上町の山車について(4) : なぜ雄略天皇なのか 山本恭一 だ し ゆうりゃく 上町の山車には、 もともとは上に雄 略 天皇の人形が が乗っていた。これは八王子の八日町一・二丁目町会 のシンボルともいえるもので、この山車が八日町で活 躍していた時代(明治 10 年代から大正 12 年)には、山 車の本体の上に台座が置かれ、その上に雄略天皇が飾 られていた。この雄略天皇が八日町一・二丁目のシン ボルとなったのは、この山車と一緒に新調されてから ちんぜいはちろうためとも のようで、それ以前は「鎮西八郎為朝」の人形を飾っ ていたという。なぜ替わったか、またなぜ雄略天皇な のか、などについては、はっきりしないようだ。 かみ 例えば隣の八日町三・四丁目(上 八日町)の山車人形 す さ の お の みこと は素戔嗚 尊 で、 素戔嗚は八王子祭の中心となる八雲神 ご ず てんのうしゃ 社(牛頭 天 王 社 )の神さまだし、そもそも八王子とい う地名が、この神さまの8人の王子に由来するわけだ から、まちがいなく八王子のお祭りの中心となる神さ まである。これに対して、雄略天皇はどういう存在(シ ンボル)と考えるべきなのか? ■雄略天皇と養蚕 地元の方がどのように考えておられるかはともかく、 雄略天皇(在位 456-479)は、養蚕と関係が深いことは よく知られている。これは『日本書紀』に記された二 つのエピソードに拠っている。まず一つは雄略天皇 6 年、天皇が皇后に対し、桑の葉を摘み、蚕を飼うよう に勧めたことで、これは現在の皇室の習慣(皇后による 養蚕)の由来とされている。もう一つは、雄略天皇 16 年に、桑の栽培に適した国・県を選んで桑を植えさせ みことのり ようと 詔 したことである。後者は、津久井とも八王 子とも縁のある、次のエピソードに繋がってゆく。 ■津久井から八王子へ 『新編相模国風土記稿』 (1841 年)の津久井佐野川村 の項に次のような記述がある(この部分はいろいろと議 論のある箇所のようなので、関心のある方は、ぜひ原文にあ いわたておの たっていただきたい) 。要約すると、佐野川村の「石楯尾 神社縁起」に、雄略天皇 16 年、詔して養蚕を広めよ おおのすねひこ うとしたとき、 地元の 多 強彦というものが蚕種の取り 方を工夫し、蚕を取って貢献した。ところが当国には 桑の木が少ないので、山の東側にあたる「多磨〔摩〕の 横野」 の原に桑の苗を仕立て、 近隣の国々へ植させた、 とある。そして、この「縁起」を紹介したあと、著者 は、次のような注釈を記している(同書「津久井県総説」 の部分) 。 「武蔵国多磨郡横野」に続く八王子は、西行 の歌にも「浅川を渡れば富士の影清く桑の都に青嵐吹 く」とあるように、昔から「桑都」と呼ばれており、 これは「縁起」の説と明らかに一致するので、その証 拠としてぜひ記録しておきたい。 てきさい これを書いたのは八王子千人同心組頭の塩野適斎 復元された山車人形「雄略天皇」 そう と (1775−1847)という人で、 『桑都日記』の著者としても その文名は広く知られている。塩野は『新編相模国風 土記稿』の編者の一人ではあるが、この部分は彼の執 筆と考えられる。 『日本書紀』に別のエピソードが加わ ったこの記述については、その根拠もはっきりしない ので、研究者はあまり触れることもないのだが、塩野 にとっては、地元八王子へのこだわりということなの か、特別の思いを込めて書いているように読める。 とにかく、この記述からすれば、 「桑都」誕生のきっ かけは雄略天皇であり、しかも、その仲立ちは津久井 ということになる。まるで落語の三題噺のようだ。 ■「桑の都」には雄略天皇が相応しい 八日町一・二丁目の人形を「雄略天皇」に変更する にあたっては、上記の『新編相模国風土記稿』の記述 を参考にしたものかどうかはともかく、一度これを知 ってしまうと、 「桑都」 「桑の都」八王子には、雄略天 皇がシンボルとして一番相応しいように思えてくる。 そして八日町一・二丁目が、その「桑都」八王子の 代表といえるのかどうか? 津久井の人間としては、 八王子の絹織物業界の旗振り役だった久保田家(津久 井の根小屋)の本部事務所(久保田商店)が八日町一丁 目にあったことで、十分に納得しているのだが…。 今回、八日町から雄略天皇の山車人形を借り出し、 わが上町に残る台座に据えて飾ろうとするに際し、八 王子と雄略天皇との関わりを考えてみると、そこに津 久井も出てくるところに、なにか因縁を感じさせられ る。多分それほどに、津久井と八王子は古くから関係 が深かったということなのだろう。 (2007 年 6 月 28 日) 【参考文献】 相原悦夫編著『八王子の曳山彫刻』 (有峰書店新社、1986 年) 津久井町史編集委員会編『ふるさと津久井4 特集養蚕と織物(1)』 (津久井町、2003 年) 八王子市郷土資料館編『八王子千人同心の地域調査―武蔵・相模の 地誌編さん―』 (八王子市教育委員会、2005 年)
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