~男性からみた、研究と育児の両立~ 千葉大学文学部 史学科教授 医学薬学府薬学研究院 保坂高殿 先生 略歴 1990年 1993年 1994年 2008年 2008年 後期博士課程3年 染川麗良 東京大学大学院人文科学研究科博士課程文学修士 千葉大学教養部助教授(ドイツ語、西洋古典語担当) 千葉大学文学部助教授(ドイツ語、西洋古典語、宗教文化史担当) 千葉大学文学部 史学科教授 (現在に至る) 日本学士院賞受賞 ●研究者を志した理由は? 【社会を理解したい】 自分で納得できること以外には絶対に首を縦に振らないという性 格は自分でもわかっていました。社会に対して、大人たちが考え ていることが全く理解できなかった。だからこれは自分で考える しかないと思ったんですね。 【理系から文系へ】 僕はもともと理科系でした。けれども高校生になって「何のため に生きるんだ」と将来のことを考えはじめました。そうしたとき に、哲学関係の本を読んだりして、哲学の研究をしたいと思うよ うになりました。このときが私の人生のターニングポイントだっ たと思います。 ●研究と家事を両立させるコツは? 【手抜きを恐れないということ】 家事は探せば限りなくあります。きりがないところは研究も同じ ですね。僕は一つのことにのめり込むと抜けられなくなってしま うので、家事ものめり込んじゃうんですよ。そこをどこかで断ち 切ることでした。これは一般的にどうとか言えることではなく、 その人にあったコツがあると思います。 千葉大学大学院 3児の父であり、 お子さんが小さな頃から 育児に携わってこられた保坂先生。 男性の立場からの研究と育児の 体験談を伺いました。 ●育児をするにあたって工夫した点は? 【最低限のものを利用】 僕は学童保育や保育園(延長保育含む)など、公的な制度しか利 用しませんでした。。大学が忙しくてご飯など作れないときは、 母が通ってきてくれてとても助かりました。 【子育てを優先した時期】 「子育ては今一生懸命やっておかないと後悔する」と聞いて恐怖 でした。できることは自分でやって、結構研究を犠牲にしました ね。休みには車でいろいろなところに行きました。 【研究者ならではの時間の使い方】 研究者は時間の使い方がとても自由です。自分で調整できる点は よかったですね。 【子供が熱を出したときは…】 1歳2歳の頃はしょっちゅう熱を出すので、保育園から電話があ ると飛んでいきました。そのときに授業が控えている場合は、教 室に行って学生に事情を説明して休講にしたりしましたが、その ことに関して不満を言う人はいませんでした。臨機応変に対応で きたのでとても助かりました。 【割り切ったことによって】 子育てを優先していた間はデータは集めていました。ただ文章を 書くとなるとまとまった時間が必要です。同じ1時間でも、10分 ごとにこま切れで与えられてもだめなんですよね。 私が書いた論文の半分以上がここ8年間で書いたものです。 割り切ったことが逆に良かったと思います。研究はまた再開でき るけれど、子育てはやり直しがきかないでしょう。 ●育児を始めてから変わったことは? ただ、今は結果が求められる時代です。定期評価制度も導入され ました。子育てをしている人にはそれなりの配慮が必要だと思い ます。 ●男女ともに働きやすくするためには? 【周囲の理解が一番】 周囲の理解が一番大きいと思います。周囲に白い目で見られる中 でやっていかなくてはならないのは辛いですね。幸い僕は周囲に 恵まれて、そういう辛い思いをすることはありませんでした。も ちろん環境整備も大切ですから、努力を続けていく必要があると 思います。 ●後輩へのメッセージをお願いします 基本に忠実に、良い論文を書くことです。 しかし、どう評価するかということに関しては大学内でもまだコ ンセンサスがなく、問題だと思っています。ケンブリッジ大学で は人事に関する規定が明文化されていますが、いまのところ日本 ではなかなか実現していません。 けれども、良い論文を書いていれば、たとえすぐに就職できなか ったとしても悔いはないと思います。僕たちは研究するためにこ の道を選んだのであって、就職するためではないですよね。理系 は実験設備がないと難しいと思うけれども、僕らは紙と鉛筆とパ ソコンと本があれば研究できますから、たとえ就職できなくても 悔いのない人生を送れると思います。著作という形で発表もでき それは社会貢献にもなります。 「良い論文を書くこと」これさえあれば必ず道は開けると思いま す。これが皆さんへのメッセージです。 子供が好きになり、人に優しくなれました。それから子供を育て ていると自分が教わることもたくさんあります。 子育ては大人になる練習ですね。 また、生活にリズムがつき、時間配分がうまくなりました。 【男性も育児休暇を】 産休や育児休暇を男性にも強制的に取ってもらってもいいと思い ます。これには二重のいい意味があると思います。物理的にかか る時間や負担が半分になるし、子育てに対する理解が皆深まるの ではないでしょうか。世の妻思いの男性は、自分では家事・育児 をかなり分担していると思いこんでおり、私も妻が生存中は家事 ・育児を3分の1程度は分担していると思っていました。ところ がいざ父子家庭になってから強制的に一人で家事・育児をやって みると、かつての分担は全体の家事・育児全体の10分の1にも満 たなかったのではないかと気づきました。ですから、強制的に家 事・育児を行ってみないとその大変さは分からないのではないか と思うのです。 【感想〜取材を通して〜】 先生がお子さんの話をされているときの優しい表情が印象的でした。また先生がおっしゃった「研究はまた再開できるけれど、子育てはや り直しがきかない」という言葉は、本当にその通りだと、強く心に残っています。今まで自分の将来の不安ばかりでそのように考えたこと がありませんでした。保坂先生のお話を通して、自分の中でずれてきていた研究に対する基本的な気持ちに気づくことができました。また 育児に関しても、先生の言葉は経験者ならではの説得力がありました。子育てをしながらでも、研究もしっかりとできるのだと勇気づけら れました。私が感じたことが少しでも多くの方に伝わると良いなと思います。
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