原子炉耐震設計指針の 策定・見直し過程と課題

原子炉耐震設計指針の
策定・見直し過程と課題
小山研究室
3021-6021
塚本可奈子
研究目的
原子力安全委員会では、1981年に決定された「発電用原子
炉施設に関する耐震設計審査指針」及び「原子力発電所の地
質,地盤に関する安全審査の手引き」について,最新知見等を
反映し,より適切な指針とするため,2001年に耐震指針検討
分科会を設置し,原子力施設の安全性や耐震性を規定した耐
震設計審査指針等の見直し作業に着手した.
地震災害が注目されている今,原子力発電所の耐震性にも高
い関心が集まっている.
この研究では,原子力安全委員会の構成についての整理,耐
震指針検討分科会における耐震設計審査指針の見直し作業の
過程や課題について整理し,その問題点等について考える.
浜岡原子力発電所の例
•旧耐震設計審査指針を拠り所として,耐震性600ガルの揺れを
想定しているが,阪神・淡路大震災で,M7.2,820ガルの揺れが
観測されている.東海地震はM8.0以上が想定されているため,
最大600ガルの揺れという想定は低すぎる.
•原子力施設を岩盤に直接支持させているということだが,浜岡
の岩盤は軟岩で、最も軟弱な岩盤に分類されている.つまり、岩
盤だからといって安心はできない.
•過去の津波記録等から,考えられる最大の水位上昇が起こっ
ても,敷地地盤を越えることはない,とあるが,浜岡原発の敷地
高は6~8mなのに対し,東海地震に伴う津波は浜岡で4.5~7m.
石橋克彦 「原発震災」・科学VOL.67 NO.10(1997)岩波書店 より
研究方法
原子力安全委員会のウェブサイトにある委員会資
料の中で,耐震指針検討分科会の第35回までの
会議資料について,その内容を整理し,検討する.
これまでの分科会の会議内容を,(1)詳細に検討
すべき課題の抽出,(2)個別検討課題の調査審議,
(3)指針改訂案の作成の3段階に分け,整理,分析
する.
整理した審議の内容について,見直し過程や問題
点を考える.
原子力安全委員会について
内閣
内閣官房
内閣法制局
経済財政諮問会
人事院
総合科学技術会議
原子力委員会
内閣府
中央防災会議
原子力安全委員会
総務省
男女共同参画会議
法務省
経済社会総合研究所
外務省
迎賓館
財務省
日本学術会議
その他
文部科学省,経済産
業省等の行政庁から
の中立性が保たれる
よう,内閣府に置か
れている.
委員会の歴史
1955 原子力基本法公布
1957 原子力委員会,総理府に設置
1978 原子力基本法改正
原子力安全委員会設置
1981 「発電用原子炉施設に関する耐震設計
審査指針について」決定
2001 耐震指針検討分科会設置
組織と体制
原子力安全委員会

