神奈川へようこそ!∼ (旧題:円卓の国、神奈川へ - タテ書き小説ネット

、神奈川へようこそ!∼ (旧題:円卓の国、神奈川へようこそ!∼リアルと
サイユー&ヤン
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︻小説タイトル︼
世界はMMO化しました ∼円卓の国、神奈川へようこそ!∼ ︵旧題:円卓の国、神奈川へようこそ!∼リア
ルとゲームが混じって世界がやばい∼ ︶
︻Nコード︼
N9897BP
︻作者名︼
サイユー&ヤン
︻あらすじ︼
﹁⋮⋮世界、変えすぎだろ、運営﹂
﹃ネットを変える。世界を変える﹄
くだ
そんな謳い文句と最新のVRMMO技術をもって、ネットゲーム業
界を一変させたオラクル社。
らの
そのオラクル社のMMOでボスキャラとしてのバイトをしていた朽
1
しんや
野 伸也は、突然流れた運営からのアナウンスに呆然とした。
﹃本日をもちましてオラクル社のすべてのコンテンツは、現実世
界との融合の為、終了させていただきます﹄
突然の強制ログアウト。
そして、再び目を開け見た世界は⋮⋮SFチックな巨大ロボット
が飛び交い、剣と魔法の世界の冒険者が逃げ惑う。
そんな、様々なオンラインゲームが混じりあった混沌とした現実世
界だった。
2
プロローグ:世界、変えすぎだろ。運営 1
長い、長い戦いの果て、彼らは﹃ここ﹄に辿りついた。
﹁追い詰めたぞ。緑の騎士!﹂
白銀の騎士は目の前の暗闇に向けて声を上げる。
白銀の騎士は満身創痍。王より授かった自慢の鎧は、傷つき、聖
剣はここに来るまでに血に塗れ汚れきってしまっている。
彼に従う仲間達も、すでに疲れ切っている。だが、彼らの眼には
諦めの文字はない。
緑の騎士を倒す為、最後の力を振り絞ってこの場にたっている。
ここは、魔物がひしめく古い洋館。魔が支配するこの場所は、黒
一色で統一されていた。
何もかもが黒い。壁も飾られた絵画や花瓶さえも。そこから感じ
取れるのは一つの思いだ。
闇と同化したい、という強い願い。
そう、ここの主は人間。
だが、邪悪な儀式の果て自らの死をもって今、人の殻を取り払お
うとしている。
﹃よくぞ⋮⋮﹄
皺枯れた声が闇から生まれる。
﹃よくぞ、ここまで来た。人間の若造よ﹄
月光が、窓から差し込む。そこに浮かび上がるのは、黒になり切
れない深い、深い緑の鎧を着込んだ騎士の姿。
その姿、少年が一歩、後ろに下がる。
怯えている、その事実に若い騎士は怒りに似た感情を感じる。
3
しかし、それをそっと背中を支えてくれる人がいる。
﹁大丈夫﹂
振り返る。
そこには、大切な人が微笑んでいる。
いや、彼女だけではない。
ここまで一緒にきた仲間達が、大丈夫だ、と頷いてくれる。
心は落ち着きを取り戻す。そうだ、自分は一人じゃない、仲間が
いる、と
﹁緑の騎士、お前の首貰い受ける!﹂
みんな!﹂
≪警告:ユニークモンスター﹃緑の騎士﹄が出現しました≫
﹁行くぞ!
おう!と答える仲間達の声を背に、若い騎士は剣を振りかぶった。
◆◇◆◇◆
︵ま、演出はこれくらいでいいですかねー︶
目の前の熱い展開に対し、緑の騎士は、かなーり冷め切っていた。
本日、バイト4時間目。何十回、彼らのようなプレイヤーを相手
したのか覚えていない。
ゲームマスター
﹃おーい、交代まであと何時間?﹄
パーティーチャットで、GMに呼びかける。
﹃さっき、あと2時間やて、伝えたやろ。ほら、頑張り∼﹄
4
帰ってきたのは、関西弁の女性の声。
魔法使い候補
︵ああ、いい声だ。多分、美人なんだろーな︶
オンライン
ナイツ
オブ
ザ
the
Ro
ラ
とか、夢想するのがこのバイトにおける自分の数少ない楽しみだ。
ウンド
現在、流行のVRMMO﹃Knights of
und Online﹄の世界の中にてボスキャラとしてログイン
中。
VRMMO。所謂、ネットゲームというものだが、このVRMM
Oの登場はネットゲームの歴史を大きく変えた。
巨大なバーチャルリアリティー空間を作り上げ、自分自身がネッ
トゲームの中に入り込む。
そんな夢のような技術は当然、若者達、いや、大人にも大うけし
た。
剣と魔法の世界に行ってみたい。大軍をあやつって戦争したい、
巨大ロボットに乗ってみたいそういった若者向けのゲームからスタ
ートし、最近は、幻想的な風景を見たい。戦国の武将になってみた
い。ゴルフを存分に楽しみたい、など、大人のニーズも答えるよう
になり、今や一大市場と化している。
そのVRMMO技術を独占しているのが﹃オラクル社﹄。
﹃ネットを変える。世界を変える﹄
ザ
the
オンライン
Round Online﹄
ラウンド
そんなキャッチコピーでCMを流しているが、そのうち本当に世
オブ
界を変えかねない勢いだ。
ナイツ
﹃Knights of
オブ
ザ
the
Round
ラウンド
も数ある﹃オラクル社﹄のネットゲームの一つで、緑の騎士も本来
ナイツ
はこのゲームのプレイヤーの一人。
オンライン
その腕を買われ、﹃Knights of
Online﹄にて、ボスキャラとしてバイトしているという訳
5
だ。
少し前までは、ボスキャラもプログラミングされた動きを繰り返
廃人の皆様
すだけだったのだが、そのプログラミングされただけの動きでは、
一部のプレイヤーには、物足りなかったらしい。
伸也は、こうして台本通りの
しんや
それで、今回テスト的に、ボスキャラも人間が操ってみよう、と
いうことになったのだ。
くだらの
と、いう訳で、緑の騎士こと朽野
台詞を吐きながら、やってくるプレイヤーをぶちのめしている訳だ
が⋮⋮
目先の敵に目を向ける。
一人は、白銀の鎧と大きな盾、聖剣を構えた男、なんかさっきの
やり取りから中二病を患っていそうな気配がある。
その後ろで騎士を支えているのは、杖を持った赤い髪のロリっ子。
恐らく現実でも女性なのだろう。その仕草もとても女性っぽい。騎
士君とはデキているようだ。爆発しろ。
後、残るは二人、マスケット銃に軽装の鎧を着込んだ男。そして、
ドルイド
イェーガー
ルーンマスター
ロープを着込んだイケメン。この二人もそれなりに強そうだ。
ナイト
プリースト
︵えーっと、今回は、騎士、森呪師、猟兵、呪石師って、かなり攻
撃的な編成だなぁ︶
ドルイド
通常なら、そこに回復役の従軍僧侶の編成が主流だ。
薬品の取り扱いに慣れている森呪師が回復役になれないこともな
いが、安定はしにくい。
アサシン
スナイパー
ただ、編成的に、攻撃力にはすぐれた構成だ。
少人数だし、もしかしたら伏兵に暗殺者か、狙撃手が潜んでいる
かもしれない。
︵まぁ、試してみるかー︶
6
あれこれ悩んでも仕方がない、と考えるのを辞める。
それは、彼らぐらいなら簡単に捌くことが出来る、という自信が
みんな!﹂
あるからに他ならない。
﹁行くぞ!
白銀の騎士の声を合図に戦闘が始まる。
元気だなー、とか場違いなことを考えつつ、緑の騎士は白銀の騎
士の放つ一撃を、正面から受け止めた。
7
プロローグ:世界、変えすぎだろ。運営 2
﹁うおおおおおおおおおおおおお!!﹂
掛け声と共に、白銀の騎士の剣が、振り下ろされる。
﹃⋮⋮⋮⋮ハッ﹄
その一撃を、緑の騎士は手に持った大剣ではじく
ドルイド
﹁オーダー! ﹃呪歌:炎精霊の舞﹄﹂
おーいぇー! と森呪師が歌う。すると、緑の騎士の周囲が赤く
染まる。
ドルイド
森呪師のスキルは、基本的に二種類ある。
一つは使うアイテムの強化スキル。もう一つは、味方を支援する
補助スキルだ。炎精霊の舞は、味方の使う炎のスキルを強化すると
いった効果がある。
ルーンマスター
﹁お、オーダー! ﹃フレイム・スリサズ﹄﹂
呪石師が空中に文字を描き、それと同時に、緑の騎士の体に、炎
でできた茨が巻きつく。
イェーガー
﹃フレイム・スリサズ﹄。高い攻撃力を持たないが、連続してダ
メージを与える優良スキルだ。
ドルイド
ドルイド
それが効いたのを確認してから、森呪師、猟兵が前へ出る。
﹁いっくよ! こー君﹂
﹁おう!﹂
イェーガー
そのタイミングに合わせて、森呪師が漫画にあるような真ん丸な
爆弾を、そして、猟兵がマスケット銃を構える。
﹁オーダー﹃クラック・ショット﹄﹂
マスケット銃から、大きな音が響く。一時的に体が硬直する。
それは、朽野が驚いた、という訳ではない。一応、銃弾を浴びた
8
がダメージが大きかった、そういう訳でもない。
スキルの影響だ。一時的に、相手の動きを止めるスキル﹃クラッ
ドルイド
ク・ショット﹄。それが決まったのを確認して、騎士が、切りかか
り、森呪師が爆弾を投げつける。
同時に爆発が起きる。視界が真っ赤に染まる。
ガリガリと、HPが削られるのがわかる。
︵なるほど、炎属性の強化スキル。そして、クラックショットで動
きを止め、避けられやすいが高火力の爆弾を投げつける。いい連携
だ︶
緑の騎士が火に弱い土属性というのも調べた上での連携だろう。
だが、悲しいかな、まだ、レベルが足りていない。
﹃どうした! その程度か!﹄
ここに来た時の状態を見れば明らかだ。あそこまでボロボロにな
っているということは、まだ、自分を倒せるレベルではない、とい
うことだ。
︵まぁ、ここはさっさとやらせてもらおうか︶
一歩踏み出す。
そこからは早かった。甲冑を着込んでいるとは思えない速さで、
緑の騎士が駆ける。
﹁くっ! オーダー﹃アイギス﹄﹂
白銀の騎士が盾を構えると同時に、スキルを使う。
どんな攻撃だろうが、一回は弾く高位スキル。だが⋮⋮
﹁あ、ちょ!スルーするな!﹂
横切ってしまえば、意味はない。
ドルイド
﹃まずは一人!﹄
狙うは、森呪師。
9
回復役を潰さんと、剣を振るう。しかし、目の前に、盾の紋章が
現れ、攻撃が弾かれる。
≪警告:敵、パッシブスキル:﹃ガーディアン﹄発動を確認≫
﹁へっへっへ!﹂
笑うのは白銀の騎士だ。ドヤ顔で、こっちを見ている。
うん、殴りたい、その笑顔。
ガーディアン。使用しなくても、味方が攻撃を食らえば、ランダ
ムで発動しダメージを肩代わりするというスキルだ。
先にアイギスをかけたお陰だろう。通常なら、かなりダメージを
食らうはずが全くHPが減っていない。
だが、結果は同じだ。
ドルイド
再び、剣を振り上げ、そして⋮⋮
森呪師のその後ろに、一瞬輝く何かが目に入る。そして、次の瞬
間、視界がブラックアウトする。
≪警告:ステータス異常﹃盲目﹄になりました≫
スナイパー
≪警告:近くに、敵が潜伏している様子です≫
アサシン
スナイパー
︵あー、くそ! やっぱ、狙撃手が潜んでいたか!︶
スナイパー
潜伏は、暗殺者と狙撃手の専売特許。で、視界に一瞬映った光は
アサシン
飛来する矢だ。
暗殺者も弓を使えるが、普通に考えて、今の攻撃は、狙撃手の一
撃だ。
避ける暇なかった。つまりは高レベルのプレイヤーということに
なる。
しかも、弓の効果に盲目までつけて、厭らしいことこの上ない。
10
当然、一斉攻撃だ。四方から、攻撃を食らう。痛覚は共有してい
ないが、それでもダメージを食らう感覚はある。
だが、慌てない。目をつぶって心を落ち着かせる。
慌てて剣を振り回しても、相手の思うつぼだ。気配を探る。不思
議なことにゲームの世界でも現実と同じように気配を感じ取れる。
呼吸を整え、周囲に気を配る。爆発音とか、銃の発射音が次第に
音が遠くなっていく。
遠く、遠く、まるで世界から切り離されたような感覚。
静寂の中、ぼんやりと浮かび上がる5人の気配。その中に⋮⋮
﹁でりゃ! おりゃ! 喰らえ、オーダー﹃グ、ラ、ン、ドォォォ
ォォォォックロスーーーーーー!!﹄﹂
馬鹿
⋮⋮ご丁寧に声出して攻撃する白銀の騎士がいた。
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
とりあえず、声のするほうに向かって、剣をフルスウィング。
﹁あごぉ!﹂
変な声を出して、吹き飛ぶ白銀の騎士。
とりあえず、気配を探って、再び彼の前へ。
技も使わず、剣を叩きつけまくる。
﹁あ、ちょ、その攻撃卑怯だ。運営手加減しろ!﹂
︵黙れ、リア充め。爆発しろ︶
私怨も交じっているような気もするが、ここは気にしない。
﹁あいつ馬鹿だよなー。わざわざ声出して攻撃するなんて﹂
﹁あ∼でも、あのボス、ちょーつえぇ、見ろよHPのゲージ全然へ
ってねぇ。これ、諦めたほうがいいんじゃね?﹂
﹁そ、そうだね。壁役、もう潰れそうだし。そ、そうなったら確実
にアウトだよ﹂
11
﹁あ、盲目取れた。アウトだな。これ﹂
視界がはっきり晴れる。周囲を確認するが、すでに彼らは諦めモ
ード。
騎士はまだ、頑張るつもりだが、腰が引けていて、つでにHPも
かなりピンチ。
ドルイド
﹁あー君、がんばれー。ビビるなー﹂
そんな中、森呪師が一生懸命、回復薬を騎士に向かって投げてい
る。
﹁あ、ちょ、みっちゃん、ゲームでビビってたことクラスのみんな
にはっ!﹂
﹁うーん、後でキスしてくれたら、考えてもいいかな? きゃっ﹂
ブチブチブチッ!!
ぶりっ子なポーズを見た瞬間、なんか脳内の血管が数本切れたよ
うな音がする。
︵⋮⋮オーダー﹃バニッシュメント﹄︶
≪オーダー﹃バニッシュメント﹄確認。発動まで10秒、9、8、
7⋮⋮≫
ゲームマスター
﹃おーい、それ、追い詰められた時の必殺技やで∼、大人気ないぞ
ー﹄
パーティーチャットからGMの呆れた声が聞こえる。
が、無視。そう、これは嫉妬ではない。
これは、教育だ。公共の場でイチャつくカップルに対する正義の
鉄槌!!
﹃人が仕事をしている時に⋮⋮﹄
12
皺がれた声のエフェクトのまま、剣を振り上げ、そして⋮⋮
﹃いちゃつくなーーーーーーーー!!﹄
カウントゼロと同時に吹き荒れる緑の閃光が、世界を埋め尽くし
た。
13
プロローグ:世界、変えすぎだろ。運営 3
﹃ほんま、なんで、あんた、シナリオ無視するん? お客さんいな
いと、うちら、おまんま食い上げなんやで?﹄
戦闘の後待っていたのはお説教タイム。
ゲームマスター
﹃⋮⋮かっとなってやってしまいました。今は反省しております﹄
聞こえてくるのは、GMの怒ったような、困ったような声。現在、
チャット経由でお説教中だ。
今はまだ、ゲーム内、なので、朽野はまだ甲冑姿のまま、そんな
状態で正座をしている。
出来るだけ、ボスっぽさを意識した豪華な格好なので、その姿は
かなり滑稽だ。
﹃気持ちは解らんでもないけどないけど、うちも彼氏いへんから、
ああもイチャイチャされると、腹たつわな﹄
﹃し、嫉妬した訳ではないですよ! そこだけは否定させてっ!﹄
﹃ええから、ええから、そういうことにしとき∼﹄
あはは∼、と柔らかく笑う。関西弁というと荒っぽいイメージが
あるが、彼女の言葉はとても柔らかい。
ゲームマスター
このGM、実をいうとかなり人気が高い。
性格がよく、トラブルの際は親身になって対応してくれる。声が
可愛らしく、プレイヤーの男共がかなり熱を上げているとか
元々、ゲーム内の治安維持の為の巡回をメインとしていたが最近
は、イベントにも駆り出されるようになっている。今回のイベント
においても、入口の館の入口にて案内役をやっているのだ。
ゲームマスター
﹃まぁ、朽野君は、ほんまモテなさそうだからね∼﹄
うぐ、ぐさっと来る一言。と、いうか、GM、俺のこと知ってい
14
る?
彼女と話したのは、今日が初めて、しかも、顔合わせもせず、チ
ャットのみだ。
最初話した時、﹃おー! 久しぶり!﹄とか言っていたので、誰
かと勘違いしていたかと思ったが、名前まで当てられた以上、あち
らの勘違いではなさそうだ。
朽野はモテない。自慢になる程モテない。そして、人生の目標を
リア充。
なので、数少ない女性との接点は、大事にしている。チャンスが
あったら食らいつく為だ。
こと女性に関しては、朽野は、かなりの記憶力を誇る。その自分
が覚えていない? 脳内の記憶を穿り返す。
﹃か、彼女、欲しいなら。ちょこっとくらいなら検討してあげても
ええんやで?﹄
﹃え? なんかいいました?﹄
声が小さすぎて聞こえなかったので聞き返す。難聴ではないはず
だ。
ゲームマスター
﹃な、ななななななな、なんでもない﹄
いやー、暑いな∼、とかGMは言っている。
やはり、記憶を探っているがやはり彼女のことは知らない。
聞きづらい、しかし、聞かないと折角の機会を無駄にしてしまう。
﹃あの∼、何で俺のこと知っているんですか?﹄
﹃バイト中だから、知らないフリしてるかと思ってたけど、もしか
して、ほんま、うちのこと忘れてしまったん?﹄
チャットの向こうから、拗ねたような声がする。
冷や汗が垂れる。何しろモテないのだ。このような展開、朽野の
人生には存在してこなかった。
15
しかし、何故か不快ではない。二人の間に、沈黙が訪れる。聞こ
えるのは互いの息遣い。
姿が見えなくとも、互いに意識しているのが解る。
先に口を開いたのは、彼女のほうだった。
﹃その、な。こっち大阪やけど、来週、東京行くから、だから、そ
の時に︱︱︱﹄
その言葉が、突然途切れる。
﹁あ? 故障か?﹂
﹁やー、そういう訳では無いんだけどね?﹂
別の声が生まれる。
ボイスチェンジャーを通したような、ノイズ混じりの声。
振り向くと、そこには、人の形をした﹃何か﹄が立っていた。
16
プロローグ:世界、変えすぎだろ。運営 3︵後書き︶
短くてすみませんっ!
本日中にもう一話投稿します。
17
プロローグ:世界、変えすぎだろ。運営 4
それは、白い靄が人の形を作ったかのような存在だ。
こんなアバターは見たことない。少なくとも一般プレイヤーでは
こんなのは作れない。
﹁すまないね。君と話をしたかったから、チャットは中断させて貰
ったよ﹂
朽野がフリーズする。一秒、二秒と経過。
白い影が﹁おーい?﹂と朽野を呼んでいる。
古い夜の洋館、そこに浮かび上がる白い影、連想するのは一つだ。
所謂、幽霊だ。
普段の朽野だったらビビるだろうが、女の子との会話を邪魔され
た朽野にはそんなこと関係ない。
﹁何すんだよっ! 折角の美少女︵推定︶との会話を邪魔するんな
んて、あんた何様つもりだよ? 何の権限があってこんなこと﹂
朽野の脳内で﹁フラグが立った!﹂とアルプスな少女が喜んでい
たのにこの仕打ち。
オブ
誰であろうと、ゆるさん。血の涙を流す勢いで、白い影に詰め寄
り、そして⋮⋮
ナイツ
﹁僕? 僕は運営だけど? 邪魔したのは運営の権限で﹂
﹁どうもすみませんでしたっ!﹂
土下座をする勢いで頭を下げる。
オンライン
Round Online﹄の運営だ。
ラウンド
朽野からすると雇い主。しかも、天下の﹃Knights of
ザ
the
世界規模で支持されているVVRMMOの運営は、まさにエリー
ト集団。
18
朽野
そこまで、頭を下げる必要はないのだが権力に弱い小市民は条件
反射で頭を下げてしまう。
﹁いいよ。君と僕との仲だし、ね﹂
クスクス、と笑う運営。
その笑いは、気に障る。ノイズ混じりの声だからではない。
気分が悪い。何故か彼の言葉は、朽野の心をざわつかせる。
﹁えーっと、あなた、誰です?﹂
こんなアバターだとわからないが、少なくとも自分の悪友にこん
な喋り方をする奴はいないはずだ。
今日は変な日だ。自分が知らず、しかし相手が自分のことを知っ
ている、という経験を二回連続で起きるなど自分の人生の中では滅
多にない。
﹁それは難しい質問だね。ただ、そうだね、君とは兄弟のようなも
のだよ﹂
﹁俺は一人っ子のはずですが?﹂
もしかしたら、親父がハッスルして、知らない処に兄弟の製造ラ
インを作り上げているかもしれないが、可能性はゼロに近い。あの
禿頭では無理だろう。
﹁だから、似たようなものだって、ただ、﹃ある段階まで﹄に限ら
れるけど、君のことなら何でも知っているよ。
中2病患って、教室で﹃やめろ!みんなを巻き込むな!﹄とか、
叫んじゃったり、
好きな子のリコーダーをペロペロ舐め回し、あまつさえ⋮⋮﹂
﹁やめろっ! やめてくれぇぇぇぇぇぇ﹂
ジタバタと身体を捻って悶える。が、甲冑なのでカクカクした動
きになってしまう。
19
﹁そう、君が夢を諦めた、その原因も知っているよ﹂
その言葉に、一気に血の気が引く。
クックック、と白い影が笑う。白い影には目がない。だが、その
視線は間違いなく朽野の右足を見ている。
﹁⋮⋮何で、そんなこと﹂
﹁口にするのかって? ごめんごめん、君のことを知っている、そ
のことを知ってもらう為さ。辛かったよね。あの絶望感は他人には
わからない。けど、僕には、解る。十分、過ぎるほど、解っている
よ﹂
うんうん、と頷く運営。それが切っ掛けで、頭の中で何かがブチ
切れる。
﹁てめぇ、何様のつもりだ。古傷をえぐるような真似しやがって、
さっさと帰りやがれ!﹂
頭に血が登る。相手がエリートだろうが何だろうが知ったことで
はない。
﹃運営﹄を見ていてイラつく理由が理解できた。
傲慢な自分、かつての自分を見ているような気分、そう、それは
自分の醜さを見せられているかのような不快感だ。
﹁ああ、もう少しだけ僕の話を聞いてよ。君の前に姿を現したのは、
イベントの通知の為だよ。ほら、始まるよ﹂
瞬間、世界にノイズが走る。
ざ、ざざざ、と羽虫が飛び交うような音、そして、次の瞬間、世
界が真っ赤に染まる。
20
オンライン
ナイツ
≪運営:プレイヤーの皆様へお知らせです。
ラウンド
オブ
本日、17:00をもちまして、Knights of
ザ
the
Round Onlineを含むオラクル社のすべてのコンテンツ
は、現実世界との融合の為、終了させていただきます≫
﹁な、なんだよ。これ﹂
コンテンツの終了?そんな話は一切聞いていない。それに現実世
界と融合?その言葉の意味が理解出来ない。
だが、嫌な予感ばかりが募っていく。
ドン、という音と共に地面が揺れる。そして、その揺れは止まる
ことなく次第に大きくなる。
飾ってあったツボが落ちて割れる。天井の破片が肩に当たり、H
Pのゲージをわずかに削る。
更に、強い揺れ、バランスを崩し、窓に手をかける。
そこで見えた外の世界は、激変していた。夜空は﹃WARNIN
G﹄の文字で埋め尽くされ、建物の外では、プレイヤーが逃げ惑い、
割れた地面に飲み込まれ消えていく。
横に発つ白い影が笑う。直感的に目の前の影が仕掛けたことだと
いうのを理解する。
﹁てめぇ! 何の悪ふざけだ﹂
白い影に掴みかかる。が、それに触れることはできず、そのまま
通り抜ける。
﹁悪ふざけ? いや、本気だよ。これは、君と僕の為のアップデー
ト、喜んでよ。君は再び﹃最強﹄を目指すことが出来る﹂
21
リアル
≪運営:新しいルールに関しては、後日通知させていただきます。
これからも、新しい現実をお楽しみください≫
リアル
﹁では、再び現実で会おう﹂
﹁待て!!﹂
手を伸ばそうとし、同時に地面が崩れる。
足場を失った朽野は、そのまま、落ちていく。
それは、暗い、暗い穴。どこまでも、どこまでも落ちていき、そ
して⋮⋮
◆◇◆◇◆
﹁おい、朽野! 朽野! 起きろ!﹂
ログアウト
≪強制退出≫
意識を取り戻した朽野の目の前に赤い文字が映っている。
次に感じるのは、空調の無機質な匂いだ。
オンラインにはない鮮明な感覚に、朽野はほっとする。
﹁おい! 大丈夫か? 大丈夫だったらさっさと起きろ!﹂
声でわかる。バイト先の上司の声だ。大友さん、30歳、廃人ゲ
22
ームプレイヤー。
アサシン
このゲームもやりこんでいて、職業は暗殺者。女性キャラで、ビ
キニ装備を好んで使っている。
現実では、太った身体に、無精髭。長い髪を後ろに結んでいる典
型的な廃人の姿だ。
︵夢、だったのか?︶
そうとしか思えない。
﹁すみません、あの自分、寝てました?﹂
ログインしている間は、身体は寝ていて、脳は起きている状態だ。
しかし、たまに本当に寝てしまうプレイヤーもいる。ゲームの最
廃人
中寝ることなど仕事でやっているか、睡眠時間を極限に削ったプレ
イヤーくらいだろうが⋮⋮
﹁んなことはどうでもいい! さっさと筐体を外せ!﹂
﹁あ、はい﹂
ログアウト
筐体。それはVRMMOにアクセスする為のヘッドギアだ。
目を覆う形になっているので、強制退出の文字しか見えていない。
かなり、長時間ログインしていたので、肩が凝る。
ゆっくりと手を動かすと、金属同士が擦れる音がする。
﹁え?﹂
確か、バイトに来た時の恰好は、TシャツにGパンというラフな
格好で来たはずだ。
何故か、服が重く、そして硬い。まるで全身を覆われているよう
な感触、甲殻生物になったかのような感じだ。
ヘッドギアを外す。容赦ない光が視界を焼く。
﹁⋮⋮眩しい﹂
﹁大丈夫か?﹂
23
﹁ええ、大丈夫⋮⋮で、す?﹂
そこにいる人物を見て、朽野はフリーズする。
ビール腹
そこに、大友さんがいた⋮⋮30歳のおっさんがビキニ姿で
後ろに結んだ艶やかな黒髪、透き通るような白い肌。出るどころ
は出ているその肢体。
﹁Oh⋮⋮﹂
まともに視線を合わすことが出来ない。
﹁お、おい! 目をそらすな。俺も好きでこんな恰好してんじゃね
えよ! とにかく、そこの鏡を見ろ!﹂
起される。そこは、いつものバイト先であるオラクル社の厚木支
社だ。
よくあるオフィスの光景。違うのは、椅子が倒れるリクライニン
グであること、そして、何やらファンタジーな格好をしている人が
沢山いるということ。
﹁おい! これ、どういうことだよ!﹂
そう、言っているのは、頭にターバンを巻き、腰に曲刀を指した
中東風の、しかし見た目は東洋人の男。手に持った綱の先には一頭
のラクダ。かなり邪魔くさい。
﹁お、俺に聞くなよ! さっきまで、イベントの手伝いしてて、で、
突然、現実世界と統合するって⋮⋮﹂
もう一人は、迷彩服を着込み、銃を携えた若い女性。俺っ娘だ。
いいですね。俺っ娘、デレたら可愛いだろうな。
﹁どういうことでおじゃる? どういうことでおじゃる? 麻呂に
は一体何が起きているのかわからんでおじゃる﹂
麻呂語を喋る、公家っぽい恰好をした男⋮⋮ってこいつ元からこ
んな感じだったか
そんな感じで、十人程、様々な格好をしているが、共通すること
24
は一つ
すべてオラクル社のゲームのデザインということだ。
ターバンの男は、大交易時代online
銃を持った女は、ソルジャーズ・ソウルonline
麻呂は元からだが、大友さんは、自分と同じナイツオブラウンド
onlineだ。
全員、見覚えがある。ここにいる全員が、オラクル社でバイトし
ている面々だ。
︵と、いうことは俺も?︶
ガシャ、ガシャと音を立てて、鏡の前に立つ。
そこに映るのは、見慣れた冴えない自分の顔と、それに見合わな
い立派な緑色に輝く甲冑だ。
﹁おいおいおいおいおい、ちょっとまて﹂
夢だと思っていた。あの体験。まさか、本当に?
運営のアナウンスは、何といっていた?そう、﹃コンテンツ﹄の
終了と、そして﹃現実世界との融合﹄だ。
﹁あ、おい! 朽野! どこにいく!﹂
﹁すみません、外、見てきます!﹂
そのまま、バイト先を飛び出す。エレベーターを使おうとするが
何故か、電源が落ちている。
﹁くそっ﹂
甲冑姿だとは思えない身軽さで、階段を駆け下り、そして、外に
飛び出す。
そこに広がっていたのは⋮⋮
25
﹁⋮⋮世界変えすぎだろ。運営﹂
SFチックな巨大ロボットが飛び交い、剣と魔法の世界の冒険者
が逃げ惑う。
そんな、様々なオンラインゲームが混じりあった混沌とした現実
世界だった。
26
プロローグ:世界、変えすぎだろ。運営 4︵後書き︶
プロローグ、これにて終了ですっ!
27
いきなり、負けそうなんですけど?︵前書き︶
現在、1000ユニーク、2800PV
本当皆様ありがとうございます。
28
いきなり、負けそうなんですけど?
ギ
カタストロフィ
アラ
VRMMOと現実との融合を果たした﹃大災害﹄、或いは﹃大革
命﹄と呼ばれた事件から三年がたった。
三年という月日は、日本は大きく変貌させた。
日本という国は消滅し、県ごとに独立、結果としていくつもの国
が乱立することになる。
とはいえ、日本という文明は滅びても文化は残る。
それは、言語であり、習慣であり、価値観であり、そして、男女
の出会い方もそうである。
そこに広がっているあまりの状況に朽野とタクは息をのんだ。
ここは、前線で傷ついたものが運ばれる後方。野戦病院なんて上
等なものはない。
単なる石造りの厠。そこに3人の男達が、息を潜めている。
ルーキー
全員、満身創痍。無理もない、戦闘が始まってから二時間、ここ
にいるのは実戦経験の少ない初心者達なのだ。
皆、顔色が優れない。顏が青い奴、隅っこで倒れ痙攣している奴、
更には嘔吐を繰り返している奴もいる。
みんな、ダメージを追っている訳ではない。かかっているのは﹃
ステータス異常﹄。しかし、その効果は見ての通り、パーティーを
壊滅させるには十分の代物だ。
プリースト
﹁従軍僧侶、状況は?﹂
朽野は、なるべく感情を押し殺して、この場を仕切る青年に話し
かける。
﹁駄目です。薬を飲ましていますが効果は薄く。もう⋮⋮﹂
29
﹁そうか﹂
感情の無い声で、しかし、拳を強く握りしめ、朽野はいう。
ルーキー
完全に自分の失敗だ。敵の戦力を見誤っていたのだ。
仲間が一人、また一人と減る中、初心者達の成長は急務であった。
だから、多少無茶であろうと前線に出す必要があった。
そこで判断を誤った。まだ、実戦に出すには早すぎたのだ。
自分の力を過信していたのもあるかもしれない。
アサシン
いざとなったら自分が、何とかすればいい、と思っていたのだ。
その結果がこの様だ。
﹃リーダー﹄
﹁どうした?﹂
チャットを通して、前線を支えている暗殺者が報告を上げてくる。
﹃こっちも、ちと、状況が芳しくない。獲物の一匹でも仕留められ
ば、と思うがやっこさん、かなり場馴れしてやがる。こっちも、も
う⋮⋮うっぷ﹄
毒が回っている。それがチャット越しでもわかる。
﹁⋮⋮君の眼から見て、この状況はどう見る? 経験が豊富な君に
聞きたい﹂
そう、朽野に話しかけてくるのは、朽野と共に前線を支えていた
タクだ。
その言葉に苦笑する。経験が豊富、それは、つまりこういった負
けそうな状況を何度も味わってきたということだ。
ルーキー
﹁どうしようもない。ここで踏ん張っても、被害が大きくなるだけ
だ。被害を最小限にする為、初心者達はここで待機。俺とタクは前
線に戻って、タイムアウトまで持ちこたえる。これしかない﹂
そう、タイムアウト。残り30分で、すべてが終わる。それまで
30
に持ちこたえることが出来れば、この地獄から抜け出せる。
﹁⋮⋮堅実な案だね。だが、それしかなさそうだ﹂
タクがくい、と眼鏡を上げる。その姿がとても似合っている。
﹁なに、リーダーは僕だ。何かあったら尻拭いは僕がする﹂
そう、タクは笑う。同じように毒に侵されているのに、それでも
そのことをおくびに出さない。
ヴァイキング
彼を見ていると勝てないな、と思う。無表情を装うことしかでき
ない自分とは大違いだ。
﹁ま、てよ。タク、朽野﹂
隅っこで、丸くなっていた狂戦士の男が、起き上がる。
﹁俺達だって、まだ、戦える、ぜ﹂
すでに焦点があっていない。それでも、必死に自分達に訴えてく
る。
﹁駄目だ。この状況では、君達を連れて行く訳にはいかない﹂
﹁まって、待ってくれよ! 折角のチャンスなんだ。逃げるのは簡
単だ。だけど、だけどよぉ! こんなチャンス滅多に無いんだ。俺
ルーキー
を、俺達を男にしてくれよ!﹂
初心者達がこっちを見ている。何も、語らない。だが、その瞳は、
真っ直ぐこちらを見ている。
その力をこの後の戦いの為にとっているのだ。
﹁⋮⋮みんな﹂
タクを見ると、こちらを見て頷いてくれる。
プリースト
なら、すべきは一つだ。
﹁従軍僧侶。全員に薬を﹂
﹁あ、はいっ!﹂
最後の薬が全員に行きわたる。これから先、回復することは出来
31
ないのだ。
つまり、これは覚悟の現れ。
ここから先、一歩も引かぬという意思の表れ、せめて一体でも獲
物を仕留めんと、全員の意志が一つとなる。
﹁行くぞ! みんな!﹂
おう!と薬をのみ、そして、外へ出る。
自分達の戦場である﹃合コン会場﹄へと
﹁いらっしゃいやせー!﹂
元気な居酒屋の掛け声が、やたらと耳に響いた。
◆◇◆◇◆
結果は、惨敗だった。
ヴァイキング
久しぶりの合コンはやはり、負け試合だった。
何しろ、相手は美人だったが、狂戦士のお姉様方。
どうも、MMOのクラスは体質にも影響するようだ。
男共は良い処を見せようと、一気を繰り返し、結果、酔いつぶれ
て全滅という情けない結果となった。
ヴァイキング
ああ、いや、狂戦士の史郎君は、ちゃんと成果を出した。
なんでも、あの必死さが可愛かった、とか。今頃、立派な男にさ
れているのだろう。
32
羨ましい。俺が必死になるとみんな、キモいとかいってドン引き
する癖に。
﹁惜しい仲間を無くしたな﹂
横に歩くタクが呟く。
﹁あ∼、もう、彼来ないだろうな﹂
最近、合コンを開こうにも、彼女いない組がどんどん減って、人
員の補給が間に合わない状況だ。
﹁それにしても、この薬効かなかったな。本当に効果あるのかよ?﹂
﹁ふむ、まぁ、正直、1ダース500円で買ったような代物だしな。
効果のほどは知らんよ﹂
1ダース500円と言ったら一個、41.66666⋮⋮円。つ
まり42円だ。
﹁って! お前、これ一個200円で売ってなかったか?﹂
﹁はっはっは、商売とはそういうものだよ﹂
そう、タクが笑う。
この男、かなりの美形だ。180の長身に切れ目の瞳、そして日
本人離れした彫りの深い顔立ち。
なのに、こいつがそれでもモテないのは、雰囲気が冷たいからだ
ろう。実際は、いい性格をしているのだが、そういうのは、付き合
ってみないとわからないものだ。
それに対し、朽野は平凡過ぎた。100人が朽野を見たら、平凡
だ。と言ってしまう程の無個性な表情。
優しそうとは言われるが、それは無害だ、ということでしかなく
居てもいなくても変わらない、と言われているようで少し凹む。
その普通から脱却しようと、髪を茶髪に染めてみたが、まるで似
合ってないらしい。どこまでも、平凡が似合う男のようだ。
33
カタストロフィ
生産スキル持ちの連中が作った大崩壊以前の服を着ているが、そ
の結果、余計平凡さが浮き出る結果となっている。
﹁くそっ! やっぱりクラスか? クラスが悪いのか!﹂
天に向かって、朽野が吠える。過去に雑誌でみたアンケートを思
い出す。
﹃女の子100人に聞きました。ナイツ・オブ・ザ・ラウンド系
ナイト
の男子。彼氏にするなら誰?﹄
ルーンマスター
一位:騎士 理由:私のこと守ってくれる。そんな気がするんで
す。
ムスケテール
二位:呪石師 理由:男は、魔法からの一撃必殺! やっぱこれ
でしょう?
・
・
・
・
・
最下位:銃士 理由:あー、うん、いいんじゃない? その、
帽子が⋮⋮
ムスケテール
ちなみに、朽野のクラスは、銃士。
ムスケテール
見事最下位にランクインしたクラスだ。
ムスケテール
銃士。イメージして欲しいのは三銃士。コメントにかかれた帽子
カタストロフィ
とは、銃士のシンボルともいえる羽根つき帽子だ。
大崩壊以前のアップデートで登場した新職だ。
レイピアと、銃を使いこなす職業で、遠・近双方こなし、しかも、
攻撃力・スキルの威力も高く、変わった補助スキルも使いこなす。
これだけ聞くとかなり強そうなのだが、運営がバランス取ろうと
34
して失敗したのだろう。プレイヤーの間では産廃、とまで言われて
いる。
何というか、装甲が紙で、しかも、スキルは強力だが、MPが少
ないという悪条件。
世界が変貌し、危険が増えた。結果として強い男がモテるように
ムスケテール
なるのは必然だ。
﹁銃士のっ! 何がいけなんだ。ゴラァ!!﹂
﹁弱いからだろ﹂
ええ、ええ!! 解ってますよ。合コンで、自分のクラスを言っ
た時の微妙な空気。
ムスケテール
カンスト⋮⋮まではいっていないがこれでも高レベルだ、とアピ
ムスケテール
ールしても、銃士というクラスがどうしても邪魔をする。
それほどにまで、銃士は人気が無い。
﹁こんちくしょーーーーー!!﹂
うるさい、と言わんが如く、タクが耳を塞いでいる。
﹁俺の話をきけーーーーーー!!﹂
なんか、それがすごくムカついて、酒の勢いで、彼に襲い掛かっ
た。
35
いきなり、負けそうなんですけど?︵後書き︶
ナイツ・オブ・ザ・ラウンドオンライン
﹃クラス﹄
ヴァイキング:剣・斧と軽装備を得意とするクラス。高い攻撃力と、
妨害スキルを持つ。軽装で速度重視か、重い斧を使った一撃必殺型
か分かれる。水中でも活動可能。釣りスキルあり︶
36
間章・ナイト・フライト
夜。空を駆ける翼がある。
三角形の形をした黒塗りの金属の塊。翼の先に赤い光を灯しなが
ら、暗闇を切り裂いていく。
それは、まるで戦闘機。アメリカのステルス爆撃機B−2にも似
カタストロフィ
ている。
大崩壊前には存在しない形式だが、その系統を受け継いでいるフ
ォルムだ。
しかし、コックピットの内部はかなり違う。
まず、操縦桿が無い。代わりに、操縦席の肘掛に装着された水晶
球に触れるだけで、操縦者の思うように操ることが出来るのだ。
その操縦席に座るのは若い女性。
長い金髪をポニーテールにしている青い瞳の女性。全体的に細く、
しかし出るところは出ている。
コックピット内で流れるのは、軽快な60年代のビックバンドJ
AZZ。
作曲家が、演奏席から見える女性のストッキングが輝いて見えた
ことから作られた曲だ。
JAZZの演奏と空を切り裂く音。それらを耳にしながら、リズ
ムを取る様は、どこか色っぽい。
目の前の宙に浮かんだブラウザを目を通し、そこで、ふう、とた
め息をつく。
モニターに映し出されるのはレーダーだ。自機を現す青い三角と、
前方には数十という赤い三角が記しだされている。
敵だ。相手の平均レベルは解らないが、ただ、量産型、それも偵
37
察用であるこの﹃ジルワーエイト﹄では勝ち目もない。
旋回する。ゆっくりとGがかかる。が、その最中、突然、アラー
トが響く。
﹁⋮⋮っ﹂
危険を察知し、加速。瞬間、雲を切り裂く赤い閃光が走る。
閃光が、翼の先端をわずかに焼く。
強い振動。擦っただけなのに、機体のHPが、ガリガリと削られ
るのがわかる。
雲の下から飛び出したのは、鋭角な人型機体だ。赤色の塗装に、
あちらこちらについた無駄な角といい自己主張の激しい機体だ。
機体名が表示される。﹃ゾルダート﹄
その表示が映し出されると同時に、肩に積んでいたミサイルポッ
トが火を引く。
それに合わせて、女は、﹃ジルワーエイト﹄を加速させる。
ミサイル
機動性能の高い機体だ。一本の矢となって、夜空を突っ切る。
しかし、猟犬達は振りきれない。
ステルス・フェアリー
真後ろから、次第に追い付いてくる死の影。コックピット内はア
ラートで真っ赤に染まる。
しかし、彼女は慌てない。
﹁オーダー。特殊機構作動﹃妖精の戯れ﹄、ああ、後、曲を変更7
番で﹂
ステルス・フェアリー
≪オーダー確認。特殊機構﹃妖精の戯れ﹄発動。発動終了まで、1
0秒、9、8⋮⋮≫
機体を僅かに上昇させる。
それだけで、ミサイルは、﹃ジルワーエイト﹄を見失い。通り過
38
ぎていく。
ステルス・フェアリー
この機体についている特殊機構﹃妖精の戯れ﹄は、透明化及び、
センサーに引っかからなくなるという機構だ。
制限時間付ではあるが一時的に完全なステルスを実現する。
そのかわり⋮⋮
≪7、6、5⋮⋮≫
荒れ狂うエンジン音に振動。周囲に騒音をまき散らす。
この機構は欠点だらけだ。やたら騒音をまき散らすので周囲には
位置がダダ漏れ、時間制限もある。だが⋮⋮
﹁これで十分っ!﹂
エンジンを全開する。機体が大きくバウンドする。
機体が悲鳴をあげ、エンジンの熱がコックピット内で充満する。
汗が頬を伝い、そのまま、胸元へ。気を抜けば機体がバラバラに
なりそうだ。
そんなことは関係ない、と響くピアノとサックスの音。スピード
感のある夜間飛行をイメージした曲が、彼女のテンションを更に上
げる。
﹃ジルワーエイト﹄は量産型の偵察機、対する﹃ゾルダート﹄は
戦闘型の特別機。直接ぶつかりあえば、勝ち目はない。
しかし、逃げるとなれば、話は別だ。
加速性能はこちらのほうが上、ミサイルの射程を考えて﹃ゾルダ
ート﹄が攻撃出来るのはあと一回。
次の攻撃を避け、相手の射程から逃げ切ればこちらの勝ちだ。
ステルス・フェアリー
≪2、1、0。妖精の戯れ停止しました≫
39
アナウンスと同時に、姿を現す﹃ジルワーエイト﹄
﹃ゾルダート﹄がミサイルを放つ。
ワンオクロック・クィーン
ワンオクロック・クィーン
迫りくるミサイル。再び鳴り響くアラーム。
そして⋮⋮
﹁オーダー﹃刹那の女王﹄発動﹂
≪オーダー確認。ユニークスキル﹃刹那の女王﹄発動します≫
どのゲームにも存在しないスキルが発動する。
発動と同時に、同時にブレーキ。
ドン、と急激なブレーキによる衝撃が、身体に走る。
汗が飛び散る。小さな球体を作り、ゆっくりと前方に跳んでいく。
音楽、エンジンの音が引き伸ばされていき、理解できない音とな
る。
そう、すべてがスローモーションになっているのだ。
1秒が、10秒に、100秒に
一瞬が、永遠となり、その中で、彼女の思考だけが、すべてを把
握する。
システムからバックカメラを起動。
ゆっくりと飛んでくる何十というミサイル。僅かな隙間に﹃ジル
ワーエイト﹄を滑り込ます。
真横をスローモーションで通過していくミサイルの群れ。
武装解放。ガドリング。
操縦桿
前方に広がるミサイルの壁。その一つ一つに標準をつけて⋮⋮
︵ファイヤー!!︶
心の中で呟き、とん、と水晶球をタップする。
次の瞬間、前方に広がる炎の花。
40
その中心を全力で突っ切る。
彼女は、小さく笑みを浮かべる。
小さなガッツポーズを取るが、同時にガン!と何かがぶつかる音
がする。
そして、再びアラートが響き渡る。気のせいか、高度が落ちてい
るような気もする。
≪警告:HP:0となりました。シールド消失を確認。それに伴い
全スキルの使用が不可能になりました。落下時の衝撃に備え、予備
シールド作動開始しました≫ カメラを稼働。機体の胴体に大きな鉄板が突き刺さっている。
それは、ミサイルの破片のようだ。それも、かなり、大きなパー
ツだ。
どうやら運悪く、四散する際、機体のシールドにぶつかったよう
だ。
今度は気のせいではなく、ガクン、と機体が大きく下降を開始す
る。
その先にあるのは、光り輝く町の輝きだ。
円卓の国・神奈川領﹃町田﹄
国境を越えた。
バックカメラを見ると、悔しそうにしている﹃ゾルダート﹄の姿。
その姿を確認し、鼻で笑う。
最早、機体は制御出来ない。
せめて、町に被害がないこと、そして自分が生き残れるよう信じ
てもいない神に祈る。
そして、強い衝撃と共に、彼女の意識は闇に飲まれた。
41
42
間章・ナイト・フライト︵後書き︶
機体名﹃ジルワーエイト﹄の評価
タイプ:量産型
格闘:C
射撃:C
装甲:D
耐久:C
機動:A
燃料:A−
特殊機能:透明化
現場の声﹁致命的な欠陥がある﹂
ロボット名は某所でいただきました。
ステータスは、なったったー系を使わせていただきました。
もしよろしければ、ロボットの名前を分けていただけると嬉しいで
す。
次回、﹃女の子が降ってくるように、なんて願うから﹄です。
43
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮︵前書き︶
※夜中だというのを忘れているかのような描写が多かったので修正
します。
44
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮
ナイツ
オブ
ザ
the
ラウンド
ザ
ラウンド
Round
フ
Round Online﹄
オンライン
the
世界が変わり、地域ごとに特色が出るようになった。
オンライン
例えば、神奈川は﹃Knights of
オブ
Online﹄の影響を色濃く受けており、
ナイツ
﹃Knights of
パンツァー
系のアイテムやモンスター、そして、施設が誕生した。
では、ここ町田はどうか?
ェアトラーク
町田は、現在、神奈川領ではあるが、元々は﹃PANZER V
パンツァー
フェアトラーク
ERTRAG﹄の影響を受けた東京の領土だ。
﹃PANZER VERTRAG﹄は元々、ロボットモノのオン
ラインゲームだ。
パンツァー
フェアトラーク
機械系パーツがよく取ることが出来る為、円卓の国﹃神奈川﹄に
住む、﹃PANZER VERTRAG﹄系プレイヤーにとって重
要な土地だ。
その町田領だが、その中で一番重要とされているのが﹃町田駅﹄
だ。
国境という壁があるが、安全な町田街道を通じ機甲の国﹃東京﹄
へ出ることが出来、また、厚木方面にいくのも相模大野に向かえば、
すぐ神奈川だ。
この﹃町田駅﹄近辺は一つの街として機能しているが、その構造
はかなり特殊なものだ。
町田駅は基本、立体構造になっている。
かつては、駅を出ると下には道路が走っており、二階部分からデ
パートに向かうことが出来た。
今では、下は、イカれたロボットが跋扈するダンジョンになって
45
おり、二階部分は、一つの街となっている。
今や、この町は交易目的の商人と生産職、そして、地下のダンジ
ョンに潜る者達であふれかえっている。
そんな街を、朽野はフラフラと歩いている。
水晶で出来た木と、灯されたランタンが町を優しく照らしている。
夜になっても、街は活気にあふれている。露店で行商をする者。
春を売る者、買う者。
それは、いつもと変わらぬ混沌とした街並みだ。
その中で、一際、目立つ連中が目に入る。
剣や杖、或いは小型の二足歩行のロボットに乗る者達。それはダ
カタストロフィ
ンジョンに潜ってひと稼ぎしようとする冒険者達だ。
リスポーン
冒険者。﹃大災害﹄以降、この職に就くものが増えている。
町の外はモンスターだらけだ。倒しても勝手に復活するが、町か
ら町への移動を安全にするには定期的に狩るしかない。
また、そのモンスター達は様々なアイテムを落とす。
これらは、冒険者達の武器になり、防具になり、そして、日常品
へと変化する。
ここの一階部分にあるダンジョンは良質な素材を落とし、敵の強
さもほどほどなので冒険者達にとって格好の稼ぎ場なのだ。
﹁おーい、朽野∼。今日は狩りにいかねぇのかよ﹂
そんな一行の一人が、朽野に声をかける。
朽野が、ギギギ、と音がしそうな動きで振り返る。顏は死人のよ
うに真っ青だ。
﹁⋮⋮今日は無理。疲れた﹂
﹁おいおい、てめぇ、どうした。そんな凹んで、てめぇがそこまで
凹むって女でもいない限り⋮⋮﹂
46
そこまで言って、男が何かに気づいたようにハッとする。
嫉妬
﹁朽野! ま、まさか、てめぇ、女作ったンじゃねーだろうな?﹂
﹁おい、てめぇ、我らレヴィアタンの掟忘れたンじゃねーだろうな
ぁ!﹂
ルーンマスター
﹁ああ、女だぁ! うら⋮⋮げふげふ、その甘ったれた根性叩きな
おしてやらぁ!﹂
リーゼントで髪を固めたヤンキー風の呪石師が杖を構え、それに
ならって周りの男達も一斉に武器を構える。
周囲の殺気を浴びて、朽野の肩が震える。
恐れているのではない、逆だ。
先まで落ち込んでいた気持ちが闘争心に置き換わる。
VRMMOと同じ感覚でコマンドを開き、装備変更を選択。
朽野が青い光に包まれる。目の前に浮かび上がった突剣を握ると
同時に、その服装が変化していく。
漆黒の羽根つき帽子﹃ナイトレイヴン﹄
青の十字の描かれた制服﹃クルセイダーコート﹄
両手には武器、右手には火を噴く波打った突剣﹃フランベルク+
10﹄、左手には短銃﹃ドラクーン﹄が握られている。
それは、冒険者であれば喉から手が出るくらい欲しがる一級品ば
かりだ。 ﹁ふっふっふ、好き勝手言いやがって、いいだろう。だったら、拳
で解決しようじゃないか。俺の技、とくと⋮⋮﹂
おまわりさん
﹁はーい、武器閉まって、みんな署まで来てくれないかな?﹂
ポーズを決めた、朽野の肩を叩くのはこの町を守る守衛だ。
﹁来て、くれるよね?﹂
﹁あ、はい﹂
47
にこやかな笑みを浮かべ、しかし額に見える青筋を立てるその姿
に、朽野はつい頷いてしまった。
◆◇◆◇◆
そんな感じで解放されたのは、深夜12時頃。
なんか、もう精魂尽き果てたって感じです。
髪の毛が真っ白に﹁燃え尽きたぜ﹂と言っている朽野に周囲の人
間は避けて通る。
しかも、現在の恰好は、銃士の姿。
世界が変わったとはいえ、派手な羽帽子をかぶった男が浮浪者の
ような眼をしていたら、ドン引きする。
あ∼、とゾンビのような声を出している朽野の視界に、﹃光る何
か﹄が目に映る。
それは流れ星。それを見た瞬間、朽野の眼に生気が宿る。
﹁ツンデレでもヤンデレでも、クーデレでも、男の娘でもいい! 可愛い女の子が降ってきますように! 可愛い女の子! 女の子!﹂
⋮⋮生気は宿ったが正気ではないようだ。しかし、祈っていた朽
野もそこで違和感を感じる。
その流れ星は、消えずに、次第に大きくなる。
48
﹁え?﹂
朽野の頭上を通り過ぎ、そして、そのまま街の外の方へ飛んでい
く。
﹁⋮⋮まさか!﹂
真っ白な状態から復活した朽野が駆ける。
パンツァー
フェアトラーク
優れた朽野の動体視力がとらえたのは金属の球体。
それは﹃PANZERVERTRAG﹄系のプレイヤーが使うロ
ボット﹃パンツァー﹄のコックピット部分だ。
東京方面︱︱国境のある東側から降ってきた。普通に考えれば東
京も神奈川との国境付近で大きな活動をしないはずだ。
つまり、何か異常があったということだ。
気が付くと、足が動いていた。立体交差を超え、天にそびえたつ
木の根を伝い、町の外へ。
外は草原。街の明かりの届かぬ闇。草の生えた草原の隙間からア
スファルトや苔が生えた信号機が鎮座しており、赤い光が暗闇の中
で、ちかちかと点灯している。
外に、踏み入れると同時に、パッシブスキル﹃ナイトビジョン﹄
が発動。暗闇でも自分のまわりが把握できるようになる。ただ、そ
れでも先は見えにくい。
月の光と、所々にある信号機の輝きを基に、草原を走る。
しばらく走って、気配を感じる。草むらを掻き分けるガサガサ、
という音が耳に届く。
しかし、足を止めない。気配を探りつつ、前へ、前へ。それに並
走するように、獣の足音が響く。
そして、朽野の死角を突くように、鋼で出来た獣が真横から襲い
掛かる。
﹁邪魔をっ! するなっ!﹂
すでに場所を掴んでいた朽野が、振り返り、持った突剣を急所で
49
あるコア部分に突き刺す。それだけでモンスターの体は爆発する。
幾つかアイテムを落とすが無視をする。
﹁くそっ! 間に合え﹂
息が乱れる。だが、そんなのを気にしている余裕はない。
そのコックピットが落ちて行った場所へと走る。
朽野は慌てていた。その理由は一つ。
朽野の眼から見て、コックピットはかなりボロボロだった。予備
結界を張っていたが、墜落の衝撃に耐えきれるか分からない。
甘い、と言われるかもしれないが、人の生死がかかっているのだ。
助けられるなら、一人でも救いたい、そう思うのが人間というも
のではないか?
それに⋮⋮その、なんというか
女の子の可能性もあるじゃない?
いや、女の子でなくても救いに行く。行くよ? けどさ、女の子
かもしれないって思ったらやる気更にでるじゃん?
なんて自分に言い訳しつつ行く道を塞ぐモンスター共を蹴散らし、
目的地に辿りつく
そこはクレーターが出来ていた。
パチパチと燃える草木と、ほんのり青白く輝く種のような形のコ
ックピットが暗闇の中で輝いている。
土のえぐれ具合から、かなり強い衝撃だったようだ。
ごくり、と唾を飲み、クレーターの傾斜を降りる。
コアの損傷を確認する。あちらこちらから煙は出ているが原型を
とどめている。
触れると僅かに表面が青く光る。シールドはなんとか生きている
50
ようだ。
朽野はほっとする。これだと中の人間も生きている可能性は高い。
﹁この沈み方からすると、入口は上、か﹂
朽野が跳ねる。重力を無視した動きで、コアの上に乗る。
胸がドキドキする。仮に、仮にだ。
この扉の向こうに女の子がいて、ついでにその子が美少女だった
としよう。
ここで、助ければ惚れられる可能性もゼロ、ではないよな?
何しろ、命の恩人。大きなアドバンテージになる。
そう、夢想していると⋮⋮
﹁あ∼、大変な目にあったわ∼﹂
コックピットの入口が開く。
そこから、顔を出したのは⋮⋮紫と金色に髪を染めたバリトンボ
イスのオカマさん
﹁あ∼ら、坊や。助けにきてくれたのん?﹂
﹁あ、え、うん﹂
神様、オカマと男の娘は別物です。そんなことを考えながら、空
を仰ぎ見た。
51
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮︵後書き︶
パンツァー・フェアトラークonline
﹃君だけのパンツァーに駆って、帝国の危機に立ち向かえ!﹄
自分自身のロボットをカスタマイズすることの出来るVRMMO。
自分で機体を一から作り上げ、自ら操縦したり、迫りくるモンスタ
ー軍団と戦ったり、ギルド同士の戦闘があったりとそれなりに盛り
上がっていた様子。
52
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮ 2︵前書き︶
※6/12 修正
53
起こった事を話すぜ!
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮ 2
今
わからねーと思うが
女の子を助けるつもりでいたら、相手は中身が乙女の男
あ⋮ありのまま
﹁おれは
な、何を言っているのか
わからなかった⋮⋮
だった﹂
何をされたのか
おれも
断じてねえ
頭がどうにかなりそうだった⋮⋮﹃お〇ぼく﹄だとか﹃る〇智﹄
だとか
そんなチャチなもんじゃあ
ポ〇ナレフ状態
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ⋮⋮
ポ〇ナレフ状態
﹁何言っているのよ。あなた﹂
お名前を⋮⋮﹂
ステータス異常を解消させたのは、ステータス異常を引き起こさせ
た張本人だった。
﹁し、失礼。れ、レディ?
