小児耳 30(1): 7378, 2009 原 著 鈍的頸部外傷により気管損傷を生じた一例 勝見さち代1),小山新一郎1),村 上 信 五2) 1)名古屋第二赤十字病院 2)名古屋市立大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 気管・気管支損傷は胸部鈍的外傷により生じることが多く頻度の低い病態である。時に致 命的となりうるため迅速な診断,治療を要する。我々は鈍的頸部外傷により胸部気管損傷を きたした一例を経験したので報告する。4 歳男児,前頸部打撲後より血痰,嗄声,頸部痛が 生じ受傷 4 時間後受診。頸部軟線,CT で深頸部気腫,縦隔気腫を認め,胸部気管損傷が疑 われた。その後急激な皮下気腫の悪化を認め,気管内挿管し気道を確保し救命しえた。気管 分岐部直上膜様部に損傷部位を認めた。前頸部への直接的な外力,急激な頸部後屈,声門閉 鎖による気道内圧の上昇により脆弱な分岐部膜様部が裂けたと考えられた。気管・気管支は 外力による胸郭内臓器の振盪,気道内圧上昇により,必ずしも外力の及んだ部位に損傷が生 じるわけではない。頸部外傷の場合,我々耳鼻咽喉科医がまず診る可能性が高いため,頸部 外傷に併発する胸部外傷に関しても知識を深めることが重要である。 キーワード鈍的頸部外傷,気管・気管支損傷,深頸部気腫,緊張性気胸,喀血 症例4 歳,男児 はじめに 主訴血痰,嗄声,頸部痛 外傷は小児の死因の大半を占めるが,気管・ 既往歴特記すべきこと無し 気管支損傷を含む胸部外傷の占める頻度は低 現病歴 2007 年 4 月 1 日正午頃公園で転倒し 4 8 で ある1) 。頸胸 部には 喉頭, 気 前頸部を打撲し,その後から血痰,咳嗽,頸部 管,大血管,神経,食道等の重要臓器が存在 痛が出現し,休日診療所を受診。受傷約 4 時間 し,生命維持,発声,嚥下に直結した部位であ 後,当院救急外来へ紹介受診した。 り,外傷により重篤な障害が発生することがあ 初診時現症血圧110/60 mmHg,脈143回/分, く ,約 る。経過観察ですむ軽微なものから,即座に気 SpO2 98(room air),体温36.0° C,呼吸状態 道確保を要する致死的なものまでさまざまな程 は比較的安定し発声は可能だが,あまり話した 度の外傷があり,時に症状や外表所見から損傷 がらない。飲水はスムースに可能。頸部甲状軟 の程度を判断することが困難な場合もあり,対 骨左側辺りに暗赤色の索状圧痕,同部に圧痛を 処について十分な理解,知識が必要である。今 認めた。皮下気腫は明らかではなかった。 回,我々が経験した鈍的頸部外傷により胸部気 管損傷をきたした一例を報告する。 名古屋第二赤十字病院(〒4668650 名古屋市昭和区妙見町 2 9) ― 73 ― ( 73 ) 小児耳 30(1), 2009 勝見さち代,他 2 名 図 頸部軟線 側面像,正面像 著明な深頸部気腫を認める。 舌骨レベル頸動静脈周囲に著明な気腫を認める。 初診時検査所見 血液検査 WBC 16200/ml, Hb 12.7 g/dl, PLT 25.9/ml,血 清総蛋白7.46 g/dl, CK 376 IU, ALT 13 IU, LDH 313 IU, ALP 699, Amy 71,血清 Cr 0.3 mg / dl ,血清尿酸 3.92 mg / dl ,血清尿素窒素 10.4 mg / dl ,血清 Na 137 mEq / L ,血清 K 4.0 mEq/L,血清 Cl 102 mEq/l, CRP<0.20 mg/dl 喉頭ファイバー反回神経麻痺なし,喉頭に血 腫,浮腫,血痰,内出血等の異常所見は認めな かった。 頸部軟線 X 線(正,側)著明な深頸部皮下気 腫を認めた(図 1)。 図 頸部造影 CT 甲状腺レベル甲状腺周囲,頸動静脈周囲に著明な気腫 像を認める。 頸部造影 CT上咽頭レベルから甲状腺レベル まで広範囲に気腫像を認め,頸動静脈を含む副 咽頭間隙,咽後,甲状腺周囲にも気腫像を認め た(図 2 )。皮下直下には気腫はなく,甲状軟 骨に明らかな骨折は認めなかった。 胸部造影 CT縦隔気腫を認め,気管分岐部直 上膜様部に損傷を疑う所見を認めた(図 3)。 経 過 ◯ 症状,検査所見より胸部気管損傷の疑いと診 断した。受傷後約 4 時間が経過しており,バイ タルサインが安定していた為,呼吸器外科へ診 察依頼し,慎重にバイタルサインをモニタリン グしながら経過観察をしていたところ,約 1 時 間経過した後,突然の苦悶様表情,呼吸困難, 皮 下気 腫出現 し, SpO2 60 台 へ低下 した 。 ( 74 ) ― 74 ― 図 胸部造影 CT 気管分岐部直上膜様部に損傷を疑う(矢印部) 鈍的頸部外傷により気管損傷を生じた一例 小児耳 30(1), 2009 した。挿管チューブは損傷が疑われる部位に内 圧がかかるのを避けるため,分岐部直上辺りに 固定し,皮下気腫の悪化や胸腔ドレーンからの 排気量の増加の有無に十分に注意し管理した。 感染症合併予防のため,抗生剤はスルバクタム ナトリウム/アンピシリンナトリウム,1 回150 Cの mg/kg を 4 回/日投与した。第 2 病日に39° 発熱があったものの,血液検査所見では WBC は正常範囲内, CRP は 0.83 mg/ dl であり明ら かな感染症の合併は認めなかった。第 2 病日に 再度気管支ファイバーを施行するもやはり明ら かな損傷部位は同定できず。