原子炉安全専門委員会
核燃料安全委員会

緊急事態応急対策調査委員
専門部会等
原子力安全基準・指針専門部会

耐震指針検討分科会
沸騰遷移後燃料健全評価分科会
事務局

原子炉の設置許可な
どに関する安全審
査・安全性の確認
規制行政庁が行う
「後続規制」活動の
監視・監査
原子力の安全に関す
る指針類の整備
原子力施設に関する
事故などへの対応
耐震指針検討分科会
設置目的
審議事項
「耐震安全性に係る安全審議指針類について」の
うち,「発電用原子炉施設の耐震設計審査指針」及
び「原子力発電所の地質,地盤に関する安全審査
の手引き」について,最新知見等を反映し,より適切
な指針とするために必要な調査審議を行う.
(1)指針へ反映すべき最新知見の抽出・整理
(2)検討の結果,必要に応じて,新指針の作成
検討過程の概要
第1段階
~詳細に検討すべき課題の抽出~
現行指針と最新知見の状況等とを比較し,検討すべき課
題が抽出・整理された.
第2段階
~個別検討課題の調査審議~
個別検討課題について,最新知見等の詳細な資料を用
いながら,指針への反映の可否が検討された.また現行
指針に改訂が必要な場合には,その方向性について整
理がなされた.
第3段階
~指針改定案の作成~
改訂の必要がある場合に,その改定案について検討が
行われつつある.
検討の経緯
2001年7月~9月 第1~2回分科会
10月 第3回分科会
2001年12月~2004年9月 第4~11回分科会
10月 第12回分科会
2004年11月~2005年6月 第13~21回分科会
第1段階 分科会の設置について
第2段階 検討項目の分類・整理,WGの設置
WGの審議内容の総合的検討
指針改訂の主要論点について
論点の詳細な検討
7月~11月 第22~30回分科会 第3段階 指針の高度化・骨子について
11月~ 第31~35回分科会
指針のテキスト原案の作成
第1段階
1. 「タービン建屋は破壊されてもよい」という手抜きの耐震設計をやめる
→現行指針では原発重大事故へつながりやすいものからAs,A,B,Cにランク付けさ
れている。「B,Cクラスの施設が破壊されてもAクラス以上の施設が破壊されないこ
と」が条件となっている.しかし,Cクラスにランク付けされているタービン建屋は原子
炉炉心を冷却するシステムの一部であるが,炉心はシステム全体で冷却しているの
であり,一部が破壊されても良いというのは間違い.
2.すべての活断層を耐震設計で考慮する
→多くの地震が活動度が低くみつけにくい活断層で生じているにもかかわらず,現行指
針では活動度の高い活断層のうち1万年以降に活動したものだけを考慮している.
タービン建屋・・・原子力発電では,核分裂による熱で蒸気を発生させ,その蒸気でタービ
ンを回し,その運動エネルギーを利用して発電を行っている.タービン建屋とは,タービン
が格納された施設のこと.
ランク付けについて
Asクラス:原子炉建屋,制御棒,原子炉容器,原子炉格納容器など
Aクラス:安全注入系(非常用炉心冷却系),燃料ピット(プール)非常用水補給設備など
Bクラス:外側主蒸気隔離弁からタービン主閉止弁までの蒸気系など
Cクラス:タービン建屋など,A・Bクラス以外の全て
3.いつどこで起きても不思議でないM
7.2の直下地震を考慮する
→現行指針では設計用限界地震の中で
M6.5の直下型地震を考慮しているが,こ
れをM7.2とし,設計用最強地震の中でこ
れを考慮すること.
4.活断層による地震だけでなく,現行指
針では考慮されていないスラブ内地震や
プレート境界地震を考慮する
→プレートが潜り込んでいる日本列島の
下にはスラブが存在しており,スラブ内地
震はいつどこで起きても不思議でない.
また海洋プレートの沈み込みに伴うプ
レート境界地震は,巨大な地震や津波を
引き起こす.
「『日本の地震活動‐被害地震から見た地域別の特徴‐』
(http://www.hp1039.jishin.go.jp/eqchr/eqchrfrm.htm)」
より
5.活断層による地震動の過小評価を改める
→現行指針で採用されている地表活断層の長さから起こりうる地震の規模を推定する
松田式は,地震規模の過小評価になっている.
6.原発の老朽化を考慮した耐震設計にする
7.軟弱地盤への原発立地を認めない
→第四紀層地盤への原子力発電所の立地は,地盤の不均質性・地耐力に問題がある.
8.地震による津波の影響を評価するための具体的な指針を明記する.
9.現行指針で用いられている「工学的判断」という定性的で曖昧な表現を廃止し,科
学的でわかりやすい定量的な表現に改める.
松田式・・・地表活断層の長さ(L)から起こりうる地震の規模(M)を推定する式.松田
氏自身がこの式を訂正している.
旧松田式(1975) M=(log L+2.9)/0.6
新松田式(1998) M=6.32+0.693 log L
第四紀層地盤・・・第四紀とは,約200万年前から現在までの最も新しい地質時代の
ことで,第四紀に堆積した地層を第四紀層という.
