基礎地学II 気象学事始(3/3)

基礎地学II
気象学事始(3/3)
北海道大学・環境科学院
藤原正智
http://wwwoa.ees.hokudai.ac.jp/~fuji/
気象学事始(全3回)

第1回目
• 大気の概観・気候の形成
• 日本の四季

第2回目
• 大気大循環の様相
• 様々な気象現象

第3回目
• 大気の観測
• 大気運動の原理
• 数値予報の基礎
参考文献
・「一般気象学(第2版)」 小倉義光、東京大学出版会
・「新気象読本」 新田尚、東京堂出版
・「改訂版 流れの科学」 木村竜治、東海大学出版会
・「新 教養の気象学」 日本気象学会編、朝倉書店
・「天気図の歴史」 斉藤直輔、東京堂出版
(その他多数)
3.大気(気象・気候)の観測
[地学図表、浜島書店]
[地学図表、浜島書店]
世界の気象観測ネットワーク
地上観測ステーション(約11,000箇所)
高層気象観測所(約900箇所)
海洋気象観測(船舶約7,000隻(の40%)、ブイ約750個)
航空機観測(約3,000機)
WMO: World Meteorological Organization
(世界気象機関)―国連の専門機関のひとつ
http://www.wmo.ch/web/www/OSY/gos-components.html
世界の気象観測ネットワーク(続き)
人工衛星観測(静止軌道衛星、極軌道衛星、各種研究・開発衛星;
気象要素・大気微量成分等の観測)
http://www.wmo.ch/web/www/OSY/gos-components.html
地球大気観測データの収集・集約~天気・気候予報へ
Global Observing System (GOS)
Global Telecommunication System (GTS)
・現代の天気・気候予報: 大気の力学・物理過程等の時間発展偏微分方程式系を大型計算機上で解く(数値モデル)
(幾つかの国で独自の数値モデルを持つ)
・方程式系の初期条件として、比較的最近(数時間前)のグローバルな気象観測値が必要となる
・従って、観測はグローバルに系統的に(定刻に)実施されなければならないし、
得られたデータがすみやかに収集されて数値モデルへ入力される体制が必要となる
http://www.wmo.ch/web/www/www.html
3.大気の運動の原理

