本文ファイル - NAOSITE

日本産科婦人科学会雑誌
ACTA OBST GYNAEC JPN Vol. 66, No. 12, pp. 2885―2894,2014(平成 26, 12 月)
第 66 回日本産科婦人科学会・学術講演会
シンポジウム 3(生殖・女性ヘルスケア)子宮内膜症の病因・病態解明と治療戦略
1.Bacterial contamination hypothesis:細菌性エンドトキシンと Toll-like
receptor 4
(TLR4)
が司る子宮内膜症の増殖・進展に関する新たな病態生理
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科産科婦人科
助教
カーン カレク
Bacterial Contamination Hypothesis: Role of Bacterial Endotoxin and Toll-like
Receptor 4 (TLR4) in Endometriosis
Khaleque N KHAN
Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Biomedical Sciences, Nagasaki University, Nagasaki
はじめに
【表 1】
正常腟内細菌叢の構成微生物および生殖器
感染に関与する微生物
子宮内膜症は生殖年齢の女性に好発するエスト
Type and sub-type
ロゲン依存性の慢性炎症性疾患である.子宮内膜
Gram-negative aerobic
bacteria
Escherichia coli
Proteus vulgaris
Klebsiella
Enterobactor
Gram-negative anaerobic
bacteria
Bacteroids fragilis
Bacteroids urolyticus
Pervotella
Mobiluncus spp.
Gram-positive aerobic
bacteria
Enterococcus faecalis
Gram-positive anaerobic
bacteria
Streptococcus faecalis
Staphylococcus epidermidis
Lactobacillus acidophilus
Clostridium
症はおよそ 300 年前には文献的記載が確認されて
おり,子宮内腔以外の部位に子宮内膜腺上皮およ
Normal vaginal flora
び間質に類似する組織が存在するものと定義され
る1).子宮内膜症の発生および進展に関する機序や
その調節因子についていくつかの仮説が報告され
ている1)2).そのなかで,内分泌ホルモン,環境因子,
遺伝性素因,炎症あるいはストレス反応が子宮内
膜症の増殖に関与していることが推察されてい
る3)4).しかしながら,子宮内膜症の病態を単一の要
因で説明することは困難である.数百年来にわた
る議論によっても,子宮内膜症の病態はいまだ明
らかでなく,本症はエニグマティックな疾患と言
及されることが多い.
ヒトの下部生殖器は常に種々の微生物に曝露さ
5)
∼7)
成するグラム陰性細菌が上行性に子宮壁に感染す
,上行性に骨盤腔内の上部生殖器に感
ることで月経血中に混入し,その結果,細菌由来
染する可能性がある(表 1)
.正常腟内細菌叢を構
のエンドトキシンが月経血あるいは腹水中に蓄積
れており
Key Words: Endometriosis, E. coli, Endotoxin, TLR4, PGE2
今回の論文に関して,開示すべき利益相反状態はありません.
2886
シンポジウム 3
日産婦誌66巻12号
され骨盤内炎症の原因になっている可能性があ
を介して細胞内シグナルを伝達し,最終的に NF-
る.マクロファージは子宮内膜症の増殖に関与し
κΒ を活性化して目的とする分子の遺伝子発現を
ているが,私どもはマクロファージから産生され
調節する.それらの結果として骨盤内の炎症を促
る各種の分子に対する大腸菌(E. coli)
由来の細菌
進し,あるいは標的細胞の増殖を促すと考えられ
性エンドトキシン(LPS)
の作用を検討してきた4).
る(図 1)
.LPS の生物学的作用を抑制する方策と
また,LPS が子宮内膜細胞の増殖に及ぼす影響
して,中和抗体を用いて i)
細胞表面の TLR4 をブ
と,LPS を認識する受容体である Toll-like recep-
ロックしたり,ii)
NF-κΒ の活性をブロックしたり
tor 4(TLR4)
のマクロファージによる炎症促進分
する方法が考えられる.
子の産生あるいは子宮内膜細胞の増殖における役
8)
割を解析した .
