日本語を考える Introduction to Japanese Linguistics 日本語史 (1) 日本語史 書記体系 音声・音韻 文法 日本史の時代区分 (I) 先史時代 縄文時代 (B.C. 13,000 ~ 頃) 新石器時代、人口は約 30 万人 弥生時代 (B.C. 500 ~ A.D. 300 頃) 大陸からの渡来、稲作の開始、金属器の使用 大規模な集落 (クニ) の形成 (II) 古代 古墳時代 (こふんじだい; c. A.D. 300 ~ 600) 大和朝廷の成立 (畿内); 人口は約 150 万人に 飛鳥時代 (592 -) 奈良時代 (710 -) 平安時代 (794 -) 貴族の時代 (III) 中世 鎌倉時代 (1185 (1192) -) 室町時代 (1331 (1392) -) (戦国時代 (1494 -)) 武士 の時代 (IV) 近世 江戸時代 (1603 -) 天下泰平の時代 商人階級の台頭 (V) 近代・現代 明治 (1868 -) 大正 (1912 -) 昭和 (1926 -) 平成 (1989 -) 日本語史における時代区分 原始日本語 古代日本語 (Old Japanese) 上代日本語 (飛鳥・奈良時代) 中古日本語 (平安時代) 中世日本語 (Middle Japanese) 中世前期日本語 (鎌倉時代) 中世後期日本語 (室町時代) 近世日本語 (Early Modern Japanese) 近世前期 日本語 近世後期 日本語 現代日本語 (明治時代以降) (Modern Japanese) 先史時代 (5cまで) 日本人の手による文字記録は存在しない 最初の文字 (漢字) の使用は 4-5 世紀ごろ 中国の歴史書に、この時代の日本の記録が残さ れている 魏志倭人伝 (三国志 - 魏書 - 東夷伝 - 倭人条) (約 2,000 文字の記録; 3世紀末) 卑弥呼 (ひみこ)、 壱与 (いよ)、 邪馬台 (やまたい, や まと) のような固有名詞; 卑狗 (ひく; 長官の意)、卑 奴母離 (ひなもり; 副官の意) 、のような一般名詞 古代 書記体系の受容・発展 漢字が 4 世紀末に百済から入る (『日本書紀』 の記 録) 中国大陸から大量の語彙借用 音声・音韻の領域で大きな変化 中世 文法の領域で大きな変化があった 終止形と連体形の区別の消失 係り結びの消失 助動詞類の体系の変化 格助詞のより体系的な使用 (が、を、に、等) etc. 近世 前期: 上方語, 後期: 江戸語 社会身分層によることばの違い 武家のことば 上流武士; 下流武士; 武家の女性; 奉公人 町人のことば 上流町人; 下流町人 武家ことば (上流武士) 山の手ことば (上流町人, 文化人, 武士階級の女性) > 標準語 下町ことば (下流町人) 近代・現代 文体・語彙の変化 西洋諸語からの語彙借用; 新たに入ってきた事物・概 念を名指すための造語 標準語 (共通語) の成立 口語文の成立 日本語表記体系の歴史 文字史 文体史 漢字 (古代中国で) 漢字が使用されだしたのは紀元 前 15 世紀以前と言われる。 漢字の特徴 表語文字: 一つの漢字が、一つの語 (形態素) を表す 形/音/義 東アジアおよび東南アジアの多くの地域で広く用いら れている (または、かつて用いられていた) 1. 2. 3. 4. 5. 6. 六書 (りくしょ): 造字法にもとづく漢字の分類 象形 (しょうけい) 指事 (しじ) 会意 (かいい) 形声 (けいせい) 仮借 (かしゃ) 転注 (てんちゅう) 象形・指事: 基本的な字形の造字 会意・形声: 基本的な字形の組み合わせによる造字 仮借・転注: 既存の字形への新しい意味の割り当て 象形: 表現対象をかたどったもの 日, 山, 馬, 木, etc. 指事: 抽象的な概念をあらわすもの 上, 下, 一, 二, 三, 本, etc. 会意: 複数の部分の意味を組み合わせたもの 休, 信, 炭, etc. 形声: 一部が (関連する) 意味を表し、一部が音 を表すもの (意符 + 音符/声符) 河, 江, 聞, 問, etc. 