号する代表的な方法
DVB­ASI形式のTS信号が出力される。
であるビタビ復号法により,送信された情報系列を推定す
3.2 伝送特性
る。1図に示すように,ビタビ復号器では,受信系統ご
フェージングシミュレーターを用いて,2.3GHz帯の動
とに受信した実際の受信信号と,推定した伝搬路応答から
的環境における2×2 STTC­MIMO­OFDM伝送システ
作成した受信信号のレプリカ(複製)との間の信号点間距
ムの伝送特性のシミュレーションを行なった。その結果を
離に基づいたメトリック(信頼度)を計算し,ブランチ選
9図と10図に示す。シミュレーションで用いた伝搬路モ
択部で信頼度の高いブランチを選択し,トレースバック部
デルは,広島駅伝コースにおける伝搬実験に基づくもの
でトレリス線図におけるより信頼度の高い(もっともらし
で,6つの受信波のうちの2波がライスファクター3dB
い)入力信号系列を推定して復号する。このように2系
のライス波,残りの4波がレイリー波*8である2波ライ
統の受信信号を用いてビタビ復号を行うことによって,復
スモデルを使用した。移動速度は35km/h,時間インター
号結果の信頼性が向上する。その後は,バイトデインター
リーブ,RS復号,エネルギー逆拡散の処理が行われ,
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*8 振幅や位相などの分布特性が,散乱波のみにより表現されるレイリー
フェージングモデルに従う受信波。
5表 野外実験の送受信条件
送信周波数(MHz)
2,350
占有帯域幅(MHz)
17.2
送信出力(W)
最大40+40(2.3GHz)
偏波
2系統ともに垂直偏波
送信アンテナ
2段コーリニア※1,利得は約5dBi※2
送信高(m)
約3.2
送信アンテナ間隔(m)
約2.5
受信アンテナ
8素子八木,利得は約12dBi
受信アンテナ間隔(m)
2.5,5など
2.3Gアンテナ
2
.3Gアンテナ
2.3Gアンテナ
※1
1/2波長のダイポールアンテナを直線上に複数個並べて利得を高めたアン
テナ。
※2 等方性アンテナ(すべての方向に一様に電力を放射する仮想的なアンテナ)
を基準とするアンテナ利得の単位。
11図 移動車の外観
リーブ長は378msとし,MIMO伝搬路応答(1図のh11,
2.3Gアンテナ
h12,h21,h22)の相関については,これまでの野外実験の
経験から,送信相関係数0.7,受信相関係数0.3の中程度の
2.3Gアンテナ
相関(中相関と呼ぶ)としてシミュレーションを行った。
また,送信および受信相関係数が0.3の低相関,送信およ
び受信相関係数が0.9の高相関についてもシミュレーショ
ンを行った。
9図が示すように,STTC­MIMO­OFDMのBER特性
は,伝搬路応答の相関係数の値により異なる傾向を示す。
すなわち,相関係数が小さくなるほどダイバーシティー効
果が得られるため良好な特性を示し,大きくなるほどダイ
12図 受信点の設置状況
バーシティー効果が得られなくなり劣化する傾向がある。
なお,試作した伝送装置の装置誤差による劣化が0.5dB
以下であることを,ソフトウェア復調との比較実験により
に示す条件で送信し,コース上を約30km/hで走行した。
確認した。
11図に移動車の外観を示す。また,12図に示すように,
同じ条件で,現行のFPU(SISO­OFDM)とSTTC­
受信点はビルの屋上や山の上などに設置した。実験では,
MIMO­OFDMを比較した結果を10図に示す。10図の
700MHz帯のOFDM信号と2.3GHz帯のOFDM信号または
STTCは中相関のカーブである。10図より,中相関で評価
MIMO­OFDM信号を同時に出力し,映像伝送を行って受
すると,現行の16QAM(1/2)
−FPU(内符号の符号化率
信可能なエリアを比較した。映像伝送と同時に,受信電
が1/2)に対して,情報レートが2倍の16QAM­STTC
力,受信SINR(Signal to Interference and Noise power
がほぼ同等のBER特性となり,情報レートが同一のQPSK
Ratio)
,RS復号部の誤りバイト検出数から換算したビタ
­STTCでは,外符号のリードソロモン符号の復号後に擬
ビ復号後のBER(換算BER)
,MIMO伝搬路応答の相関係
似エラーフリーとなる所要CNRが約6dB改善される。こ
数の情報を取り出して記録した。なお,RS復号による訂
れは,見通しが得られる場合の伝搬距離に換算すると2
正が不可能なデータは換算BERを1×10−1に置換した。
倍の値となり,同じ情報レートで比較すると2倍の距離
また,測定限界以下のBERは換算BERを1×10−9に置換
を伝送できることになる。
した。
2×2 STTC­MIMO­OFDMの実験結果について,京
4.野外実験
都駅伝コースで行った実験を例に説明する。この実験で
FPUの移行先の周波数帯である2.3GHz帯において,従
は,コースの沿道にあるビルの屋上に受信アンテナを設置
来のFPU(SISO­OFDM)とともに,試 作 し た2×2
し,主に見通し内環境の受信点Aと主に見通し外環境の受
STTC­MIMO­OFDM伝送装置を用いて,実際のロード
信点Bを受信点とした。主に見通し内環境の受信点Aは,
レース中継のコースで伝送実験を行なった。移動車は5表
相関係数0.9以上が30%の高相関環境であり,13図に示す
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報告
0
10