子宮内膜症あるいは非子宮内膜症コントロール
から採取した正所性あるいは異所性子宮内膜上皮
本シンポジウムでは,私どものこれまでの検討
細胞(EECs)
および間質細胞(ESCs)や腹水中から
を,
(1)
子宮内膜症と腹腔内環境,
(2)
子宮内膜症の
分離した腹腔内マクロファージにおいて,TLR4
増殖機序における LPS の役割,
(3)
骨盤内局所環
蛋白および mRNA の発現を認めた9)10).子宮内膜
境が LPS の作用に及ぼす影響,
(4)
子宮内膜細胞
症と非子宮内膜症コントロールでマクロファージ
の遊走性および接着における LPS の役割,
(5)
腹
の活性化状態が異なることが予測されるので,腹
水あるいは月経血中に存在する LPS の由来,
(6)
水中から分離したマクロファージの LPS に対す
月経血に細菌コンタミネーションが生じる機序,
る反応を子宮内膜症の有無で比較した.培養マク
(7)
潜在性腟・子宮感染に GnRHa が及ぼす影響,
ロファージを E. coli 由来の LPS で処理すると,そ
(8)
今後の臨床への応用,の 8 項目にわけて概説し
れらから産生される HGF,VEGF,IL-6 および
TNFα は,非処理群に比して有意に亢進し,その
た.
(1)子宮内膜症と腹腔内環境
作用は非内膜症コントロールに比して内膜症群で
有意に顕著であった.これらの LPS の作用は,同
慢性炎症により子宮内膜症の女性の骨盤内には
様の系を抗 TLR4 抗体で前処理したところ有意
腹水(PF)
が貯留している.腹水中には免疫担当細
に抑制された(図 2)
.また,HGF あるいはその特
胞,サイトカイン,増殖因子,ケモカイン,ある
異的受容体である c-Met の遺伝子発現も同様に
いはホルモンが存在している.私どもはこれまで
抑制されることが認められた.一方,LPS のアン
に,腹水中に存在するマクロファージ,エストラ
タゴニストであるポリミキシン B で培養マクロ
ジオール(E2)
,hepatocyte growth factor
(HGF)
,
ファージを前処理したところ,抗 TLR4 抗体で前
vascular endothelial growth factor( VEGF ),
処理した際と同様に培養上清中のサイトカインお
interleukin-6( IL-6 ), tumor necrosis factor α
よび増殖因子は有意に低下し,LPS の作用の細胞
(TNFα)
が子宮内膜症の増殖・進展に関与してい
ることを報告してきた3)4).
(2)子宮内膜症の増殖機序における LPS の役割
特異性が確認された(図 2)
.LPS は,子宮内膜症か
ら採取された正所性および異所性子宮内膜腺上皮
細 胞 お よ び 間 質 細 胞 で の bromodeoxyuridine
(BrdU)
取り込みで評価した増殖能を濃度依存的
グラム陽性あるいはグラム陰性細菌に由来する
に亢進させた.これら LPS の細胞増殖刺激作用
抗原は,Toll-like 受容体
(TLRs)と呼ばれるそれら
は,非内膜症コントロールに比して内膜症で有意
を 特 異 的 に 認 識 す る パ タ ー ン 認 識(pattern-
に高く,抗 TLR4 抗体による前処理により有意に
recognition)
受容体に結合する.LPS は,マクロ
抑制された(図 3)
.以上のことから,LPS は,TLR4
ファージあるいは樹状細胞上に発現する TLR4
を介して骨盤内炎症や子宮内膜症の増殖に関与す
に,補因子である CD14 および MD2 とともに結
る初期炎症調節因子であると考えられた.
合する.TLR4 と LPS の複合体はアダプター分子
2014年12月
シンポジウム 3
2887
【図 1】
細菌性エンドトキシン
(LPS)
と Toll-like receptor (
4 TLR4)
の細胞内シグナル伝達経路.
グラム陰性細菌由来の LPS はマクロファージあるいは樹状細胞表面に存在する TLR4 に結合
する.TLR4 の細胞内シグナル伝達は細胞質内の TIR 領域が司る.MyD88 は TIR 領域のア
ダプター分子でリガンドが結合すると細胞質内の IRAK を動員する.IRAK は TRAF6 を活
性化し,さらに IκB kinase(IKK)複合体を活性化する.IKK 複合体は IκB をリン酸化し
NFκB が核内へ移行する.NFκB は標的細胞の増殖や炎症促進性の分子の遺伝子の転写活性
および蛋白の発現を調節する.
