光脳機能イメージング―光でみる脳機能と“脳ブーム”・・・・ ・・・・・ いよいよ本格化するPTSDの治療研究 ・・・・・ 研究用語の基礎知識 ヒト型モデルマウス ・ ・・・・ ・・・・・ 第2回 精神研都民講座報告 「いびき症と付き合う−睡眠時無呼吸の対策について−」 ・ ・ ・ 光脳機能イメージング ― 光でみる脳機能と“脳ブーム” ● 脳機能解析研究チーム・副参事研究員 星 詳子 ージング法では計測が難しい乳幼児や精神神経 疾患患者さんにも用いることができます。さら 昨今の“脳ブーム”は、学術的に“脳の世紀” に、装置は簡便で、会話や書字など日常生活で といわれている今世紀を象徴するような現象と 見られる様々な行動中の脳の活動状態を捉える 思われます。この“脳ブーム”の背景として ことができるため、最近は“光トポグラフィ” 様々なことが考えられますが、優れた脳機能イ としてマスコミでもよく採りあげられており、 メージング法の出現により、手を動かしたり音 線がたくさんついたヘッドギアのようなものを 楽を聴いたりしている時に脳のどの部分が活動 かぶっている光景を目にすることが多くなって しているのかということを観察することができ います。ここでは、光脳機能イメージングにつ るようになったことが、追い風になっているよ いて基礎的なことを含めて紹介し、かつ本法を うに思われます。これらの脳機能イメージング 通じて見えてきた“脳ブーム”の問題点につい 法は、脳の一部が活動するとその領域の代謝と て述べたいと思います。 脳血流が増加する現象を利用しており、直接脳 2. 光が脳機能を捉えるしくみ 細胞の活動状態を計測するのではなく、脳血流 などを計測することによって脳の活動状態を捉 光脳機能イメージングは、近赤外線という えています。しかし、計測は特殊な部屋の中で 特殊な光を使っています。近赤外線は炊飯器 行われ、不安感や苦痛を訴える方もおり、誰に やこたつで有名な遠赤外線とは異なり、照射 でも用いることができるわけではないという欠 しても熱くはなく人体には全く無害で、血液 点があります。 中に存在する赤血球の中で酸素を運搬する働 一方、光脳機能イメージングはベッドサイド きをもつヘモグロビン(Hb)というたんぱく質 などで行うことが可能で、また他の脳機能イメ によって吸収されます。光吸収の程度は、酸 1. “脳ブーム”と脳機能イメージング 1 素と結びついた酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb) と酸素が外れた脱酸素化ヘモグロビン(deoxyHb)の量によって変化するため、頭皮上に光を 照射して、3 cmほど離れた部位から脳組織を 通過してきた光の量を計測することによって Hb量の変化を求めることができます。この方 法は、近赤外線スペクトロスコピー(nearinfrared spectroscopy, NIRS)と呼ばれていま す。 oxy-Hbとdeoxy-Hbの変化の和は総ヘモ グロビン(t-Hb)の変化で、検出された光が透過 した領域内の血液量変化を示しており、また oxy-Hbの変化は脳血流の変化をよく反映して います。 図1は、ワーキングメモリ(高度な認知活動 を行うために一時的に情報を蓄えておく機能) を必要とする課題を行っている時に、左こめ かみのやや上方で計測した外側前頭前野にお けるHb量変化を示しています。脳活動の増加 に伴って脳血流が増加し、oxy-Hbとt-Hbの増 加、deoxy-Hbの減少が認められました。この ような計測を頭皮上の複数の場所で行い計測 部位による血流反応の違いを画像として表示 するのが“光トポグラフィ”です。ただ、現 在市販されている装置を用いた場合、血流変 化が生じた部位を知ることはできますが、反 応の大きさについて異なる人との間での比較 や、同じ人の頭部であっても計測部位間での 比較では、必ずしも脳活動の大小を比較した ことにならないという問題があるので注意が 必要です(計測原理上の問題で詳細は省きま す)。また、NIRSでは脳組織だけでなく頭皮 や頭蓋骨などの脳外組織を分けて計測するこ とはできないため、血圧上昇や心拍数の増加 などにより頭皮の血流が増加した場合は、そ れらによる影響を受けることを考慮する必要 があり、現在その影響を取り除く工夫が色々 試みられています。 