日本の高校において、 英語の授業を英語で行うべきか? 前提 1. 「日本の高校」とは、日本に存在するすべての高等学校のことを 指す。 2. 「英語の授業」とは、「英語」「オーラルコミュニケーション」 「リーディング」「ライティング」を指す。 3.「授業を英語で行う」とは、教員(国籍を問わない)が、授業内で の説明、授業に関する質疑応答を含むコミュニケーションなどをすべ て英語を用いて行うことを指す。 これを踏まえたうえで、 日本の高校において 英語の授業を英語で行うことに 私は反対する。 理由 1. 日本語での説明のほうがわかりやすく、スムーズである 2. 英語嫌いを促進する恐れがある 3. 共有基底言語能力モデル(common underlying proficiency model)へ の支持 1. 日本語での説明のほうがわかりやすく、 スムーズである 1. 2. 生徒の理解スピード・正確さ 基礎がわかれば、応用が利く 重要な基礎の部分は、確実に理解しておく必要がある。 ※KrashenのInput仮説 「豊富な理解可能なInputを与えれば、ILは無意識のうちに成長する(=習得)」 しかし英語で授業を行うと、内容の理解がおいつかなくなる生徒が出てくる。 授業時間は限られているので、質疑応答でカバーすることは難しい。 私の考えでは、「豊富なInput」とは「基礎的な文法と語彙の知識」 ゆえに、日本語を用いて説明を行うべきである。 「理解可能なInput」とは「日本語による十分な説明」 基礎をしっかりと学習できれば、そこで得た「気づき」を自分の力で応用する ことで習得に近づく。 英語嫌いを促進する恐れがある 2. 「英語は英語で」の方針は、成績上位層に特化した教育施策 そもそも全生徒対象の施策ではなく、約十万人のグローバル人材成を目的としたもので ある。 中学校卒業時点ですでに苦手意識を持っていた生徒にオールイングリッ シュの授業を行っても、情意フィルター(Krashen)をさらに高めるだけで ある。 ※韓国で行われた小学六年生対象の語彙習得に関する研究において、アン ケート調査が示す結果では、学習者は英語のみの授業に消極的な態度を示 す傾向があった。(Macaro & Lee, 2012) 学習者が理解可能なインプットを取り込みやすくするため、情意フィル ターを低く保つ配慮が必要だ。(ナチュラルアプローチ) 3. 共有基底言語能力モデル(common underlying proficiency model)への支持 氷山説:二つの言語が一つの処理システムで機能しているモデル。一 つの言語で学んだ内容はもう一つの言語に転移できる。 L2(言語2) L1(言語1) 表層面 深層面(共有面) 日本語と英語を授業内で比較し、相違点・類似点を考えることは、英 語の理解を促進するのではないか。 ※Macaro & Leeの研究(2013)によると、英語だけの指導より母語との コードスイッチングと取り入れた指導法のほうが効果的だった。 部分的に「英語は英語で」を 適用することには賛成 対象 1. 英語科の生徒 2. オーラルコミュニケーション 1. 英語科の生徒 高校の英語科に入った生徒は、中学校での英語成績上位者のはずなので、 理解スピード・正確さ、情意フィルターの低さが、「英語は英語で」教育 を受け入れるのに十分だと考えられる。 日本語・英語の比較については、英語に対する余裕が(英語が苦手な生徒 よりも)あるので、日常的に考えることができるはずだ。 オーラルコミュニケーション 2. オーラルコミュニケーションの時間内では、他の「英語」「リーディン グ」「ライティング」で学んだことを生かし、積極的に英語でやりとりを すべきである。 すなわち、他3科目で得たInputをOutputすることで、 ①(スピーキングの)自動化が促進される ②自分の言語能力のどこに問題があるかに気づかせる ③ある表現が通じるかどうか検証できる ④アウトプットが自身に対するインプットになる(白井, 2008) まとめ 高校においても、個々の生徒の能力差があるので、「英語は英語で」 という方策を一様に適用することには反対である。 オーラルコミュニケーションのオールイングリッシュ化には賛成 1. 日本語での説明のほうがわかりやすく、 スムーズである 生徒の理解スピード・正確さ 1. 重要な基礎の部分は、確実に理解しておく必要がある。 しかし英語で授業を行うと、内容の理解がおいつかなくなる生徒が出てくる。 授業時間は限られているので、質疑応答でカバーすることは難しい。 ゆえに、日本語を用いて説明を行うべきである。 1. 日本語での説明のほうがわかりやすく、 スムーズである 2. 基礎がわかれば、応用が利く ※KrashenのInput仮説 「豊富な理解可能なInputを与えれば、ILは無意識のうちに成長する(=習得)」 私の考えでは、「豊富なInput」とは「基礎的な文法と語彙の知識」 「理解可能なInput」とは「日本語による十分な説明」 基礎をしっかりと学習できれば、そこで得た「気づき」を自分の力で応用する ことで習得に近づく。
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