(3)骨盤内局所環境が LPS の作用に及ぼす影響
には,LPS と HSP70 両者を同時に処理した場合
のサイトカイン産生あるいは細胞増殖を抑制する
子宮内膜症では,月経期の周期的な経卵管的月
ことは認められなかったが,抗 TLR4 抗体で処理
経血の逆流に起因する子宮内膜細胞の着床・浸潤
した場合には,両者による IL-6 および TNFα の
により,骨盤局所でさまざまな程度のストレス反
産生あるいは ESCs に対する増殖促進作用が有意
応が存在することが推察される11)12).子宮内膜症に
に抑制された14).これらの結果は,LPS および
おける組織のストレス反応は,炎症,物理的スト
HSP70 が相加的に TLR4 を介してストレス反応
レス(細胞の増殖と浸潤)
,化学的ストレス(抗原・
あるいは炎症反応を惹起させることを示してお
受容体結合による細胞反応)
,神経原性,疼痛ある
り,炎症およびストレス反応が相互に関連して
いは酸化ストレスに対する反応として生じ
TLR4 を介した子宮内膜症の増殖・進展に関与す
る11)∼13).組織ストレス反応のマーカーであるヒト
ること示唆している14).
heat shock protein
(HSP)
70 は,TLR4 を介した子
宮 内 膜 細 胞 の 増 殖 を 調 節 し て い る13).LPS と
HSP70 はともに TLR4 を介して生物学的作用を
(4)子宮内膜細胞の遊走性および接着における
LPS の役割
示すため,両者は子宮内膜症の増殖や炎症促進作
子宮内膜細胞における HGF とその受容体であ
用において相加的な役割を持つことが考えられ
る c-Met の蛋白および遺伝子の発現は LPS によ
る.
り亢進することが認められた10).HGF は多能性の
腹水由来マクロファージあるいは正所性・異所
増殖因子であるが,その月経血あるいは腹水中の
性子宮内膜細胞において,ポリミキシン B あるい
濃度はコントロールに比して内膜症で有意に高値
は抗 HSP70 抗体をそれぞれ単独で処理した場合
であった3).HGF は細胞増殖,血管増殖,細胞形態
2888
シンポジウム 3
日産婦誌66巻12号
,
,
,
【図 2】 LPS に対する腹水中マクロファージの活動性の変化.
LPS 添加に対する腹水由来マクロファージ培養上清中の hepatocyte growth factor(HGF)
,
vascular endothelial growth factor(VEGF),interleukin-6(IL-6)および tumor necrosis
factor α(TNFα)濃度の変化を検討した.LPS を添加していないコントロール群に比較して
LPS 10ng/mL を添加した群では,培養上清中の HGF,VEGF,IL-6 および TNFα 濃度はい
ずれも有意に亢進した(白色).これらの系を抗 TLR4 抗体(黒色)あるいは LPS のアンタ
ゴニストであるポリミキシン B(斜線)で前処理したところ,これら分子の産生は有意に抑制
された.結果は 3 回の実験の平均±標準誤差で示す.
【図 3】 LPS に対する正所性あるいは異所性子宮内膜の増殖性の変化.
子宮内膜症女性から採取した正所性あるいは異所性子宮内膜由来の培養腺上皮細胞(白色)
および培養間質細胞(黒色)の bromodeoxyuridine(BrdU)取り込み能で評価した増殖性
の変化を示す.LPS を添加していないコントロール群に比較して,LPS 添加群では,腺上皮
細胞および間質細胞いずれも BrdU 取り込みが濃度依存的に有意に亢進した.これらは抗
TLR4 抗体の前処理により有意に抑制された.結果は 3 回の実験の平均±標準誤差で示す.
*
p<0.05,抗 TLR4 抗体添加群 vs. 非添加群.
変化を促進する作用を持つが,ボイデンチャン
た3).子宮内膜症では,月経血中の HGF 濃度が亢
バーを用いた培養実験において,HGF は ESCs
進しており,また HGF は内膜細胞に対する scat-
および EECs の細胞遊離(scatter)性を亢進させ,
ter!
migration 作用を持ち,これらは,逆流月経血
また,上皮細胞の浸潤能(migration)
を促進させ
中の内膜細胞の骨盤内への移動に促進的に関与す
2014年12月
シンポジウム 3
2889
【図 4】 細胞間接着因子とその受容体の子宮内膜および骨盤腹膜での発現局在.