3.NIRSによる脳研究 ここでは、ワーキングメモリタスクである n-back task(1、2、3、4の数字のどれか一つ が約2秒間隔で順次提示され、n個前に見た数 字を答える課題)を行っている時の脳活動に 関する研究を紹介します。この課題遂行中に 図2に示すように左右の前頭部外側の四角で囲 まれた領域の脳血流変化を調べたところ、両 側の腹外側前頭前野で血流増加が認められ (赤い領域)、この領域が課題遂行に関与して いたことがわかりました。ここでは1、2、3個 前に見た数字を思い出す3種類の課題を行いま したが、3個前の数字を思い出す3-back task で最も血流が増加しました。NIRSには連続的 に血流変化をリアルタイムでモニタできる利 点があり、図3は、図2の例の両側腹外側前頭 前野における血流の経時的変化(課題遂行時 間は1.5分間)を示しています。この例では課 題開始から10秒くらいまでは血流が増加しま したが、その後は減少し課題遂行中であるに もかかわらず血流は課題開始前のレベル近く まで戻りました。しかし、課題に対する成績 に変化はなく約95%の正解率でした。このこ とは、 “前頭前野は新規の行動には関与するが、 慣れてくると前頭前野が関与しなくても行動 図1:左外側前頭前野におけるワーキングメモリタスク遂行時のHb変化 図2: n-back task遂行時のoxx-Hbによるトポグラフィ 0-back taskの変化を基準としている できるようになる”という現象を反映してい るのかもしれません。明確な説明を行うため には更なる研究が必要ですが、この結果は経 時的に血流変化を追跡することの重要性を示 しています。 NIRSには、小型化が可能であるという利点 もあります。携帯可能な小型装置に無線シス テムを組み合わせたウェアラブルシステムは、 ホルタ心電計のように動き回っている状態で も計測することができます(図4)。また計測 結果は無線で離れたところに設置されている パーソナルコンピュータに送られて、変化を リアルタイムで観察することができ、今後臨 床や脳研究に於いて大いに役立つことが期待 されています。 4.脳血流と脳活動 脳血流の増加は脳活動の増加を示している ため、脳血流を増加させる行動は脳の発達、 健康維持に良いと思われがちです。逆に、携 帯電話でメールを打ち込んでいる時やテレビ ゲームを行っている時などでは、前頭前野の 脳血流増加はみられず、むしろ低下する場合 もあることがNIRS計測から明らかにされ、 このような状態は脳に悪影響を与えるのでは ないかと懸念されています。しかし、前述の ように前頭前野は習熟した行動には関与しな くなる傾向がありますので、前頭前野が活動 していないことを直接機能低下へ結びつける のには無理があります。また、脳の中には活 動が亢進した細胞群とそれらに対して抑制を 図3:図2の被験者の3-back task遂行中の腹側外側前頭前野に おけるoxy-Hbの変化 図4:NIRS ウェアラブルシステムを用いた計測風景 かける細胞群が混在しており、抑制を受けた ところでは脳血流の増加は見られなくなりま すが、抑制をかけている細胞群は活動してい るのでそれに伴って血流が増加します。つま り、今までの話と矛盾した、血流が増加して いることが必ずしも脳活動の増加を反映しな いという現象が生じる可能性もあります。従 って、様々な行動の脳への影響について単純 に脳血流の増減で論じることはできないのが 現状です。 5.光脳機能イメージングは“有用な道具” それとも“高価なおもちゃ”? 空前の“脳ブーム”により脳に関する情報 は氾濫しています。特に、脳を取り扱ったテ レビ番組は非常に多く、情報提供媒体の筆頭 と言えます。 “光トポグラフィ”はこのよう な番組にとって恰好の道具らしくよく登場し ていますが、示された結果は必ずしも脳科学 の世界で認められたものではないということ を念頭においておく必要があります。また、 研究者がテレビ局のスタッフのひらめきによ って考案された話題性のある実験を一日で行 うことを依頼され、その結果が学問的に十分 に検討されないまま一週間後には全国に放映 されるというのはよくある話です。