哀悼の辞 - 帝京大学

哀悼の辞
春日 喬
(帝京大学大学院 文学研究科臨床心理学専攻 前主任教授)
平成 22 年 8 月 23 日に佐藤方哉先生が事故死したという知らせは、のんびりと晴天の野原を
歩いている時、何の予告もなしに落雷が私の脳を直撃したような衝撃でした。3 年前、帝京大
学心理学科創設以来の基礎心理学の大黒柱であった永瀬英司准教授を突然の交通事故死で失
い、佐藤先生も私も悲嘆にくれていました。心理学科紀要は、永瀬さんの追悼号を出し、その
時の佐藤先生の追悼文のタイトルは、
「永瀬さん、さようなら」というものでした。その 3 年
後に、佐藤先生自身が永瀬さんの後を追うように突然事故で不帰の旅に出てしまうとは一体誰
が想像したでしょうか。そして今、帝京大学を退職した私が、同じ紀要に哀悼の辞を依頼され
て書いている私の時間感覚や自己感覚がひどく頼りないものに感じられることです。喩えて言
えば、白い悲劇色の地のキヤンバスがどの絵の具の色も受けつけず、そこに現実に起こった事
実を決して模写することができない無力感に似ています。佐藤先生とは、私が帝京大学に赴任
して出会い、9 年間で突如、悲劇的終焉を迎えました。最初の出会いは劇的で、ある会合の後、
初対面の私をいきなり「飲みませんか」と誘い、終戦直後の雰囲気を保存しているという飲み
屋で、翌朝まで飲み明かしたのでした。双方で「こんなに酒の強い人に会ったのは初めてだ」
と感じて語り草になった出会いでした。この出会いの飲み屋も今はもうなくなりました。佐藤
先生は、スキナーと親交があったことからも分るように日本人の枠に収まりきれないスケール
の大きさがあり、自分は人に対する好き嫌いがあると公言してはばからなかったにも拘らず不
思議と私と波長が合い、自然に以心伝心の関係が生まれたのでした。佐藤先生の学問的業績は
周知のことで、私がここで詳しく述べるまでもないことですが、先生が長く国際行動分析学会
の会長をされていたこと、帝京大学心理学科の学科長として、学科の基礎心理学に行動分析学、
動物心理学の基礎を築かれたことは特筆すべきことです。また、基礎心理学の拠点であった帝
京の心理学科に臨床心理学専攻の大学院が設置されて以降、基礎と臨床を統合する立場を明確
に支持されました。先生は、多才な方で若い頃から作詞・作曲が趣味で木下雅夫というペンネ
ームで作品集の CD を出されています。その中の VOL. 3 に、
「さよならを言わないで」と言
う詞があり、私の研究室までわざわざその CD を持って訪ねてこられたのです。今にして思え
ば運命の悪戯のようで哀しみは増すばかりです。佐藤先生と私の共通の趣味は、上から読んで
も、下から読んでも同じという「回文」を作ることで、よく互いの作品を酒の肴にしたもので
した。そんな次第ですので、佐藤先生を失った「喪失感と寂寥」と題する回文、
「追憶と永訣」
と題する回文を捧げてお別れとします。佐藤方哉先生、最後に私と心理学科一同の万感の思い
を込めて、哀悼と感謝の念を捧げます。
喪失感と寂寥(回文)
: 「嗚呼いない、方哉様、いない嗚呼」
追憶と永訣
(回文)
: 「冬の日の、遠きなき音、野火の夕」
合掌