会意 + 形声 清, etc. 仮借: 発音の類似による新しい意味の割り当て 我: {‘saw’} > {‘saw’, ‘I’} > {‘I’} 象: {‘elephant’} > {‘elephant’, ‘shape’} 転注: 意味の関連による新しい意味および発 音の割り当て (他説あり) 楽: 楽団 (‘music’), 安楽 (‘fun, easy’) 日本における漢字使用の特徴 漢語 (漢字語) が外来語であるという意識が希薄 一つの漢字に多くの発音がある; 「訓読み」を行う 行動, 行事, 行灯 (音読み) 行う, 行く (訓読み) 日本でつくられた漢字 (和製漢字; 国字) や漢語 (和製漢 語) が多数ある; また、その内の多くは漢字圏の他地域に 借用されている 火事, 大根, 三味線 哲学, 郵便, 野球 (近代の造語); 自由, 福祉, 絶対 (近代 に新しい意味を与えられた語) 日本における最初の漢字使用 大陸から持ち込まれた物品 (刀剣、貨幣、鏡など) に 刻まれた漢字 (金石文 きんせきぶん) 『漢倭奴国王印』 (『漢委奴国王印』) かんのわのな のこくおうのいん 後漢の光武帝が西暦57年に “奴国” からの使節に送ったも のと言われる 福岡で 1784 年に出土 『七支刀』 しちしとう 百済から倭国に送られたもの (西暦364年) 奈良県石上神宮に所蔵 表: 泰和四年五月十六日丙午正陽造百練?七支刀出辟百兵 宜供供侯王永年大吉祥 裏: 先世以来未有此刀百濟王世□奇生聖音(又は晋)故為 倭王旨造傳示後世 “泰和四年の五月十六日, とてもよく鍛えた鉄でこの剣を 作った。多くの敵兵を倒すことができるすばらしい刀である。侯 王にさしあげたい。百済王と貴須王は倭王のために, この見た ことも無い刀を作った。後世まで伝えて欲しい。” 本格的な漢字使用は四世紀末から五世紀初頭 に始まると言われる。 百済から、王仁 (わに) という学者が派遣され、『論 語 』、 『千字文』 を伝える。 (『日本書紀』 による記述) 「大化の改新」 以後、官僚制度の充実とともに 体系だった文字記録が行われるようになる 純正漢文 (正格漢文, 正則漢文) 外交文書、法令、仏典の注釈など、公的・学術的な性 格を持った著述に用いられる 『大宝律令』, 『日本書紀』 和化漢文 (変体漢文, 漢式和文) 実用的文書、私的文書などに用いられる 『古事記』 「訓読み」 の開始 漢文の 「訓読」 (例: 色不異空 シキはクウにことなら ず) (後述) 意紫沙加宮 おしさかのみや (『隅田八幡神社人物画 像鏡』 443 年) 仮名 万葉仮名 表音文字としての漢字の使用; 真仮名 (まがな) とも言う 奈良時代には広く行われるようになる 固有名詞: 伊太加 (いたか), 獲加多支歯 (わかたける), etc. 固有名詞以外にも用いられるようになる 字音 (音読みまたはその一部): 由岐 (ゆき), 波奈 (はな), 安米 (あめ) 字訓 (訓読みまたはその一部): : 三三 (みみ), 八間跡 (やまと), 名津蚊為 (なつかし) 戯書 由吉能伊呂遠 有婆比弖佐家流 有梅能波奈 伊 麻左加利奈利 弥牟必登母我聞 (ゆきのいろを うばひてさける うめのはな いまさかりなり みむ ひともがな) 相見鶴鴨 (あひみつるかも) ニ八十一 山上復有山者 にくく (憎く) いでば (出でば) 馬声蜂音石花蜘蛛 いぶせくも 万葉仮名 > 草仮名 (草書体の万葉仮名) > 平仮名 > 片仮名 漢字, 真名 (まな), 男手 (おとこで) 仮名, 女手 (おんなで) 平仮名 全体を書き崩す 安 > あ, 以 > い, 宇 > う, 衣 > え, 於 > お 片仮名 部分をとる 阿 > ア, 伊 > イ, 宇 > ウ, 江 > エ, 於> オ 訓点の一部 (送り仮名) としての使用に始まる それぞれの仮名にいくつもの異体字があった; 明治以 降、ほぼ統合される。 (学校教育、活字印刷) 当初、平仮名は 「和文」、片仮名は 「和漢混淆文」 に 用いられた。 