京大数理研「波動」研究集会 2006.10.30 回転系において潮流が形成する 海底境界層で励起される慣性波 ○坂本圭、秋友和典 京都大学大学院・理学研究科 海洋物理学研究室 1 はじめに(1) 背景 世界海洋の深・底層の多くを占める南極底層水: 南極大陸陸棚上の海水や沖側の海水などの水塊が混合して形成 (Foster and Carmack 1976, Foldvik et al. 2004) 潮汐:混合を引き起こす主要な要因の1つ(Pereira et al. 2002) ・内部波の砕波 ・陸棚波 ・潮流によって形成される海底境界層(潮流海底境界層)のシアー不安定 (Foster et al. 1987, Robertson 2001, Pereira et al. 2002) 粘性係数ν一定(層流)の下での流海底境界層の鉛直スケール: σ:潮流振動数 f:コリオリ・パラメータ Rot:時間ロスビー数(慣性周期/潮流周期 = σ/f) 極域では慣性周期がM2潮周期に近く、Rot~1 →Htideの増大 →不安定による混合が海底からはるか上方まで及ぶ 1 はじめに(2) バレンツ海での成層観測 CTD Furevik and Foldvik 1996 浮力振動数N(×10-3s-1) (m) 海底 南 北 M2潮臨界緯度 (Rot=1) 北緯73°-76°で特に弱い成層(海底から150mまでN < 0.002s-1) M2潮の流速シアーが海底から高くまで伸びている →潮流混合の強化 1 はじめに(3) 乱流のスケーリング 潮流の振動と地球の回転の効果が同程度となるRot~1の場合も含めて、両 者が存在する下での、境界層における乱流についての研究はほとんどない。 そこで、まず密度一様流体について、数値実験から調べる これまでの研究から、乱流エクマン層では、次のouter scaleでスケーリングを行 うことで乱流が相似性を持つ (Coleman et al. 1990, Coleman 1999) 時間:1/|f| 速さ:摩擦速度u* =(海底応力/密度)1/2 乱流境界層の厚さ:u*/|f| これを参考に 時間:T=1/|f+σ| (回転と振動を考慮) 速さ:摩擦速度u* 乱流境界層の厚さ:δ=u*/|f+σ| というスケーリングを導入すると、潮流海底境界層の乱流が相似性を持つとい う結果が得られた 1 はじめに(4) 慣性波 回転系では、境界層で引き起こされた擾乱は慣性波として内部へ伝播しうる 海面表層の混合層のエントレインメントに慣性波が重要な役割を果たすという 指摘 (Fernando 1991) 本実験でも慣性波が見られ、特にRot~1で強い 本報告の内容: 1.乱流の相似性(3節) 2.慣性波(4節) 3.乱流混合(5節) 2 領域、支配方程式系 モデル領域 Lx×Ly×Hの矩形海領域。 支配方程式系 回転系、密度一様、非圧縮、非静水圧、リジッド・リッド条件。 変数を基本潮流場( 、後述)と擾乱場( )に分ける。 運動方程式 連続の式 渦粘性係数 =1cm2/s (等方) 、標準密度 南半球を想定し < 0 変数のチルダは有次元量であることを示す =1.027g/cm3 2 境界条件、初期条件、差分 境界条件 海面:リジッド・リッド、非粘着 海底:粘着条件 水平:周期条件 初期場:微小擾乱 いくつかのケースは、低分解能モデルを用いて長期積分を行い、乱流エネルギーが準 定常に達した場を補間して初期場に用いる 積分期間:12潮流周期 実験領域とグリッド間隔: (Htideで無次元化した値) Lx=Ly=64, H=256 ⊿x=⊿y=0.125 ⊿z=0.02-10 (160グリッド) Htideと潮流振幅を用いて方程式を無次元化し実験を行うが、実験結果 にはouter scale (T=1/|f+σ|,u*,δ=u*/|f+σ|)でスケーリングした無次元量(チ ルダなし)を示す。 e.g. 2 実験ケース、基本潮流場(層流解析解) 時間ロスビー数Rot(慣性周期/潮流周期)に対する依存性に注目 潮流振幅は全て一定(8.53cm/s) ケース: Rot Htide (m) レイノルズ数 エクマン層 Ek 0 1.2 1000 A 0.5 B 0.95 1.2 1000 5.1 4350 潮流構造に大きな違いはない ケース: Rot C 1.05 D 2.0 厚さ (m) レイノルズ数 5.4 4580 1.7 1410 非回転系での振動流 ストークス層 St ∞ 1.2 1000 3 結果 渦運動エネルギーEKEの時間発展 (領域平均) 準定常 解析に用いる ケース: Ek, A, B, C, D, St(点線) 3 各ケースの乱流場 Ek A B C D St z 実験終了時 wの鉛直断面分布 4 0 -4 0 0.7 outer scale Rot 摩擦速度:u* u*/Utide 時間スケール:T=1/|f+σ| 乱流境界層厚さ:δ=u*/|f+σ| x Ek A B C D St 0 0.5 0.95 1.05 2.0 ∞ 4.6 3.8 3.3 3.2 3.5 3.0 ×10-1 (cm/s) 5.4 4.4 3.9 3.7 4.1 3.5 ×10-2 6.9 6.9 130.6 144.4 13.8 6.9 ×103 (s) 32 26 434 460 48 21 (m) 3 乱流の相似性 応力 (レイノルズ応力+モデルの粘性応力) 応力:乱流エネルギーの供 給と関わる特に重要な統計 量 z ケース: