第6章 連立方程式モデル ー 計量経済学 ー 第1節 連立方程式モデル 1 連立方程式モデル -構造方程式- 2 誘導型方程式 第2節 連立方程式モデルの問題点(1)-一致性の問題- 1 連立方程式モデルの問題点 2 問題の解決への準備 -操作変数法- 3 問題の解決 -2段階最小2乗法- 第3節 識別問題 1 2 4 3 識別問題 需要-供給モデルでの例 過剰識別 識別のための条件 第4節 間接最小2乗法 1 間接最小2乗法 第5節 予測とシミュレーション 1 モデルのテスト 2 経済の予測(1) -線形モデルのケース- 3 経済の予測(2) -非線形モデルのケース- 第1節 連立方程式モデル 1 連立方程式モデル-構造方程式- • これまでは単一方程式モデルについて考察してきた。しかし、経済変数 どうしは実際には複雑に影響しあっていて、単一の方程式だけではその 状態を十分に記述することができないことがある。そのような場合に、複 数の方程式を連立させる、連立方程式モデル(または同時方程式モデ ル)によって記述することがある。 • 簡単な連立方程式モデルとして、リンゴの市場について次のようなモデ ルを考える。 簡単な連立方程式モデルとして、リンゴの市場について次のようなモ デルを考える。 P D 需要関数: 𝑄𝑡 = 𝑎 + 𝑏𝑃𝑡 + 𝑢𝑡 供給関数: 𝑄𝑡 = 𝑐 + 𝑑𝑃𝑡 + 𝑣𝑡 S 𝑃𝑡 : t期のリンゴの価格 𝑄𝑡 : t期のリンゴの数量 Q • このモデルでリンゴの価格𝑃𝑡 と数量𝑄𝑡 はモデルの内部の相互依存関 係によってその値が決まる変数で、内生変数といわれる。 • 一方、このモデルが考えられる以前にその値が決まる変数は先決変 数といわれる。先決変数には、消費者の所得などモデルの外部でそ の値が決まる外生変数と、1期前のリンゴの価格などといった内生変 数のラグつきの値である先決内生変数が含まれる。 経済変数 内生変数 先決変数 先決内生変数 外生変数 2 誘導型方程式 需要関数と供給関数の2つの方程式は、リンゴの市場についての構造 をそのまま記述したものであり、構造方程式(または構造型)とよばれ る。 それに対し、この構造方程式を内生変数について解いたものを誘導 型方程式(または誘導型)という。 リンゴの市場のモデルの誘導型は 𝑐 − 𝑎 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 𝑃𝑡 = + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑏𝑐 − 𝑎𝑑 𝑏𝑣𝑡 − 𝑑𝑢𝑡 𝑄𝑡 = + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 となる。しかし、このモデルには ① 一致性が失われる ② 識別不能 という2つの問題がある。 第2節 連立方程式モデルの問題点 ー 一致性の問題 ー 1 連立方程式モデルの問題点 リンゴの市場のモデルの誘導型において、 𝑐 − 𝑎 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 𝑃𝑡 = + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 より、Ptとutの間には相関関係が存在する。構造型をみると、 𝑄𝑡 = 𝑎 + 𝑏𝑃𝑡 + 𝑢𝑡 であるので、説明変数と撹乱項の間に相関があることになる。