中世後半以降、文体による使い分けははっきりしなくな り、平仮名が主流に。 現代日本語における片仮名の使用 外来語, 外国の人名・地名 オノマトペ (擬音語・擬態語) 動植物名 ゴロゴロ, ガミガミ, … ビショビショ, ザラザラ, … ヒト, イネ, ウマ, … 俗語 ノリ, ブサイク, クビ, … 濁点: 平安期に一部で用いられる; 江戸時代に 一般的に 半濁点: 江戸時代に使われるようになる 仮名遣い (仮名に関する正書法) 歴史的仮名遣い 現代仮名遣い (表音的仮名遣い) かほ vs. かお ゐど vs. いど 日本語の「文体」 (漢文) 和化漢文 (変体漢文, 漢式和文) 和文 和漢混淆文 文語文 口語文 漢文 漢文 (正格漢文, 正則漢文, 純正漢文, 「文言 文」) = 古代中国の書き言葉 東アジアにおける共通語 異なる方言の用いられる中国の諸地域 日本、朝鮮半島、ベトナム、モンゴルなど 厳密で安定した規範 特定の発音と結びつかない 「人工的」 な性質が強い? 政治的・学術的権威と結びつく ヨーロッパ地域におけるラテン語、南アジアにおけるサ ンスクリット語、中近東における古典アラビア語と同様の 役割 杉田玄白 『解体新書 』 (1774) なども漢文で書かれる 奈良時代まで、公的な書物はほぼ全て純正漢 文で書かれる (例: 『大宝律令』, 『日本書紀』) それ以降、和化漢文や漢字仮名混じり文が、次 第に書き言葉の主流になっていく ただし、純正漢文も、学術的な分野では使われ 続けた (仏教教義書, 蘭学書, 漢詩集, etc.) 江戸期には、漢文は権威のあるものとみなされ、 広く学ばれた (漢籍の出版、訓読の普及) 明治期以降は、漢文の「地位」は低下していくが、 現在でも中等教育の必須科目として教育が行わ れる。 音読と訓読 音読: 書かれた通りの語順で音読みする 訓読: 語順を調整して、音読み・訓読み両方を用 いて読む (一種の翻訳) 「訓点」 は7世紀末ごろから使われはじめる。ただし、 訓読はそれ以前から行われていた可能性が高い。 色不異空、 空不異色 (『般若心経』) 音読: シキフイクウ、 クウフイシキ 訓読: 色 (シキ) は 空 (クウ) に異 (こと) ならず、空 (クウ) は色 (シキ) に異 (こと) ならず 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆 空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異 色、色即是空、空即是色。 和化漢文 (変体漢文, 漢式和文) 語順を日本語風に近づけた漢文 (漢文に近い体 裁で書いた和文とみなすこともある) 純正漢文には用いられない表現も用いる (例: 「賜」, 「奉」, 「候」, 「侍」 の敬語としての使 用) 日記、手紙、公的文書など、多くのジャンルで用 いられる 純正漢文と異なり、時代や集団を越えた絶対的 な規範は存在しない … 将造寺薬師像作仕奉詔 … 寺を造り、薬師の像を作りて、仕え奉らむと将 (てらをつくりくすりしのかたをつくりてつかえまつらむと す) (『法隆寺金堂薬師仏』 607年) 春始御悦、向貴方先祝申候訖 … 春の始の御悦、貴方に向って先づ祝い申し候い訖んぬ (はるのはじめのおんよろこび、きほうにむかってまずい わいもうしそうらいおわんぬ) (『庭訓往来』 14世紀) 和文 (ひらがな文 ) 平仮名と若干の漢字で書かれる 平安時代の話し言葉を反映する 『伊勢物語』、『蜻蛉日記』、『源氏物語 』 など 平安期以降に、この文体を真似て書かれたもの を 「擬古文 (ぎこぶん)」 という このときのところに こうむべきほどになりて よきかたえらびて ひとつくる まにはひのりて ひときやうひびきつづきて いとききにくきまでののしりて このかどのまへよりしもわたるものか (蜻蛉日記) 山がつのおどろくもうるさしとてずいじんのをともせさせ給はず。しばのま がきわけつつ そこはかとなき水のながれどもをふみしだくこまのあしをと も 猶しのびてとようひし給へるに かくれ なき御にほひぞ 風にしたがひ て ぬししらぬかとおどろくねざめの 家々ありける。