第5章.サブプライム金融危機 ○従来の金融危機との違い • 信用の行き過ぎと収縮、バブルの発生と崩壊は過去何度も繰 り返されている • 今回の危機の特徴: • 金融システムの市場化が進展した下での本格的な金融危機 – 証券化の進展、ABSCDOの登場・拡大、クレジット・デリバティブの拡 大、ヘッジファンド等のファンドの登場・急拡大(ファンド資本主義) – Shadow Banking System(市場型間接金融)の拡大とその混乱 – 1980年代以降の金融システム市場化の潮流の中心的プレイヤーであ る投資銀行の挫折 – 市場における流動性危機の凶暴さ(市場の取付け cf. 銀行取付け) • Cf. 前期講義「証券経済論」第4章流動性の付与.サブプライム問題と市場 流動性 – (証券)市場のゲートキーパーの機能不全 • ゲートキーパー:証券市場が円滑かつ健全に機能するための専門的サー ビスを提供する業者(証券会社、格付会社、監査法人) – Procyclicality(循環変動増幅的) • 市場型の金融システムは今挑戦を受けている 1 ・金融システムの市場化の進展 米国:銀行のシェア縮小・市場型金融機関 (年金・投信・証券化)のシェア拡大 70% 預金金融機関 60% 50% 40% 年金 投資信託 30% 証券化 20% 10% 市場型金融仲介 機関 19 55 19 70 19 73 19 76 19 79 19 82 19 85 19 88 19 91 19 94 19 97 20 00 20 03 20 06 0% 2 ・ :米国 証券会社資産 規模GDP比 銀行資産規模 GDP比 2000 2006 1988 1994 1970 1976 1982 1958 1964 証券会社/銀 行 1946 1952 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 % 3 ○米大手証券会社ベアースターンズの流動性危機 2008年3月16日に経営破綻 Bank of England, Financial Stability Report, April 2008 4 ・ Shadow Banking System: :資金の流れ :流動性供給枠 貸出・債券 銀行 株式・債券 年金 生保 資金余剰 主体:家計 ABCP 投資信託 MMF SIV・ コンデュイット 株式・債券・CP 資金不足 主体:企業・ 家計・国 証券化商品 ヘッジ ファンド等 証券化 5 ・ IMF Global Financial Stability Report Oct. 2008 p.13 6 ・RMBSの市場価格下落による評価損は、ローンの推定損失率から計算した 満期保有時の損失を大幅に上回る。 Other:市場価格下落による評価損マイナス満期保有時の損失 Bank of England Financial Stability Report Oct. 2008 p.16 7 ・Procyclicality • レバレッジを効かせた投資 – 証券価格上昇(下落) – → 投資収益拡大(損失の発生・拡大) – → 投資家の自己資金増大(減少)・資金の貸手 リスク低下(上昇) – → 負債資金による投資拡大 (負債 返済の圧力・証券の投げ売り・負債圧 縮 ) – → 証券価格の更なる上昇(下落) → ・・・ • cf. 前期講義「証券経済論」第1章金融仲介.金融シス テムの比較.⑦市場の不安定性 8 • 金融機関の自己資本と信用供与 – 好景気(不景気) – → 証券価格上昇(下落)・不良債権減少(増 大) :時価会計 – → 金融機関の収益拡大(収益減少・損失発生) – → 自己資本比率の上昇(低下):自己資本比率 規制、金融市場からの監視 – → 貸出・証券投資の積極化(貸し渋り・保有証 券の処分) – → 景気の更なる拡大(悪化) → ・・・ 9 ○証券化用語 証券化商品:証券化によって作り出された投資家向けの証券 Asset Backed Security:資産担保証券 Commercial Paper:コマーシャル・ペーパー(信用力のある企業・金融機関が金融 市場から短期資金を調達するために発行する約束手形) Asset Backed Commercial