﹁あ∼ら、レディーなんて!﹂
バシン、と背中を叩かれ、HPが僅かに削られる。結構、減った。
ぶっちゃけ痛い。
オカマさんを観察する。
金と紫という自己主張の激しい髪。引き締まった肢体。顏はかな
り角ばっている。女性に見えるのはその髪と口調。そして⋮⋮
︵女物の戦闘服、か︶
そう、戦闘服。東京では一般的な戦闘服で、女性は全身にフィッ
トするゴムっぽい素材を使っている。色は薄いピンク色。それを男
が着ている。
﹁な∼に、ジロジロ見ているのよ⋮⋮エッチ﹂
54
頬をポッと染めるオカマさん。こっちも見たくないわ!と心の中
で突っ込みつつ、冷静に観察する。
︵そして、役職は曹長。何でこんなところに?︶
胸の勲章をみつつ、心の中にとどめる。
﹁え、えーっと、すみません。ここは円卓の国﹃神奈川﹄です。他
国の軍事的な活動は禁止されております。とりあえず、あっちに町
がありますので、役所まで来て貰えると⋮⋮﹂
とりあえず、他国の軍人だ。刺激しないように丁寧に伝える。
彩音。犯罪者を追っ
私は、軍事活動をする為に来たんじゃ
私は﹃機甲の国﹄東京所属、豪理
﹁ちょ、ちょっと誤解よ!
ないっ!
ていたら、国境超えちゃって﹂
﹁で、国境の部隊に集中砲火を浴びた、と﹂
てへ、としなを作るオカマさん。マジ、吐きそう。
東京と神奈川の仲は余りよろしくない。国境でドンパチやれば、
普通に考えても追撃する。
﹁どっちにしろ。町には連行しますので、しばらくすれば、守衛も
来るでしょうし、それまで待ちましょう﹂
え∼、と不満の声を上げるオカマさん。
ともあれ、こちらの指示には従ってくれるようだ。
理性的な人間でよかった。血の気の多い人間だったら、殴りかか
ってくる可能性だって捨てきれない。
まぁ、仲が悪いといっても、元々、平和慣れした日本人だ。
世界のルールが大きく変わったとはいえ、余程のことがない限り
はそのまま東京に帰れるはずだ。
VERTRAG﹄系プレイヤーはパンツァーに
フェアトラーク
良かった、と素直に思う。
パンツァー
﹃PANZER
55
乗ることを前提としている為、乗り手そのものはそこまで強くはな
い。
しかし、パンツァーも様々な種類があり、一般的なパンツァーは
ザ
the
Ro
ラ
全長10メートル程だが、狭いダンジョンに潜ることを前提とした
of
オブ
全身に着込むような2メートル程の小型機も多く存在する。
ナイツ
Online﹄系のプレイヤーのほうに分はあるが、それ
オンライン
小型機との勝負であれば﹃Knights
ウンド
und
でも、高レベルのプレイヤーかもしれない相手とは戦いたくない。
﹁まぁ、最近、忙しかったから、のんびりするのもいいわねぇ∼﹂
そういってオカマがゴロンと草の上で寝っころがる。
敵地にいるのに、警戒する様子もない。
まぁ、服装のことといい、かなり大物なのかもしれない。
全力で休ませていただきます!﹂
﹁あなたも寝なさいよ。あ、ひざまくらがいいだったら⋮⋮﹂
﹁いえ!
ビシッ、と直立して朽野は答える。
草原で、ごろり、と寝っころがる。
﹁えーっと、豪理さん﹂
﹁あ・や・ね、と呼んで﹂
﹁豪理さんが追っていた、犯罪者ってどんな人物なんです?﹂
とりあえず、見事なバリトンボイスを無視し、質問する。
何しろ、軍人が追っかける犯罪者だ。
そこに不自然さを感じる。もしかしたら、政治的な要因で追われ
ている可能性もある。
まぁ、だからといってその犯罪者が神奈川にとって無害かどうか
は別問題だが⋮⋮
豪理さんは一瞬黙り、そして、口を開く。
56
﹁ん∼、言えないわ。ただ、まぁ、あんな墜落をしたんだもの。も
う、生きてないわね﹂
﹁⋮⋮そうですか﹂
知らない誰かに向かって冥福を祈る。
視界の先には暗闇の中で輝く星の海。街の光がない分、普段、街
で見るそれとは全く別物だ。
ここらは鉄でできたモノも多いが、こ
サァ、と風の通り抜ける。鼻をくすぐる草木の香り、そして、僅
かばかりの鉄の香り。
﹁ん?﹂
起き上がる。鉄の香り?
れは鉄の香りというよりも血の匂いだ。
﹁あらぁ、どうしたの?﹂
﹁静かに﹂
装備を呼び出す。細剣と短銃。
その匂いのするほうへ。足を向ける。そこは草むら、草を掻き分
け、そして⋮⋮
そこには、一人の少女が倒れていた。
それは、金髪碧眼の少女。ポニーテールと整った容貌は土に塗れ
ている。
暗闇の中で彼女と目が合う。そこに浮かぶのは、怯えの感情。
﹁あ⋮⋮﹂
と、何かいう前に、女の腕が動く。
鈍く輝く銃を見た瞬間、朽野はバックステップ。顔を僅かに傾け
る。
パン、と乾いた音。朽野の頬を軽くこする。視界の隅で、豪理さ
んが慌てて起き上がるのが見える。
57
だが、傷はつかない。代わりに朽野のHPが僅かに減少する。
いきなりの攻撃。しかし、朽野は慌てず、手元に剣と銃を呼び出
す。
彼女が何故攻撃を仕掛けたのか、解らない。とりあえず、彼女を
無力化するのが先だ。
凶器を持った相手の前で、そんなことを考える余裕さえある。
すべてのプレイヤーのもっているシールド。HPが0にならない
限り、肉体へのダメージはシールドが吸収する。
だから、朽野は落ち着いていられる。恐らくあの銃なら、何発か
食らっても問題ないだろう。
また、このシールドには様々な恩恵がある。例えば⋮⋮
﹁オーダー﹃パワー・ブレイク﹄﹂
≪オーダー確認。﹃パワー・ブレイク﹄発動します≫
細剣が輝き、女の胸元に向けて攻撃。傷は追わない。しかし、攻
撃があたると同時に、彼女の腕に幾何学的な紋章が浮かび上がる。
≪ターゲットの攻撃力低下を確認≫
これもシールドの恩恵の一つ。スキルだ。
HP、MPがゼロにならない限り、ゲームと同じようにスキルを
使用することが出来るのだ。
﹁⋮⋮抵抗するな。俺は敵じゃない﹂
出来るだけ、爽やかな表情を浮かべ彼女に笑顔を向ける。
﹁追っ手じゃ、ない?﹂
彼女がほっとした表情を浮かべる。よかった、と肩を落とす彼女。
しかし、持った銃はしまわない。
彼女の姿を見る。赤い戦闘服の少女。持っている銃はワルサー。
確か、渋谷かそこらで買えた銃だ。
58
そこで、気づく。追われている少女。しかも、持っているのは町
田ではなく渋谷で買える銃。
そこから導きだされる答えは一つだ。
恐る恐る振り返る。鋭い目つきで彼女を見ている豪理の姿がそこ
にある。
﹁えーっと? 豪理さん。どうしました?﹂
先までの穏やかな雰囲気の彼ではない。鋭い、まるで抜き身の刀
のような気配。
ピリピリとした殺気が彼女の隣にいる朽野の元にも届いてくる。
﹁あなた、﹃ジルワーエイト﹄のパイロットね﹂
﹁⋮⋮だとしたらどうするの。﹃ゾルダート﹄さん﹂
そんな殺気を、彼女は真正面から受け止める。
﹁⋮⋮まだ、生きていたのね。害虫﹂
瞬間、豪理の体が光に包まれる。
﹁やばい﹂
何をしているのか解る。装備の変更だ。
一瞬で光は消え、豪理さんの姿は消えていた。代わりに、2m近
くの鋼鉄で出来た人型だ。
中世ヨーロッパの甲冑のようなデザイン。しかし、背中にはジェ
ットと肩にはロケットランチャーという近代的な武装が取りついて
いる。
坊や! 私はその子を殺さないといけないのよ!﹂
小型のパンツァーだ。豪理さんやっぱ、持っていやがった。
﹁どきなさい!
そういうと同時に、背中に背負ったミサイルランチャーが火を噴
く。
逃げようとし、足を止める。
背後にいるのは傷を負った少女。一緒に逃げる余裕はない。なら
⋮⋮
59
﹁くっ!
オーダー!
﹃バラージ﹄!﹂
左手で持った銃をミサイルに向け、そして、トリガーを連続で引
く。
打ち出した弾丸は四つ。それが、二つ、四つ、十六と増殖し、弾
幕を作り出す。
幾つかのミサイルが、撃ち抜かれ爆発を起こす。
しかし、その炎の花の中を超えてくるミサイルが一つ。
︵盾は専門じゃないんだけどなぁ︶
覚悟を決め、彼女の前に立ち、衝撃に備える。
前ばかり見ていたせいか、後ろがおざなりになっていた。
ドン、と後ろから衝撃が走る。
それは彼女の体当たり。
何らかのスキルが働いているのか、朽野の体は、大きくよろめき、
ミサイルの軌道から外れ、そして⋮⋮
彼は見た。
朽野に向けて、呆れたような笑みを浮かべる金髪の少女の姿を⋮⋮
巻き起こる爆発。
熱波と共に、朽野の体が吹き飛ばされる。
HPのゲージがガリガリと削れる。たまにシールドを突き破って、
衝撃が朽野の体に叩きつけられる。
﹁殺ったか?﹂
かなり飛ばされたようだ。
爆心地の近くには、彼女が横たわっている。
だが、まだ生きている。フラフラと起き上がり、拳銃を呼び出す。
それを見た豪理さんが、表情を引き締める。
60
それに対し、彼女の焦点は定まっていない。鼻血を出し、身体も
傷だらけ、HPも残り少ない。それでも、戦う意思を捨てていない。
無駄なことを、と朽野は思う。
決着はついた。もう、彼女が勝すべは無いだろう。
さて、それで自分はどうするか?
自分のHPもかなり減っている。豪理さん、自分が予想したより
強かった。もしかしたら、ステータス振りを、攻撃力に特化させて
いるのかもしれない。
ムスケテール
ともあれ、自分の職業、銃士のHPはかなり低い。紙装甲なんて
言われるほど。
すでに逃げ出すべき状況まできている。
あ、いや、その必要もないか。豪理さん、オカマだけど、いい人
だ。
彼女を処分した後、自分の命くらいは見逃してくれるだろう。
処分、つまり、それは殺すということだ。
そして、思い出す。呆れたような彼女の笑みを⋮⋮
ムスケテール
自分が死ぬかもしれない、というのに自分をかばってくれた彼女
の笑みを⋮⋮
﹁⋮⋮まぁ、殺すには、勿体ない美貌だよ、な﹂
言い訳だ。それも飛びっきり下手な部類のだ。
自分は、高レベルプレイヤー。
しかし、実際は、恐がりで、権力に弱く。しかも、彼自身が銃士
なんて外れ職。
豪理さんの一撃を食らったら恐らくシールドは無くなってお陀仏
だ。だから、豪理さんに敵対するなんて真似したくはない。だけど
61
⋮⋮
﹁だけど、そんなの女の子にモテたいって理由の前に、そんなの関
係ない!﹂
そう、自分に言い聞かせるように彼は一歩を踏み出した。
62
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮ 2︵後書き︶
ナイツ・オブ・ザ・ラウンドオンライン
﹃クラス﹄
ムスケテール︵銃士︶:細剣と短銃、双方を使いこなす。近・遠双
方高い攻撃力を持つが、技の消費が高く、防御も弱いというピーキ
ーな性能を持つ。同じレッドコートの派生で、イェーガー︵猟兵︶
と呼ばれる職業がある。こちらは遠距離攻撃に優れている。
63
PV3,000
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮ 3︵前書き︶
アクセス10,000
ここまで来ました。どうもありがとうございます!
64
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮ 3
死を、覚悟した。
END。でも、自分らしい最
降り注ぐミサイル。そして残されたHPは後、僅かしか残ってい
ない。
どうしようもない状況。
こんなどうしようもないDEAD
後か、とも思う。
かつて、経験した死も確かこんな感じだったはずだ。
結局、逃げて、逃げて、逃げて、そしてみじめに死ぬ。全く自分
は進歩がない。
ともあれ、この人生ではさようなら、次の輪廻で会いましょう。
そう、覚悟を決めたのに⋮⋮
ムスケテール
そんな自分を庇うように、自分の前に立つ影があった。
それは、青い服に十字を背負った一人の銃士の姿。
先まで、無駄に格好つけていた微妙に格好悪かった青年。
﹁くっ! オーダー! ﹃バラージ﹄!﹂
必死になって、降り注ぐミサイルを撃ち落とそうとしている。
顏は真っ青だ。身体は小刻みに震えている。
だが、先までの取り繕った表情はなく、ただ必死に恐怖と戦って
いる姿は見る者を引き付ける魅力があった。
ミサイルが爆発し、空中に花を咲かせる。
だが、その合間をぬって一つのミサイルが彼に目がけて飛んでく
る。
ムスケテール
それでも、彼は引かない。
彼のクラスは、銃士。紙装甲と呼ばれる程の防御力の無さだ。
65
それでも、彼は、こんな自分を守る為に、一歩も引かない。
﹁馬っ鹿じゃない﹂
そういいつつも、顏がにやけているのがわかる。
そう思うと同時に、彼女の体は動いていた。
彼の背中を、ドン、と押す。
驚いた彼の表情。そして、押し寄せる爆風。
何で、あんなことをしたのか自分でも解らない。
あそこで彼が死んでほしくない。
ただ、心からそう思ったのだ。
◆◇◆◇◆
緑の何か﹃死ぬかと思った! 死ぬかと思った!﹄
ガウェイン﹃なんだよ。チャットで呼び出して﹄
緑の何か﹃なんか、東京の軍人さんがこっち来てる。今、銭湯中、
しねrう﹄
ガウェイン﹃焦っているのは解ったから、誤字るな。つーか、お
前、今、町田だよな。何で東京の馬鹿がそこにいる﹄
緑の何か﹃犯罪者を追って、軍人が誤って国境越えした。以上﹄
ガウェイン﹃内容確認。ああ、国境を越えたパンツァーが二体、
か、確かに記録にあるわ。で、またてめぇが関わったと、この疫病
神が﹄
緑の何か﹃こっちは死にそうなんですが、ちょっとは心配してよ。
一撃でHP半分、マジヤバい﹄
66
ガウェイン﹃てめぇが死ぬわけねーだろう。このチート野郎。で、
俺に連絡入れたのはなんだよ﹄
おとこのこ
緑の何か﹃えーっと、実をいうと円卓に、ちょっとお願い事が⋮
⋮﹄
◆◇◆◇◆
カタストロフィ
豪理 彩音は漢の娘だ。
おとこのこ
大崩壊以前は、ネットゲームと現実を双方を楽しみ。
漢の娘をやっているので男と女、両方の感情を理解出来る。
そんな、彼︵彼女?︶であるから、人の見る目というのは十分に
養っているつもりだ。
目の前にいるのは一人の女。
彼の眼から見ても美しいと思う。見た目だけでなく、その内面含
めてだ。
そして、何より目を張るのは、その能力だ
ミサイル
豪理が放ったあの草薙は、彼にとって奥の手と言えるものだった。
殺す気で攻撃した。何しろあのミサイルのコンセプトは﹃殺られ
る前に、殺れ﹄だ。
小型パンツァーにしては高重量。しかも一発で弾切れになる。
戦闘中、パンツァーの装備変更には制限がつく為、これはかなり
のデメリットだ。
ミサイル
しかし、そのデメリットを補うだけの威力が草薙にはある。
何しろ、後方職であれば、例え高レベルだろうが一撃で仕留める
だけの威力がある。
しかし、彼女は生身の体で、生き残ったのだ。パンツァーに乗ら
67
パンツァー
フェアトラーク
なければ最弱と言われる﹃PANZER VERTRAG﹄系のプ
レイヤーがだ。
無論、その前に坊やが、ミサイルを殆ど撃ち落としたのもある。
それでも、あのミサイルを一発でも受けて生きているというのが、
彼にとって常識から外れる出来事だ。
彼は彼女がどういう存在か知っている。
そして、世界中で彼女しか持っていない﹃ユニークスキル﹄の存
在も
だからこそ、上層部が自分に下した命令も理解できる。
だが、ふと思う。目の前の彼女が本当に上層部の言うような輩な
のだろうか?
ううん、と豪理は首を振る。
上の命令が絶対正しいとは思わない。だが、軍人にとって上の命
令は絶対だ。
土に塗れ、血に塗れ、それでも獲物を構える彼女。
その姿を見て、いいだろう、と心の中で覚悟を決める。
軍人として、その姿には、敬意を払わなくてはいけない。
地上に降り立つ。その四肢から蒸気が噴き出る。
その鋼の手がとったのは、武骨な金属の棒。それが次第に赤みを
帯び、熱を放ちだす。
﹃ヒートロット﹄。
正直、そのような武器を使わなくとも、遠距離武装で彼女を仕留
めることは可能だ。
しかし、そうしようとは思わなかった。
彼女が左手に﹃高分子ナイフ﹄を隠し持っているのも知っている。
︵許せ、とは言わないわ︶
彼女の意志に呼応し、背中のブースターが火を噴く。
68
︵せめて、そのナイフで自分の運命くらい切り開いてみなさい!︶
そして、加速。
矢のように、弾丸のように、空気を切り裂き、そして︱︱
ヒートロット
彼の獲物が宙を舞った。
﹁え?﹂
衝撃と共に、ごふっ、と口から吐血があふれ出る。
腹部には、シールドに阻まれた銃弾。
突然のダメージで安全装置が働き、加速が止まる。
そして、二人の間を割り込む青い影。
再チャージまで10秒。間に合わない。次の武器をチョイス。腰
に装着されたもう一本のヒートロットに手を伸ばそうとし、その手
が止まる。
目の前に突き付けられた炎のように波打ったレイピア。もう片方
の手にもったフリントロックの拳銃は、同じように豪理を攻撃しよ
うとしていた彼女の額に押し当てられている。
その人影に向けて豪理は呻くようにいう。
﹁坊や⋮⋮﹂
﹁チェックメイトです。豪理さん﹂
朽野は冷めた表情で、そう告げた。
69
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮ 3︵後書き︶
フランベルク:炎のような波状の刃を持つレイピア。突かれると傷
口がえげつないことになる。フランベルジュとは別物。ゲームなの
で勿論、炎吹きます。
ドラクーン
ドラクーン:正式名称ドラクーン・マスケット。
マスケット銃の拳銃版。これを装備した騎兵を竜騎兵と呼んでたと
か。
ゲームではガチで竜に乗って銃をぶっ放してくる竜騎兵を倒してよ
うやく手に入れられるイベントアイテム。
上位の武器に分類される。
70
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮ 4
豪理は、何が起きたのか理解できなかった。
遠くに転がる自分のヒートロット。喉元に突き付けられているの
は鉛筆程度の厚みしかない細い刃。
彼の刃が、彼のヒートロットを弾き飛ばした。そのことは理解出
来る。
そういったスキルは実在する。﹃パリィ﹄だ。
相手の攻撃をはじくパッシブスキルだ。成程、このスキルなら今
のような現象も再現可能かもしれない。
が、このスキルが発動するのは、自分に攻撃が向けられている時
のみ。そして、何より、ログにスキルが発動した記録が残っていな
い。
自分の周囲にスキルが発動すると、ログに記録され、確認するこ
とが出来るのだ。それが無いということはスキルではないというこ
と。
あの時の豪理は、ブースターで加速していた。それに追いつき、
スキルも使わず武器を弾き飛ばす。
そんなのどう考えても⋮⋮
︵化け物じゃないの!︶
彼の顏は逆光で視ることが出来ない。しかし、その叩きつけられ
る殺気だけで相手がどのような表情をしているのか解る。
呼吸が乱れ、心拍数が上がる。温度調整されたパンツァーの中だ
というのに汗が額を伝う。
本能は逃げろ、逃げろと訴えているのに、身体は指先一本動かす
ことが出来ない。
71
それは、彼が理解しているからだ。
動けば刺さされる。たった一突きで、シールドとパンツァーの装
甲を突き破り、豪理の喉を切り裂くだろう、と
HPは残っているが、目の前の男が高い攻撃力を持っているのは
先の銃撃からも確かだ。
冷たい目で、こちらを見る﹃坊や﹄。いや、坊やと侮っていい相
手ではない。
﹁ねぇ、あなたの名前は?﹂
﹁朽野 伸也﹂
そうとだけ、冷たく告げる。
まるで猛獣に睨まれたかのような錯覚。着込んでいるこの堅牢な
鋼鉄の鎧も、彼の前ではただの棺桶にしか過ぎない。
別人だ。先までの情けない彼とは、どこかで入れ替わったのでは
ないかと思う程、纏う気配の質が違う。
最初、出会ったばかりの彼の印象は、ずいぶん軽いな、たったそ
れだけだった。
話す内容も普通、態度も普通。なのに、その言葉はとても軽い。
それは、中身が入っていない容器のよう。
しかし、今の彼はなんだ? 武器をもったことでその容器に﹃何
か﹄が満たされていくのがわかる。
﹁自己紹介は済んだな。じゃあ、話を進めるぞ。二人とも武装を解
除しろ﹂
﹁ちょっと! 何で私もなのよ!﹂
ミサイルの直撃を食らったはずの彼女が元気に吠える。
そんな彼女に、朽野は、視線を向ける。
﹁勘違いするな。二人とも、﹃円卓の国﹄神奈川へ不法に侵入し、
戦闘を開始した、だから止めた。それだけだ﹂
命がけで彼女を守った人物とは思えない言葉だ。
72
﹁あー、もうわかったわよ!﹂
命の恩人の言葉せいか、彼女も一瞬彼をキッと睨み付けるが、こ
ちらの様子を確認しながら手に持った武器を地面に落とす。
そう、アイテムボックスに入れたのではなく捨てたのだ。アイテ
ムボックスに入れたのならいつでも装備変更は可能だが、落として
しまえば拾わなければ再び装備することは出来ない。
そして、二人の眼が豪理に向く。
この状況に、武装解除せざる得ない。が、その前に、彼に聞いて
みた。
﹁武装解除する前に教えて。この後、私﹃達﹄をどうするの?﹂
一瞬の間を置き、朽野が口を開く。
﹁さて、ね。それは君達次第。だけど、君たちは明らかに暴れすぎ
だ﹂
帰ってきたのは無難な答え。だが、それは彼の臨んだ答えではな
い。
﹁ま、普通はつかまえるでしょうね。けど、東京は間違いなく、引
き渡しの要求をする。私ではない、彼女をね﹂
軍人として侵入した彼と違い彼女は犯罪者としてこの神奈川に逃
げてきた。
現在、神奈川は東京と揉めたくないはずだ。それは東京も同じこ
とだが、それゆえに犯罪者である彼女を引き渡すことは容易に想像
できる。
﹁君の名前は?﹂
りっか
朽野が背中越しで彼女に問いかける。
﹁六花・由良・ベルクマン﹂
その言葉に、彼の殺気が僅かに収まり、そして顏に笑みが浮かぶ。
そして、同時にとんでもないことを口にする。
73
君を一時的に保護します﹂
﹁じゃあ、六花⋮⋮さん、神奈川最高評議会﹃円卓﹄の末席に連ね
る身として、
﹃円卓﹄
それは、神奈川における意思決定機関。
しかし、その機関に在籍しているのは王を含めたったの12人。
この選ばれた者達は﹃円卓の騎士﹄と呼ばれている。
﹃円卓﹄に座ることが出来るということは、最高の名誉であると
同時に、神奈川において最高権力者の地位であることの証明である。
完全に固まる豪理に対し、六花はよほど大物なのか、或いは思考
がついていっていないのか、大きな反応はない。
﹁円、卓?﹂
そう、六花が不思議そうに繰り返し、そして、小さく苦笑する。
﹁この状況で、いきなりジョーカー引き当てた、か﹂
﹁3番には弱いですけど。ジョーカー﹂
そう茶化すと、彼女は小さくため息をつく。
﹁いいわ。その条件、受け入れる。だから、ごめん、私は少し休ま
せて﹂
そういって、彼女が自分の意識を手放す。崩れ落ちそうになる彼
女を左手で支える。もちろん、武器はしまった状態でだ。
いきなりなのでかなり慌てた。しかし、仕方がない。元々満身創
痍、ここまで動けたほうが奇跡なのだ
彼女がダウンしたことで、その視線は、豪理に向かう。
﹁なん、で﹂
その視線に耐えきれず、豪理が喚く。
﹁なんで円卓の騎士がここにいるのよ!﹂
悲鳴に近い声だが、気持ちがわからない訳でもない。彼からすれ
74
ば、12人しかいない円卓の騎士がこんな平原にいることがおかし
いのだ。
﹁あ、あなた、偽物でしょ!﹂
﹁何でそう思う?﹂
当たり前だ。寧ろ、そう考えるのが普通だ。何しろ、証拠がない。
加えて、彼らは王の元にいるか、自身の領土にいるのが基本だ。
しかし、同時に思う。
何故このタイミングでそんな嘘をつくのか?
すでに、朽野は豪理に勝っている。嘘をつく理由がない。
仮に、本当に彼が円卓の騎士だと仮定した場合、この場合のメリ
ットは大きい。
神奈川としての判断ではなく、個人の判断であることを東京の軍
人である自分に宣言出来るのだ。
一般個人であれば、そんな我が儘は潰されておしまいだが、円卓
の騎士となれば別だ。
キリ、と豪理は奥歯をかみしめる。
﹁あ、なた! 彼女が何者か知っての行動なの? いい? 彼女は
⋮⋮﹂
﹁豪理さん、あなたは彼女を助けたいんじゃないのか?﹂
豪理の言葉を被せるように、放たれた彼の言葉。
その言葉に、豪理の眼が見開く。図星ではない。軍人として、そ
して東京の民として彼女の存在は抹消すべきだ、と思っている。
しかし、それと同時に、絶望的な状況でも足掻くこと辞めない彼
女の姿が美しい、と感じたのも確かだ。
だから、口に出来たのは⋮⋮
﹁そんなの、解らないわよ﹂
その一言だけ。
そんな豪理を見て、朽野が剣を引く。その表情は、最初あった時
と同じ平凡な顏だ。
75
﹁タイムリミットだ﹂
そう、彼が言う。その言葉に周囲に意識を向けると、こちらに向
かってくる人影が四つ。
恐らく騒ぎを聞いて駆けつける兵士だ。この状況では戦う訳には
いかない。
﹁豪理さんは、円卓の騎士である俺を傷つけた。じゃあ、捕まると
どうなるか、解るよね?﹂
つまり、彼はこういうのだ。
見逃してやるから、神奈川の国境を越えて、メッセージを東京に
届けろ、と
このまま捕まり捕虜としての扱いを受けるのもありだ。
しかし、もし仮に彼が﹃円卓の騎士﹄だとしたらどうなるか? そして、この神奈川で戦闘行為をしたとなれば、通常の処置はまず
考えられない。
﹁本当、ファックだわ﹂
そう、悪態をつきながらも、彼の中で、答えはすでに決まってい
た。
76
女の子が降ってくるように、なんて願うから⋮⋮ 4︵後書き︶
次回:﹃晴れ時々曇り、ところによりロボが降るでしょう﹄
です。
まあ、その前にこの話を書き直すかも、書きあがって今アップです
が意識が吹っ飛びそうです。
77
間章・円卓の騎士︵前書き︶
1月3日、勝手ではありますが設定の変更により一部キャラが変更
になりました。ガテン系の男↓レディース女へ
78
間章・円卓の騎士
﹃朽野様、戦闘終了しました。東京の兵士を解放。彼が追っていた
犯罪者は朽野様が保護いたしました﹄
チャットを通じて、その報告がもたらされたのは、2時を回った
頃のことだった。
その報告がもたらされると同時に、場の空気が一気に変わった。
彼らの思いは一つ﹃あの野郎、余計なことしやがって⋮⋮﹄だ。
石つくりの広間を蝋燭の光が部屋を照らしている。何らかの力が
働いているのか不思議と暗いとは感じない。
中世ヨーロッパの城を模したと思われるその部屋の壁には円卓と
12人の騎士の描かれたゲームのロゴと、それと並ぶように、神奈
川県の県章が掲げられている。
豪華だがシンプルな調度品が並び、部屋の真ん中には大きな円卓
のテーブルが置かれている。
椅子は13。座るのは6人。
そこは横浜の神奈川県庁のあった場所。今はキャメロット城と呼
ばれる建造物の中心部、通称﹃円卓﹄だ。
﹁ど、どうしてくれるのですかっ。こ、このタイミングで、東京に
ケンカ売るようなことをして﹂
そう吠えたのは、神経質そうな男。皮で出来た鎧を着込んでいる
が、七三分けに黒縁眼鏡という組み合わせがサラリーマンにしか見
えない。
顏を真っ青に染めながら、ここにいない誰かを攻め立てる。
﹁まーまー、親父、やっちまったのはしょうがねぇ。ここはドーン
ッと構えようぜ。ドーンッと﹂
79
そう返すのは、若い女性。金髪の髪に特攻服。昭和のレディース
のような女だ。
﹁あ、彩音ちゃん、ではなくて岩槻殿、今、神奈川はようやく固ま
ったばかりです。戦争する余裕なんてまったくありませんよ!﹂
青くなったり、赤くなったりと、信号のように顔色変えるサラリ
ーマン風の男に、ヤンキーな女は笑い飛ばす。
どうやら、この二人親子のようだ。親子であるがゆえ、遠慮がな
くなりヒートアップしていく。
﹁ま、なんとかなるって。心配すると禿るぞ﹂
﹁何とかならないから言ってるのですよ!﹂
﹁盗賊職の癖に細かいなぁ﹂
﹁ま、魔法職の彩音ちゃんに言われたくないですよ!﹂
熱くなる二人に、影響されるかのように周囲もざわめきだす。
﹁静まりなさい﹂
その中で、小さな、しかし力強い声が響く。
5人の視線が1人に集まる。
そこにいるのは、凛とした雰囲気の女性だ。
長い黒髪に、少女の面影を残した容貌。しかし、その瞳には強い
意志の光が灯っている。
﹁岩槻、国境はどうなっている?﹂
﹁現状問題ねぇ。数人けが人が出たらしいが、何、唾でもつけてり
ゃ治るよ﹂
﹁では、しばらく、国境ラインの増員をお願いします。同時に、何
かあったらすぐ報告を、後は黒川、東京側には、朽野が個人の行っ
たことであり、現在調査中とでも伝えておきなさい﹂
﹁了解しました﹂
岩槻と黒川。レディースの彼女が、そして人生経験豊富な父が、
目の前の小柄な少女に深々と頭を下げる。
80
ここは、﹃円卓﹄。この席に座れるということは、神奈川におけ
る最高権力者達だ。
彼らは、﹃円卓の国﹄神奈川を建国する際の功績者。ある者は戦
場を駆け抜け、ある者は陰謀を巡らせ、ある者は、民を守る為の法
を仕組を作り上げた。
そんな彼らが頭を下げる存在はただ一人。
あさくらすずは
彼らを率いて国を作り上げた存在。即ち、国王だ。
朝倉涼葉。僅か19歳にして国を作り上げた英雄は、席に座る者
達に告げる。
﹁何か意見は?﹂
その言葉に、一人の男が手を上げる。
﹁失礼ながら、王は、あの者に甘すぎませんか? ﹃円卓の騎士﹄
でありながら、この場に顔を出さず、厄介ごとばかり持ち込む。こ
イェーガ
の際、罷免させるべきでは?﹂
そう答えたのは、猟兵の男、織田康志だ。
自衛隊の、しかも精鋭であるレンジャー隊出身でありながら、気
品を感じさせる整った容姿と、すらりとした肢体は、どこかの御曹
司のよう。
レベルこそカンストしていないものの、その戦闘経験と、身体能
力で神奈川において最強と言われた男だ。
﹁そ、それは私も賛成です。あの男、力がある癖に自由奔放過ぎま
す。いつ、その牙がこちらに向くかわかったものじゃない﹂
ナイ
もう一人は黒川。ここにいない男に対して嫌悪感、そしてそれ以
上に恐れの感情を丸出しにしている。
二人の意見は無視しにくい。
ツ
何しろ、織田は元自衛隊のメンバーを、岩槻は、﹃Knight
81
オブ
s of
ザ
the
ラウンド
オンライン
Round Online﹄最大規模のギルド
をまとめ上げているからだ。
﹁私が、彼を特別視していると?﹂
その鋭い視線を二人に向ける。歴戦の戦士であるはずの彼らがそ
の視線を避けるように顔を背ける。
﹁いえ、言葉が過ぎました。お許しください﹂
何てことはない。彼らは朽野を恐れているのだ。
二人ともプライドが高いせいか、そのことに気づいていない。
そんな二人の様子に、朝倉は、心の中でため息をつく。
﹁私が会いたいのは彼ではありません。東京が国境を越えてまで追
いかける人物。興味があります﹂
﹁そこまで、リスクを背負う必要があるとは思えませんが? 東京
とことを構える可能性もありますよ?﹂
﹁その時こそ、朽野に責任をとって貰えばいいだけのこと。そうで
しょ?﹂
そう、朝倉が笑みを浮かべる。今日一番の笑み。その笑みを見て、
織田の表情が一瞬、ひきつるが、それも一瞬のこと。
﹁了解しました﹂
いつもの気品のある表情に戻る。
﹁それでは会議を終了します。各自、為すべきことを為してくださ
い﹂
﹃はっ!﹄と幹部達が立ち上がり、部屋の外へと出ていく。
﹁すまない。友人が迷惑をかけた﹂
立ち上がった際、そういうのは朝倉の隣に座っていたガウェイン
とも呼ばれる青年だ。
黒縁眼鏡の青年。しかし、さすが円卓に座るだけあって、並みの
青年とは格の違いを感じさせる雰囲気を纏っている。
﹁迷惑と思うなら、彼の鎖はしっかり握っていてください。あれが
82
他国に渡ると大変なことになりますので﹂
﹁わかった。出来る限りのことはするさ﹂
その青年は、小さく苦笑し、外へ出ていく。
そして、残されたのは、王一人。
はぁー、と深いため息をつき天井を見る。
天井のシャンデリアがぼやけて見える。周囲に人がいないことを
確認し、眼鏡をかける。
すると、視界がはっきりする。
鋭い目じりが、僅かに垂れる。それだけで雰囲気が柔らかくなる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
机の上に置かれたワインを継ぎ、口に含む。
ごく、ごく、ごく、とアルコールを流し込む音だけが彼女の耳に
響く。
正直、飲まなければ、やっていられない。
私が、彼を特別視していると?
自分は王だ。すべての者に対し、平等でなければならない。
今回のことは、国の運営として必要だと思い、彼の案を受け入れ
たのだ。
だが、ふと思う。上手く立ち回るつもりだ。立ち回り益を出すこ
とは朝倉と円卓のみんななら可能だ。
しかし、もしもだ。本当に何かあった時、自分は彼を見捨てるこ
とが出来るのだろうか?
解らない。考えれば考える程、空回り。アルコールが彼女の思考
を溶かし、更に迷宮へといざなっていく。
そんな彼女の脳裏に、昔の記憶が映し出される。
幼い頃、朽野と遊んだ公園での記憶。
83
ゲームマスター
仲間と、そして朽野と共に、戦場を駆け抜けた記憶。
︱︱そして、GMとして、朽野と働いた記憶。
﹁ほんま、あの頃に戻りたいよ。朽野君﹂
彼女の小さな呟きが、広い広間に溶けて消えていった。
84
間章・円卓の騎士︵後書き︶
ナイツ・オブ・ザ・ラウンドオンライン
﹃クラス﹄
イェーガー︵猟兵︶:銃に特化。マスケッタ︱の特徴を色濃く残し、
爆薬の扱いも得意とする。︵爆薬の製造も可能︶
85
晴れ時々曇り、ところによりロボが降るでしょう
﹃Hello.起きろ。クソッタレ共。
1
王だろうが、商人だろうが、冒険者だろうが、乞食だろうが、俺の
前では平等にクソッタレなリスナーだっ!
オブ
ザ
the
オンライン
んじ
Round Online系ラジ
ラウンド
それが嫌ならこのチャットルームから出ていけ。っつー訳で、今日
も始めるぜ!
ナイツ
Knights of
オ。DJカズヤが送る番組。名前? んなのは存在しねぇ!
ゃ、いきなり一曲行くぞ。
朝から景気のいいナンバーだ。曲は︱︱︱︱﹄
カタストロフィ
男のダミ声で朽野は、目を覚ます。
そして、そのあとから、響くのは大災害前のヒットナンバーだ。
ゆっくりと目を開けるとそこにあるのは見慣れた天井。コンクリ
ートで出来たその殺風景な天井に、木の根が張っている。
かつては、小さなオフィスとして使われていたそこは、今は見る
影もない。ビルの真横に生えた巨大な木。その根が食い込み、低層
部分は根っこが張ってる。
その為、雨が降ったりすると色々と大変だが、その分、家賃も安
い。
微睡から脱出することが出来ず、布団にもぐろうとし、気づく。
そこは普段のベットではなくソファー。掛物も何もない。
どうして、そうなったか思い出し、のろのろとソファーから起き
上がる。
﹃んじゃ、曲も終わったし、天気予報だ! 今日、神奈川全般で晴
れ。だが、町田、てめぇは駄目だ。晴れのち曇り、ところにより雨
86
が降るでしょうってな! ま、傘は忘れるなよってことだ!﹄
曲も終わり再び流れ出すだみ声に、朽野は、顔をしかめる。
昨日帰ってきたのは3時。4時間睡眠の頭ではこのだみ声は少し
きつい。もっと若いお姉さんの番組もあるというのに自分も何でこ
の番組を聞いているのかわからない。
そんな文句を心の中でつぶやきつつ聞いている朝7時からスター
トするこの番組。朽野の目覚まし代わりに使用している。
オブ
ザ
the
ラウンド
Round Onlin
オンライ
ルイ・アームストロングが耳元で歌っているかのような声、味の
ナイツ
あるいい声だが、明らかにDJ向きの声ではない。
ン
ただ、Knights of
e系のプレイヤーであれば、あのラジオといえば、通じる人気番組
だ。
このラジオ番組はチャットルームを通じて朽野に届いている。ど
ういう原理か知らないが、VRMMOがそのまま現実に引っ張られ
た結果、殆どの機能が残ったままとなっている。
その中でも便利なのが、チャット機能。
携帯とかと同じで、電波︵?︶の悪い場所では聞こえず、また、
妨害されると何も聞こえなくなるのが欠点だが、携帯とかと違って
何かを持つ必要もない。
﹁オーダー。﹃メニュー﹄﹂
≪オーダー確認。メニュー開きます≫
視界が切り替わる。視界の隅に、いくつものアイコンが目に入る。
チャットの項目を見ると﹃全体チャット﹄、﹃パーティーチャッ
ト﹄、﹃フレンドチャット﹄、﹃ギルドチャット﹄、﹃チャットル
ーム﹄とある。
現在、チャットルームは数千。制限なく作れるので、現在増殖中。
朽野は、そのうちのDJカズヤのチャットルームを選択し入ってい
るのだ。
87
カタストロフィ
部屋の設定は、﹃部屋のマスター以外話すことが出来ない﹄とい
うチャットルームしからぬ設定だが、この設定を使って大災害前か
らラジオ番組もどきをやる人々もおり、今もこうしてこうすること
でラジオ番組は成立している。
りっか
ともあれ、ぼんやりしている時間は無い。
隣の部屋で寝ている彼女︱︱六花・由良・ベルクマンから事情を
確認しないといけないのだ。
あの戦闘の後が大変だった。
気絶した彼女を抱え、町田に帰還⋮⋮は、いいのだが、騒ぎを嗅
ぎつけた衛兵やら冒険者やらがわんさか平原に駆け付けたのである。
そのまま捕まったら、どれだけ拘束されるか分かったものではな
い。
なので、﹃円卓﹄にチャットで報告し、こっそり帰宅。彼女を抱
え、尚且つ、衛兵やモンスターを避けつつ戻るのはかなり至難の技
だった。
まぁ、それは、どうでもいいのだが⋮⋮
思い出す。あの戦闘の時の自分の姿を
﹁うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!﹂
二人の間に入り込んで銃を突き付けたり、何というか中2病なこ
とをほざいたり⋮⋮
元々、シリアス向きのキャラではないのだ。
思い出しただけで顏から火が噴き出る程恥ずかしい。
﹁ま、待て、中2病でも似合っていれば問題ない⋮⋮はずだ﹂
剣と銃を装備し鏡の前に立つ。
88
寝間着のまま、恐る恐る、当時のポーズを再現してみる。
腰を低くし、手をクロス。
顏を真横に、銃と剣を突きつけるポーズ。
脳内で当時の状況を再現。
そう、ここは夜の平原。月光が照らす中、豪理さんがこう言った
訳だ。
﹃ねぇ、あなたの名前は?﹄
恐怖に顏を引き攣かせる彼に、自分はこういった。
涼しげな表情で、多分、格好良く見える斜め45度くらい顏を傾
けて
視線は鏡に向けつつ、呟く。
﹁朽野 伸也﹂
﹁何、しているの?﹂
そんな、彼に背後から女性の声が聞こえる。
ポーズを決めたまま、首を回転させ、背後を見る。
そこには、金髪碧眼の美女が顔を引き攣らせながらこちらを見て
いる。
サッと鏡に振り返る。
そこに映るのは、がに股で、手をクロスさせ銃と剣を構えるドヤ
顔の男の姿。
映画や漫画でもたまにあるポーズだが、それは相手がいるから格
好いい訳であって、周りに誰もいないこの状況だと
⋮⋮ただの変なポーズにしか映らなかった。
89
晴れ時々曇り、ところによりロボが降るでしょう
﹁あ、あはははははは、目、覚めたんだ﹂
2
﹁助けてくれてありがと。部屋も貸してくれたことも感謝するわ﹂
乾いた笑みを浮かべる朽野に、お礼を言いつつも、冷めた目で朽
野を見る六花。
小さなテーブルを挟み、二人の手元には、珈琲がおかれている。
これは、神奈川を中心にチェーンを展開するスターファックスが
提供するコーヒーだ。
海外からの輸入が絶えた今、国内でコーヒー豆を入手するのは困
難だ。噂によるとスターファックスの工場内では夜な夜なモンスタ
ーの悲鳴が聞こえてくるという。
今いれたコーヒーはブレンドコーヒーだが、いったい何をブレン
ドしたのか⋮⋮考えたくもない。
﹁で、私をどうするの?﹂
朽野がどういった人物か分からないにも関わらず堂々とした態度。
逆に、家の主である朽野のほうが居心地が悪くなる。
﹁どうするのって﹂
ふむ、と朽野は考え込むように自分の顎を撫でる。
まず、その服を×××いて、その後、ねっとりねっちょりと××
×で、ついでに、×××をつけてもらって、﹃ご主人様、御奉仕だ
ニャン﹄なんて言ってもらって、んでもって、×××を使うのもい
い。
ああ!しかし、×××に、×××を××れるのも︵なろう規約に
より以下略︶
﹁⋮⋮2、3日は自分があなたの身柄を預かります。その後、横浜
90
にあるキャメロット城に同行してもらいます。何、神奈川は﹃比較
的﹄人道的な国です。悪くはしませんよ﹂
と、脳内の妄想を隠し、紳士のような落ち着いた動作でコーヒー
を口に運ぶ。
﹁目、いやらしい。何か邪なことを考えている﹂
ごふる、とコーヒーを噴き出す。
﹁そ、そそそそそ、そんなことありえませんよ。マドモアゼル﹂
やばいばいばい。いや、確かに妄想した。
黄金色の髪をポニーテールに結んだ、うなじの部分とか
芸能人でもみないような日本人と西洋のいいとこ取りの整った容
姿とか、
出るとこ出て、しかも、くびれるところはくびれている、まさに
ドッ、キュッ、ボン!︵死語︶な芸術的な肢体とか、まさに魅惑的
な魅力を振りまいている。
まさにモン○ンでいうG級な存在。この様な至宝の前では妄想し
ないほうが失礼にあたる。
﹁ま、まぁ、年頃の男の子ですし!わ、私を見てそんなこと考える
のは、ま、まぁ当然のことだし!べ、別に恥ずかしい訳でもないし﹂
ハン、と鼻で笑うように話す彼女。態度だけみれば余裕がありそ
うだが、頬が真っ赤に染まり、視線が泳ぎまくっている。
﹁な、成る程、お、男ってものが解っていますね。とはいえ、私は
紳士です。レディーにそんなこと、す、するはずないですよ﹂
紳士といっても変態という名前の紳士だが⋮⋮
ともあれ、二人とも慌てていた。
朽野は、自分がいやらしい妄想をしていたことを言い当てられて
彼女は、自分がそんな目で見られていることを知り
結果として⋮⋮
91
﹁わ、解っているわよ。私も経験豊富だから!そ、そんなのすぐ解
ったもの!﹂
﹁な、成る程、経験豊富、ですか﹂
お礼に身
︵経験豊富、か。じゃあ、俺じゃ相手もされないだろうな。彼氏も
いるんだろう。くそっ、リア充爆発せよ︶
︵ヤバイヤバイヤバイ、経験豊富なんて言っちゃった!
体を要求されたらどうしようっ!き、キスさえ経験ないのにえ、え
ーっとそういう場合、﹃出来る女﹄はどうするんだっけ?︶
そう、六花の内面はかなり純粋だ。しかし、見栄っ張りな性格と、
派手な外見から周囲からは勘違いされやすい。
当然、女性の機微を読むのが下手な朽野がそんなことに気づくこ
となく、お互いに勘違いしたまま、話が進む。
﹁お、お互い肩肘張った話はやめましょ。殺すなり、私の体を自由
にするなり、選択肢はそちらにある訳だし﹂
﹁あるの?﹂
その言葉に、六花は、はぁ、とため息をつく。
﹁勿論、抵抗はするわよ﹂
だが、もし朽野がその気になれば、抵抗は無駄だろう。
自分のHPを確認する。真っ赤なゼロ表示。
HPとは自分を覆うシールドの残りの耐久度だ。ゼロになれば、
当然シールドは消滅。
そして、装備、スキル、チャットなどのプレイヤーとしての様々
な恩恵が使えなくなる。
即ち、一般人と変わらない状況となるのだ。
その言葉に、朽野は、ハァ、とため息をつく。
﹁あ∼、そんなことしないよ。まぁ、欲求はあるがそこまで堕ちて
はいないし﹂
92
朽野の口調が変わる。
戦闘時の冷たい声でも、先程の紳士風でもない。なんというか、
だらけた声というのが一番しっくりくる。
何とも格好のつかない声だが、これが素の彼だと思うと六花の頬
が自然とゆるむ。
﹁警戒されているけど、さっき言った通り、キャメロット城に連れ
て行くってのは本当。まぁ、町田と違ってあそこなら安全だよ﹂
パンツァー
フェアトラーク
ここ町田は、神奈川と東京の境にある。
PANZER VERTRAG系のアイテムが手に入る神奈川で
は貴重な土地。しかし、戦争となれば、真っ先に攻められる場所で
もある。
﹁じゃあ、復活薬寄越しなさいよ。正直、HP0って状況かなり厳
しいんだけど⋮⋮﹂
復活薬、ゲームによっては気づけ薬、蘇生キッドなど様々な名称
はあるが、回復アイテムに関してはどのゲームのプレイヤーでも関
係なく共通の効果を得ることが出来る。
﹁ああ、りょうか⋮⋮﹂
そこで、朽野が言葉を切る。
六花が警戒した面持ちで、彼を見る。気が変わったのか、そう感
じたのだ。
しかし、彼は、違う違う、と苦笑しながら手を振り、こういった。
﹁ごめん、復活薬切らしてた﹂
93
晴れ時々曇り、ところによりロボが降るでしょう
すみません。キリが悪かったので短めです︵汗
2︵後書き︶
94
晴れ時々曇り、ところによりロボが降るでしょう 3︵前書き︶
タイトル、一時的に変更しました。
来週には元に戻します。正直、タイトルは悩みますね︵汗
95
晴れ時々曇り、ところによりロボが降るでしょう 3
本日の天気は晴れ。
昨日に比べ、今日は日差しが強い。どうやら、春から夏へ一歩足
を踏み入れたようだ。
本来であれば、暑い日になりそうだが僅かに陰る雲の影が地上に
僅かな涼しさを与えてくれる。
﹁⋮⋮あづい﹂
だが、暑いものは暑い。
炎やら冷気やらを弾いてくれるシールドも身体に害がない限りは
効果を発揮してくれないようだ。
まだ、六月に突入したばかり、夏本番からは程遠いが、快適だっ
た春に比べると数段きつい。
隣の彼女の首筋にも小さい汗の滴が浮き上がっている。案外汗っ
かきなのかもしれない。
降り注ぐ日光に感謝した。マヤ文明な人達が太陽を信仰する気持
ちを僅かに理解出来た一瞬だった。
そんな視線に気づいたのか、六花が、頬を赤く染めながらキッと、
朽野を睨みつける。
朽野は慌てて視線を街へと向ける。
平原の先に、木々で出来た壁が見える。あそこが町田駅近辺。今
は町田と言われる街のエリアだ。
朽野が住んでいるのは正確には町田の街ではない。
カタストロフィ
町から少し離れたところにある六階建てのビルの一室。
大災害前の建造物が多く残る一角にそのビルは存在する。
街ではないので、ビル周辺にはモンスターが出るが建物の中に入
ってこようとはしない。
96
と、いうよりモンスターには湧き出るポイントというのが存在す
る。
モンスターは決まった場所で発生する。その場所から決まったル
ートで動き、視界に人間が映ると攻撃を仕掛けてくる。
なので、場所さえ選べば案外安全に暮らすことが出来、尚且つ狩
リスポーン
りに行くには丁度いいということで、この平原で稼いでいる冒険者
が多く住んでいる。
まぁ、狩ったモンスターは復活するのに丸1日かかるので、湧い
てもすぐ狩られてしまい、効率がいいか?という点に関してはクエ
ッションがつくが⋮⋮
かつては、﹃町田街道﹄と呼ばれた道を歩く。
ひび割れた道には草木が生え、ビルや建物は傾いている。その表
面には苔や蔦が生やし、風化するのを待っている。
ガタガタと音を立てる荷馬車が二人の前を通過する。荷台を引い
ているのは馬ではなく角の生えた牛のような生き物。
荷台にのっているのは﹃大貿易時代﹄系のプレイヤーだ。
﹁おはよう。朝からデートかい?﹂
このような早朝に人がいるのが珍しかったのだろう。面識のない
荷馬車の主人が声をかけてくる。
﹁あはは、そんなとこ⋮⋮ぐふ、いえ、町田の街に買い物に行こう
かと﹂
ツン、とした、しかし顔を赤く染めた六花の拳が、朽野の腹部に
めり込んでいる。シールドが攻撃判定しなかったらしい。
﹁おう、そうかい。って、嬢ちゃん、HP0じゃないかい﹂
﹁ええ、昨日の狩りで失敗しちゃって、復活薬とか売ってもらえま
せんか?﹂
﹁あー、俺は日常品がメインの商人だからなぁ。薬品系は取り扱っ
97
ていないんだよ﹂
ポリポリ、と頭をかくおっさん。ちなみにこのおっさんが商人と
何故解ったか?
理由は簡単だ。荷馬車を持つことの出来るゲームというと﹃大交
易時代﹄のプレイヤーに限られる。
同時に拠点である大阪からこんなに離れたところにいるとなると
大抵、交易系のプレイヤーだ。
﹁町田まで運んでやるよ。ほら乗った﹂
手を伸ばされ、それに捕まり、二人は荷馬車の上へと登る。
お礼をいうと、ええよええよ、とおっさんが答える。
ガタガタと緩やかな振動を出しながら荷馬車は進む。ゆっくりで
はあるが徒歩より数段早い。
遠くで岩山のような亀と、その素材を求めて戦っているパンツァ
ーの姿が目に入る。﹁きゅるるるるる⋮⋮﹂と言う鳴き声が聞こえ
たと思うと、はるか上空には飛龍が飛んでいる。
いつも通りの平原の光景だ。
﹁東京からの帰りですか?﹂
﹁ああ、そうだよ。最近、国境近辺に山賊が出ると聞いていたから
心配だったが、いやはや襲われることなくてよかったよ﹂
﹁山賊?﹂
﹁ああ、知らないか? 最近、東京の国境線あたりに出るえらく強
い山賊さ。東京の兵士も手を出せずにいる﹂
﹁⋮⋮あの東京が?﹂
東京は、パンツァーという強力な兵器を有した軍事国家だ。
その性質上、山賊に舐められて黙っているとは思わないが⋮⋮
﹁まぁ、あそこら辺の山賊を倒してくれているし、襲われても命ま
では取らないってーから、商人達は逆に彼らを歓迎する奴らもいる
がね﹂
そうこうしていると、町田の入口までたどり着く。
98
﹁うわぁ、すごい! なかなか無いよ。この光景﹂
六花が門を見て、子供のように無邪気な感嘆の声を上げる。
微笑ましく彼女を見る朽野とおっさん。その視線に気づいて、顔
を赤くしキッと睨み付ける。
慌てて視線を門に移す。さっきの表情のせいで、効果は半分だ。
町田を覆う壁。それは1mmの隙間なく生える木々。天を刺すよ
うに生えるそれらは、町田の名物の一つだ。
木々が二か所だけ生えていない場所があり、そこを門と呼んでい
る。
多くの冒険者や行商が、その門に集まり並んでいる。
ここは、﹃神奈川﹄と﹃東京﹄の国境ライン。チェックは自然と
厳しくなる。
VERTRAG系のプレイヤーか
フェアトラーク
だが、それでもこの町は人が集まる。
パンツァー
神奈川に住むPANZER らすると数少ない機械系のパーツが手に入る土地であり、神奈川と
いう国からしても重要な場所、当然多くの兵士を出す。
冒険者達も、神奈川では取れない素材を求めてダンジョンに潜る。
人が集まればおっさん達のような行商も自然と集まる。
そうして、町田は発展を続けている。
最近、キャパオーバーが問題となっているが、それもうれしい悲
鳴というやつだろう。
門を潜ると、Yの字の分岐点に出る。
﹁じゃあ、ここまでだな﹂
と、おっさんが言う。
おっさんは右。そちらは、町田を通り抜ける道で、自分達は中心
部に向かうために左に向かわなければならない。
﹁ここで何か売っていかないんですか?﹂
﹁ああ、東京で殆ど捌けてしまってな。また、仕入れをしなければ
99
ならんしな。それに⋮⋮﹂
言いにくそうにおっさんがいいよどむ。
﹁⋮⋮国境線あたりで感じたが、東京の兵隊さん達の様子が変だ。
妙にソワソワしてやがる。まぁ、なんも起きないと思うが念の為、
な?﹂
嬢ちゃん達も気をつけな、とだけ告げて、おっさんは荷馬車を進
める。
﹁なんだろうな? さっきの言葉﹂
﹁そんなの私が神奈川に侵入したからに決まっているじゃない﹂
確かに目の前の少女と結びつけるのは簡単だ。国境を越えた指名
手配の六花。そして、恐らくは神奈川の国境を越え東京に入ったで
あろう漢の娘の豪理さん。
国境あたりの東京の兵は動揺するだろうが、しかし、一行商であ
るおっさんにそれが伝わる程のことだろうか?