(源氏物語・橋姫) 和漢混淆文 (漢字仮名混じり文) 平安時代に、訓点を用いた漢文訓読から産まれる 和文の要素も含む 漢字と片仮名で書かれる 文語体 (話し言葉とは異なる表現が用いられる) 『今昔物語集』 、『方丈記』 など (i) 万葉集に見られる音読み・訓読み・万葉仮名の併用や、(ii) 和化漢文 に仮名による送り仮名を添えた 「宣命体」 も、漢字カナ混じり文のルーツ の一部とみなすことができる 和文 vs. 和漢混淆文 す・さす - シム やうなり - ゴトシ まほし - 願ワクバ すべて - コトゴトク かねて - アラカジメ おほかた - ホボ … 立テ、皆浜ニ出ヌ。可為キ方無クテ、遥ニ浦陀落世界ノ方ニ向テ心ヲ発 シテ皆音ヲ挙テ観音ヲ念ジ奉ル事无限シ。其ノ音、糸オビタヽシ。苦ニ念 ジ奉ル程ニ、息ノ方ヨリ大ナル白キ馬、浪ヲ叩テ出来テ、商人等ノ前ニ臥 ヌ。 (たちてみなはまにいでぬ。すべきはうなくて、はるかにふだらくせかいの かたにむかひて、こころをおこしてみなこゑをあげてくわんおんをねんじ たてまつることかぎりなし。そのこゑいとおびたたし。ねむごろにねんじた てまつるほどにおきのかたよりおほきなるしろきうま、なみをたたきていで きたりて、あきびとらのまえにふしぬ。) 文語文 明治時代: 和漢混淆文が、漢文に変わって公用文の言語として の地位を獲得する。 普通文 (明治20年代 ~): 標準的文体として作り出さ れた比較的平易な文語文 (和漢混淆文の流れを受け 継ぐ) 天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと 言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万 人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別 なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地 の間にあるよろずの者を資 (と) り、もって衣食住 の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさ ずして各安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。 (福沢諭吉 『学問のすすめ』 1873年) 今この処を過ぎんとするとき、鎖したる寺門の扉に倚り て、声を呑みつつ泣くひとりの少女あるを見たり。年は 十六七なるべし。被りし巾を洩れたる髪の色は、薄きこ がね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我 足音に驚かされてかへりみたる面、余に詩人の筆なけ ればこれを写すべくもあらず。この青く清らにて物問ひた げに愁を含める目の、半ば露を宿せる長き睫毛に掩は れたるは、何故に一顧したるのみにて、用心深き我心の 底までは徹したるか。 (森鴎外 『舞姫』 1889年) 口語文 文語文は、その発生時点から話し言葉からかけ離れていたものだっ た 「話すように書く」 文体は、平安時代のひらがな文以来行われて来な かった (例外: 戯作のセリフ部分、浄瑠璃、抄物など) 言文一致運動 幕末・明治初期の知識人による運動 前島密 (まえじまひそか) 『漢字御廃止之議』 (1866) 西周 (にしあまね) 『百一新論』 (1874) 「かなのくわい」 結成 (1883) 文芸における口語文の試み 二葉亭四迷 『浮雲』 (1887-9): 「ダ体」 山田美妙 『胡蝶』 (1889): 「デス体」 尾崎紅葉 『二人女房』 (1891): 「デアル体」 1900 (M33) 年: 帝国教育会内に 「言文一致会」 が結 成 教科書 (1903-) 新聞 (1921-) 公用文 (1946-)
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