Paper:資産担保コマーシャル・ペーパー (狭義の)Mortgage Backed Security:住宅ローン担保証券 Residential Mortgage Backed Security:住宅ローン担保証券 Commercial Mortgage Backed Security:商業不動産ローン担保証券 Collateralized Loan Obligation:企業向一般貸出債権担保証券 Collateralized Bond Obligation:社債担保証券 Collateralized Debt Obligation:債務担保証券(CLO、CBO、証券化商品を担保と して再証券化したもの(ABSCDO)、の全体) Money Market Fund:コマーシャル・ペーパー 等の短期金融資産に投資する投資 信託 Structured Investment Vehicle:銀行によって設定・運営されるが、オフバランスで あり、サブプライム証券化商品を中心に投資するファンド (ABCP)コンデュイット:一般的には証券化のためのSPC(特別目的会社)と同じ意 味であるが、Shadow Banking Systemの図ではSIVと同じ意味 10 第6章.金融危機と金融の規制強化・ 制度改革 ○サブプライム金融危機後の金融規制 • 銀行 • 複雑な再証券化商品、トレーディング勘定、オフバランス機関 (SIVやABCPコンデュイット)へのコミットメント(流動性供給枠) – Cf. 本講義第3章証券化.(6)証券化のデメリット・問題点③オフ・バ ランスシートの活用に伴うオリジネーターやアレンジャーの本体のリ スクの不透明化 – 流動性リスク管理・統合的リスク管理体制の強化 • 証券会社・投資銀行 • cf. 本講義第2章証券会社と証券業務.世界の証券業界の変貌. ゴールドマン・サックスの収益構造 11 – 格付 • 格付会社の監視、格付手続き・手法に関する情報開示、 過去のデータが不十分な商品の格付の取扱い、格付 会社による証券化アレンジャーへの提案行為の禁止、 証券化商品と社債の格付け記号の区別 – 証券化 • 証券化商品の情報開示(cf. 企業の情報開示)、証券化 対象ローンやそのオリジネーターに対する証券化アレ ンジャーのデューディリジェンスの徹底、契約違反の ローンのオリジネーターによる買戻し – ヘッジファンド • 金融当局による監視強化、情報開示(特に時価の把握 が困難な証券化商品)、運用成績についての外部監査、 ヘッジファンドに投資する機関投資家の運用方針の策 定・開示、レバレッジ規制? 12 • 情報開示 – 金融機関のリスク・エクスポージャー(特に証券 化商品)、保有資産の価格評価、オフバランス シート機関との関係 • Cf.2007年:リスク所在不明によるインターバンク市 場での疑心暗鬼・相互不信 • 大手金融機関に対する国際的監視の強化 – 大手金融機関ごとに国際的な金融当局間の監視 グループCollegeを設置 13 • Procyclicality を抑制する規制 – 自己資本比率規制のマイナス面:Procyclicality – 金融規制を、ミクロの観点からだけ考えるのでは なく、 という観点からも考える べき – E.g. 銀行の資産増大率に応じて規制上要求され る自己資本比率を引き上げる 14 ○世界の金融規制・制度の歴史的展開 • 19世紀後半~第一次大戦:金本位制の下で自由な 金融制度 – 国際的資本移動の自由、株式市場も発展 • 1930年代の不安定化した経済・金融の状況 • 戦後~70年代:安定化を重視した規制された金融制 度 – 金利規制・業務分野規制・国際的資本移動の規制・固定相 場制度 • 1980年代~:金融・証券制度の規制緩和・自由化 – 金利規制の撤廃、銀証分離規制の緩和、国際的資本移動 の自由化、金融のグローバリゼーションの進展 • 2008~:世界的な規制強化 15 ○1930年代以降の金融規制・制度 • 戦後のブレトンウッズ体制1944年 • 固定相場制により為替の安定 – →世界の貿易の安定的発展 cf. 1930年代の為替切下 げ競争→ブロック経済化 • 資金の内外交流の遮断 – ①為替の不安定化を防止 • cf. 1930年代:資本の短期的移動の活発化→為替の不安定化 – ②資本の対外流出防止:国際収支対策 – ③自国の金融政策の独立性を確保 • cf. 