それに正規軍が手を出さない山賊の存在。
﹃円卓﹄に確認を取ると、現在、東京から問い合わせは来ていな
いらしい。
胸の中に違和感が騒ぎ出す。
﹁まずは、情報収集か﹂
﹁その前に復活薬でしょ!﹂
﹁あ、忘れてた﹂
彼女の蹴りが彼の脇腹に食い込んだ。
100
晴れ時々曇り、ところによりロボが降るでしょう 3︵後書き︶
大交易時代online
﹃陸へ! 海へ! 販路を広げ、世界一の商人へ﹄
交易や生産をメインにしたVRMMO。
戦闘職もあるが、充実しているのは生産職。
武器から日常品。様々なアイテムを作り上げ、歯ブラシから石鹸
など作れる物の豊富さが魅力。
数少ない海上移動手段を持つ。
また、販売を得意とする行商達は、荷馬車を操ることが出来、持
続的な移動速度向上、アイテムの保持数の強化など様々なボーナス
があり。
アラビア系、華僑系のデザインが多い。
101
晴れ時々曇り、ところによりロボが降るでしょう 4
町田の中心街へと進む。
ビルが立ち並ぶ光景。街の外とは違い、その形をしっかりと残し
ている。
ただ、所々に水晶の木が生えていたり、用途のわからない歯車が、
ビルから飛び出してグルグルと回っている。
何より違うのは、駅近辺だ。
駅近辺の道は立体となっている。かつては一階は車道、二階は歩
道兼広場となっており、ストリートミュージシャンが演奏している
のをよく見かけた。
今は、一階の車道を塞ぐように木の根が張り中の様子を解らなく
している。
まるで、何かを隠しているかのよう。いや、実際に隠しているの
だ。
出なければ、このような場所に人が住むことなどできない。
﹁これが、町田の地下迷宮、﹃埋れし巨人の都﹄﹂
あの一階部分から始まり地下へと続くダンジョンを彼女は睨みつ
ける。
ごくり、と六花がツバを飲むが、そんな彼女を、朽野は手を引く。
﹁あー、ダンジョン攻略は今度。ほら、こっちだって﹂
﹁え?﹂
中央通りから外れ、赤いレンガの通りへ出る。
人がごった返している。それは中央通りも同じだがこちらは独自
の活気が溢れている。
﹁どうだい?この武器。京都からしいれた妖刀だ。日本人ならまず
102
これでしょ!騎士なら装備可能なのは確認済だよっ﹂
﹁はいはい!冒険者も主婦のあなたも見ていって頂戴!赤字覚悟の
大セールだ。回復薬をなんと二割引!﹂
﹁シャンプー、石鹸。日常品だったらなんでも売るよ!このシャン
プー、ただのシャンプーじゃない。ラベンダーの匂いを染み込ませ
ることに成功した優れ物!どうだい。美人のおねえさん!この製法
は大阪で発見されたばかりだ。ここらじゃまだで回っていないはず
だぜ﹂
﹁魔法の変装キッド!護衛用の火蜥蜴売るよ!ほら!早いもの勝ち
だ﹂
商売魂逞しい商人たちが路上で声を張り上げている。
それらの商品を手に取る冒険者や主婦達。そこをすり抜け、小さ
な商店街へと足を踏み入れる。
﹁朽野。復活薬さっきの露店でも売ってたけど﹂
﹁ん? ああ、悪い。あそこのおっちゃんぼったくるんだよ。友人
の店、もう少し先にあるから、もう少し待ってくれ﹂
商店街の途中でさらに曲がり路地裏に入り込む。
腐った生ごみのすえた臭いが充満する。
六花が警戒心を露わにする。こんなところにある店が真っ当な店
のはずがない。
そう思いつつも彼についていく。
そして、そこはビルとビルの隙間に生まれた正方形の広場。
その一か所に、赤い中華風の装飾をされた扉が目に入る。
朽野は何の警戒もなくその扉の中へと入っていく。
﹁いらっしゃい﹂
そう、声をかけてきたのは青い中華服を身に包み、眼鏡をかけた
青年だ。
103
内装も中華風。どこかでお香の焚いている匂いがする。
落ち着く、しかしどこか蠱惑的な香り。六花は、目の前の青年を
警戒する。
﹁おー、タク、儲かっているか?﹂
﹁そう見えるか? 見ての通り閑古鳥さ。ところで目の前の女性は
何で僕をにらんでいるのかな?﹂
﹁お前が怪しいからだろ﹂
そう返す朽野はどこか親しげな笑みを浮かべる。
﹁怪しい。さて? 僕のどこが怪しいのかな?﹂
鋭い視線を六花に向ける。本気で聞いているのか、それとも冗談
で言っているのか?はたまた脅しているのか、その真意が全く読め
ない。
﹁おーい、タク。そんなんだからモテないんだよほら、六花さん、
復活薬﹂
﹁君に言われたしないな。ああ、店の商品勝手に取るな﹂
﹁ちゃんと金は払うよ﹂
店の棚にあった青いガラス瓶に入ったアイテムを六花に使う。
すると、0だったHPが1へと回復する。
︵六花さん、か︶
何となく、彼の自分への呼び方が気に食わない。
しかし、今は何ともいう訳にいかず、目の前のすべきことだけに
意識を向ける。
﹁オーダー﹃応急処置﹄﹂
≪オーダー確認、﹃応急処置﹄発動します≫
その言葉と同時に、1しかなかったHPが緩やかに回復していく。
104
そのまま、連続使用、HPがみるみる回復していく。
カタストロフィ
試しに、装備を変更してみる。手の中にワルサ︱の銃が生まれる。
特に問題はないようだ。
﹁薬、ありがとうございます。えっと⋮⋮﹂
﹁ふむ、自己紹介がまだだったな。私は﹃タク﹄。まぁ、大災害前
のHNをそのまま使わせて貰っている﹂
﹁六花・由良・ベルクマン。よろしく﹂
そう彼女が手を差し出し、タクが鋭い表情のまま、しかし口元を
ゆるめてその手を握る。
﹁⋮⋮事情がありそうだな。まぁ、あの馬鹿の友人だ。信用は出来
よう。これでも、この町ではそれなりに顔が効く。困ったことがあ
ったら相談しなさい﹂
成程、見た目は怖いが、優しい人なのかもしれない。手を握る優
しい感触とその言葉から、六花はそう判断する。
﹁タク∼。女性の前だからって格好つけるな﹂
﹁⋮⋮何のことだ?﹂
﹁語尾に不自然な間がある。緊張している時のタクの癖だ﹂
そういうと、顔を僅かに赤く染め、タクが顔を逸らす。
﹁で、俺が女連れで驚かないところを見ると事情は把握しているん
だろ?﹂
﹁いや別に? 勝手に、﹃ああ、またトラブルか﹄と思っただけだ。
君が、女連れということはトラブル以外ないからな﹂
﹁あ、ああああ、あるよ? お、俺だって女の子と一緒に出掛けた
ことぐらい⋮⋮﹂
﹁そうだったな。お前にも親はいるしな﹂
﹁おいこら、喧嘩売っているのか?﹂
はっはっは、と笑うタク。そして、ぽつりと小さな声で呟く。
嫉妬
﹁今の君は誓いを破っている。レヴァイアタンには気をつけろ﹂
105
﹁⋮⋮解っている﹂
その言葉に朽野は苦笑めいた表情を浮かべる。
嫉妬
朽野の笑顔の裏にある感情。それは恐怖だ。その顔を見て、六花
は思う。
あれだけの力を誇る朽野が恐れるレヴァイアタンとは何か?
しかし、聞いても教えてくれないだろう。
秘密ばかりの青年。間抜けで、お馬鹿で、だけど、敵国の自分を
嫉妬
身を挺して庇う程お人よしで、﹃円卓﹄のメンバーだったり、レヴ
ァイアタンとかいう大層な名前の組織とも繋がりを持っている。
興味はある。だけど、それを聞ける程、親しくない。それが少し
悲しい。
そんな、六花の様子に気づかず、朽野は話し続ける。
﹁まぁ、辛気臭い話はさておき、なんか面白い話はあるか?﹂
﹁ふむ、今日、入荷の商品が手に入らないんだ。いつもは朝早く来
て迷惑なのに、君が復活薬使うから品切れだよ。こういう時に限っ
て遅い﹂
﹁か、金は払うって﹂
そういって目を逸らす。
﹁そう祈るよ。あ、前回の合コンのツケも徴収するから﹂
ごふる、と朽野が吐血する。
﹁その商人。どこからくる予定だったのですか?﹂
六花の言葉に、タクが感心した風に、ほう、と呟く。
﹁東京だ。何故か、このタイミングでチャットも出来なくなってい
る﹂
そう言って彼は肩をすくめる。
チャットは誰でも使用できる便利なシステムだが、とあるアイテ
ムを使えば一定の範囲で使用出来なくさせることが可能だ。
自然現象でも起こり得るが、町田近辺ではまずそんなことは発生
しない。
106
つまり、誰かが意図的に妨害しているということだ。
﹁彼女は聡明だな。朽野、君も見習え﹂
﹁い、いや、気づいてたよ。あえて言わなかっただけだし﹂
ふけない口笛を吹きながら、朽野は答える。
タクの商売がよくわかった。彼は情報屋だ。
こうして店舗を構え、物も売っている。だが、商品のラインナッ
プはかなり適当。客も来ているとは言い難いが、それでも困った様
子ではない。
つまり、物を売る代わりに情報を売っているのだ。チャットがあ
る以上、店舗に人が来なくても商売は出来る。
﹁一部の商人達も気づいているようだな。今日は露天商の数も少な
い﹂
﹁あと、東京から来た商人がこの町を素通りしていったぞ﹂ 東京と神奈川の境にある街。ここは大きく金が動く街だ。そこを
素通りする商人など殆どいない。 ﹁正直、時間が無い。六花、君の事情は知らないが、仮に、東京の
動きと君が関係するなら今すぐこの町を出ることをお勧めするよ﹂
﹁あ∼、警告ありがたいけど﹂
ちらっと、朽野が入ってきた扉を見る。
﹁ごめん、少し遅かったかも﹂
そういうと同時に、扉が蹴り破られる。
﹁うごく⋮⋮がほっ﹂
開かれた扉を朽野が蹴り返し、乱入者が扉に激突する。
ドラクーン
そのまま、扉に向けて、銃のトリガーを引く。
火薬の乾いた音と、扉の向こうで誰かが崩れ落ちる音がする。
そのまま、外に出る。そこには、一人の男が倒れている。
男を観察する。四肢を強化する鋼鉄の鎧︱︱小型パンツァーを身
107
に包んでいる。
男のHPが0になっていること。そして、意識が無いのを確認し
て、朽野は外に出る。
遠くから聞こえてくる爆発音に悲鳴。
そして、朽野を中心にできた円形の影。真上を見ると⋮⋮
﹁おいおいおいおい!﹂
太陽を遮って降ってくるパンツァーの姿だった。
108
間章:ベテランのルーキー・1
少し時間は遡る。
﹃Hello.起きろ。クソッタレ共。
王だろうが、商人だろうが、冒険者だろうが、乞食だろうが、俺の
前では平等にクソッタレなリスナーだっ!
of
オブ
ザ
the
ラウンド
オンライン
んじ
Online系ラジ
んなのは存在しねぇ!
Round
それが嫌ならこのチャットルームから出ていけ。っつー訳で、今日
も始めるぜ!
ナイツ
Knights
オ。DJカズヤが送る番組。名前?
ゃ、いきなり一曲行くぞ。
朝から景気のいいナンバーだ。曲は︱︱︱︱﹄
カタストロフィ
流れるのは、大災害以前のヒットナンバー。
その曲に合わせて、緑坂 哲雄は口ずさむ。
どこまでも続く平原。風が吹くと、草の波が巻き起こる。空の日
差しは強いが、どこまでも青い空は見ているだけで気持ちがいい。
﹁隊長、交代の時間ッス﹂
そう言ってきたのは、部下の少年。まだ、高校生くらいだろうか。
黒のロープに、手には幾何学的な模様がびっしりと描かれた杖。
頬には、縦に入った傷がある。彼がここに来て三日目で出来た傷だ。
カタストロフィ
﹁んじゃ、後は頼むわ。あ、そろそろ、あそこにモンスター湧くだ
ろうから。片づけておいて﹂
﹁了解ッス﹂
ナイツ
of
ルーキー
オブ
ザ
the
Round
ラウンド
傷のある彼とは付き合いが長い。大災害が起きた直後からの知り
オンライン
合いで、当時はまだ、Knights
Online系における初期職、訓練兵だった。
初期職は弱い。どのジョブの装備も使えるというメリットはある
109
がそれだけだ。
彼を連れまわし、さっさと転職させ、その後もあれこれ、一緒に
活動していたら、同じ部隊に所属することになった。
所謂、腐れ縁というやつだ。
緑坂は﹁よっ﹂と声を上げて起き上がる。
彼が座っているのは、とうの昔に廃棄されたパンツァーの腕の部
分。
雨風にさらされ、少しづつ塗装がはがれつつある。
よくよく見ると、この光景にふさわしくない鉄の塊や、何かが爆
発して出来たクレーターが草の隙間から見て取れる。
背後には、柵に覆われた自分達の基地がある。
ここは、草原。それと同時に神奈川と東京の接する国境線でもあ
る。
その光景を見ていると、ふと、その草原に、違和感がよぎる。
﹁隊長? どうしやした?﹂
今日、■■川全般で晴れ。
﹁んー、なんか、いつもと違わね? こう、ほら、草原がさ﹂
﹁隊長∼。遅れてきた中二病ッスか?﹂
﹁んだと、てめぇ﹂ ﹃んじゃ、曲も■■■し、天■予報だ!
■■■■■■■■■■■■■■■!﹄
だ■、町田、て■■■駄目だ。晴れのち曇り、とこ■■■■■■ょ
うってな!
ラジオ
急につけっぱなしだったチャットにノイズが走る。
﹁︱︱︱っ!! おい! 全員叩き起こせ!﹂
﹁へ?﹂
ぽかん、と少年が呆けた顏をする。
110
チャットは、何気に途絶えやすい。自然現象でも簡単に途絶える
し、意図的に妨害することも出来る。
しかし、ここ町田近辺でチャットが妨害されるような自然現象は
発生しない。消去法で考えると、誰かによる意図的な妨害だ。
つまり︱︱
﹁敵が来るっつーてんだよ! いいから、さっさとっ﹂
しゃー、という音と共に、ミサイルが二人の真横を通り過ぎる。
同時に巻き起こる爆発。背中から熱が押し寄せる。
﹁お、おい!なんだ﹂﹁てきだ、敵襲∼∼∼∼∼!!﹂
﹁くそ! おい、偵察はどうなってやがる﹂﹁いてぇ! いてぇよ
!﹂
少年は慌てて振り返り、しかし緑坂は前を見る。
風が吹く。靡く草木。そして、その波が不自然に割れている場所
がある。
不自然に折れた草。丁度、それはパンツァー一つ分の大きさだ。
﹁そこかっ!﹂
緑坂が、装備を切り替える。
そこから取り出すのは、野球の球だ。
ドルイド
左足を上げ、ボールを持った手は大きく振りかぶる。
彼のクラスは森呪師。呪歌と呼ばれるサポート系の魔法を得意と
し薬品を扱うのも得意。そして、もう一つ得意とするのが⋮⋮
﹁元野球選手を舐めんな。ゴラァ!﹂
投擲スキル。
足が地面につき、一瞬遅れてボールが放たれる。
プロの腕と、ゲームのスキルが合わさって異常な精度と速度をも
ってボールは狙った地点を穿ち、そして爆発。
パチパチ、と火の手が上がる。その場所には、パンツァーの残骸
111
が炎を上げている。
ナイト
ヴァイキング
彼が投げたのは、自分で調合した爆薬を詰めたボールだ。威力は
彼のスキルもあるが見ての通りだ。
周囲に兵士達が集まってくる。前衛職である騎士と狂戦士が前へ。
壁を作り出す。
ルーンユーザー
ローグ
﹁てめぇら遅いぞ! 今ので終わりだと思うな! おら! さっさ
と配置につけ。呪石使い達は対空戦用意。盗賊達。索敵しろ。早く
っ!﹂
周囲に指示を出しつつ、緑坂は先の残骸を見る。警戒はしていた。
しかし、ここまで近づかれたのは何故だ?
ローグ
相手は恐らくは偵察型。姿を隠すような機構がついた機体のよう
だ。しかし、盗賊達の警戒網をどう抜けてきた?
一般的に、パンツァーのステルス機能は完璧ではない。
姿を消すことが出来るが、センサーの対策が出来ていなかったり
姿を消し、センサーにも引っかからないのがあったかと思えば、
ものすごい音を立てたりでどこかに穴がある。
そういった穴が少ない程、偵察機としては高性能であり、前線に
いる彼らはそれなりのレベルとスキルを持っている。
つまりは、自分達以上の敵を相手にしているということだ。
そして、そんな連中なのに、襲撃のセオリー。つまりは一気に畳
み掛けることをしようとしない。
おかしい、何かがおかしい。
ローグ
﹁索敵結果出ました! 敵は⋮⋮﹂
﹁はい、そこまでー﹂
知らない声がした。
同時に、報告に来た盗賊の首がぽろり、と落ちる。
噴き出る血。その血を浴びながらにやにや、と笑っているのは、
一人の中年。
112
白髪交じりの髪に、細く、しかし、引き締まった体。皮肉げに歪
of
オブ
the
ザ
Round
ラウンド
んだ口にタバコを加え、手には武骨な斧が握られている。
﹁悪いね。お邪魔しているよ﹂
﹁なんだ、てめぇ?﹂
ナイツ
一瞬遅れて、周囲の兵士達が武器を構える。
オンライン
目の前にいるのは、Knights
Online系のプレイヤー。
そして、クラスは⋮⋮
﹁え?﹂
そこにいた皆が凍りつく。
相手のステータス。ほぼ隠されているが、職業だけはしっかり読
むことが出来る。
ルーキー
そこに書かれているのは彼の予想していた戦士職ではなく、初期
職である訓練兵。
ルーキー
そんな反応にクックック、と男が笑う。
﹁おう、ベテランの訓練兵だ。よろしくな﹂
113
間章:ベテランのルーキー・2
カタストロフィ
当然の話だが国を維持するには、武力と経済力が必要だ。
大災害により日本という国は消滅した。
武力の象徴ともいえる近代兵器がプレイヤーに全く効果がなくな
り、そして、一部兵器にこの世界の創造主ともいえる﹃運営﹄から
﹃規制﹄が入ったことにより、軍として機能しなくなったのだ。
一般人が軍人より強いという状況。当然、日本は力あるプレイヤ
ーを押さえつけることが出来ず、次々と独立していった。
くもつき えいし
神奈川と東京。この二つは、真っ先に独立して出来た国だ。
正確には、東京の初代総理大臣 雲月 詠史が日本政府の代わり
になるとクーデターを起こし、それから身を守る為に、神奈川が独
立した。
ここまでで一年。そして、次の二年目。戦争が起きた。
だが、その戦争も長続きしなかった。
東京の初代総理大臣が殺されたというのもあるが、双方とも戦争
を続けて国を維持できるほどの経済基盤が出来上がっていなかった
のだ。
当然、今もその状況は変わらない。
なのに、何故⋮⋮
﹁なんで、てめぇら、東京の兵士がここにいるんだ? あ?﹂
緑坂の言葉に、彼はクックックと笑う。
﹁おいおい、いつ俺が東京の兵士だと言ったよ? 俺は、そこらに
いる山賊よ。ちょっくら、町田に宝探しに行く最中さ﹂
﹁で、その山賊さんは何を探しているんだ?﹂
明らかに嘘だ。しかし、周囲にパンツァーが潜んでいる可能性が
114
高い以上、索敵する時間を稼ぐ必要がある。
︵せめて、こっちのパンツァー部隊が出そろうまで持てばいいんだ
が⋮⋮︶
パンツァーの欠点の一つとして、パンツァーをアイテムとして保
存できない点だ。
パンツァー乗りは、パンツァーを召喚する魔方陣のある場所かド
ックまで移動しなければならない。
しかし、召喚すれば強力な力を発揮することが出来る。
﹁おう、聞いて驚け。俺らが追っているのは﹃運営﹄だ﹂
カタストロフィ
その言葉に緑坂がフリーズする。
緑坂も大災害時、VRMMOをプレイしていた。だから、﹃運営﹄
からのあのふざけたアナウンスは、しっかりと聞いていた。
この世界を滅茶苦茶にした存在。それに対し、様々な意見がある。
ごく普通に暮らす一般市民の殆どが、日常を破壊されたことに怒
り、
残り僅かな社会的地位の低かったゲーマーや、或いはこの世界で
権力者になりあがった者達は言葉には出さないが、﹃運営﹄に対し
感謝していた。
緑坂は、これに関しては微妙な心境だ。
自分はかつてプロ野球選手だった。しかし、怪我により引退。
野球は人生のすべてだった。しかし、彼が野球が好きだったか?
となると話は別だ。
彼が愛していたのは野球を通して手に入れる地位と名声だったか
らだ。だから、引退後、草野球に混じることなく、偶然知ったVR
MMOにのめり込んでいった。
ゲームの中で強くなればなるほど、ちやほやされた。
彼はこれしかない、と思った。学も無い、無愛想な自分がTVで
115
活躍することなどまず無い。
ドルイド
だから、どんどんのめり込んでいき、森呪師でありながら、歌わ
ず投擲ばかりレベルを上げるプレイヤーとして、異色なプレイヤー
カタストロフィ
としてその地位を確立していった。
そんな日々の中、大災害によってすべてが変わった。
ゲームのアバターと同じステータスになった自分。怪我で痛みを
カタストロフィ
抱えた足は、思う通り動き、投擲すれば、現役時代以上の球速を叩
きだすことが出来た。
しかし、自分の活躍すべき本当の舞台であるプロ野球は、大災害
と共に失われてしまった。
﹁﹃運営﹄捕まえてどうするんだよ?﹂
﹁東京に売るのさ∼。やつらの目的は、世界を元に戻すことだろ?﹂
﹁⋮⋮それを信じると思うか?﹂
﹁いいや、だが、いい時間稼ぎが出来ただろう? お互いに﹂
瞬間、パンツァーのある格納庫から爆発音が響き渡る。
﹁パ、パンツァーだ!﹂﹁武器を、早く武器を!﹂﹁くそ、こっち
のパンツァーは全滅してるってーのに!﹂
仲間の悲鳴に皆の意識が爆発音のする方向に向く。
﹁馬鹿っ! 前を向け!﹂
﹁おせえ﹂
緑坂の忠告に、中年の男が、にい、と口を歪め、手に日本刀を呼
び出す。
振るわれた刀が前列にいた三人のシールドを突き破り首を跳ね飛
ばす。
味方の血のシャワーで、皆に動揺が走る。
︵やばい!︶
116
ヴァイキング
その隙を突かれないように緑坂は球を握り振りかぶる。
ヴァイキング
その行動に、中年は、首の飛んだ狂戦士を盾にする。
緑坂がボールを投擲する。狂戦士に当たると予想された球は、突
如に軌道を変える。
かつて、彼が得意としていたカーブだ。ストライクゾーンから外
ヴァイキング
れた一撃だが、あいにく、ここは球場ではない戦場だ。
その球は、絶妙なコントロールで狂戦士の股の間を潜る。
ヴァイキング
﹁うお! あぶねぇ!﹂
狂戦士の肩に乗り、それを踏み台に更に上へと跳ねる。
次の瞬間、爆発が起きる。
スナイパー
しかし、兵士達はもう、意識を逸らすことはない。
﹁狙撃手!﹂
﹁させるかって﹂
スナイパー
中年が弓を呼び出す。空中で弓を引き、そのまま放つ。
余り力が入っていないように見える一撃は、隠れた狙撃手を射抜
く。
﹁うおおおおおおおおおおおおおおお!! オーダー! ﹃ドラゴ
ヴァイキング
ン⋮⋮﹂
ヴァイキング
狂戦士の斧が赤く輝き、落ちてくる男に振るおうし⋮⋮
﹁甘い﹂
次に呼び出したのは槍。
斧よりリーチが長い槍が大きく明けた狂戦士の口に押し込み、そ
のまま喉元を突き破る。
血が噴き出す。それを浴びて男は、笑みを深くする。 ﹁おいおいおい! てめぇらそれでも国境を守る兵士かよ! こん
なおっさん一人倒せなくてどうすんだよ﹂
中年の男がおかしそうに笑う。
117
おかしい。何かがおかしい。
ルーキー
それは皆気づいていた。
﹁訓練兵の癖に!﹂
ナイト
中年はそう言って剣を振るう騎士の懐に入り込み、ナイフを呼び
ナイト
ルーキー
出す。そしてそのまま、喉を掻っ切る。
ルーキー
騎士の言うとおり、敵は訓練兵だ。
訓練兵は、初期職。ゆえに﹃何でも装備出来る﹄というメリット
を持つが、ステータスはどうしても貧弱。
また、手に入るスキルが少ないのでどうしても、他の職に比べる
と弱いと思われている。
ルーキー
だが、今こうして数十人の兵士達に囲まれた訓練兵が周囲の兵士
の懐に入り込み飄々と切り裂いていく。
レベル差がある。技量に差がある。これは確かだ。しかし、仮に
も国境の警備を任されている精鋭だ。
ある程度高レベルの部下達が一撃で倒されるのはどういうことか。
そして、そんな自分達が、一撃も与えられず、沈んでいくという
事実。周囲に焦りの色が帯び始める。
﹁⋮⋮隊長﹂
横から声をかけられる。腹心の少年と視線が合う。
﹁やれ!﹂
﹁うっす!﹂
それだけで通じ合う。
﹁てめぇら、下がれ!﹂
﹁オーダー!﹃フリーズ・スリザス﹄﹂
少年のオーダーと共に氷の茨が生える。
﹁お?﹂
中年の足元に氷の茨が生える。それは男の足を伝い、絡みつき動
きを妨害する。
118
ルーンマスター
氷属性は、火属性に比べ火力に劣るが、こういった妨害などに優
れている。
ルーンマスター
ここに所属する一般の呪石師なら彼の動きを妨害することは出来
ルーンマスター
ない。だが、この少年は、自分が手塩にかけて育てた呪石師だ。並
みの呪石師とは違う。
ドルイド
ルーンマスター
出来る隙は一瞬。だが、それで十分だ。
ナイト
イェーガ
﹁おら! 森呪師共さっさと歌え! 呪石師! さっさと詠唱だ。
騎士。てめぇらは壁になることだけ考えろ! 猟兵。てめぇらは足
止めだ!﹂
兵士達が、緑坂の言葉に従い陣形を整える。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
男の顏から笑みが消える。
男が装備を変える。手元に現れた弓を構え、放つ。
﹃オーダー! ﹃アイギス﹄!﹄
騎士達が一斉にスキルを発動させる。
﹃アイギス﹄それは、どんな攻撃でも一度は防ぐスキル。
それが、例え理不尽な攻撃力を持つ目の前の化け物の一撃だった
としても、だ。
光に覆われた騎士が矢を弾く。
﹁あ、やべ﹂
その隙を狙って、火や氷、矢、そして⋮⋮
﹁くらいやがれ!﹂
それに混じって緑坂が投擲する。
そして起きる爆発。視界が真っ白に染まり、爆風と共に、砂や石
が飛んでくる。
﹁やったか?﹂
全兵力による一斉攻撃。これなら、あの化け物も耐えきれまい、
ほっとした空気が流れた矢先⋮⋮
119
﹁いってぇ∼﹂
未だ晴れぬ砂煙。そこから声がした。
一歩一歩、近づいてくる足音。兵士達に動揺が走る。
﹁ここまでの一撃は久しぶりだ。いや、おっさん舐めてたわ。うん、
本当、反省﹂
砂煙の中、男が現れる。頬から血を流し、埃まみれ、だが、無事
だ。
﹁あ∼、やっぱ、腕一本やられたか。再生まで一週間かかるな。こ
りゃ﹂
そういう彼の両腕は無事だ。
彼の言っている言葉の意味が解らない。しかし、そんなことを気
にする余裕は緑坂達にはない。
男の顏が鋭くなったからだ。。
笑みを浮かべて、しかし、先程までの遊んでいたようなへらへら
とした笑みではなく、獲物を前にしたライオンのような獰猛な笑み。
﹁褒めて遣わす。我を傷つけたこと誇りに思うがいい。お礼にとい
っては何だが、我も本気を出そう。奴隷扱いだった亜人の剣闘士か
ら成り上がり、救国の英雄まで上り詰めた我が力。とくと味わうが
いいっ!﹂
亜人?帝国?剣闘士?何を言っているのか、理解出来ない。
しかし、砂煙の中、男の背中から浮かび上がる青く透明な5本の
腕。それが蕾が花開くように広がり、そして⋮⋮
ヘカトンテイル
≪警告:敵、ユニークスキル:﹃巨人の一撃﹄発動を確認≫
その警告と共に暴風が吹き荒れた。
120
間章:ベテランのルーキー・3︵前書き︶
本日2回連続投稿
121
間章:ベテランのルーキー・3
風はいいものだ。
血の匂いや何かの燃える匂い。そういった不快なものをすべて流
し去ってくれる。
先ほどまで鬼神の如き、殺戮を繰り返した男は、草原の真ん中で
ゆっくりとタバコを吹かしている。
彼は強かった。﹃前の人生﹄を合わせて、何人殺してきたか、正
直三桁に到達したあたりから数えていない。
だが、彼は好んで人を殺してきたわけではない。そうせざる得な
い状況だった、というのもある。
﹁﹃人を一人殺せば人殺しであるが、数千人殺せば英雄である﹄か。
じゃあ、俺はまだ人殺しか? さすがに、数千は殺していない。う
ん、殺していないはずだ﹂
﹁ポーテューズの言葉ですか﹂
背後から声がし、振り返る。
﹁おお、白石か∼﹂
実をいうと先から気づいていたが、今気づいたように振る舞う。
﹁⋮⋮ご無事のようですね。赤城殿﹂
それは、軍服に身を包んだ若い青年。顔立ちは整っており、目に
は銀プチの眼鏡。一件、学校に一人はいる秀才のような容貌だが、
この殺気は学生が出せるような物ではない。赤城から見れば、場の
空気に侵されて殺気を放ち続けるあたり、まだまだ若造だ。
﹁おー、白石か。そっちはどうだ?﹂
﹁ハッ、赤城殿が精鋭を抑えてくれたお陰でこちらは被害が出ずに
済みました﹂
そう真面目に答える青年にやれやれ、と内心思う。何というか、
自分の副官にしては色々と硬すぎる。
122
いや、硬いのはいいのだが、どこか相性が合わないのだ。多分、
あちらもそう感じているだろう。
ともあれ、被害が無いのはなにより、正直、パンツァーからすれ
ば緑坂は相性が悪い相手だった。
あの抜群のコントロールで、パンツァーの眼であるセンサーを破
壊され、落とされたプレイヤーは数多く見てきた。
だから、途中までステルス機能のあるパンツァーに相乗りし、基
地に乗り込んだのだ。
結果として貴重な偵察兵を失ったが、あの遠くまで広がっている
草原を見つからず侵入するにはそれしかなかったのだ。
その後は簡単だ。厄介な緑坂は、自分が相手し、その間に、側面
からパンツァー部隊が突入する。シンプルだが効果的な作戦だ。
﹁しかし、今回もアッサリ終わったなぁ﹂
赤城がぽつり、と呟く。
﹁⋮⋮あなたのことだから大抵あっさりで終わるのではないですか
?﹂
白石は目の前の男の規格外の強さを知っている。
たった一人で、あんな人数を相手出来るプレイヤーを他には知ら
ない。
それがどんな異常なことか、白石は解る。この世界になってから
個々の能力に大きく差が出るようになった。
低レベルのプレイヤーからすれば、高レベルのプレイヤーは蟻と
象くらいの差が出る。
しかし、高レベルになればなるほど、その差はでなくなる。ゲー
ム化されているので、能力差は職業と装備くらいしかなくなるのだ。
そんな中、初期職というハンデを抱えながら、たった一人であれ
123
だけの無双が出来るはずがない。常識で考えれば⋮⋮
だが、実際に目の前の男は正面からぶつかってそれだけの成果を
上げている。
﹁俺も苦戦したことあるぞ﹂
﹁へぇ、それはどんな怪物で?﹂
少し前までは彼は傭兵だった。確か東京に雇われていたはずだ。
﹁ん。まぁ、群馬の連中はヤバかった。後は、神奈川の円卓の騎士。
京都から来た侍。あれもいい勝負だったよ。ああ、そうだ。人で限
定しなければ︱︱﹂
何かを思い出すようにタバコを吹かす。
﹁緑の騎士。あれは二度と会いたくない、な﹂
﹁⋮⋮噂程度だと思っていましたが、実在するのですか?﹂
緑の騎士。その名前を出した時、白石の表情が怪訝な顏をする。
だよなぁ、と赤城は思う。緑の騎士は噂程度、都市伝説の存在だ。
何度か神奈川は東京に追い詰められたことがある。その度に現れ
たユニークモンスターが﹃緑の騎士﹄だ。
そのモンスターは戦場を駆けまわり、戦況をひっくり返したとさ
れている。
正直、そんな公式記録は残っておらず、円卓の騎士の誰かの武勇
が独り歩きした結果だろうと考えられている。
普通に考えるなら、緑の騎士なんて眉唾モノを信じるくらいなら
そちらのほうが現実味がある。
﹁まぁ、言っても信じないだろうなぁ﹂
﹁ええ、そのような都市伝説は興味ありませんので﹂
そういうと赤城は﹁だよなぁ﹂と小さく笑う。
白石はそんなことには興味ないので、必要なことのみ確認する。
124
﹁ところで、敵の指揮官は?﹂
﹁ん∼。そこら辺でぶっ倒れているはずだぞ﹂
﹁⋮⋮殺していないので?﹂
﹁お前、緑坂っつーたらプロ野球選手じゃねぇか。マイナーどこだ
がいい選手だったぞ?﹂
﹁野球など知りません。殺しておかないと後で遺憾を残します﹂
﹁お前、野球も見ないのかよ﹂
﹁この世界ではそんな娯楽は流行りません。必要なのは力です﹂
そう白石はにこりともせずにいう。うん、こいつとはやっぱり肌
が合わない。
﹁それに奴の副官? が彼を助けようとするからな。あれだけ愛さ
れている奴を殺すのもこっちとしても忍びない。それに、俺達が﹃
運営﹄を殺せば、世界は元通り。なら、無理に殺す必要もないだろ
う?﹂
どうせ、彼はしばらく動けない。なら、放っておいても支障はな
エルダー・マザー
いはずだ。そこで死ぬならそれまでの男だということ。
そう、自分達は﹃運営﹄を殺す為にここにいる。
みずき あやか
﹃運営﹄を殺せば、世界は元通りになると東京の﹃大祖母﹄が予
くもつき えいし
言したらしい。
先代の首相雲月 詠史とは違い、今の首相水城 綾香の目的は世
界を元に戻すこと
そんな首相だったから赤城も力を貸している。
しかし、目の前の男が、僅かに声を落とし⋮⋮
﹁そう、ですね﹂
それだけ答える。
その反応に、赤城は心の中でため息を吐く。
首相は、多少無茶なことをしてでも世界を基に戻すつもりだ。
しかし、今、内情は一枚岩では無い。
125
甘い蜜を吸う者、彼のような力の信者にとっては世界を基に戻さ
れても困るのだ。
︵やれやれ、面倒なことで︶
赤城は心の中で呟く、下手すると、またしたくない殺しを続けな
ければならなくなる。それは正直御免だ。
﹁うっし! 一気に行くぞ。町田まで一直線だ!﹂
心の中で不安を抱えながら、彼は大きな声を上げ、彼の部下達が
同調し武器を鳴らす。
彼の視線の先、そこには、巨大な木に覆われた町田の街が映って
いた。
126
変化するということ・1
小学校の頃、﹃漫画の主人公﹄になりたかった。
女の子からモテモテで強い主人公。そう、俺は小学校の頃から﹃
モテたい﹄と思っていた。
漫画の主人公だったらどう行動するか、考え実行していった。
みんながスカート捲りやらで盛り上がっている中、自分は只管、
﹃モテよう﹄と女の子の味方であろうとし続けた。
⋮⋮結果、ハブられた。
や、男からハブられるのは解るが、女子なんでお前らも自分をハ
ブるのよ?
後になって、当時のことを女子に話を聞いてみると﹁いや、なん
か顏ってーか雰囲気がキモかった﹂と、ふざけるな!
それでも、モテることを諦めていなかった。
で、気づいたらフェンシングを始めていた。
⋮⋮うん、自分でも当時の行動原理はよくわからない。
まぁ、多分、ハブられた状態でやることが無かったことと、
なにかの漫画に影響されたのと﹃他人と違う俺、KAKEEEE
!﹄っていう中二病を拗らせていたんだと思う。
俺はこれにのめり込んだ。これで強くなれば俺もモテる。そう信
じていたからだ。
そんな不純な動機で小学校後半から、中学、高校と只管、フェン
シングに打ち込んできた。
127
手段と目的が逆転したのはいつからだっただろうか
次第に自分は、﹃モテる﹄ことより﹃強くなる﹄ことに比重をお
くようになった。
技を磨き、どこまでも強くなりたかった。
無論、モテたいという願望が消えた訳では無いが、フェンシング
は面白かったし、国体の選手に選ばれるようになる頃には、周囲の
目も変わり、女の子にも好かれ始めた。
所謂、モテ期というやつだ。その頃には、フェンシングばかりで、
彼女を作るとかそういった学生らしいことは出来なかった。今思え
ば勿体無い話だ。
あれから色々とあった。
そう、色々だ。フェンシングを辞め、ゲームにハマり、そして異
世界めいた現実で右往左往している。
ふと思う。今の自分はあの頃の自分と相当変わってしまった。
別人と言ってもいい。かつての自分が目指した方向と全く違うと
ころへ行ってしまった自分。
あの頃の自分が、今の俺を見たら、なんて思うのだろう?
◆◇◆◇◆
路地裏を駆ける。
背後から迫るのは、四つ足のパンツァーだ。
128
手の部分は蟹のような爪になっており、その独眼の瞳といい、人
型から外れつつある。
背中の部分からは煙突のような金属の筒が伸びている。
あの武装は見たことがある。
確か、迫撃砲とかそういった武装だ。上に砲弾を打ち上げ、相手
の頭上から攻撃するための装備だ。
あの後、落ちてきたパンツァーに追われ続けている。
タクは店の中だ。あの店に被害が出たらどれだけ請求されるかわ
からない。
なので、逆方向に逃げてきた。結果がこの追いかけっこだ。
パンツァーが狭い路地を一生懸命進んでいる。
機体名は﹃シュラネヴァダ﹄。なんか格好いい名前だが、見た目
がちょいっとダサい。
﹁朽野! あれ、倒せないの?﹂
﹁可能だけど! ここだと戦いにくい!﹂
狭い路地、ここで戦うとなるとパワー勝負だ。
そういったのは、朽野のスタイルには合わない。
﹁今は、逃げる!﹂
本来ならパンツァーのほうが移動速度が速いはずだが、しかし狭
い路地を駆けまわっている分、こちらのほうが有利だ。
実際、後ろのパンツァーは、身体を斜めに、壁を削りながら、必
死に蟹のような手をこちらに伸ばしてくる。
﹁⋮⋮六花!﹂
慌てて、朽野が彼女の腕を引く。
一瞬送れて伸びたパンツァーの鋏が、彼女の髪を僅かに刈り取っ
ていく。
﹁あ、ありがと﹂
129
﹁あと少し、頑張れ!﹂
息が上がりそうになるのを堪えながら、走り抜け、そして、よう
やく、戦いの舞台に辿りつく。
そこは商店街だ。
正直、狭い車道に両脇に、歩道があるだけ。
両脇には店が連ねている為、あまりスペースはない。
正直、動きにくい。だが、パンツァーは更に動きにくい。
ここでなら、有利な状況で戦える。
ガシャガシャ音を立てて、パンツァーが姿を現す。
狭い路地を走ったせいか、塗装の一部が剥げているが、戦闘能力
には支障ななさそうだ。
だが、この程度の相手、問題ない。いつも通り、相棒である突剣
伸、うわっと!﹂
﹃フランベルク﹄と短銃﹃ドラクーン﹄を装備。
ムスケテール
﹁銃士朽野
名乗っている最中に、目の前のパンツァーがその鋏を繰り出して
きた。
﹁ちょ、名乗っている最中で攻撃するな!﹂
体を傾けて相手の攻撃を避け、そのまま、カウンターで剣を繰り
出す。
パンツァーの腕の間接部分、そこをピンポイントで突き刺すが、
シールドに阻まれる。
その隙に、残った腕が、朽野を狙う。
﹁っ!﹂
避けようのないタイミングで繰り出された一撃は朽野の首を狙い。
しかし、何事もなかったかのようにその一撃は彼の頭上を通り抜け
る。
130
﹁あ∼、ちょっと甘く見てた。一撃で腕のシールドくらいは壊せる
と思ったんだけどなぁ﹂
下手したら死ぬかもしれない一撃。しかし、朽野の雰囲気はいつ
もと変わらない。
豪理と戦った時のような冷たい雰囲気は一切ない。口ではああい
っているが、それほどでもない相手ということらしい。
パンツァーのシールドは他のプレイヤーと違い。右手、左手、右
足、左足、頭、胴体と計6か所に解れている。
他のゲームのプレイヤーなら、HP0にすれば戦いは終わりだが、
パンツァーの場合、腕のHP0にしても、動体のシールドを破壊し
なければ、戦いは終わらない。
だが、腕を破壊すれば、それだけで戦いは有利になる。
﹁あ∼、武装からして砲撃メインの遠距離系だな。その四足は、迫
撃砲を安定させる為のものか﹂
答えはない。代わりに、鋏が大きく開き、中からレンズのついた
機械が飛び出す。
レーザー砲だ。
﹁六花! 隠れろ!﹂
朽野目がけて、レーザーが発射される。
あらかじめ、軌道を読んでいた彼は、その一撃を避け、一歩前へ
出る。
背後で爆発音がするが無視。そのまま、一気に駆ける。
慌てて、パンツァーも下がりつつ、背中の迫撃砲を起動させる。
いくらなんでも、朽野とパンツァーは距離は殆ど無い。
自分をまきこむつもりか?装甲に自信があると思われる。
だが、巻き込まれるつもりはない。
﹁オーダー﹃ブリッツ﹄!﹂
131
≪オーダー確認。﹃ブリッツ﹄発動します≫
朽野は自身の体が放電し始めたのを確認し、ダン、と地面を踏み
込む。コンクリートの車道がひび割れ、同時に朽野は超加速を得る。
その勢いのまま、パンツァーの足を貫く。引き抜くと、関節部か
ら煙が吹き出し力を失う。
電気属性の付加と、無駄なモーションが無いこと。そして、この
超加速。威力こそ低いが燃費もいいので朽野はよく使用するスキル
だ。
パンツァーは何とか残った足でバランスを取ろうとするが、正面
にあるもう一本の足を銃で撃ちぬく。
その身体はゆっくりと傾き、同時に、すでに発射体制に入ってい
た迫撃砲は、ポスン!と音を立てて、見当違いの方向へ飛んでいく。
その方向は、壁の向こう側。しばらくして遠くから爆発音が響き
渡る。
パンツァーは慌てて、その両腕を振るう。
しかし、足が動かない状況下、攻撃できる範囲は限られている。
そんな攻撃当たるはずがない。
タン、と地面を跳ね、その胴体へ。手に持った銃を打ち込む。
≪パッシブスキル:﹃近接銃術﹄発動≫
ダン、ダン、ダン、ダン、とリズムカルに、ただ、トリガーを引
き続ける。
≪パッシブスキル:﹃近接銃術﹄発動≫
≪パッシブスキル:﹃近接銃術﹄発動≫
≪パッシブスキル:﹃近接銃術﹄発動≫ ≪パッシブスキル:﹃近接銃術﹄発動≫
連続でアナウンスが流れるとうるさい。
慌てて、朽野を引きづり落とそうとする鋏を、朽野の細剣が切り
刻む。
132
臆病な性格なのだろう。武装を見ればわかる。
遠距離を、それも相手が見えない距離からの砲撃を主体とした武
装。
そして、ボディーの強度を上げているが、足は重量に耐えれるが、
HPが低いものを、手は軽量化の為に鋏を選択。
確かに、ボディーを強めるのは大事だが、肝心の攻撃出来るパー
ツをないがしろにすれば、単なる鉄の棺桶だ。
ほら、手も無くなった。
いやいや、と首を振るパンツァーにトドメの一撃を打ち込む。
それと同時に、パンツァーは起動を停止したのだった。
133
変化するということ・1︵後書き︶
機体名﹃シュラネヴァダ﹄の評価
タイプ:量産型
格闘:D−
射撃:C+
装甲:C+
耐久:A
機動:A
燃料:C+
特殊機能:射撃武装内蔵
現場の声﹁設計者出てこい﹂
名前は某チャットの方からいただき、ステータスは﹃なったった
ー﹄から
パンツァーの名前、考えるのが下手なので、使わない名前とかあ
ったら募集中しておりますorz
134
変化するということ・2
﹁さて、状況を確認すると﹂
パンツァーから引っこ抜いたプレイヤーは、ごく普通のサラリー
マンといった風貌の男だった。
七三分けの頭に、黒縁眼鏡。経理あたりに居そうな感じの男。そ
んな男が迷彩服を着込んでいてもコスプレにしか見えない。
キョロキョロと周囲を伺っている。恐らく、住民からの報復に怯
えているのだろう。
そんなに心配しなくても、住民は退避済。しかし、そんなことを
伝える義理はない。
それにしても、と周囲に意識を向ける。
遠くからマシンガンの銃声と、魔法の打ち合う音が響く。
しかし、その音の殆どは銃声。つまりはパンツァー側が優勢のよ
うだ。
︵急がないと色々やばいよな︶
しかし、何をするにしても、まず情報だ。
﹁えーっと、君達は東京の兵士だよね﹂
﹁ち、違う。俺達はさ、山賊だ﹂
ポリポリ、と朽野は頭を掻き、そして⋮⋮
﹁じゃあ、いいや﹂
軽くそう言って銃を彼の額に押し付け⋮⋮
﹁う、うわぁぁぁぁぁぁ﹂
慌てて顏を逸らす。
間一髪で、頭を逸らし避ける。
﹁な、なにを!﹂
135
﹁や∼、本当のこと教えてくれないなら、処分しようかな?って﹂
その言葉に男が真っ青になる。男が銃痕を見て、顔色が青から白
へと変わっていく。
冗談かではない。そう思ってくれたようだ。
﹁ごめんなさい。彼、東京の兵士に恨みがあるの。私としては助け
たいけど、正直に話さないと何されるか分からないわよ?﹂
その言葉に、男がひぃ、と震えあがる。
﹁言う!正直に話す! だから、待て!﹂ 男が鼻水やら涙を垂らしながら訴えかけてくる。
無論、当てるつもりはない。引き金を引いたのも、避けられるタ
イミングで引いている。
六花もそれを理解しているのか、絶妙なタイミングで支援してく
れた。
刑事がよく事情聴取で使う飴と鞭というやつだ。
﹁わ、私は東京、せ、西部軍所属! 位は三等兵﹂
﹁兵力は?﹂
﹁ひゃ、百。七十はパンツァー。残りは、それ以外のプレイヤーだ﹂
﹁その程度で町田が落とされるってことは高レベルのプレイヤーが
混じっているな? 隊長は?﹂
﹁あ、赤城大佐です﹂
その言葉に、朽野は天を仰ぐ。
︵あのおっさん、まだこんな野党のようなことをしてるのかよ︶
前回の戦争の時、傭兵として、暴れまわった人物だ。
確か、その当時の功績で大佐という異例の出世をしたという話だ。
だが、自分が東京の立場だったとして、そうでもしてでも彼は引
き入れるだろう。
あの力は超人としかいいようのない。
朽野も何度か戦場であったことがある。あの戦いっぷりを知って
いる身としては二度と戦いたくない相手だ。
136
﹁⋮⋮目的は?﹂
その言葉に、男は、六花を見て言いにくそうにする。
﹁いい。今の反応で大体分かった。理由は何か聞いているのか?﹂
﹁し、知らない﹂
﹁そうか⋮⋮﹂
そう言って、銃を手に持つ。
﹁い、いや! 本当だ! 本当に知らないんだ! ただ、私達はそ
の女を⋮⋮﹂
それ以上は言わせない。彼の膝目がけて銃を放つ。
﹁あ、うがああああああああああああ!﹂
男のシールドが破壊され、貫通し足を貫く。
﹁おーい、タクー﹂
﹁はいはい﹂
物陰から、タクが姿を現す。
﹁彼、お願い﹂
﹁おい、連れていけ﹂
﹁え? い、いや、やだ。やめろーーーーーーーー!!﹂
タクの背後に控えていたスーツの男達が、うずくまる男の両脇を
抱えて連れて行く。
﹁⋮⋮殺されはしないさ。うん、殺されは、ね﹂
その様子を、六花はじっと見ている。
﹁ん? どうかした?﹂
﹁イメージしてた君と違うなって思って、あの人達は何?﹂
⋮⋮警戒心を持たれたか。
会って間もない関係。精々、彼女は自分のことを、精々、どこか
抜けている三枚目だと思っていたのだろう。
いや、会っているけどさ。うん、自分で言って悲しくなってきた。
﹁あれは、タクのところの従業員。まぁ、精々、情報を搾り取られ
137
て後で、東京の国境あたりに捨て置かれるだろうな﹂
﹁⋮⋮そう﹂
少しほっとした感じで、彼女は呟く。
その顏に少し罪悪感を覚える。
そう、確かに命はとらない。情報を搾り取るだけだ。だが、どの
ようにして搾り取るかは話していない。
まぁ、あの様子だと﹃そこまでは﹄酷いことにはならないだろう
が、無傷ということはまずありえない。
︵汚れちゃった。私︶
なんて、言いたくなるが、昔の自分ならまず、こんなことしない
だろう。
﹁タクさんや﹂。
﹁なんだい? 伸也お爺さん﹂
いつもの硬質な声で、しかし、冗談に乗ってくれる友人。
少し、吹きそうになるが我慢する。
﹁この町の状況どうなっている?﹂
タクはちらっと、彼女を見て、そして言う。
﹁町田の主力部隊は、ほぼ壊滅状態。あとは各地で一部冒険者が抵
抗しているのは確認取れている﹂
﹁それって、もう占拠されているってことか﹂
町田は国境の街だ。人員もそれなりに揃えている。
それなのに、こんなあっさり落とされるとは⋮⋮
﹁国境があっさり落とされたこと。そして、そこからのスピードを
意識しての進軍。町田が国境落とされたことを知ると、ほぼ同じタ
イミングで攻め込んできたそうだ。準備も糞もなかったようだな﹂
ここには高レベルのダンジョンがある為、レベルの高いプレイヤ
ーが集まる。
だが、彼らの殆どが町田の街を救う意味などない。彼らからすれ
138
ば街の支配者が変わるだけ、ダンジョンがあれば関係ないのだ。
﹃正直、言うぞ。彼女を見捨てろ﹄
チャットでタクが声をかけてくる。
﹃あ∼、やっぱ、そういう結論になるよな﹄
﹃相手は、あの赤城だ。何度か戦ったことあるお前なら解るだろう
? あいつは必要であれば、非道な選択を選んでくる。そう、例え
ば街を人質に取る、とかだ﹄
赤城の性格はよく理解している。
彼は、無用な殺生を好まない。しかし、必要であれば、どんなこ
とでもする。
そして、それをすべて背負う気概を持っている。まさに、将とい
える存在だ。
六花を見る。美少女と言っても過言ではないが、彼女と話してみ
て解る。
ごく、普通の女の子だ。
そんな彼女を赤城が狙う理由など、朽野には思いつきもしない。
だが、東京が彼女を追い、豪理が彼女を追って国境を越え、そし
てついには、名将率いる軍隊が国境警備隊を押しのけ、町田の街ま
で陥落させる。 そこまでするのだ。町を人質にとって、出てこいなんて真似しか
ねない。
﹃彼女に投降を促す放送を流すか。或いは、彼女を差し出せ、と彼
女の写真をばら撒くか。彼らの戦力を考えると、ここに居座るつも
りはない。神奈川から戦力が送られてくる前にオサラバするつもり
だ。だから、多少な無茶はしてくると思うぞ﹄
100人程度、確かに神奈川から兵が送られてくるまでにくまな
く町田の街を探すには人員が足りない。
139
天を仰ぎ、そして、嘆息。
﹃彼らは、どこにいる?﹄
﹃町田の駅前だ﹄
ダンジョンの入口。アイテムショップから葬式屋までそろってい
る正に町の中心だ。
六花がこちらを見ている。
ああ、自分達が何を話しているのか、何となく理解しているのだ
ろう。
体は震えている。しかし、状況を理解しているのだろう。逃げ出
そうとしない。
強い子だ。朽野は本当にそう思う。同じ立場だったら錯乱して何
をしでかしているか分からない。
震えながらも、毅然とするその姿は、とても輝いていて、後ろめ
たい自分は真っ直ぐ彼女を見ることが出来ない。
﹁彼らに伝えてくれ。彼女を、差し出す、と。それと⋮⋮﹂
チャットではなく彼女に聞こえるように肉声で、それが自分に出
来る精いっぱいの誠意だから
ふと、思う。がむしゃらにフェンシングに打ち込んでいた真っ直
ぐだった自分。
あの頃の自分なら、街の戦力を結集して正面から攻め込んだかも
しれない。
だが、あの頃の自分とは違う。解ってしまうのだ。この町の戦力
では赤城の率いる軍勢には勝てない、と
だから、被害の少ない手段をとった。それだけのこと。
自分の言い訳がましい思考に苦笑する。
ふと思う。黒く汚れてしまった自分。
140
あの頃の自分が、今の自分を見たら、なんて思うのだろう?
141
変化するということ・2︵後書き︶
次の話、ストックにあったのですが間違えてデリートしてしまいま
した。
更新は、多分来週になりますorz
142
変化するということ・3
ポツポツ、と降り出した雨は次第に強くなる。
ねずみ色の空に、濡れて黒くなったアスファルト。
まるで、二人の心情を現すかのような空に、心の中で小さく舌打
ちをする。
その姿に、六花が心配そうに朽野を見る。
一番大変なのは彼女だというのに、しかし、それに答える余裕は
朽野にはない。
ただ、繋いだ手をぎゅっと強く握る。
今の彼女は普段と変わりない。束縛するようなロープや手錠など
一切使ってない。
ただ、彼女を縛るのは、その繋いだ手のみ。
彼女も握る手が強くなる。ほっとしたように笑うが、顔色は少し
白い。
そもそも、強気な彼女がこんなに感情を露わにするなんて、彼女
も相当追い詰められているのだろう。
そうしてたどり着いたのが町田駅前。
少し前まで、冒険者や商人、場合によっては棺桶屋やら、主婦な
どでごった返していたこの場所も今は静まりかえっている。
とは言っても人がいない訳では無い。
音を立てず、佇む兵士達。何も言わず、ただ視線のみをこちらに
向けてくる。
︵広場にパンツァー2、その他プレイヤー10。〇井屋上、遠距離
型パンツァー2、小田急のビルには狙撃型が1か︶
143
そして、兵士達の中心にいるのは二人の男。
﹁おー、よく来たな﹂
そういうのは、赤城大地。いつの間にか、大佐などと大層な役職
をもらっている男は、朽野の記憶の中とあまり変わりがない。
樽の上に腰掛け皮肉げな表情を浮かべている。
前あった時より少々白髪が増えているが、それでも、肉体的に衰
えている様子はなく、寧ろ活力にあふれている。
手には赤ワイン。彼の着込んでいるマントと同じ色だ。
﹁よ∼。はじめまして、だな。俺は赤城一佐だ。えーっと、朽野伸
也だっけ?﹂
気づいた様子はない。いや、気づくはずもないのだ。
こちら側からすると何度か顔を合わせているが、あちら側からす
るとはじめまして、だ。
と思ったら、赤城は自分の顔をじーっと眺めてくる。もしかして、
気づかれたか?
﹁えーっと何か?﹂
﹁いや、おっさん、ちーっと疑い深くてな。おーい、白石。円卓の
騎士に朽野っていたか?﹂
嫉
﹁はい、あまり目立ちませんが存在します。朽野伸也。戦後、円卓
妬
の騎士に選ばれた男です。戦場でのそこそこの働きと、レヴァイア
タンと呼ばれる組織とも深い繋がりがあるとかで選ばれたとか。円
卓に選ばれる理由にしては弱いですが、まぁ、人数合わせで選ばれ
たようですね﹂
円卓の席は12席。東京との小競り合いで1名、命を落としてる。
確かに、自分が円卓に選ばれた背景にはそういったこともある。
﹁そうか。まぁ、どこのどいつかはどーでもいいんだけどよ﹂
144
その言葉に、報告した副官らしき男がむっとする。
服装からしてパンツァー乗り、か。なんというか神経質そうな男
だ。二人の会話からして上手くいっていないように思われる。
﹁さっきから気になってるんだが、その探るような眼、一体なんだ
?﹂
じろり、と赤城がこちらを見る。
﹁あ、あはは。何のことです?﹂
相変わらずいい勘をしている。
﹁やー、おっさんの勘違いじゃなければ、さっきうちの兵力を確認
してたよな? ご丁寧に、隠していたスナイパーの位置まで確認し
やがって﹂
﹁しょ、小心者なんですよ。一応、なんかあった時の逃げ道は用意
しておきたいので﹂
あはははははは、と乾いた笑い声をあげる。
頬に冷や汗が伝う。これは、演技ではなく本当の冷や汗だ。
﹁ああ、心配せんでも、そちらのお嬢さんを渡してくれれば、何も
せんよ﹂
朽野の表情が苦悶に歪む。が、それも一瞬だ。
﹁わかった。今、受け渡す﹂
﹁⋮⋮あっさりしているな﹂
﹁自分だって我が身が可愛いです。彼女といたら、自分の命さえ危
ういし﹂
﹁そこは安心してください。彼女さえ手に入ればこの町には興味は
ありません﹂
そういうのは、副官の白石だ。朽野を見るその目は軽蔑の色が思
いっきり出ている。
まぁ、そうだろう。朽野が取り付けた約束は、街の住民の安全で
145
はなく自分たった一人の身の安全なのだから
だが、朽野はそんな視線を無視し、彼女の背を、ぽん、と押す。
その軽い感触が胸を打つ。
浮かぶのは罪悪感。そして、本当にこの選択で正しかったのか?
という迷いが苦悶の表情となって現れる。
だが、最早、流れてしまったことは変えようが無く⋮⋮
一歩、二歩、三歩と彼女が進み。そして、白石が彼女の腕を引き、
後ろへ下がる。
﹁⋮⋮気にくわねぇ﹂
赤城がぽつり、と呟く。
そこには、飄々としたおっさんの雰囲気は一切ない。
﹁何か企んでいるな? おっさんに教えろよ﹂
口調は、軽い。しかし、その空気は飛び掛かる寸前のオオカミそ
のもの。
目の前の獲物を食い殺さんと牙を剥く。
ゆっくりと朽野に近づいてくる赤城。一歩進むごとにその殺気は
濃密になる。
﹁え、えーっと。何といいますか﹂
その殺気に当てられ、乾いた笑いをあげながら、頬を掻く。そし
て⋮⋮
﹁俺が何かするんじゃないかって警戒するなら、後ろの女をちゃん
と見張れ。ばーか﹂
次の瞬間、幾つかのことが同時に起こった。
朽野が銃を白石に向けて放ち、白石が、よろめく。
146
赤城は朽野に向けて、大剣を振り下ろし、細剣で弾く。
そして連続しておきる爆発音。六花を中心に円を描くように、地
面が破壊され、そして︱︱
﹁しまった!﹂
六花の立つ地面が沈み、そのまま地下へ広がるダンジョンへと落
ちていく。
上手くいった、赤城の鋭すぎる視線に冷や汗を掻きながらにやり、
と笑みを浮かべる。
︵う、上手くいった。マジ冷や汗ものだったけど︶
朽野は、ここに来る前の会話を思い出す。
◆◇◆◇◆
タクからの六花を見捨てろ、という言葉。
その言葉に朽野は一瞬、怒りを覚えた。しかし、すぐその熱も冷
める。
彼も何も感じていない訳では無いのだ。考え抜いたうえでの結論
なのだろう。
必要以上に硬い彼の声がそれを物語っている。
だから、考える。他に手はないか?と。
﹃彼らは、どこにいる?﹄
﹃町田の駅前だ﹄
ダンジョンの入口。アイテムショップから葬式屋までそろってい
る正に町の中心だ。
六花がこちらを見ている。
147
ああ、自分達が何を話しているのか、何となく理解しているのだ
ろう。
体は震えている。しかし、状況を理解しているのだろう。逃げ出
そうとしない。
強い子だ。朽野は本当にそう思う。同じ立場だったら錯乱して何
をしでかしているか分からない。
震えながらも、毅然とするその姿は、とても輝いていて、後ろめ
たい自分は真っ直ぐ彼女を見ることが出来ない。
目を逸らしながらも考える。
﹁彼らに伝えてくれ。彼女を、差し出す、と。それと⋮⋮﹂
チャットではなく彼女に聞こえるように肉声で、それが自分に出
来る精いっぱいの誠意だから
﹁今、ダンジョンに潜っている冒険者に連絡を、爆弾使える奴いる
だろう? あとチャットをジャミングする装置。それもとびっきり
上等なやつ貸してくれない?﹂
その言葉に、タクがぴくりと眉を動かす。
﹁現在ダンジョンに潜っている奴らとは連絡は取れるし、装置も幾
つかあるが⋮⋮何をするつもりだ?﹂
﹁要するに街を人質に取られなければいいんだろう? なら、街に
は隠れられない。門から街の外に出ることは戦力的に難しい。可能
だったとしても、チャットを通じて街を人質にされたら元も子もな
い。なら、ダンジョンに逃げ込めばいいんじゃないか? それもチ
ャットの通じない状況にしてさ﹂
確かに自分達が知らなければ街の人間を人質にしようもない。当
たり前だが対象が知らなければ人質の意味は全くない。
だからこそのチャットのジャミング装置。タクならかなり質のい
いジャミング装置を幾つかかりることが出来るはずだ。
148
﹁無謀だ。敵の本陣、しかも相手は赤城だぞ?しかも、あそこは上
位ダンジョン、そんなに上手くいくはずがない﹂
﹁あー、まぁ、何とかするさ﹂
その言葉に、タクがはぁ、とため息をつく。
﹁⋮⋮お前のことだ。最悪、何とかするだろうが﹃あれ﹄にはリス
クが付きまとう。それだけは覚えておけよ﹂
それに対し、朽野は曖昧な笑みで返す。
﹁⋮⋮六花さん。見捨てるなどと言ってすまなかった。こちらとし
ての方針は決まった。君はどうする?﹂
﹁どうする、とは?﹂
﹁彼に乗るか。乗らないか、だ﹂
その問いに関して、六花は無言で朽野に近づく。
﹁え? 何?﹂
その無表情に一歩引いた朽野。その一歩分さえも彼女は詰め寄り、
そして、二人の距離は0になる。
甘い、ラベンダーの香りと共に、頬に暖かく、そして柔らかい感
触が押し当てられる。
ぽかん、とする男達に、六花は、ふん、とその大きな胸を張って
笑う。
﹁何、固まっているの? 頬にキスなんて挨拶のようなものだし﹂
そう言いながらも、六花は頬を真っ赤に染めている。
﹁タクのいうことは理解出来る。可能性がないならそっちに従うの
もありかなとも思ったけど⋮⋮﹂
強い意志を持った目。それが熱をもって朽野を見る。
﹁生きれる可能性があるなら死にたくない。だけど、私にあげられ
るものはない。だから、その⋮⋮﹂
視線を逸らし、今度こそトマトのように真っ赤になりながら彼女
149
はいう。
﹁も、もし、私を神奈川まで連れて行ってあげたら、そ、その、そ
の先までしてあげても、いい、わよ?﹂
◆◇◆◇◆
﹁ふ、ふふふふふふ﹂
思い出したらテンションが上がってきた。
不思議だ。心は熱く燃え上がっているのに、頭はどこまでも澄み
渡っている。
自分の熱き情熱が、触れた雨をその場で蒸発させていく。
戦闘時、心も頭もどこまでも冷め渡っているが、今は違うっ!
