「攻防の仕方」学習を中心とした剣道授業づくりの検討 - 茨城大学保健

「攻防の仕方」学習を中心とした剣道授業づくりの検討
後藤 飛大
(保健体育専修)
キーワード:剣道授業、授業実践、攻防の仕方、スキ、間合い、駆け引き
1.
諸言
平成 20 年度の学習指導要領¹⁾の改訂により、
平成 24 年度から中学校体育教科で武道領域が完全実施された。
このことに伴い剣道授業に関する授業実践の報告³⁾¹⁰⁾¹¹⁾¹²⁾¹⁴⁾¹⁶⁾は年々増加している傾向にあり、剣道指
導の未経験である教員の指導力向上を図るための講習会等も数多く開催されるようになった。
房前ら⁴⁾は、剣道の「よさ」について、対人での駆け引きから課題を見つけ、考え、判断し、工夫し課題を
達成することにあると述べている。このことは、剣道は相手との攻防の仕方に面白さがあると言い換えられる。
従って学習指導要領における「攻防を展開できるようにする」ことがねらいとされていることは妥当であると
考えられる。
攻防の展開で重要な要素として相手との「間合」
「スキ」
「駆け引き」が挙げられる。剣道の間合は第一義的
に時間・空間の長さが表象するものであり⁵⁾、小関ら⁶⁾前坂ら⁷⁾巽ら⁸⁾は相手と対峙して行う試合や稽古の中
での間合の重要性を述べている。また、直原ら⁹⁾は、間合について相手の形態や技能などさまざまなものに影
響を受けるもので、初級者の段階から対人間の距離的な認知能力を養うことが剣道学習を継続していく上で重
要な課題と述べており、
「正しい間合」の取り方を重視した指導での学習効果を報告している。また、岩田ら
¹⁰⁾は、
「いつ、どのような間合で、どの打突部位を攻めるのか」といった「判断」的側面が必要不可欠である
と述べており、
「隙のありか」に焦点をあて、
「相手が動いたとき」
「自分の攻めによって相手が防御の動きを
見せたとき」の二つを重視し「判断」を伴ったタスクゲーム考案した授業実践を行っている。
藤田¹¹⁾は基本→技→試合といった学習順序では、いざ試合になると、それまで学習した技能が攻防に結び
ついていかず、自由練習や試合が上手く成立しないことを指摘し、基本動作や基本となる技の学習とともに、
攻防の楽しさを味わえるような学習過程の内容の必要性を述べている。また、藤田は、これまで報告されてい
る授業実践例では、基礎基本の技の習得に多くの時間が配分され、対人技能の学習がされてこなかったために
「攻防の展開」まで発展できていないことが要因と述べている。
以上のことから本研究では、
「攻防の仕方」を中心として剣道の授業づくりをするために、隙の見つけ方、
間合の取り方、誘い方等の相手との攻防に必要となる状況把握のスキル要素を十分に理解、習得させる単元計
画を作成し、こうした学習の道筋を重視した授業実践の有効性について教科教育的観点から検討することを目
的とした。
2.
研究方法
2-1 対象
国立大学法人 I 大学附属中学校 2 学年 2 クラスの剣道授業で行った。(男子 39 名、女子 39 名の計 78 名)。
授業は 13 単位時間で構成され、2013 年 11 月 8 日から 12 月 9 日にかけて実施した。なお、この授業では同
国立大学教育学研究科生(1 年生)がティーチングアシスタントとして指導補助した。指導教員・研究科生はそ
れぞれ剣道 5 段、4 段の資格を有している。
2-2 単元計画の作成
単元計画は表 1 に示した通りである。大津ら¹²⁾香田ら¹³⁾の先行研究から、小手打ちは動作が小さく、初心
者でも打突できる間合にあり、学習者にとってはむしろ易しい技であり、また、最初に間合感覚を学習する上
では有効な技だと捉えられるため、これまでの剣道授業で学習段階の最初に面を学習させることが多かったこ
とに対して、本研究は、単元前半で小手打ちを学ばせることを試みた。
表 1
本研究での単元計画
1時間目
2~4時間目
5~7時間目
8~11時間目
DVD
準備運動
剣道の歴史・特性・伝統
小手打ちの応
的な行動の様式(座礼・
小手打ち
用練習
立礼・帯刀左座右起)
(足さばき・間合いの
面打ち胴打ち
取り方・踏み込み・送
基本動作(構え・足さば
攻防一体3撃試
り足・受け方)
き)
合(小手・面)
防具の付け方
攻防交代 攻防交代3撃 攻防一体3撃試
3撃試合
試合(小手・
合(面・小手・
(小手)
面)
胴)
12~13時間目
基本練習・課題解決練習
攻防一体円陣試合
まとめ
2-3 教具の工夫
初めて剣道を行う中学生にとっては、竹刀は痛いものであり、重いものとの感覚が強いことから、こうした
マイナスイメージを解消するために以下のような工夫をした。授業で使用する竹刀・面を以下のように工夫し
た。竹刀操作をしやすくするため、中学生の基準 3 尺 7 寸より短い 3 尺 6 寸の竹刀とした。柴田¹⁴⁾が紹介し
ている教具を参考に、授業で使用する竹刀の打突部に白いビニールテープを貼り付けた。また、間合を理解さ
せるために一足一刀の間合で竹刀の触れ合う点に緑のビニールテープを貼り付け視覚化させた。用具の着脱時
間短縮のため生徒がワンタッチで面を着脱できるように予め面紐を結んでおく工夫をした。
2-4 分析方法
量的データとしては、①生徒の授業に対する状況把握と成果把握のために単元前後に診断的・総括的評価を、
②授業ごとの生徒らの学びの実態を把握するために形成的授業評価、③技能の習熟状況を捉えるために簡易試
合のゲームパフォーマンスデータを収集した¹⁵⁾。質的データとしては、①生徒の学習カードの記述、②剣道
を専門とする対象校外の教師へのインタビュー、③授業を指導した教師による授業反省日誌の 3 つを収集する。
得られたデータのうち量的データの診断的・総括的評価、形成的授業評価については高橋ら¹⁵⁾の方法を適用
し、ゲームパフォーマンスデータについては菊地ら¹⁶⁾の方法を参考にし、質的データについては SCAT 法¹⁷
⁾を適用して分析を行う。データ分析の際、量的データと質的データの組み合わせによるトライアンギュレ―
ション法を適用する。
3.