Ek, A, B, C, D, St(点線) ストークス層(St)を除いて、 outer scaleで無次元化すれ ば鉛直分布はほぼ重なる 平均流速も相似形 →outer scaleで無次元化す れば乱流は相似性を持つ 潮流方向 潮流に直交する方向 3 渦の速さスケールqと長さスケールl (領域・時間平均) l = 積分スケール z q=EKE1/2 Ek, A, B, C, D, St(点線) q z < 0.5: q,lとも各ケースでほぼ相似 z > 0.5: 各ケースでばらつき q:St以外では各ケースで一定値に落ち着くが その値はRot~1(B,C)では約5倍 l: Rot~1(B,C)では約1/5 →この相似形からのズレは慣性波の影響 l 積分スケール: wの相関を鉛直積分した値 ただし相関が正の範囲のみで積分 4 慣性波 渦運動エネルギー水平平均の、t-zダイアグラム ケースC ケースA z z EKE 海底 t 慣性波位相速度での、エネルギー極大の上方への移動と反射 ・Rot~1では波長δの慣性波が盛んに上方へと伝播 ・他のケース(St以外)では、慣性波の波長は大きくエネルギーは小さい →上層のqとlに差 なぜRot~1で強い慣性波が引き起こされるのか? 4 追加実験:Rot~1、Re=1000 実験の制御パラメータは、RotとRe ケースB,Cでは、Reは約4500と他ケース(~1000)より大きい 問題を切り分けるために、Rot=0.95,1.05でRe=1000の追加実験を行った(破線) Ek, A, B, C, D, St(点線) q=EKE1/2 l = 積分スケール Reが同程度でも、Rot~1では強い慣性波が現れた →Rotの効果について慣性波線形理論から考察する 4 慣性波の線形理論 ω:波の振動数 kx, ky, kz: x,y,z方向波数 分散関係式 →水平構造を持つ擾乱が慣性波として伝播するのは、ω<fのときのみ 鉛直位相速度 鉛直群速度 fに比例 粘性による減衰スケール 準定常と仮定すると、波の運動エネルギーEは次式を満たす 解は Reouter: outer scale でのレイノルズ数 減衰時間×群速度 4 各ケースの慣性波特性 境界層乱流に伴う、エネルギーの最も大きい代表的な擾乱に注目 振動数 ω=f+σ、波長 δ= u* / |f+σ| outer scaleでの見積もり 群速度 減衰時間 ケースEk, D, St:慣性波励起されない A:慣性波として伝播するが、減衰距離が小さい B, C:群速度大 → 減衰距離大 (outer scaleの単位時間に対して慣性周期が短い) Re大 → さらに遠くまで到達 減衰距離 5 乱流混合:l×q 乱流理論: 乱流拡散の強さ ∝ l×q z l×q:オーダーとしては同程度 同じような分布だが、 相似性があるとは言い難く、波の 影響が見られる Ek, A, B, C, D, St(点線) しかし、砕波が起こらなければ、 波は混合に影響しない →実際に、トレーサーによって 混合効果を見積もる l×q 5 乱流混合:トレーサー実験 鉛直に線形な初期値を持つトレーサーの時間発展を計算 z ケースC x 5 乱流混合:トレーサーによる見積もり トレーサーの時間発展から 「見かけの鉛直拡散係数」κapを評価 Ek, A, B, C, D, St(点線) z C:トレーサー濃度 St以外のケースでκapもほぼ相似形 Rot~1で見られた波長δの強い慣性波 は、混合にとって重要でないという実 験結果 しかし、本実験よりReがはるかに大き い現実の海洋では、混合に寄与する 可能性 κap 5 乱流混合:有次元 有次元でのκap 有次元では Rot~1(B,C): δの増大に伴い 最大400-600cm2/s 海底から数百mに及ぶ その他: 最大50cm2/s 海底から数十mまで ~ Ek, A, B, C, D, St(点線) 5 まとめと課題 潮流海底境界層の乱流を調べるために、密度一様条件で数値実験を行った ○次のouter scaleでスケーリングすることで、 時間:1/|f+σ| 速さ:摩擦速度u* 長さ:δ=u*/|f+σ| ストークス層を除いて、乱流は相似性を持つ。 ○しかし、慣性周期と潮流周期が近い場合、波長δの強い慣性波が現れ、 渦の速さスケールqと長さスケールlは相似形から離れる。 ←代表的な擾乱の周期が、慣性周期よりずっと小さくなるため ○乱流による混合については、その相似性から、今後、慣性波の影響を除いた qとlが分かれば、乱流拡散κを緯度と潮流振幅から定式化できるだろう。 κ(z) = c u*2/|f+σ| l(z) q(z) c:定数 一方、慣性波による混合は本実験で見られなかったが、レイノルズ数が高い 現実の海洋では混合に寄与する可能性(Fernando 1991) 課題: 1.高レイノルズ数実験 2.成層の影響 3.観測との対応 粘性係数を一定とした場合の潮流海底境界層の解析解 振動数ωの潮流楕円 V(z,t)を反時計回り成分(振幅R+、初期位相φ+)と時計回り成 分 (R-、φ-)に分解する。 それぞれの回転成分に対する境界層の厚さHtide+,Htide- Htide+ Htide- ν,fは鉛直渦粘性係数、コリオリ・パラメータを示す。 f > 0 → 潮流楕円は時計回り → R-が支配的 f < 0 → 潮流楕円は反時計回り → R+が支配的 Prandle (1982)
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