換算BER
…実測
16QAM_高相関
16QAM_中相関
10
換算BER
(ビタビ復号後)
シミュレーション
16QAM_低相関
−2
−4
10
−6
10
−8
10
−10
10
0
5
10
15
20
25
30
SINR
(dB)
13図 受信点AのSINR対換算BER(2×2 STTC­MIMO­OFDM)
0
10
換算BER
…実測
16QAM_高相関
16QAM_中相関
10
換算BER
(ビタビ復号後)
シミュレーション
16QAM_低相関
−2
−4
10
−6
10
−8
10
−10
10
0
5
10
15
20
25
30
SINR
(dB)
14図 受信点BのSINR対換算BER(2×2 STTC­MIMO­OFDM)
ように16QAMの換算BERは,シミュレーション曲線の中
5.むすび
相関と高相関の間に分布した。一方,主に見通し外環境の
700MHz帯FPUの周波数移行に向けた検討として,時
受信点Bでは,相関係数0.6以下が80%の中低相関環境で
空間トレリス符号化MIMO伝送システムの伝送方式およ
あり,14図に示すように16QAMの換算BERは,シミュ
び伝送装置について述べた。MIMO伝送方式は,複数の
レーション曲線の中相関と低相関の間に分布した。このよ
送受信アンテナを用いることにより,伝送容量を拡大し,
うに,野外実験においても,STTC­MIMOの伝送特性は
ダイバーシティー効果によって回線信頼性を向上させるこ
伝送シミュレーションの結果によく当てはまる結果となっ
とができる。伝送シミュレーションにより,中相関の伝搬
た。
環境が確保できれば,開発した2×2 STTC­MIMO­
OFDM伝送システムは,現行FPUのSISO­OFDM方式と
26
NHK技研 R&D/No.143/2014.1
同一の伝送距離で2倍の伝送容量を実現でき,同一の伝
今後は,伝搬実験により,各受信点に適したアンテナの
送容量では,2倍の伝送距離を実現できることを示した。
選択・配置方法などの運用ノウハウを蓄積して,安定した
MIMO伝送方式は従来のSISO伝送方式とは性質が異なり,
MIMO伝送を確立していく必要がある。また,複数の受
見通し内環境の伝搬路において,伝送特性がやや劣化する
信点から集められた受信信号の中から有効なものを選択し
傾向がある。一般に見通し内環境では受信電界が高くなる
て,STTC­MIMOの復調処理を行うことにより,広い伝
ので,伝搬路応答の相関が高くても問題ないが,誤り訂正
送エリアが実現可能な大規模中継用STTC­MIMO受信装
可能なバイト数を2.5倍に増やしたRS(204,166)符号を用
置を開発する予定である。
意して,システムの信頼性を高めた。
参考文献
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”信学技報,Vol.106, No.579,
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ション検討,
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”映情学技報,
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”信学技報,Vol.109, No.164,
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8) 中川,光山,神原,池田:
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9) T. Nakagawa, K. Mitsuyama, K. Kambara and T. Ikeda:
“Performance of a 2×2 STTC­MIMO­OFDM
in 800 MHz ­ band Urban Mobile Environment ,” IEEE International Conference on Advanced
Technologies for Communications 2009(ATC2009)
,pp.300­303(2009)
10)中川,光山,鵜澤,神原,池田:
“ロードレースコースにおける時空間トレリス符号の伝送実験,
”映情学技
報,Vol.34, No.5, BCT2010­26, pp.9­12(2010)
11)中川,鵜澤,光山,池田:
“高度化FPU用2×2 STTC­MIMO伝送装置 の 開 発,
”映 情 学 技 報,Vol.34,
No.21, BCT2010­50, pp.5­8(2010)
12)中川,池田:
“2×2 STTC­MIMO­OFDMシステムの性能改善,
”映情学技報,Vol.36, No.10, BCT2012
­48, pp.69­72(2012)
13)中川,鵜澤,光山,池田:
“2×2 STTC­MIMO­OFDMシステムの野外実験 ―びわ湖マラソンコースの高
所受信における伝送特性―,
”映情学技報,Vol.36, No.30, BCT2012­62, pp.9­12(2012)
なかがわたかゆき
中川孝之
1995年入局。営業総局,松山放送局を経て,
2000年から放送技術研究所において,ミリ波
電波伝搬,デジタル伝送システムの研究に従
事。現在,放送技術研究所伝送システム研究
部専任研究員。
NHK技研 R&D/No.143/2014.1
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