NIRSに対 しては以前から「有用な道具?それとも高価 なおもちゃ?」という問いかけがありました。 安易な使用の場合は、光脳機能イメージング は“高価なおもちゃ”に過ぎません。私達は、 精神神経疾患の光診断を可能にする“有用な 道具”として活用しています。 研究 紹介 いよいよ本格化するPTSDの治療研究 ―トラウマ焦点化認知行動療法の効果検証の取り組み― ◆心的外傷性ストレス研究チーム・参事研究員 飛鳥井 望 はじめに 心的外傷性ストレス研究チームは、被災者・ 被害者のPTSD(外傷後ストレス障害)などに 対する心のケアの研究に取り組んでいます。そ もそも精神研におけるPTSD研究は、旧社会精 神医学研究部門における被災者のメンタルヘル スの研究から始まりました。以来これまでの10 年間、各種の実態調査や臨床研究、PTSD診断 尺度日本語版の作成と標準化に取り組んできま した。精神研で作成された改訂出来事インパク ト尺度(IES-R)及びPTSD臨床診断面接尺度 (CAPS)は、信頼性と妥当性を検証された尺度 として、現在日本で実施されるほとんどの PTSD研究で使用されています。またCAPSはこ のたび厚生労働省より保険点数化されました。 これまでの研究の進展を土台として、いよい よPTSDの治療研究に本格的に着手できるとこ ろまできました。その中心は心的外傷(トラウ マ)体験に焦点を当てた精神療法技法である 「トラウマ焦点化認知行動療法」の効果検証です。 おりしも国レベルでは、平成16年12月に「犯 罪被害者等基本法」が制定され、それに基づき 平成17年12月に「犯罪被害者等基本計画」が策 定されたところです。それらの中では、犯罪被 害者や被害者遺族の心理的外傷による精神的被 害への適切な介入や支援が重点課題として位置 づけられています。 PTSDとは 生命や身体に脅威を及ぼし、強い恐怖感や無 力感を伴い、精神的衝撃を与える心的外傷体験 (災害、重度事故、暴行、レイプ、虐待など) は、程度は異なるにせよ、ほとんどの人にスト レス反応を生じます。このようなストレス反応 は、すべて「異常な事態に対する正常な(普通 の)反応」です。一般には数週間から数ヶ月の 経過とともに徐々に回復することが期待できま すが、時間が経ってもなかなか治まらずに PTSDの症状に悩まされることもけっして少な くありません。 PTSDに特徴的な症状とは、再体験症状(フ ラッシュバックや悪夢)、回避症状(出来事に 関連した思考、感情、事物や状況の回避)、精 神麻痺症状(興味や関心の喪失、感情麻痺)及 び過覚醒症状(睡眠障害、集中困難、過敏反応) です。またこれらの症状に悩まされるだけでな く、症状のために生活や仕事・学業上にもいろ いろな支障が出てきます。人間関係にも影響を 及ぼします。まさにPTSDとは、日常生活の機 能全体に破壊的作用を及ぼす結果にもつながる ことのある病態なのです。 PTSDの治療法 PTSDの治療法については、国際トラウマテ ィック・ストレス学会(写真)や米国精神医学 会から、また英国では国立クリニカル・エクセ レンス研究所から治療ガイドラインが発表され ています。これらの治療ガイドラインはすべて、 PTSDの各治療法の有効性に関するこれまでの 研究報告をつぶさに検討した上での、現時点に おいて確かといえる 根拠に基づいたもの です。 欧米では、PTSDに 対してさまざまな治 療法が試されてきま したが、現在のとこ ろ厳密な効果検証法 である無作為化臨床 比較試験により有効 Practice Guidelines from 性を証明された治療 the International for Traumatic 法は、認知行動療法、 Society Stress Studies EMDR(眼球運動に 飛鳥井望、西園文、石井朝子訳 よる脱感作と再処理 (金剛出版、2005) ● これまで避けてきた事物や状況に対す 法)、及びSSRI(選択的セロトニン再取り込み 阻害薬)を中心とした抗うつ薬のみです(表) 。 「トラウマ焦点化認知行動療法」の 効果検証の取り組み 心的外傷体験に焦点を当てた認知行動療法は、 有効性の高い治療法として、前述のすべての PTSD治療ガイドラインにおいて推奨されてい ます。