1 7 7 〈要旨〉 社会保障制度における分権化と参加 ーオランダ社会支援法 (WMO) の導入を巡ってー 高演黄太 はじめに 世界でも最も早く介護保険制度を導入した国の一つであるオランダでは、介護を担う特別医療費 AWBZ) の下、国を保険者として民間保険会社を通じて介護サービス給付を行ってき たが、 2 7年から社会支援法 ( WetM a a t s c h a p p e l i j k eOnderstew 由1 9 , WMOと略)が施行され、 従来 AWBZの下で、行ってきた介護の一部である家事・移動・住居サービス給付を自治体(本論では、 保険(以下、 ∞ 基礎自治体を以下、自治体と表記し、園、州はそれぞれ図、州と表記する)が税により行うこととなっ た 。 従来、オランダの医療・介護保険制度改革では、いわゆる「管理された競争」に着目した紹介が 日本では多い。また、これまでの日本での WMOの紹介は、従来 AWBZが担ってきた介護サービス の一部を基礎自治体が担い、福祉サービスの受付と提供を自治体が一元的に担いつつ同時に住民の 社会参加を促す仕組みとされており、介護保険の一部が自治体に移管されたという認識にとどまっ 9 4 3年のベヴァリッジ報告に影響を受 ている。オランダにおける戦後社会保障制度は、日本同様、 1 けつつ、オランダ社会の一つの基盤を形成していたキリスト教各宗派にその起源を持つ医療・福祉 組織、あるいはコーポラテイズムを前提とした労使の協調による産業別保険組合などの組織を社会 保障制度の運営・調整の基盤としながら、制度が整備されてきた。このオランダでの社会保障制度は、 石油ショック後の経済後退の中で、見直しが進められてきた。 オランダだけでなく日本でも社会保障制度が変化することがもたらす自治体の運営等への影響は 大きく、社会保障制度の遂行や政策立案において地方自治体がどのような役割や裁量を持つかによっ て、地方分権の程度や水準が大きく変化する。ポスト工業化社会、高齢化が進む成熟社会での社会 保障は、社会保障を必要とする市民のニーズへの対応という側面からも、制度の持続可能性という 側面からも従来のような国一律の画一的な貨幣給付では足りず、社会保障を求める個々人が暮らす 地域の環境・リソース、自治体や諸アクターの能力と個々人のニーズとの関係の中で、地域のリソー スを活かし、個々人の能力や環境・状況に即した新しい支援や給付が求められる。 筆者は WMOがどのような制度であるかを介護保険制度である AWBZとの比較の中で論じる従来 の議論は、制度紹介としては十分かもしれないが、日本の社会保障制度改革を考える知見を得るの は困難で、あると考えるロ オランダでの WMO導入は表面的には、介護保険を中心とする社会保障制度を持続可能なものに するために、地域住民の「参加 Jにより軽度な介護である家事サービスなどの社会支援を、自治体 に財源と権限を委譲し実施しようとするものである。 社会保障制度が改革されるには、改革を促す歴史的・制度的な圧力が必要となる o この制度改革 を促す圧力とその圧力の方向性が改革の方向性を定める。 また WMOにはオランダの社会保障制度改革の流れの中で、培われ制度化された制度構造が内包 されているが、なぜこうした制度構造が生まれ、 WMOに内包されたのかを把握することで、オラ ンダ社会保障制度改革における WMOの位置づけを明らかにすることができる。本論では WMOに 至るオランダ社会保障制度改革全体の系譜を確認し、 WMOを制度構造的な側面から分析するとと もに、制度構造を生み出す圧力を動態的に分析することを試みる。それにより国や自治制度などの 違いを超え、社会保障制度改革を捉える一般的なフレームについての知見を得ることを目的として いる。 1 7 8 第 1章:現在のオランダ社会保障制度 ①全住民が強制加入する国民保険制度 ②全被用者が加入する被用者保険制度 ③ミーンズテスト(資力調査)に基づく公的扶助制度、の 3つから構成される。この全体像は、下 記に示す通りであり、 WMOは公的扶助に含まれている。 社会保険 国民保険 被用者保険 公的扶助 財源 保険料 保険料 税財源 資力調査 なし なし あり 子どもの 養育 労働と社会扶助制度 (WWB) 一般児童手当制度 社会支援法 (WMO) -補足給付制度 (TW) -労働と社会扶助制度 -老齢 ( 5 5 6 5歳 未 満 ) 又 は 部 失業 失業保険制度 分的障害により最低所得を得ら れない自営業者のための保障制 度(IOAZ) -障がいのある若者のための給 付制度 ( Wajong) 主 な 寡婦・ 寡夫・ 遺児 ス 老齢 ク 一般遺族年金制度 労働と社会扶助制度 (ANW) 一般老齢年金制度 労働と社会扶助制度 (AOW) 社会支援法 (WMO) -補足給付制度 傷病 傷病給付制度 (ZW) 障がい -就労不能保険制度 (WAO) -補足給付制度 (TW) ( 2 0 0 4年 l月 1日以降の障が -老齢 ( 5 5 6 5歳 未 満 ) 又 は 部 いによる就労不能は WIA) 分的障害により最低所得を得ら -就労能力に応じた雇用と れない自営業者のための保障制│ 所得制度 (WIA) 度(IOAZ) ( 1)完全な職業上の障がい -障がいのある若者のための給 給付制度 ( I V A ) 付制度 ( Wajong) ( 2 )部 分 的 障 が い の た め の 社会支援法 (WMO) 就労復帰制度 (WGA) -自営業者のための障 医療費 負担 がい給付制度 (WAZ) ( 2 4年 8月 1日以前か らの受給者を除き廃止) ∞ -健康保険制度 (ZVW) -特別医療費保険制度 (AWBZ) -労働と社会扶助制度 社会保障制度における分権化と参加 第二章:オランダ社会保障制度改革 第二章では、オランダ社会保障制度改革を①戦後から 7 0年代までの社会保障制度整備、②中道右 0年代の社会保障制度改革、③左右連合コック政権下 9 0年代の社会保障制度改革、 派ルベルス政権下 8 ④中道右派バルケネンデ政権下での社会保障制度改革 に区分し、その系譜を確認する。