結果と考察
対象授業での診断的・総括的授業評価の結果を表 2 に示した。
単元前の評価を診断基準と照らすと全ての因子項目、総合評価において“0”の評価であった。単元後の評価
では、男子の「できる」
(11.32)と女子の「まなぶ」
(11.99)の因子項目において“+”の評価であった。男子
の「できる」と女子の「まなぶ」の因子が高まったことから、この授業実践において「攻防を展開すること」
を男子では技能の面で、女子では思考の面で理解できたことが示唆された。
形成的授業評価の推移を図 1 に示した。各項目での最高値及び 5 段階の診断基準の評定値は、
「成果」で単
元 11 時間目の 2.71(評定値 5)、
「意欲・関心」で 7 時間目の 2.85(評定値 4)
、
「学び方」で 8 時間目の 2.84
(評定値 5)
、
「協力」で 8 時間目と 11 時間目の 2.90(評定値 5)
、
「総合評価」で 11 時間目の 2.81(評定値 5)
の値を示した。グラフの推移をみると、単元の時間的経過に伴って漸増し、単元中盤から後半の設定値は 4
以上に高まっていた。このことから、今回の授業実践では生徒から高く評価されおおむねの成果があったと考
えられる。
単元ごとの推移をみると単元 7~8 時間目にかけて「成果」の項目において値が下降した。単元 8 時間目は
それまで学習してきた 3 つの基本的な技を用いて「攻防を展開する」という学習内容であった。評価表におけ
る授業内での生徒同士の声かけの記述では、試合内での攻防や戦術に関するものが多かったことから、対人技
能である「攻防の展開」という技能での一時的とまどいだと推察される。しかしながら、この結果については
質的分析等と統合して分析する必要がある。また、単元 12~13 時間目の学習内容についても再検討が必要と
考えられる。
表 2
診断的・総括的評価の結果
たのしむ
できる
まなぶ
まもる
総合評価
単元前
単元後
単元前
単元後
単元前
単元後
単元前
単元後
単元前
単元後
合計
11.16
11.43
9.99
10.67
11.49
11.80
12.05
12.07
44.69
45.98
男
11.46
11.88
10.36
11.32
11.33
11.61
12.00
11.98
45.15
46.78
女
10.85
11.03
9.60
10.10
11.66
11.99
12.11
12.19
44.21
45.32
3.00
2.80
2.60
2.40
2.20
図 1
4.
2時間目 3時間目 4時間目 5時間目 6時間目 7時間目 8時間目 9時間目 10時間目 11時間目 12時間目 13時間目
成果
2.43
2.58
2.57
2.64
2.66
2.68
2.61
2.65
2.67
2.71
2.66
2.69
意欲・関心
2.75
2.82
2.82
2.84
2.84
2.85
2.84
2.78
2.82
2.82
2.80
2.79
学び方
2.65
2.75
2.72
2.81
2.80
2.83
2.84
2.75
2.80
2.79
2.82
2.76
協力
2.77
2.83
2.84
2.83
2.85
2.83
2.90
2.84
2.89
2.90
2.88
2.84
総合評価
2.65
2.74
2.74
2.78
2.79
2.80
2.80
2.76
2.79
2.81
2.79
2.77
形成的授業評価の推移
現在の経過と今後の予定
現在、研究対象校での授業実践を終えた。今回は授業評価のみの分析・考察であったが、今後は得られたデ
ータをもとに量的データと質的データを組み合わせた分析・考察を更に進めていく予定である。
5.
引用・参考文献
1)文部科学省(2010):中学校学習指導要領保健体育編,東山書房
2)全日本剣道連盟普及委員会学校教育部会(2010)
:
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,538 号,
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「武道及びダンスの必修化に向けた公立中学校の指導体制について」の調査結果について,
月刊「武道」
,548 号,pp116-117
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取り組む剣道の授業―打突の好機を捉えた剣道の基本動作―,広島大学紀要論文,p117
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効性に関する実践的研究,武道学研究,37(1),pp44-50
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「対人的技能の面白さ」をクローズアップする―剣道の教材づくり―,
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16)吉野聡,菊地耕,柴田一浩(2013):一撃の質を高める剣道の授業づくり,体育科教育,61(8),pp60-63
17)大谷尚(2011):SCAT: Steps for Coding and Theorization ―明示的手続きで着手しやすく小規模デー
タに適用可能な質的データ分析手法 ―,感性工学,10(2),pp155-160