ハートは震えるし、燃え尽きるほどにヒート。血液はビートを刻
みすぎて、鼻血となって噴き出している。
﹁おーい、白石、俺、あれと戦うのかよ? 変わってくれない?﹂
﹁嫌です。なんか、よくわかりませんが発情して我を失っています
し、私は﹃アーッ!﹄にはなりたくないです﹂
﹁しかし、まいったなぁ。おい﹂
ダンジョンに降りるのは簡単だ。しかし、降りてその間に神奈川
の軍隊が到着したら完全に逃げ道を失ってしまう。
ダンジョンには別の出口もあるが、問題なのはすべて神奈川方面
に繋がっているということ。
﹁まぁ、いい。こいつ、捉えずひっ捕らえるとすっか。なーんか情
150
報引き出せるかもしれないし﹂
そういって、赤城が武器を振り下ろし、朽野もそれより早く武器
を振るう。
ただし、下に向けてだ。
﹁オーダー﹃グラン・シャリオ﹄﹂
剣から放たれた七つの閃光が、朽野の地面を砕く。
そう、彼には戦う必要はない。必要なのはどうやって逃げるかだ。
一瞬の浮遊感と共に、それは落下へと変わる。
朽野の首めがけて振り下ろされた剣は、朽野の髪を数本とシール
ドを削る。
﹁ふははははは、また会おう! 明智君!﹂
そういって、朽野は自身の空けた穴へと落ちていく。
暗闇の中を下へ下へと、その胸に達成感を抱きながら、ただただ
落ちていく。
151
変化するということ・3︵後書き︶
次回から、ダンジョン攻略開始です
152
そんなこんなでダンジョン攻略
勇者が死んだ、自分がその知らせを聞いたのは、教会で祈りを捧
げていた時のことだった。
呆然と立ち尽くす者、膝から崩れ落ちる者、泣きだす者。
上層区に建てられた教会だ。この場で祈りを捧げているのはそれ
なりの地位や名声を持った人間ばかり
日々、騙しあい、表に感情を出すことのない貴族や商人達が絶望
を露わにしている。
まるで、世界が終わったかのような表情をする彼ら。いや、実際
にこの世界、﹃アーガイズ﹄の命運が尽きてしまったのだ。
勇者。
それは、伯爵家に生まれた貴族であり、
女神に祝福された神の子であり、
発明品で国を発展させた学者であり、
そして、レイピアと魔法を持って常に前線で戦い続けた英雄でも
あった。
別の世界からやってきた魔族と対抗できる唯一の存在として、仲
間達と魔王との最終決戦に赴いたのが一ヶ月前。
誰もが、女神に祈り。そして、その願いがかなうことがなかった。
だから⋮⋮
﹁箱舟計画を実行する﹂
議会︱︱﹃円卓﹄の決議によりその計画が実行されることとなっ
153
た。
﹃箱舟計画﹄。
優れた魔術師でもあった勇者が考案し、しかし、その内容ゆえ誰
にも発表されることなく死蔵される予定だった計画。
しかし、勇者の遺品の中からその計画書は発見され実行されるこ
ととなった。
人の魂は輪廻する。その魂の行く着く先はこの世界とは限らない。
鳩
この計画は、魂にビーコンとなる魔術を刻み付け、その刻み付け
られた﹃被験者﹄を異世界に転生させ、そのビーコンを頼りに異世
界の扉を開くというもの。
この計画の為、全世界から優れた魔術師達が集められた。
理由は二つ。異世界の扉を開く方法が召喚術の応用であり、それ
鳩
を発動させる為には、多くの召喚士が必要だということ。
そして、もう一つの理由は﹃被験者﹄の条件を満たすのは優れた
魔力を持つ者に限られたということだ。
ビーコンも一種の魔術だ。
その術を発動させ、尚且つ異世界でも観測出来るほどの魔力とな
鳩
るとかなり候補が限られる。
そこで﹃被験者﹄として選ばれたのが自分だ。
﹁⋮⋮人類の為だ。頼む﹂
そう、親から言われ、断ることが出来るはずも無かった。
ビーコンの術はシンプルなものだ。魂に焼き付けるので、少し辛
いが大したことはない。
問題は、異世界に転生するということだ。
つまり、それは相手に死ね、ということ。
ああ、この子煩悩な父には厳しい決断だろう。
涙で頬を濡らし、拳を血が出るほどに握りしめた父の姿に何も言
154
えなくなる。
その手を取って自分は笑う。多少、笑顔が引き攣っているだろう
が、そこは仕方ない。だって本当に怖いのだ。
﹁解りました。では、先にあちらでお待ちしていますね?﹂
それでも、無理に笑みを作る。
もっとも辛いのはお父様なのだから、せめて自分の最後の記憶は
笑みであって欲しい。
その意図を感じ取ったのか、お父様は涙を拭き、ぎこちない笑み
で返す。
﹁ああ、ああ! 姿形が変わろうとも必ずお前を見つけて見せる。
だから、その時は私をまた父と呼んでくれ。約束だ﹂
︱︱そうして、自分は死んだ。
再び、目が覚めたのは、﹃地球﹄と言われる世界の日本という国。
何故か記憶を残したまま転生した自分は、新たな名前で第二の人
生を歩むことになる。
平和な国だった。
奴隷もなく、戦争もなく、飢えで苦しむこともない。何より魔族
が存在しない。
前の世界に比べるとまさに理想郷ともいえる世界。
なのに、何故、あの世界に戻りたい、と思うのだろう?
﹁お父様、約束はどうしたのですか?﹂
ビーコンは今も、異世界に向けて発信中。
155
なのに、みんなが来る気配は未だない。
◆◇◆◇◆
そして、六花の意識はゆっくりと覚醒する。
パチパチ、と何かが弾ける音と共に感じるのは肌寒さと近くで感
じるじんわりと染み渡る暖かさ。
目を開けると、目の前にたき火が燃えている。
﹁ここ、は?﹂
うす暗い空間。暗闇はどこまでも広がっており、解るのはたき火
を中心とした僅かな範囲のみ。
︵そうだ、私は⋮⋮︶
町田駅前での出来事を思い出す。
赤城という男の率いる部隊と朽野がぶつかり、自分はダンジョン
に落ちて、そして⋮⋮
そこからの記憶がない。あるのは気を失っている間に見た夢くら
いだ。
﹁夢、か﹂
カタストロフィ
懐かしい夢だ。自分の頬に触れると僅かに濡れている。
あの夢は自分がこの世界に来る前、そして、大災害までの記憶だ。
ここ最近、全く見なかったが、どうやらホームシックになってい
るようだ。
と、近くから物音がした。
足音はしない。しかし、僅かに布の擦れる音と小さな呼吸が聞こ
156
える。
﹁⋮⋮っ!﹂
装備を変更、愛用の銃を呼び出し、音の方向に構える。
﹁⋮⋮目が覚めたか﹂
広がる闇から、落ち着いた女性の声がした。
そこから姿を現したのは小柄な女性。
鋭い知的な相貌。長い黒髪と白い肌を持つ小柄な少女、和服でも
着込んでいれば完全に日本人形だ。
しかし、彼女が着込んでいるのは、シノビの服。
闇に溶け込むような黒い服。口元を隠すマフラーが彼女の表情を
解りにくくしている。
可愛らしい女の子だ。しかし、その放つ気配は刃のような鋭さと
それを律する安定感を感じさせる。
イメージするのは侍。恐らく、岐阜の戦国斬鬼onlineのプ
レイヤーだ。
﹁一応、言っておくが拙者は敵ではない﹂
相手が敵意がないことを示すように、両手を上げる。
拙者? 時代錯誤な言い方にまず違和感を感じる。
てんが
﹁⋮⋮ああ、すまない。昔からの癖でな。気にしないでくれると助
かる﹂ そう、小さく苦笑する。
﹁拙者の名はテンガ、天の牙と書き、天牙と読む﹂
本名ではない。恐らくHNか?と思ったら彼女は﹁真名だよ﹂と
答える。
その言葉の意味は解らない。
しかし名乗られたからにはこちらも名乗らないと礼に反する。
157
﹁あ、私は⋮⋮﹂
りっか
﹁知っておるよ。六花・由良・ベルクマン。タクから話は聞いてお
る﹂
そういって彼女は笑みを浮かべる。
敵ではない。タクの名前が出てきたのもそうだが、本能的に味方
だと判断。六花はゆっくりと銃を下す。
ありがとう、と天牙は言い、たき火に近づき、腰掛ける。
たき火越しに、互いに向かい合う。
パチッ、と薪が弾け、火の粉が宙に消えていく。
﹁このダンジョンについて知っているか?﹂
﹁名前だけは、上位ダンジョンって﹂
﹁そうだ。補足すると、ここはかなり巨大なダンジョンで、文字通
り機械仕掛けの巨人が多く存在する。ドロップアイテムはパンツァ
ーのパーツ、まぁ、パンツァーの元となった種族という設定だから
当たり前だな。また、このダンジョンは幾つか出入り口があり、そ
の一つは神奈川へ通じている﹂
そこまでいって彼女は言葉を切る、そして、真っ直ぐ六花の眼を
見る。
﹁ここの地下道を抜けて神奈川へ向かうとタクから聞いたが正気か
?﹂
確かに、今の自分は身を守るのはこの銃のみ。
このまま、朽野と合流し、ダンジョンを抜ける予定だがパンツァ
ーの持っていないパンツァー乗りなど、足手まといでしかない。
それでも⋮⋮
﹁私は神奈川へ行かないといけない﹂
朽野に助けてもらった命だ。どんなに苦しかろうと、地べたに這
いつくばろうと最後の最後まで生きることを諦めてはならない。
それに︱︱
158
﹃ああ、ああ! 姿形が変わろうとも必ずお前を見つけて見せる。
だから、その時は私をまた父と呼んでくれ。約束だ﹄
生きていれば、この記憶を保持したまま、﹃かつての家族﹄と再
会出来るかもしれない。
無論、希望的観測でしかない。何故なら、六花が生を受けてから
一度も異世界からの扉が開いた形跡がないのだ。
しかし、だからといって希望はゼロではない。その希望を今も信
じ続けている。
そんな彼女を天牙は見つめている。
﹁どうやら、主も特別な星の下に生まれた者ようだな﹂
﹁⋮⋮何のことです?﹂
﹁誤魔化さなくてもいい。我が魔眼がそう告げている﹂
﹁魔眼なんてスキルは戦国斬鬼onlineになかったはずでは?﹂
﹁ゲームのスキルではない。拙者の魔眼はすべてを見透かす。過去、
現在、未来。すべてを、な﹂
クックック、と天牙が笑う。
その言葉に、六花は、ぴんと来る。
﹁あなた、もしかして転生者?﹂
その言葉に天牙が何か、語ろうとし、そして⋮⋮
﹁あれ? TENGAなんでここにいる?﹂
男の声がした。
その声に、天牙は、油の切れたロボットのように、ぎこちない動
きで後ろを向く。
159
さっきまでの凛とした空気を失った天牙はその姿を見て引き攣っ
た笑みを浮かべ
﹁朽野、伸也﹂
そう、恐れるように呟いた。
160
そんなこんなでダンジョン攻略︵後書き︶
戦国斬鬼online
﹃鬼を切り、人を切り、修羅となれ﹄
和風オンラインゲーム。
侍、忍者、陰陽師、僧兵などの和風のジョブが充実。
時に都に出現する鬼を狩り、時に戦で人を切り、その強さを磨いて
いく。
161
人はそれを黒歴史と呼ぶ︵前書き︶
投稿遅れました。も、モンハンやってたわけじゃないよ?︵滝汗
162
人はそれを黒歴史と呼ぶ
なんというか、懐かしい顔を見かけた。
朽野とタク、そして六花で決めた集合地点。
そこには、六花の他にもう一人、少女の姿があった。
﹁あれ? TENGAなんでここにいる?﹂
その声に、天牙は、油の切れたロボットのように、ぎこちない動
きで後ろを向く。
さっきまでの凛とした空気を失った天牙はその姿を見て引き攣っ
た笑みを浮かべ⋮⋮
﹁朽野、伸也﹂
なんか、恐るように呟いている。
はて?自分、彼女に何かしたっけか?
﹁あ、やっぱTENGAか。半年ぶりか。まだ、町田で活動してた
のか? って、ああ、タクが一人、冒険者雇ったとか言ってたな。
なんだよ、TENGAだったんなら最初から言ってくれればいいの
に﹂
人形のような容姿を真っ青にしつつ、彼女は口を開く。
﹁ぼ、僕はTE、TENGAじゃない!﹂
﹁おいおい、俺はちゃんと天牙と言ったじゃないか?﹂
﹁違う、さっきはTENGAだった!﹂
﹁あだ名で呼ばれたくなかったか、ごめん、田中さ⋮⋮﹂
﹁田中でもない!僕の真名は天牙だ!﹂
毎回疑問だが、彼女はどうやってローマ字読みと漢字読みを聞き
分けているのだろうか?
ちなみに、TENGAの意味を知らない子は、絶対ググってはい
163
けない。お兄さんとの約束だ。
﹁今、絶対変なこと考えている。そんな気配がする!﹂
甲高い声がうるさい。朽野は﹁はぁ⋮⋮﹂とため息をついて一言。
﹁⋮⋮キャラ設定崩れているぞ﹂
ぼそっと呟いたその言葉に、田中、改め天牙の動きが止まる。
乱れた呼吸を直し、表情をキリッと、擬音語が出そうな顔、しか
しその顔は冷や汗が垂れている。
﹁ふむ、拙者としたことが、少し取り乱した。そ、その、そう我が
内にあるもう一つの人格が表に出てしまったようだ﹂
そっと、左目を撫でるが、あんた、設定だと魔眼は右目じゃなか
ったっけ?
﹁これはどういうこと?﹂
そのやり取りを不思議そうに見る六花に、朽野は笑顔で答える。
﹁ああ、彼女、ただの厨二病だから﹂
﹁ふ、ふん、信じるか信じないかは主次第。拙者は拙者の道を征く
のみ。何とでも言うが良い﹂
本人は格好つけているつもりらしいが、何というか色々と残念な
空気が滲み出している。
﹁別にいいものじゃないわよ。特別な力とかそういうのって⋮⋮﹂
⋮⋮目の前に、本物の中2設定の人物がいれば、尚更だ。
ぽつり、と呟いた六花の言葉。在り来たりのセリフではあるが、
何というか、その言葉にはその立場になったことのある者だけが持
つ独特な重みがある。
そんな彼女にビビったのか天牙が彼女から離れ、朽野に来い来い、
と手招きをする。
なんだよ、と思いつつ、ちょっとごめん、と言葉を残し、天牙に
近づく。
164
焚き火から離れて、少々暗い。背後に気を配りつつ彼女の横に座
る。そんな朽野に天牙はそっと顔を近づけ耳元で話しかける。
彼女の吐息が朽野の耳をくすぐる。
﹁⋮⋮彼女一体何者だ? この拙者が気圧されるとは、只者ではあ
るまい?﹂
といいますが、あなた、元から結構ビビリですよ。
さて、問題は彼女が何者か、自分もよくわからない。
ただ、解るのは、モデル顔負けの容姿とか、黄金色のポニーテー
ルに結んだ髪とか、控えめに見えるうなじが色っぽいこと。
あとあの自己主張の激しい胸とあのくびれは芸術的だ。
ただ、胸がでかければいい訳ではない。胸からへそにかけての高
低差が素晴らしい。
あの富士山を登頂することが出来れば、見事な絶景が広がってい
ることだろう。 そう考えていたら、なんか六花が真っ赤な顔でこっちを睨んでい
る。はて?何故ゆえバレた?
﹁目がエロ過ぎ﹂
ぼそっと、天牙が呟き、そして⋮⋮
﹁んっ﹂
何を考えたのか白い頬を真っ赤に染めながら、天牙が朽野に向け
て、その小さな胸を張る。
彼女は一体何をしたいのだろうか? 平原が僅かに盛り上がり小
さな丘を作り上げている。
﹁どう?﹂
﹁どうって?﹂
上目つかいでこちらを見上げている天牙の頬が更に真っ赤に染ま
り⋮⋮
﹁こ、このむっつり中2病!﹂
と、耳元に吠える。
165
﹁お、俺は中2病じゃない﹂
﹁嘘! 僕知っているよ! 東京侵攻中、夜な夜な鏡の前で色々ポ
ーズ決めてたの! 戦いの最中もこっそりポーズ決めてたよね! 知ってる? 中途半端なポーズが一番格好悪いんだよっ!﹂
﹁お、おおお、お前見てたのか? ほ、他に知っている奴は?﹂ ﹁みんな知ってたよ!﹂
黒歴史が暴かれガクリ、と朽野は崩れ落ちる。
女性に恥をかかせるからそうなるのだ、と意味のわからないこと
を天牙が呟く。
﹁まぁ、そんなことはどうでもいい。もう一度聞くが彼女は何者だ
?﹂
そんな彼の姿を見て満足したのか、中2の皮を被って再び朽野に
聞く。
さて、答えられるのは彼女との出会いのみ。
﹁ふむ、つまりは何も知らないと﹂
﹁そうとも言う、ただ⋮⋮﹂
先ほどの精神的なダメージが抜けきれていないが、何とか元のペ
ースに戻す。
少し離れたところで何やっているのか?と見ている六花を見て、
彼女の言葉を思い出す。
︵転生者、か︶
そのキーワードに触れずに朽野は口を開く。
﹁東京の連中に追われている。わざわざ、東京の兵士が彼女を殺す
為だけに町田を襲ったんだ。それ相応の秘密があるんだろう﹂
﹁え”? 東京?﹂
その言葉に、今度は天牙が真っ青になる。
﹁なんだ? タクから何も聞いてなかったのか? 今、上は東京の
軍隊が占拠している。率いているのはあの赤城だ﹂
﹁何? 東京? 赤城? 赤城って、渋谷の攻城戦で戦った人だよ
166
ね? そんなの聞いてないよ! タクさーーーーん!﹂
慌てて、チャットを開く天牙だが、ジャミングが発動中。どうや
ってもタクには繋がらない。
﹁っていうか気づかなかったのか?﹂
﹁⋮⋮拙者、ずっとダンジョンに篭っていたから﹂
と言っても、周囲の冒険者の流れを見てれば気づくものだと思う
が⋮⋮
﹁せ、拙者は一人で行動させて貰おう。何、足止め程度なら⋮⋮﹂
逃げようとする彼女の服の袖を掴む。
﹁ふっふっふ、逃がさん。人をむっつり中2病といった罪を償って
もらうか﹂
﹁ご、ごめん、ごめんなさい。許してーーー﹂
最早、中2の皮をかぶる余裕さえない。
ずるずると彼女を引きずって、六花の元へ。
﹁そろそろ、移動するか。東京の連中に追いつかれる訳にはいかな
いからな﹂
﹁⋮⋮いいけど、彼女。嫌がってない?﹂
半べそになりかけている天牙を見て、六花は戸惑ったようにいう。
﹁大丈夫。彼女昔からこうだから﹂
臆病だが情に厚い天牙のことだ。逃げようとしても、結局、後を
追ってくるだろう。
それなら、一緒に行動したほうがお互いに安全だ。
﹁仲がいいのね﹂
﹁あー、一応、戦友だからな﹂
東京と戦争時、共に行動した。腐れ縁に近いが、それでも互いの
ことはよくわかっている。
﹁⋮⋮そう﹂
と、彼女は答える。何か不機嫌そうに見えるのは気のせいだろう
か?
167
ともあれ、松明を灯し、焚き火を消す。
広げた荷物はすべてアイテムボックスへ。カスもついでに投げ込
む。ここでキャンプをしていたことを隠すためだ。
﹁じゃあ、先頭、天牙。索敵と罠の解除頼む。六花は真ん中へ。背
後の警戒は俺がする。戦いになったら俺も前へ出る﹂
﹁うぅ、わかったよ﹂
天牙は諦めたらしい。半べそではあるが、彼の言葉に頷く。
﹁私は? ハンドガンくらいならもっているけど?﹂
⋮⋮六花さん、戦うつもりですか?
パンツァーのないパンツァー乗りなんて、最弱もいいところだ。
だが、まぁ、ここは﹃埋もれし巨人の都﹄。
このダンジョンは、パンツァーの素材がかなり落ちる。
案外、パンツァーそのものが手に入る可能性も大きい。そうなれ
ばこちらの戦力も増強できる。
︵東京に追いつかれる前に何とかしたいな︶
まぁ、追いつかれるかどうか、正直微妙なところだ。
追ってくるかどうかさえ分からない状況。だが、最悪を想定して
動くしかない。
もし、追いつかれたら、たった二人で戦う力のない彼女を庇わな
ければならない。それだけは絶対に避けなければいけない自体だ。
﹁それじゃ、行きますか﹂
暗い予想図を頭にいれつつ、彼は軽い声を出して一歩を踏み出し
た。
168
間章:白と赤
カーン⋮⋮カーン⋮⋮カーン
鉄を打ち付ける音がする。
それは、聞きなれた剣戟の音。
気がつくと、灼熱の太陽が頭上にある。
できる影は、八本の腕と足に鎖を繋がれた巨体。
吹き荒れる砂塵が視界を遮る。
その砂嵐の向こうから、一つの影が飛び出す。
それは青い肌、赤い瞳を持つ自分と同じ剣闘士。
自分より2回りも小さな体で、恐怖で顔を歪ませながら曲刀を振
り被り、自分の刃は剣ごとその青い肌を叩き切る。
瞬間。湧き上がる歓声。自分の名前が響き渡る。
そこは、壁に囲まれたコロッセオ。
頭上から見下す人々に、剣を掲げ、雄々しく吠える。
それに応えるように、歓声が大きくなる。
みんなが自分を見ていた。自分を見て興奮していた。
そこに、自分の足元に転がる敗者には一切目をくれない。
吹き荒れる砂塵が、その流れる血を覆い隠していく。
いつ、自分も動かぬ屍になるのか恐れつつ、けれど、逃げ出すこ
とも出来ない状況に絶望していた。
この狭い檻が自分の住む世界のすべてだった。
風景が切り替わる。
169
空に浮かぶのは金と銀の二つの月。
そこは砂漠。
乾いた極寒の大地。
焚き火を囲い、仲間達と酒を酌み交わす。
炎で浮かび上がる影は、前よりも一回り大きくなり、足を繋ぐ鎖
は今はない。
仲間が何か話かけてくる。
日本語ではない言語。しかし、何を言っているのか理解できる。
トカゲのような男に、頭に角の生えた女。一つ目の巨人もいる。
仲間に囲まれて、大きな声で笑い声をあげる。
朝を迎える。
地平線の向こうから登ってくる太陽。
その太陽を背に迫る異系の軍勢。
武器を掲げ、雄叫びをあげる。それに合わせて仲間たちも声を張
り上げる。
ドスン、と一歩踏み出す。吹き付けるのは灼熱の砂塵。
それを切り裂き、一歩一歩。足を進める。
自分の背後には数千という仲間達。恐れはない。
もう、あの狭い檻で怯えている自分はいない。
あの軍勢の向こうには、どこまでも広がる世界が待っているのだ
から
◆◇◆◇◆
赤城は、割り当てられた部屋でぐっすりと寝ていた。
﹁⋮⋮オルド、エル、エアリアラ﹂
にまにま、と理解の出来ない言語で何やら話している様子。
170
床に転がるのは酒瓶と、エロい本。アルコールの匂いが鼻につく。
一体何の夢を見ていることやら。
白石は、この状況下に、呆れたようにため息をつく。
ここは町田の街。落としたとはいえ、街を出れば敵地ど真ん中。
この状況下でも寝れる彼がどういった神経をしているのか、一度
解剖して調べてみたいものだ。
ともあれ、彼には起きてもらわないといけない。起こそうと、近
づくと。
﹁うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!﹂
いきなり、赤城が寝ながら雄叫びをあげる。
﹁⋮⋮本当、一体何の夢を見ていることやら﹂
さっきの音でも起きることはない。
﹁赤城ど⋮⋮﹂
声をかけようと近づくと、瞬間。手を掴まれる。
︵しまっ!︶
そのまま、押し倒され、首元にナイフを突きつけられる。
﹁⋮⋮おはようございます。赤城殿﹂
冷や汗をかきながらも、白石は表面を取り繕って挨拶をする。
﹁あ∼、なんだ。てめぇかよ﹂ つまらなそうに返すのは気だるげな一人の中年。
信じたくもないが、この不真面目そうな男が白石の上官だ。
﹁あの、どいてくれませんか?﹂
男に押し倒されている状況。正直、気持ち悪い。
﹁ああ、悪い悪い﹂
恐らく、彼も寝たふりをしていたという訳ではないのだろう。
人の気配を察知して目を覚ました。自分のあの馬鹿でかい寝言で
は一切、目を覚ますことがなかったのに、だ。
171
キリッ、と奥歯を噛み締める。
人の気配で目を覚ますなど、普通は出来ない。
カタストロフィ
彼も彼の部下も今でこそ、戦いを本業にしているが大災害前は平
和な日本で暮すごく普通な一般市民だったはずだ。
そんな環境下で育って、人の気配で目を覚ますスキルを手に入れ
るなど、常識ではありえない。
彼に付き従って常に浮かぶのは劣等感。しかし、それを表に出さ
ず、白井はいつもの無表情で彼の前に立つ。
﹁たっく、なんだよ。気持ちよく寝ているってーのによ﹂
﹁この状況下で昼寝が出来るあなたが羨ましいですよ﹂
呆れたように、ため息をつく白石。
﹁だってよー。俺達、ほぼ徹夜で行進したんだぜ? どー考えても
無茶だろう。そりゃ、眠くなるって﹂
﹁その無茶な命令を出した貴方が言わないでください﹂
まぁ、それがあったから、最適なタイミングで町田を攻撃できた
のだが⋮⋮
東京に侵入したあのオカマ⋮⋮ではなく、軍曹からの報告が入っ
てからの赤城の判断は早かった。
本土に帰還中だったのを翻し、町田へと方向転換。部下の悲鳴な
カタストロフィ
どもろともせず徹夜の強行軍を決行したのだ。
大災害前と違い、日本の地形は大きく変化している。
平野の続く関東でも、谷や山、森に川、場所によってはダンジョ
ンが出来上がっており、何よりモンスターが沸くようになり、移動
が更に困難になっているのだ。
もし、通常通り町田に向かえば、丸一日かかる。一日遅れて入れ
ば、彼女は町田を出て横浜に向かっていたかもしれない。
そうなれば、もう自分達では手出しのしようがない。
﹁だから、こうして休めって命令だわけだろー。お前も交代で休め
172
よ﹂
﹁眠れない兵士が大勢います。敵地で取り残された状況。作戦失敗
であるならばさっさとこの地から出るべきです﹂
その言葉に、はぁ、と赤城は大きくため息をつく。
恐らくは、一つは、﹃この程度﹄の状況下で眠れなくなる部下の
不甲斐なさに嘆いているのだろう。
だが、帰ってきた答えは違った。
﹁おいおい、解んないのか? 俺達がこの街を出れば、ジャミング
やんでしまうでしょうが、そうしたら、チャットのし放題。堂々と、
町田に戻ってしまうだろ? だから、もう少しここにいる必要があ
るンだよ﹂
その言葉に、白井は呆然とする。
﹁つまり、あなたは⋮⋮まだ、彼女を追うつもり、だと?﹂
﹁あったりまえだろ? こんなチャンス、今後、まずないからな﹂
﹁し、しかし。町田の地下ダンジョン﹃埋れし巨人の都﹄は、町田
は神奈川方面に10以上の出口が用意されてます。それを一つ一つ
塞ぐのは自分達の兵力ではまず不可能だ﹂
﹁だが、もし現在地がわかっているとすれば?﹂
その言葉に、はっとする。
﹁まさか、彼らのパーティーにスパイを?﹂
その言葉に、赤城はにやり、と笑う。
現在、チャットは出来ない状況だ。しかし、フレンドリストは生
きている。
フレンドリストには、相手がどこにいるか表示される。
ゲームではあまり問題なかったこのシステムだが、現実となると
様々な弊害を及ぼすようになった。
お互いの同意の元でなければフレンド登録は出来ないし、また見
せないよう非通知設定もできるが、悪用しようとすればいくらでも
出来る。
173
例えば、地下のダンジョンを探索している彼女の元に、スパイを
送り込む、とかだ。
常識的に考えれば、不可能だ。
警戒している彼女達に見知らぬ人物が接触しても、まず警戒され
るだけ、送り込むには、朽野、もしくは六花の顔見知りでなければ
ならない。
彼の知り合いは、この街に多くいるだろう。だが、自分達は町田
を襲った張本人だ。そんな自分達がお願いして、いうことを聞いて
くれるはずがない。
それに、地下ダンジョンは広大だ。偶然、それに適した人材を見
つけ出したとしても、合流させるのは至難の技。
悪条件に更に、悪条件がつく状況。しかし、悔しいが目の前の男
ならそれを可能にしそうな何かがある。
白石は、考える。
カタストロフィ
元より彼は、六花を殺すつもりはない。
彼は、野心家だ。大災害前は、どこにでもいる一般人にしか過ぎ
ず、必死に手を伸ばしても手に入るのは、それなりのステータスと
カタストロフィ
それなりの金。
大災害前の社会システムは良くも悪くも完成されていた。出来る
だけ不平等を排除したシステム。白石から見れば、それは皆で皆の
足を引っ張り合っているようにしか見えなかった。
彼は、憧れていた。誰もが自分に頭をたれ、自分の命に従うそん
な光景を⋮⋮
無論、それは空想。自分が憧れていた光景が一国の支配者たる﹃
王﹄の姿であることにすら気づかなかった。
カタストロフィ
いや、気づいたかもしれない。だが彼の持つ常識がそれを邪魔し
ていた。
だが、大災害によって常識が崩れ落ちた時、彼はその夢を受け入
れた。受け入れ、現実にする為に動き出した。
174
カタストロフィ
大災害前であれば、笑われるような空想。しかし、既存の概念が
崩れ落ち、不安定なこの情勢下なら不可能ではない。
その為の必要なパーツ。それが﹃運営﹄。このような世界を作り
出せる彼女なら、更に世界を都合のいいように変えることが出来る
に違いない。
﹁わかりました。では、赤城殿の作戦に従いましょう﹂
すました顔で答えながら、白石は心の中、クスリと笑う。
今は彼に従おう。だが⋮⋮
︵最後に笑うのはこの私だ︶
彼は気づかない。そんな彼の姿を赤城が、冷めた目で見ているこ
とに
175
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮1︵前書き︶
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ようやくここまできました。皆様に感謝です。
176
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮1
大抵のゲームにはロマン溢れる職業は存在する。
天牙の職業﹃忍﹄もそういった職業の一つ。
そのスタイルはトリッキー。
時に闇に潜み、時に相手を惑わせ、一瞬の隙をついて相手の首を
刈る。
どのような状況下でも逆転する可能性のあるロマン職。
しかし、直接的な戦闘力は他職に劣る。
防御力が低い所謂、紙装甲。
攻撃力も他の戦士職よりも低い。
速さこそ優れているが同等の速さをもつ職業は他にもある。
ロマンは所詮、ロマン。
堅実に戦う他職に比べると、どうしても安定しない。
ゲームであるうちは良かった。死んでもちょっとしたペナルティ
ーで済んだのだから
しかし、ゲームが現実になったこの世界において、当たり前だが
死はそのまま死に直結する。
この世界になってから﹃忍﹄の数は減った。
死んだ者もいれば、他職に転職した者もいる。
残ったのは、命懸けでロマンを求める馬鹿か、盗賊系スキルを生
かしたトラップ解除役に回るかのどちらかだ。
盗賊スキルは需要が多い。
177
ダンジョンの中には一歩間違えれば即死するようなトラップも多
く存在する。
それを解除するのが盗賊職の役割だ。加え、問題点も多いが﹃忍﹄
は、盗賊職の中ではそこそこ戦闘能力が高いので需要はある。
﹃埋れし巨人の都﹄
そこは、難所として知られたのダンジョン。
そこに仕掛けられたトラップの数々はまさに難所というには相応
しい。
戦場で行き場を失った﹃忍﹄達が活躍できる最後の場、のはずな
のだが⋮⋮
﹁うわああああああああああああああああああ!﹂
朽野は駆けていた。六花も、天牙も駆けていた。
みんな、必死な表情で、急斜面の坂道の下りを全力疾走。
背後には、転がる巨大な鉄球。狭い一本道、逃げ場は一切ない。
﹁⋮⋮クッ、誰かがトラップを発動させたか。まさか、追っ手か?﹂
﹁おいおいおい! お前が、地面にあったボタン踏んだの見たぞ。
﹃ポチッ﹄って音がしたぞ。﹃あっ﹄とか言ってただろ。どう考え
ても据え置きのトラップだぞ。あれ!﹂
﹁うっ! だって、あんなところにトラップあるなんて思わいない
じゃん!﹂
﹁そう分かりにくいところに置くのがトラップだろうが! お前、
本当に盗賊職か!﹂
朽野と天牙が並びながら、言い争いをしている。彼らの背後で走
る六花が正面に向かって吠える。
178
﹁ちょ、ちょっと、揉める前に、アレなんとかしてよ! そろそろ
限界っ!﹂
﹁無理! 死ぬ気で頑張れ! ちょー頑張れ!﹂
坂の角度が更に急になり、鉄球が加速する。遅れ気味になった六
花の手を朽野が取り引き上げる。
﹁あ、ありが⋮⋮﹂
﹁おい! 天牙っ! ちゃんと盗賊スキル覚えているのか!﹂
﹁お、覚えているよ⋮⋮少ししかポイント振ってないけど﹂
﹁あ? お前忍だろ! なんで盗賊スキルにポイント降ってないん
だよ!﹂
﹁だ、だって、盗賊スキル、ロマン無いし格好悪いじゃん!﹂
﹁お前はもっと格好悪いぞ!﹂
﹁な、なにおーー!﹂
六花の言葉は、ふたりの声にかき消される。
そんなふたりの様子に六花はため息を吐き、しかし、目の前の状
況を見て目を丸くする。
﹁ちょ、ちょっと! 二人共、前見て!﹂
この先は直線コース。その先にの地面がぱかりと穴が開く。
落とし穴。古典的ではあるが有効なトラップ。そこに落ちたらど
うなるか、考えるまでもない。
﹁クッ、天牙っ!﹂
﹁心得た!﹂
天牙が、六花の右側に回る。左側は朽野だ。
二人で、六花の手を取り、足の回転を早める。
二人に引かれる形で六花が加速する。
﹁今っ!﹂
落とし穴の手前で三人が跳ねる。
落とし穴を飛び越え、しかし、三人の足は止まらない。
179
落とし穴の手前が、ジャンプ台のように盛り上がっていた。
これのおかげで容易に穴を超えることができた。しかし、これは、
罠にはまった人達を助けるものではない。むしろ⋮⋮
﹁来たっ!﹂
鉄球が、そのジャンプ台に突っ込み、宙を舞う。
落とし穴を飛び越え、朽野達の真後ろに落ちる。ゴウン、と轟音
をたて、地面を揺らす。
振動で足元がふらつくが、それすら無視し、前へ足を運ぶ。
﹁く、くくく朽野! 先、壁だよ!﹂
天牙の声に、正面を見る。緩く湾曲する通路の先に見えるのは壁
だ。しかし⋮⋮
﹁風が正面から吹いてる! 死角になっているところに通路がある
はずだ!﹂
﹁本当に?﹂
﹁そう思うしかないだろ!﹂
カーブを曲がり、その先に彼の予想通り、壁から直角に通路が伸
びている。
﹁ラストスパートッ!﹂
そのまま、飛び込むように曲がり角に駆け込む。
ゴウン、と音を立てて壁にくい込む鉄球。そのまま、鉄球は輪郭
を失い消え失せる。
ここら辺がゲームっぽいな、と感じながらも仲間達の状況を確認
する。
﹁みんな、生きてるか?﹂
﹁死ぬかと思った。て、天牙は?﹂
天牙の姿が見えない。もしかして鉄球に潰されたのか、と振り返
るが、そこには何もない。
﹁し、死ぬかと思った∼﹂
と、斜め上から天牙の声がする。
180
消えた鉄球の真上、そこの天井の隅で、手と足を広げ、張り付い
ている天牙の姿がそこにある。
﹁何やっているんだ? 蜘蛛女﹂
﹁き、君達がそこ塞ぐから逃げ場が無くなったんだよっ!﹂
はて?と見るが、確かに逃げ込んだ通路は狭い。二人分のスペー
スに倒れこむように駆け込めば、三人目は入り込めないかもしれな
い。
﹁それは⋮⋮本当にごめんなさい﹂
﹁あ、いやいやいやっ! 六花ちゃんは悪くないって。悪いのはそ
この男だからっ!﹂
六花が、頭を下げる。素直な反応だ。
タクや、自分とかの反応は比較的素っ気ないが、同性である天牙
にはガードがゆるい。
いつの間にか、天牙も六花のことをちゃん呼びしているし⋮⋮羨
ましい。
﹁⋮⋮何見ている? 朽野?﹂
急に天牙が表情を引き締める。低い、中2病モードの声で、しか
し口元を微妙に緩ませている。
ああ、こういう時の彼女はろくなことをしない。
予想通り天牙はそっと六花に近づき、そのまま、抱きつく。
﹁おまっ!﹂
﹁ふふん、羨ましいか?﹂
勝ち誇るように朽野を見て、そして、その豊満な胸に顔を突っ込
む。
﹁ちょ、ちょっと天牙!﹂
なかなか見れない六花の焦った声。そのクールな表情が崩れ、顔
を真っ赤に染める。
181
その光景に体が震え、自然と右手が伸びる。
そんな自分にはっとなり、左手でその右手を押さえ込む。
﹁う、羨ましくなんて、ない!﹂
ギリッ、と奥歯が音を立てる。
﹁ほほう? 本当にそうか? 本当に、羨ましくないんだな﹂
クックック、と笑う天牙。声は中2病だが、やっていることはた
だのセクハラだ。
﹁羨ましくなんかない! 何故なら⋮⋮﹂
そう、何故なら俺は⋮⋮
﹁俺は彼女のエチィことする約束したのだから!﹂
そう、咆哮する。
エコー付きで響き渡る朽野の声。その言葉に、フリーズする天牙。
﹁なん、だと﹂
一瞬遅れて溢れるのはそんな言葉。
呆然と彼女は膝から崩れ落ちる。そんな彼女を見下し、ふっと笑
う。
﹁勝った!﹂
﹁⋮⋮それは良かったわね﹂
六花の声がする。それと同時にカチャ、と耳元で音がする。
こめかみに突きつけられる金属の感触。考えるまでもなく彼女の
銃だ。
﹁え、えーっと、六花さん?﹂
﹁何か、言うことは?﹂
冷たい、冷たい彼女の声。
その声で、自分がかなりマズイ状況にいることを理解する。
︵考えろっ! 考えろっ! この状況を切り抜ける方法を!︶
赤城との対決した時並に脳みそを回転させ、そして⋮⋮
﹁む、胸、思ったより大きいんだね﹂
﹁そう⋮⋮﹂
182
次の瞬間、銃声と彼の悲鳴がダンジョンに響き渡った。
183
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮2
﹁⋮⋮死ぬかと思った﹂
ぜぃぜぃ、と息を切らす朽野。
﹁むしろ、あの至近距離で避けられるほうがびっくりだけど﹂
不貞腐れながら、六花は自分の銃をしまう。
﹁それにしても、ここの雰囲気変わったわね﹂
さっきまで、岩で出来た天然の洞窟の壁。しかし、その岩の隙間
から、所々に加工した石材が見え隠れしている。
﹁⋮⋮元々、ここは神の怒りを受け、大地に沈んだ機械仕掛けの巨
人の都。長い時間をかけて雨、風に侵食されてできた洞窟が地表に
近い上層部。人工物が見え始めたということはいよいよ、巨人ども
の住処に近づいてきたということだ﹂
天牙が、演技めいた口調でそう語る。
彼女が中2病が発病しているということは余裕があるということ。
しかし、長い付き合いの朽野から見れば、本調子ではない。ふっ、
と笑っているが、それについてくる﹃格好いいポーズ﹄がない。
ついでに言うと、顔色もあまりよくない。
︵あ∼、無茶しているなぁ︶
恐らく、六花を心配させない為の演技だろう。
天牙は一見馬鹿にしか見えないが、いや実際お馬鹿なのだが、あ
VERTRAG﹄系のダンジョ
フェアトラーク
れでかなり周りに気を遣うタイプだ。
パンツァー
何しろ、ここは﹃PANZER
ンだ。
天然の洞窟は狭い道が続いている為、パンツァーは使えない。
パンツァーに乗らないパンツァー乗りは弱い。その弱いプレイヤ
ーが攻略することが前提なので、ここに来るまでトラップを除けば
184
苦労することもなかった。
しかし、地下の都は別だ。
地下の都は、巨人の都。つまりはパンツァーを乗ることが前提だ。
パンツァーに乗ったパンツァー乗りは、それはもう強い。
そんなパンツァー乗り達が難所と言っているのがこのダンジョン。
パンツァーで相手するような敵とは戦いたくない。しかし⋮⋮
︵このダンジョンの出入り口は幾つもあるけど、別の出入り口に行
くには、一度、巨人の都に降りないといけない。そうなると、戦わ
ざるえなくなるよな︶
そんな、難易度の高いダンジョンで、不安定な構成のパーティー。
基本、パーティーに最低限必要とされるのが、攻撃役のアタッカ
ー、敵からの攻撃を受ける壁役のタンク、そして、そんなタンクが
落ちないようにする為の回復役であるメディック、この三職だ。
せめて、タクがいれば、と思う。 タクは商人系のプレイヤーだが、回復スキルや攻撃スキルも使い
こなす。
朽野や天牙とは違い、とても安定したプレイスタイルで、器用貧
乏と蔑まれることもあるが、多くの戦果を上げた一流の戦士でもあ
る。
特に、天牙や朽野のように極端な能力をもつプレイヤーからすれ
ば、足りない力を補ってくれるいいサポーターなのだ。
まぁ、無いもの強請りしてもなんにもならないけれど⋮⋮
﹁なんとかするしか、ないよなぁ﹂
二人には聞こえないように呟く。そのつもりが、天牙の耳には届
いていたようだ。
そっと、近くにより、呟く。
185
﹁⋮⋮あの力を使うのか?﹂
﹃あの力﹄、それが何を指しているのか、それは一つしかない。
﹁最悪、な﹂
ゾクゾク、と背筋に悪寒が伝う。思い出しただけでこれだ。
﹃あの力﹄を使う時の感覚は未だ慣れない。
しかし、この状況下、あの力を使わないでこの地下ダンジョンを
抜けるのは難しいかもしれない。
﹁拙者は、あの力が嫌いだ。いや、正確にはあの力で主が苦しむの
が、な。そもそも、あれはリスクがでかい。使わない方向で済ませ
られるよう拙者も尽力する﹂
小柄な天牙が、朽野を見上げる。
その黒く、澄んだ瞳が心配そうに見つめている。
何となく、その姿は犬っぽい。
ぽん、と天牙の頭に手を乗せる。
﹁へ?﹂
天牙のきりっとした表情が、ぽかん、とした表情になり、段々、
頬が緩む。
﹁な、なにをする﹂
彼女のその雪のような白い肌が赤みを帯びてくる。
絹のような手触りの黒髪。その感触を朽野は堪能しつつ⋮⋮
﹁ヨーシヨシヨシヨシ!﹂
ワシャワシャ、と乱暴に撫でる。
﹁わきゃーーーーーーー!!﹂
天牙の首がかっくん、かっくん揺れる。
﹁ちょ、何やっているのよ!﹂
横で見てた六花が、慌てて朽野を止める。
﹁うぅ、六花ちゃん∼﹂
天牙が半べそかいて、六花に抱きつく。
186
天牙はその豊満な胸に顔を埋め、六花は、こっちを睨みつけてく
る。
﹁やー、元部下とのスキンシップを⋮⋮﹂
﹁そんなんだからモテないのよ!﹂
﹃六花の痛恨の一撃。朽野は死んでしまった!﹄
そんなメッセージが流れそうな、一言。
かなりざっくりときた。正直、凹む。凹んだが、暗い雰囲気は大
分マシになった気がする。
肩の力もほぐれたところで、行きますか。
≪埋れし巨人の都:住居区に到達しました≫
狭い道を抜けると共に流れるメッセージ。
突如として広がる巨大な空間。
インカなどの南米を連想させる石造の建造物達。それだけ見ると
他のゲームの都市のようにも見える。
確かにインカやらが出てくるゲームは存在し、現実化している。
違うのは、そのスケール。
家を構成する石材一つで、朽野の胴体くらいまでの高さがある。
その石材が積み上げて作られた家がどこまでも広がっている。
その大半が土砂に埋まっているが、それでも、地下とは思えない
広大さを誇っている。
﹁相変わらず広いな。東京ドーム何個分だ?﹂
﹁このフロアでさえ、都市の一部にしか過ぎない。更に、奥には都
市部、王宮へと続いている﹂
普通に考えて、これほどの空間を地下に確保できるとは思わない。
ゲーム設定、万歳、だ。
187
入口には赤い魔法陣。これは保管しているパンツァーを呼び出す
為の者だ。六花が使えるはずだが手持ちのパンツァーがない以上仕
方がない。
ゆっくりと、警戒しながら歩く。前方を歩くのは、天牙。その次
に朽野。最後尾は、六花だ。
水を流す為の溝も、人間がまるごと一人入るくらいに大きいので、
乗り越えるのも大変だ。
まるで自分達が小人になったかのような感覚。
と、歩いていると、ずん、ずん、と一定のテンポで地面が揺れ始
める。
それは、巨人の足音。しかし、足音のテンポが早い。これは⋮⋮
︵走っている?︶
朽野は、はっとし家の角から覗こうとする天牙に声を張り上げる。
﹁覗くな! 戻れ! 天牙!﹂
その声に、驚き、動きを止める天牙。
それが彼女の命を救った。天牙の目の前を巨大な影が通り抜ける。
それは、巨人ではなくパンツァーだ。
四肢に力が入っていない状態で、体を﹁く﹂の字に曲げながら、
宙に浮いたまま、飛んでいく。
次に目に入ったのは、そのパンツァーの頭を掴む機械仕掛けの手。
手から、腕、腕から肩へとその姿を表す機械仕掛けの巨人。こち
らを見ることなく、そのまま、家の壁へ叩きつけ、家の壁ごと破壊
する。
がれきに埋まるパンツァー。煙を上げつつ放電している。時々、
ピクピク動くのは中にいるプレイヤーが動かそうとしているからだ
ろう。
しかし、無情にも動かないパンツァー。
次の瞬間、コックピットの扉が開けれる。目の前に、機械仕掛け
188
の巨人がいる状態でだ。
﹁ひ、ひぃ!﹂
コックピットから飛び出したのは一人の青年。
馬鹿か!声をかけようと口を開こうとするが、それより早く、機
械仕掛けの巨人はその男のつまみ上げる。
﹁あ、ばばば、馬鹿! やめろ、俺をなんだと思ってい⋮⋮﹂
言い終えるよりも早く、その口に放り込まれる男。ゴリゴリ、と
巨人は口を動かし、そして、視界の隅に映った自分達に目を向ける。
≪警告:ユニークモンスター﹃巨人の墓守﹄が出現しました≫
﹁くっ! 行くぞ!﹂
アナウンスが流れると同時に、巨人が自分達に向かって、駆け出
した。
189
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮3︵前書き︶
急激にお気に入りの登録数が上昇中。
え、えーっと更新一回サボったのになぜゆえ?︵汗︶
ともあれ、お気に入り登録数。100件突破し120件。ありがと
うございます。
190
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮3
その姿に、
その質量に、
その震動に、
六花の身体は大きく震えだす。
鉄と錆で出来た人型。
手には巨大なスコップ。人型を模した、だけど、どこか歪なその
姿は自然と嫌悪感を抱かせる。
﹁⋮⋮ミ⋮ナ、⋮コ﹂
曇った声が響き渡る。聞き取れない割れた声。
しかし、その降り注ぐ言葉は、物理的な重圧となって六花の芯を
ズン、と揺さぶる。
震えながら、顔を上げる。
まだ、距離があるのに見上げなければ見ることが出来ない全容。
一歩、一歩歩くごとに大地が震え、パラパラと降ってくる土が頬
に当たる。
まるで、夢の中にいるかのよう。
それ程までに現実味がない。すべてが遠く感じる。
身体の感覚がない。周囲の騒音も遠く感じる。
その癖、巨人の動き、発する音が現実味を持って襲ってくる。
﹁六花っ!﹂
その声で、六花の意識が現実に戻される。
191
﹁二人共、目をつぶって!﹂
そう言って天牙が何かを巨人めがけて投げつける。
反射的に目をつぶり、瞬間、閉じた瞳でもわかるぐらいの閃光が
視界を焼く。
﹁ウ、オオオオオオオオオオオン﹂
巨人のうめき声。それと同時に、誰かが自分の手を取る。
ゴツゴツとした男の手。何度か繋いだことのある朽野の手だ。
目を開ける。見ると、朽野の背が目に入る。どうやら、巨人から
背を向けて走っているようだ。
﹁どうするの?﹂
﹁わからん! とりあえず、距離をとる!﹂
背後を見ると、巨人が、片手で目を塞ぎながら、スコップを無茶
苦茶に振り回している。
先ほど、天牙が投げたのは閃光弾。相手の視界を焼くアイテムだ。
かなり上等品のようだが、もって10秒程度。逃げ切るには中途
半端な時間だ。
﹁ついてない! いきなりユニークモンスター? 漫画とか小説の
主人公じゃねーんだぞ。俺﹂
﹁あれはもう少し下の階層にいるボス。 おそらく逃げたプレイヤ
ーを追ってここまで来たのだろう﹂
ユニークモンスター。つまりはボスキャラだ。
モンスターはターゲットロックした相手を追い掛け回す習性があ
るが、自分のエリアから出ることは無い。
しかし、ゲームは現実化した。この世界は忠実にゲームを再現し
ているが、現実に生を受けたモンスターは、僅かに、その習性を変
えた。
例えば、倒せる敵をいたぶそうとするゴブリン。
例えば、鉱物を見てうっとりとするワーキングゴーレム。
例えば、死にそうになると刺し違えようとする鎧武者。
192
このユニークモンスターは、エリアの外でも関係なく追い掛け続
ける、そのように進化したのだろう。
ダメ元で、朽野が振り返り、銃のトリガーを引く。
パン、パン、と響く銃声。しかし、巨人のシールドを僅かに削る
のみで効果は出ていない。
上位装備の﹃ドラクーン﹄。それでさえ、牽制にしかならない。
﹁お前、このダンジョン得意だろう。何か、攻略方法は?﹂
﹁パンツァーを用意すること!﹂
﹁それが出来ないから困ってんだろ!﹂
その言葉に、六花はハッとする。
﹁いや、なんとかなるかも⋮⋮﹂
﹁え?﹂
二人の視線がこちらを向く。
﹁だから、なんとかなるかもしれないって言ったの。 見て、あそ
こにあるパンツァー﹂
彼女が指差す先にあるのは、パイロットが食べられ、沈黙したパ
ンツァーだ。
騎士のようなデザイン。オーダーメイドであることが解る。ここ
まで来たプレイヤーの機体だ。
それ相応の力があるはずだ。
﹁HPはほとんどないようだけど、まだ、壊れていない。あれを奪
えば⋮⋮﹂
﹁けど、危険だ!﹂
反対するのは、朽野だ。まさかの反対意見に、六花の頬は赤く染
まる。
﹁危険は承知の上よ!﹂
﹁六花が何かしなくても、俺と天牙が⋮⋮﹂
193
﹁へぇ。天牙の腕は信用出来て、私は駄目なんだ?﹂
﹁そんなことは言ってない!﹂
﹁言っているじゃない! 良い? あなたが死んだら、どうせ、私
も死ぬわよ。私は、私の生存率を上げる為に戦うわよ﹂
﹁しかし⋮⋮﹂
尚も、認めない朽野に、六花がブチッ、と切れる。
﹁しかしも糞もない! この童貞。格好つけたいなら私に命を預け
るくらいの度量を持ちなさい!﹂
その言葉に、苦悶の表情を浮かべる朽野。
﹁あ、あの∼二人共、閃光弾の効果、そろそろ切れるよ?﹂
二人の剣幕に、素に戻った天牙が恐る恐る告げる。
﹁⋮⋮ミン⋮、ド⋮⋮、ミ、ンナ⋮⋮ミンナ﹂
﹁ちっ! やるしかないか! 天牙、六花をサポート。俺は、巨人
の意識を向けさせる﹂
﹁了解した。六花殿、いいか?脇目も触れず一気に駆け抜けろ﹂
﹁わ、わかった﹂
﹁じゃあ、行くぞ。レディー⋮⋮﹂
﹁ドコォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!﹂
﹁ゴーーーーーーーーーー!!﹂
響き渡る巨人の咆哮に負けじと叫ぶ朽野。
同時に三人が駆ける。
六花と天牙はパンツァーへ。朽野は一人、巨人に立ち向かう。
﹁オーダー!﹃パラージ﹄﹂
朽野がそう叫ぶと共に、放った銃弾が分裂する。
194
﹁ウ、オオオオオオン﹂
着弾と同時に、巨人が僅かに、姿勢を崩す。
しかし、本当に僅かに、だ。崩れた姿勢からスコップを朽野に向
かって振り下ろす。
﹁オーダー! ﹃トレーロ・マタドール﹄!﹂
彼の左手から銃が消える。代わりに現れるのは真紅のマント。
自身の姿を隠すように、マントを自分の頭上に広げ、そのマント
ごと、スコップが叩き潰す。
しかし、あまりの手応えの無さに巨人が首を傾げ⋮⋮
﹁ここだ。ウスノロ﹂
巨人の頭上にマントが翻り、その影から朽野の姿が現れる。
﹁ハッ!﹂
巨人の頭の上に降り立ち、剣を突き立てる。
カン、と弾き返される感触。巨人の手が自身の頭の上を振り払お
うとする。
﹁おっとっとっと!﹂
頭から飛び降り、その肩へ。そこから見えるのは、中途半端に人
に似せた横顔。
まるで小学生の粘土細工のようなその横顔に、剣を向け⋮⋮
﹁オーダー! ﹃グラン・チャリオ﹄﹂
最大火力を叩き込む。走る七つの閃光。そのうち、一つの閃光が
シールドを突き破り、その鉄の横顔に突き刺さる。
﹁グ、オオオオオオオオオオオオオオン!﹂
巨人が今度こそ蹌踉めく。
それに伴い、朽野の身体は宙に放り出される。
朽野の表情が驚愕に染まる。
195
まさか、たった一撃で倒れるのは予想外。しかし、放り出される
のは予想の範囲内だ。
ビルから飛び降りるのと変わらない高さ。
だが、このゲーム化した世界。HPが満タンである以上僅かなダ
メージにしかならない。
だから、彼の表情を変えたのはそんなことではない。
巨人の倒れる先、そこにいるのは⋮⋮
﹁逃げろぉぉぉぉ! 六花!﹂
◆◇◆◇◆
﹁逃げろぉぉぉぉ! 六花!﹂
朽野の声が響く。
ただ、只管パンツァーに向かって走っていた六花は、声のする方
向に顔を向ける。
それと同時に、六花の表情が、凍りつく。
自分に目掛けて倒れてくる巨人の姿⋮⋮
﹁あっ⋮⋮﹂
走る。それこそ全力疾走だ。潰されたら一巻の終わり。
﹁まだっ! 死ぬわけにはいかないわよ!﹂
次回、また転生できるとは限らない。
全力で足を回す。コケそうになるのを踏ん張り、さらに前へ。
自分の足元に広がる影を無視し、意識を前だけに、だけど⋮⋮
︵間に合わない︶
196
冷静な自分がそう結論付ける。
自分の能力は十分把握している。
ゴールは見えている。巨人の影にならない場所、そこがゴール。
見えている。見えているのに、そのゴールが果てしなく遠く見え
る。
﹁ふむ、奴め。拙者の名を呼ばなかったか。まぁ、信頼の証として
受け取っておこう﹂
そう、背後から声がする。
え? と、六花の手を天牙が取る。
ぐん、と引っ張られる六花の体。天牙が先行し、それに釣られ、
六花の体が加速する。
﹁天牙っ!先に逃げて、これじゃ、あなたも!﹂
そう、天牙は忍。速さではトップクラス。
だが、六花を引っ張っているのでその速さを十分に発揮されてい
ない。
このままでは間に合わない。数歩、たった数歩分の差で二人は潰
される。
しかし、天牙は、そんな六花に笑いかけ⋮⋮
﹁そうしたいのは山々だが、拙者もあの馬鹿に任されたのでな﹂
そう言って、天牙は自身の前へ六花を押し上げ、そして、その背
に体当たりをする。
﹁え?﹂
六花の体が、影の外へ放り出され、そして見た。
にこり、と微笑む天牙の姿。それが見えたのは一瞬。
巨大な鉄塊が彼女を押しつぶす。
残るのは、沈黙。
197
巨人もぴくりとも動かない。
だが、そんなのはどうでもいい。
﹁天、牙?﹂
こぼれたのはそんな言葉。
六花の頭の中が真っ白になる。
死んだ? 彼女が?
