規範、国際機関そして グローバル・ガヴァナンス 太田 宏ⓒ 規範、国際機関そしてグローバル・ガヴァナンス-1 A. グローバルな経済・社会問題とGG グローバル・ガヴァナンスが提供すべき、国際レベルにお ける基本的な公共財: ①法の支配―相互に容認できる紛争処理機関を備えた、開放的な 貿易・技術移転・投資制度。 ②開かれた国際貿易制度 ③国際的な金融制度の安定―安定した通貨制度、大規模な制度的 不況やショックに対処する能力、および国際金融市場の慎重な 規制 ④社会的生産基盤(infrastructure)ならびに諸制度―度量衡、時 間、さまざまな技術仕様などの共通基準、および海洋航行の自 由や共同で使用される航空・通信ネットワークを管理、維持す るための、合意による制度。 ⑤環境―地球の共有財(良好な自然環境や文化遺産など)の保護、 および持続可能な開発を促進する政策の枠組み。 ⑥平等と社会の団結―国際開発援助や災害救援を含む、最も広義 の経済協力。 ⑦安全保障:国際平和と秩序 国際貿易秩序(GATT/WTO) 1. ガット設立の歴史的背景[関税と貿易に関する一般協定 (General Agreement on Tariff and Trade: GATT)] ① 1930年代の国際経済秩序の崩壊 • 近隣窮乏化政策("beggar-thy-neighbor") と地域主義の横行 – 多くの国が、関税引き上げ、貿易数量制限、為替制限などの貿易障 壁を設けて、保護貿易政策を採用→国際貿易秩序崩壊→第二次世 界大戦の一因 戦後の経済秩序形成のためには、世界諸国民の経済的繁栄、雇 用の拡大、生産水準の向上が必要であり、そのためには自由で円滑 な貿易の発展が必要。 ② ブレトンウッズ体制 国際復興開発銀行(IBRD)=世銀(1945) 国際通貨基金(IMF) (1947) 関税と貿易に関する一般協定(GATT) (1947年作成、 1948実効) GATT-2 • GATT/WTOの基本原則 貿易制限措置の削減 – ガットは貿易制限措置を関税に置き換えることとして、その 他の措置を原則的に禁止。 →各国の交渉により関税を徐々に引き下げていくことにより、 より自由な貿易の実現を目指す。 貿易の無差別待遇の原則 – 最恵国待遇(most-favored-nation treatment):GATT第1条 – 内国民待遇(national treatment): GATT第3条 GATT-3 3. ガット体制の強化 (1)ガット体制における多角的交渉 交渉の通称 交渉期間 第1回交渉 1947年 第2回交渉 1949年 第3回交渉 1951年 第4回交渉 1956年 第5回交渉(ディロン・ラウンド) 1960年~1961年 第6回交渉(ケネディ・ラウンド) 1964年~1967年 第7回交渉(東京ラウンド) 1973年~1979年 第8回交渉(ウルグアイ・ラウンド) 1986年~1994年 第9回交渉(ドーハ・ラウンド) 2001年~ 参加国・地域数 23カ国・地域 13カ国・地域 38カ国・地域 26カ国・地域 26カ国・地域 62カ国・地域 102カ国・地域 123カ国・地域 149カ国・地域 ※ディロン、ケネディはそれぞれの交渉の提唱者(ディロン米国務長官、ケネディ米大統 領)。東京、ウルグアイはそれぞれの交渉が開始された会議の開催地。 GATT-4 東京ラウンド諸協定 1947年の関税貿易に関する一般協定(含、譲許表・議定書) ダンピング防止協定(ダンピング防止税を課すときの要件および手続き) 補助金相殺措置協定(相殺関税を賦課するときの要件および手続き) 関税評価協定(含、議定書)(関税額決定の際の貨物価額決定方法) スタンダード協定(規格や認証制度の制定・変更の手順の公開、外国品と国内産品の平等扱い等) ライセンシング協定(輸入許可手続きの公開、簡易化、公平な運用等) 民間航空機協定(民間航空機及び関税撤廃) 政府調達協定(政府調達における内外供給者の平等取扱い、入札手続の公開等) 国際酪農品取極(酪農品市場に発する情報提供、酪農品についての価格維持努力等) 牛肉取極(食肉市場に関する情報提供等) 繊維製品国際貿易取極(MFA)(繊維製品の輸入制限を行うときの要件及び手続) その他(了解事項等) GATT-6 (2)ガット体制強化の必要性とWTOの設立 ① 非関税措置に対する対応 数次の関税引き下げ交渉の結果、各国の関税が次第に低下。 