飽食・肥満による糖尿病発症のメカニズムを解明 - 熊本大学

1/9
国立大学法人熊本大学
平 成 26 年 3 月 12 日
報道機関
各位
熊本大学
飽食・肥満による糖尿病発症のメカニズムを解明
~メタボリック症候群の病態進展阻止への手掛かり~
(概要説明)
熊本大学大学院生命科学研究部・腎臓内科学分野の北村健一郎准教授、内
村 幸 平 医 師 、早 田 学 医 師 、水 本 輝 彦 医 師 、冨 田 公 夫 名 誉 教 授 ら の グ ル ー プ は 、
飽 食・肥 満 に よ り 糖 尿 病 が 発 症 す る 際 、肝 臓 内 で セ リ ン プ ロ テ ア ー ゼ ※ 1 の 一
種であるプロスタシンと呼ばれるタンパク質分解酵素の発現量が低下するこ
とにより、肝臓に慢性炎症が生じることで糖尿病へ進展していくというメカ
ニズムを明らかにしました。本成果は、メタボリック症候群が糖尿病へ進展
するメカニズムを明らかにしたもので、これまで予防が中心であったメタボ
リック症候群に対する新しい治療薬や新規バイオマーカーの開発に向けた重
要な手掛かりとなることが期待されます。
こ の 研 究 成 果 は 英 科 学 雑 誌 「 Nature Communications 」オ ン ラ イ ン 版 に ロ ン
ド ン 時 間 の 3月 11日 10:00に 掲 載 さ れ ま す 。 本 研 究 は 代 謝 内 科 学 分 野 の 荒 木 栄
一教授らとの共同研究で、文部科学省・日本学術振興会の科学研究費補助金
による支援を受けて行われたものです。
【ポイント】
● プ ロ ス タ シ ン は 人 や 動 物 細 胞 に 毒 素 と し て 作 用 す る LPS( リ ポ 多 糖 ) ※ 2 や
飽 和 脂 肪 酸 の 一 種 で あ る PA( パ ル ミ チ ン 酸 )※ 3 の 受 容 体 で あ る TLR4( Toll
様 受 容 体 4)※ 4 を 切 断 す る こ と で 肝 臓 に 過 度 な 炎 症 が 引 き 起 こ さ れ る こ と
を防いでいることを解明しました。
2/9
● 肥 満 状 態 の 肝 臓 で は プ ロ ス タ シ ン の 発 現 が 低 下 し て い る た め 、上 記 の 防 御
機 構 が 働 か ず 、肝 臓 に 過 剰 な 炎 症 が 引 き 起 こ さ れ て 糖 尿 病 へ 進 展 す る こ と
を発見しました。
● 1 5 3 人 の 健 診 受 診 者 の 血 中 プ ロ ス タ シ ン 濃 度 を 測 定 し た と こ ろ 、血 中 プ
ロ ス タ シ ン 濃 度 が 低 い 人 は 、肥 満( BMI)※ 5 や イ ン ス リ ン 抵 抗 性( HOMA-IR)
※6
が高い状態(糖尿病)にあることがわかりました。
【用語解説】
※ 1 セ リ ン プ ロ テ ア ー ゼ:活 性 中 心 に セ リ ン 残 基 を 持 つ タ ン パ ク 分 解 酵 素 。
※ 2 LPS( リ ポ 多 糖 )
:グラム陰性菌細胞壁外膜の構成成分であり、人
や動物細胞に対して毒素として作用する。
※ 3 PA( パ ル ミ チ ン 酸 ) : ラ ー ド な ど に 多 く 含 ま れ る 飽 和 脂 肪 酸 の 一 種 。
過剰に摂取するとコレステロール値が上昇し、
動脈硬化等の原因となる。
※ 4 TLR4( Toll 様 受 容 体 4): LPS に 対 す る 受 容 体 。LPS を 毒 素 と し て 認 識
し て 生 体 内 に 炎 症 反 応 を 起 こ す 。近 年 、PA に
よっても炎症反応が起こることがわかった。
※ 5 BMI:体 重 と 身 長 の 関 係 か ら 算 出 さ れ る 、ヒ ト の 肥 満 度 を 表 す 体 格 指 数 。