脳裏に蘇るのは、潰される寸前、彼女の見せた笑顔。
ぽろ、ぽろ、と涙が零れ落ち、そして⋮⋮
﹁うあ、ああああああああああああああああああああああっ!﹂
自身の悲鳴とともに、涙腺が決壊する。
よぎるのは後悔の念。なんで、あんな作戦を考えたのだろうか?
彼女は死んだ。自分の我が儘に付き合って⋮⋮
﹁ごめん! ごめんなさい!﹂
自分が殺した。その後悔の念が六花を締め付ける。
地面に頭を擦りつけ、ただ、ごめんなさい、と吠え続ける。
﹁あー、えーっと、六花ちゃん?﹂
天牙の声がする。幻聴だ。
罪悪感でおかしくなったか?
だが、おかしくなっても構わない。
自分がすべきことは何か?決まっている。
﹁見てて、天牙。あなたの仇は私がっ!﹂
﹁え、えーっと、仇をとってくれるのはありがたいけど、少し冷静
になって?﹂
⋮⋮⋮⋮
また、彼女の声がした。
198
もしかして、自分はとんでもない勘違いをしているのでは⋮⋮
恐る恐る、顔を上げると、そこにいるのは困った表情をしている
天牙の姿。
﹁せ、説明してなかったっけ? 私の得意なスキルは﹃分身﹄。さ
っき潰れたの分身の一体なん、だけど﹂
わらわらと姿を現す天牙﹃達﹄。その数は6体程。
タンク
そういえば、ここに来る途中、朽野が言ってなかったか?
彼女は回避特化の盾役で、時に身を呈して味方を守るのが役割だ
と⋮⋮
だが、彼女は身代わりになっても、それでも生き残る為の秘策が
あると、まぁ、それを聞く前に、トラップに引っかかり、それどこ
ろでは無くなってしまったわけだが⋮⋮
﹁う、うふ、うふふふふふふふ⋮⋮﹂
﹁ろ、六花ちゃん、ご、ごめん、説明してなかった私が悪い。けど、
落ち着いて、ほら、巨人さんスタンしているけど、もうすぐ目を覚
ましちゃうよ?﹂
天牙の声は六花には届いていない。ふらふら、と彼女はパンツァ
ーに近づく。
恥ずかしい。恥ずかしすぎて彼女の顔を見ることができない。
穴があったら入りたい、そんな気分だ。
ああ、なんで自分はこんな恥ずかしい思いをしなければならない
のだろうか?
原因は一つ。あの巨人だ。
﹁ふ、ふふふふ。ただじゃすまさないわよ﹂
背後で、ひぃ、と悲鳴が聞こえるが、それどころではない。
一秒でも早く、あの巨人を倒さなければ⋮⋮
ガン、と彼女がコックピットを叩くと、プシュー、と音がして、
199
その入口が開く。
天牙が悲鳴を上げるような殺気を放ち続ける彼女の姿は、パンツ
ァーの中に消えていった。
200
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮3︵後書き︶
※今回、六花の乗り込んだパンツァーの名前募集。
感想なり、メールなりに送って貰えるとすんごく喜びます。
201
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮4
この世界において最も必要なのはセンスだと六花は思う。
個々の能力がレベルによって管理されるようになった結果、身体
能力に置ける個性は失われた。
速く走りたければ、盗賊職を選べばいい。
力強さが欲しければ、適当に戦士職を選べば問題ない。
そこに個々の運動神経など関係ない。何しろ、同じように鍛えれ
ば、同じような結果にしかならないからだ。
しかし、そこに個性が失われたかというとそういう訳ではない。
有象無象の中から一歩飛び出すには、センスが問われる。
六花を守る仲間達も才能に溢れている。
朽野伸也は、現実でのフェンシングの腕を活かし戦っている。
恐らく同レベルの戦士では手も足も出ないだろう。合理的に敵に
剣を当てる技術と、冷静さから発揮される回避技能。加え豪理戦の
タンク
時に見せたスキルを使わずに相手の攻撃を弾く、という離れ業も持
っている。
天牙は、忍なのに盾役というクラスとの不一致さが目立つがこれ
は、彼女が自身のプレイしていたゲーム﹃戦国斬鬼online﹄
を深く理解しているからこそ成り立つ戦術だ。
他のゲームでも﹃分身﹄系のスキルはあるが、一般的にロマンス
キルと言われている。分身の操作が難しく、実際使いこなせるプレ
イヤーは少ない。
問われるのは剣術などといった現実のスキルではなく、ゲーマー
としてのスキル。あそこまで不自然さを感じさせることなく6体の
分身を操れるプレイヤーは間違いなく廃人クラスだ。
202
また、神奈川の国境警備隊には、野球選手がおり、﹃投擲﹄スキ
ルと自身の投手としての技を掛け合わせた独自のスタイルを貫くプ
レイヤーもいるらしい。
では、六花はどうだろうか?
遊んでいると勘違いされているが、彼女はある意味で引きこもり
だ。
かといってゲームをやっていたかというとそういう訳でもない。
パンツァー
彼女が﹃六花である前の彼女﹄は研究家だった。。 フェアトラーク
ロボットという概念のない世界にいた為、一時期﹃PANZER
VERTRAG﹄にハマった時期があったが、それでも、齧った
程度。
この世界になって生き残る為に、レベルはある程度は上げたが、
一般人のレベル。
ゲームもダメ。運動もダメ。彼女の読書家という特性はこういっ
た荒事には何の役にも立たない。
だが、彼女の顔には悲壮感は無い。
コックピットに足を踏み入れる。
充満した見知らぬ男性の汗の臭いに一瞬を顔をしかめ、しかし慣
れた動作でコックピットに座る。
シートベルトをして、コントロールキーともいえる水晶に手を触
れる。
何の反応もない。楕円形のコクピット。そのモニターとも言える
その壁は真っ暗なままだ。
当たり前だ。これは彼女のパンツァーではないのだ。今の彼女は
そのハッチさえ閉めることが出来ない。
パンツァーは持ち主であるプレイヤーの生体コードが登録されて
203
いる。
ゲーム設定を説明すると長くなるが、簡単にいうと指紋認証のよ
うなものだ。
これのおかげで売買契約などで、解除されない限り持ち主ではな
いプレイヤーが他人のパンツァーに乗ることは不可能だ。
だが、抜け道がないわけではない。
﹁オーダー﹃ハッキング?﹄﹂
≪オーダー確認。﹃ハッキング?﹄発動します。相手システム干渉
開始。10%⋮⋮20%⋮⋮≫
ハッキングスキル。ゲーム内において、敵のパンツァーの機能を
停止させるのに役立つスキルだ。
現実世界になった結果、パンツァーにしか効果がないので取得者
が減ったが、現実化したことで意外な特性が発見された。
他者の機体を乗っ取りである。これを成功させるには、ハッキン
グが?以上であること。
そして、プレイヤーとの接続が希薄であること︵持ち主が遠くに
いたり死亡した場合︶のみ可能とする。
瞬間、真っ暗な空間が赤い﹃WARNING﹄の文字で埋め尽く
される。
どうやら、このプレイヤーセキュリティーはある程度しっかりし
ていたらしい。だけど、これくらいは想定内。
≪不正アクセスを確認。警告、このパンツァーはカル■ーの所有物
です。正式■キーを確■できず、自■閉鎖■ード■■■■■≫ ハッキングというと格好いいが、所詮は元はゲーム。やることは
204
パズルと大差ない。
元々、彼女のハッキングレベルはそこまで高くない。パズルを解
く時間は僅かしかない。
始まるカウントダウン。これがゼロになればシステムは強制的に
締められてしまう。
他人の機体を奪うとなるとその難易度も半端ない。しかし、彼女
は研究者。頭を使うのは得意であり、そして⋮⋮
﹁時間が無ければ作り出せばいい﹂
オーダー、と彼女が呟く。すると⋮⋮
ワンオクロック・クィーン
≪オーダー確認。ユニークスキル﹃刹那の女王﹄発動します≫
カウントダウンがゆっくりとなる。
カウントが10から全く進んでいない。
システムを掌握した訳ではない。この世界に流れる時間を掌握し
たのだ。
これが、運動も、ゲームも並の彼女がこの世界で生き残っていく
為の彼女だけのスキル。
体感時間で五分ほど、しかし現実世界では一秒にも満たない間で、
ワンオクロック・クィーン
そのハッキングの必要な情報を確認し、答えを導き出す。
そこで、﹃刹那の女王﹄を解除。
彼女は宙に浮かんだキーボードをたん、たん、と叩く。
カウントダウンが停止する。ほぼシステムを掌握出来たのを確認
し、ハッチを閉める。
﹃WARNING﹄の文字が消え、外の風景がその壁に映し出さ
れる。回答は出した後は、システムを掌握するのを待つだけだが⋮⋮
ぴくり、と巨人の腕が動く。その瞳に意思の光が灯る。
205
≪システム干渉中⋮⋮60%⋮⋮70%≫ ≪■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■≫
﹃ウ、オオオオオオオオオオオン﹄
その巨体が持ち上がる。
前は巨大な山が動いているようにしか見えず現実味がわかなかっ
た。
こうして自身もパンツァーに乗ることにより、理解出来る範囲で
知覚出来るようになり、その大きさが理解出来る。
その伽藍堂の瞳がこちらをみる。
不気味だ。だが、怖くはない。
このままでは起動が間に合わない。そんなことは理解している。
だけど⋮⋮
﹃天牙っ! サポート頼む。時間を稼ぐぞ!﹄
﹃了解!﹄
頼もしい二人の仲間が、巨人をクギ付けにしている。
≪システム干渉中⋮⋮100%≫ ≪システム再起動します≫ シュウン、と音がし電源が落ちる。そして、再び光が灯る。
≪システム起動します。六花・由良・ベルクマンを当機のマスター
として登録を完了しました≫ 巨人がゆっくりとこちらに向かってくる。
ステータスが表示される。やはり機体にかなりガタが来ているよ
うだ。
しかし、勝てない勝負ではない。
206
﹁戦闘モード移行﹂
≪オーダー確認。通常モードから戦闘モードに移行します。≫ 吠えるように、歌うように、その機体﹃ナルナシア﹄のエンジン
が回りだす。
ゆっくりと立ち上がる鋼の機体。正面に立つのは醜悪な鋼鉄の化
物。
恐れることはない。化物は常に人に滅ぼされるものなのだから⋮⋮
﹁行くわよ。ナルナシア!﹂ その命に従い、鋼鉄の騎士は化物に向かって駆け出した。
207
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮4︵後書き︶
機体名﹃ナルナシア﹄の評価
タイプ:試作機
格闘:B
射撃:A
装甲:S
耐久:B+
機動:C+
燃料:D−
特殊機能:変形機能
現場の声﹁非常に使いやすい﹂
某チャットで名前を頂きました。ステータスはなったったー系を使用
ちょっと強すぎですかね?︵滝汗︶
後、その他の名前をくれた方々、本当にありがとうございます。
208
浪漫特化型にして後で嘆くのは俺だけじゃないはず⋮⋮5
鋼の騎士が駆ける。
一歩、足を踏み出すごとに、大地が揺れる。
だが、動きがぎごちない。本来の性能を生かしきれていないよう
な感覚。
数値として機体の状況を確認する。
それで解ったのは気のせいではなく実際に、性能を生かしきれて
いないということだ。
機体のコンディションは最悪。シールドを突き抜けたダメージは
機体に蓄積される。
出力が30%減少。左腕と右足の反応が悪い。どこか配線が切れ
ているのだろうか?
だが、傷だらけのこの機体。むしろ、問題のない場所を探すほう
が困難。
だから、あえて破損状況は確認しない。
﹁見るのは目の前の敵だけで十分!﹂
赤いマントが翻り、そこから飛び出すのはガトリンクガン。
左手をトリガーに、右手で銃身を支える。
銀の細工のされたそれは、騎士とかけ離れた武器でありながら、
体の一部のように馴染んでいる。
銃身が回転を開始し、同時に響き渡る重低音。
巨人の顔面目掛けて放たれたそれは、巨人のHPを削りながらも、
その動きを止めるに至らない。
巨人の射程距離に入る。
スコップを持った手が振り上げられる。
﹁ウ、ォオォオオオォオォォォン﹂
209
ゆっくりと、ゆっくりと、その腕が持ち上がり、そして⋮⋮
ワンオクロック・クィーン
オーダー
﹁オーダー﹃刹那の女王﹄﹂
六花の命令に巨人は動きを止まる。
本日二度目のユニークスキル。体の中から、何かがごっそり削ら
れていく感覚。
キツイが、慣れている。
落下する石さえもゆっくりと落ちる世界。ゆっくりであるがスコ
ップが動いているのを見ると、かなりの速度で振り下ろされている
のだろう。
だが、六花の感覚で言えばトロい。
顔色一つ変えず、そのスローモーションの世界であのスコップの
軌道を確認。
ナルナシアを操作する。 その動きはシンプルだ。三歩半、右へ足を進め、スコップを握る
手元に目掛け、ガドリンクを打つ。
ナルナシアの動きも当然スローモーション。粘度の高い水の中で
動いているかのような感覚。しかし、それゆえに、機体の動きも把
握しやすい。
ガドリンクの標準を慎重に合わせ、それと同時にスキルを解除す
る。
放たれた弾丸は、巨人の手元に吸い込まれる。
シールドに阻まれるが、その衝撃で、スコップの起動が僅かに逸
れる。
ナルナシアを叩き潰すはずだったスコップは、その真横の地面を
大きく抉る。
跳ねる土砂、揺れる地面。ガン、ガン、と跳ねた石が機体に当た
る。
210
転けそうになる機体を制御しながら、騎士は前へと駆ける。
同時にガドリンクを手放す。代わりに抜いたのは剣。
刃こぼれ一つない宝剣だが、その美しさの裏に、見る者を震わす
凄みがある。
﹁ああああああああああああああああ!!﹂
六花が吠える。それに呼応するように、剣が黄金の輝きを放つ
機体と巨人の距離が近づく。目指すはスコップを振り下ろした結
果、地面に近づいたその巨人の顔。
巨人の表情に戸惑いが生まれるが遅い、その顔に目掛け剣を振り
下ろし、そして︱︱
◆◇◆◇◆
﹁ご、ごめん。六花ちゃん、本当にごめん!﹂
ムスッとしている六花に、天牙が頭を下げている。
天牙の背後には、首に裂傷をおった巨人が倒れている。
六花の操るナルナシアの攻撃は正面からだ。なのにその巨人の顔
に傷は一切ない。
何故か?
何故なら、ナルナシアの攻撃が届くより早く、目の前の天牙が巨
人を倒したからだ。
﹁ま、まさか﹃首刈﹄が通じるとは思わなかったんだよ。本当にわ
ざとじゃないんだ﹂
忍固有のパッシブスキル﹃首刈﹄。
低確率で相手のシールドを擦りぬける危険なスキル。所謂、即死
攻撃というやつだ。
211
ボス相手なら基本、即死耐性を持っているが、どうやら100%
の耐性ではなかったらしく、偶然決まってしまったらしい。
で、切り裂いた場所がこれまた偶然で、巨人にとっての動脈とも
言える場所。
切ったと同時に、真っ黒なオイルが吹き出し、のたうち回り、し
ばらくして活動を停止したのだ。
﹁最大出力からの一撃、行けるとおもったんだけどな﹂
その言葉に、天牙がうぐっ、と言葉を詰まらせる。
なんというか、拍子抜けだ。
ナルナシアをハッキングして、乗り込み、巨人に対峙して、吠え
ながら特攻したら、攻撃する前に巨人が倒されてしまった。
うん、自分は何をしたかったんだろう?なんて思ってしまう。
臨時の相棒であるナルナシアを見上げるが、何も言わない。
﹁ま、まぁ、天牙も反省しているんだし﹂
朽野の言葉に、コクコクと頷く天牙。何となくその姿が可愛らし
くて、頬が緩む。
﹁こっちも大人気なかった。ごめんね﹂
そういうと、天牙が六花に抱きついてくる。
﹁わ、解ってくれればそれで、いい﹂
そんな光景を、朽野が羨ましそうに見ている。
いやらしい感情がダダ漏れだ。うん、これではいつまでたっても
モテないだろう。
そんなことを思いながら、その触り心地のいい髪を撫でる。
中2病で、格好つけるのが好きで、なのに回避特化で地味なタン
クなんてやっている女の子。
﹁本当、よくわからない子だね。君って﹂
﹁やー、それはこっちのセリフなんだけどね?﹂
212
そんな独り言を返す声がある。
その声の主である朽野は、ポリポリと頭を掻きながら困ったよう
な表情を浮かべている。
﹁解らないって、私が?﹂
﹁ああ、東京に追われていたのは何かの勘違い、の可能性もあるか
な?と思ったけど、ちょっとさっきのを見て考えを改めた﹂
﹁⋮⋮私は普通に戦っていただけだけど?﹂
天牙を手放し、背後にあるナルナシアに意識を向ける。が、そこ
で、覚悟を決める。
一度、信じると決めた相手だ。なら、最後まで信じてみよう
そう決めて、ふう、と肩の力を抜く。その様子に、朽野も少しほ
っとしたような表情を浮かべる。
﹁ユニークスキルのことね?﹂
スキルを使えばアナウンスが流れる。
存在しないはずのスキルが発動しました、なんて流れれば、それ
は疑問に思うだろう。
ワンオクロック・クィーン
﹃刹那の女王﹄。
六花
それは、この世界では彼女のみがもつ、時間に干渉するスキル。 今の彼女になる前から彼女が持っていた魔術だ。
それが示す事象はただ一つ⋮⋮
﹁私は、転生者よ﹂
213
説明回もたまには必要ということで⋮⋮
さて、六花の話をまとめよう。
六花は前世の記憶があるという。しかも、この世界ではない別の
世界。
それは、アーガイズと呼ばれる世界。
所謂、RPG的な剣と魔法の世界だったらしい。文明的には、中
世ヨーロッパ。ただし、魔法というこの世界にない技術があった為、
こちらの世界より劣っていたとは一概に言えないらしい。
そんな世界において、彼女はとある大国の宮廷魔術師だったらし
い。
時の神エイレールの加護を受ける大貴族の出で、時間への干渉を
得意としたらしい。
さて、そんな世界において、ある日、遥か東から、魔族と呼ばれ
る軍勢が現れたそうだ。
最初は、軍部も気にしない程度の噂話。しかし、東の大国が滅ぼ
されてから流れが変わった。
次々と滅ぼされる国家。人々は絶望し、そんな中、一つの希望が
生まれる。
﹁勇者?﹂
﹁ええ、こっちの言語で表すとしたらそれが妥当ね。ドラ〇ンクエ
ストとかああいった感じの﹂
勇者御一行は魔族との戦いに勝利し続ける。
最終的に、魔王の住処までたどり着いたという知らせが飛び込ん
だ時、人々の顔に笑顔が戻ったという。
そう、それから一ヶ月後、勇者が破れたという報告が舞い込むま
では⋮⋮
214
これにより、各国の王達の会議、﹃円卓﹄にて、もう一つの作戦
を決行することを決定する。
﹃方舟計画﹄
天才的な発明家でもあった勇者が作り出した理論を元にした計画。
他の世界にピーコン付きの人間を転生させ、そのピーコンを元に
他の世界への扉を開き避難するという計画だ。
ピーコン
﹁その時、鳩が私という訳﹂
なんとも言えない空気になる。簡単に転生いうが生きている限り
転生は出来ない。
つまり、彼女は殺されたという訳だ。
﹁しかし、転生者か∼﹂
ぽりぽり、と頬を掻きながら朽野は聞いている。
ワンオクロック・クィーン
無理もない。いきなり転生なんて言われても、電波扱いされるだ
けだ。
﹁証拠と言えるのは、私のもつスキル。刹那の女王、これはどのゲ
ームのスキルにも存在しない。私が転生前に得意としていた魔術よ﹂
本来は詠唱やら儀式を行って発動させるものだが何故かスキル扱
ワンオクロック・クィーン
いとなっている。
スキル名の刹那の女王は前の世界の称号だ。
全く馬鹿げている。今の彼女の能力はかつての彼女の能力を表面
上、再現しているに過ぎない。
︵そう、私の一族の魔術はもっと⋮⋮︶
﹁天牙。どう思う?﹂
その言葉に現実に戻される。
今の彼女は中二病モード。表情は能面のようで、その感情は読み
取ることが出来ない。
215
怖い、六花はそう感じる。
巨人の時に味わった生命の危機からくるものではなく、嫌われる
のではないか、という不安だ。
彼女の顔を正面から見ることが出来ない。
不安の感情が心臓を高鳴らせる。一瞬がとても長い。
時間を操る魔女が、その流れる時間を恐れている。それがとても
滑稽だ。
﹁ふむ、普通、だな﹂
﹁ああ、普通だよなぁ﹂
だが、帰ってきたのは予想外の反応。
﹁⋮⋮はい?﹂
拒絶される可能性は想定していた。
そんなことは関係ない俺達は仲間だろ?的な展開も予想していた。
が、これはない。これは彼女の予想を大きく外れていた。
﹁転生者は珍しいけど、東京がここまで大騒ぎするか?﹂
﹁うむ、能力も地⋮⋮ごほごほ、彼らが危険視するほどではない﹂
ちょっとまて、今、地味と言おうとしたか?
いやいや、それよりも重大な情報を普通に出ていたような?
﹁珍しいって、ちょ、ちょっとまって、転生者って他にいるの?﹂
﹁ああ、一般的には知られていないけどね﹂
と、当然といった感じで朽野はいう。
﹁さっきの赤城も転生者。なんでもアラビアンナイト的な世界にい
グーラ
たそうだ。あと東京の中央にいる﹃預言者﹄。埼玉方面で戦ってい
る将軍も転生者だって話だ﹂
﹁神奈川にもいるな。円卓の一人。暴食と呼ばれる魔術師が⋮⋮﹂
﹁ああ、そういえば最近、群馬で活躍している超人。あいつも⋮⋮﹂
呑気に話を続ける二人。
216
オブ
ザ
the
オンラ
Round Onli
ラウンド
置いてきぼりにされている六花は頬を膨らませている。
ナイツ
﹁しかし、アーガイズに、円卓、ね﹂
イン
それは、Knights of
neの用語。
オブ
ザ
the
オンライ
Round Onlin
ラウンド
円卓は、アーサー王を中心とした騎士達を表し、アーガイズはゲ
ナイツ
ーム内の世界を表す。
ン
﹁確かにKnights of
オブ
ザ
the
オブ
ザ
the
オンライ
ラウンド
VE
フェ
Round O
パンツァー
Round Onlin
ラウンド
eのプロモーションを見た時は驚いた。私の知るあの世界がそのま
ナイツ
ま広がっていたのだから⋮⋮﹂
ン
﹁なんでKnights of
eを選択したんだ?﹂
アトラーク
ナイツ
彼女がプレイヤーとして活躍していたのはPANZER RTRAGだ。
オンライン
通常であれば、Knights of
nlineを選択すると思うのだが⋮⋮
中身
﹁最初はやってたけど、似ていれば似ているほど、辛くなるだけだ
し﹂
器
そう言って六花は苦笑する。
所詮はまがい物、世界が似ていようとそこにいる人々は全くの別
人だ。
﹁しかし、まぁ、ゲームと六花の世界が似ているってのは気になる
な﹂
空気が暗くなったのを察したのか咄嗟に朽野が切り替える。
それを察してか、六花は小さく微笑み、流れに乗る。
﹁ええ、それは私も気になっていた。﹃運営﹄は私と同じ転生者じ
ゃないかって﹂
﹁しかし、そんな都合よく同じ世界の転生者が現れるものなのだろ
うか? 拙者も何人か転生者の噂を聞くが皆、渡ってきた世界が違
うぞ﹂
217
地球
アーガイズ
﹁私は、この世界と私がいた世界はかなり近い距離にあると思うの。
さっき言った勇者、彼は優れた発明家だったけど、彼が発明したも
のはこの世界に類するものばかりだった﹂
﹁作ったものがたまたま地球と同じものだったという可能性は?﹂
﹁トランプを開発し、大貧民とかババ抜きと流行らせたのが偶然?
彼、将棋やオセロも生み出しているのよ﹂
そう、彼は人々の生活を一変させた。
羊皮紙を使っていた生活から、木の繊維から紙を作り出し
火薬を作り出したかと思えば、そこからマスケット銃を製造した。
彼が農地開発に使った技術も調べて見れば地球産のものばかりだ。
﹁地球からの転生者か、それだけのNAISEIやって俺TUEE
EEな奴だろ? どんだけ超人なんだよ﹂
どうせ、そんな奴ならチーレムの一つや二つ作ってんだろ。ケッ
そう朽野がやさぐれていると、六花がこちらを見ているのに気づ
く。
﹁な、なんでしょうか?六花さん﹂
六花のその探るような瞳に朽野は気圧される。
﹁⋮⋮勇者は、右手にレイピア、左手に銃を持って戦ったそうよ。
そのレイピアは変形自在。﹁細い剣で、魔族の攻撃を弾いていった
と聞くわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ムスケテール
それは、朽野のプレイスタイル。
片手にレイピア、片手に銃は銃士でも有り得るが、弾くことを得
意とする者はあまりいない。
だが、朽野は、ごく普通の一般人だ。前世の記憶など持ち合わせ
ていない。
そもそも、発明やらなんやらができるほどの頭脳を持ち合わせて
いないのだ。
﹁俺じゃないよ﹂
218
どこか、違和感を持ちながら、朽野はそう呟いた。
219
説明回もたまには必要ということで⋮⋮ってあれ?説明?︵前書き︶
PT上昇中。400pt突破。皆様ありがとうございます。
220
説明回もたまには必要ということで⋮⋮ってあれ?説明?
パチパチ、と焚き火の音がする。
時間は夜の8時。
それは、夜の始まり。ダンジョンのモンスター達が強化される時
間の始まりだ。
狩りに来ている冒険者であれば、素材のランクも上がり、レベル
も上がりやすい時間帯。
リスクもあるが、それ以上のリターンのある為、この時間に合わ
せて狩りに来る冒険者も多い。
しかし、朽野達は、それが目的ではない。
しかも、今日は、このダンジョンのメインの入口である町田の入
口が封鎖されている。
今日はプレイヤー達も少ない。まぁ、こんな広範囲でのチャット
のジャミングが発生しているのだ。
元々、このダンジョンに潜れるのは高レベルのベテランプレイヤ
ー達のみ異変に気付かないはずがない。
町田で異変があったと気づくと共に別の出口から脱出したようだ。
ここまで来て他の冒険者と遭遇しなかったのはそういった理由。
冒険者が少ないがゆえに沸いても処理されるモンスターが少なく、
今ダンジョンはモンスターだらけだ。
幸い元はゲームということもあって、湧き出るポイント、そして、
周回する場所は決まっているので、パターンさえ読めればダンジョ
ンの中でも楽々、野営ができる。
とはいえ、危険な場所にはかわりないので見張りはつけておく必
要がある訳だが⋮⋮
221
さて、そんな訳で、天牙は焚き火の側で見張りをしている。
吐く息が白い。地下深くまで潜ったのだ。一層一層下る事に気温
が下がり、ここまで来ると、冬と変わらない。
指先が悴む。はーっと息を吐いて指先を温める。
向ける視線は、暗闇の向こう。
こうして、一人でいると色々なことを考えてしまう。
六花の言っていた転生のこと。普通だ、と言ってしまったが、全
国的に見てもそうはいない。
その肩書きは中2病患者の彼女も何度か妄想したことがある特別
な存在の証明だ。
﹁だから、朽野も惹かれたのか﹂
口にすると、胸に鈍い痛みが走る。
肩書きが羨ましいのもある。だが、何よりも彼の気を引けた
ことが羨ましい。
そんな感情を誤魔化すように、天牙は首を振り、周囲に意識を向
ける。
︵そろそろ、か︶
耳を澄ます。
聞こえるのは焚き火の木が弾ける音。近くにある水源からの水の
流れる音。そして⋮⋮
ズーン、ズーン、と遠くから巨大な何かが歩く音がする。
闇を切り裂き、浮かび上がる巨大な足。しかし、こちらに近づく
ことなく、そのまま方向転換し、元来た道を戻っていく。
遠ざかる足音を聞いて、構えていた武器を収める。
それを見て、天牙はほっと一息つく。
先程戦った墓守と違って通常の巨人だ。決まったルートを往復す
る巨人だが、近づけば追いかけて来るタイプのモンスターだ。
222
ここは、巨人のエリア外だが、何かの拍子でこちらに向かってく
るかわからない。だから、監視が必要なのだ。
︵まぁ、最も、こちらも虎の子のパンツァーがあるから、負けるこ
とはないだろうけど⋮⋮︶
頼みの綱であるパンツァーを見る。
壁に寄りかかるように機能を停止しているパンツァー。
︵そう、六花殿が使う、機体︶
メンテの為、両手両足を投げ出したその状態は、どこか間抜けだ。
その騎士の格好が勇ましいだけに尚更だ。
その足元には、様々な巨大な物体が置かれている。
虚ろな表情をした巨人の首。巨大な腕。何の用途か分からないが、
真っ黒な球体も置かれている。
それらは、﹃巨人の墓守﹄のパーツだ。
六花は、それらのパーツを使って騎士の部品を取り替えしている。
彼女も疲れているはずだ。休むべきだ、と声をかけようとするが、
先程浮かんだ感情のせいで声をかけづらい。
そう悩んでいると、六花がこちらが見ているのを気づいたのか、
振り返る。
﹁何、天牙。どうしたの?﹂
微笑む彼女に罪悪感が芽生えると同時にほっとする。
朽野が取られたような気がして、複雑な心境だが彼女のことが嫌
いになった訳ではないらしい。
彼女に微笑まれて、幸せになれるのが何よりもの証拠だ。
﹁六花殿、今日は寝たほうがいいのではないか?﹂
出た声は、普段の彼女の声。その声で六花が笑う。
﹁六花殿って⋮⋮六花ちゃんじゃないの?﹂
からかうような彼女の声。それに天牙の意識が乱れる。
223
﹁それはっ! その、そう呼ぶのはやぶさかでないが、拙者のキャ
ラ的に似合わぬし、その少し恥ずかしいし⋮⋮﹂
勢いで六花ちゃん、と読んでしまったが、今の自分は孤高の忍。
そんな呼び方、忍者としては失格だ。
助けを求めるように朽野のほうを見るが彼は爆睡中。
朽野は焚き火の側で丸くなっている。
︵なんでグッスリ寝ているんだ!︶
悪態をつくが、まぁ仕方がない。このような状況では休めるとき
に休むべきだ。
あれはあれで経験豊富なプレイヤーだ。
休める時は、すぐに寝る。どんな状況でも寝れるあの神経は天牙
は羨ましく思う。
今は、天牙が見張りの番なので眠れないが、この後、朽野と交代
しても寝れるか少し心配だ。
﹁まぁ、私はもう少し起きているよ。このパンツァー弄っておかな
いと。まだ、ダンジョン下るのでしょう?﹂
確かに、目標の出口に向かうまで後2つのフロアを抜ける必要が
ある。
戦闘になれば、パンツァーがあったほうが有利には違いない。
﹁このパンツァーの持ち主。高性能ばかり追求したようね。燃料食
うわ、お陰でメンテナンスが面倒だわでもう大変﹂
おどけた様子で六花は両手を上げる。
通常、プレイヤーはHPが減っても時間が経過するれば回復する。
しかし、パンツァーはそういう訳にはいかない。HPを回復させ
るには修理する必要があるのだ。
高性能であればある程、メンテナンスの腕が要求され、更に修理
に時間がかかる。加え、燃料という概念が存在し、燃料が切れれば
その時点で動かなくなる。
224
パンツァーは強力だが、実のところ、万能兵器という訳でもない
のだ。
﹁⋮⋮本当に浪漫求めた機体よ。これ﹂
パンツァーの基本骨格となるフレームは、オリンビア製第二世代
フレームをベースにしている。
オリンビアは、高性能・高コストで有名なパンツァーメーカーで
一部のプレイヤーには人気ある⋮⋮らしい。
エンジンとも言えるジェネレーターはドラゴンの核を加工した高
出力型。
それに合わせ、マナタンクも大型化。燃料不足を補うため、大気
中のマナを吸収するマナ・コンバート
装甲も、ランク5のアマンダイト。重量はあるが、硬度のある素
材に、その表面には、耐魔性を上げるルーンが描かれている。
そして、ティラノ・クーガの革で作られたマント。斬撃に対して
強い耐性を持っているらしい。
武装は二種類。
実弾を使うが、燃料を消費しないガドリンクガンの﹃サンダーボ
ルト?﹄。
近接・遠距離双方兼ねることができるレア武装﹃神剣フラガラッ
ハ?﹄
背中にはマントに隠れているが、加速用のブースターに対空用の
武装﹃ドラゴン・フライ﹄が装備されているとか、うん、理解出来
ない。
﹁⋮⋮本当、完成されている。され過ぎている。フレーム、出力確
保の為のジェネレーター、耐魔性能を上げるためのルーン。それで
もって、神剣フラガラッハ?、すべてが燃料を消費する。足りない
分は、マナ・コンバートで補う設定だけど、マナ・コンバートが破
壊されたら、その段階でおしまい。燃料タンクは大型だけど、マナ・
225
コンバートが破壊されれば長時間の運用は無理ね。加え、重量が重
い。ジェネレーターが高価なのを使っているから普通通り動けるけ
ど、重量ギリギリで武装積んでいるからジェネレーターにダメージ
入ったらおしまいよ﹂
本当、余裕がなさすぎる、と宙に浮かんだキーボードを叩きなが
ら六花は答える。
パンツァーは、他のゲームと違ってステータスが高ければいいと
いうものではない。
戦闘中、何かの拍子で障害が出ることなどよくある。ダメージで
ジェネレーターの出力が落ちることもあれば、パーツが破壊され動
けなくなることもある。
重量ギリギリで積めば、障害が発生した時、パフォーマンスは一
気に落ちる。
だから、高レベルのプレイヤーでもメンテ面に優れる量産機を選
ぶことも多い。
メンテナンスの面や、何か障害が発生した時のこと。そういった
ことを全く加味していない性能ばかりを追い求めた機体。
それが﹃ナルナシア﹄。メンテ専用のプレイヤーがいれば運用出
来るがそうでなければ、全くの欠陥機としか言いようがない。
﹁まぁ、私の持っているパーツと、墓守の部品である程度動くよう
には出来るけど、精々70%ほど、かな?﹂
そう言ってキーボードを閉じる。
﹁それじゃあ、私も寝るね。交代の時間になったら起こして﹂
そう言って立ち上がろうとする六花の手を掴む。
﹁待って﹂
天牙の口から出たのは、か細い声。
不思議そうな六花を見ていると罪悪感が浮かんでくる。
﹁あの、その、一つ聞きたいことがあるんだが﹂
バクバクと心臓が高鳴る。聞いてはいけない。天牙は彼女のこと
226
が大好きだ。関係を壊したくない。そう理性はいうのに、黒い感情
が彼女の口を動かす。
﹁朽野との約束って⋮⋮何?﹂
227
赤ちゃんは、どこから来るの?︵前書き︶
すみません。更新を一ヶ月ほどサボりました。
年末、仕事がドタバタし過ぎて、申し訳ございません︵滝汗
228
赤ちゃんは、どこから来るの?
︵言った。言っちゃった。言っちゃったよ! ど、ど、どうしよう
?︶
天牙と朽野は、神奈川と東京が戦争を開始してから、つまりは数
年の付き合いでしかない。
しかし、彼は戦場で背中を預け、預けられる関係、戦友という関
係は決して浅くはない、と信じたい。
︵そ、そう、朽野は戦友。戦友が道を踏み外さないようにするのも
自分の役目っ!︶
別に六花が嫌いとかそういう意味ではない。今日知り合ったばか
りだが、とても息が合う。
だが、その⋮⋮彼女は色気がありすぎる。
メリハリのある体つきとか、大きな胸とか、整った容姿とか、そ
んな彼女とえちぃことしたら、どハマリして戻ってこれなくなるか
もしれない。
そう、これは嫉妬などではない。ただ、戦友を心配しているだけ
だ。
自分で自分を偽る。最も、ダラダラと冷や汗を垂らしながら言っ
ても説得力は皆無だが⋮⋮
最も冷や汗をかいているのは彼女だけではない。
困ったような表情を浮かべる六花。
一見、小さい子が駄々こねるのを﹁困ったわね﹂といった風に見
ているようにも見えるが、明るいところで彼女を見れば頬から垂れ
る一雫の汗が見えるはずだ。
︵え、えーっと、天牙ちゃん、朽野のことが好きってこと? これ
って修羅場? え? やばくない?︶
経験豊富を装っているが、今世でも前世でも六花は元々、引きこ
229
もりに近い。
研究室に篭もり、魔術の研究をしていた魔女。前世でも勇者パー
ティーに加わるように王から命令されていたが研究室に一ヶ月篭城
し候補から外してもらったという経緯もある。
﹃私は、研究者です。勇者様と同じパーティーなど荷が重すぎます﹄
そうは言っているが実際の処、世界を救う名誉や王の命令よりも
彼女は知らない人と四六時中いるのが嫌だっただけだ。
その癖、人目を惹く魅力的な肉体と、見栄っ張りな性格が影響し
て経験豊富だと周囲に思われていた。
そして、その傾向は今も変わらない。
世界が一変し、引きこもるどころではなくなった為、少しは耐性
はついたが、それでも人と話すのが得意という訳ではない。
﹁や、約束? 確かにしたよ? キスのその先をしてあげるって。
ま、まぁ、彼に守って貰う為の約束で、し、仕方ないかなーって﹂
﹁むっ、朽野。弱みにつけこむような真似をしたのですか? だっ
たら、僕が懲らしめて⋮⋮﹂
﹁だ、大丈夫大丈夫! わ、私から言い出したことだし、ま、まぁ、
私、経験豊富だし? その程度なんてこともないしっ!﹂
﹁で、ですよね。ろ、六花ちゃんは経験豊富ですからね! じゃ、
じゃあ⋮⋮﹂
もにょもにょ、と天牙が言いよどむ。
﹁ぼ、僕が朽野を説得出来たら、約束無かったことにしてくれます
か?﹂
そう、彼女は対人との経験が少ない。だから、つい逃げる方向に
動いてしまう。
﹁もちろん! 天牙ちゃんがどうしても嫌だったらって言うなら⋮
⋮﹂ そこまで言って言葉を区切る。﹃私が説得して無かったことにし
て貰うよ﹄そう言おうと思ったのにその言葉を放つことが出来ない。
230
朽野との﹃キスの先の約束﹄は、中身は乙女な六花にとってもか
なり重大なーー恐らく一生を左右する決断だ。
しかし、彼と六花は約束をしたのだ。
彼女の中で約束とは神聖なものだ。前世での宗教の影響ではある
が、今でもそれは正しいと彼女は思っている。
だから、彼女は約束を破るのはプライドが許さない。が、その約
束を果たすことで彼に思いを寄せている天牙を泣かせることは、朽
野と彼女の関係に亀裂を入れることとなり、恐らく誰も得をしない
不幸な結果になる。
だから、朽野に頭を下げて許してもらうしかない。ないはずなの
に⋮⋮
胸が、痛い。
彼との約束が果たせないことに、とても心が痛む。
何故?と自問自答する。
約束を果たせないことに対するプライドが傷つけられることとは
別種の心の痛み。
︵ああ、そうか⋮⋮︶
六花は気づく。彼と一緒にいると幸せになれて、朽野が天牙とじ
ゃれていると微笑ましいと思うと同時に少し胸が痛くなって、
そして、一生を左右するような約束をしたくなるようなこの感情
の正体は⋮⋮
﹁ごめん、さっきの言葉は無し﹂
そう言って、六花は天牙に頭を下げる。
﹁確かに約束は、彼に守ってもらうその対価を支払う為に交わした
もの。何かを貰ったら、それ相応のものを返さないといけない。私
には何も無かったから、だから私自身を差し出すしかないかなって、
だけど、今の私はその約束を果たされることを楽しみにしている﹂
﹁それって⋮⋮﹂
231
天牙の言葉に、六花は頷く。
﹁うん、私は、朽野を、朽野伸也が好きなんだと思う﹂
口にするとその思いが更に強くなる。
自分の意思がはっきりしたせいだろうか?
目の前のモヤが晴れるような、不思議な開放感に満たされる。
﹁あーうー、本気?﹂
その様子に、天牙が呻く。
﹁だって、あの朽野だよ? お馬鹿でエッチで、中二病で。それを
隠そうとして、全然隠しきれてなくて、女の子にモテたいなんて思
っているけど、全然鈍感でデリカシーが無くて⋮⋮﹂
﹁だけど、仲間思いで、泣き言言いながらも、誰かの為に命をはれ
るような、いろんな意味で強い人。それは天牙ちゃんもよく知って
いると思うけど?﹂
﹁⋮⋮それは、よく、よく知っているよ。だって、戦友だし﹂
俯いて話す天牙の言葉に、六花は苦笑する。
﹁天牙ちゃん、朽野のことが⋮⋮﹂
﹁す、好きじゃないよ!﹂
﹁じゃあ、自分と彼が子供が出来るようなことをしても?﹂
﹁そ、それは駄目!﹂
思わず上げた自分の声に、﹁あ﹂と天牙は赤面をする。それは、
彼をどう思っているのか一発でわかる反応。
﹁べ、別に、僕が彼をどうこう思っているわけじゃなくて、その、
朽野が六花ちゃんを傷つけたら困るし、その⋮⋮﹂
不安げに揺れる天牙の瞳。ああ、可愛いは卑怯だ。六花は正直に
そう思う。
元々、人形のように整った表情の天牙だ。中2モードの無表情の
時は凄みのある美しさを感じさせるが、素の彼女は人形めいた美し
さと、小動物のような内面。そのギャップが心を揺さぶる。
女性の自分でもこうなのだ。天牙と一緒に行動し、彼女の好意を
232
受けている朽野が彼女に手を出さないのは、彼の鈍感であるがゆえ
だろう。
ああ、本当反則だ。彼女を泣かすようなこと、出来ないではない
か。
﹁そう、か。じゃあ、仕方ない、ね﹂
そういう六花の言葉に、天牙が顔を上げる。
﹁え?﹂
﹁⋮⋮今回の約束、断っておく﹂
そもそも、彼女は友達だ。そして、朽野との付き合いも長い。
それをひょっと出の自分がドサクサでした約束で掻っ攫うのはフ
ェアではない。
﹁いいの?﹂
﹁いや、考え直してみると付き合ってすぐの人と子供が出来るよう
なことは、ね﹂
﹁だ、だよね! 朽野が六花ちゃんと釣り合うはずないし!﹂
﹁そういう訳じゃないけど、さすがに添い寝するのはまだ早いかな
って、こういうのは順序を追って⋮⋮﹂
﹁え? 添い寝?﹂
理解不能な六花の言葉に、天牙の思考はフリーズ。しかし、何と
か立ち直り、引きつった笑みで六花に向かい合う。
﹁え、えーと、六花ちゃん。赤ちゃんはどうやったら出来るか知っ
ている?﹂
﹁何を意味わからないことを、そんなの誰でも知っていることでは
ないか﹂
﹁で、ですよねー﹂
良かった聞き間違いだ。デキる女である彼女が、あんなこと言う
はずが⋮⋮
﹁一緒の布団に入り、添い寝すればコウノトリが⋮⋮﹂
﹁六花ちゃん、駄目だよ! 彼との約束はもうちょっと勉強してか
233
らだから!﹂
むんす、と胸を反らしていう六花の言葉に、天牙は絶叫した。
◆◇◆◇◆
︱︱そして、今日という日が終わる。
天牙は、パチパチ、と燃える焚き火を眺め、ただ時の流れに身を
委ねる。
時間は11時56分。
それを確認し、メールの画面を開く。
宛先は、東京軍の﹃赤木一佐﹄宛。
そこに書かれているのは、どこの出口に何時頃着くか、といった
詳細なスケジュールだ。
点滅する送信ボタン。それを震える手で近づけ⋮⋮
﹁六花ちゃん、ごめん。それでも、私は⋮⋮﹂
そして、ボタンを押す。
ジャミングで、邪魔されるはずのメールは問題なく送信される。
サイは投げられた。投げられてしまった。
震える身体を抱きながら、彼女は、焚き火の前で丸くなる。
◆◇◆◇◆
東京軍が動き出す。
タクが部下からその情報を入手したのは深夜1時のこと。
234
街のあちらこちらを監視していた兵士達が一斉に、出発の準備を
開始したとのこと。
街を眺めると、なる程慌ただしい。
赤城の指導が行き届いているので、略奪こそ起きていないが、街
のあちらこちらで騒ぎが起きている。
逃げる様子は無い。東京軍の斥候が向かった先は神奈川方面。し
かし、彼らが神奈川方面の出口から出てくると分かっても出口はそ
れこそ無数にある。賭けに出るには少々分が悪いと思うが⋮⋮
﹁さて、こちらの手の内がバレているとは思わないし⋮⋮﹂
タクは自分の背後に置かれている装置を見る。
それは二つの球体。コードが伸びておりその先には黒い箱が置か
れている。
二つとも同じ形状だが、違う点が一つある。片方は緑色に輝き、
片方は光を失っている。
これはチャットのジャミング装置。
何故、二つ用意しているか、理由は簡単だ。このジャミング装置
は、連続で12時間しか使えず、また、同時に二台起動することが
出来ないということだ。
タクが、数あるジャミング装置の中でこれを使用していることを
知っているのは天牙や朽野を含めた仲間達のみ
ジャミング装置も様々なものがあり、それによって活動時間は違
う。隙ができるとしても一秒程、そのタイミングを相手が掴めると
思えないが⋮⋮
﹁金は幾らでも出す。冒険者達を集めろ、東京軍を追うぞ。ジャミ
ングは東京軍が出発するまで維持。出発と同時に解除。そして、神
奈川に連絡。こちらの情報すべて伝えろ。信じてもらえないようだ
ったら俺の名前を使っても構わん﹂
用心に越したことはない。
235
嫌な予感を胸に抱きつつ、彼は準備に取り掛かった。
236
登場人物紹介︵前書き︶
一章におけるメインキャラも揃い始めましたので、能力含め一度紹
介させていただきます。また、一部キャラ設定変更により間章﹃円
卓の騎士﹄が変更になりました︵1/3︶勝手な変更申し訳ござい
ません
237
登場人物紹介
﹃登場人物﹄
オブ
くだらの
伸也
しんや
ザ
the
﹃キャラクター名﹄朽野
﹃性別﹄男
﹃ゲーム﹄
ナイツ
Knights of
﹃スタイル﹄
ラウンド
オンライン
Round Online
≪アスリート≫:現実世界においてスポーツをやっていた者がMM
O化した世界でその経験を活かすスタイル。朽野の場合はフェンシ
ング。
≪ゲーマー≫:ゲームをやり込んでいたプレイヤー、元々、レベル
が高いこと。モンスター戦を得意とし、ゲームの仕組を深く理解し、
そこから導き出す効率的なスタイルを得意とする。
ムスケテール
﹃職業﹄
銃士:レイピアと、銃を使いこなす職業で、遠・近双方こなす。攻
撃力・スキルの威力も高いが、紙装甲。MPも低い。使い手を選ぶ
使用。
﹃主要スキル﹄
バラージ︵銃スキル︶:、一発の銃弾を2,3発と増やす能力。弾
幕を張ることが出来、一発一発の威力は低いが牽制に使われやすい。
238
近接銃術︵銃スキル︶:パッシブスキル。近接距離で銃撃した場合、
ボーナスが付く。
ゼロ・スナイプ︵銃スキル︶:ゼロ距離で放つと高い威力を発揮す
る。通常のスキルよりMPの消費が少なく、威力も高い。が、ゼロ
距離で攻撃することが前提で、少しでも距離が開けば、威力は通常
攻撃の半分というかなり使いどころが難しいスキル。
トレーロ・マタドール︵回避スキル︶:赤いマントを呼び出し、そ
のマントに触れた攻撃は回避出来る。攻撃してきた敵近辺に転移す
ることが可能。一時間に一度しか使用できない。
ブリッツ︵突剣スキル︶:初期に覚える技。消費も少ないが威力も
低い。電気属性。直線限定ではあるが、どのような体制でも高速移
動出来る為、回避や移動に使われることが多い。
グラン・チャリオ︵突剣スキル︶:突剣系最強スキル。七回連続で
攻撃を加える。攻撃が当たれば当たるほど威力を増し、七発すべて
当たれば大抵の敵は倒せる。技を使っている間、モーションが限ら
れている為。一度避けられると大きな隙が生まれる。
?????:朽野が隠し持っているとされるスキル。詳細不明
﹃説明﹄
女の子にもてたい、それが行動基準になっている主人公。
かつてはストイックに︵そして中2的に︶フェンシングで最強を目
指していた過去がある。
過去の事故により、フェンシングを辞め、ゲーマーとなる。
過去の東京での戦いの活躍が認められ、円卓のメンバーに補欠で選
239
ばれる。
お馬鹿ではあるがお人好し。剣をもつと人格が変わり、あとでその
時の自分を思い出し悶絶する。
モテないいう割に、彼に想いを寄せている女の子もいるが鈍感なの
で気づいていない。
◆◇◆◇◆
りっか
フェアトラーク
VERTRAG
﹃キャラクター名﹄六花・由良・ベルクマン
﹃性別﹄女
﹃ゲーム﹄
パンツァー
PANZER
﹃スタイル﹄
︽転生者︾:異世界より転生した者。彼らのみがもつ﹃ユニークス
キル﹄はそれぞれの前世によって左右される。ユニークスキルの他
にも彼ら固有の価値観や技術で、活躍していることも多い。
﹃職業﹄
上位猟兵:軽量型のパンツァーを扱うのを得意とする職業。基本的
にバランスがよく、剣や銃、そしてプログラミング系のスキルもそ
れなりに使いこなす。一人でなんでもこなせるが器用貧乏と呼ばれ
ることも⋮⋮
﹃主要スキル﹄
スナイプ︵銃スキル︶:命中率を上げるパッシブスキル。細かい動
240
作の正確さ、指の反応速度などが関係しており、六花はこのスキル
が高めに設定されている。
飛行技術︵移動スキル︶:パンツァーで空を飛ぶ場合、必要となる
スキル。
バーニアブースト︵移動スキル︶:移動用スキル。バーニアを通常
より多く燃やし加速する。
ハッキング?︵電脳スキル︶:相手がパンツァー、或いはそれに類
する者だった場合、ステータス異常を起こさせる。
ハッキング?︵電脳スキル︶:相手がパンツァーだった場合、相手
のパンツァーを乗っ取ることが出来る。一定時間が経過すれば元に
戻るが、乗り手が死亡していた場合、そのまま所有権を奪うことも
ワンオクロック・クィーン
可能。専門職ではないのでどうしてもランクは落ちる。
刹那の女王︵ユニークスキル︶:彼女のみが使えるスキル。時の神
エイレールに働きかけ、自身の魂の流れる時間を操作可能。魂のみ
なので肉体は対象外。
﹃説明﹄
東京軍に追われている少女。
世界を変貌させた﹃運営﹄ではないか?と疑われている。
前世の記憶を持ち、アーガイズと呼ばれる世界で時の神エイレーズ
の加護を得た宮廷魔術師だったとのこと。
男女の経験が豊富だと偽っているが、中身は乙女、キスの経験は朽
野の頬にした程度。
前世でも今世でも引きこもりで育ったこと。また、両親の過保護な
教育のせいで性に関する知識は全くない。
朽野に惚れている様子。
241
◆◇◆◇◆
﹃キャラクター名﹄天牙
﹃性別﹄女
﹃ゲーム﹄
戦国斬鬼online
﹃スタイル﹄
︽廃人︾ゲームに命を注いだ者達。通常のゲーマーとは比べ物にな
らない程の装備。そして、ゲームに対する知識を保有する。天牙が、
本来、ネタとまで言われている忍タンクを実践レベルまで運用でき
ているのは彼女のゲームスキルのお陰。
﹃職業﹄
忍:銃士と似たロマン職。一撃必殺と高い回避性能、トリッキーで
技術を問われるスキル群が特徴。紙装甲と低い攻撃力のお陰で、現
在、忍プレイヤーのほとんどがトラップ解除役
﹃主要スキル﹄
首刈︵短刀スキル︶:パッシブスキル。低確率で相手のシールドを
通過するまさに一撃必殺技。天牙の数少ない攻撃系スキルで、攻撃
においてはこの技に特化しているとも言える。
242
隠れ見の術︵移動系スキル︶:相手のプレイヤーから認識されなく
なる。誰かに触れられた場合解除される。また、高レベルのプレイ
ヤーには効かない場合も多い。
朧:回避を一時的に上げるスキル。
分身︵補助スキル︶:その名のとおり、分身するスキル。同時に幾
つもの身体を動かすので、使用者にかなりの負担がかかる。その癖、
分身の攻撃力、HPは低く、その為使いこなせる者が少なく産廃ス
キルとも言われている。彼女が回避特化タンクをする上で重要なス
キル。
変わり身の術:近くにいる仲間プレイヤー、或いは物と位置を取り
替えるスキル。回避特化タンクをする上で重要なスキル。
﹃説明﹄
中2病患者。天牙は偽名で本名は、田中なんたらさん。
普段はクールなキャラを演じているが、中身は慌て者の僕っ子。
かつて、朽野の率いる部隊に所属した経験があり、彼に好意を抱い
ている。
六花とは仲が良いが、六花や朽野を裏切るような行動を取っている。
◆◇◆◇◆
243
﹃キャラクター名﹄タク
﹃性別﹄男
﹃ゲーム﹄大交易時代online
﹃スタイル﹄
︽ゲーマー︾:ゲームをやり込んでいたプレイヤー、元々、レベル
が高いこと。モンスター戦を得意とし、ゲームの仕組を深く理解し、
そこから導き出す効率的なスタイルを得意とする。
︽組織運営︾:個人での戦闘より組織を作り上げ、人を使うことで
利益を出し、集団での戦闘を行う。
﹃職業﹄不明
﹃主要スキル﹄不明
﹃説明﹄
朽野、天牙と共に戦場を駆け抜けたプレイヤー。現在は町田を拠点
におく商人。
様々な情報網を持ち、﹃リヴァイアタン﹄と呼ばれる怪しげな組織
とも繋がりがあり、如何にもアンダーグランドな人間だが、目つき
が鋭く、それが原因で女の子に避けられることをかなり気にするよ
うな年頃の男子のような悩みを持つ。
◆◇◆◇◆
244
オブ
ザ
the
﹃キャラクター名﹄赤城一佐
﹃性別﹄男
﹃ゲーム﹄
ナイツ
Knights of
﹃スタイル﹄
ラウンド
オンライン
Round Online
︽転生者︾:異世界より転生した者。彼らのみがもつ﹃ユニークス
キル﹄はそれぞれの前世によって左右される。ユニークスキルの他
にも彼ら固有の価値観や技術で、活躍していることも多い。
オブ
ザ
the
Round O
ラウンド
︽戦士︾:戦いに身を置く者。スポーツをやってきたようなアスリ
ナイツ
ートと違い戦いに置ける心構えが違う。
﹃職業﹄
ルーキー
オンライン
訓練兵:初期職。Knights of
nline系のプレイヤーはこの職業から始まる。ステータスは全
体的に低く、すべての武器が装備可能という以外は特徴はない。
ヘカトンテイル
﹃主要スキル﹄
巨人の一撃︵ユニークスキル︶:詳細不明、赤城のみが使えるスキ
ル。
﹃説明﹄
六花を追ってきた東京軍の隊長。東京と神奈川の戦争時、多大な貢
献をしたことで知られ、朽野の部隊に大打撃を与えたことがある。
一見、てきとーなおっさんだが、それは仮の姿、戦いにおいては油
245
断出来ない存在。世界を元通りにしようと六花を狙う。
彼も転生者であり、前世は八本の腕を持つ巨人。コロッセオで戦う
剣闘士だったが、その後戦場で活躍し英雄とまで呼ばれるようにな
った。
◆◇◆◇◆
フェアトラーク
VERTRAG
﹃キャラクター名﹄白石 浩二
﹃性別﹄男
﹃ゲーム﹄
パンツァー
PANZER
﹃スタイル﹄
︽廃人︾:ゲームに命を注いだ者達。通常のゲーマーとは比べ物に
ならない程の装備。そして、ゲームに対する知識を保有する。
︽野心家︾:野望を持ち、それを実現させる為に力を注ぐ者達。周
囲を巻き込み、世界を変えようと企む。
﹃職業﹄:不明
﹃主要スキル﹄:不明
246
﹃説明﹄:
東京軍所属、赤城の副官。
一見、冷静沈着ではあるが、その内では燃えたぎるような野心が渦
巻いている。
ナ
赤城を出し抜いて﹃運営﹄を手に入れ、世界をこの手に収めようと
暗躍する。
◆◇◆◇◆
﹃その他人物﹄
オブ
ザ
the
オンライン
Round Onlineのゲームマス
ラウンド
朝倉涼葉:円卓の国、神奈川を収める国王。素は関西弁、元Kni
イツ
ghts of
ター。
岩槻彩音:円卓メンバー。レディース風だが魔術職。黒川とは名前
が違うが親子
黒川慎二:円卓メンバー。サラリーマン風だが盗賊職。岩槻とは名
前が違うが親子
247
248
間章・赤城の予感1
そして、赤城達は町田を出発した。
その道は順調としか言いようが無い。
警戒すべきは神奈川軍。町田からはどちらの方面に向かったか、
連絡は行っているだろうから、目的地から違う方向に進み、途中で
方向転換するつもりだ。
行く先に斥候を放っているが今の所、神奈川の気配は無し。
後は、さっさと﹃運営﹄を殺せば、この世界も元通り。神奈川と
東京の戦う理由は綺麗さっぱり消えうせる。
上手くいっている。そう思うのに⋮⋮
︵嫌な予感がプンプンするぜ︶
赤城は自分の勘を信じることにしている。外れることもそれなり
にあるが結構あたるのだ。
何か見落としがないか、と考えていると生ぬるい風が赤城の頬を
撫でる。
︵ああ、そうだ。あの日もこんな嫌な風が吹く日だったな︶
そう、あれは、神奈川と東京の戦争の末期の頃の出来事だ⋮⋮
◆◇◆◇◆
﹁おーい、仕事を取ってきたぞ﹂
そこは、小さな酒場。大崩壊後、素人の作った今にも崩れそうな
249
木製の建物。
その中には、柄の悪そうな男達が集まっていた。
赤城の言葉に、その言葉に酒で飲んだくれていた柄の悪い男達が
一斉に声を上げる。
﹁え∼、まじっすか﹂
と、面倒くさそうな声と⋮⋮
﹁うっしゃ、稼ぎ時だ﹂
と喜ぶ者達。綺麗に二極化される。普段はみんな足して割る2し
た感じのテンションなのに今日は綺麗に分かれている。
はて?と思いつつ机を見ると、そこにはトランプの山。どうやら
賭け事をやっていたらしい。
そして、面倒くさそうな奴の筆頭。遠野の手元にはクシャクシャ
になったお札が集まっている。
その視線に気づいたのか。﹁うわっ、やっべ﹂と慌ててその金を
隠す。
誤魔化すように﹁へっへっへ﹂と笑う遠野に、赤城は小さく苦笑
する。
﹁遠野は金には困っていないよーだが、てめぇはうちの主戦力なん
だ。サボるなよ。色街に行くのは、その後にしな。てめぇらもこの
馬鹿に金を巻き上げられて悔しいだろう? んじゃ、戦場で活躍し
てちっとでも多く金稼ぎな。ま、よく働いたやつには少し色をつけ
てやるからよ﹂
その言葉に、部下の傭兵達がおお!と歓声を上げる。
そこに死ぬかもしれないという悲壮感はない。そんな覚悟はとっ
くに決めているし、何より自分達の大将である赤城のことを信じて
いるからだ。
赤城からしてもそれはいつも通りの簡単なお仕事だった。
傭兵である赤城に下された命令は、
神奈川から進軍してきた部隊を殲滅させること。
250
相手の平均レベルに数、構成を確認し問題ないと判断した。
こちらの兵士達の士気は高い。
最初の頃はビビリ上がり、尻を蹴っ飛ばさないと前に進まなかっ
た平和な日本育ちの新兵達も、戦場を幾つか駆けぬけ、それなりに
使えるようになってきた。 油断したつもりは無い。だが、僅かに驕りがあったのだろう。
部下と共に出陣し、野営をしていた神奈川の部隊を発見。
そして︱︱奇襲をかけた。
隊長を初めとした高レベルプレイヤーもいたがレベルを平均する
と自分達と同じ程度。
なら、数が勝っている自分達が負ける要素はない。
奇襲が成功したこと。そして、部隊長をさっさと始末出来たのが
でかかった。
いくら、高レベルプレイヤーでも、自分を含めた数人に囲まれれ
ば、どうしようも無い。
﹁へっへ。何だ、高レベルプレイヤーって警戒してたがたいしたこ
とないじゃねぇか﹂
周りの仲間達が、ほっとしている中、返り血を浴びた遠野が、へ
っへっへと笑う。
命のやり取りで脳内物質が多く出ているのだろう。
周囲を確認する。遠野以外は、少し怯えたような表情をしている。
戦場において怯えは大事だ。これを無くした奴から死んでいく。
隠せていないようではまだ訓練が必要だとは思うがおいおい学べば
いい。
それに対し、遠野は完全に戦場に酔っている。アルコールを飲ん
だかのように恐怖心が紛れ、変わりに歓喜に満ちている。
251
悪い傾向だ、とりあえず、ゴツン、と頭を殴っておく。
﹁いってぇ! 隊長。何するんですか!﹂
﹁たっく、殺しを楽しむなって、いつも言ってんじゃねーか﹂
﹁た、隊長だって、強敵が現れたらがっはっは笑うじゃねぇっすか
!﹂
﹁俺は、殺しじゃなくて戦いが好きなだけだっつーの﹂
﹁同じッスよ! 結果相手殺すわけだから同じじゃねぇっすか!﹂
解ってないな、まぁこれから教育すればいいか、と考える。
通常の赤城であれば、この時点で鉄拳制裁だが今はそんな余裕は
無い。
さっきから背筋がゾワゾワするのがやたら気になる。
嫌な感じだ。風に乗ってくる血の匂いも、肌にまとわりつく生ぬ
るい風も気に食わない。
何というか、化け物の腹の中にいるかのような生暖かさ。
普段は気にならないことも何かの警告のような気がしてならない。
つまり、これは嫌な予感というやつだ。さっさと撤退しろ、と本
能が告げている。
この感じがする時は碌なことが起きない。無論、何も無いことも
多いが、それでも自分の勘はかなりの確立であたる。
﹁おーい、一応、目標は達した。隊長倒したし、もう部隊としては
機能しねぇだろ。とっととずらかるぞ﹂
神奈川の部隊は撤退を開始している。指揮は経験を積ませる意味
でも部下に任せているが、どうやら頭に血が上っているのか、かな
り遠くまで追ってしまったようだ。自分達の役割は神奈川の部隊を
混乱させること。
残りは正規軍が始末してくれる手はずになっている。まったく、
おいしい所は持っていかれる。悔しくもあるが所詮は自分達は死肉
あさりのハイエナ。おこぼれをもらえれば、それでいい。
252
︵まだまだ、経験が足りない、か︶
これではいつまでたっても自分が引退できないではないか。さっ
さと戻れ、とメールし、了解との返信が届く。
本当に手が掛かる。まぁ、目の前に血に飢えた馬鹿に比べれば、
まだマシ、か。
﹁ちょ、まだ、暴れたり無いっすよ!﹂
案の上、血に飢えた馬鹿が、反対の声を上げる。
﹁いいからいいから⋮⋮ほら、そう余所見するから﹂
赤城が一歩前へ出て、手を伸ばす。
﹁子鼠に、隙を突かれるじゃねーか﹂
遠野の鎧を掴み、引き寄せる。
丁度、遠野の首があった場所に刃が走る。
飛び出したのは、まるで、日本人形のような美しい黒髪の少女。
天牙だった。
253
間章・赤城の予感1︵後書き︶
突如としての過去編申し訳ないっす︵汗︶
ただ、今後の展開で必要だったので︵滝汗︶
前回の紹介は、この話の後にすべきだったか、と今更ながら後悔。
あとで、順番切り替えるかもしれません︵汗︶
前後に分かれているのですが、月曜日には更新する予定です。
254
間章・赤城の予感2
天牙は、怒りに眼を輝かせ、次の刃を振るう。
﹁うおっと⋮⋮﹂
遠野を抱え、更に一歩下がる。
少女の持つ黒い靄が出ている短刀は見覚えある。確か、即死効果
のある上位武器だ。
剣で迎え撃つことは出来るが、それをやると互いのシールド︵H
P︶同士が干渉しあい、互いにダメージを追うことになる。
武器の関係上、こちらのほうがダメージは小さいが即死効果のあ
る武器での攻撃など食らいたくない。
そして、警戒する理由はもう一つある。
確か、事前資料の中で要注意人物にその写真があった。
回避特化のタンクという変わったプレイスタイルの廃人プレイヤ
ー。その名も⋮⋮
﹁えーっと、確か、誰だっけか?﹂
名前が思い出せない。どうも、昔から固有名詞を覚えるのが苦手
だ。
そんなとぼけた様子の赤城の言葉も彼女には届かない。その人形
のように整った容姿は、怒りに歪み般若のようになっている。
﹁よくも、仲間達を殺してくれたな! あっちゃんを、進藤君を、
桃ちゃんも、かー君も、手塚君も、加藤さんもおやっさんもみんな、
みんないい人だったのに!﹂
︵あー、敵討ちか。若いなぁ︶
高レベルであっても、見た目通りの子供。戦場の理を理解してい
ない。
そういった点では遠野となんら変わらない。
255
﹁わりぃな﹂
だが、戦場に望んで立つ以上、殺されても文句はいえない。
それを理解出来ない以上、戦争が終わっても恨みは連鎖し、血に
飢えた者は次の獲物を探し続ける。
自分の部下であれば、教育出来るがそうでない以上、始末したほ
うがいい。
赤城がすっと手を上げると、部下達が天牙を取り囲もうとし⋮⋮
﹁ちょっと待って貰えませんか﹂
冷たい声が、耳に届く。そこにいるのは、中華風の白い服を着込
んだ目つきの鋭い男。
彼もデータにあった。高レベルの、しかし非戦闘職の商人のプレ
イヤー。名前はたしか、タク。
組織を纏め上げるのに長け、ある意味ではさっき死んだ隊長や目
の前のプレイヤーよりも危険と判断されている男だ。
自分の部下共に追われている中、その隊列から外れ、ここまでこ
れただけでもかなりの実力者なのがわかる。
その彼は、ゆっくりと近づき、そして、口を開く。
﹁降参です﹂
そうとだけ告げて、両手を挙げる。
﹁⋮⋮タク、何を言っているの? みんな、みんな死んだんだよ?