国際金融のトリレンマ:資本の国際的な自由移動、為替相場 の固定、自国の金融政策の独立性、の3つは同時達成不可能。 同時達成できるのは2つだけ。 16 • 金融システムの安定化: – 過度の競争を規制により制限( ) することで個々の銀行等の経営破綻を防止し、そ れを通じて金融システム全体の安定化を図る – 競争制限的規制: • 株式委託売買の固定手数料 • 護送船団金融行政 – 店舗規制、新金融商品規制、広告規制、新規参入規制、経 営悪化金融機関の大蔵省主導による救済、会計監査の最終 判断も監督官庁の大蔵省が実質上行う 17 • 預金者保護: – 銀行取付けの防止を通じて金融システムの安定 化を実現 – 国民の基本的貯蓄手段である預金の保護を通じ て社会を安定化 • 公正で効率的な金融取引・市場を確保 18 ○米国における1930年代の 金融規制の導入 • ペコラ委員会:銀行の証券市場関連不正の追及 • 銀行:1933年銀行法(グラス・スティーガル法) – 銀証分離 – 預金金利規制(要求払い預金の付利禁止、定期預金の 最高金利規制Regulation Q) – 連邦預金保険公社FDIC創設(35年に設立) • cf. 日本の預金保険機構は1971年に設立 • 証券: – 1933年証券法(情報開示) – 34年証券取引所法(SEC証券取引委員会の設立) – 40年投資会社法(投資信託の規制) 19 ○日本における金融規制の導入 • 銀行 – (預金)金利規制:1918年(第1次大戦後の戦後 不況)日銀主導による預金金利協定、1947年臨 時金利調整法 – 1928年新銀行法: • 最低資本金制度の導入→銀行の整理・合同 • 銀行に対する規制・監督の強化(大蔵省銀行部に検 査部、日銀に考査部を設置) • 背景:1927年の金融恐慌 – 1948年証券取引法 • 65条:銀行の証券業務禁止 20 ○金融規制の目的 • 金融システムの安定性確保=システミックリスクの 防止 – 個別の銀行・金融機関の健全性確保 – 金融システム全体の安定性確保=個別金融機関の破綻 のシステミックリスクへの波及・拡大の防止 • 公正で効率的な市場・金融システムの確保 – 情報開示 • 投資家保護 – インサイダー取引規制 • 預金者保護 – 預金保険制度 21 ○1980年代以降の 金融の規制緩和・自由化 • 固定相場制度の崩壊・変動相場制度への移行: 1973年 • 資本移動の自由化 – 米国:1974年資本流出規制(利子平衡税)の撤廃 – 日本:1980年外為法改正(内外資本取引が原則自由)、 1998年外為法改正(外為取引関連の自由化の徹底) • 預金金利の自由化 – 米国:1980年~86年 – 日本:1989年~94年 • 株式の委託売買手数料の自由化 – 米国:1975年(メーデー) – 日本:1999年 22 • 銀・証分離の緩和 – 米国:1987年~1999年グラム・リーチ・ブライリー 法 – 日本:1993年~99年 • 日本の金融ビッグバン:1997年~2001年 – フリー、フェア、グローバルの理念を掲げた金融制 度全体の自由化 – Cf. イギリスのビッグバン:1986年 23 ○金融の規制緩和・自由化は なぜ行われたのか? • 固定相場制の崩壊・変動相場制への移行 – 世界経済の状況変化(各国経済の対外取引の拡 大+変動性の高まり)に固定相場制度では対応 できなくなった。 • 資本移動の自由化 – 貿易拡大に伴う資本移動規制の抜け穴拡大 – ユーロ市場(どこの国の規制も受けない自由な国 際金融市場)の拡大による各国の対外資本移動 規制の空洞化 24 • 競争制限的規制の緩和・撤廃 – 競争制限的規制のマイナス面 • ぬるま湯の下での銀行の体質劣化・金融システムの 脆弱性:1980年代の米国の銀行・S&L危機 • 規制に守られた保守的経営:金融技術革新への消極 的取組み • E.g. MMFの開発による投資家への高金利の提供(証 券による銀行分野への侵入):銀行預金からMMFへ の急激な資金シフト・金融混乱→預金金利の自由化 • 規制のゆるい国の市場に国際的に資金が集まる 25 • 銀証分離の撤廃 • MMF、証券化 – という状況及び規制の強さ の面での銀行の不利な立場の改善 • E.g. 