月経期に子宮内膜症女性から採取された正所性子宮内膜および骨盤腹膜において,細胞間接
着因子であるフィブロネクチンとラミニン,およびその受容体であるインテグリン α3 とイ
ンテグリン α6 の発現を免疫組織化学的手法を用いて検討した.フィブロネクチンとラミニ
ンは子宮内膜腺上皮および間質細胞に発現が認められた(上段).一方,フィブロネクチンの
受容体であるインテグリン α3 とラミニンの受容体であるインテグリン α6 は,腹膜中皮に発
現が認められた(下段).
ることを支持する所見である.
これまでに,LPS が細胞間接着因子である β1
(5)腹水あるいは月経血中に存在する
LPS の由来
インテグリン,フィブロネクチン,ラミニン,ま
た,それらの受容体であるインテグリン α3 およ
清潔操作のうえ 20 例の子宮内膜症および 15 例
び α6 の子宮内膜における発現に関与しているこ
の非子宮内膜症コントロールから月経周期の 1∼
15)
16)
.そこで,子宮内膜症女性
3 日目に月経血を採取した.E. coli の増殖に適した
から月経期に子宮内膜および腹膜組織を採取し,
eosin-methylene blue(EMB)
培地(Difco Laborato-
細胞間接着因子およびそれらの受容体の発現を免
ries,Detroit,MI)
上で月経血を培養した.また,
疫組織化学的手法を用いて検討した.フィブロネ
Limulus amoebocyte lysate(LAL)
テスト(エンド
クチンおよびラミニンは,子宮内膜腺上皮細胞お
トキシン・シングルテスト,和光純薬,東京)
によ
よび間質細胞に均一な発現が認められた.また,
り月経血および腹水中の細菌性エンドトキシン濃
これらの受容体であるインテグリン α3 および α6
度を測定した.
とが報告されている
は腹膜中皮に発現が認められた(図 4)
.これらの
月 経 血 中 の E. coli の コ ロ ニ ー 形 成 能(colony
結果は,LPS が子宮内膜細胞の migration および
forming unit,CFU!
mL)
はコントロール(中央値,
その後の腹膜への接着へ間接的に関与しているこ
Log10,
1.2;interquartile range IQR,0.8∼1.9)に
とを示している.
比して有意に内膜症(中央値,4.5CFU!
mL;IQR,
2890
シンポジウム 3
【図 5】 内膜症の有無と月経血培養における大腸菌
(Escherichia coli;E. coli)のコロニー形成能の関連.
(A)子宮内膜症および非子宮内膜症コントロール
から採取した月経血の培養における E. coli のコロ
ニー形成能(log 変換した Colony forming unit;
CFU/mL)は,コントロールに比較して内膜症で
有意に亢進していた(p<0.01).
(B)骨盤腹膜内膜症の赤色病変を有する例では,赤
色病変が認められない卵巣チョコレート囊胞のみの例
に比して,有意に月経血培養における E. coli のコロ
ニー形成能が亢進していた(p<0.01)
.
箱ひげ図の箱中の線は中央値を示し,箱の上縁および
下縁はそれぞれ 75 および 25 パーセンタイル値を示す.
箱から出たひげ線の上端および下端はそれぞれ 90
および 10 パーセンタイル値を示している.
日産婦誌66巻12号
【図 6】 子宮内膜症の有無と腹水および月経血中のエ
ンドトキシン濃度の関連.
(A)子宮内膜症(黒色)および非子宮内膜症コン
トロール(白色)から採取した腹水あるいは月経血
中のエンドトキシン濃度は,コントロールに比して
内膜症で有意に亢進していた(腹水,p<0.01;月
経血,p<0.001).
(B)腹水中のエンドトキシン濃度を月経周期によ
り検討したところ,月経期では増殖期あるいは分泌
期に比較して有意にエンドトキシン濃度が亢進し
ていた.月経周期を通じて内膜症ではコントロール
に比して腹水中エンドトキシン濃度が亢進してい
た.結果は平均±標準誤差で示す.