※ 6 HOMA-IR:空 腹 時 の 血 糖 値 、イ ン ス リ ン 値 か ら 算 出 さ れ る イ ン ス リ ン 抵
抗性を表す指数。
3/9
【要旨】
近年、わが国においても食生活の欧米化や運動不足から肥満の人が急激に
増加しています。肥満は内臓脂肪の蓄積(メタボリック症候群)によって糖
尿病の発症や進展に関与していることが明らかとなっており、医療経済面か
らもその進展予防は重要な国家的課題となっています。
今回、北村健一郎准教授らの研究グループは、飽食・肥満による糖尿病発
症の原因として内臓脂肪ではなく肝臓に着目しました。高脂肪食を与えた肥
満糖尿病マウスの肝臓においてセリンプロテアーゼの一種であるプロスタシ
ンの発現が著明に低下しており、その発現を通常レベルに戻すことによって
糖 尿 病 が 改 善 出 来 る こ と を 発 見 し ま し た (図 1 )。 さ ら に 肝 臓 の プ ロ ス タ シ ン
遺伝子を欠損させたマウスは、肥満を呈さないにもかかわらず糖尿病を発症
することから、肝臓のプロスタシンは糖尿病の発症を阻止する重要な働きが
あ る こ と が わ か り ま し た (図 2 )。 そ の メ カ ニ ズ ム と し て 、 プ ロ ス タ シ ン は 人
や 動 物 細 胞 に 毒 素 と し て 作 用 す る LPS の 受 容 体 で あ る TLR4 を 切 断 す る こ と
( 図 3 )で 肝 臓 を 過 度 な 炎 症 反 応 か ら 守 る 役 割 を 担 っ て い る こ と を 証 明 し( 図
4)、肥満状態ではこの防御機構が低下することによって肝臓に慢性炎症が
生じ、糖尿病へ進展していくことがわかりました(図5)。さらに、健康診
断受診者の血中プロスタシン濃度を測定したところ、プロスタシン濃度が低
い 人 は 、 肥 満 (BMI)や イ ン ス リ ン 抵 抗 性 (HOMA-IR)が 高 度 で あ る こ と を 見 出 し
ました(図6)。すなわち血中プロスタシン濃度が糖尿病を早期に発見する
ためのバイオマーカーとして有効である可能性が示唆されます。
北村健一郎准教授らの研究グループは以前から腎臓におけるプロスタシン
の役割について精力的に研究を行っており、今回は肝臓におけるプロスタシ
ンの役割について着目し、糖尿病発症阻止に寄与するという新たな生理機能
の解明に成功しました。
本成果は、これまで生活習慣の是正等による予防が中心であったメタボリ
ック症候群に対して、肝臓のプロスタシンを増加させることによって糖尿病
への進展を阻止できる可能性を示唆しており、創薬の標的因子となることが
期待されます。
4/9
【今後の展開・課題】
肥満状態で低下してしまう肝臓のプロスタシン発現を増加させたり、活性
を上げたりする機序を解明することで新規糖尿病治療薬の開発が期待できま
す。
メタボリック症候群や糖尿病患者等を含めたより多くの人の血中プロスタ
シン濃度を測定することで、肝臓のインスリン抵抗性に関する新規バイオマ
ーカーとしての活用が期待できます。
今 回 解 明 し た プ ロ ス タ シ ン が LPS や PA の 受 容 体 で あ る TLR4 を 切 断 す る と
いう機序から、肝炎、肝硬変、敗血症にもプロスタシン低下が関与している
ことが推察され、その病態解明を目指した研究への進展も期待できます。
【論文名】
The serine protease prostasin regulates hepatic insulin sensitivity by
modulating TLR4 signaling
Nature Communications
DOI: 10.1038/ncomms4428
Kohei Uchimura, Manabu Hayata, Teruhiko Mizumoto, Yoshikazu Miyasato,