仇を、仇を取らないとみんな浮かばれないよ﹂
﹁落ち着け。少なくとも残り半分は生きている。もう、勝敗は決し
た。なら、残った奴らの命だけは守らないと﹂
震える声でいう天牙に、タクは落ち着いた声で諭そうとする。
半分は生きている、その言葉に、天牙は震える手から武器を落と
し、地面に崩れ落ちる。
ごめん、ごめん、と泣きじゃくる彼女を赤城は無視し、タクに笑
256
いかける。
﹁にーちゃん戦場のルールよーく解っているじゃねぇか﹂
﹁さて、私は本職は商人ですので、戦場のルールといわれても理解
しきれない部分もありますが、私共のルールに当てはめれば簡単で
す。見込みがない商売はさっさと売り払いダメージを少なくする。
所謂、損切という奴です﹂
そういいつつも、赤城を見るタクの視線は必要以上に力が篭って
いる。
上手く隠しているが、内心煮えくり返っているのだろう。だが、
それを押さえ少しでも損害を減らそうとする姿勢は好感を持てる。
﹁残念だが、そいつとお前、てめぇらは要注意人物に指定されてて
な。タダで返すわけにはいかないんだわ﹂
﹁部隊は戦える状況ではありません。私としては、仲間達を連れて
神奈川へ戻りたい、と思うのですが⋮⋮﹂
﹁んな訳いかないだろ。捕虜になれ。何、悪くはしない﹂
赤城は目の前の男に幻滅する。そんな都合のいい話が通る訳がな
い。
﹁傭兵ですよね。こう見えても自分、お金なら十分持っていまして、
そうですね。これとかどうでしょう?﹂
タクが両手を掲げると、その両手から、宝石がジャラジャラとあ
ふれ出し、地面に零れ落ちる。
部下達が﹁おおおお!﹂と歓声を上げるが、赤城の機嫌は更に悪
くなる。
﹁おーい、兄ちゃん、俺達は戦場のハイエナだけどよ∼。一応、ち
ょびーっとくらいはそれにプライド持っているんだわ。そんな、馬
鹿にした行動を続けるなら、ハイエナはハイエナらしく、その金、
毟り取るぞ?﹂
257
彼の行動は、赤城を愚弄している。
彼は商人だ。人と人との交渉を得意とする商人が、商売相手を挑
発するなど、普通はありえない。
彼らは世界は違うとはいえ、陰謀渦巻く商人達の戦場で勝ち抜い
てきたのだ。
﹁何を考えている。そんなこといえば、俺っちの機嫌が悪くなるこ
とくらい理解出来るだろう?﹂
﹁ええ、あなたはプライドが高い。通常の交渉であれば、さっきの
行動は下の下、ですね﹂
あっさりと彼はそのことを認める。
嫌な予感がする。その予感が自分のすぐ背後まで近づいているの
を感じる。
﹁なら、何故?﹂
﹁決まっています。時間稼ぎですよ﹂
彼が何を言っているのか理解出来ない。
彼らの部隊は、すでにバラバラ。時間がたてば彼の部下達が戻っ
てきて、さらに状況が悪くなる。
赤城が眉をひそめると、遠野の反応がおかしい。
﹁あ⋮、あ⋮﹂
眼を見開き、ガクガクと震えだす。
その視界の先は、赤城の背後に固定されている。何を見たのか、
怯えきっている。
嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感がする。
それは、予感ではなく死の気配となって赤城の頬を撫でる。
︽⋮⋮出現しました︾
僅かに、耳元に響くアナウンス。それに意識が行くよりも早く⋮⋮
﹁ば、ばけも⋮⋮﹂
銃声と共に、遠野の額に穴が開く。
赤城が、振り返る。そして、そこに立っていたのは︱︱︱︱
258
◆◇◆◇◆
﹁隊長! 赤城隊長!﹂
副官の白井の言葉にはっとする。
﹁何ぼーっとしているのですか? 斥候から報告が入っています。
聞きますか?﹂
﹁ああ、わりぃわりぃ、頼むわ﹂
そう、謝りながらも思考に没頭する。
結局、その後、あの女とタクと呼ばれる二人、そして部隊の者達
には逃げられた。
そして、東京の﹃前首相﹄雲月 詠史が討たれた際の戦いでも、
部隊を結成し多少ながら貢献したと聞く。
その再度結成された部隊を率いていた新しい隊長の名前が確か⋮⋮
﹁ああ、そいや、朽野伸也、だっけか﹂
﹁この前の男が何か?﹂
﹁いや、何でもない﹂
副官の白井を軽くいなしながら考える。
前回の悪い予感の時と奇妙な縁を感じる。
相変わらず、嫌な予感は止まらない。だが、行くしかないのだ。
彼の、彼自身の理想を貫くために必要なことなのだから⋮⋮
◆◇◆◇◆
動きがあったのは東京軍だけではない。
そこは、神奈川県横浜市にあるキャメロット城。
259
円卓の間で、官僚たちが右往左往している。
原因は、町田の東京軍の進行。そして、八王子近辺にて東京軍が
集結している、という情報ゆえだ。
町田へ援軍をだそうとした矢先のこの騒ぎだ。様々な情報が入り
乱れ、その整理と軍を動かしたりで官僚たちは一睡もしていない。
あさくらすずは
そんな中、神奈川の国王である朝倉涼葉は目の前に運ばれてくる
書類をただ淡々と確認している。
寝ていないのは朝倉も同じだが、疲労を一切見せないのは王たる
所以か。
﹁⋮⋮恐れていた事が本当になりましたね﹂
そういうのは、彼の横についていた男。神奈川の幹部である円卓
の一人、織田康志だ。
﹁朽野の勝手の判断の結果。町田は陥落。八王子に軍が集結してい
るのも⋮⋮まぁ、演習だとは言っていますが、無関係ではあります
まい﹂
メガネを、くいっと上げ、その冷たい双眸を朝倉に向けている。
朝倉は心の中で嘆息する。その視線は﹃どう責任を取るのですか
?﹄と暗に言っている。
円卓も一枚岩ではない。現状、朝倉が王の座に座っているのは、
かつての戦争の戦果もあるが国内での人気に支えられている面も大
きい。
数人の部下を引き連れ、東京の大将の首を取り、戦争を終結させ
た英雄。
アイドル
既存の概念が崩壊したこの時代、王として求められるのは皆を率
いてくれる英雄だ。
そこに疑問を持たれれば、朝倉の地位も、そして神奈川という国
も危うくなる。
織田は野心家だ。しかし、彼も朝倉の失脚を望んでいる訳ではな
260
い。そんなことすれば神奈川は空中分解する可能性がある。
だから、彼が望むのは、彼女の周囲の力を削ぎ、実権を握ること。
それ相応の実力を持っているのは朝倉も認めるが、操り人形など
真っ平御免だ。
﹁逆にチャンスでもあります。町田を襲っているのは山賊。討伐す
るのは当たり前のことですし、その中にどんな人物がいようが関係
ありません﹂
﹁確かに、赤城は東京においても重要なポジション。しかも、転生
者です。彼を討つことが出来れば、東京の力を削ぐことができます
が、八王子の動きも無視出来ませんよ?﹂
それは重々承知。だから⋮⋮
﹁兵が足りないなら私が出ればいいのです﹂
その言葉に、織田がフリーズする。
﹁ちょ、ちょっと待って、あなたは何を言っている?﹂
あまりの事で織田が敬語も忘れている。意趣返しが出来て、気分
は良いがそれは表に出さず、ただ淡々と話を進める。
﹁大丈夫です。黒川と岩槻。後、直属の部隊は連れて行きます﹂
﹁そんな勝手許されません。立場を考えてください!﹂
額に青筋を立てる織田に、彼女は微笑みかける。
それは透明な、しかしどこまでも鋭い氷のような笑み。心の中で
小娘と侮っていた女の笑みに、顔が引き攣る。
﹁貴方こそ、私が何者か忘れていませんか?﹂
そう、彼女は戦争によって王になった。民が望むのは、先陣にた
ち続ける英雄。だから、奪われた領土を取り返す為戦陣に立つのは
当然のこと
﹁では、決定ですね。織田は何人か円卓のメンバーを見繕って八王
子に、私と黒川、岩槻は町田へ。東京がそこまでして狙う女。その
真価見させていただきましょうか﹂
静かにそう告げる彼女の声は、聞く者の背筋をぞっとさせる凄み
261
を感じさせた。
262
そんなこんなでダンジョン終了︵前書き︶
投稿が遅くなり申し訳ございません。
とりあえず、皆様のお陰で500pt突破!
本当にありがとうございます。
263
そんなこんなでダンジョン終了
そして、一日が経過した。
﹁やれやれ、ようやくか﹂
何事もなく、順調に移動を終え赤城は目的地に到着する。
そこは岩山に面した洞窟。神奈川に面した出口のうち一つである。
﹁偵察を出しますか?﹂
副官の言葉に赤城は首を振る。
﹁んなもん放って、相手にバレたらどうする。また、穴蔵に戻られ
たら意味ねぇだろ。ほら、てめぇら、でっかい図体晒してないで隠
れるぞっと﹂
しっし、と赤城が仲間を追い払うように手を振る。
幸い、ここらは隠れるに適した森に囲まれている。加え、神奈川
へ行く為の道は一本。森の隙間を縫うように引かれた獣道を通るし
かない。
﹁あいつらが洞窟から姿を現して、俺が合図をしたら、洞窟の入口
にミサイルをぶち込んでおけ。同時に、FPS系プレイヤーで目標
を狙撃。駄目ならパンツァーで押し潰せ﹂
﹁さすが、隊長。目の付け所が違います﹂
﹁⋮⋮んなの常套手段だろうが﹂
キラキラした目で見られて、面倒くさそうに答える。
確かに誰もが思いつくような策だ。しかし、部下の反応を見る限
り、慕われているのがよく解る。
﹁さて、と後は獲物を待つばかりっと⋮⋮﹂
そういって、パンツァーの背中に横になり⋮⋮
﹃洞窟より出てくる人影を発見﹄
すぐさま、通信が入る。
﹁たっく、もうちっと空気を読みやがれ﹂
264
文句を言いながらも起き上がり、洞窟へ目を向ける。
洞窟の先の暗闇、そこから姿を現した者を見て、にぃ、と赤城は
頬を釣り上げるのであった。
◆◇◆◇◆
少し、時間を遡る。
そこは、暗い洞窟の中。時折、ぴちょん、ぴちょん。と水滴の垂
れる音がする。
何かが腐ったかのような匂いと、土の香り。よくよく耳を澄ます
と何かが這う音が聞こえる。
恐らく生物系のモンスターが徘徊しているのだろう。
そこは、先までいた人工的な建造物は何も無い土と岩で出来た洞
窟だ。
≪巨人の喉笛に到達しました≫
﹁ようやくここまで来たか﹂
﹁そうだな。さすがに疲れた﹂
﹁うん、そろそろお風呂入りたい﹂
少し疲れた様子で朽野はため息を着く。
ダンジョン攻略から三日目。通常であれば半日で終わるハズのダ
ンジョンも現実と化したことで拡張されている。
昨日は、﹃住居区﹄を抜け﹃巨人の墓標﹄をクリア。
機械系の巨人の住処なのに、何故かゾンビな巨人が現れ、何とい
うか腐ったお汁を全身に浴びるハメになったり昨日は散々だった。
265
シールドがあるので体には一切触れていないがお年頃の女性陣に
はかなりショッキングな出来事だったはずだ。
本来なら別の更に下に下ることも出来るが、今回は脱出が目的だ。
﹃巨人の墓標﹄に繋がっている別の出口へ足を突っ込んだ訳だが
⋮⋮
﹃うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん﹄
巨人の叫びににた音と共に突風が吹き荒れる。
﹁確かに﹃巨人の喉笛﹄だな﹂
別に本当に巨人がいる訳が無い。巨人がいるのは、都市部であっ
てこのような狭いスペースに巨人がはいる込めるはずが無い。
ただの風の音だ。このダンジョンに慣れた天牙は何事もないよう
に歩くが、事前知識の無い六花がびくり、と飛び跳ね武器を構える。
ともあれ、ゆっくりと足を進める。どこまでも続く登坂。その地
面は岩と土。水分も含んでいることもあり、足を滑らす可能性もあ
る。
足場を確認しながらゆっくりと前へ。
ぴちょん、と音がする。六花がはっと銃口を向けるがそこには何
もいない。
﹁大丈夫、水滴の音だ﹂
﹁わ、解っているわよ﹂
﹁風の音がするってことは外が近いってことだ﹂
﹁だ、だから解っているって﹂
︵よくないな︶
六花を見て朽野は冷静に分析する。
266
前方には暗闇しかなく、時折聞こえてくる風の声。それは暗闇の
先に何かいるのではないか?と想像させてるには十分すぎる材料だ。
何よりここ三日、東京軍が背後から来るのではないか、という恐
怖の中過ごしてきたのだ。疲弊しないはずがない。
彼女にとっての虎の子。パンツァーをおいてきたのも大きい。ま
ぁ、この狭い通路にパンツァーで移動するのはまず無理なのだが⋮⋮
ちなみに、置いてきたパンツァーを回収するには基本的に街で専
門の店で回収を依頼するか、スキルで召喚するかの二通りの方法が
ある。
﹃緊急召喚﹄と呼ばれるスキルは一日に一度、妨害がなければど
んなところでも召喚出来るが、﹃緊急﹄が付くだけあってデメリッ
トも大きい。
パーツの故障や召喚地点の誤差など日常茶飯事だ。
﹁朽野⋮⋮﹂
そんなことを考えていると前方を歩いていた天牙が自分を呼ぶ。
﹁なんだ?﹂
﹁20メートル前方にトラップ複数発見﹂
﹁解除は?﹂
﹁成功率は6割。失敗したらかなりのダメージを負うと思う﹂
回復アイテムは残り少ない。リスクとしては大きすぎる。
﹁んじゃ、漢解除しかないな﹂
その言葉、天牙は頷く。
漢解除とは、一人がトラップにわざと掛かり解除するという男気
あふれる解除方法だ。
基本、HPの高いメンバーがやる方法だが、このパーティーは皆、
HPが低めだ。
しかし、天牙には、その問題を解消するスキルがある。それは︱︱
267
﹁オーダー﹃分身﹄﹂
天牙が4人に分裂する。
﹁ん?お前も行くのか?﹂
分身と一緒に、本体の天牙も一緒に並んでいる。
﹁ふむ、他に罠がないか確認しないと気がすまないので、な﹂
相変わらず中2モードで、しかしそれに朽野は違和感を覚える。
罠解除としては、間違いではない。忍職が盗賊職として活躍して
いる理由の一つに最悪、漢解除が出来るからだ。
分身が破壊されようとプレイヤーに被害はない。精々、MPが消
費されるくらいだ。
天牙のように戦闘、それも実践レベルまでスキルと経験を積んだ
プレイヤーも少ないが、そんな天牙であろうと、漢解除をする場合
やることは同じ。
分身でも周囲の確認は出来るがやはり本体に比べ数段落ちる。本
体が、他に罠がないか確認しに行くのは当たり前。当たり前なのだ
が⋮⋮
﹁それでは、行ってくる﹂
分身を引き連れて彼女は歩く。
しばらくして、空気を揺るがす閃光と爆発音が響き渡る。
﹁あ∼、これ直撃していたら、やばいわ﹂
少なくともパーティーが半壊するレベルのトラップだ。
﹁天牙ちゃん、大丈夫かな?﹂
﹁ああ、昔から漢解除やらしてたし、最初は泣いてたけど、途中か
ら泣きも笑いもしなくなったぞ﹂
﹁⋮⋮いや、それはそれで問題あるんじゃない?﹂
そんなことを話していると、天牙が戻ってくる。
268
﹁罠の解除、終わった。それと、その先に分岐点見つけた﹂
そういう天牙に更に違和感が深くなる。どこがおかしいという訳
ではないが、何か致命的な何かを見落としているような⋮⋮
﹁⋮⋮何?﹂
じっと見ているのがバレたのか、不機嫌そうにこちらを見返して
くる天牙。
不機嫌にもなるだろう。何しろ分身とは痛覚は無いにしろ色々と
感覚を共有しているのだから、漢解除なんてそうそうやりたいもの
ではない。
﹁ん、いや、何でもない﹂
気のせいだ、そう思い込み朽野は先へと進む。
そして、道が二つに分かれる。
右は急斜面を登るような道で、左は、平坦な道だ。
道を見る限り、左に行きたい。
何しろ、右の道は、よじ登るという言葉がよく似合う。その上、
上からは水が流れてきており、足を踏み外せば即転落だ。
しかし、左の道だと、すぐに外に出れるが、神奈川領から少し離
れ、しかも、もう一つのダンジョンを抜けなければならない。
右だと、神奈川領に程近く。しかも、近くに街道が通っており、
軍の詰所もあるはずだ。
だから、打ち合わせの段階で、右の道を選ぶことは決めていた。
決めていたのだが⋮⋮
﹁⋮⋮まぁ、いくしかないか﹂
本日最大の難関に、朽野はため息をつく。
違和感の残る天牙に、色々と限界な六花を連れて最後の難所に足
を踏み出す。
そして、30分後⋮⋮
269
﹁⋮⋮出口だ﹂
眩い光が視界を焼く。
外に出ると、そこはどこまでも続く平原。
緑色のステップ。遠くには、バイソンのような生き物の群れが走
り抜けていくのが目に入る。
周囲に何かがいる気配はない。と、いうか、索敵するまでもなく
ここまで遮蔽物がないと隠れようもない。
﹁終わったの?﹂ 朽野の背後から、声がする。
﹁まぁ、神奈川領に入るまで終わったとはいえないが、ここの敵は
弱いし、東京軍もここまではこないだろう⋮⋮って、おい。泣くな
って!﹂
見ると、ポロポロと涙を流す六花。
死にそうになりながらも凛としていた彼女。そんな彼女が涙を流
している。
ああ、思ったよりも無茶していたのだろう。
﹁だから、まだ終わってないって、ほら、手を引いてやるから、と
りあえず歩こうぜ﹂
まだ、完全に安全になった訳ではない。だから、ここでじっとし
ている訳にはいかない。
﹁うん、ごめんね﹂
そう、素直に謝る彼女。その手を握り、朽野はゆっくりと歩き始
める。
気が抜けて、涙を流す彼女。だが、朽野もどこか気が抜けていた
のだろう。
彼は気づいていない。天牙の反応がほとんどないことに⋮⋮
◆◇◆◇◆
270
赤城は洞窟から出てきた人物に、にぃ、と笑いかける。
仲間たちに動揺が走る。
それもそうだろう。彼らに伝えた情報では、敵は三人。
しかし、目の前にいるのはたった一人。しかも、目標である六花
ではない。
﹁おいおい、どういうことだ。これは?﹂
暗闇から姿を現したのは、一人の忍。
﹁そうか、あの時、ちゃんと名前を聞いていなかったが⋮⋮﹂
そこにいるのは、美少女だった。
長い黒髪、まるで日本人形のように整った容姿。透き通るような
白い肌に、黒い衣装。
白と黒で構成された美しさ。しかし、その瞳は殺気に彩られある
種の危うさを感じさせる。
そう、赤城は知っている。この殺気も、この容姿も、そして彼女
が運んできたその悪夢も⋮⋮
﹁たっく、騙されたぜ。てめぇの情報に踊らされていたって訳か。
なぁ、天牙よ﹂
天牙は何も答えない。 ゆっくりと、赤と白の短刀を構える。
こうして、今回の事件における最終決戦の火蓋は切って落とされ
た。
271
汚い、さすが忍者きたない 1︵前書き︶
お気に入り登録200件突破。
皆様ありがとうございます。
272
汚い、さすが忍者きたない 1
︵やっと⋮⋮︶
どくん、どくん、と心臓が高鳴る。
目の前には敵の軍勢。しかし、彼女が見ているのはただ一人。
白髪まじりの髪に、口にくわえたタバコ。皮肉げに歪んだその笑
みは、あの時とかわらない。
距離にして100メートル。その先に奴がいる。
︵やっと⋮⋮やっと見つけた︶
それは仲間達の敵。みんな、彼に殺された。
仲間を騙した。こっそり赤城に情報を流し、誘導し、この場に引
きつけた。
漢解除したあの時に、分身を彼らにつけ、本体は分岐点の反対側
へ︱︱赤城達が来るであろう場所に向かったのだ。
今、朽野達と一緒にいる天牙は、彼女の分身。このまま、自分が
抜けていることに気づかずに神奈川に入ってくれることを祈る。
︵あっちゃん、かー君、おやっさん、見ていて⋮⋮︶
﹁赤城一佐。その首、貰い受ける﹂
彼女には攻撃スキルは一切無い。
だから、彼女が敵を取れるとしたら、パッシブスキル﹃首刈﹄。
決まれば、どんな相手でも一撃で仕留めることの出来るまさに一
撃必殺のスキル。
ただ一撃、それを決める為にすべきは一つ。
前へ。0から一気に最高速度まで引き上げる。
突然の行動に、敵達も驚き戸惑う。
﹁落ち着け、敵は一人だ。﹃運営﹄の一味だ。生きていれば問題な
273
い。捕まえて彼女の在処を吐かせろ﹂
赤城の声で、兵士たちがはっとし、それぞれの武器を、天牙に向
ける。
FPSのプレイヤーの銃口が、天牙に向けられる。
︵千葉のフルメタル・ブラッドのプレイヤー、か︶
彼はいった。生きていれば問題ない、と。ならば、HPをゼロに
し、スキルを使えなくしようとしてくるはず。
そういった意味では彼らは適材とも言える。何しろ、銃という武
器は、剣などのように﹃線﹄での攻撃てはなく﹃点﹄での攻撃だ。
狙う場所を選べば、傷つける箇所を減らすことが出来る。
加え、攻撃力の高い彼らの攻撃に忍の紙装甲が持つはずがない。
だから天牙のとる行動は一つ。
﹁今っ!﹂
銃を構えた男達がトリガーを引くタイミングに合わせて、その射
線上から逸れる。
耳元に響く空気を裂く音。それと共に彼女の長い髪が数本、切り
裂かれる。が、彼女のHPは減っていない。
その動きに、兵士達に驚愕の表情を浮かべている。
何が可笑しい?自分は回避特化の忍。殺す気のない生ぬるい攻撃
などに当たるほど廃人は甘くない。
速度は落とさない。
足を止めたその時が、自分の命が終わると理解してるからだ。
彼女は攻撃スキルは初期の技のみ。しかし、鍛え上げられた回避
スキルは、彼らの攻撃をかわし続ける。
﹁無駄ァァァ!﹂
野太い声がする。
274
上から降ってくるのは一台のパンツァー。
逆光でよくは見えないが、向けられている黒い塊は恐らく銃。
当たれば死ぬだけではすまないオーバーキル。
相手も避けると思っていたのだろう。トリガーを引くが天牙は避
けない。避ける場所がない。
光が天牙を覆い隠し、そして︱︱
﹁あ⋮⋮﹂
その言葉を残し、彼女が消し飛ぶ。
﹁たお、した?﹂
疑問の声が上がる。
﹁ばっか! てめぇ、何殺してんだ!﹂
﹁う、うっせぇ!あれで死ぬと思わなかったんだ!﹂
喧嘩し始める兵士達。そんな彼らを尻目に、赤城が口を開く。
﹁あー、てめぇら油断するな。さっきのは分身だぞ。ほら、右っか
わの木のところ︱︱﹂
兵士たちの視線が一斉にそちらに向く。
そこには何も無い。だが、彼らは指揮官の命に従い銃を構える。
それと共に迷彩を解いた天牙が姿を現す。
以外に近い。距離にして20メートル。しかし、彼女の刃が届く
距離ではない。
あわよくば、このまま死んだと思わせて距離を縮めようと思って
いた。しかし、これも想定の範囲内。
石を投げる。それは変哲も無い石、特別な効果を持つ訳ではない
が今の彼女には十分だ。
﹁撃て!﹂
275
﹁オーダー!﹃変わり身の術﹄﹂
赤城の声と、天牙の声が同時に響き渡る。
それと共に、彼女の姿が消える。
轟音が響き、弾幕が張られる。まるで見えない牙のように、地面
を削り、生えた木を貫き、砕き、押し倒す。
その銃弾の一発は、突如として現れた石に当たり、その石を砕く。
しかし、彼女には当たらない。
その射線から外れた少し上、彼女の姿はそこにある。
﹃変わり身の術﹄
味方、或いはそこら辺の物と入れ替わることの出来るスキル。
今、彼女は放り投げた石と位置を入れ替わったのだ。
︵残り10メートル!︶
目測で距離を図りつつ、再び彼女が石を投げる。
再び、オーダーと彼女が呟く。
﹁二度も同じ手をっ!﹂
その石に向けて、銃弾が放たれる。
が、そこに彼女は現れない。代わりに⋮⋮
︱︱背後に殺気を感じ取る。
振り向くと、赤と青の短刀を持つ一人の修羅。
赤城の首を目掛け、天牙は、その刃を振り下ろした。
◆◇◆◇◆
276
洞窟を抜けると、そこは平原だった。
外に出ると東京軍が待ち構えて⋮⋮ということもなく、長閑な光
景が広がっている。
どうやら、あまり使われていないのだろう立てかけた看板は、根
元から折れ、道は、半分、草で覆われている。
モンスターも湧いてはいるが、こちら側から仕掛けないと襲って
くることもない。
﹁ここを真っ直ぐ行けば、街道に出るはず。まぁ、軍の基地もある
はずだから、そこまで行けば軍が保護してくれるはずだ﹂
﹁⋮⋮町田みたいに、基地ごと襲われる可能性は?﹂
﹁あー、大丈夫じゃないかな? 円卓のメンバー色々とアレだけど、
神奈川の中枢を司っているだけあって無能じゃない。町田の一件は
すでに伝わっているはず。兵士の数は増えているだろうし、場合に
よっては円卓のメンバーがいる可能性もある。そんな状況下、赤城
が攻め込んでくることはまずありえない。あいつは、勇敢ではある
けど、無謀ではないよ﹂
不安そうにいう六花に、朽野はいつもの軽薄な笑みを向ける。
︵とはいえ⋮⋮︶
笑みを浮かべながら、朽野は考える。
︵国境を襲撃し、そのまま町田攻め。その段階でかなり無謀なんだ
よな。上手く奇襲が決まったんだろうけど。あの兵力でそれを行う
のは、博打でしかない。それくらい赤城も理解しているはず。もし
かしたら、玉砕覚悟で六花を狙ってくる可能性もあり得ない話じゃ
ない︶
そう推測すると同時に、そこまで赤城を追い立てる理由が分から
ない。
277
とりあえず、相談するかと背後で無言についてくる天牙にチャッ
トを飛ばす。
﹃⋮⋮と、いう訳なのだが、天牙はどう思う?﹄
今まで考えていたことをそのまま、天牙に伝える。
彼女も赤城と何度か交戦したことがある。何か答えが帰ってくる
かと期待するが⋮⋮
﹃ん? 天牙、どうした?﹄
全く、反応が無い。
振り返り、彼女を見る。
こちらの視線に気づき、にこり、と微笑む天牙。
﹁おーい、天牙さーん?﹂
目の前で手をひらひらさせるが、それでも微笑むばかり
美少女に微笑まれて通常の男であれば、ドキリとするだろうが、
朽野からすれば馬鹿にされているようにしか思えない。
﹁何シカトするんじゃ、おんどりゃあ!﹂
ヤクザっぽい声と共に、容赦ない拳骨が彼女の頭にヒットし⋮⋮
ぽふん、と彼女の姿が消える。
﹁はえ?﹂
間抜けな朽野の声が、暖かな草原に響き渡った。
278
女王様、最高︵意味深︶
OK。状況を整理してみよう。
天牙を叩いたら、消えた。つまりこれは⋮⋮
天牙は、古代文明の残した兵器、Ch−?だったんだ!
なんだってー
﹁⋮⋮何一人でブツブツ言っているの?﹂
﹁あ、いや何となく﹂
何となく使たくなるんだよね。キバヤシさん
﹁これ、天牙の分身ね。昨日の夜まで間違いなく本物だった。昨日
の夜、彼女に抱きついたから間違いないわ﹂
抱きついた。夜に? 女同士で?
﹁エッチはいけないと思います﹂
﹁⋮⋮あなたは一体何を考えているのよ﹂
ジド目で見てくる六花。
﹁冗談はさて置き⋮⋮﹂
﹁本当に冗談?﹂
﹁インディアン、嘘つかない﹂
最も、インディアンではないから嘘はつくが⋮⋮
まぁ、ともあれ、六花の言うとおり、夜までは天牙は自分達と共
にいたのだろう。スキルでの分身なら抱きついたら夜のうち切り替
わったか。もしくは⋮⋮
﹁⋮⋮あのトラップを解除した時、か﹂
漢解除したあの時、一時的に自分たちから離れた。あのタイミン
グだったら確かに可能だろう。
彼女に違和感を感じたのもあのタイミングだ。
自分の勘が正しければ、あのタイミングで彼女は自分達から離れ
279
たことになる。
しかし、彼女がそんなことを⋮⋮
そう考えていると、遠くから爆音が響き渡る。
その中に、銃撃の音も交じる。それも相当数。冒険者パーティー
では作り出すことが出来ない重低音。それは10や20ではきかな
いまさに軍隊の掃射だ。
その音の音源は平原の先の山の方向。確かそちらは、洞窟内で分
岐したもう一つの出口だ。
嫌な予感がする。
﹁まさかあいつ⋮⋮﹂
仇を討つつもりか?
かつて、朽野達は、赤城の部隊に敗北したことがある。
ひどい戦いだった。当然、仲間も何人も死んでいる。
しかし、天牙は臆病だ。忍というジョブで回避特化にしているこ
とからもそれを伺える。
彼女は赤城のことを心の底から恐れている。
そんなことをするとは思えないが、しかし状況的に仇を取りにい
ったとしか思えない。
無論、その言葉は口には出さない。後ろに、六花がいるからだ。
﹁仕方ないな﹂
本当に仕方ないな、といった感じで朽野が山の方角に体を向ける。
内心は焦っているが、それはまったく表面に出さない。
﹁あ∼、六花。すまないけど、この道をまっすぐ行けば軍の基地が
あるはずだから、そこで保護して貰ってくれないかな?﹂
﹁⋮⋮あっちに天牙ちゃんがいるのね?﹂
﹁いや、俺の話し聞いてる?﹂
自分以上に鋭い視線で山のほうをみる六花。
金髪に碧眼、その整った容姿も相まって、クラスは﹃戦乙女﹄じ
280
ゃないのか?と思うくらい凛々しい。
そのまま見つめていたいが、状況的にそうも言ってられない。
六花を巻き込む訳にはいかない。
これは、天牙と朽野で解決しなければならない過去の因縁だ。
それに、相手の目的が六花であるならば、鴨が葱を背負ってくる
ようなものだ。
﹁⋮⋮私を心配してくれるのは有難いけど、友達の危機なのよ? 黙って指を咥えてみているような真似出来るはずもないでしょう!﹂
﹁い、いやー、本当にあそこで戦っているのが天牙とは限らな⋮⋮﹂
﹁状況的にそうとしか思えないでしょう!﹂
ごもっとも、しかし彼女を行かせる訳にはいかない。
﹁神奈川軍の援軍を頼む為にも一人はそっちに向かわないと⋮⋮﹂
﹁それじゃあ間に合わないでしょう! もういい、オーダー﹃緊急
召還﹄!﹂
﹁ちょ⋮⋮﹂
空に、大きな穴が開く。
そして降ってくる巨大な鉄の騎士。
その衝撃で大地が震える。
衝撃に耐える為、片膝を折り曲げ大地に伏しているが、その姿は
まるで女王の前に跪く騎士のよう。
﹁選びなさい! 私を止める為に戦ってすべてが手遅れになるか。
それとも私と共に戦場に向かうか!﹂
仁王立ちをして、彼女はこちらを睨んでくる。
全く反則だ。
背後の鋼鉄の騎士といい、その気品に溢れた強気な表情といいま
るで一枚の絵画のよう。
そんな勇ましさを見せながら、彼女の手は僅かに震えていた。
理解しているのだ。行けば、自分の身が危ないと。
281
六花は、朽野と天牙のように戦争を経験したことがない。
人と人との殺し合いなど、恐らく国境を越える時ぐらい。
後の殺し合いは朽野がすべて引き受けている。
それは新兵とあまり変わりない。
寧ろ、中途半端に殺し合いを経験しているせいで、その恐ろしさ
をリアルに感じることが出来るはずだ。
それでも、彼女は立ち上がった。
覚悟を決めた。元より戦力が足りないのだ。
選べるのは、天牙を見捨てるか、彼女に力を借りるしかない。
だから⋮⋮
﹁すまない、力を貸してくれないか? あの馬鹿を救い出す為に﹂
その言葉に彼女は笑い、そして⋮⋮
﹁当たり前でしょう!﹂
そういって、パンツァーの前の乗り込む。
ぐおん、と鋼鉄の騎士が呻る。
鋼の心臓に火が灯り、体、足、手、頭へとエネルギーが回り、熱
を発する。
巨体が起き上がり、こちらに手を差し出す。
﹁乗って﹂
彼女の言葉に従い、その手に飛び乗る。
瞬間、視界が一気に切り替わる。
広がるのは青い空。機体が飛び上がったのだ。
﹁ちょ、ちょ、ちょ﹂
自分の胴ほどある巨人の指に捕まりながら、朽野は言葉にならな
い声を上げる。
彼からすれば、安全装置のないジェットコースターに乗っている
282
ようなものだ。
手を離したら、さようなら。まぁ、シールドがあるから死にはし
ないだろうが怖いものは怖い。
﹁このまま、行くわよ!﹂
山の斜面に着地し、そのまま駆け出す。
彼女のパンツァーは速い。
その鋼鉄の兵器は、通常であれば時間をかけて上るような山をシ
ョートカットで超えていく。
岩を飛び越え、木をなぎ払い。
最短距離で、その道を踏破し、そして⋮⋮
﹁誰!﹂
正面からこちらに向かうパンツァーが一台。
それは、翼の生えた人型。全体的にシャープなデザインをしてお
り、装甲が極限まで削られている。
﹁⋮⋮っ!﹂
六花が朽野を抱えていない右手で剣を構える。
﹁待ってください!私は敵ではありません﹂
相手の機体から声がする。それは若く鋭い男の声。
﹁私は赤城一佐の副官⋮⋮﹃だった﹄白井浩二。今、あちらにいっ
てはいけません﹂
﹁だった、ということは今は違うということ?﹂
﹁ええ、東京軍も一枚岩ではありませんので﹂
そういって、彼はこちらに手を差し出し、次の言葉を紡ぎだす。
﹁私の要求はただ一つ、取引をしませんか?﹂
283
284
汚い、さすが忍者きたない 2︵前書き︶
二週間ぶりの投稿。しかも、今回字数少ないです。ごめんなさい︵汗
あと、皆様のお陰で600pt突破しました。ありがとうございま
す。
285
汚い、さすが忍者きたない 2
結論からいうと天牙の暗殺は失敗に終わった。
彼女の繰り出した攻撃は彼のシールドに阻まれ、地面に叩きつけ
られる。
賭けに負けた。そもそも彼女の攻撃力はほとんどない。
彼女のパッシブスキル﹃首刈﹄。一定の確率で、相手のシールド
を破壊するそのスキルにすべてを賭けた訳だが、失敗に終わってし
まった。
﹁あ∼、油断したわ。まさかここまで接近されるなんて﹂
手をひらひらさせながら笑う赤城。しかし、こちらを見下ろす目
は、どこまでも冷たい。
﹁で、運営ちゃんはどこよ?﹂
﹁運営?﹂
殺意がこもった天牙の視線が、予想外の言葉に一瞬揺らぐ。その
様子を見て、赤城がにやり、と笑う。
﹁しらばっくれている⋮⋮訳じゃなさそうだな。なんだ?てめぇ、
自分が守っていたやつの正体も知らなかったのか?﹂
笑みが深くなる。それは、普段の彼からは想像出来ない毒の含ん
だ笑み。
﹁おいおい、つまりこういうことか?あんたはあの2人に信用され
ていなかったのかよ。可哀想になぁ。一緒にダンジョンを抜けてき
た仲間だってーのに﹂
同情するような声に、仕草。その毒は、ゆっくり、ゆっくりと彼
女を蝕もうとする。
﹁⋮⋮﹂
しかし、天牙の表情に変化はない。
内心を悟られないようにしているとか、そういった訳でなくその
286
程度で動じない程度には信頼関係ができているようだ。
ちっ、と赤城が舌打ちをする。
﹁奴らはどこにいる?﹂
そう言って赤城の手には、一本の大剣。それが振り下ろされ、シ
ールドが破壊される。
武器が消え失せ、同時に万能感が消え失せる。
起き上がろうとする。体が重い。ぐっと手に力を込めて起き上が
る。
さっきまでだったら、バク転しながら起き上がるようなアクロバ
ティックな動きも出来ただろう。
しかし、忍としての﹃天牙﹄の能力を失われ、ここにいるのはご
く普通の女の子﹃田中﹄でしかない。
﹁⋮⋮ダンジョンの奥深くに潜って﹂
﹁嘘だな﹂
天牙の言葉を、即座に赤城が否定する。
﹁やつの体から発している﹃ピーコン﹄から大体の位置がわかる﹂
﹁ピーコン?﹂
﹁お前もあいつが転生者だってーことは知っているだろう? あい
つは何らかの理由で、その魂に自分の位置を知らせる術式が組み込
まれている。異世界の不思議ってーやつだ﹂
すっと、大剣が天牙の喉元に突きつけられる。
わずかな痛みと共に剣先を伝って赤い血がタラリ、と垂れる。
﹁僕から聞き出そうとしているところを見ると、正確な位置は解ら
ないみたいだね。分かるなら、さっさと移動しているだろうし。け
ど、ここらは出口も多いから⋮⋮﹂
﹁そういうことだ。さっさと吐け。女子供をいたぶる趣味はねぇが、
容赦する程甘い性格ではないんでな﹂
287
しばしの沈黙。そして⋮⋮
﹁くく、あははははははははははは⋮⋮﹂
笑い声が響く。
声の主は、赤城ではない。天牙だ。
何らかのポーズではない。本当に可笑しそうに、天牙が狂ったよ
うに笑い続ける。
﹁何が可笑しい?﹂
赤城が憮然とした表情を浮かべる。
その表情を見て、天牙の笑いが更に深くなる。
﹁可笑しい、ああ可笑しい。拙者からすれば、主らはとても滑稽だ﹂
中2モードに入った天牙が頬を釣り上げて笑う。
﹁︱︱こんな単純な時間稼ぎに引っかかるなんて﹂
その言葉に、赤城がハッとする。
﹁総員! 戦闘ッ!﹂
﹁遅い!﹂
爆発音が響き渡る。
男達の悲鳴、爆風とともに、土が天牙の顔面にへばりつく。
天牙のかなり近くで爆発したのだろう。
世界が回る。三半規管が揺さぶられたのだろう。また、耳もやら
れているのか音も聞こえない。
だが、目は無事だ。天牙は目を見開き、その光景を︱︱赤城の姿
を見続ける。
﹁敵は!﹂
﹁12時と10時の方向!山岳部からッ!﹂
報告していた男が倒れる。その額には、矢が突き刺さっている。
﹁落ち着け! さっさと体制を立て直せ!﹂
﹁敵の正体確認しました! 12時の方向、町田護衛隊! 10時、
288
え、円卓の騎士岩槻彩音の率いる騎士団です!﹂
﹁﹃グリード﹄か! まずい!﹂
赤城の叫びと共に、地鳴りのような音が響き渡る。
方角は10時の方向。赤城に釣られ、そちらを見る。
︱︱視界に映るのは、濁った水の壁。
その濁流が天牙の意識を奪うのは一瞬のことだった。
289
汚い、さすが忍者きたない 2︵後書き︶
今回更新少なめなので、短編をアップしてみました︵汗
もしよかったらどぞ
290
チート公開! 主人公?なにそれ美味しいの?
﹁⋮⋮い、だ⋮じょ、うぶか?﹂
遠くから声がする。
︵誰だっけ?︶
聞き覚えのある声、あやふやな思考の中、天牙は考える。
﹁おい、大丈夫か? 目を開けろ﹂
そう、この声は⋮⋮タクの声だ。
心配しているはずなのに、まるで心配していないかのように聞こ
える鋭利な冷たい声。
特徴的すぎて間違え用もない。そんな声だからモテないのだ、と
何度言ったことか。いくら言っても、﹁む、そうなのか?﹂しか言
わない。
ああ、だけど、言われた後、何とか優しい声を出そうとして声が
裏返ったり、面白い一面を持つ友人。
停滞していた意識がゆっくりと浮上しはじめる。
そこに浮かぶ疑問は、一つ、何故タクの声がするのだろうか?
タクは町田の街にいるはずだ。そうなぜならここは⋮⋮
思い出す。赤城との戦いと、そして自分を押し流した洪水を
意識が一気に覚醒する。
起き上がると、そこには中華風の服を着込んだ鋭利な目つきの男。
﹁⋮⋮タク﹂
﹁ふむ、久しぶりだな。天牙﹂
起き上がろうとして、足に激痛が走る。
291
見ると天牙の右足がパンパンが腫れている。
﹁無理はするな。もしかしたら骨折をしているかもしれない。シー
ルドは復活させたが、肉体のダメージは時間をかけて治すしかない﹂
﹁⋮⋮そっか﹂
﹁⋮⋮あまり、驚かないのだな﹂
﹁⋮⋮﹂
タクは本来であれば、町田の街にいるはずだ。なのに、何故ここ
にいるのか?
その答えは簡単だ。
﹁お前が、この状況を作り出したのか﹂
ふう、と息を吐き、タクは戦場へ目を向ける。
爆発が響き、兵士が吹き飛ばされる。巨大なパンツァーが必死に
抵抗するが、最後は膝まづき、爆炎を上げる。
﹁⋮⋮お前は、まだ復讐に囚われているのか?﹂
その言葉に、天牙は俯く。
﹁解らない。正直、赤城のことは忘れていた。彼が近くにいると聞
いた時、復讐したいという気持ちより、逃げ出したいという気持ち
のほうが強かった。けど⋮⋮﹂
グッと、天牙は拳を強く握る。
﹁けど、このタイミングを逃したら二度と、彼に近づけないと思う
と⋮⋮﹂
﹁あー、それは先輩と同意見っス﹂
そして、もう一つ。気だるげな、若い女性の声。
振り返ると、そこには懐かしい姿が目に入る。
﹁彩音﹂
レディース。その言葉がよく似合う格好の少女だ
292
朝黒い肌に、風に吹かれ翻る特攻服。
鋭いその瞳と筋肉質でシャープなその肢体。
手には鉄パイプ。姿だけ見れば剣呑な少女が天牙に頭を下げる。
﹁さと⋮⋮いえ、天牙先輩、本当、お久しぶりっス﹂
そう言って微笑む、少女。
周囲に威圧感を与えるその姿、しかし同時に小柄な体型と比較的
童顔であるがゆえ笑うと可愛らしさが目立つ。
﹁さ、佐藤君。そして、タク殿ひ、久しぶりだね﹂
そして、その彼女にたつのは七三分けの中年。
日本人がイメージするサラリーマンを体現化したかのようなその
姿に、皮で出来たレザーアーマー。
なんともチグハグな格好だ。
﹁⋮⋮佐藤ではない。天牙だ﹂
﹁お、おお、すまんね。天牙殿﹂
むすっと答える天牙。中2モードの入ったその返答に、困ったよ
うな笑みを浮かべる中年。
それは、反抗期の娘の扱いに困った父親そのものだ。
年頃の娘は難しい、ちらりと呟いた言葉は思いの他重い。
実際、彼は父親で、その娘が隣でレディースの格好をしている。
見るからに常識人の彼が悩むのも致し方がない。肝心の娘のほう
はその父親の心境など何処吹く風といった感じではあるが⋮⋮
その三人の様子に、タクがため息をつく。
﹁⋮⋮君達も天牙と同意見かい?﹂
この2人は、かつての同僚だ。朽野の率いる部隊で共に背中を預
けあった戦友。
最も加入したのが赤城に惨敗した後の再編の時なので、赤城への
293
復讐心は持ち合わせていないはずだ。
しかし⋮⋮
﹁おいおい、タク! てめぇ、たまついてんのか! あったことは
ないとはいえ俺らの先輩を殺ったンだろ。借りはきっちり利子つき
で返さねぇとな!﹂
﹁こ、こら、女の子が﹃たまついている﹄なんて言わない。と、と
もかく、それに赤城を討っておけば、東京も弱体化します。時間が
稼げれば、内政に力を入れることが出来る。う、うう、個人的には
危ないことはしたくないのですが﹂
顔を真っ赤にして叫ぶレディースと、欝っぽいオーラを出すサラ
リーマン。
その2人が、東京軍に向かい立つ。
洪水を正面から受けたに関わらず、東京軍にダメージは少ない。
しかし、乱した足並みを神奈川軍と、町田護衛隊の砲撃が容赦な
く降り注ぐ。
﹁さってと、俺達もやるっかな! 親父!﹂
﹁は、ははは、彩音ちゃん、お、お手柔らかに。お、お二人、下が
ってください。ここからは私共の仕事ですので﹂
岩槻彩音と黒川慎二。
タクが肩を竦め、天牙を抱え、警告通り、後ろに下がる。
保身の為ではない。ここにいたら二人の邪魔になることを理解し
ているのだ。
何故なら二人は名前も、性格も全く違うが親子であり、そして︱︱
ワンマンアーミー
﹁人のフィールドで好き勝手暴れやがって円卓の騎士を舐めんなゴ
ラァァァ!﹂
そして、一体多数を得意とする円卓の騎士なのだから。
294
グーラ
﹁オーダー!﹃暴食﹄開放!﹂
グーラ
≪オーダー確認。ユニークスキル﹃暴食﹄発動します≫ ユニークスキル。転生者のみが手にする唯一無二のスキルが発動
する。
彩音が舌に浮かび上がる刻印。それは、レディースの格好には相
応しくない幾何学的な模様の書かれた魔法陣。
﹁んじゃ、行くぜ!15番開放﹂
タン、と軽く舌を鳴らす。
一つ、二つ、三つ、四つ⋮⋮⋮
次々と浮かぶ上がる炎弾。それは増殖を続け、遂には100を超
え、彼女の姿を覆い隠す。
東京の軍勢がそれに気づくが、襲い。
﹁さあ!弾幕シューティング。存分に楽しみやがれ!﹂
それらが一斉に放たれる。
それは避けようもない炎の壁。
まさに、弾幕シューティングのように隙間なく放たれる炎の弾は、
鈍足な兵士やパンツァーを次々に飲み込んでいく。
彼女の放ったのは、﹃フレイムショット﹄。
ルーンマスター
それ自体は初歩的な炎の魔術だ。
しかし、いくらベテランの呪石師でも、一度に放てるのは一発の
み。
では、何故、彼女が100近い﹃フレイムショット﹄を放つこと
が出来たのか?