主要国の関税負担率の推移 1968年(ケネディ・ラウンド妥結後) 後) 1980年(東京ラウンド妥結 日本 7.1% → 2.5% 米国 7.5% → 2.8% EC 6.1% → 3.1% *関税負担率とは、輪入総額に対して関税徴収額の占める割合。 ←→非関税措置による保護貿易が問題視されるようになる。 特に、第一次・第二次石油危機の後、世界的な不況を背景に、 ガットのルールでは禁止されていないような非関税措置が各国 の裁量により維持される例増大。 EC(欧州共同体)のような地域貿易協定が増加→ガットを中心 とする貿易ルールの明確化必要。 GATT-7 ② 新たな分野への対応 電気通信サービス等のサービスの貿易に関するルール制定の必要 性増大。 貿易と知的所有権の関係 ③ 紛争処理機能の強化 世界の貿易の活発化→貿易に関する国際紛争の数増加。その内容 も複雑化。より効率的で実効性のある紛争解決ルールの必要性高ま る。 ガット体制強化の要請にこたえ、ウルグアイ・ラウンドの結果、ガットを拡大 発展させる形で新たな貿易ルール(WTO協定)を作るとともに、この ルールを運営する国際機関(WTO)を設立することが決定。 1995年1月1日にWTOが設立。 世界貿易機関(WTO) II WTO体制 (1) WTO協定の概要 WTO: World Trade Organization=世界 貿易機関 「WTO協定」とは、「世界貿易機関を設立するマラ ケシュ協定(通称:WTO設立協定)」及びその付属 書に含まれている協定の集合体。 世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(通称:WTO設立協定) 附属書1 (1)附属書1A:物品の貿易に関する多角的協定 (A)1994年の関税及び貿易に関する一般協 定(通称:1994年のガット) (B)農業に関する協定 (C)衛生植物検疫措置の適用に関する協定 (通称:SPS協定) (D)繊維及び繊維製品(衣類を含む)に関す る協定(通称:繊維協定) (E)貿易の技術的障害に関する協定(通称: TBT協定) (F)貿易に関連する投資措置に関する協定 (通称:TRIMs協定) (G)1994年の関税及び貿易に関する一般協 定第6条の実施に関する協定(通称:アンチ ダンピング協定) (H)1994年の関税及び貿易に関する一般協 定第7条の実施に関する協定(通称:関税評 価協定) (I)船積み前検査に関する協定 (J)原産地規則に関する協定 (K)輸入許可手続に関する協定 (L)補助金及び相殺措置に関する協定 (M)セーフガードに関する協定 (2)附属書1B:サービスの貿易に関する一 般協定(通称:GATS) (3)附属書1C:知的所有権の貿易関連の 側面に関する協定(通称:TRIPs協定) 附属書2:紛争解決に係る規則及び手続に 関する了解(通称:紛争解決了解) 附属書3:貿易政策審査制度 附属書4:複数国間貿易協定 (A)民間航空機貿易に関する協定 (B)政府調達に関する協定 (C)国際酪農品協定(1997年末に終了) (D)国際牛肉協定 (1997年末に終了) GATT/WTO-3 世界貿易機関(WTO)の組織 閣僚会議 紛争処理機関 物品貿易理事会 一般理事会 サービス貿易理事会 貿易政策審査機関 知的財産物理事会 各種委員会 貿易と開発委員会 国際収支委員会 貿易と環境委員会など 農業に関する委員会 衛生植物検疫に関する委員会 繊維及び繊維製品監視機関 貿易の技術的検疫に関する 委員会 貿易に関連する投資措置に 関する委員会 ダンピング防止措置に 関する委員会 関税評価に関する委員会 セーフガードに関する委員会等 政府調達委員会 民間航空機委員会 GATT/WTO-4 (1) WTO設立協定 (2) 物品の貿易に関する協定 A) 「1994年のガット」 A) 従来のガット(1947年のガット)に加え、ガット体制の下で作成 された各種の文書や締約国団による決定などのうち必要なも のを、1994年のガットとしてそのまま引き継ぐ。 