第2段階
3つのワーキンググループ(WG)が設置され,第1段階で挙げられた問題
点について,詳細な内容に分けて調査された.
WGでの検討内容を踏まえ,分科会で総合的に検討が行われた.
基本WG
耐震安全目標及び確率論的安全評価の導入等の検討に
必要な各種知見等の整理作業
施設WG
地震動評価法及び設計用地震の想定に関する最近の知
見の反映,並びに地震発生・地震動の確率論的評価法の
導入に必要な各種知見等の整理作業
地震・地震動WG
荷重(地震力)と耐力の評価法に関する最近の知見の反映,
並びに第四紀層立地及び免震・制振構造の導入等の検討
に必要な各種知見等の整理作業
項目
基本
地震時安全確保の考え方
○
考慮すべき事故の考え方
○
耐震設計の枠組み
○
確率論的手法と決定論的手法との関係
○
基準地震動の考え方
○
設計用地震力の考え方
施設
地震
基本的考え方の整理
○
○
○
基準地震動の算定法
○
設計用地震の区分と想定すべき地震
○
地震発生の確率論的評価
○
地震動の確率論的評価
○
地質調査に関する基本的要求事項
○
耐震重要度分類の基本的考え方
○
○
荷重の組合せの基本的要求事項
○
許容限界の基本的要求事項
○
応答解析の基本的要求事項
○
応力解析の基本的要求事項
○
構造信頼性の確率論的評価
○
確率論的安全評価
基準地震動の算定法
耐震重要度分類
許容限界と荷重の組合せ
新構造様式・新立地様式等
○
第四紀層地盤立地
○
○
免震構造・制震構造
○
○
地震随伴事象
○
○
新立地様式
○
運転管理に係る考慮事項
○
総合的検討
耐震指針検討分科会における検討フロー
(2001)より
指針改訂に関する主要論点の整理
1. 安全確保の基本的考え方
2. 確率論的安全評価について
3. 耐震設計上の重要度分類について
4. 耐震設計に考慮する地震動の策定について
5. 耐震設計方針
6. その他
剛構造,岩盤支持・既設の原子炉施設の取扱い
既設の原子炉施設の取扱いについて,本課題の性質は改正指針の内
容とは異なるものであるので,耐震設計指針とは別の形で取り扱う.
ワーキンググループでの調査の結果,指針へ新たに反映させるべきか検
討するものとして,以下の項目が分科会で話し合われた.
•「残余のリスク」の取り扱い
→設計用の基準となる地震動を上回る地震動が作用した場合のリスクの評価
法,規制の実施フローの作成
•確率論的安全評価の導入
→機器のフラジリティ(壊れやすさ)等について実証されていない範囲までの仮
定が含まれており,妥当性の確認が難しいので安全審査には適さない
•基準地震動について
→「敷地ごとに策定する地震動」,「震源を特定せず想定する地震動」,「震源を
特定しにくい地震動」等の策定方法
•「活断層」「地表地震断層」及び「震源断層」について
→それぞれの定義を明確にするための用語の整理
第3段階
目次
これまでの会議の内容
を踏まえ,改訂耐震設計
審査指針の本文及び解
説のテキスト原案を作成
し,それを中心に議論が
行われている.
事務局が作成した原案
に対して,委員がコメント
し,全体での内部矛盾点
等を修正していく.
1. はしがき
2. 適用範囲
3. 基本方針
4. 耐震設計上の重要度分類
5. 基準地震動の策定
6. 耐震設計方針
7. 荷重の組合せと許容限界
8. 地震随伴事象に対する考慮
考察
1.既設の原子炉施設の取扱い
第2段階で「本指針は新設の原子炉施設に適用されると明記し,
本課題の性質は改正指針の内容とは異なるものであるので,耐
震設計指針とは別の形で取り扱うのが良い」という結果になった
が,改訂後の指針と比較し,安全性に問題がないか検討する必
要がある.
2.地震による津波への対策
第3段階の指針の本文及びテキスト原案の中には,詳細な内容
についての記述はなく,検討もあまり行われていない.これからさ
らに具体的な対策について話し合う必要がある.
既設の原子炉の取扱いに関する意見(分科会速記録より)
•本指針は「設計」という項目に分類されているが,「基準地震動を超える地震動が
発生する可能性を考慮してもそれによる公衆の放射線災害のリスクが小さいこと」と
いった安全確保の考えに立って,それが実現されているということもこの耐震設計
審査指針の主旨.
•現在の指針の体系では,立地審査指針,安全設計審査指針,安全評価指針の3
つが基本的で,その他に耐震設計審査指針がある.つまり,耐震安全評価は耐震
指針検討分科会以外に検討する場がないのではないか.
•指針を改訂するとき,既存に遡及することを意識すると,良い指針ができなくなるの
ではないか.
現在,「既設の施設に対しては同等な安全性水準を要求するものではない」という
ことを,指針の「適用範囲」に明記してはどうかという意見が出ている.しかし,速記
録にもあったように,既設の施設の耐震性と新指針の耐震性の差について検討す
る場は,今のところ分科会以外にない.
もう一度分科会で検討するか,分科会で新しく既設の施設の扱いについて検討す
る場を設置する必要がある.