治療技法としては、エクスポージャー法 (曝露法)、認知療法、ストレス免疫訓練などが 含まれますが、中でももっとも多くの臨床研究 により有効性を示されてきたのがエクスポー ジャー法です。 しかしながら、欧米では有効なトラウマ焦点 化認知行動療法が、文化的背景の異なる日本で も果たして同じように有効であるかどうかは、 確かめない限り定かではありません。 われわれはこれまでの予備研究を通して、代 表的なトラウマ焦点化認知行動療法であるエク スポージャー法プログラムが、日本においても すぐれた有効性が期待できることを確かめてき ました。 PTSDとは、いわば恐怖を呼び覚ます心的外 傷体験の記憶が、過去のものとして処理されな いまま、特徴的な症状形成に結びついている状 態です。エクスポージャー法のプログラムでは、 実際には危険のない安全な環境の下で、外傷記 憶やそれにまつわる状況に、時間をかけた系統 的で丁寧な方法を用いて繰り返し向き合うこと で、次のような変化を促します。 ● 心的外傷体験にまつわる記憶と感情の処理 が大きく進みます。それにより心的外傷体 験について、考えたり感じたりすることに よる心身の反応が和らぎます。 る恐怖と不快感が徐々に薄らぎ、症状 による生活上の支障が改善されます。 ● PTSD症状の改善に伴い、合併する抑う つや不安の症状の改善も期待できます。 心的外傷体験の記憶に支配され、症状に苦 しむ状態は、プログラムにより記憶をコン トロールできるようになるにしたがって改 善が得られます。またプログラムの効用は それにとどまらず、心的外傷体験の影響で 否定的となった物の見方や感情のバランス を取り戻すのに大きく役立ちます。 研究では、東京医科歯科大学難治疾患研究所 と共同し、PTSDに対するトラウマ焦点化認知 行動療法の効果をさらに厳密な手法を用いて検 証する取り組みを進めています。 心的外傷性悲嘆とその治療について 災害や事故、犯罪や自殺などによる暴力的死 別の体験は、強い恐怖や不安を伴う心的外傷体 験であり、遺された人々には心的外傷性悲嘆と いう状態が生じます。また高い割合でPTSD症 状も出現します。心的外傷性悲嘆では、正常な 悲嘆から回復へ向かうプロセスがしばしば滞っ てしまいます。強い非痛感と思慕、喪失の現実 を信じられない気持ち、孤独、恐怖、怒り、罪 悪感といった痛切な思いが長く続き、心身健康 や生活に多大な影響が及ぶことにもなります。 そのため専門的な治療が必要となりますが、薬 物療法やカウンセリングでは十分な回復が得ら れないまま、治療が長期間に及ぶことも少なく ありません。 PTSD症状を伴う心的外傷性悲嘆に対しても、 トラウマ焦点化認知行動療法プログラムを応用 した治療研究を進めており、これまで交通事故、 過失事故や殺人被害者の遺族の方々の精神的回 復にプログラムを役立てていただくことができ ました。 おわりに 日本でも、いよいよこれから有効性の証明を 目指したPTSD治療研究が本格化していくもの と思われます。おそらく数年後には、PTSDを めぐる治療状況に大きな進展が見られることが 十分に期待できるでしょう。 研究用語の基礎知識 ヒト型モデルマウス ◆分子精神医学研究チーム 研究員 山本 秀子 疾患モデルマウス 疾患モデルマウスとは、人間が病気にかか った状態と似た状態にしたマウスです。マウ スはヒトと違って、遺伝、環境条件などを揃 えた個体を使うことができます。それは病気 を研究する上で有益です。モデルマウスであ る条件は、目的とする病気と症状や原因、治 療薬の効果が似ていることです。 私たちが当研究所で使っているモデルマウ スは、神経伝達物質の輸送体や受容体をなく したマウスです。それぞれ違いがあり、よく 走り回る肥満気味のマウス、攻撃的なマウス、 恐怖に駆られやすいマウスや物覚えが悪いマ ウスなど、様々な特徴を示します。たとえば、 今、教育の現場で注意欠陥多動性障害(ADHD) が問題となっています。その多動の部分を反 映したモデルマウスとして、ドーパミントラ ンスポーターの遺伝子をなくしたマウスが使 われています(写真) 。 このマウスはADHDの治療薬である、メチル フェニデート(商品名、リタリン)によって 多動を抑えることができる良いモデルマウス です。