簡単だ。彼女は100近くの﹃フレイムショット﹄をアイテムと
して保管していたのだ。
ジョブ
この世界、何らかの職業につけば、アイテム袋を手にすることが
295
出来る。
どんな大きいものだろうが、ストックの範囲であればいくらでも
亜空間にしまうことが出来る便利な道具。
どんなに重い物だろうが、袋の中に入れば、重さはなくなり、
どんなに大きなものでも、中に入れば小さい物と同じ。一つは一
つにしか過ぎない。
しかし、そんなアイテム袋でも保管出来ないものがある。
例えば、﹃フレイムショット﹄のようなスキルであり⋮⋮
﹁な、なんだ! どこからの攻撃だ!﹂
﹁あっちだ! パンツァー! パンツァーを回せ!﹂
﹁砲撃! 砲撃開始!﹂
次々に放たれる銃弾やミサイル達。しかし⋮⋮
﹁いっただき⋮⋮﹂
彼女は大きく口を開き⋮⋮
﹁ますっ!﹂
口を閉じると同時に、彼女達目掛けて飛んできた銃弾やミサイル
や、或いは魔術は見事綺麗に消え失せる。
例えば、敵の攻撃もそうだ。
常識的に考えれば当たり前だ。この世界はMMOをベースに出来
ている。
アイテム袋は素材や装備、アイテムを保管する場所であって、ス
キルや敵の攻撃を保管出来るはずがない。
そんなことをすればゲームのバランスは一気に崩れるからだ。
だが、彼女はそれを可能にする。
形のない﹃フレイムショット﹄を保管し、
296
敵の砲撃や銃弾を保管し、
そして、川の水を保管し、洪水を起こす。
グーラ
ユニークスキル﹃暴食﹄
誰もが持っているアイテム袋。その発展系であるそのスキルは、
面積が大きい者や、遠距離を得意とする相手にとってはまさに天敵。
グーラ
そう、その特徴の当てはまるパンツァーは、彼女にとってカモで
しかない。
グーラ
﹁⋮⋮﹃暴食﹄。﹃暴食﹄がきたぞ!!﹂
その言葉に、東京軍が動揺が大きくなる。
遠距離攻撃を控え、大きな盾を持ったパンツァーを差し向ける。
その足元には歩兵がついてくる。
ファンタジーっぽい格好だがどこのゲームかは不明。しかし、軽
装なので動き重視だというのはよくわかる。
まぁ、どちらでもやることはかわらない。
﹁おら、親父﹂
﹁な、なんだね。彩音ちゃん﹂
﹁さっさと働け!﹂
尻を蹴っ飛ばされて、黒川が走り出す。
兵士達が近づいてくる。しかし、彩音は動かない。
彼女の技が最大限に生かせる距離に近づいたその時⋮⋮
﹁次、14番いけぇぇぇぇ!﹂
再び浮かび上がる火の玉。そして、打ち出される炎に、巨大な盾
を持ったパンツァーが立ちふさがる。
防御に特化しているのが解る武装。しかし、そんなパンツァーで
297
も20近くの炎弾によろめき、そして⋮⋮
﹁は、はははは、ごめんなさい﹂
炎弾が飛び交う中、引きつった笑いを浮かべるのはサラリーマン
風の男。
いつの間にか、彼はパンツァーの肩に振り落とされないようしが
みついている。
彼はそのコックピットに飛び移り、ナイフをその胴体に差し込む。
たった一撃。しかし、ダメージが溜まっていたパンツァーはその
まま機能を停止し、崩れ落ちる。
一連の流れで、こちらに向かってきた半数近くの敵が消えた。
残り半分は、振り返らずに彩音目掛けて向かってくる。
その姿はススだらけ、あの爆発の中、走り抜けたのだ。それなり
のダメージを追っているはず。
彩音は、再び炎の弾を呼び出す。
その標準は彼らではない。敵陣のど真ん中。
それなりのダメージを追っている相手なら、黒川で十分だ。
案の定、背後からこっそり駆け寄った黒川が残りの兵士を切り捨
てていく。
そして、放つ。
目標をつける必要もない。あれだけひしめき合っていれば、狙い
をつけなくても誰かに当たる。
しかし、その百という炎弾も次の瞬間、撃ち落とされる。
空中に裂く、炎の花。
それは、彼女の望んだ結果ではない。
﹁⋮⋮赤城っ!﹂
298
その現象を起こしたのは、半透明な巨大な腕。
ヘカトンテイル
﹃巨人の一撃﹄
グーラ
﹁あれだけの攻撃用意するの、どんだけかかったと思っているのよ﹂
彼女の暴食は強力だが、事前にストックしておく必要がある。
誰かの協力を得たとしても100近くの魔術を用意するのはそれ
相応の時間が必要だ。
﹁100人分の力を、腕一本で抑える、か。たっく、相変わらずバ
ケモンだわ﹂
自分を差し置いて、彩音は独白する。しかし、同時に彩音は思う。
﹁も、もし、こいつ倒したら、伸也先輩、お、俺のこと褒めて、く
れるかな?﹂
一瞬、険しい表情を崩し、赤くなった頬を両手で抑える。
まるで、乙女のような仕草に、その父親は⋮⋮
﹁あ、彩音ちゃん! ぼ、僕はあんな軽薄な男と付き合うなんて許
しませんからね!﹂
﹁な、ななな!付き合うとか、何言ってんだよ。親父!﹂
﹁じゃあ、興味ないの?﹂
﹁そ、そんなことは⋮⋮その!﹂
﹁くそ!あの男、やっぱりコロス!﹂
﹁せ、先輩を殺すって⋮⋮親父、何言ってやがんだ!﹂
そんな言い争いをしながらも、戦いを続ける2人。しかし、その
ふたりの手が、突然止まる。
それは、ログに現れた一行の文字⋮⋮
≪GM:プレイヤーの皆様へお知らせです。本日、14:20﹃相
299
模原エリア﹄にて、イベント﹃竜将の進軍﹄が開始されます≫
それは、ゲーム時代であれば、慣れ親しんだイベントの通知。そ
して、世界が切り替わってからは別の意味合いを持つようになる。
﹁⋮⋮はっ、姫様ようやく、登場かよ﹂
青空に雲が立ち込めていく。
それは、綺麗な水に黒の絵の具を流し込んだかのように、即座に
空を黒く染め上げる。
雷音と共に、響くなにか咆哮。
雷雲を切り裂いて現れたのは、巨大な龍の群れだった。
300
チート公開! 主人公?なにそれ美味しいの? 2
いい予感は外れる癖、悪い予感というのはいつも的中する。
暴風が、吹き荒れ草木を揺らし、空からは雨の代わりに紅蓮の炎
が降り注ぐ。
空を見上げると、漆黒の空に生える、赤、緑、青と色とりどりの
ドラゴン達。
雷音のような咆哮が響き渡る。
﹁⋮⋮たっく、うるせぇ﹂
そう、赤城が呟き、指を鳴らすと、竜達に変化が現れる。
赤い竜は四方から圧迫されたように拉げ、
緑の竜は地面に叩きつけられ、
青い竜は腹部に何かがめり込み、
そのまま、地面に落とされ、そのまま動かなくなる。
恐らく、竜達は何が起きたのか、理解さえ出来ていないだろう。
目を凝らすと、彼の背から、壁が生えているように見える。
巨大すぎて何だか分からないのだ。少し離れればそれが何か解る。
ヘカトンテイル
それは、腕。彼の背から生えた巨大な三本の腕だ。
﹃巨人の一撃﹄
8つの手を持ち、その腕を持って歴史を切り開いた英雄の前世を
持つ赤城のユニークスキル。
二つしか手を持てない人の身であるがゆえ、その腕は肉体では再
現できず。
再現できない手は、その魔力を持って、その神性を顕にする。
仲間たちから歓声があがる。
301
ひらひら、とその手を振るが、しかし、赤城の表情は晴れること
はない。
竜さえも一撃で下す、その腕をもってしてもこの状況を切り抜け
るのは難しいと理解しているからだ。
山側から続く砲撃。無論、反撃の為に、虎の子のパンツァー部隊
を向かわせている。
恐らく、時間をかければ、殲滅は可能だろう。
しかし、だ。
右から迫る視界を覆い尽くす大量の炎弾。
ヘカトンテイル
巨人の一撃を振るう。空中に裂く炎の花。
ヘカトンテイル
轟音が周囲の音を一瞬にして奪う。
それと同時に、巨人の一撃の一本にヒビが入り、そして︱︱
︵くそっ!︶
︱︱重力に従い、崩れ落ちる。
一日のうち、扱える腕は八本。この激戦の中、一本を失う痛手に
赤城は顔をしかめる。
﹁ざけんじゃねーぞ﹂
赤城は、更に腕を増やす。今度は人の手とかわらない大きさ。そ
して、その手に握られるのは、弓矢。
﹁⋮⋮死を持って償え﹂
グーラ
放たれる。
暴食の岩槻彩音。その能力は、﹃所有者の手を離れたアイテム・
スキルの回収﹄だ。
だから、彼女を叩くには、手で持った武器で叩き切るか、或いは、
︵︱︱気づかれることなき、遠距離からの一撃必殺︶
302
グーラ
例え、遠距離からの攻撃を奪うことのできる暴食も、気づかなけ
グーラ
ればどうしようもない。
暴食はこちらを見ている。が、その視線は自分に向いていない。
距離がありすぎるのだ。巨大な腕を背負っているからといって、
グーラ
自分を守るように展開する人の壁は自分の姿を覆い隠している。
︵今っ!︶
ヘカトンテイル
矢を放つ。
巨人の一撃の手から放たれたその矢は真っ直ぐ、暴食に目掛けて
飛び、そして︱︱
彼女の姿が消える。
横から飛び出した影が彼女を抱き抱え矢の射線上から逃げ出した
エスケープマン
のだ。
﹁黒川慎二か﹂
円卓の騎士の一人、黒川慎二。彼の戦闘能力はそこまで高いわけ
ではない。
元々、娘とのコミュニケーションに苦戦し、同じゲームをやるこ
とでその距離を縮めようとしたごく普通のサラリーマン。
世界がこうなる前からVRMMOをやっていた為、ステータスは
高めだが、それでも円卓の座につける程、強かったわけではない。
彼が円卓にいる理由。一つは文官としての能力。もう一つは、彼
の臆病さからくる危険回避能力だ。
撤退戦、暗殺対象の護衛など。﹃守る﹄ことにおいてはトップク
ラスの能力を持つ。
︵ああ、だから、彼女も前線に出てきた訳だ︶
背後に彼が控えている。いざとなれば彼が退路を切り開くであろ
う。
だからこそ、﹃彼女﹄は前線に出てきたのだ。
303
空に再び、竜が出現する。
仲間達の間で悲鳴があがる。何を驚く?
今は﹃彼女﹄の発生させたイベントの最中。
﹃竜将の進軍﹄だったか?なら、その竜将を狩るか、﹃彼女﹄を
殺さなければこのイベントは終わらない。
この状況に赤城は、普段の余裕を捨てて、舌打ちをする。
予想外だ。円卓が出しゃばってくるのは予想していた。だが、彼
女が出てくるのは予想外だ。
自軍の左翼から悲鳴が上がる。
竜によって削り取られた左翼に、甲冑の騎士達が突撃をかける。
少数精鋭の部隊なのだろう。
龍で打撃を受けた左翼はその勢いに飲まれ、道を切り開く。その
道の進路上にいるのは赤城一佐。
迫り来る敵の気配に、赤城は武器を構え⋮⋮
ヘカトンテイル
﹁ああ、やっぱ、あんたと相手しなければいけないって訳だ﹂
赤城はため息を大きく吐く。
﹁ええ、お久しぶり、というべきでしょうか? ﹃巨人の一撃﹄赤
城一佐﹂
そこにいるのは、銀の甲冑を着込んだ少女。
跪きたくなる。その威風に。容姿ではない。彼女の容姿は美しく
はあるが、威圧感を与えるものではない。
その内面から醸し出す空気。前世の自分でさえ持ち得なかった王
者としての資質に圧倒される。
本当に、ついていない。円卓一人相手するのにも大変だというの
304
グーラ
に暴食、エスケープマンの二名。そして⋮⋮
そんな規格外な連中を纏め上げる﹃彼女﹄にまで相手をする羽目
になるとは⋮⋮
﹁ああ、やっぱ、てめぇが相手か。円卓の国﹃神奈川﹄、﹃国王﹄
朝倉涼葉﹂
その言葉に朝倉は小さく笑う⋮⋮
﹁ええ、私が相手です。我が地、国民を傷つけたその罪⋮⋮﹂
笑いながら、手に持った剣を振り上げる。
それは聖剣カリバーン。一般プレイヤーが持つことのできないG
M専用装備。
﹁⋮⋮その身で、償いなさい﹂
その言葉と共にその手ににぎった聖剣を彼に向かって叩きつけた。
305
チート公開! 主人公?なにそれ美味しいの? 3
朝倉涼葉。
言わずと知れた円卓の国﹃神奈川﹄の国王にして、﹃大戦﹄時の
英雄だ。
国としてまとまっておらず、ただ﹃東京﹄に蹂躙されるのみだっ
た﹃神奈川﹄を纏め上げた政治力。
そして、常に前線に立ち、生き残り、そして戦果を出してきた戦
闘力。
抜きん出たその戦闘能力と政治力は、各国に知れ渡ることとなる。
﹃竜を呼ぶ者﹄﹃円卓を統べる者﹄﹃聖乙女﹄、過剰なまでに装
飾された二つ名の中で一つ、一部の者しか知らない通り名がある。
ゲームマスター
GM。
VRMMOを抜きにしても、オンラインゲームをやったことのあ
る人間にとっては特別な意味合いを持っている。
企業側の用意したゲームの管理人。
迷惑プレイを繰り返したプレイヤーを取り押さえ、イベント時は
オンライン
ゲームマスター
ナイツ
オブ
the
ザ
R
進行役として、時にはイベントキャラとして裏方に徹し続けてきた。
ラウンド
彼女の最大の特徴。それは、Knights of
ound OnlineにおけるGMのアカウントを使用している
ということ。
︵つまり、彼女の特性はGMとしてのイベントを発生させる権限と
ヘカトンテイル
GM専用装備の二点。前者の効果は見ての通りこの龍の軍勢、そし
て後者は⋮⋮︶
剣を振り下ろす朝倉。その剣を受け止めた巨人の一撃がそのまま
切り落とされる。
306
﹁くっ、このチート野郎がっ!﹂
ヘカトンテイル
もう一つのチート。それは異常なまでの性能の武器だ。
ある程度ダメージが蓄積されていたとはいえ、巨人の一撃がスキ
ルでもない単純な一撃で破壊されるなど悪夢でしかない。
﹁⋮⋮あなたには言われたくありません﹂
赤城の罵倒を涼しい顔で返す、涼葉。
ヘカトンテイル
転生者とは違った意味でのチートに、赤城は小さく舌打ちをする。
巨人の一撃を放つ。その一撃を、護衛の騎士の盾が抑え、彼女は
1歩前進する。
赤城は手に剣を持ち振るう。しかし、彼女は半歩右にずれただけ
でその攻撃を回避する。
ヘカトンテイル
しかし、その行動は想定内。追撃しようと左手に別の武器を呼び
出そうとし、視界の隅に別の影が目に入る。
︵やばいっ!︶
それは、涼葉の部下だ。振りかぶった剣ごと巨人の一撃で吹き飛
ばす。
赤城らしくない余裕のない行動。それは、あの騎士が赤城の首を
狙えるほどの隙を作り出したことに他ならない。
︵いや、こいつじゃないな︶
護衛の騎士達を見る。その立ち振る舞いから精鋭だと解る。恐ら
く、円卓の候補に上がるくらいの力は有しているとみて間違いない。
だが、あの騎士が赤城の警戒を抜けて隙を作り出したか?と考え
ると疑問が残る。
普段の赤城ならあのような隙は見せない。それを見せたのは⋮⋮
︵この女に意識が集中していたから、くそっ、誘導させられたか!︶
ヘカトンテイル
巨人の一撃を一撃で破壊する聖剣。それを見せつけることで視線
307
を涼葉に集中させた。そして、その外側から騎士を差し向けた、と
こいつ、上手い。天牙のような強さとは違う、自分の思い通りに
話を進ませる戦いの巧さ。つまり、それは場を支配する力だ。
鳴き声が響く。再び上空から突入してくる竜。それを叩き落とし、
ついでに追撃してくる涼葉の攻撃を防ぎ、しかし、その勢いを止め
ることが出来ず1歩、1歩と後退していく。
このままでは追い詰められるのも時間の問題⋮⋮ならば
﹁白石は?﹂
目の前の彼女ではない。自分の背後に控える部下に声をかける。
﹁⋮⋮逃げ出しました。やつの考えていることは解ります。おそら
く、運営の元に向かったのかと﹂
﹁そうか。じゃあ、岩城。お前が副長だ﹂
白石のように政治的な理由でついてきた訳ではない、古くからの
部下にそう伝える。
そして、同時に⋮⋮
﹁命令だ。足止めしろ﹂
それは、この状況下、死ねというのと同意語の言葉を吐き出す。
その言葉の意味を深く理解し、それでも赤城の部下はにやりと笑
う。
﹁了解しやした。では、終わった後、たら腹酒でもおごって貰いや
しょうか?﹂
﹁ああ、ついでに美人なねーちゃんもつけてやる﹂
その言葉に、赤城の部下達がにやり、と笑い。そして︱︱
﹃行くぞ! 野郎共! 覚悟はいいか!﹄
新たな副長の言葉に、男達が咆哮を上げる。
308
それは生を捨て、その命を燃やし尽くすことを決意した戦士達の
遠吠え。
兵士達が前へ出る。竜を、騎士達を、そして、涼音さえも押し返
し、更に前へ進軍しようとする。
﹁くっ! 赤城! 逃げるか!﹂
仲間達の壁の向こうから声がする。
その言葉に背を向け、赤城は一人独白する。
﹁逃げる。違うね⋮⋮俺は決着を付けにいく﹂
赤城の視線の向かうのは山の向こう。朽野達が出てきたダンジョ
ンの出口のある方角だった。
309
戦い中演説する奴って大抵負けるよね
そして、時間は遡る。
﹁私の要求はただ一つ、取引をしませんか?﹂
爆音が遠くから響く山中で、朽野達は赤城の元副官を名乗る男の
言葉に警戒心を強くする。
彼を観察する。
表情、仕草、口調、呼吸、体型、服装、匂い。
人を判断する上で、判断する要素は数多くある。しかし、今回の
相手はパンツァー。
判断材料がどうしても少なくなる。
︵⋮⋮まぁ、ある程度は察することは出来るけど、な︶
この翼の生えた銀色の機体。頭に、金色の輪。そして、シャープ
なフォルム。
まるっきり、天使である。
空を飛ぶ為の機体であるのは解るのだが、正直、空を飛ぶのはブ
ースターで十分なのだ。
面積が増える為、どうしても攻撃があたり易くなる。
つまりは趣味の機体。元はゲームなので、趣味に走るのは当たり
前なのだが、この﹃天使﹄を模した機体。
そして、スカした言動。明らかに中2がつく病気を患っている。
﹁取引?﹂
嫌な予感しかしないが、その提案を聞いてみる。
﹁簡単な話です。我々で世界を取りませんか?﹂
﹁この世界は混沌に満ちています。民は飢え、魔物を恐れ、いつ訪
310
れるか解らない戦火に怯える日々。我ら、選ばれた民が⋮⋮﹂
﹁却下﹂
相手の演説が終わるよりも早く朽野がそう告げる。
﹁まだ、話している最中ですが?﹂
﹁お前のような人種が選ばれた民とか、言い出す時はロクなことな
いって、どーせ、愚民共を力で統治する、とか言い出すんだろ?﹂
﹁⋮⋮検討する余地はない、と?﹂
相手の声に剣呑さが含まれてくる。相手のパンツァーからもカチ
カチ、何かの機構が稼働し始めたのを感じる。
﹁珍しいわね。朽野がそう断言するのって﹂
六花がそっと自分に耳打ちする。
﹁あー、確かに俺だったら上手くはぐらかして、この場を収めよう
とするよな﹂
朽野はゲーム好きではあるが、殺し合いが好きなわけではない。
元々、しこんな物騒なパンツァーに乗り込んだ相手を挑発なんてし
たくない。
しかし⋮⋮
﹁仲間の命が絡んでいるんだ。悪いが通して貰えないか?﹂
﹁⋮⋮首を縦に降ってもらえないならどかない、と言ったら?﹂
﹁その時は、力づくでも排除する﹂
﹁ははははははっ! ならば、仕方ありません。決闘へと洒落込も
うではありませんか! 行きますよ﹃ジブリール﹄﹂
そういうと同時に、二つのパンツァーが動く。
騎士の機体﹃ナルナシア﹄は、ガトリングガン﹃サンダーボルト﹄
を構え、
天使の機体﹃ジブリール﹄は翼を大きく広げる。
311
そして、次の瞬間。
︱︱轟音が響き渡る。
ガトリングガンからは、銃弾が撒き散らされ、
翼から放たれた羽が、魔法陣を造り、盾となる。
巨人同士がぶつかり合う足元で、朽野は駆ける。
魔法陣の下をくぐり、銃を構え⋮⋮
﹁オーダー!﹃パラージ﹄﹂
何十という銃弾が﹃ジブリール﹄の側面を叩く。
僅かに体勢を崩したのを見ると、その外見通り装甲は薄いのがよ
く解る。
﹃ジブリール﹄がこちらを向き、指先をこちらに向ける。
バックステップで距離を取ると、同時に、その指先が輝き、放た
れた閃光が地面を溶かす。
﹁オーダー!﹃パラージ﹄﹂
攻撃の放った隙をついての攻撃、再び攻撃を受けて、大きくよろ
めく。
﹃ナルナシア﹄も黙ってはいない。
ガトリングをしまい、取り出したのは﹃神剣フラガラッハ?﹄
虹色に輝くその剣を振るうと同時に魔法陣が綺麗に切り裂かれる。
壁がなくなると共に、﹃ナルナシア﹄が駆ける。
ブーストによって、加速された機体は弾丸のよう。
剣を振りかぶる。それを遮るように、繰り出される魔法陣の盾。
﹃神剣フラガラッハ?﹄をもってすれば、紙のようなものだが、
312
それでも﹃ジブリール﹄に到着するまでにタイムラグが発生する。
そのわずかな時間差で、﹃ジブリール﹄は翼を大きく羽ばたかせ、
そして︱︱
﹁上か!﹂
空へと逃げる。
﹁あー、まあ普通そうだよなぁ﹂
翼を持つ以上、戦いの舞台は空。
空へと逃げられた以上、地を這う者達からすれば、空を見上げな
がら戦うしかない。
そうなると不利だ。世界は上から下に落ちるように出来ている。
下から上への攻撃は必然的にロスが生じる。そして、大地は障害
物が多いが、空にはない。
﹁六花。ナルナシアって空飛べる?﹂
﹁無理。ブーストはあるけど、加速用よ? 飛べるとしても一瞬だ
け﹂
﹁だよなー﹂
朽野もパンツァーを見れば、どういった武装か判断することは出
来る。
﹁⋮⋮やれやれ、空を飛ぶつもりは全くなかったのですが﹂
﹁そりゃ、逃げるための燃料が必要だろうよ﹂
﹃元﹄副官。ということは当然、東京の部隊を裏切ってきたのだ
ろう。
鉢合わせしたら逃げるしかない。
﹁ええ、東京にしろ神奈川にしろ、どちらが勝ったとしても捕まれ
ば一環の終わりですからね﹂
313
その言葉に疑問を覚える。
東京にしろ、神奈川にしろ? そして、その言葉の意味を理解する。
︵神奈川軍が動き始めた、か︶
なる程、彼が焦るわけだ。だが、時間がないのはお互い様だ。
﹁私はあなたのことを買っているのですが、思い直すつもりはあり
ませんか?﹂
﹁過大な期待ありがとさん、と。大体てめぇらが欲しいのは六花だ
ろうが﹂
﹁残念です。君とは利害が一致しそうだと思ったのですが﹂
副官がこちらを見下ろしている。
﹁最強を目指す、のではなかったのですか?﹂
その言葉に、心臓がどくりと高鳴る。
﹁⋮⋮てめぇ、なんでそれを知っている?﹂
﹁ははは、私もフェンシングやっていた時期があったのですよ。﹃
線上の貴公子﹄でしたか。かなり持て囃されて⋮⋮﹂
﹁やめて! その名前で呼ぶのはやめて!﹂
﹃線上の貴公子﹄。確かそれは自分の中2発言がきっかけで付い
た呼び名だ。
﹁﹃試合中、たまに、空中に線が見えることがある。見えたら後は
簡単だ。その線をなぞれば、自然と相手の喉元を貫いてくれる﹄。
あなたの言葉ですよね﹂
やめてください。やめてください。
六花、そんな驚愕するような表情で見ないでください。あと、副
官さん、あなたもそんな戯言信じないでください。
嘘です。その話嘘なんです。
その逸話に関しては、中2病全開だった頃、調子こいて、周囲に
話してしまったのが切っ掛け。それが、広がってしまい、それを記
314
者が聞きつけた頃には⋮⋮後には引けなくなっていただけなのだ。
無論、そんな才能、朽野には無い。
当時の記事の写真、不敵に笑っているように見えるが、内心、汗
ビッショリだったのは自分の黒歴史だ。
﹁ですが、そんなあなたも事故には勝てなかった。トラックとの事
故、それにより利き足に障害を負ったあなたはフェンシングから身
を引くこととなる﹂
思い出す。あの頃は本当に地獄だった。私生活には支障はないも
のの、フェンシングが出来ないというのは、重く朽野に伸し掛って
きた。
VRMMOにのめり込んだのもこの時期だ。
ゲームの中なら自由に動く足。そして、自分のフェンシングを活
かすことが出来る。
それが嬉しくて、ドンドンのめり込んだのだ。
﹁最強を目指す。以前の世界なら出来ませんが、この世界ならいく
らでも相手がいます。どうです? 私につけば相手に困ることはあ
りません。あなたの夢を叶えることが出来ます。だから、私に手を
貸してください﹂
ああ、いい感じに中2心が疼く。
朽野も男の子だ。最強という言葉には心惹かれる。
﹁あー、確かに魅力的な提案だわ。最強ってーのは浪漫だからなぁ﹂
﹁では、是非⋮⋮﹂
﹁悪い。俺、それ以上の浪漫見つけてしまったんだわ﹂
﹁な、それは一体﹂
動揺する副官に、朽野はふっと笑う。
﹁女の子にもてること! 最強? はっ! そんなの女の子にもて
315
る為のツールにしか過ぎない! 目下の目的は六花と約束約束した
ニャンニャンを実行すること。だから、六花! やつを地面に叩き
つけろ!﹂
﹁公言するなら自分でやれーーーーーーーーー!!!﹂
六花が空を飛んでいる天使にガトリンクを向け、発砲。
ワンオクロック・クィーン
空を飛ぶ機体はやすやすと銃の軌道から逃げていく。
ワンオクロック・クィーン
﹁オーダー﹃刹那の女王﹄﹂
≪オーダー確認。ユニークスキル﹃刹那の女王﹄発動します≫
彼女のみが有するスキルが発動し、世界の流れがゆっくりとなっ
ていく。
水中を動くようなもどかしさの中、彼女はガトリングの軌道を修
正。
ガトリングらしからぬ精密な射撃。そして⋮⋮
﹁オーダー! ﹃ハッキング?﹄
≪オーダー確認。﹃ハッキング?﹄発動します。相手システム干渉
開始。10%⋮⋮20%⋮⋮≫ キーボードのタッチに応じて、浸食を深めていく。ゆっくりとし
たペース。しかし、現実には一秒にも満たない間。
天使が何か喚いている。が、このスローモーションの世界では何
言っているか解らない。
ハッキングで犯され、ガトリンクでの精密射撃で狙われ、逃げ道
を失った天使が、再び魔法陣の盾をだす。
︵今っ!︶
︽ワンオクロック・クィーン︾を解除し、ブースターを起動。ガ
316
トリンク、ミサイルをパージし、重量を軽くする。
ブースターの作り出す轟音と振動。それに耐えながら、天使目掛
けてジャンプする。
ブースターで補助され、そして、重量を軽くした﹃ナルナシア﹄
でも、天使には届かない。
しかし⋮⋮
﹁この盾には十分届く!﹂
二次元の魔法陣。縦からすると数センチ程度の厚みのそれを足場
にする。
赤いアラートが鳴る。ダメージが入ったようだが関係ない。
次の瞬間には跳躍。﹃神剣フラガラッハ?﹄を振りかぶる。
﹁は、はははははは!まさか、私の盾を踏み台にするとはっ! さ
すが、運営! 既存の概念を崩す者!﹂
男が何か言っているが関係ない。その剣を力の限り振り下ろす。
﹁いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!﹂
六花の声と共に、﹃ジブリール﹄は大地へと叩き落とされた。
317
戦い中演説する奴って大抵負けるよね︵後書き︶
機体名﹃ジブリール﹄の評価
タイプ:量産型
格闘:B+
射撃:B−
装甲:D
耐久:C+
機動:A
燃料:S
特殊機能:煙幕射出
現場の声﹁完成されている﹂
⋮⋮なったったー系に入れたらそれっぽいのが出てきました︵汗
あまり本編と関係ありませんが、飛行ユニットで﹃翼﹄を使うメリ
ットは長距離飛行に向いているということです。
もしよければ、ご意見ご感想頂けると泣いて喜びます︵汗︶
318
かなり、ピンチなのかもしれない
地面に落下した﹃ジブリール﹄を見て、朽野は、駆け出す。
まだ、終わってはいない。が、ほぼ勝ったも同然だろう。
﹃ジブリール﹄は右手と右の翼は切り落とされ、飛行能力は失っ
た。
そうなっては飛行用に装甲と武装を減らし、重量を極限まで薄く
した機体では重戦車ともいえる﹃ナルナシア﹄では勝ち目はない。
﹁六花!俺が止めを刺す。六花は、パージした武器を回収して﹂
﹁え? ちょっ﹂
それでも、朽野は自分が戦うことを選んだ。
少しでも時間を短縮したいというのもあるが、六花に人を殺させ
たくない、という気持ちもある。
ゆっくりと起き上がる﹃ジブリール﹄。
﹁⋮⋮ここでは死ねない﹂
残った左腕から、光が伸びる。レーザーカッター。
紙装甲である朽野を殺すには十分過ぎる凶器。それを朽野目掛け
て振り下ろしてくる。
﹁オーダー﹃ブリッツ﹄!﹂
朽野の体に電光が走り、そして、加速。一瞬にして﹃ジブリール﹄
の足元まで移動。そして⋮⋮
﹁オーダー﹃グラン・シャリオ﹄﹂
朽野の最大攻撃力を誇る七つの閃光が、﹃ジブリール﹄の足を突
き刺す。
﹁大義、無き者が私を、止めるか﹂
319
譫言のように呟く副官。左手からのレーザーカッターを右に向か
って避ける。
攻撃が来るところが右手と右の翼のみ。限られているのでよける
のは簡単だ。
再び、攻撃を仕掛けようとした時、﹃ジブリール﹄が吠える。
﹁死ぬわけにはいかない。大義のため、こんな場所でっ!﹂
そう天使が吠え、そして⋮⋮
﹁大義? 関係ない。弱いから死ぬ。それだけだ﹂
返す声がした。
軽い口調なのに、重く、周囲を凍りつかせる声。
﹁おいおい、そう固くなるなよ。おっさん傷ついてしまうだろ﹂
そう、カラカラと笑い、﹁ひぃ﹂と悲鳴を上げて逃げ出そうとし
た﹃ジブリール﹄を突如生まれた巨大な腕が捕まえる。
﹁離せ! くそっ、離しやがれ!﹂
﹁大体、てめぇはただ自分の欲望を満たしたいだけの、てめぇにと
って都合のいい大義だ⋮⋮そんな奴が語る大義なんざ、反吐が出る﹂
そう、クックック、と声を主が喉を鳴らす。
振り返ると、そこにいるのはタバコを口にくわえた中年。
赤いマントをを翻し、こちらに向かってゆらり、ゆらりと近づい
てくる。
その姿は、まるで幽鬼のよう。ゆらゆらと揺れる姿は、どこまで
も軽く。しかし、その眼光は異様なまでに鋭い。
﹁赤城一佐﹂
﹁よう、にいちゃん、またあったな﹂
まるで、旧友にでもあったかのような軽い口調。
手をひらひらと振りながら赤城は答える。そして、ちらり、と﹃
320
ジブリール﹄を見る。
たった、それだけ。赤城は興味をなくしたように、その巨大な腕
に力を込める。
﹁ひ、ぎぃ!﹂
﹃ジブリール﹄が拉げ、爆発する。ガン、と天使を模した頭が地
面に落ちて音を立てる。
しかし、それを気にする者は誰もいない。
朽野と六花は、目の前の脅威から目を離すことが出来ず
赤城はそもそも、彼を無視している。
﹁あ∼、総大将の登場かよ﹂
﹁おう、態々来てやったぜ﹂
ぽりぽりと頭を書く朽野ににやり、と笑う赤城。
似た態度の2人だが、内心、朽野は冷や汗を書いていた。
︵くそっ、どうする? 赤城を排除して、天牙を救いに、いや、そ
んな時間はない。あいつの目的は六花だ。せめて、彼女だけでも逃
がすか?︶
様々なことが脳裏に巡り、そして朽野は口を開く。
﹁久しぶり、えーっと、どなた様でしたっけ?﹂
そして、出たのはそんな言葉だった。その様子に赤城は、はぁ、
と小さく肩を落とす。
﹁赤城、赤城一佐だ⋮⋮って、にーちゃん、さっき俺の名前呼んで
たじゃないか﹂
﹁あ、あはは、最近物忘れが激しくて﹂
﹁おいおい、おっちゃんなら解るがその年でそのセリフは早いぞ∼﹂
世間話をするような話の出だし、赤城もそれに乗ってくる。
あちら側からすれば、こちらの話に乗ってくるメリットはない。
321
こちらの意図を読み取りたいのだろうか?
解らない。しかし、乗ってくれた以上、引き出せる情報は引き出
しておきたい。
﹁そういえば、そっちも結構慌ただしかったようだけど? 何かあ
ったん?﹂
﹁あ、てめぇの差金だろう? あの天牙っつー女。あいつのせいで
俺の部隊はめちゃくちゃだ﹂
けっ、と吐き出すように赤城はいう。
﹁へぇ、あいつそこまでやったんだ。そこまで期待してなかったけ
ど﹂
わざと興味のない風にいう。そのことに気づいていないのか、赤
城はため息混じりに答える。
﹁⋮⋮ああ、あいつはよくやったよ。神奈川軍も来て乱戦になって
行方はわからんがあの手のやつは死にやせんよ﹂
その言葉で、天牙が生きている可能性が高いことが解る。
﹁で、部隊も無茶苦茶になったことだし、せめて当初の目的を果た
そうと思った訳だ﹂
﹁﹃運営﹄を殺そうと?﹂
その言葉に、赤城が頷く。何となく、彼らの目的が読めた。
﹃運営﹄を殺せば世界が元に戻る。
それは、以前から言われていたことであり、﹃預言者﹄により保
証されていたことだ。
︵なら、可能性がある。このまま戦わずにすべてを終わらさせる方
法が︶
その可能性を信じて、彼は演技を続ける。
﹁あ∼、もしかして。﹃預言者﹄の言葉を信じきっているのか?﹂
気の毒そうに、朽野が赤城を見る。
322
その視線に混じった憐憫の色に気づいたのか、赤城の表情が硬く
なる。
﹁何がおかしい?﹂
さあ、ここが正念場だ。違和感無いように、なるべく自然な表情
で、彼しか知らない情報をオープンにする。
﹁いやだって、﹃運営﹄もう死んでいるぞ﹂
その言葉に、赤城が吹き出す。クックック、と笑いを堪え、しか
し耐え切れなくなって吹き出している。
﹁おいおい、何を言っていやがる。﹃運営﹄が死んでいるならこの
状況はなんだ?世界は元に戻っちゃいねぇ。そんな嘘言うなら⋮⋮﹂
﹁﹃運営﹄を殺せば世界は元通り⋮⋮その根拠は?﹂
赤城を混乱させようとする戯言。確かにそう聞こえるだろう。逆
の立場だったら、子供騙しの嘘にしか聞こえない。
予想の通り、赤城は嘲るような笑い声を上げる。
﹁﹃預言者﹄様のお言葉だ。 あの方の予言は確実に当たる。まぁ、
てめぇみたいな神奈川の人間に言っても⋮⋮﹂
﹁あ∼、確か﹃預言者﹄の予言的中率って八割ぐらいだったっけか
?当たる確率の高い﹃予言﹄を公表。外れそうになった﹃予言﹄を
﹃東京﹄総出で何とか軌道修正したり、外れた﹃予言﹄そのものを
無かったことにしている、だろ?﹂
赤城の笑いが、止まる。
﹁おいおい、てめぇ、何を言ってるンだ。お子さんの戯言に付き合
っている暇はねぇっつーの﹂
やれやれ、といった風に肩を竦める赤城。しかし、その目は笑っ
ていない。
それもそうだろう。この話は東京内でも機密情報。赤城クラスの
323
人間がようやく知ることが出来るような内容だ。
何故、それを朽野が知っているのか?それを話すとかなり長い話
になるので割愛。
﹁あの大戦で、﹃運営﹄は死んだ。それは確かだ。で、大戦以降。
﹃預言者﹄の体調、かなり崩れているらしいな。ここ最近、三回連
続⋮⋮﹂
﹁もういい﹂
吐き出すように赤城は朽野の言葉を遮る。
﹁ああ、そうだよ。最近、﹃預言者﹄様の様子がおかしい。三回連
続予言を外すなんてこと今まで無かったんだ。いや、﹃預言者﹄様
だけじゃねぇ、東京全体の様子がおかしい。だが、だけどな﹂
赤城が鬼気迫る表情でこちらを見る。
ああ、そうか。こちらの言葉に乗ったのは、彼の信念に揺らぎが
生じたのだろう。
このまま、部下を失い続け﹃預言者﹄の言葉に従うか、それとも、
投降し犠牲を少なくするか。
﹁⋮⋮俺は、決めたンだ。﹃預言者﹄様を信じ続けると、死んだ仲
間達の為にも、今、あそこで踏ん張っている仲間の為にも引くわけ
にはいかねぇ﹂
だが、覚悟を決めてしまった。そうなると彼は止まらない。仲間
がどれだけ死のうが、自分がどうなろうが。止まる条件は二つ。
六花が死ぬか、或いは、赤城が死ぬか、だ。となると、すべきは
一つ。
朽野は武器を構える。右手には突剣﹃フランベルク﹄、左手には
短銃﹃ドラクーン﹄
そして、対する赤城の背に、6本の腕が花開く。どこまでも拡大
する腕、その腕には、斧、剣、槍、槌、弓が握られている。
﹁んじゃ、殺りあおう。てめぇ、名前は?﹂
324
どうやら本当に自分のこと覚えがないようだ。
﹁相変わらず、人のことすぐ忘れるやつだな﹂
体が震える。格上の相手、それが油断なく、覚悟を決めて殺しに
来るのだ。恐怖を覚えないはずがない。
﹁どっかで見覚えがあると思ったが、そうかあの大戦でか﹂
しかし、朽野は笑う。自分を鼓舞するように、不敵な笑みを浮か
べる。
﹁忘れたなら思い出させてやる。てめぇを倒した男の存在を!﹂
フッ、と息を吐き駆け出す。それに合わせて、赤城が剣を振り下
ろす。
こうして、六花を巡る最後の戦いが幕を開けた。
325
DEAD END︵前書き︶
お気に入り登録300件突破。皆様ありがとうございます。
326
DEAD END
︵こいつ、何者だ?︶
まず、浮かんだ疑問はそこだ。
﹃運営が死んだ﹄、そして、﹃赤城を下したことがある﹄という
言葉。
自分も無敵ではない。自分より強い相手と戦ったこともあるし、
数で攻められたらさすがの赤城も耐え切れない。
なので、敗北は何度かある。しかし、自分を下した相手の中に、
目の前のような男は見たことはない。
そこで一つの可能性が浮かぶ
︱︱脳裏に浮かぶのは、赤く燃え上がる森林。その中心にいるの
は、深い、深い緑の甲冑。
ありえない、その光景を頭の中から追い出す。となれば⋮⋮
︵ハッタリか?︶
その可能性も高い。しかし、彼の持つ﹃円卓の騎士﹄の肩書き。
そして、内部の人間でさえあまり知られていない﹃預言者﹄の現
状を知っているというのが引っかかる。 ︵うっし、悩んでいる︶
朽野は心の中でガッツポーズを取る。正直、正面からやりあって
は朽野には勝目はない。
だから、動揺を誘う。
﹃運営は死んでいる﹄﹃赤城を下したことがある﹄。その二つを
赤城は信じてはいないだろう。
しかし、ひょっとして、という思いが彼を蝕む。
327
それはちょっとしたことなのかもしれない。しかし、その積み重
ねが勝利に繋がっていると、朽野は知っている。
そう考え、朽野は一人笑う。
追い詰められているのは、赤城ではない。朽野達だ。
つまり、この笑みもハッタリにしか過ぎない。
しかし、一歩でも勝利に近づく為に、朽野は、呟く。
﹁オーダー﹃ブリッツ﹄!﹂
それは戦いの始まりの合図。赤城に目掛けて鋭い剣先が迫る。
その速度は神速そのもの。風を裂き一気に距離を詰める。
その剣が赤城に迫る。しかし、剣は赤城には届かない。
彼の前に現れた巨大な壁。青白く輝くそれは巨人の腕だ。
剣が弾かれる。しかし、朽野は怯まずに、左手に持った銃を腕に
押し当て、トリガーを引く。
≪パッシブスキル:﹃近接銃術﹄発動≫
銃弾が、腕にくい込む。しかし、ダメージは浅いようだ。
もう一発、打ち込もうとするが、腕が朽野に目掛けて押しつぶさ
んと迫ってくる。
﹁うお、っととっと﹂
朽野からすれば、壁が迫ってくるようなものだ。
その腕を蹴り、距離を取る。
﹁朽野!﹂
六花がガトリングガンを赤城に向ける。
パンツァーの攻撃は、人の身からすると明らかなオーバーキルだ。
パンツァーと他のゲームのプレイヤーは、強度、攻撃力、速さ、
328
すべてが違う。
しかし、赤城はその銃を面倒くさそうに眺め、そして⋮⋮
﹁⋮⋮面倒だ﹂
赤城が手を上げる。
﹁⋮⋮っ! 六花! 逃げろ!﹂
瞬間、嫌な予感がした。
六つの手がそれぞれ意思を持ったかのように動き出す。
斧が、剣が、槍が、六花の機体に迫る。
上から下へ振り下ろされる斧。木々を切り裂き﹃ナルナシア﹄に
迫る。
﹁くっ﹂
通常の回避では間に合わない。だから、ブースターを起動し、後
ろへ飛ぶ。
その動作を見越したかのように槍が最短距離で、﹃ナルナシア﹄
のコックピットに迫る。
≪敵、スキル﹃スラッシュ﹄の使用を確認≫
流れるログに目を通しながら、六花は吠える。 やばい、この﹃腕﹄の攻撃力は十分把握している。軽装とはいえ、
パンツァーを一撃で破壊したのだ。並ではない。
しかもスキルが乗っている状態。いかに重装である﹃ナルナシア﹄
でも無事でいられるとは思わない。
イメージされるのは、巨大な槍で押しつぶされ、原型を留めてい
ない自分の姿。体が震える。しかし⋮⋮
﹁な、めるなぁぁぁぁぁ!﹂
ガトリングガンのトリガーを引く。
正面からぶつかり合う。銃弾と槍先。僅かに、槍の機動が逸れ、
329
﹃ナルナシア﹄の左腕に突き刺さる。
後ろに引っ張られるような衝撃と金属がへしゃげる音。それと共
にコックピットの中で赤いランプが点滅し始める。
しかし、まだ、腕は死んでいない。僅かに動くその腕で、ガトリ
ングガンを再び放つ。
勝手に運営と勘違いされ、命を奪われようとしている。そんな運
命、受け入れることなど出来ない。 恐怖を塗りつぶすように燃え上がる怒りが、彼女の行動を積極的
にさせた。
巨人の剣が翻る。その剣に向けて、ガトリングガンを投げつける。
赤城の視線がそちらに逸れたと同時に六花は、ブースターを起動
する。﹃ナルナシア﹄はその体を弾丸のように加速させ、振り下ろ
された剣の下をすり抜ける。
﹁ああああああああああああああ!!!﹂
︽警告:脚部、負担増大。これ以上は危険です︾
︽警告:ブースターに異常を発見︾
︽警告⋮⋮︾
﹁うるさい! 黙れ!﹂
あまりの加速に、コックピットの中が異様に揺れる。異常を知ら
せるログが流れる。
しかし、関係ない。やつを倒せばすべては解決する。
六花は﹃神剣フラガラッハ?﹄を振りかぶる。
そして、それを黙って見ている朽野ではない。
迫る槌を﹃プリッツ﹄の加速で避ける。 そして、その軌道上に
放たれるのは赤城の放つ矢。
﹁オーダー! ﹃トレーロ・マタドール﹄!﹂
彼の左手から銃が消える。代わりに現れるのは真紅のマント。
330
翻るマントに矢が吸い込まれる。その先には、朽野の姿はない。
現れたのは、赤城の真横。﹃神剣フラガラッハ?﹄の軌道からも
外れているベストポジションだ。
ムスケテール
﹃トレーロ・マタドール﹄
それは、銃士が持つ扱いにくいとされるカウンタースキルだ。
スキル発動と同時に現れるマントで敵の攻撃を防ぐことが出来れ
ば、攻撃をしてきた相手の上下左右好きなところに転移出来る。
それだけなら優良スキルだが、消費MPが高いこと。そして、マ
ントが現れるのは、3秒ほどなので使用するタイミングが難しいの
だ。
連戦に続く連戦。これでMPはほとんど無くなる。
それでも、六花が切り開いてくれた勝機。これに乗らなければ通
常のやり方では勝目はない。
赤城に迫る﹃ナルナシア﹄。そして、それに合わせるように朽野
は叫ぶ。
﹁オーダー! ﹃グラン⋮⋮﹂
スキルの使用。しかし、発動するよりも早く⋮⋮
﹁まだ、甘い﹂
赤城が剣を振りかぶる。同時に、背中に背負っていた六本の腕が
消える。
ルーキー
朽野は止まらない。スキルの使用前の隙だらけの状態。
ムスケテール
しかし、相手は高レベルかもしれないが訓練兵だ。防御力の低い
銃士でも耐え切れると判断する。
アシミレーション
≪警告:敵ユニット。ユニークスキル﹃巨人同化﹄使用を確認しま
331
した≫
﹁⋮⋮チャリオ!﹄﹂
見たことのないスキルの名前がログに出ると同時に、スキルをオ
ーダーする。
しかし⋮⋮ ︽警告:武器の消失によりスキルの発動が出来ませんでした︾
︱︱右腕に走る激痛。
おかしい、シールドがある以上肉体にダメージを負うことは滅多
にない。つまり、それはシールドが破られたということで⋮⋮
ドサリ、と落ちる。朽野の右腕。
一瞬遅れて、血が吹き出す。痛みで視界が真っ赤に染まる。
﹁うああああああああああああああああああああああああああああ
ああああ!!﹂
痛みのあまり、朽野が吠える。
﹁朽野ーーーーーーーーー!!!!﹂
それに答えるように、六花が吠える。
﹁このぉ!!﹂
邪魔な赤城を排除しようと、剣を振り下ろす。
﹁オーダー﹃ソニックショット﹄﹂
ルーキー
赤城が返す刃で、﹃ナルナシア﹄の腕に向けて剣を振るう。
﹃ソニックショット﹄。それは、訓練兵で覚えられる遠距離攻撃
用のスキルだ。
ルーキーで覚えられるくらいだ。低コスト低威力のスキル。パン
ツァー相手ではビクともしない。
そのはずなのに、放たれた衝撃波は、﹃ナルナシア﹄の腕のパー
332
ツに大ダメージを与え、力負けし、腕があさってのほうに弾かれる。
ブースターで加速していたのも悪かった。
﹁くっ!﹂
一気に、﹃ナルナシア﹄の体勢が崩れる。進行方向とは逆側にブ
ースターを起動させ、何とか距離を持とうとするが、その隙を見逃
ヘカトンテイル
す赤城ではない。
﹁オーダー。﹃巨人の一撃﹄﹂
そして、再び現れる六本の腕。
剣が、槍が、斧が、槌が、ナルナシア目掛けて殺到する。
右腕、左腕、右足、左足が切断され、そして⋮⋮
﹁やめ⋮⋮﹂
最後に残った胴体に、槌が振り下ろされる。
吹き飛ばされるナルナシアの機体。地面と平行に吹き飛ばされ、
岩肌に激突する。
それを確認し、赤城は周囲を確認する。
周りには変化はない。﹃預言者﹄の言葉通りなら、﹃運営﹄が死
ねば、世界は元に戻るはずだ。
変化がないということはまだ、彼女は生きているということ。
﹁なら、トドメを刺すだけのこと﹂
そう決めて、その機体に向けて歩き出すと、
﹁⋮⋮待てよ、この糞野郎﹂
︱︱背後から声がした。
333
◆◇◆◇◆
自然と、声を出していた。
﹁⋮⋮待てよ、この糞野郎﹂
起き上がり、朽野はゆっくりと赤城の元に歩き出す。
すでに、その体は死に体だ。
映る視界は虚ろ、意識はぼんやりする癖、失った右腕からは狂い
そうな程の痛みを発している。
﹃頑張るねぇ∼。まだ、戦うつもりか?﹄
胸糞悪い、しかし懐かしい声がする。
﹁黙れよ。運営﹂
視界に映るのは、赤いマントの中年と、白いモヤが作り出す人型
だ。
朽野の言葉に赤城は首をかしげている。
その動作に、朽野は小さく笑う。
彼には見えていない。つまりはこれは幻だ。痛みのあまり精神の
何処かがおかしくなったのだろう。
﹃そう、これは幻。だって、君の知る運営はもう死んでいるのだか
ら、で? 君はそんなになって何がしたいのさ? 結構、痛いだろ
う、それ﹄
334
痛い、痛いに決まっている。見ればわかるだろうそんなこと。
気が狂いそうになるほどの激痛と、右腕から何かが抜け落ちてい
く感覚。
こればっかりは慣れることはない。
﹃なら、見捨てればいい。死んだふりでもしてそのまま事態が済む
までじっとしておけば、案外助かるかもしれないよ?﹄
あ∼、名案だ。
だが、てめぇが言うなら逆に逆らいたくなる。
それに、ここで彼女を救い出せば、俺に惚れること間違いなし。
パーフェクトプランだ。
﹁⋮⋮死にたいのか?﹂
赤城がこちらを見てそう言い放つ。
こっちに話しかけないでくれ。答える余裕なんてないんだ。
確かにこちらのHPは0。シールドがなければ戦いようもない。
だけど⋮⋮
左手には、﹃リーチェの霊薬﹄。口で蓋を明け、一気に飲み干す。
復活とHPの完全回復がセットになったお得な商品だ。
﹁なんで、アイテムを持っている?﹂
赤城が疑問を口にする。ああ、確かにHPがゼロになればアイテ
ムボックスの使用は不可能だ。
なら、簡単だ。ゼロになるまでのわずかな間、その間にアイテム
を引き出せばいい。
﹃その右腕は治らなかったけどね﹄
335
運営が笑うようにいう。
当たり前だ。
この世界のアイテムは肉体には干渉できない。復活系のアイテム
はシールドを回復させることは出来るが肉体の破損には効果を発揮
できないのだ。
﹃まぁ、それでも君は彼女を見捨てることが出来ないだろうね﹄
⋮⋮本当にうるさい。幻なら黙っていてくれ。
朽野は駆け出る。けが人とは思えない程の加速。しかし、いつも
の彼に比べると幾分か劣る状態だ。
赤城は、小さく舌打ちし、剣を構える。
そんな2人の状況を無視し、運営の口は止まらない。
﹃⋮⋮君は冷たい人間だ。普段は色々とフザけたことをやって人懐
っこいように見えるが、イザとなれば他人を簡単に切り捨てる﹄
﹁オーダー! ﹃トレーロ・マタドール﹄!﹂
赤城の剣を、赤いマントが包み込む。
赤城が警戒し、周囲を見渡す。しかし、朽野が現れたのはマント
の下。
転移せず、その場に留まり、周囲に転移すると思い込んだ赤城の
隙を突かんと、突剣を走らせる。
﹃だが、一度懐に入れた相手は絶対に見捨てない。そう、絶対にだ﹄
336
うるさい!黙れ!お前に俺の何が解るっていうんだ。
そう心の中で、怒鳴り。そして、気づく⋮⋮
赤城の目が、こちらをじっと見ているということに⋮⋮
つまり、それは朽野の行動は完全に読まれていたということ。
その姿には隙は無く。その剣はすでに振りかぶられており⋮⋮
﹃解るさ。だって⋮⋮﹄
そんな状況でも、﹃運営﹄の言葉は止まらない。
それと共に赤城の刃は断罪するように、その剣が振り下ろされる。
﹃だって、君は、僕自身なんだから⋮⋮﹄
その言葉を最後に、
赤城の刃は、朽野の首を意図も容易く跳ね飛ばした。
337
DEAD END︵後書き︶
※まだ、続きます。
ご意見、ご感想お待ちしています。
338
DEAD END⋮⋮か∼ら∼の∼?︵前書き︶
800pt達成しました。ありがとうございますっ!
339
DEAD END⋮⋮か∼ら∼の∼?
︽警告:右足、大破。左足、大破。右手、大破。左手、大破。コッ
クピット、中破。メインモニター異常なし︾
︽警告:マナタンクより燃料漏れを確認。引火の可能性あり。当機
より退避してください︾
︽警告:内部ケーブルに切断により、外部スピーカー及び、集音機
に異常発生︾
﹁う⋮⋮﹂
赤く点滅するコックピット内。
響くのは警告音と、機体の状態を知らせるアナウンス。
その音に、六花は目を覚ます。
左目は空かずない。触ると額から流れ出た血が左目を塞いでいる
のが解る。
肉体にダメージがある。つまりはHPはすでに0ということ。
だから、右目だけを開ける。
球体を描くコックピットは、拉げており、どこか配線が切れたの
かスパークを繰り返す。おまけに外部を写すモニターは、蜘蛛の巣
状のヒビが入っている。
起き上がろうとし、腹部に激痛が走る。見ると鋭い金属の破片が
突き刺さっている。
︵ここ、は?︶
何故、ここにいるのか解らない。
天牙を救おうとして、朽野と共に、現場に向かって⋮⋮それで?
頭が働かない。どうやら、思ったより血を流しすぎたようだ。
意識が混濁とした状況。しかし、そんな六花の状況をモニターに
340
写る光景が一気に吹き飛ばす。
﹁朽野!﹂
右腕を失った朽野の姿。その姿に、六花の記憶が蘇る。
﹁朽野、駄目! 戦っちゃ!﹂
朽野が戦意を失っていないのはモニター越しでも理解出来る。
朽野がなんらかの薬を口に含むと同時に、その手に細剣が現れる。
そして再び、赤城に襲い掛かる。
﹁動いて、動いて! くそ、動いてよ!!﹂
六花はコントロールキーを叩きつける。
現在の六花はHP0だ。つまり、ゲーム的には死んでいるという
ことであり、﹃ナルナシア﹄を動かすことは出来ない。
そうでなくとも、両手両足が破壊された状況では背中に背負った
ミサイルくらいしか使えるものがない。
それに気づいた六花は、ハッチに向かおうとするが、腹部に燃え
るような激痛が走る。
動けない。自分とシートを縫い付けるように突き刺さっている金
属片。
覚悟を決めてその金属片を掴む。手から血が出るが関係ない。
﹁ああああああああああああああ!!﹂
引き抜こうと力を込める。あまりの痛みで視界が真っ赤に染まる。
肉を裂く、嫌な感触。しかし、金属片は僅かしか動かない。
視界が、ゆっくりと暗くなる。
血を零し過ぎたのだろう。このままでは確実に死んでしまう。
だが、そんなこと、今の六花には関係ない。今は、一刻でも早く
朽野の元に駆けつけることだけしか頭にない。
モニターの中で、朽野が真っ赤なマントを翻す。
341
彼のスキル﹃トレーロ・マタドール﹄だ。防御と瞬間移動、双方
の効果を持つそのスキル。
しかし、彼は移動せず、赤城の攻撃を掻い潜り、そして⋮⋮
﹁駄目っ!﹂
そんな朽野の意図を読んでいたのか、周囲を見ることなく剣を振
り上げる赤城。
朽野がマントの下から姿を現したと同時に、その剣を振り下ろし
⋮⋮
﹁止めっ⋮⋮﹂
その剣は、彼の首を意図も容易く跳ね飛ばす。
﹁∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼!!﹂
声にならない悲鳴を上げる。六花。
そして、そのまま、崩れ落ちる。
死んだ?朽野が?そんなまさか⋮⋮
乾いた笑いが、喉から零れ落ちる。
しかし、モニターの映し出す首の無い彼の姿は間違いなく本物で、
否応無しに彼女に現実を突きつける。
﹁ごめん、ごめんね⋮⋮﹂
涙が、あふれ出る。
苦悶の表情を浮かべる彼の首に、只管謝り続ける。
自分と関わったばっかりに、彼を殺してしまった。その現実が彼
女を蝕んでいく。
六花は死というものは慣れ親しんだものだ。
前世の、あの死がありふれた世界で、次々に死んでいく見知った
人達。彼女を引きこもりにさせたのは研究の為でもあるが、同時に
342
そういった現実から逃れる為でもあった。
それでも、今までで一番、胸が痛い。まるで自分まで死んだかの
ような空虚感。
﹁ああ、そっか⋮⋮﹂
好きな人が死ぬってこんなに苦しいことなんだ⋮⋮
普段は、お馬鹿で女の子の胸や顔ばかりに眼がいって
いいところを見せようと格好つけようとして、毎回失敗して⋮⋮
だけど、仲間思いで優しくて、戦いの時はとても格好良くて、命
がけで自分を守ってくれた青年。
そんな彼を自分が思っていた以上に好きだったのだ。
﹁は、ははは⋮⋮﹂
涙を流しながらも、六花の口からは笑いが零れ落ちる。
そんな彼を巻き込んで殺したのは自分だ。
ならば、彼を追って死ぬのも悪くは無い。
﹁だけど⋮⋮﹂
血の気を失った顔で、六花はモニターを睨みつける。
ゆっくりと、彼女に近づいてくる赤いマントの中年。先までは恐
怖の対象だったその姿に、最早恐怖は感じない。
変わりに彼女を占める感情は怒りのみだ。
﹁⋮⋮あなただけは、許さない﹂
彼を殺した男。せめて、一矢は報いようと、コントロールキーの
後ろにある赤いスイッチに手を伸ばす。
自爆装置。﹃ナルナシア﹄に最初から設置された装置だ。
前使用者のこだわりが込められたこの機体。形式美として取り付
けたのだろう。
343
最初、この装置を見かけた時は、この意味の無い装置に呆れたも
のだが、今は感謝している。
この機体のマナタンクは大型だ。まだかなりのエネルギーが残っ
ており、いかに彼が化け物じみていても。無傷に済むはずがない。
無論、朽野が彼女の死を望んでいるはずがない。
そのことを理解しつつも赤城を傷つけ、同時に彼の元にいけると
いうのは絶望しきった彼女には魅力的すぎた。
﹁⋮⋮朽野、ごめん﹂
そのスイッチを押そうとした瞬間︱︱
﹁え?﹂
見知らぬログが走る。
それが何か気づくより早く緑色の光が、モニターを埋め尽くした。
◆◇◆◇◆
目の前に、死体が転がっていた。
出来立てほやほやの死体。それを作り出した張本人は、感慨なく
見つめている。
誰かを殺す。それは、赤城にとっては日常茶飯事だった。
前世ではコロッセオの剣奴として、そして、奴隷から開放されて
は、兵士として多くの血を流し続けてきた。
彼は仲間を大事にしていたが、常に仲間が死んでいく環境下に育
った彼は、誰が死のうが取り乱すことはなくなった。
ましては面識の無い敵を殺したところで、罪悪感を感じることは
まずない。
彼が英雄として祭り上げられるまでに捧げられた血は膨大で、数
多くの躯で出来たその道を今更、引き返すことなど出来やしなかっ
344
た。
︵一度、リセット出来たと思ったのになぁ︶
苦笑する。前世の戦場で命を落とし、平和な日本という国に再び
生まれ落ちた彼は、戦場に比べ刺激の少ない能天気な日常に退屈し
つつも、その退屈さに満足していた。
だから、世界が戦乱になった時、再びその退屈な日常を取り戻そ
うとした。
同じ思いの仲間と集い。戦場を駆けぬけ、多くの仲間が大地に帰
った。
東京に味方ついたのは、東京が世界を元に戻すことに力を入れて
いたことと、東京に﹃預言者﹄がいたからだ。
﹃預言者﹄の力を認めた彼は、﹃預言者﹄の狗となって戦場で暴
れ続けた。
それが、世界を救うことになると信じて、そうして走り続けて、
振り返れば再び出来上がった躯の道。
結局、リセットなど出来やしなかった。
平和の為と大儀を唱えつつも、やっていることは変わらない。
自分が戦場でしか生きられない生き物だと思い知らされた。恐ら
く世界が元に戻っても、犯罪をやらかして刑務所行きだろう。
赤いマントをぎゅっと握る。
もう、自分には平和を享受する資格はない。このマントが赤いの
はそれを忘れない為のものだ。
しかし、そんな彼でも、強敵には敬意を払うことは出来る。
彼は強かった。あっさり倒したように見えるが、もし自分が大戦
345
アシミレーション
後、身につけた﹃巨人同化﹄なんて奥の手を持っていなければ︱︱
ムスケテール
つまり大戦時であれば、負けていたのかもしれない。
銃士、高火力に、癖の強いスキル。そして紙装甲という、ハズレ
ヘカトンテイル
職にしか思えない職業だが、その特性を彼は十分に使いこなしてい
た。
﹃巨人の一撃﹄という常識外の能力を持つ自分が負けるなど可能
性は低いが、そう思わせるだけの力を持っていた。
︵すまんな⋮⋮︶
背後に倒れる朽野の遺体に視線だけを向け心の中で、そう唱える。
そして、最後の仕上げと、﹃ナルナシア﹄に足を向けて⋮⋮
そして、ふと、違和感が生まれる。
見間違いだと、思う。だが、今僅かに⋮⋮
﹁死体が⋮⋮動いた?﹂
赤城の視線の先には、朽野の遺体。その指がぴくり、と動いたよ
うな気がしたのだ。
赤城は、ふっと笑い、小さく首を振る。
日本の常識が崩壊したこの世界。それでも、変わらないルールが
ある。
死者は蘇らない。世界の変革で異能というシステムが組み込まれ
てもそこは変わらない。
回復職も、回復用のアイテムでも干渉できるのは、相手のHP、
ウロボロス
つまりはシールドであり、人体の損傷は回復させることは出来ない
のだ。
しかし︱︱
≪ユニークスキル﹃輪廻の蛇?﹄の発動を確認≫
346
ログが、流れた。
ユニークスキル。それは、この常識外れの世界においても、その
常識の外にある異界のスキル。
■ステム
≪ユ■ドラシルへのハッ■■グを確認。輪■の理に異■が発生。警
告します。このスキ■の使用は、ゲームのルール上禁■され■■さ
れており、ゲーム規■を大いに逸■してお■ます。スキ■■使用を
た■■に中止し■■ださい。くり■し、警告、しま⋮し■、しま■
■■ま、しし■しししししししし■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■≫
理解不能なログが流れる。
文字化けし、何が書いているのか半分も理解出来ない。
しかし、彼の常識から外れたことが起きているのだけは理解でき
る。
直感に従い、その発生源であろう朽野の遺体に振り向き、それと
同時に、彼の遺体が緑色の閃光を放つ。
﹁あははははははははははははははははははははははははっ!!!