B) 特定分野の貿易に関する協定 A) 「農業協定」:すべての農産物の原則関税化 B) 「繊維協定」: 2005年目途に繊維及び繊維製品のガットに完 全統合化 GATT/WTO-5 A) 貿易救済措置に関する協定 輸入の急増により国内産業に重大な影響が及ぶ場合等に おける特定の貿易制限措置(貿易救済措置): 「ダンピング防止協定」、「補助金相殺措置協定」、「セー フガード協定」 B) 非関税障壁に関する諸協定 自由貿易の原則の下における人の健康や安全の保護など、 一定の目的のために例外規定 「衛生植物検疫措置に関する協定」や「貿易の技術的障 害に関する協定」等 GATT/WTO-6 C) 貿易政策審査制度 目的:WTO加盟国の貿易政策及び貿易慣行について、一層の透明性を 確保してWTO 体制の円滑な運営をはかる。 方法:日本、米国、カナダ、ECについては2年毎に、その他の加盟国は貿 易額に応じて4年または6年毎に、自国の貿易政策及び貿易慣行について の報告・審査会を開催。 D) 複数国間貿易協定 政府調達協定 一定金額以上の政府調達に際して、原則として国際競争入札を行うこと とし、手続の詳細について定めるとともに、協定の対象となる政府機関 や政府に準ずる機関のリストを掲載する取り決め。 民間航空機協定 GATT/WTO-7 E) サービス貿易の 4 態様 ① 国境を超える取引 いずれかの加盟国の領域から他の加盟国の領域へのサービス提供 ② 海外における消費 いずれかの加盟国の領域内におけるサービスの提供であって、他の 加盟国のサービス消費者に対して行われるもの ③ 業務上の拠点を通じてのサービス提供 いずれかの加盟国のサービス提供者によるサービスの提供であって 他の加盟国の領域内の業務上の拠点を通じて行われるもの ④ 自然人の移動によるサービス提供 いずれかの加盟国のサービス提供者によるサービスの提供であって 他の加盟国の領域内の加盟国の自然人の存在を通じて行われるもの GATT/WTO-8 (2)貿易関連知的所有権協定 A) 協定の背景 1980年代以降、知識集約型産業が発展し、ノウハウ、デザイン、ブラ ンド等の知的所有権(あるいは知的財産権)の重要性が増大。 ←商標権侵害商品や著作権侵害商品の問題 B) 協定の概要 – – – 基本原則: 知的所有権全般に関し、原則として無差別原則(最恵 国待遇、内国民待遇)を与えることを定める。 権利保護: 表に列挙した各種の知的所有権に関し、それぞれの 保護の水準を規定している。 権利行使: 知的所有権の保護を各国国内において確実に実施 するために、侵害行為の差し止め請求手続や裁判、税関での取り 締まり等、権利行使の手続を詳細に規定している。 GATT/WTO-9 C) 知的所有権の種類 工業所有権 ① 商標権:トレードマークなど ② 意匠権:デザインなど ③ 特許権:製品製造ノウハウなど著作権 著作権:映画、音楽、出版物など作 著作隣接権(:出演者の権利など他 集積回路の集積回路配置に関する権利 その他:ワインの地理的表示など ■知的所有権の保護に関する既存の条約の例 パリ条約 ベルヌ条約 1883年(工業所有権) 1886年(著作権) ローマ条約 ワシントン条約 1961年(著作隣接権) 1989年(集積回路) (3)WTOの紛争解決手続 GATT/WTO-10 A) ガット体制における紛争手続との違い a. 一方的措置の禁止 WTO協定の対象となる紛争については、協定の紛争解決手続に従わねばない。 →WTO加盟国が他の加盟国に対し、その市場が閉鎖的であるとして一方的に関税を 引き上げたりその他の貿易制限措置を実施することは、 WTO協定違反となる。 紛争案件の増加 ガットの下での紛争案件数 (1948~94年) 合計314件、年平均6.7件 ↓ WTOの下での紛争案件数 (1995~98年) 合計154件、年平均38.5件 GATT/WTO-11 b. 紛争解決手続の自動性 ガット体制における紛争解決手続におけるコンセンサス方式 の問題点。 →WTO協定の下では、従来とは逆に、コンセンサスによって 反対されない限り決定されるという方式の採用。 C. 期限の設定 紛争解決の遅延を防止するため、紛争当事国間の協議、パ ネルの設置からパネル報告の採択、勧告の実施などのそれ ぞれについて期限が設けられ、手続の迅速化が図られた。 紛争の発生 ↓ 二国間の協議 ↓解決しなかった場合 パネル(小委員会)の設置 d. 紛 争 解 決 手 続 の 流 れ ↓ パネルでの審理 ↓ パネル報告書の発出 ↓ 上級委員会に申し立てた場合 上級委員会で審理 ↓ 上級委員会報告書の発出 ↓ 報告書の採択 ↓ 勧告の実施/制裁措置 GATT/WTO13 (4)日本が当事国となったパネル案件 A)日本の酒税制度 日本の焼酎 vs. 