PGE2 は局所での免疫抑制作用によって,ある種
のがん細胞の増殖を促すこ と が 認 め ら れ て い
1.4∼7.2)
で高かった(p<0.01,
図 5)
.さらに,子宮
る18).一方で,子宮内膜症患者由来のリンパ球の増
内膜症のなかで,赤色腹膜病変を合併する例では,
殖に PGE2 がどのような影響を及ぼすのか必ずし
そのような病変のない卵巣チョコレート囊胞のみ
も明らかでない.
の例に比して,月経血中の E. coli のコロニー形成
臨床的には,子宮内膜症の月経痛や骨盤痛は,
能が有意に高かった(図 5)
.月経血あるいは腹水
患者の月経血,腹水,正所性あるいは異所性内膜
中のエンドトキシン濃度は,コントロールに比し
組織における PGE2 あるいは PGF2α の上昇と関
て内膜症で有意に高かった(図 6)
.また,月経期の
連している19)20).PGE2 はウイルスの複製に対する
腹水中のエンドトキシン濃度は,卵胞期あるいは
促進作用を持つが,E. coli などの細菌の増殖に対
黄体期に比して有意に上昇しており,月経周期を
する作用は明らかでない.子宮内膜症女性で月経
通じて内膜症ではコントロールに比して腹水中の
血中で亢進している PGE2 は直接的に,あるいは
エンドトキシン濃度が高い傾向が認められた(図
免疫抑制作用により間接的に腟内細菌叢から上行
6)
.これらの結果は,子宮内膜症の月経血あるい
性に子宮腔内に侵入した E. coli の増殖を亢進させ
は腹水中で認められるエンドトキシン濃度の上昇
る可能性がある.一方,泌尿生殖器を覆う上皮に
が,月経血中に存在する E. coli の活動性の亢進に
は抗菌性蛋白の発現が認められ,これらの蛋白の
由来することを示している.
発現は周期的なエストロゲン分泌の影響を受けて
(6)月経血に細菌コンタミネーションが
生じる機序
いる21).月経期にこれらの蛋白の発現が低下する
ことで月経血への細菌の混入に促進的に関連して
いるかもしれない.
これまでの報告によれば,PGE2 濃度の高い精
前述の仮説から,
(a)
子宮内膜症あるいは非子宮
漿では HTLV-Ⅱやその他の HIV 関連ウイルスの
内膜症コントロールから採取した月経血,腹水あ
複製を亢進させることが認められている17).また,
るいは血清中の PGE2 濃度を測定した.
(b)
E. coli
2014年12月
シンポジウム 3
の培養系を用いて PGE2 が E. coli の増殖に及ぼす
2891
有 意 に 多 か っ た(79.3% vs. 58.4%,p<0.03,
χ2 検
直接的な影響を検討した.
(c)
末梢血中のリンパ球
定)
.また,GnRHa 療法を受けていた例ではコント
の増殖を PGE2 が抑制的に作用するか検討した.
あ る い は 内 膜 症(p=
ロ ー ル(p=0.004,
χ2 検 定)
(d)
抗菌性蛋白である human β defensin
(HBD)
お
に比して有意に腟内 pH が上昇して
0.03,
χ2 検定)
inhibitor
いる例の割合が多かった.同様に,GnRHa を施行
(SLPI)
の子宮内膜における発現局在を月経周期
していない例に比較して,GnRHa を施行した内膜
よび secretory
leukocyte
protease
症女性での Nugent score で評価した腟内細菌叢
により検討した.
(a)
月経血,腹水および血清の 3 者のなかで,
の性状は,正常の割合が低下し,腟炎と境界域と
PGE2 濃度は月経血で最も高かった.月経血中の
診断される(Nugent score 4∼6)
例の割合が有意
PGE2 濃度は腹水あるいは血清に比して 2∼3 倍
.子
に増加した(25.6% vs. 53.4%,p=0.05,
χ2 検定)
亢進していた.また,月経血および腹水中の PGE2
宮腔内分泌物を培養したところ,子宮内膜症では
濃度はコントロールに比較して内膜症で有意に高
コントロールに比して Gardnerella,α-streptococcus,
かった22).