!﹂
響き渡る狂ったかのような笑い声。
体が、震える。そう、この声、この気配。覚えがある。
︱︱脳裏に浮かぶのは、赤く燃え上がる森林。その中心にいるの
は︱︱
347
忘れがたい記憶。死の恐怖を克服した赤城が恐れる未知の存在。
そして、思い出したのは朽野の言葉。彼は二度、自分を倒した、と
はったりだと思った。だが、もし、もしも、それが本当だとした
ら⋮⋮
≪警告:ユニークモンスター﹃緑の騎士﹄が出現しました≫
その警告に、自分の予想が当たってしまったことを悟る。
光が止む。そこにいるのは黒になり切れない深い、深い緑の鎧を
着込んだ騎士の姿。
﹁はっ、そうかよ。てめぇが、﹃緑の騎士﹄か! ああ! 少年!﹂
騎士は語らず、しかしその叫びに答えるように、その一歩を踏み
出した。
348
DEAD END⋮⋮か∼ら∼の∼?︵後書き︶
ご意見、ご感想お待ちしております。マジで⋮⋮︵´・ω・`︶
349
そんなこんなで決戦開始?
アーサー王を取り巻く物語の一つに﹃ガウェイン卿と緑の騎士﹄
と呼ばれる物がある。
アーサー王と円卓の騎士達が宴をしていると、どこからともなく
緑色の髪、緑色の衣装を身につけた騎士が現れたという。
緑の騎士は、円卓の騎士達にひとつのゲームを持ちかける。
﹃首切りゲーム﹄
大鉈で、自分の首を切り落としてみろ。と騎士達に挑発。それに
乗ったガウェイン卿は、騎士の首を一撃で切り落とすが、首を失っ
た騎士は全く動じず、自分の首を拾い上げ、そして言う。
﹁一年後、緑の礼拝堂で待っている。今の一撃をお前に返してやる﹂
と⋮⋮
◆◇◆◇◆
﹁う、そ⋮⋮﹂
ひびが入ったモニター。そこには一体の甲冑が立っていた。
2mを超える巨体。しかし、無駄を削いだその体のせいかシャー
プに見える。
その表層はダークグリーン。その色はどこまでも濃く殆ど黒に近
い色になっている。
見た目だけでいえば、このゲームと化した世界では珍しいもので
350
はない。
この自己主張の激しい世界で、緑色なだけの甲冑など寧ろ地味な
類だ。
だが、そのなんら変哲もない鎧の姿に、六花に恐怖を覚える。
本能が恐れているのだ。モニター越しの相手に、だ。
赤城が、﹃緑の騎士﹄に向かって何かを吼える。
そして、再び浮かびあがる巨人の手。その手には巨大な弓。
極限まで引かれた矢が放たれる。その向かう先は、緑の騎士では
なく⋮⋮
︵私?︶
アラートが響き渡る。
しかし、その矢が、彼女に到達することはなかった。
矢の斜線上に入り込んできたのは緑の甲冑。
騎士の手に細剣が生まれる。騎士の体格に合わせて大きくなった
炎を象った細剣は、次の瞬間踊るように舞い。
それに絡め取られた矢は、明後日の方向に飛んでいく。
パリィ。
それを見て、鎧の中身が朽野であることを悟る。
あれはスキルではない。朽野が努力によって身に着けた異才だ。
一瞬、緑の甲冑が、こちらを見る。
何の感情を反映させない甲冑だが、その僅かな仕草にこちらを心
配しているのがわかる。
その瞬間、彼女の中での恐怖は綺麗に消え去る。それと共に安堵
からか、自然と涙腺が緩む。
良かった。彼は死んでいなかった。
だが、同時に疑問が生まれる。
351
ウロボロス
彼が使ったであろうスキル﹃輪廻の蛇?﹄。
このスキルには覚えがある。
彼女が元居た世界﹃アーガイズ﹄。
その世界の危機に立ち上がった勇者のパーティーに﹃輪廻の魔女﹄
と呼ばれる者がいた。
彼女は500年ほど前、人は死んでも輪廻の輪を潜り再び、生ま
れ変わることを証明した。
﹃魂とは何か?﹄。それを研究し続け、編み出した秘儀により、
輪廻の輪を潜るとリセットされる記憶と魔力を継続させることに成
功する。
結果として彼女は死んでは蘇り、その繰り返しで力を蓄え、勇者
ウロボロス
のパーティーに選ばれる程の力を有することとなる。
その秘儀の名前は﹃輪廻の蛇﹄
では、朽野は﹃輪廻の魔女﹄なのだろうか?
脳裏にそんな考えが浮かぶが否定する。彼女は﹃輪廻の魔女﹄と
は面識がある。と、いうより同じ組織に属し、魔族に一矢報いよう
と共同で研究したこともある。
一方的ではあるかも知れないが友情のような感情を持っていたの
も確かだ。
﹃輪廻の魔女﹄の性格は熟知しているつもりで、少なくとも異性
の行動で一喜一憂するような性格ではないし、彼が﹃輪廻の魔女﹄
であれば、彼女の能力を見て、何の反応も無いのはおかしい。
ウロボロス
それに、彼女の知る﹃輪廻の蛇﹄は記憶と力を継続したまま転生
する能力だ。
死んですぐ復活するような力でもないし、ましては﹃ユニークモ
ンスター﹄、つまりゲームにおけるボスキャラに生まれ変わるよう
な能力ではない。
352
そんなことを考えていると、ガコン、とコックピットの上で、何
かがぶつかる音がする。
そして次いで聞こえるのは、ごん⋮⋮ごん⋮⋮ごん、と誰かが歩
く音。次の瞬間、響く火薬のはじける音が響き渡る。
六花は、未だわき腹に突き刺さった金属のせいで動けず、しかも
HPは0だ。戦いようもない。
緊張した面持ちで、ハッチを見ていると一つの影がコックピット
の中に滑り込んでくる。
影は何も言わない。しかし、その姿に六花はほっとする。
見知った姿だ。長い黒髪、まるで日本人形のような整った容姿の
少女、天牙だ。
﹁良かっ⋮た。無事だったんだ﹂
言葉がかすれる。思ったより血を流したらしい。
天牙は、なきそうな表情でこちらを見て、何か言おうとして、そ
して顔を真っ青にする。
どうやら、六花の腹部に刺さった金属片に気づいたらしい。
六花は、引き抜こうとして、動きと止める。代わりに取り出した
のは、水色の液体の入った瓶。
それを、六花の傷口に数滴垂らす。
﹁⋮⋮っ﹂
突き刺すような痛みと共に、傷口が音を立てて凍っていく。
﹁ごめん、手持ちの医療器具じゃ、この傷はふさげないから⋮⋮﹂
凍らせて出血を抑えるつもりらしい。
泣きそうな表情で、ごめんなさいを繰り返す天牙の頭を撫でる。
彼女に何があったのかわからない。
彼女のせいで、朽野は一度死に、六花は傷を負った。
だが、不思議と彼女を攻めるつもりにはならなかった。
353
彼女が臆病なのは知ってる。その臆病な彼女が今回のような無謀
な行動に出たのにはそれなりの理由があるのだろう。
朽野が殺された瞬間を思い出す。
復活したからいいものの、彼が殺されたとなれば、周囲のことを
考えず復讐に走るに違いない。
だから、彼女はいう。
﹁⋮⋮彼を、助けて﹂
二度と彼を失いたくない。それゆえの懇願。
だが、一瞬の躊躇の後、彼女は首を横に振る。
﹁ごめん、なさい。今の私の状況だと足手まとい。いざとなったら、
六花ちゃんを連れて逃げるくらいしか出来ない﹂
そういって彼女は自分の足を見る。
パンパンに腫れた足。もしかしたら骨折しているかもしれない。
スピードが一番の武器である彼女にとって致命的な傷だ。
モニターの向こうの騎士が、赤城に向かい合う。
六本の腕を広げる赤城。あれの恐ろしさは肌で感じている。パン
ツァーでさえ、一撃で破壊するその破壊力。
朽野があの姿になってどれだけ強くなったか知らない。だが、あ
れに立ち向かうのはどう考えても無謀だ。
﹁大丈夫、朽野は負けない。緑の騎士になった朽野は⋮⋮﹂
その心配を感じ取ったのか、天牙はいう。
その眼に浮かぶ感情は揺らぐことの無い信頼。まるで、すでに結
果が見えているかのように笑みを浮かべ言葉を繋げる。
﹁緑の騎士になった朽野は⋮⋮無敵だ﹂
354
そんなこんなで決戦開始?︵後書き︶
⋮⋮すみません。次回から反撃に入ります。
ご意見ご感想お待ちしております︵汗︶
355
そんなこんなで決戦開始?︵前書き︶
900pt突破!1000まであと少し皆様ありがとうございます
!
356
そんなこんなで決戦開始?
︱︱死の感覚は、未だ慣れることはない。
時に心臓を貫かれ、時に生きたまま焼かれ、時に嬲り殺され、
そして、振り下ろされる剣を見ながら、そういえば首を跳ねられ
るのは経験したことなかったな、と
朽野はそんなことを考えて⋮⋮
首が跳ね飛ばされる。
首に、冷たい金属が食い込んでいく感触。
焼け狂うような痛み。
早く意識を失いたいのに死を受け入れられない脳みそは逃げるよ
うにと感覚を間延びさせていく。
1秒が10秒へ、10秒が100秒へ。
ぽん、と宙へと飛ばされた首は、メリーゴーランドのようにクル
クルと周る。
その眼は首のない自分の体を映し出し、ブツリとまるでTVの電
源を落とすかのように視界をシャットダウンする。
意識を失うその瞬間、ふと思う。
⋮⋮本当に、今回も蘇ることが出来るのだろうか?と
◆◇◆◇◆
そして、彼は産声を上げる。
﹁あははははははははははははははははははははははははっ!!!
357
!﹂
その腕は緑の甲冑に、兜を通して響く声は曇って聞こえる。
気分はまるで某暗黒卿。背も大きくなったせいか、視界も更に広
がっている。
それがおかしくて笑う。笑う。笑う。笑い続ける。
なんか、色々とログが流れているが関係ない。
転生に成功して、テンションが異様に上がっている。
まさに、最高にハイってやつだ。
﹁はっ、そうかよ。てめぇが、﹃緑の騎士﹄か! ああ! 少年!﹂
赤城は忌々しそうにこちらに向かって吠えている。
あれ程、恐ろしかった赤城が全く脅威には感じられない。
何にしろ、あるのは彼に対する怒りのみだ。
ウロボロス
﹃輪廻の蛇?﹄
このスキルの効果は死亡時、﹃高確率﹄で﹃緑の騎士﹄に転生す
るというパッシブスキル。
そう、100%発動するスキルではないのだ。
99%なのでほぼ100%だが、それでも1%でも甦れない可能
性がある以上、何度も乱用したいものではない。
まぁ、確率の問題もあるが、本能が死ぬことを拒んでいる。
毎回のことだが死んでから蘇るまでの間のことは綺麗サッパリ忘
れている。
358
というより、思い出そうとすると、冷や汗が止まらなくなるのだ。
まぁ、戦場であれだけ暴れまわったのだ。まぁ、恐らくは自分が
見てきたのは地獄とかその類なのだろう。
ウロボロス
思い出せないが、恐ろしい。何としても死ぬのは回避したくなる
程に
だから、﹃輪廻の蛇?﹄に頼るのは本当に、それ以外の選択肢が
無くなった時のみ。
﹃緑の騎士﹄は強力で、一見、デメリットが少ないように見えて、
ウロボロス
本人からすると何としても使用を避けたいスキル。
それが﹃輪廻の蛇?﹄だ。
このスキルを使用させた。それだけで彼の怒りピークに達してい
る。
その怒りを察知してたのか一歩踏み出すと同時に、赤城の生み出
した巨大な両手が弓矢を構える。
極限まで引かれたその矢が向けられる先は、朽野ではなく⋮⋮
︵⋮⋮っ。六花!︶
彼は、六花を運営だと、そして彼女を殺せば世界は元通りになる
と信じている。
このまま、彼女を殺してゲームセット。そう考えたのだろう。
だが⋮⋮
﹁⋮⋮舐めすぎだ﹂
二度と敗北し、緑の騎士というものを理解していないらしい。
359
弓が放たれる。それと共に朽野が、地面を蹴る。
常識的に考えれば、矢が放たれた時点で手遅れ、追いつけるはず
がない。
しかし、緑の騎士はその常識を軽々と覆す。
2m以上の巨体が、大地を駆ける。
豪と、巨体と大気がぶつかり合う音が響く。
それは風を切り裂くといった甘いものではなく、まさに叩き潰す
かのような容赦ない進軍。
神速ともいえる勢いで、矢に追いつき、剣を振るう。
﹁ふっ!﹂
剣が、矢を包み込むような軌道を描く。
まるで踊っているかの動作。それだけで、その巨大な矢は軌道を
ずらし明後日の方向へ飛んでいく。
﹁なっ﹂
赤城が驚いた様子でこちらを見ている。 あの距離から追いついたこと、そして、朽野がダメージをおって
いないことに驚いているようだ。
﹁これも、緑の騎士の力か﹂
シリアス風にいうが、マイナス30点。
この技は、緑の騎士の身体能力は利用しているが、緑の騎士の力
ではない。
360
この世界では、剣と剣がぶつかり合うと互いにダメージを負う仕
組みとなっている。
その定義からいえば、確かにあの矢を弾いた段階で朽野はダメー
ジを負わないといけない。
だが、殆どのプレイヤーは気づいていないがそこにはひとつの抜
け道があるのだ。
ダメージを負う理由としては、互いのシールドがぶつかり合う結
果だと言われている。
言い換えれば、干渉し合う前に片方が引けばダメージにならない
ということだ。
朽野は研究し、シールド同士が干渉し合うまでの時間が0.5秒
ということを発見。
彼の使うパリィとは、その0.5秒の間に相手の攻撃を弾くとい
うもの。
まさに彼の剣技が作り出した裏ワザだ。
︵ここまではいいが、どうする?︶
悩みが生まれる。
背後にはボロボロになった﹃ナルナシア﹄の姿。
まだ、中で彼女は生きているようだが、あの状況では早く助け出
さないと色々とやばい。
さっさと赤城を倒し彼女を救うか、赤城を牽制しつつ彼女を救う
か、だ。
色々と計算し、そこでひとつの影を発見する。
木々を飛び写る女性の姿。日本人形のように整った容姿の彼女。
361
︵こんにゃろう︶
どうやら無事だったようだ。
こちらを見て、こくんと頷く。どうやらそっちは任せろ、と言い
たいようだ。
︵ならば⋮⋮︶
言いたいことは沢山あるがやるべきは一つ。
再び朽野は前を向く。そこにいるのは六本の腕を広げて待ち構え
る赤城の姿。
ふう、と朽野は息を吐き、 ﹁さあ、やり合おうか﹂
赤城も、その六本の手を展開してくる。
こうして舞台の準備は整った。後は、剣を合わせることのみだ。
362
そんなこんなで決戦開始?︵後書き︶
⋮⋮すみません、今回あまり話は進んでいません︵´Д`;︶
363
そんなこんなで決戦開始?
﹃へカトンテイル﹄
神代の巨神を模したその腕は数にして六本。
その腕が、朽野目掛けて振るわれる。
シンプルだが、強力な六方向から振るわれる必殺の攻撃。
一撃、一撃が朽野をひねり潰す力を有している。
本来であれば、その時点で朽野の運命は決していた。しかし、今
の朽野は﹃緑の騎士﹄だ。
左手に持った銃を構える。
﹁⋮⋮オーダー﹃パラージ﹄﹂
曇った声と共にトリガーを引く。
エメラルドのように染まった銃から飛び出すのはやはり、緑に輝
く弾丸。
弾丸が、一つ、二つ、四つと数を増やし、それぞれの腕を射抜く。
朽野の攻撃なら、ビクともしないその手も、緑の騎士の攻撃で、
大きく軌道をずらす。
﹁オーダー、﹃プリッツ﹄﹂
その出来た隙間を緑の騎士が疾走。朽野の剣先が向かう先は、赤
城の喉元。
大地を踏み鳴らし、豪、と風を切り裂き突っ込んでくる光景は、
恐怖でしかない。
しかし、赤城もかつては英雄といわれた存在。冷や汗をかきなが
ら口元には笑みを浮かべる。
﹁はっ!﹂
364
赤城がバックステップ。地面に落ちることなく真後ろに飛んでい
く。
よく見ると、こちらを攻撃しようとする手は5本。残る一本は、
真後ろの木を掴んでいる。
その木を引っ張ることで、後ろに飛ぶことを成功させているのだ。
プリッツの効果がなくなり、朽野の動きが止まる。瞬間、青く輝
く巨人の手が朽野に襲いかかる。
Sの字の形をした剣が、朽野の首を刈らんと迫る。
しかし、それを無視し、前へ。剣はそのまま首に食い込み、弾か
れる。
首元に走る不快感は無視。さすが、﹃ヘカトンテイル﹄という大
層な名前がついているだけあってHPもガリガリと削れる。
しかし、致命傷には程遠い。次の瞬間にはHPのゲージは元に戻
っている。
赤城の表情が忌々しげに歪む。それでも取り乱さなかったのは二
度の交戦でこちらの特性に気づいているからか。
﹁相変わらず、化け物じみた回復能力だな!反則だろ!﹂
赤城の叫びは無視。ただ、なすべきことをする為に、声を上げる。
﹁オーダー。﹃グランチャリオ﹄﹂
お返しに、と突き出した剣が﹃ヘカトンテイル﹄に向かって走る。
合計八発。次々とその腕に突き刺さる。
ある種の神聖さを放っていたその腕も魔人の攻撃に耐え切れなか
ったのか、地面に落下してくのを確認し、しかし、赤い姿が眼に入
る。
落下していく腕と、地面の間を滑り込んで来たのは赤城だ。
﹁はっ!﹂
その姿を確認し、剣を構える。が、相手のほうが早い。
365
アシミレーション
﹁﹃巨人同化﹄!﹂
五本の巨人の手を取り込んだ赤城の手に持たれているのは、威力
重視の斧。
﹁おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
お!!!!﹂
その腕からは、青い輝きと、限界を超え真っ赤な血が噴出してい
る。
朽野もそれに答えるように、剣を構え⋮⋮
﹃オーダーー!!!﹄
互いに叩き潰さんと、同時に声を張り上げる。
﹁﹃スラッシュ﹄!!﹂
﹁﹃グラン・チャリオ﹄!!﹂
青い輝きの斧と緑色の剣がぶつかり合う。
暴風が吹き荒れる。二つの剣の起こす反動が、木々を、大地を、
山そのものを揺るがす。
そして、吹き飛ばされる緑色の剣。
﹁おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!﹂
雄たけびと共に、その斧は、朽野のシールドを破壊し、その鎧ご
とその胸を切り裂く。
そして、次の瞬間。緑の騎士が、崩れ落ちるように跪く。
﹁さすが、英雄。この姿になって、討たれることになるとは、思わ
なかった﹂
緑の騎士は不敗を誇ってきた。あの大戦数多くの強敵と出会い、
しかし、緑の騎士の力で叩き潰してきた。
しかし、その結果がこれだ。
油断した訳ではない。しかし、どこかに慢心があったのかもしれ
ない。
366
傷口からは、緑色の光が漏れ出している。
それは、赤城の一撃が、緑の騎士の回復力を上回っていたことに
他ならない。
﹁いや、いい勝負、だったぜ﹂
へっと、赤城は笑う。
﹁前世じゃあ、武器を選ばないのが売りでなぁ。お陰でどんな戦場
ルーキー
にも上手く立ち回ったもんだぁ﹂
だから、選んだ訓練兵という職。装備に制限なく自分の性能を発
揮できる、そう思ったのだ。しかし⋮⋮
﹁前世に、縛られ過ぎた。かもなぁ﹂
そう寂しそうに笑い、そして、先まで響いていた戦場の音が消え
うせていることに気づく。
﹁部下共も⋮⋮全滅したか﹂
タバコを取り出し、火を付ける。
﹁てめぇ、名前は⋮⋮﹂
﹁朽野、伸也﹂
何とか、搾り出した声は自分が思った以上に掠れていた。
指先から緑の光が漏れ始めている。緑の騎士としての体が崩壊し
始めているのだ。
﹁そうか、朽野、伸也。誇れ、てめぇは、英雄たる俺を下したのだ
から、な﹂
ごふ、と赤城の口から血が噴出す。見るとその胸にはぽっかり穴
が開いている。
緑の騎士の左手に握られた銃。そこからは、硝煙が立ち上ってい
る。
﹁その考えが既に前世に縛られ過ぎたってんだよ﹂
﹁はっ、違い、ない﹂
そういって、赤城の体はゆらり、と揺れ、そのまま地面に崩れ落
ちる。
367
﹁じゃあ、な。朽野。来世か地獄か知らんが、また、やり合おう、
ぜ﹂
にぃ、と深い笑みを浮かべ、そのまま動かなくなる。
﹁あの世だろうが前世だろうが、死ぬのは御免だ﹂
その姿を見届けた後、緑の騎士の体が、塵となって消えていく。
最後に、﹁ああ、死にたくないなぁ﹂という言葉を残して⋮⋮
368
そんなこんなで決戦開始?︵後書き︶
ご意見ご感想の程お待ちしております︵汗︶
369
エピローグ︵表︶︵前書き︶
お待たせしました。仕事のデスマーチが終わりようやく投稿できま
す。
370
エピローグ︵表︶
体の感覚が失われつつある。
天牙の処置で、出血は抑えられているが、腹部に穴が空いた状況
は変わることはない。
それでも、この場にとどまっているのは、二人の戦いに巻き込ま
れるリスクを抑えることと、六花自身の我が儘にほかならない。
意識が途絶えそうになる。それを必死で堪えながら、ひび割れた
モニターに映し出される戦いを見届ける。
それは、今まで見た戦いの中で最も苛烈な戦いだった。
四方から迫る赤城の攻撃を、緑の弾丸で軌道をずらし、僅かに出
来た隙間を迷いなく飛び込む。
皆、赤城を化け物か何かのようにいうが、朽野も普通ではない。
緑の騎士という圧倒的なアドバンテージがあるとはいえ、並の戦
士ではあのような曲芸が出来るはずがない。
戦いの流れを把握し、自分の生き残る道を冷静に辿っていく。
転生者という圧倒的なアドバンテージの前に一度は倒れたが、同
等のチートを手に入れた今、互角以上の戦いを演じている。
二人のぶつかり合いは地形を変えていく。
高位のパンツァー乗りでも、この暴風の中に巻き込まれればあっ
という間に鉄塊へと形を変えるだろう。
︵勝てる︶
天牙の言葉の意味を理解する。
371
﹃無敵﹄その言葉の意味を⋮⋮
緑の騎士の異常なまでの回復能力と、攻撃力。
そして、朽野の冷静な判断力と剣技。
勝てる。そう思えた。彼に勝てる者は、このゲーム化された世界
には無いと確信が持てる。
事実、前世でも今世でも英雄とまで言われた赤城を追い詰めてい
く。
しかし⋮⋮
その戦いの結末は、彼女達の予想外の形で幕を閉じる。
﹁じゃあ、な。朽野。来世か地獄か知らんが、また、やり合おう、
ぜ﹂
胸に穴を開けた赤城がふてぶてしい笑みを浮かべながら、地面に
倒れる。
﹁あの世だろうが前世だろうが、死ぬのは御免だ﹂
そういったのは、朽野。その言葉と共に、緑の騎士の体が、ゆっ
くりと崩れていく。
﹁ああ、死にたくないなぁ﹂、その言葉を最後に彼の体は完全に消
え失せる。
﹁う、そ⋮⋮﹂
信じられない。あれ程の力を誇った朽野が、負けるだなんて⋮⋮
天牙から無敵とまで言われた彼が負ける。彼女がいう通り、彼の
実力は本物だった。
﹃無敵﹄とまで言われる程の回復能力に剣技。その二つを持つ彼
が負けるはずがない。
372
﹁あ⋮⋮﹂
しかし、目の前の光景は、紛れもない本物で⋮⋮
﹁あ、あ⋮⋮﹂
視界が歪む。フラフラとしていた視界は更にクルクルと回転を始
め⋮⋮
﹁ああああああああああああああああ!!﹂
二度の彼の消失に耐え切れず、彼女の意識は、暗闇へと落ちてい
った。
◆◇◆◇◆
そして、再び目を覚ます。
そこで見たのは、真っ白な天井だ。
﹁み⋮⋮﹂
﹁見知らぬ天井だ⋮⋮なんて、言わんといてよ﹂
クスクス、と笑い声が聞こえる。
振り返ると、笑みを浮かべた少女が目に入る。
椅子に座りこちらを覗き込んでいる。
まん丸なメガネとタレ目の瞳。浮かべる笑みが何処かほんわかし
た雰囲気を醸し出している。
﹁こ、ここは?﹂
373
﹁ここは、キャメロット城の救護室。そんでもってうちは、朝倉っ
ちゅーねん﹂
周囲を見ると、そこは
﹁あ、私は⋮⋮﹂
﹁六花ちゃんやろ? 上から聞いてるよ﹂
クスクスと、少女は笑う。
﹁で、六花ちゃん、体調どう? お腹の傷、一応塞いだんけど﹂
そう言われて、はっとする。
病人のような白い服。慌てて服を捲し上げると、白い腹部に、縫
った跡が目に入る。
﹁ここ、神奈川の中心やから、それなりの医療に関しての知識とか
設備が集約している訳やけど、どーしても前の日本のようにはいか
んくてなぁ。ごめんなぁ。傷、残ってもーた﹂
しゅん、とする目の前の少女に申し訳なくなる。世界がかわり世
界の法則が変わった。
今まで使えていた道具の材料が手に入らなくなり、代わりの素材
が手に入るようになったが、何分回復薬というとプレイヤーのシー
ルドを回復させる代物。
かつてのような医療を行うのは難しい。寧ろ、ここまで綺麗に塞
がっただけでも驚きなのだ。
﹁いえ、ここまで治療してもらえて、本当ありがとうございます﹂
だから、伝えるのは感謝の意。その言葉に気分をよくしたのか少
女の笑みは深くなる。
﹁あはは、ええねんええねん。まぁ、こんな世界になった分、へん
てこな薬はいっぱいあってな。一ヶ月寝っぱなしになる薬とか。す
まんけど、ちょっと長い間、寝てもらってたで。お陰で傷はもうば
っちりや﹂
﹁あ、あの!﹂
そのまま、只管話続けそうになる彼女の言葉を遮る。どうしても
374
気になることがあるのだ。
この病室にいるのは自分と彼女だけ。天牙と朽野の姿がない。
﹁あ、あの、私の仲間達は?﹂
﹁ああ、天牙ちゃんは、今、別んとこいるけど、大丈夫。骨折しと
ったけど。時間おけば元通り動けるはずや﹂
﹁朽野は?﹂
そう言うと、彼女の表情は曇る。
﹁朽野、伸也⋮⋮あー、彼は﹂
言いにくそうに、彼女は言いよどむ。
﹁すまん、彼、死んだんよ﹂
◆◇◆◇◆
ガタガタ、と馬車が走る。
木を使ったアンティーク調の内装。豪華さは無いが、しかし途方
もないコストがかかった馬車であることはわかる。
世界樹やら物騒な名前のつきそうな素材を、職人、或いは廃人と
言われる生産職を何人も集め作ったそれは、パーツ一つで一財産に
なりかねない。
普段の彼女であれば、緊張し恐縮してしまうものだが、今の彼女
にはそんなこと気にならない。
馬車の正面に座るのは朝倉だ。時折、従者に指示を出している。
彼女は何者か?聞いたところ、彼女はキャメロット城の騎士見習
いとのこと。
今は、東京とのいざこざでベテランは八王子や町田に向かってい
る為、人手不足とのことだ。
375
ともあれ、今は双方とも落ち着いているとのこと。東京軍も撤退
を開始。町田はすでに神奈川が取り戻したとのことだ。
﹁ここが有名な横浜中華街。 横浜、海に面しているから、日本各
国から美味しい素材が常に仕入れられてな。 料理人達が見たこと
のない素材を調理しようと頑張ってんねん。変な料理ぎょうさんあ
るけどめっさうまいで﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
彼女が一生懸命、気をまぎわらそうと頑張っているのはわかるが
答える気力がわかないのだ。
外には、東京や町田と違った中華風な赤い町並が広がっている。
記憶の中にある横浜中華街に比べ、かなり雑多で活力に溢れてい
るように思えるが、今の彼女にはどうでもいい。
まるで、世界に色彩が失われてしまったかのような感覚。
﹁えーっと、これから、六花ちゃんはこの先にある屋敷に連れて行
かないといけないんよ。六花ちゃん、色々事情は複雑やし、護衛の
騎士も何人かつく予定や﹂
﹁つまりは、軟禁されるというわけね﹂
﹁すまん、そういうことや。うちは一緒にいけないけど。問題が片
付いたら外出れるっちゅうし、そしたらご飯でも食べに行こう﹂
﹁⋮⋮うん﹂
微笑んだつもりだがうまく笑えただろうか?
そんな彼女の様子に、朝倉は小さくため息をつく。
﹁あんたの思っているような奴やないで、あいつは⋮⋮﹂
﹁彼を知っている?﹂
﹁うちも戦争に参加した口やからな。彼には色んな噂があんねん。
村を焼き払った。背後から仲間を襲った。東京の住民を虐殺した、
376
とかね﹂
その言葉に、六花は目の前の少女に殺意を芽生える。
﹁⋮⋮ただの噂でしょ?﹂
六花は目鼻立ちが整った西洋風の顔立ちをしているだけあって、
睨むと怖い。そこに殺気が含まれれば尚更だ。
しかし、戦場上がりを自称するだけあって朝倉は揺るがない。
朝倉はメガネを外す。
そこには、先ほどまでの彼女はいない。優しげな雰囲気は消え、
浮かぶのは冷たく鋭い刃のような表情が浮かび上がる。
﹁ああ、確かに噂だ。公式記録にはそのようなことは全く書かれて
いない。だが、火のないところには煙は立たない。そして、戦場と
いう混沌は何を引き起こすか解らない﹂
関西弁が消える。射抜くような目が六花を捉える。
﹁戦場の狂気に犯される者など幾らでもいる。そして、彼は幾度と
なく死んだ、と聞いてる。死の恐怖に晒され続け果たしてまともな
精神状態を保っているかわからんよ。少なくとも、私から見た彼は
まともだと思わない﹂
軽薄で、だけど、優しく、六花のような出会って間もない人間の
為に命をかけられる人間。
しかし、そういったところを除けば、自分の知る彼は、ごく普通
の青年だ。
だが、彼と知り合ってまだ、数日の付き合いだ。彼のすべてが解
るわけがない。
﹁転生者である君ならわかるだろう?死というのがどれだけのもの
か。どういう定義で転生が行われるかしらんが、大抵は英雄やそれ
に反する存在。何らかの功績を残した者が転生するパターンが多い。
そんな彼らでさえ、死の恐怖でどこかおかしくなっている者は数多
く見てきたよ﹂
377
彼女も転生者だ。一度は死んだことがある。 確かに自分が死んだ時のことは記憶にない。というより思い出せ
ないのだ。
ただ、何か恐ろしいことがあったことだけは覚えており、思い出
そうとすると冷や汗が止まらなくなる。
﹁彼は普通だ。しかし、英雄でさえ耐え切れなかった死の恐怖を何
度も味わい。果たして彼が普通の精神を宿していられるか、私は疑
問だ。笑顔のまま、ナイフを突き刺してこないとも限らんよ﹂
確かに、それもありあえる話。一見、普通でも異常性を抱えてい
るというのはよく聞くパターンだ。
しかし、彼女の言葉に、自然と怒りが湧いてくる。
﹁⋮⋮そう? 彼がそんな人物だと思わないけど?﹂
﹁たった、数日で⋮⋮﹂
﹁数日でも! 沢山、沢山守ってくれた。体を張って助けてくれた
恩人なのよ。良いところも悪いところもいっぱい見てきた。だから
断言するわ。彼は強い人。私の知るどんな人よりも! たかだか何
度かの死で変わる程ヤワなはずが無い!﹂
﹁自分の見込み違いだったら?﹂
﹁それは自分の見る目がなかった。それだけの話なだけよ。それに
彼に救われた命。彼に奪われるならまだマシってやつよ﹂
そう言い切って、朝倉を正面から睨みつける。
ああ、いなくなった人間のことでなんでここまで熱くなっている
のだろうか?
彼がそんな危ない人物だったとしても、最早関係ない。だって、
彼はもう存在しないのだから⋮⋮
涙が溢れそうになりつつも、毅然とした表情を保とうと顔面に力
を込める。
そんな六花の姿を見て、朝倉は小さく、﹁はぁ﹂とため息をつき、
378
再びメガネをかける。
﹁何?﹂
と、敵対的な態度を解かない六花に、朝倉は小さく微笑む。
﹁⋮⋮いんや、モテないモテない騒いどった彼が、こんなにも愛さ
れるようになったんやな。と思ってな﹂
先ほどの柔らかい表情に戻った彼女は、しかしどこか寂しそうに
そうつぶやく。
﹁目的地、変更や。うん、打ち合わせ通りに。うん、おおきに﹂
そう、従者に伝えると、馬車が急に、曲がり始める。
目を白黒させる六花に、朝倉は微笑みかける。
﹁ごめんなぁ。今、上からメールあってな。これから行く屋敷なん
やけど、警備に不備があったようなんねん。代わりに、信用できる
人のお宅を借りることになったけど、ええ?﹂
否定する要素もないので、六花は、こくんと首を縦に振る。
そして、2時間程馬車を走らせて、たどり着いたのはボロボロの
屋敷だった。
館の表面には蔦が生え、庭は雑草が生い茂り、よく見ると植物系
のモンスターまで生えている。
窓ガラスは所々割れており、蜘蛛の巣が貼っているのがわかる。
何というか人が住んでいるとは思えない場所だ。
﹁えと、本当にここ?﹂
先ほどの反抗で朝倉の気を悪くさせてしまったのだろうか?
しかし、朝倉は、困ったような笑みを浮かべるだけだ。
﹁元々、ズボラな人だったんやけど、しばらくこの屋敷開けててな
ぁ。更に悪化してもーた。最近、戻ってきたみたいやけど、戻って
379
きた時とたいしてかわらんなぁ。ほんま、なにやってんだか﹂
少し怒ったような表情を浮かべる六花。
﹁⋮⋮要人を泊める屋敷の状況。確認取らなかったのですか?﹂
馬車を動かしていた従者が、ちくりというと、朝倉が冷や汗をダ
ラダラとかきはじめる。
内心失敗した、とでも思っているのかもしれない。
﹁ま、まぁ、多分、六花ちゃんと気が会うと思うから、頑張ってや﹂
そういって、馬車に戻ろうとする。
﹁え?中まで案内してくれるんじゃ⋮⋮﹂
﹁うんや、うちの出番はここまで、あ、鍵はポストの下に貼り付け
てあるから﹂
そう言って、手をヒラヒラさせ、そして⋮⋮
﹁そうそう、言い忘れとった﹂
朝倉が振り返り、優雅に一礼する。
﹁円卓の国、神奈川へようこそ。我々はあなたを歓迎します﹂
◆◇◆◇◆
扉を開ける。
そこは外装と変わらないうす暗い玄関だった。
蜘蛛の巣が張り巡らされ、とても人が住んでいるとは思えない。
歩くと、廊下がギシギシと軋む。
380
﹁ごめんください!﹂
返事はない。仕方がなく、奥へと足を進める。
うす暗い廊下。しかし、見えないことも無い。
一番、大きな廊下を歩き、その先の扉を開くと⋮⋮
眩い光が降り注ぐ。
光になれ、目を開けると、そこに広がるのは庭園。
どうやら中庭のようだ。しかし、そんなことは目の前の光景の前
ではどうでもいい。
﹁わぁ﹂
自然と感嘆の声があがる。
この屋敷の古さも計算されているのではないか、という程、完成
された庭園。
隅からは水が流れ池を作り、そこに魚が泳いでいる。石柱には蔦
が生え、その周りには赤や黄と様々な花が咲き乱れている。
ここの家主のセンスの良さがよく現れている。
見ると隅には、ポツン、と椅子とテーブルが置かれており、テー
ブルの上には読みかけの本と、まだ少し暖かい紅茶が置かれている。
どうやら、家主は少し前までここで読書をしていたようだ。
ふと、気になって読みかけの本の表紙を見る。
そこに書かれているのは⋮⋮
﹃これで、あなたもリア充に! パーフェクト、リア充生活ガイド
2016﹄
381
フリーズする。
読みかけのページには⋮⋮
﹃不遇職を選んでしまった、そんなあなただからできる意中の子を
落とす必勝法﹄
と、いう欄にはこれでもか、というくらい赤線が引かれている。
何というか、知り合いが読んでいそうな本だ。
具体的に言うと、少し前に出会ったモテないと騒いでいて、だけ
ど、とても鈍感だった。あの⋮⋮
﹁あー、ごめんごめん。さっき、朝倉から人を一人預かってくれっ
て急に言われて、全く準備してなくてさ。いま買い出しに⋮⋮﹂
バタバタと音を立てて、聞き覚えのある声が耳を打つ。
幻聴だろうか?そうに違いない。だって、その声の主は⋮⋮
振り返る。
そこには、沢山の荷物を抱えて、ぽかんとしている間抜け顔。
見覚えがある。忘れるはずがない。自分の好きな男の顔を忘れる
ことなどできるはずがないのだ。
﹁⋮⋮六、花﹂
なんで、と男は呟く。なんで、と言いたいのはこちらだ。
死んだのではないのか?
生きていたなら何故、自分に会いに来てくれなかったのか?
様々な感情が渦巻き、だけど⋮⋮
彼の胸に飛び込む。彼の抱える荷物が落ちて音を立てる。
382
だけど、関係ない。ただ、彼の胸を涙で濡らす。
﹁約束、したでしょ﹂
﹁ごめん﹂
彼の手が六花の頭を撫でる。温かい手、その手の温度にほっとし
ながら、しかし涙は止まらない。
﹁勝手に死んだら、駄目だから﹂
﹁ごめん﹂
﹁ごめんごめんばっか、もう、いい﹂
涙で歪んだ顔。人様に見せられる状態ではない。だけど⋮⋮
﹁約束、果たさなきゃ⋮⋮﹂
揺れる鼓動が彼女を後押しする。
彼女の影が踵が浮く。
彼の影とゆっくりと重なり合い、そして⋮⋮
こうして、二人は再び出会う。
ドラマのように決まらない再会だったが、ある意味彼ららしいと
言えるかもしれない。
383
エピローグ︵表︶︵後書き︶
⋮⋮筆者は男です。なのに、何故女視点?
ホモでもないです。本当です。
ともあれ、残り一話です。
384
エピローグ︵裏︶︵前書き︶
合計1000pt突破。皆様ありがとうございます!
385
エピローグ︵裏︶
波の音が聞こえる。
波が太陽に反射してキラキラと輝き、視界を白く染め上げる。
かつて、この港に入港していたクルーズ船やタンカーの代わりに、
今は木でできたガレオン船が佇んでいる。
汽笛の音は今は聞こえない。代わりに荷扱いする男達の声が遠く
から聞こえてくる。
円卓の国、神奈川の中心である横浜。
世界は変わり、規模は変わっても、ここが港町であることには変
わりがない。
朽野は季節外れの肉まんを口にする。
昔と素材が変わっても、それでも肉まんの味を再現する料理人達
には脱帽だ。
懐かしい味に舌鼓を打っていると、空から何かが降ってくる。
びちゃ、という音と共に、肉まんに付着する白い何か。
﹁鳥のフンかよ﹂
がっくりと肩を落とす。
食い意地が張っている朽野でもさすがにこれは食べる気にはなら
ない。
空を、キッ、と睨み、鳥たちにガンをつける。
﹁食べる?﹂
差し出されるのは、半分に割られた肉まん。
386
そこにいるのは、柔らかな笑みを浮かべた一人の少女。
薄着のごく普通の服装。武器の類は手にしていない。
装備を変えればさっさと武器が装備できるとはいえ、無用心だ。
今のご時勢、町の少女でさえ、腰にナイフくらいは装備しているも
のだ。しかし、ある程度、戦いに心得のある人間であれば理解する
だろう。
彼女はそんなもの必要がないほど、強いのだと。
﹁さんきゅー﹂
へい〇
しかし、朽野はそんなことに気づいていないかのように、受け取
った肉まんを口にする。
﹁昔は、ようこうして三人で食べてたなぁ﹂
ろう
﹁当時は、まだ肉まんも形だけって感じだったけどな。あと、聘〇
樓なんて豪華な肉まんは食ってなかったぞ。ブルジョアめ﹂
そういった後、朽野は、彼女の前に跪く。
その姿は王の前に、敬意を表す騎士のよう。いや、実際、それに
近い関係なのだが⋮⋮
﹁ともあれ、お久しぶりでございます。国王朝倉涼葉様﹂
そういうと、朝倉のほんわかする雰囲気が一気に鋭くなる。
﹁⋮⋮この場で互いの立場を出すのは良くないと思うのだが?﹂
そう、ここにいるのはどこにでもいる少女ではない。
この国の最大権力者。つまりは、神奈川国王 朝倉涼葉だ。
朽野の前ではのんびりした関西弁が特徴の少女だが、国民の前で
は違う。
毅然とした態度に、強いリーダーシップをもってこの国を治める
この国のカリスマだ。
ナイツ
そんなVIPを前にしても、朽野の態度は変わらない。
寧ろ、六花に対する時より親しげに接している。
何故なら、彼女は世界がわかったあの日、共に﹃Knights
387
of
オブ
り、
ザ
the
ラウンド
Round
オンライン
Online﹄でバイトした中であ
バイトしている当時は気付かなかったが中学校まで近所に住んで
いた幼馴染ということもあり、身内という感情が強く、その分、互
いに容赦がない。
﹁皮肉の一つくらいは飲んでくれ、こっちも文句はあるんだ。朝ね
ぇ。何で勝手に、六花を俺の屋敷に連れてきた? 俺は死んだ、と
伝えて欲しいと頼んだはずだけど? 王様がぽんぽん約束破ってい
いのかね?﹂
そういうと、朝ねぇこと、朝倉は﹁あー﹂と一瞬気まずそうにす
る。
﹁死んだとはしっかり伝えたで? ただ、彼女の搬送にはちょっち
手違いがあってなぁ。別の人間をかくまって貰うはずが、六花ちゃ
んが運ばれてもうたんよ。いや、こっちのミスやわ。申し訳ない﹂
もぐもぐ、と肉まんを食べながら朝倉はいう。
みゃー、みゃー泣いている海鳥の声がやたら大きく聞こえる。
なんか、どうでも良くなって、はぁ、と朽野はため息をつく。
﹁俺の屋敷の傍に、国王そっくりな人がいたって話聞いたけど﹂
﹁へぇ、うちの部下にそんなそっくりさんいたんやね。影武者に丁
度いいかも。今度探してみるわー﹂
と、彼女はしゃあしゃあと言ってのける。
﹁昔はあんなに純粋だった朝ねぇも汚れてしまったなぁ﹂
﹁はて?なんのことやら。でもまぁ、あの子は君の傍に置くのが正
解やで。あの子は裏切らない。君のように敵が多い人には貴重な人
材やと思うで﹂
そう、柔らかく微笑む。
普段の彼女はこんなではない。
彼女は、国民の前では標準語で、纏う雰囲気も鋭い刃のよう。柔
らかい関西弁で話すのは、身内と認めた人間の前だけだ。
388
﹁なんなら、身内の敵は何とか抑えてほしいんだけど。王様﹂
﹁⋮⋮建国数年の王にそんな力あるかいなっと。地盤固めで必死よ。
お陰で今回の東京のちょっかいはほんま大変だったんやから。ねぇ、
今回の東京の動き、ほんまにあんた絡んでないの?﹂
﹁誰がそんな面倒くさいことを。どうせ、織田あたりが内通者がい
るとかで騒いでいるんだろ?﹂
﹁うん、まぁ、そんなとこ。あ、ちなみにそこに隠れているの。う
ちの私兵ちゃうで﹂
どうやら、自分が目の前の草むらに視線を送っていたのに気づい
ていたらしい。
自分もまだまだだ。と思いつつ、﹁それじゃ遠慮なく﹂と片手を
上げる。
すると、どこからともなく姿を現した天牙と数人の黒服達が、草
むらに殺到し、一瞬にして隠れていた密偵の意識を刈り取る。
﹁あれでばれないと思っているんもんなぁ。あれ、織田の私兵だろ
? 弛んでるんじゃないか?﹂
﹁うーん、隠密スキルは結構高いと思うけど。スキルに頼りすぎだ
ったねぇ。で、あの子どうするん?﹂
﹁あー、別に聞かれて困る会話はしてないから、少し怖い目にあっ
てもらってから、簀巻にして織田っち宛に送りつけるよ﹂
六花に、自分が死んだと認識させたかった理由。それは、先程の
密偵から解るように一方的に朽野を敵視しているのが、国内外にか
なりの人数でいるからだ。
天牙ほどの戦闘力があるならまだいいが、彼女の戦闘力ではいつ
どんな害を与えれるかわかったものではない。
そう考え、自分を死んだことにしようとしたのだが⋮⋮
﹁良かった。こっちも人員足りへんからなぁ。織田の手札だとして
389
もこんなことで人が減ったらたまらんもん﹂
そんなことを考えているの察しているのか、気づいていないのか、
朝倉は笑みを浮かべながら話を進める。
﹁たっく、朝から監視されてて困ってたんだ。俺のような平々凡々
な人間相手に何ビビッているんだか﹂
今回の戦いは自分の平凡さを嫌というほど見せ付けられた。
緑の騎士というアドバンテージがあり、有利に戦闘進めていたと
いうのに慢心からの逆転。
正直、朝倉だったらこんな無様な姿はまずさらさなかっただろう。
﹁それ、本気で言ってる? ﹃運営殺し﹄さん﹂
クスクス、と朝倉は笑う。
﹁朝ねぇ、その名前で呼ぶのはやめてくれ﹂
赤城に運営は死んでいると断言出来した根拠。それは、朽野が運
営を討った本人だからだ。
もっともそれは偶然に偶然が重なっての勝利だったが⋮⋮
﹁それでも、君が﹃運営﹄を討ったことには違いないんよ?﹂
﹁同じ条件が重なれば、朝倉でも討てたよ﹂
﹁かもね。でも、うちだったらその条件を引っ張り出すことも出来
なかったで?何故か、運営さんは君にご執着だったし﹂
確かに、﹃運営﹄は自分にかなり執着していた。
世界が変わるあの日、自分の前に姿をあらわしたこと。
そして、﹃緑の騎士﹄としての力を朽野に与えたのは紛れもない
運営なのだ。
﹃運営﹄を討ったあの日、運営を引っ張り出せたのは、朽野がい
たからなのは違いない。
﹁それに、君が織田に恐れられているのはそれだけやない。タクが
裏で関わっている地下組織リヴァイアタンと深い繋がりをもってい
ること⋮⋮﹂
390
あの組織か。別に織田が恐れる程の組織ではないと朽野個人は思
っている。
知らなければ怪しい組織だが、実態は本当に馬鹿らしい組織だ。
しかし、よくよく考えれば、先の黒服、あれもリヴァイアタンの
メンバーであることを考えれば、あれだけの戦闘力あるメンバーを
何人も囲っているのは国からすれば十分脅威なのかもしれない。
そんなことを考えていると、彼女が﹁それに何より⋮⋮﹂と微笑
む。
﹁⋮⋮君は、東京の現トップ水城綾香に強い影響力を持っている。
うちらからすればまさにジョーカー的な存在やからね﹂
その言葉に、朽野の動きがピタリと止まる。
その衝撃的な発言をした朝倉は、呑気に紙袋から次の肉まんを取
り出している。
それが少し腹立たしいが今は、無視だ。
﹁ちょっとまて、なんでそのことを織田が知っている?﹂
﹁さあ? うちも知らんよ。せやけど、世界が変わってすぐの時、
うちとあやっち、そして君でパーティー組んでることは調べようと
すれば⋮⋮まぁ、出来ないことも無いし。そこから推測できたんじ
ゃない?﹂
そう、かつて三人はパーティーを組んでいた。
三人の目的は一つ。﹃この世界を元に戻すこと﹄。
朽野はこの世界にさっさと馴染んだので、そこまで元に戻したい
と思っていた訳ではないが、水城が朽野が一度運営に接触している
と知ると無理矢理パーティーに組み込んできたのだ。
その後、様々な活動をしていたが東京が周囲の地域にちょっかい
を出し始めると共にパーティーは解散となった。
水城は東京に渡り、東京政府に反乱する地下組織を作り上げ、朝
391
倉は、東京からの侵略に備え、神奈川での地盤を整えようとした。
自分はやる気なく、傭兵やらなんやらしてぶらぶらしてた訳だが、
うん、こうしてまとめると自分って碌な奴ではないな、と朽野は思
う。
ともあれ、三人の連携で、東京政府︵現在では旧・東京政府だが︶
は倒れ、水城は東京の総理となり、そして朝倉は神奈川の王となっ
た。
三人は別々の道を歩むこととなったが今でも繋がりはある。
水城は、世界を元に戻す為に東京を動かし、朝倉はそのやり方に
ついてこれなかった者達の受け皿をつくり、そして、朽野は、権力
者となって身動きできない彼女らの手足となる為にフリーに近い立
場になったのだ。
まぁ、権力を狙う織田からすれば、東京や神奈川中枢、そしてア
ンダーグラウンドに強い影響力を持ち、しかも暗殺しようにもチー
トで復活し、その上自分になびかない朽野は本当に邪魔な存在なの
だろう。
そういった背景から、表面上の細かいドンパチがあっても本格的
な侵略はないものだと思っていた。
戦争に意義を感じる兵士や、私利や感情で神奈川を手に入れたい
上層部の息抜きはあっても、本気の侵略はないとそう思っていた。
しかし、結果は見ての通り、東京軍に町田は落とされ、八王子方
面もかなりの騒ぎになったらしい。
﹁今回の件で、水城からなんか連絡あった?﹂
﹁いや、一切無し。こっちからチャットしようにも拒否されてる﹂
今までこんなことは無かった。ジャミングされていない間何度も
水城と連絡を取ろうとし、すべて無視されている。通常であれば、
392
1,2時間あれば何らかの返答が今まであったというのに。
不気味だ。今回の件、色々とおかしい。
何故、六花を﹃運営﹄と決め付け追っ手を差し向けたのか?
彼女も、彼女の傍にいる﹃預言者﹄も朽野が﹃運営﹄を倒したこ
とは知っている。
政治的な理由⋮⋮としても、東京の英雄たる赤城を鉄砲玉にする
などありえない。
何か彼女の身に何かあったのでは、そんなことが二人の脳裏によ
ぎる。
﹁全く、水城も困ったもんや。こっちも出来れば穏便にすませたい
けど、正直そうもいってられへんで。特に、織田あたりが反撃せい
とうるさい。それ抜きにしても内情安定してないっていうのに﹂
そんな不安を隠すようにぶつぶつと朝倉が文句を言い出す。
とりあえず、目の前で揺れている頭をぽんぽん、と撫でる。
そうすると﹁ふわぁ﹂と謎の言葉を吐き、朝倉は顔を真っ赤に染
める。
﹁あ、あんなぁ、女性の頭、気安く撫でちゃ駄目やで。それにうち
のほうがおねえちゃんなんだから、解った?﹂
はいはい、と朽野は答える。
今回の接触は、恐らく彼女も不安だったのだろう。
何しろ、三人の関係を知るのは数人しかいないのだ。
愚痴をいう相手に自分が選ばれたのだ。だから、その役割を全う
すべく安心させるよう、彼女に言う。
﹁ま、何かあったら連絡してくれ。いつでも動けるようにしておく
から、さ﹂
そういって、その場を立ち去ろうとする。
393
そんな、朽野の背中に、朝倉は問いかける。
﹁なぁ、君は本当にこの世界を元に戻したいん?﹂
朽野は振り返り、彼女に告げる。
﹁正直、解らない﹂
﹁優柔不断な答えやね﹂
その言葉に、違いないと朽野は苦笑する。
﹁俺は朝倉や水城のように前の世界に思い入れはないからな。この
混沌とした状況が収まるなら戻るべきだと思うし、逆に酷くなるか
もしれない。ま、俺はお偉いさんにそこら辺は任せて情勢によって
動きを変えましょ、って考えてた﹂
﹁考えてたってことは⋮⋮﹂
それは過去形の言葉。朽野はしっかりとこちらを見て言葉を放つ。
﹁ああ、一人で気軽にって立場じゃなくなってきたからな。天牙や、
六花が俺の家に移り住んで、さ。このまま流されるままってのは良
くないな、と思ったわけだ﹂
普段から軽薄な雰囲気を纏う朽野。その変わり戦闘では人が変わ
ったかのような気迫を見せる彼。
今も、軽い空気は抜けない。しかし、朝倉にはわかる。軽く見せ
ているだけだと。その目はどこまでも真剣だ。
﹁とはいうものの、答えはないんだけどな。俺の仲間にとって、幸
せな回答が出せるよう。頑張ろうって感じかな?﹂
そういって彼は軽く伸びをする。と、目の前の少女の空気がおか
しい。
﹁なる程、よくわかった﹂
メガネが外れる。そこに現れるのは王としての朝倉が姿を現す。
﹁場合によっては私と敵対する可能性がある、と?﹂
そんな、彼女に朽野は⋮⋮
394
﹁何言ってんだ? てめぇも俺の仲間だろうが﹂
それは、王に向けるには余りに不敬な言葉。しかし⋮⋮
その言葉に、その王は顔を真っ赤に染め、そして笑う。
﹁ぷは、そ、そうか。私も君の守るべき対象という訳だ。君の姉役
として頑張ってきたが、そろそろお役御免かもしれんな﹂
王様モードのまま、照れたり笑ったりする彼女。そんな微笑まし
い彼女の様子を堪能する。
﹁それじゃ、また肉まん食べに来るわ﹂
﹁ああ、その時、また会おう﹂
そう別れを告げ、彼は帰路につく。
彼の心境の変化。それが彼の人生の、そしてこの世界を救うこと
になるとは、彼も、朝倉も思っておらず
朽野はただ、自分を待つ彼女たちの元へと帰っていくのであった。
395
エピローグ︵裏︶︵後書き︶
この話で一旦完結とさせてもらいます。
現在、別の話︵異世界転生もの︶を書くか、それとも続きを書くか
で迷い中。
周囲の反応と自分がどうしたいか考えて、決めようと思います。
ともあれ、連載して一年。本当にありがとうございました。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n9897bp/
世界はMMO化しました ∼円卓の国、神奈川へようこそ!∼ 2014年8月17日18時16分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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