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空気塊(流体粒子)  質点
流体力学(大気も海洋も)
運動量保存側(運動方程式)
質量保存側(連続の式)
熱エネルギー保存則(熱力学第一法則)
質点でなく渦巻が本質という見方角運動量保存側(流体では“渦
度”方程式))
水蒸気、その他の諸成分(オゾン、二酸化炭素. . . )についての
(蒸発・凝結、光化学反応などによる生成・消滅も考慮した)
質量保存則
(3-1)気圧、静力学平衡
気圧と静力学平衡
[木村、“流れの科学”; “新 教養の気象学”]
気圧: 上空の全空気の
重量による力
平均海面高度における気圧は
1013 hPa(=1気圧)。その時、
水銀柱の高さは760 mm。
“静力学平衡”:
静止した空気層に働く力:
“重力”および“気圧傾度力”
気圧は、高度16kmごとに
1/10倍に減少
高度16km(対流圏界面~下
部成層圏)までに大気の90%が
存在
(3-2)成層の安定性
大気成層の静力学安定性
「今日は上空に寒気が入り、大気が不安定な状態ですので、
ところどころ雷雨となるでしょう」
気圧のことを考えないことにすると、
★暖かい(軽い)空気が上層、冷たい(重い)空気が下層にある状態は「安定」
(境界に運動を与えても波立つだけ)、
★逆の場合は「不安定」(対流が生じて成層がひっくりかえる)。
★等温の場合は「中立」。
実際には上空ほど気圧が下がるので、多少冷たくても重たくならない。
★乾燥大気では1kmあたり9.8K下がる場合「中立」、
★湿潤大気(凝結熱の効果を考慮-水蒸気を含む空気は“暖かい”)では
4~9.8K/km程度で「中立」。
★現実の対流圏下層ではおよそ6.5K/km (だいたい安定、たまに不安定)
[小倉]
(3-3)不安定鉛直対流
 大気の成層が不安定である場合、鉛直対流が生じる。
(対流は、熱伝導、放射と並び、熱の伝達の3形態のひとつ)
 上昇する空気塊の中で水蒸気の凝結(=雲の生成)が生じると、潜熱を解放して
自身を暖めるため、空気塊はさらに浮力を得てより高高度まで到達する積乱雲
強い熱対流の例 [木村]
(強い日射による地面付近の対流に類似)
べナール対流: 液体を底から加熱、表面で冷却
 細胞状対流が生じる(亀甲・蜂の巣模様) (六角形の中心で上昇、周辺で下降)
 “味噌汁の対流”
[新 教養の気象学]
(3-4)安定内部重力波
 大気の成層が安定である場合、山岳(強制上昇下降)や積乱雲(潜熱解放)
により生成した空気塊の振動は周囲の空気へ伝わり、
内部重力波(浮力波)の形で水平・鉛直方向に伝播していく。
 成層圏・中間圏には、対流圏で励起された重力波が満ちていて、
この領域の大循環に主要な役割を果たしている。
富士山にかかる「笠雲」と「吊るし雲」 http://www.fuji-web.net/fuji/index.html
(3-4)安定内部重力波
 大気の成層が安定である場合、山岳(強制上昇下降)や積乱雲(潜熱解放)
により生成した空気塊の振動は周囲の空気へ伝わり、
内部重力波(浮力波)の形で水平・鉛直方向に伝播していく。
 成層圏・中間圏には、対流圏で励起された重力波が満ちていて、
この領域の大循環に主要な役割を果たしている。
[新田尚、新気象読本、東京堂出版]
[Holton, An Introduction to Dynamic Meteorology] (0-12km)
重力波の励起と伝播
山や積雲群により励起された大気重力波の一部は、成層圏・中間圏へ伝
播し砕波して(運動量を背景風にわたして)循環を駆動する。積雲により
励起され成層圏~中間圏に伝播する大気重力波の数値シミュレーション。
[Horinouchi et al., GRL, 2002]
葛飾北斎「神奈川沖浪裏」
(3-5)水平対流
・水平方向に温度差がある場合、“水平対流”が生じる。
対流により熱を輸送して温度差をならそうという運動である。
・例:大都市圏で見られるヒートアイランドに伴う循環
より大規模な循環(対流圏大循環など)になると、
地球の自転による転向力/コリオリ力が効いてくる(次頁)
[新 教養の気象学]
[木村]
(3-6)地球の自転とコリオリ力・遠心力
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
「回転系におけるみかけの力」
「自転する地球の“中”においては実際に
働いている力」
(地球による強力な万有引力により、地
表・大気・海洋は地球に張り付けられてい
て、地球とともに自転している)
以下のふたつの力が同時に働いている
コリオリ力: 風速に比例、北(南)半球で
は進行方向右(左)向き
遠心力: 回転軸からの距離に比例、外
向き実際には、はるかに強い万有引力
によりほとんどその効果はみえない
(万有引力+遠心力=重力)
「みかけの力」 他の例
加速するエレベータ、バス、電車、. . .
http://ja.wikipedia.org/wiki/
(自転)
風速:
コリオリ力:
V
f・V
(3-7)地衡風:
気圧傾度力とコリオリ力のバランスで吹く大規模な風
<北極点を中心とした北半球の風の場の例>
気圧経度力
(高低気圧)
風
コリオリ力
コリオリ力
風
気圧経度力
(高低気圧)
大気境界層内の乱流と摩擦力
気圧経度力
(高低気圧)
[地学図表]
風
摩擦力
コリオリ力
コリオリ力
摩擦力
摩擦力の存在によって:
低気圧へ吹きこむ成分の生成
 低気圧内で風が収束・上昇流形成
高気圧から吹き出す成分の生成
 高気圧内で風が発散・下降流形成
風
気圧経度力
(高低気圧)
4.数値予報の基礎
昔の天気予報:
 熟練予報官が、実況天気図と経験・知識に基づいて、予想天気図
を作成
現代の天気予報: スパコンを用いた数値予報(力学的予報)
 ただし、総観規模程度より大きい現象に対して。局所的気象は統
計情報(経験)を加味。
 長期予報(季節予報)の努力もなされているが…