これらのマウスは、精神・神経科の薬 を開発するのにとても役立っています。しか し、精神疾患のモデルマウスはヒトに特有の 言語、自意識、自殺衝動などを示すことはで きません。従って、常に限界を考慮すること が必要です。 他にも、心疾患、ガン、アレルギー、免疫 機能不全などの様々なモデルマウスが作られ ており、病気の解明と治療薬の開発に役立っ ています。 遺伝子変異モデルマウスの作り方 大きく分けると、2種類あります。ひとつは、 自然に、または薬物によって染色体に損傷が できたマウスです。たとえば、発癌剤である ニトロソ化合物を与えて染色体にダメージを 起こさせて作ります。 (ENUマウス)。 もうひ とつは、人工的に遺伝子を組み換えて作った マウスです。目的とする遺伝子を完全になく したり(ノックアウト、KO)、部分的に変異が ある配列と組み換えたり(トランスジェニック、 Tg)して作ります。 疾患モデルマウスってヒトの疾患と同 じなの? 結論から言うと、同じ場合と違う場合があ ります。マウスの染色体とヒトの染色体は違 うので、病気の原因となる遺伝子も違うとこ ろにあったり、長さや配列も少しずつ違う場 合があります。でも同じ目的に使うタンパク 質を作る遺伝子なので、この場合にはほとん ど同じと言っていいでしょう。違う場合は、 病気の特徴となる症状は同じなのですが、原 因となる遺伝子がマウスとヒトの病気とで違 うことがあります。 ドーパミントランスポーターを正常に持つマウス(左) と全く持たないADHDモデルマウス(右) 疾患モデルマウスから人と同じ遺伝子 や細胞を持つヒト型モデルマウスへ ヒトの疾患の解明に役立てるために、疾患の 発症や感染に必要なヒトの遺伝子や細胞などを マウスに導入したヒト型モデルマウスが作られ ています。これによって、ヒトとマウスとの種 の違いによる生物学的な違いを近づけることが できるようになりました。このように、ヒトに 特有の免疫反応や薬物代謝(体内で薬物を分解 すること)をする実験動物、ヒトと類似の反応 や同じような症状を起こすモデル動物を、特に 「ヒト型(反応)モデル」とよびます。 ヒト型モデルの有用性は、たとえばヒト特異 的に感染を引き起こすウィルスの研究などに生 かされています。 つマウスの作製が報告されています。これらの モデルマウスを使って、病気のメカニズムの解 明やダウン症候群患者の治療につながる研究が 期待されています。 これまでにどんなヒト型モデルマウス が作られたのか ヒト肝細胞を持つキメラマウス、ポリオ(小 児マヒ)感染モデルマウス、肝炎ウィルス感染 モデル、関節リウマチモデル、これらはヒトに 特有の薬物代謝の研究や、ヒト及びサルにしか かからないウィルスから起こる病気の研究にと ても役立っています。 また、ダウン症候群はヒトの21番染色体の 異常(通常は2本のところが、3本になること が多い)で起こりますが、どの遺伝子と関連し ているのか、よくわかっていません。そのため に、ヒトの21番染色体を丸ごと導入したマウ スが必要です。2001年に、図に示した方法を 用いて、ダウン症候群に特徴的な表現型*を持 図:ヒト21番染色体を持つマウスのミクロセル法による 作成(押村ら、2002年) ヒト21番染色体を持つマウスA9細胞から微 小核細胞(ミクロセル)を作り、マウスES細 胞と融合させる。その細胞からマウス胚操作を 用いてキメラマウスを作る。キメラマウスを掛 け合わせて繁殖させることにより、ヒトの染色 体を持ったマウスが得られる。 注* モデルマウスの“表現型”とは、マウスの外見、臓器、 行動などを観察したり測定してみるとわかる特徴のこ とです。それには遺伝子の異常から起こる病気の症状 も含まれます。 参考文献 押村ら、ヒト型モデル動物、 シュプリンガー・フェアラーク東京 ヒト型モデルマウスの代表例 ヒト型代謝酵素発現モデル ヒトP450発現トランスジェニックマウス ヒト肝細胞キメラマウス ヒトウィルス感染モデル ポリオ感染モデルマウス、肝炎ウィルス感染モデル 関節リウマチモデル 感染・免疫モデル ヒト型免疫系再構築モデルマウス 等 加齢モデル ウェルナー症候群モデルマウス 等 発ガンモデル ヒト型白血病モデルマウス、遺伝性腎ガンモデルマウス 多発性内分泌腫瘍性2型モデルマウス 等 その他 ダウン症候群モデルマウス 等 精神研都民講座 「よい眠りを得るために」―睡眠障害はここまで理解された― 第2回「いびき症と付き合う−睡眠時無呼吸の対策について−」 財団法人神経研究所附属代々木睡眠クリニック院長 井上 雄一 年も押し詰まり忘年会の季 節も間近です。