このような場 合、最小2乗推定値は一致性を満たさなくなる。 † 撹乱項の標準的な仮定において、「撹乱項と説明変数は無相関」ということを入 れることがある。 ただし、説明変数が確率変数ではないとすれば、この仮定は自動的に成り立っ ている。 2 問題の解決への準備 -操作変数法- 説明変数と撹乱項の間に相関があり、最小2乗法による推定値が一 致性を持たない場合、操作変数法が用いられる。なお、この方法は単 一方程式モデルでも用いられる方法である。 モデルを Wt 𝑌𝑡 = 𝑎 + 𝑏𝑋𝑡 + 𝑢𝑡 とし、Xtとutとの間に相関があったとする。このとき操作変数Wtを考え る。ただし、Wtは次のような性質を持つ。 ① Wtとutの無相関(厳密にはデータ数が増えると無相関になる) ② WtとXtは相関がある 操作変数を用いて求めたパラメータ推定値は次のようになる。 𝑌𝑖 − 𝑌 𝑊𝑖 − 𝑊 𝑏= 𝑋𝑖 − 𝑋 𝑊𝑖 − 𝑊 𝑎 = 𝑌 − 𝑏𝑋 3 問題の解決 -2段階最小2乗法- 操作変数としてXiの理論値 𝑋𝑖 を用いることが考えられる。これが2段 階最小2乗法である。 具体的には次のようになる。 <第1ステップ> 構造型から誘導型を求め、構造型の中で説明変数になっているパラ メータを最小2乗法で推定する。 そして推定結果から理論値を計算する。 <第2ステップ> 構造型に求めた理論値を代入し、最小2乗法でパラメータを推定する。 ※ なお、操作変数として理論値を用いる場合、 𝑌𝑖 − 𝑌 𝑋𝑖 − 𝑋 𝑌𝑖 − 𝑌 𝑋𝑖 − 𝑋 𝑏= = 2 𝑋𝑖 − 𝑋 𝑋𝑖 − 𝑋 𝑋𝑖 − 𝑋 となり、第2ステップは通常の最小2乗法となる。 第3節 識別問題 1 識別問題 先にみたリンゴの市場のモデルの誘導型は、右辺に変数が含まれず、パ ラメータを推定することが不可能である。このようなモデルは識別不能なモ デルといわれる。 一方、誘導型のパラメータ推定値が、構造型のパラメータに1対1で対応し ているような状態は適度に識別された状態といわれる。 また、誘導型のパラメータ推定値から、構造型のパラメータが重複して計 算されてしまうような状態は過剰識別の状態といわれる。 2 需要-供給モデルでの例 <モデルA> 構造型 需要関数: 𝑄𝑡 = 𝑎 + 𝑏𝑃𝑡 + 𝑢𝑡 供給関数: 𝑄𝑡 = 𝑐 + 𝑑𝑃𝑡 + 𝑣𝑡 誘導型 𝑐 − 𝑎 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑏𝑐 − 𝑎𝑑 𝑏𝑣𝑡 − 𝑑𝑢𝑡 𝑄𝑡 = + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑃𝑡 = → 識別不能 <モデルB> 需要関数に所得Ytを、供給関数に流通にかかる日数Ztを入れる。 構造型 需要関数: 𝑄𝑡 = 𝑎 + 𝑏𝑃𝑡 + 𝑒𝑌𝑡 + 𝑢𝑡 供給関数: 𝑄𝑡 = 𝑐 + 𝑑𝑃𝑡 + 𝑓𝑍𝑡 + 𝑣𝑡 誘導型 𝑐−𝑎 𝑒 𝑓 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 𝑃𝑡 = − 𝑌 + 𝑍 + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑡 𝑏−𝑑 𝑡 𝑏−𝑑 𝑏𝑐 − 𝑎𝑑 𝑑𝑒 𝑏𝑓 𝑏𝑣𝑡 − 𝑑𝑢𝑡 𝑄𝑡 = − 𝑌𝑡 + 𝑍𝑡 + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 ここで、誘導型のパラメータを次のようにおく。 