数学的活動の日常化に向けたアプローチ 教育実践高度化専攻 教育実践リーダーコース 有藤 茂郎 1 はじめに 平林(1987)は「もし、数学を人間の外に在 本研究は、2年間の学校支援プロジェクトで の活動を振り返り、数学的活動の日常化に向け るものと考えないで、それを人間の内に在るも ての重要な視点を探ることを目的とする。 のと考えるならば、おそらくこうした諸欠陥(つ 2 研究の方法 めこみ、丸暗記、盲目的ドリル)を克服し、数 (1)「パターンの科学としての数学」 、 「認識論 学の教育的位置を正しく把えうるであろう。 」と 的三角形」を視座とした教材づくりと授業構想 述べ、子どもが数学を創り上げていく教育への 大橋・渡辺・岩崎(2011)の小学校6年「分数の 質 的 変 換 を 訴 え て い る 。 The Teaching 除法」で行った先行研究をもとに、中学校3年 Gap(Stigler &Hiebert,1999)において、授業研 「三平方の定理」において授業を構想し、実践 究が日本の算数科・数学科における授業の質を を行った。 向上させていることが示され、授業研究が国際 ・ 「パターンの科学としての数学」は、子どもの 的な広がりを見せている。 しかし、PISA 調査等から日本の児童生徒は思 数学的活動を5つの段階で構成されている。 a 予想-b 適用・確認-c 定式化-d 証明-e 発展 考力・判断力・表現力、学習意欲に課題がある ・ 「認識論的三角形」は、生徒の概念の創出を、 ことが浮き彫りとなり、 特に TIMSS2007 では、 指示の文脈と記号体系との関係からとらえたも 中学校2年生を対象にした「数学の勉強が楽し のである。 いか」の設問に対して、 「強くそう思う」と答え た割合が9%(国際平均 35%)であり、改善の 様子は見られない。 学習指導要領に目を向けると、 「数学的活動」 が平成10 年度の学習指導要領から使われるよう になり、新学習指導要領では目標の冒頭に掲げ (2)教授学的シツエーションモデルによる授 られた。これは、基礎的な概念や原理・法則な 業改善と分析 ど主要な数学的内容を数学的活動として展開す 数学的活動について考察するには、授業にお ることを目指さなければならないことを示して いて子どもの主体的な学習が展開されているか おり、平林の主張と整合する方向へと向かって どうか、授業の質をより客観的にとらえること いるといえる。しかし、依然として教育現場で が必要である。我々は、井口・桑原・岩崎(2011) は、数学的活動は試行錯誤の段階にある。 の「教授学的シツエーションモデル」を用いて 授業分析を行った。教授学的シツエーションモ (M教諭)の授業改善については、教授学的シ デルでは、問題解決における過程で①目標、② ツエーションモデルの②解決方法の選択の主体 解決方法の選択、③解決方法の使用、④結果の が生徒になるように意識して取り組んだ。教授 妥当性の判断、それぞれの知的責任の主体が教 学的シツエーションモデルを活用し、授業改 師にあるのか生徒にあるのかに注目する。 善・分析を進めた結果、授業に以下の3つの変 3 研究の概要 化が確認された。 (1)教科書の教材では、生徒による三平方の ・解決方法の選択の主体を生徒へと意識するこ 定理の発見と証明との間にギャップがあるため とで、妥当性の判断も子どもへと委ねられる場 に、数学的活動として展開することが難しい。 面が見られるようになった。 帰納的活動と演繹的活動の接続を図ることは、 ・机間支援では、子どもの解決方法をより注意 数学的活動の日常化という視点からも重要な問 深く観察したり、聴いたりして子どもの思考を 題である。そこで、教科書の教材の一部を変更 理解しようとするようになった。 し、底辺1の場合の斜辺を1辺とする正方形の ・子どもの思考を想定し、子どもに合った教材 面積を考えさせることとした。授業では、生徒 を考えるようになった。 は下の図のように、斜辺を1辺とする正方形を このことは解決方法の選択を子どもへと委譲 することを意識することで、生徒の主体の授業 へと変える可能性を示唆しており、数学的活動 の日常化に向けての重要な要素ともいえる。 4 おわりに かき、その面積を求めていった。生徒はこの複 2年間の大学院生活では、数学教育に関わる 数事例をもとに、生徒は「底辺+高さ2」で面積 理論を学び、理論的な視座をもとに実践を創り が出ることを発見し、その後、底辺が1でない 上げたり、実践を理論的な視座から検証したり 場合の考察から「底辺 +高さ 」へと修正し、 する経験ができた。4 月からは学校現場で学んだ 三平方の定理が定式化された。その後生徒は、 ことを活かし、数学的活動の日常化に向けての 面積を求める活動で用いた補助線の作図を、証 実践を進めていきたい。 【主な参考文献】 2 2 明の場面でも適用できることに気づき、3通り の証明を完成させることができた。 この実践から、数学的活動の日常化に向けて、 次の点が重要な要素として明らかとなった。 ・指示の文脈を帰納的活動の段階において意図 的、計画的に発展させること。 ・指示の文脈の多様で個性的な性格に配慮して 授業を展開すること。 ・特殊化を学習過程の中間に位置づけ、生徒が 一般化できる余地を残しておくこと。 など (2)今年度の学校支援では、教科担任の先生 平林一栄.(1987).『数学教育の活動主義的展開』. 東洋館出版社. 大橋博・渡辺勝行・岩崎浩(2011).「学校支援プロ ジェクト」における 算数の授業改善へのアプロ ーチ-「パターンの科学としての数学」の視点 の有効性-.数学教育学研究17(2).127-142. 井口浩・桑原恵美子・岩崎浩(2011). 算数・数学 の授業における「知的責任の委譲」の実現の問 題-「教授学的シツエーションモデル」の構築 とモデルによる授業過程の分析-. 数学教育学 研究17(2).103-126. 渡辺勝行・有藤茂郎・岩崎浩(2012).三平方の定 理の発見と証明の接続を図る授業デザインの開 発研究-数学的活動の日常化に向けたアプロー チ-.数学教育学研究18(2).123-138. 指導 岩崎 浩
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