社員旅行を兼 ね温泉に出かけてお酒も入っ て良い気分。さて部屋割りの 段になって、いびきのうるさ い人は一部屋に・・・。こうな るとスタートダッシュ、早く 寝付いた方が勝ちです。出遅 れた人は一晩中布団を頭から かぶって悶々とすることになりかねません。ベッ ドパートナーのいびきでも我慢ならないのに他人 のいびきとつきあうなんて、もってのほかです。 できることと言ったら、せいぜい鼻をつまんでや るぐらいでしょうか。ガード下の騒音にも匹敵す ると言われるいびきですが、うるさいだけでなく いろいろな障害をもたらす場合があることが知ら れています。そこで平成18年度第2回精神研都民 講座では神経研究所の井上先生をお招きし、 「いび き症と付き合う」と題して、病気の原因から対処 法までお話をいただきました。講師の井上先生は 睡眠時無呼吸だけでなく、ナルコレプシー、レム 睡眠時行動異常症、むずむず脚症候群などの臨床 研究の専門家として知られており、テレビや御著 書を通じてご存じの方も多いと思います。 まず、睡眠時無呼吸症の原因としては、なんと いっても肥満と言うことで、減量が重要だといわ れます。ところが同程度の肥満度の欧米人に比べ 日本人は症状が重いそうです。これは日本人の顔 面・頸部の骨格の特性として喉の奥行きが少ない ことによります。ですからなおのこと肥満には気 をつけなくてはいけませんね。 睡眠時無呼吸症を見極めるためには①常習性の いびきがある、②お酒を飲まなくてもしばしば呼吸 が止まる、③いくら寝ても疲れがとれない、④昼間 に眠気が強い、⑤寝付きはよいが中途覚醒がある、 ⑥朝起きた時の頭痛や夜間頻尿、などがあります。 気をつけて早めに発見して合併症を防ごうという お話でした。 睡眠時無呼吸症で問題なのは、まず、この病気 が「サイレントキラー」と呼ばれるという点です。 自分では上記の症状があっても夜呼吸が止まって いることには気づきにくいものです。重症になる と確実に長期の生存率が下がると報告されていま す。ご家族の方に気をつけてみて頂き、早めに睡 眠専門病院にご相談ください。 (参考:日本睡眠学 会http://jssr.jp/)つぎに、個人の問題だけでなく 社会的損失も引き起こすという点です。スペース シャトルチャレンジャー号の事故も睡眠障害のた めといわれていますし、交通事故をとっても治療 されていない無呼吸症の人は一般人の7倍も事故を 起こしやすいそうです。 さて、睡眠時無呼吸症の対処法と将来の問題点 としては、まず睡眠時無呼吸症は治療で良くなる と言うことをお話になられました。今は持続性陽 圧法(CPAP)を用いることで、 「眼鏡をかけてまるで 世界が一変した」のと同じように気分がすっきり すると言うことです。ただ、改善されたとはいえ、 機械の装着性や運搬等将来に残された問題もあり ます。また、確実な体重減量法の開発や指導も望 まれています。 講演にはいびきに悩まれている方々、治療に疑 問や不安を感じている方々が沢山お見えになって いましたので、実際に困っている点などについて 疑問に答える時間も十分とっていただきました。 いびきを根本から治せるに越したことはありませ んが、井上先生のかみ砕いてわかりやすいお話を 通じて、いびきとうまくつきあっていく自信を持 たれたのではないでしょうか? (東京都神経科学総合研究所・児玉 亨) (財)東京都医学研究機構 東京都精神医学総合研究所 ニュースに関するお問合せは、下記へ 隔月発行 〒156-8585 東京都世田谷区上北沢2-1- 8 TEL03-3304-5701 FAX 03-3329-8035 http://www.prit.go.jp/ 印刷:シンソー印刷(株) E-mail:[email protected]
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