戦後のオ ランダ社会保障制度整備は、柱社会を背景にする産業別保険組合等(以下、従来組織)の影響を受け、 0年代以降の経済低迷期では制度が、労使の雇 男性稼得者への高い給付を行う制度が整備された。 7 0年代のルベルス政権下 用調整ツールとして利用され失業率の増加と社会保障費の増大を招いた。 8 では、医療・介護保険では総予算規制を行い、失業・就労不能保険では数量・価格規制を行うこと で費用の増加抑制を図ろうとしたが、制度背景や構造そのものの改革には至らなかった。しかし ルベルス政権では、その後の医療制度改革の方向を決定するデツカープラン、就労促進と従来組織 退出を促すプールメイエル報告が策定された。コック政権はプールメイエル報告に従い、 ①就労義務化、就労促進策、子育て中の母親など就労義務者の拡大、②給付要件の厳格化 ②従来組織の統合・廃止と自治体との連携 が進められる。 バルケネンデ政権下では、コック政権での改革に加えて ①市民・個人責任の強調とあらゆる市民の参加による社会支援の促進 (WMO) ②生活保護制度、社会支援法による社会保障における自治体への分権化 ③医療保険、生活保護、社会支援法でのリスク(財源)調整指標に基づく財源の事前包括払いシ ステムの導入 等が行われている。 第三章:オランダ社会支援法 (WMO) と地方分権 本章では WMOの概要とその導入背景、地方分権に与える影響などについて考察している o 社会支援法は、軽度な介護を主とする社会支援を自治体が担う仕組みであり、その対象となる給 付範囲は①住宅給付、②交通給付、③家事サービスなどである。 WMO導入の背景は、直接には増 加する社会保障費(特に AWBZの担う介護領域)への対応である。市民については社会保障を受け る権利を持つ主体から、自立に必要な社会参加の補償を受けられる存在へと意識変革を促している o WMOでは自治体支出の l割に相当する費用が従来の社会保険等から再編・追加されるとともに、 その大きな財源が医療保険、生活保護制度同様、財源調整指標に基づき事前包括払いとなり、余剰 が生じた場合には一般財源として活用できるとともに、不足した場合のリスクは自治体が取る必要 がある o 給付内容についての裁量は自治体にあり、補償原則の中で、自治体は柔軟な政策選択が可 能となっている。 第四章 :WMOの制度構造友び導入に至る動態的分析 本章では、オランダ社会保障制度改革の系譜を 4つの視点、から検討し、 WMOの持つ制度構造と その制度構造を生むに至る動態的要因について下図等を中心に考察を行っている。 1 7 9 1 8 0 l E い手 ルペルス政権以前 産業日I 1 保君主組合 など従来絡鎗 … 復│ 1 1 現金給付による 社会保煉 選択 ・ 重量争性 乏しい リスク抑制・予見性 3 λ卜栂古1 I インセン予ィフ 政策統合 リ ス ク l I l li l i l l . 予見性 リスク鰐1 制・予見性 インセンティブ インセン子ィブ 乏しい 乏 しい ルペルス政権 コック政梅 リスク制緩プレミ 7ム 本絡還期 ( ZVW ) パルケネンデ政復 生活保護司自l 度での 参加の鉱大 失業者 女性 E 高齢者 障害者 1自治体への分機 財源算定指標と 事前包~払い WMOでの 財源算定指標と 事 前 包 括払 い 社会保障制度における分権化と参加 第五章 :WMOの 意義と 日本 の 社会 保 障 制 度改革 に 向 けた考 察 r 第四主主までの分析で、 下図に示すように W M Oは 「内部化J 費用士宮加 リスク管理Jという 2つの 圧力の下、①自治体への分権、 ②全ての市民の社会参加義務化、 ① 選択・競争、 ① コスト 抑制メカ ニズムの 4つの構造を一つの制度に内包することを明らかにした。 「 オランダ社会保険制度改革の動慾的な方向・ 庄カ 社 会 保 障費 用・対象者の内部化 ~ 「一一 WMOの制度構造 WMO 合 費用増加リスク管理 1 8 1 1 8 2 上記の分析から、社会保障制度改革を考える視点①社会保障費用と対象者を外部化のまま改革す るか内部化を図るのか、②費用抑制メカニズムをピルトインするか給付水準やシーリングなどで対 応するのか、③社会保障制度の担い手をどうするか、④分権的改革か全国一律の集権型の制度構築か、 ⑤給付的制度か、参加(就労)・補償的な制度とするのか、⑥どの程度の選択性と競争性を担保する のか、が得られる。社会保障制度は多面的で相互に密接に関連し、制度改革は MECE (総体的)な 視点から検討されるべきである。この総体的な検討に WMOの制度構造・動態的分析から得られる 視点がもたらす示唆は大きいと考える。最後に進行中の WMOと AWBZの改革動向に触れ、今後の 研究課題を記述した。
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