Enterococci および E. coli のコロニー形成が有意
(b)
PGE2 は濃度依存的に E. coli のコロニー形
に亢進していた.GnRHa 治療後の例から採取した
成を増加させ,それらは低濃度の PGE2 あるいは
子宮腔内分泌物の培養では,無治療の例に比して
高濃度の PGE2 に反応する 2 峰性のコロニー形成
有意にこれらの細菌のコロニー形成が亢進してい
22)
のピークが認められた .
た.これらの結果は,子宮内膜症では無症候性の
(c)
内膜症およびコントロールいずれにおいて
腟あるいは子宮感染が存在し,これら子宮腔内へ
も PHA は濃度依存的にリンパ球の増殖が亢進さ
の細菌の侵入は抗エストロゲン療法により増悪す
せた.一方,内膜症由来のリンパ球では,PGE2
る可能性があることを示している.
は PHA のリンパ球刺激作用を濃度依存的に抑制
した22).これらの PGE2 の抑制作用はコントロー
ル女性由来のリンパ球では認められなかった.
(8)今後の臨床への応用
本シンポジウムでは,これまでの私どもの一連
(d)
正所性子宮内膜における HBD と SLPI の発
の研究から得られた新たな子宮内膜症の病態仮説
現を免疫組織化学的手法を用いて Q-H スコアで
と し て「Bacterial contamination hypothesis・細
検討すると,両者の発現スコアは増殖期で高く,
菌コンタミネーション仮説」を提唱した.月経血
月経期で低下し,分泌期にはその中間を示し,両
の経卵管逆流により腹腔内に集積された腹水中の
者の月経期の発現スコアは増殖期あるいは分泌期
一定量のエンドトキシンは,骨盤内炎症を惹起し
23)
に比して有意に低値であった .しかしながら,月
TLR4 を介して子宮内膜症の増殖に関与してい
経期における HBD と SLPI の発現には内膜症と
る.PGE2 は細菌の増殖に直接的あるいは間接的
23)
コントロールで有意差を認めなかった .
に作用を及ぼし,疼痛症状の強い内膜症女性では
以上より,子宮内膜症の病態に強く関連してい
子宮腔内への細菌のコンタミネーションのリスク
る PGE2 や,エストロゲンの影響下に局所での発
が上昇することが推察される.このような女性の
現が調節されている抗菌蛋白が,子宮内膜症での
疼痛への治療は内膜症の進行の観点からも重要と
上行性細菌コンタミーションに関与していること
考えられる.潜在性腟感染と子宮腔内への細菌コ
が推察される.
ン タ ミ ネ ー シ ョ ン の リ ス ク の 上 昇 は,LPS と
(7)潜在性腟・子宮感染に GnRHa が及ぼす影響
TLR4 を介した子宮内膜症の増殖に関連してい
る.GnRHa 治療後の潜在性腟感染の増悪と子宮腔
子宮内膜症の有無で腟分泌物の性状の相違を検
内溶液中の細菌コロニー形成の増加は,子宮内膜
討したところ,子宮内膜症ではコントロールに比
症における抗エストロゲン療法において新たな薬
して,腟内 pH が上昇(!4.5)
している例の割合が
物療法を追加することにより治療効果を向上させ
2892
シンポジウム 3
うる可能性を示している.子宮内膜症女性の月経
日産婦誌66巻12号
pects. Hum Reprod Update 2006; 12: 49―56
血中に認められるものと同じ大腸菌株の in vitro
3) Khan KN, Kitajima M, Hiraki H, Fujishita A,
での培養実験では,PGE2(100ng!
mL)
とレボフロ
Sekine I, Ishimaru T, Masuzaki H. Immunopatho-
キ サ シ ン(10,
50,
100μg!
mL)
は濃度依存的に
PGE2 が E. coli の増殖を促進する作用を有意に抑
制した.これらの結果は,子宮内膜症において,
genesis of pelvic endometriosis : role of hepatocyte growth factor, macrophages and ovarian
steroids. Am J Reprod Immunol 2008; 60: 383―
404
経腟的にレボフロキサシンやその他の広域スペク
4) Khan KN, Kitajima M, Hiraki H, Fujishita A,
トル抗生物質を使用することにより,潜在的な
Sekine I, Ishimaru T, Masuzaki H. Toll-like recep-
腟・子宮感染を抑制し,子宮内膜症の増殖・進展
tors in innate immunity: role of bacterial endo-
あるいは再発を予防する治療法になりうる可能性
toxin and toll-like receptor 4 ( TLR 4 ) in en-
がある.今後は,私どもの仮説を基礎的研究によ
dometrium and endometriosis. Gynecol Obstet
り証明を試みる予定である.