米銀JPモルガンは銀行規制を嫌い銀行免許を炎上 し、証券会社・ノンバンクへの業種転換を考えていた – 銀行の持つ金融力や資源を幅広い金融分野で活 用 26 -2% 長期実質金利 長期名目金利 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 1988 1986 1984 1982 1980 1978 1976 1974 1972 1970 1968 1966 1964 1962 ・米国の金利:1970年代末~80年代前半は歴史的高金利 米国長期金利の推移 16% 14% 12% 10% 8% 6% 4% 2% 0% -4% 27 ・ ラジャン=ジンガレス『セイビング・キャピタリズム』p.267 28 ○金融自由化の下での銀行規制 • 自己資本比率規制 – 規制金融時代 • 競争を制限して銀行の経営破綻を防止、護送船団行 政(経営内容の細部に干渉、1行とも破綻させない) – 金融自由化時代 • (自己資本比率に基づく)早期是正措置:個別銀行の 経営悪化が金融システム全体の不安定性につながら ないようにするための手段、問題銀行の早期発見・早 期隔離、米国1991年、日本1998年 29 ○金融のグローバリゼーションと 金融の国際的規制 • BIS自己資本比率規制:1987年末(日本は88年3月 末)導入 – 国際的に活動する銀行の健全性確保 – BIS(国際決済銀行):主要国の中央銀行・金融当局の協 議・協定締結の場、国際銀行業務の監視機関 • 1997年 – それまで信用リスクのみを対象としていたBIS規制に、新 たにマーケットリスクを導入 • 新BIS規制(バーゼルⅡ) – 欧州は2007年1月から、日本は2007年3月末から、米国 は08年1月から(主要銀行のみ導入) – リスクへの木目細かい対応、リスク管理手法の高度化へ の対応 30 ○今求められている金融規制とは? • 今求められている規制強化は、戦後の金融規制時 代に戻るということか? – 固定相場制・資本の国際移動の制限に戻ることではない だろう – 競争制限的規制・護送船団金融行政に戻ることではない だろう • 既存の規制を緩和したことが今回の金融危機につ ながったか? – そうとは考えられない。むしろ、金融の規制緩和・自由化 のムード・考え方が、利益獲得のためには何をやってもよ いという風潮を強め、モラルハザードや信用・投資の行き 過ぎをもたらした。 31 • 問題:1980年代以降展開してきた金融上の 新たな事態に現行の規制体系が追いついて いない。 – 証券化、ファンド、オフバランス機関、格付 – 金融システムの市場化 32 – 市場の動きだけに任せていたのでは、市場型の金融シス テムはうまく機能しない – 市場型の金融システムの安定性確保 • (証券)市場規制の目標 – 従来:投資家保護 – 今後:投資家保護+システミックリスクの防止 • 中央銀行の役割の拡大 – 従来:銀行システム(特に銀行が担う決済システム)の保全 – 今後:銀行システム+市場システム、の保全(証券会社も中央銀行 の監督下) – 公正で効率的な市場・金融システムの確保、投資家保護 • 情報開示:市場型システムが機能するには情報が決定的に重要 • 市場の質・洗練度を高める規制 – Cf. 前期講義「証券経済論」第1章金融仲介.今後の日本の金融シ ステム 33 ・金融規制の歴史的展開 背景 目標 重視される 価値 1930年代・ 規制強化 戦後 金融危機・ 不正 銀行システ ムの危機の 防止・投資 家保護 安定性 1980年代以 規制緩和・ 降の自由化 自由化 従来の金融 の行き詰ま り・混乱 競争促進・ 変化への対 応 効率性 今回 金融危機・ 部分的不正 市場システ ムの危機の 防止 安定性 規制のあり 方 規制強化 34 第6章:参考文献 • 小林正宏・大類雄司『世界金融危機はなぜ起 こったのか』東洋経済新報社2008第5章 • 貝塚・池尾編『金融理論と制度改革』有斐閣 1992 35
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