Yutaka Kakizoe, Jun Morinaga, Tomoaki Onoue, Rika Yamazoe, Miki Ueda,
Masataka Adachi, Taku Miyoshi, Naoki Shiraishi, Wataru Ogawa, Kazuki
Fukuda, Tatsuya Kondo, Takeshi Matsumura, Eiichi Araki, Kimio Tomita,
and Kenichiro Kitamura
【お問い合わせ先】
熊本大学大学院生命科学研究部 腎臓内科学分野
准教授:北村 健一郎(きたむら けんいちろう)
電 話 : 096-373-5164
Fax: 096-366-8458
e-mail: [email protected]
5/9
【図表】
図1
( A) 高 脂 肪 食 を 与 え た 肥 満 ・ 糖 尿 病 マ ウ ス で は 肝 臓 の プ ロ ス タ シ ン 発 現 が
低下している。
( B) 肥 満 ・ 糖 尿 病 マ ウ ス に 対 し て 、 ウ イ ル ス を 使 っ て 肝 臓 に プ ロ ス タ シ ン
を強制発現すると血糖値が改善する。
6/9
図2
( A) 肝 臓 特 異 的 プ ロ ス タ シ ン 欠 損 マ ウ ス は 通 常 マ ウ ス と 比 較 し て 体 重 は 変
わらない。
( B) 肝 臓 特 異 的 プ ロ ス タ シ ン 欠 損 マ ウ ス は 糖 負 荷 試 験 に お い て 血 糖 値 が 高
い。
( C) 肝 臓 特 異 的 プ ロ ス タ シ ン 欠 損 マ ウ ス は イ ン ス リ ン 負 荷 試 験 に お い て 血
糖値が高い。すなわちインスリン抵抗性(インスリンが効きにくい)
の病態を示す。
7/9
図3
試 験 管 内 で プ ロ ス タ シ ン と TLR4 を 反 応 さ せ る と 、 正 常 TLR4 は 切 断 さ れ 、 サ
イ ズ の 小 さ い バ ン ド が 検 出 さ れ る 。ア ミ ノ 酸 配 列 を 変 異 さ せ た TLR4 は プ ロ ス
タシンによる切断を受けず、切断されたバンドは検出されない。この実験結
果 か ら 、 プ ロ ス タ シ ン が TLR4 を 切 断 す る 部 位 は 560、 561 番 目 の リ ジ ン 残 基
( K) で あ る こ と が わ か っ た 。
8/9
図4
( A) 肝 臓 の 免 疫 染 色 : 肝 臓 特 異 的 プ ロ ス タ シ ン 欠 損 マ ウ ス の 肝 臓 で は 、プ
ロ ス タ シ ン ( 緑 ) が 消 失 し 、 TLR4( 赤 ) が 増 加 し て い る 。
( B) マ ウ ス に LPS( 毒 素 ) を 投 与 し た 実 験 : 肝 臓 特 異 的 プ ロ ス タ シ ン 欠 損
マ ウ ス で は 、 増 加 し た TLR4 に よ っ て 過 剰 な 炎 症 反 応 が 生 じ 、 肝 障 害
マ ー カ ー (AST、ALT、LDH)や 炎 症 性 サ イ ト カ イ ン (IFNγ 、IL-1β 、IL-6)
が著明に上昇している。
9/9
図5
( 左 ):正 常 な 肝 臓 で は プ ロ ス タ シ ン が TLR4 を 切 断 し 、腸 管 か ら 吸 収 さ れ て
流 れ 込 ん で く る LPS や PA に よ っ て 過 剰 な 炎 症 反 応 が 起 き な い よ う に
肝臓を防御している。
( 右 ):肥 満 状 態 の 肝 臓 で は プ ロ ス タ シ ン の 発 現 が 低 下 し 、TLR4 を 介 し て 過
剰な炎症反応が起こり、糖尿病へ進展してしまう。
図6
(左)血中プロスタシン濃度が低い人ほど肥満が高度である。
(右)血中プロスタシン濃度が低い人ほどインスリン抵抗性(糖尿病)が高
度である。