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 𝑃𝑡 = 𝜋1 + 𝜋2 𝑌𝑡 + 𝜋3 𝑍𝑡 + 𝑏−𝑑 𝑏𝑣𝑡 − 𝑑𝑢𝑡 𝑄𝑡 = 𝜋4 + 𝜋5 𝑌𝑡 + 𝜋6 𝑍𝑡 + 𝑏−𝑑 すると、 𝜋3 𝜋4 − 𝜋1 𝜋6 𝑎= 𝜋3 𝜋6 𝑏= 𝜋3 𝜋3 𝜋4 − 𝜋1 𝜋5 𝑐= 𝜋2 𝜋5 𝑑= 𝜋2 𝜋3 𝜋5 − 𝜋2 𝜋6 𝑒= 𝜋3 𝜋2 𝜋6 − 𝜋3 𝜋5 𝑓= 𝜋2 となり、誘導型で求めたパラメータ推定値が構造型に1対1対応している。 → 適度に識別 <モデルC> モデルBからZtを除いたもの。 構造型 需要関数: 𝑄𝑡 = 𝑎 + 𝑏𝑃𝑡 + 𝑒𝑌𝑡 + 𝑢𝑡 供給関数: 𝑄𝑡 = 𝑐 + 𝑑𝑃𝑡 + 𝑣𝑡 誘導型 𝑐−𝑎 𝑒 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 𝑃𝑡 = − 𝑌 + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑡 𝑏−𝑑 𝑏𝑐 − 𝑎𝑑 𝑑𝑒 𝑏𝑣𝑡 − 𝑑𝑢𝑡 𝑄𝑡 = − 𝑌 + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑡 𝑏−𝑑 ここでモデルBと同じように、誘導型のパラメータを次のようにおく。 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 𝑃𝑡 = 𝜋1 + 𝜋2 𝑌𝑡 + 𝜋3 𝑍𝑡 + 𝑏−𝑑 𝑏𝑣𝑡 − 𝑑𝑢𝑡 𝑄𝑡 = 𝜋4 + 𝜋5 𝑌𝑡 + 𝜋6 𝑍𝑡 + 𝑏−𝑑 ただし、𝜋3 = 0, 𝜋6 = 0である。 すると、 𝜋3 𝜋4 − 𝜋1 𝜋6 𝑎= 𝜋3 𝜋6 𝑏= 𝜋3 𝜋3 𝜋4 − 𝜋1 𝜋5 𝑐= 𝜋2 𝜋5 𝑑= 𝜋2 𝜋3 𝜋5 − 𝜋2 𝜋6 𝑒= 𝜋3 𝜋2 𝜋6 − 𝜋3 𝜋5 𝑓= 𝜋2 特定できない 特定できない −𝜋1 𝜋5 𝑐= 𝜋2 𝜋5 𝑑= 𝜋2 特定できない 0 4 過剰識別 モデルCの需要関数に、資産Wtを加えたもの。 構造型 需要関数: 𝑄𝑡 = 𝑎 + 𝑏𝑃𝑡 + 𝑒𝑌𝑡 + 𝑔𝑊𝑡 + 𝑢𝑡 供給関数: 𝑄𝑡 = 𝑐 + 𝑑𝑃𝑡 + 𝑣𝑡 誘導型 𝑐−𝑎 𝑒 𝑔 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 𝑃𝑡 = − 𝑌 + 𝑊 + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑡 𝑏−𝑑 𝑡 𝑏−𝑑 𝑏𝑐 − 𝑎𝑑 𝑑𝑒 𝑑𝑔 𝑏𝑣𝑡 − 𝑑𝑢𝑡 𝑄𝑡 = − 𝑌 + 𝑊 + 𝑏−𝑑 𝑏−𝑑 𝑡 𝑏−𝑑 𝑡 𝑏−𝑑 ここで、誘導型のパラメータを次のようにおく。 𝑣𝑡 − 𝑢𝑡 𝑃𝑡 = 𝜋1 + 𝜋2 𝑌𝑡 + 𝜋3 𝑊𝑡 + 𝑏−𝑑 𝑏𝑣𝑡 − 𝑑𝑢𝑡 𝑄𝑡 = 𝜋4 + 𝜋5 𝑌𝑡 + 𝜋6 𝑊𝑡 + 𝑏−𝑑 すると、 𝜋5 𝑑= 𝜋2 𝜋6 𝑑= 𝜋3 と、dについて2つの解が出てしまう。また、 𝑐 = 𝜋4 − 𝜋1 𝑑 となり、cとdの解は2つになってしまう。よって、供給関数は過剰識別で ある。 一方、需要関数は解くことができない。識別不能である。 