謝
Invest 2009; 68: 40―52
5)Wira CR, Fahey JV, Sentman CL, Pioli PA, Shen
L. Innate and adaptive immunity in female geni-
辞
tal tract: cellular responses and interactions. Im発表の機会を与えていただきました第 66 回日本産科婦
人科学会学術講演会学術集会長,筑波大学産婦人科
munol Reviews 2005; 206: 306―335
吉川
6) Deb K, Chatturvedi MM, Jaiswal YK. Gram-
裕之教授,ならびに座長の労をおとりいただいた鳥取大学
negative bacterial endotoxin-induced infertility: a
産婦人科
bird eye view. Gynecol Obstet Invest 2004 ; 57 :
原田
省教授,東京大学産婦人科
大須賀
穣
224―232
教授に深謝致します.
北島道夫講師の翻訳,増
英明教授の校閲に深謝しま
す.
7) Larsen S, Galask RP. Vaginal microbial flora :
practical and theoretic relevance. Obstet Gynecol
1980; 55: 100S―113S
共同研究者
(敬称略)
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科産科婦人科:増
8)Takeda K, Akira S. Toll-like receptors in innate
immunity. Int Immunol 2005; 7: 1―14
9)Khan KN, Kitajima M, Hiraki K, Yamaguchi N,
英明,北島道夫,井上統夫,平木宏一,松本亜由美,松田
Katamine S, Matsuyama T, Fujishita A, Naka-
勝也,林田和美,石田恭子
shima M, Ishimaru T, Masuzaki H. Escherichia
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2894
シンポジウム 3
日産婦誌66巻12号
Synopsis
Objectives: Endometriosis is a multi-factorial disease mainly affecting women of reproductive age.
The exact pathophysiology or pathogenesis of this disease is still debatable. As a component of innate
immune system, information regarding the role of macrophages and Toll-like receptors (TLRs) in endometriosis is lacking. We investigated role of bacterial endotoxin (LPS) and TLR4 in endometriosis
and examined the possible source of endotoxin in pelvic environment.
Materials and Methods: TLR4 was expressed at gene and protein level in macrophages and endometrial cells by RT-PCR and immunohistochemistry. Limulus amoebocyte lysate test was used to
measure endotoxin levels (LPS) in the menstrual fluid (MF)!peritoneal fluid (PF) and investigated its
potential role in the growth of endometriosis. As a possible source of endotoxin, menstrual blood, collected from these women, was cultured for the presence of Escherichia coli (E. coli ).
Results: TLR4 was expressed in both macrophages and endometrial cells. Menstrual blood was
contaminated with E. coli and colony formation of E. coli was significantly higher in women with endometriosis (105-107CFU!
mL) than in control women (<102CFU!mL). E. coli -derived endotoxin levels
in MF and PF was significantly higher in women with endometriosis than in control women. The production of a number of macromolecules (HGF, VEGF, IL-6, TNFα) by LPS-treated macrophages was
significantly higher in women with endometriosis than non-treated cells. Pre-treatment of cells with
anti-TLR4 antibody abrogated LPS-stimulated secretion of macromolecules as well as LPS-promoted
growth of eutopic and ectopic endometrial cells. Role of prostaglandin E2 and antimicrobial peptides
supporting mechanistic basis of bacterial contamination of menstrual blood will be discussed.
Conclusions: We proposed for the first time a new concept bacterial contamination hypothesis in
endometriosis. Our results suggest that a substantial amount of endotoxin in peritoneal fluid due to
reflux of menstrual blood is involved in pelvic inflammation and may promote TLR 4-mediated
growth of endometriosis. Our findings may hold new therapeutic potential in addition to conventional
estrogen suppressing agent.