日本では1959から数値予報の取り組み開始。数値予報が短期
予報の主力になったのは1980年代。その後も日々改良されてい
る。
詳しいことを勉強したい人は、たとえば: 時岡、山岬、佐藤「気象
の数値シミュレーション」東京大学出版会
数値予報とは(1)
[図: 気象庁ホームページより]
数値予報とは(2)
予報変数:
気温、密度(気圧またはジオポテンシャル高度)、風速三成分、水蒸気濃度など
予報方程式系: 大気内の局所的な保存則(時間発展偏微分方程式系)
+境界条件(地形、地表からの顕熱・潜熱フラックス等々)
+初期条件(観測値)
(ごく大雑把に言えば、短期予報には初期条件が重要、気候予測には境界条件・外部条件が重要)
大気中の各“流体粒子”/“空気塊”において、局所的に、次の三つの保存則が成り立つ。
1.運動量保存則(運動方程式)
. . . ma = F
(風速三成分の時間変化)=(コリオリ力)+(気圧傾度力)+(重力)+(摩擦力・渦粘性力)
2.質量保存則(連続の式)(空気に対して; 水蒸気に対して; 他の微量成分に対して)
(密度の時間変化)=(風の収束・発散)
3.熱エネルギー保存則(熱力学第一法則)
(気温の時間変化)=-(体積/圧力変化)+(放射加熱冷却+水蒸気凝結蒸発(潜熱))
数値予報とは(3)



大気内の空間を格子点で覆う(各格子点において前ページの局所的保
存則が成り立っている)  時間発展・微分方程式系を“差分化”する
観測データに基づいて、初期値を全格子点について与える
各格子点で前ページの方程式系を解き、次の時刻(例:5分後)の予報変
数の値を算出する . . . これを繰り返す
[図: 気象庁ホームページより]
数値予報とは(4)
主な数値予報モデルの概要
予報モデルの種類
メソモデル
モデルを用いて発表する
予報領域と水平解像度
予報期間
実行回数
日本周辺 5km
~33時間
1日8回
地球全体 20km
~9日間
1日4回
週間天気予報
地球全体 60km
9日間
1日1回
1か月予報
地球全体 110km
1か月
週1回
予報
防災気象情報
分布予報、時系列予報、府
県天気予報
全球モデル
台風予報
週間天気予報
アンサンブル週間
予報モデル
1か月予報モデル
[気象庁ホームページより]
数値予報の問題(1)
1.格子点間隔は無限小には取れない
(計算機の能力の問題。水平100~30km)
様々な問題、例えば:

差分スキームの選択

渦粘性(拡散、フラックス、抵抗)の表現(“パラメタリゼーション”)

積雲対流(潜熱)の表現(“パラメタリゼーション”)
2.放射の計算(赤外活性気体、雲等の分布)

天気予報の時間スケールではごく簡単でいいが、気候予測では本質的
3.境界条件として与えるか、予報するか

海面水温や陸面(土壌水分、積雪深、植生…)は大気と“相互作用”して
いるので、境界条件として与えるのでは本来は不十分。特に長期予報、
気候予測においては、同時に予報する必要がある
数値予報の問題(2)



仮に方程式系(差分化やパラメタリゼーション含めて)が完璧であったとしても、
別種の問題が存在する
“決定論的カオス” (非線形システムが持つ初期値に対する鋭敏性)
20世紀の三大発見のひとつとされる
参考文献: ジェイムス・グリック著 「カオス(新しい科学をつくる)」 新潮文庫
山口昌哉著 「カオスとフラクタル(非線形の不思議)」 講談社ブルーバックス
観測には誤差や空白が必ず存在“本当の初期値”(本当の状態)は完全には分からない
原理的に・経験的に、2週間程度より先の予報には大きな不確定性
アンサンブル予報/確率予報
“天気の傾向”については、予報しやすい場合もある(ブロッキング、テレコネクション等)
まとめ: 気象学事始(3/3)

1.大気の観測
• 地上観測・衛星観測
• 世界の観測ネットワークとデータ集約システム

2.大気運動の原理
• 空気塊の運動や熱力学を支配する方程式
• 成層、対流・波動、コリオリ力と地衡風、摩擦力によ
る収束発散

3.数値予報の基礎
• 予報方程式系、格子点・差分化
• 各種問題(“パラメタリゼーション”、決定論的カオス)