需要関数 → 識別不能 供給関数 → 過剰識別 3 識別のための必要条件 識別のための必要条件をまとめると次のようになる。 A: 推定したい式に含まれないモデル内の先決変数の数 B: 推定したい式に含まれる内生変数の数 とすると、 A<B - 1 … 識別不能 A=B - 1 … 適度に識別 A>B - 1 … 過剰識別 ※ 識別可能性は構造型の個々の方程式について考慮される。 第4節 間接最小2乗法 1 間接最小2乗法 2段階最小2乗法 → 適度に識別または過剰識別の時に利用可能 適度に識別可能な場合、誘導型モデルを最小2乗法によって推定し、その パラメータ推定値から構造型のパラメータ推定値を求めることができる。こ の手法を間接最小2乗法という。 ※ 誘導型では、説明変数と撹乱項の間の相関はない。 第5節 予測とシミュレーション 1 モデルのテスト 構造型のパラメータが推定されたら、モデルの妥当性を検証するために次 の2つのテストが行われる。 (1)トータルテスト 推定した構造方程式から誘導型を導き、その右辺に実績値を代入して左 辺の内生変数の理論値を求め、その実績値と比較する。 (2)ファイナルテスト 誘導型の右辺にも、モデル内で求められた理論値(前期までの実績値から 計算された値)を代入し、左辺の理論値と実績値を比較する。 これらのテストによってモデルの妥当性が検証される 次のようなモデルを考える。 𝑌𝑡 = 𝐶𝑡 + 𝐼𝑡 𝐶𝑡 = 𝑎 + 𝑏𝑌𝑡 + 𝑐𝐶𝑡−1 + 𝑢𝑡 Ct: 消費(内生変数) Yt: 国民所得(内生変数) It: 投資(外生変数) Ct-1: 1期前の消費(先決内生変数) このモデルの誘導型は次のようになる。 𝑎 1 𝑐 𝑌𝑡 = + 𝐼 + 𝐶 1 − 𝑏 1 − 𝑏 𝑡 1 − 𝑏 𝑡−1 𝑎 𝑏 𝑐 𝐶𝑡 = + 𝐼 + 𝐶 1 − 𝑏 1 − 𝑏 𝑡 1 − 𝑏 𝑡−1 (1)トータルテスト ItとCt-1に実績値を入れ、YtとCtの値を求める。それを実際の値と比べ る。 (2)ファイナルテスト ItとCt-1の最初の期に実績値を入れ、Ct-1にはモデルの中で求められた 値を逐次入れていく。それを実際の値と比べる。 2 経済の予測(1)-線形モデル のケースー 先ほどのモデルのパラメータが 次のようになっていたとしよう。 𝑌𝑡 = 𝐶𝑡 + 𝐼𝑡 𝐶𝑡 = 0.5𝑌𝑡 + 0.5𝐶𝑡−1 このとき、誘導型は次のようにな る。 𝑌𝑡 = 2𝐼𝑡 + 𝐶𝑡−1 𝐶𝑡 = 𝐼𝑡 + 𝐶𝑡−1 この誘導型にCt-1の初期値を30、 Itは来年が10で、毎年1ずつ増加 と想定したものが右の表である。 Y C I 30 今年 1年先 50 40 10 2年先 62 51 11 3年先 75 63 12 4年先 89 76 13 5年先 104 90 14 3 経済の予測(2)-非線形モデルのケースー 非線型モデルの場合はより複雑で、くり返し計算が収束するまでおこ なう。(詳細は省略) 連立方程式モデルの分析手順のまとめ ① モデルの識別可能性を識別条件でチェック → a) 識別不能 b) 適度に識別 c) 過剰識別 ② b),c)の場合、構造型から誘導型を求める。 ③ 2段階最小2乗法(2SLS)によって構造型のパラメータを推定(適度に識 別されている場合は間接最小2乗法でも可) ④ 推定されたモデルをトータルテスト、ファイナルテストで検証
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