縦隔気腫,気胸, 皮下気腫が徐々に軽快したため,第 5 病日抜管 図 胸部レントゲン 両側気胸を認める。 (矢印部) した。その際に施行した気管支ファイバーにて 分岐部直上膜様部に損傷瘢痕を認めた。第 6 病 日に胸腔ドレーンを抜去,第11病日退院した。 考 察 鈍的頸部外傷は全頸部外傷の中で約 5と稀 であり2),さらに,気管気管支損傷は約 0.13 と稀である3)。また,小児外傷のうち気管・気 管支損傷を含む胸部外傷の割合も低く,約 48 という報告があり,鈍的外傷が約 85 を占 める4)。自動車事故によるものが大半を占め, その他スポーツでの直接的な外力による外傷 (フットボールのタックルや武術,ジェットス キー,スノーモービルなど),児童虐待が原因 図 となる5)。 気管内挿管,胸腔ドレーン留置後 気管・気管支損傷例の死亡率は小児では約 30,2050歳では16,50歳以上で75とい ICU 医師とともに緊急気管内挿管となった。 われ,死亡例の 52 は受傷後 1 時間以内に死 挿管後も SpO2 70台と改善しないため,胸部 亡し,44は 4 日以内に死亡する6)。これらの レントゲンを施行したところ両側気胸を認めた 外傷は,上記のように頻度は低いが致命的な結 (図 4 )ため,両側胸腔ドレナージを施行した 果をもたらす可能性があり,積極的に疑い,的 (図 5)。気管支ファイバーでは CT で損傷が疑 確かつ迅速な診断及び治療が必要である。 われた部位に明らかな損傷所見は認めなかった。 経 気管・気管支損傷は鈍的胸部外傷により生ず ることが多く,そのメカニズムは以下のようで 過 ◯ ある。 ICU 入室後はミダゾラム,フェンタニルに ◯ 外力により気管分岐部に働く牽引力 て鎮静・鎮痛し,呼吸器設定は SIMV(同期式 前胸壁が強く圧迫されると胸隔の前後径が減 間欠的強制換気)+PSV(圧支持換気)で管理 る為に横径が増加し胸隔が横に広がる。この胸 ― 75 ― ( 75 ) 小児耳 30(1), 2009 勝見さち代,他 2 名 隔の動きにつれて胸腔内の肺も互いに反対方向 にひかれ,その結果気管分岐部を水平方向に強 く牽引することになる7)。 ◯ 加減速による剪断力 急速な加速,減速により前胸壁と脊柱に挟ま れる気管・気管支に剪断力が働く。固定されて いる輪状軟骨,気管分岐部での剪断力が著明で ある8)。 ◯ 気道内圧の瞬間的な上昇8) 胸部に外力が加わると反射的に声門は閉じら れる。中枢部気道は末梢気管支に比べて弾力性 に欠けるため瞬間的な気道内圧の上昇は気管・ 主気管支で著明である。気道閉鎖と瞬間的なつ よい外力により気道および肺の内圧は上昇し, 気道あるいは肺,および胸膜の破裂が起こる。 胸隔の弾性の強い小児や若年者では生じやす 図 Management guidelines for blunt neck injuries い9)。その他,前頸部への直接的な外力やむち 表 うち運動のような急激な頸部後屈伸展により裂 けることもある10,11) 小児では胸隔の弾性が強 症 く,胸壁損傷からは想像も出来ないような大き 気胸 状 緊張性気胸 な胸腔内臓器損傷を来すことが稀ではない9)。 気管支損傷の症状() Bishop13) Hood14) 59 67 16 26 48 72 チアノーゼ 好発部位は,解剖学的構造上,剪断力,牽引力 呼吸困難 がかかり易い,固定されている肺門部,特に気 皮下気腫 管分岐部周辺で,気道損傷の約 80 は気管分 縦隔気腫 43 56 岐部から 2 cm 以内に発生し,脆弱な膜様部が 上部肋骨骨折 40 32 縦方向に裂けることが多いとされている9)。 損傷はこれら因子が複雑に絡み合って生ずる 為,必ずしも外力が直接及んだところで裂ける 胸痛 24 喀血 22 ショック 17 無症状 10 わけではなく,気管・気管支の脆弱な部分が裂 けると推測される。 また,気管・気管支損傷は 2 つに分類されて めていく必要がある。図 6 にアルゴリズムを示 712) )。なかでも,胸腔内との交通の す5,15) 。頸部軟線にて大まかな気管消化管外傷 有無が重要であり,交通している場合は併発す の可能性を捉え,胸部レントゲンでは気胸,血 る緊張性気胸の発生に十分な注意が必要である。 胸,縦隔気腫の有無を診る。深頸部皮下気腫, いる(図 次に症状に関して,初期症状ではチアノー 縦隔気腫が胸部気管損傷の特徴的所見である。 ゼ・呼吸困難 72 ,気胸 67 ,皮下・縦隔気 更なる精査には CT, 3D CT16) が有用で,確定 腫 56 の頻度が高い点と無症状のものが 10 診断には喉頭ファイバー,気管支ファイバー, ある点に注意が必要である(表 1)13,14)。 上部消化管カメラが有効である。 次に診断時の留意点について述べる。頸部鈍 本症例は前頸部打撲により,急激な頭部後屈 的外傷は迅速な重症度,損傷部位の評価及び治 が起こり,固定された気管分岐部が牽引され損 療が要求され,症状,理学所見より診療をすす 傷し,縦隔気腫,気胸,皮下気腫を生じたと推 ( 76 ) ― 76 ― 小児耳 30(1), 2009 鈍的頸部外傷により気管損傷を生じた一例 図 気管損傷の分類(日本外傷学会) 測できる。 好発部位である気管分岐部直上に裂傷瘢痕を 認め,分類としては,型(裂傷),胸腔内交 通型(緊張性気胸型)と考えられる。初診時バ イタルサインは安定しており,重篤な症状が認 められなかったものの,嗄声,血痰などの特徴 的症状をきたしていることや受傷機転の聴取か ら気道損傷を疑うことは容易であった。