欧米のウォッカ、ウィスキーやリキュール類 内国民待遇違反か否か B) 日本のフィルム流通制度 日本のフィルム流通制度は外国製(アメリカ)フィルム GATT上の利益が無効化又は侵害したか否か C)インドネシアの国民車制度 日本、米国、EC vs. インドネシア 最恵国待遇と内国民待遇違反か否か GATT/WTO-14 出所:経産省通商機構部、「WTO『ドーハラウンド』枠組み合意」、2004年8月。 ラルフ・ネーダーのWTO批判の要点 • • • • • • • • • • • WTOや北米自由貿易協定(NAFTA)の承認は、国内の福利厚生政策に対する厳しい 法的制限を受け入れることを意味する。 =企業の利益を優先した国際的な非民主政治体制下、各国政府が国際金融システム や通商システムに組み込まれていくことを意味する。 選挙で選出されてもない通商官僚がジュネーブで国民の健康や安全に関わることを、 密室で決めている。 民主主義と説明義務を伴った意思決定プロセスが危機に晒されている。 企業にとって世界は市場と資源→野放図な経済活動←→政府や法律や民主主義 世界経済の自由化→経済的・社会的利益の増大←→l短期的な利益の最大化によって 他の長期的利益が損なわれる。中国に関する人権と貿易の関係。 WTOやNAFTA企業の利益を擁護のために、人々を守るための規制撤廃を求めている。 WTOやNAFTAを舞台として、多国籍籍企業は国と国を互いに競争させる。その結果、 環境保護コストと社会コストを外に転嫁して企業利益の大幅増進を図る。 WTO下では、底値競争にさらされるのは生活水準や環境や健康保護措置だけでなく、 民主主義そのものである。 地場産業の育成が必要。地域のニーズ、環境保護、持続可能な発展、そし参加型の民 主主義を実現できる。 企業のグローバル化の世界的影響=世界の多くの地域での経済的停滞 民主的な監視の目が必要。 パブリック・シティズン『誰のためのWTOか?』 • WTOが環境に与えた影響 • WTO、食品安全基準及び公衆の健康 • 新たな公衆衛生上の問題や環境問題に関WTOが与 えた影響―遺伝子組換え作物 • 企業本位のWTOの知的所有権は食糧の安定供給と 医薬品の自由な利益を妨げる • WTO と発展途上国 • WTOの体制における先進国経済―合併、サービス産 業、そして低賃金 • WTO体制化の基本的人権と労働者の権利 • 前例をみない紛争解決システム • 勧告と結論 参考文献など • • 小寺(こてら)彰『WTO体制の法構造』東京大学出版会、2000年。 ジョージ、スーザン、マーティン・ウルフ『徹底討論 グローバリゼーション―賛成 /反対―』作品社、2002年。 • パブリック・シティズン著、ロリー・M・ワラチ/ミッシェル・スフォーザ『誰のための WTOか?』緑風出版、2001年。 • 松下満雄等篇『ケースブック ガット・WTO法』有斐閣、2000年。 • 村上直久『WTO―世界貿易のゆくえと日本の選択』平凡社新書、2001年。 • Gilpin, Robert. The Political Economy of International Relations. Princeton: Princeton University Press, 1987(邦訳、ロバート・ギルピン『世界システムの政治 経済学』東洋経済新報社、1990年). • Moon, Bruce E. “Controversies in International Trade” in Michael T. Snarr and D. Neil Snarr eds., Introducing Global Issues 2nd Edition. Boulder, CO: Rienner, 2002, pp. 89-106. • Wallach, Lori and Michelle Sforza. The WTO: Five Years of Reasons to Resist Corporate Globalization. New York: Seven Stories Press, 1999. URL: 世界貿易機関(WTO): http://www.wto.org 経済産業省:http://www.meti.go.jp/ 外務省:http://www.mofa.go.jp
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