また, 頸部軟線にて深頸部皮下気腫を認め,造影 CT にて深頸部気腫に加え縦隔気腫が診られた為, 胸部気管損傷が強く疑われた。 突然の呼吸苦を来たした原因は,時間経過と ともに縦隔気腫,気胸が徐々に進行し,さらに 啼泣や息こらえにより悪化をきたしたと推測さ れる。 www.emedicine.com / emerg / topic331.htm. Accessed June 19: 111, 2006 3) Huh J, Milliken JC, Chen JC: Management of tracheobronchial injuries following blunt and penetrating trauma. American Surgeon; 63(10): 896 899, 1997 4) Donna Reyes Mendez, MD: Initial evaluation and stabilization of children with thoracic trauma, up to date 2008 5) L.D. Britt: Chapter 22: Trauma. 5th edition. 2004. pp44558 6) Burke, JH.F.: Early diagnosis of traumatic rupture of the bronchus, J.A.M.A. 181: 682686, 1962 7 ) 草間 悟,和田達雄,三枝正裕外科 Mook . 12 胸部外傷 金原出版,東京 pp104 8 ) 渡邉洋宇,藤本重文,加藤広文臨床呼吸器外 科,医学書院,東京 1995, p227 9) 木元誠二,和田達雄・他新外科学大系,第16巻 B ,肺・気管・気管支の外科,中山書店 東京, p5661, 1989 10) Beskin CA, Rouge B: Rupture-separation of the cervical trachea following a closed chest injury. J Thorac Surg 34: 392, 1957 11) E.F. Soothill: Closed traumatic rupture of the cervical trachea. Thorax 15: 89, 1960 12) 日本外傷学会胸隔・肺損傷分類委員会日本外傷 学会胸隔・肺損傷分類,日外傷会誌 2000; 14: 299 306 13) Bishop CO, et al: Fracture of the bronchial tree following blunt chest trauma. 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Available at: ― 77 ― ( 77 ) 小児耳 30(1), 2009 勝見さち代,他 2 名 A case of tracheobronchial rupture with blunt neck injury Sachiyo Katsumi1), Shinichirou Oyama1), Shingo Murakami2) 1)Nagoya 2nd Red Cross hospital 2)Department of Neuro-otolaryngology Among traumas, tracheobronchial injuries are rare and typically occur as the result of blunt thoracic injury. Immediate or potentially life-threatening thoracic injuries are uncommon, but must be identiˆed and treated quickly. Tracheobronchial rupture is caused by direct trauma to the anterior neck, traction forces when the head is thrown suddenly backward, and increasing the pressure in the bronchi enough to cause rupture. In the case of blunt neck injury, we otorhinolaryngologists usually see the patient ˆrst; therefore, we must have the knowledge to treat complicated chest injury with blunt neck injury. We report a case of tracheobronchial injury due to blunt neck injury in a 4-year-old boy. Key words: blunt neck injury, tracheobronchial rupture, pneumomediastinum, hemoptysis, hoarseness ( 78 ) ― 78 ―
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