生徒が漢文に親しむための教材開発 -ゲストティーチャーと共に『日本書紀』を読む- 宮久保ひとみ (天理市立福住中学校) 松川利広 (奈良教育大学 教職開発講座(教職大学院)) Developing Educational Materials to Help Students Learn Classical Chinese Reading the Nihon Shoki with a Guest Lecturer 奈良教育大学 教育実践開発研究センター研究紀要 第23号 抜刷 2014年 3 月 生徒が漢文に親しむための教材開発 -ゲストティーチャーと共に『日本書紀』を読む- 宮久保ひとみ (天理市立福住中学校) 松川利広 (奈良教育大学 教職開発講座(教職大学院)) Developing Educational Materials to Help Students Learn Classical Chinese Reading the Nihon Shoki with a Guest Lecturer Hitomi MIYAKUBO (Fukusumi municipal junior high school, Tenri, Nara) Toshihiro MATSUKAWA (School of Professional Development in Education, Nara University of Education) Abstract: The purpose of this study was to develop educational materials, to improve instruction methods, and to use these for teaching Japanese students to appreciate classical Chinese. Japanese students begin learning how to read classical Chinese in grade 7, but by grade 9 many students consider it one of their weakest subjects. I concluded that one reason for this might be the order and content of existing textbooks. Taking into consideration the fact that the study of classical Chinese continues into senior high school, I searched for materials that would help junior high school students become accustomed to and interested in kundokubun (classical Chinese texts with symbols and kana suffixes added to assist Japanese readers.) . I found a relatively easy-to-understand passage in the Nihon Shoki, concerning the word himuro (icehouse), which can still be found in a local place name. I made this into a text, invited a scholar on local history as a guest lecturer and conducted a two-hour lesson followed by 30-minutes of post-lesson study. To summarize what they had learned, I asked the students to compose a short article on a subject that had caught their interest. The students learned to read the long kundokubun passage, asked the guest lecturer questions about history, language and other related aspects in which they had become interested, and prepared their articles while referring to dictionaries and other books. The guest lecturer also served as an example of the significance of a lifelong appreciation for classical literature. キーワード: 漢文 classical Chinese 日本書紀 Nihon Shoki (Literally,“Japanese Chronicles”, the second oldest history of Japan, which is written in classical Chinese.) ゲストティーチャー guest lecturer 1.研究の目的 を育成することを重視する。」とある。 (下線部は筆者に よる。) 1. 1.問題の所在 しかし、従来、特に漢文については訓読に苦手意識を 1. 1. 1.漢文の訓読指導について もち、漢文自体を難しいと感じる生徒が多かった。 平成25年度から完全実施された高等学校の必修科 新学習指導要領の改訂の趣旨に、 「生涯にわたって古 典に親しむ態度を育成する指導を重視する。」とあり、 目、国語総合の学習指導要領[伝統的な言語文化と国 改善の具体的事項に「言語の歴史や、作品の時代的・ 語の特質に関する事項]に、小中高の連携を図るため、 文化的背景とも関連付けながら、古典に一層親しむ態度 「C読むこと」の配慮事項イ「音読、朗読、暗唱」に、 155 宮久保 ひとみ・松川 利広 第3学年…「学びて時にこれを習ふ- 『論語』-」 「学 小中の指導要領の内容が一部示された。そして、 [伝統 的な言語文化と国語の特質に関する事項]には、 「訓読」 而」 等から4文、 書き下し文の横に訓読文 (レ の指導に加え、 「『書き下し文』は生徒の実態や指導の 点、一、二点、上下点、置き字)を並べて 示している。 段階などを考慮して効果的に利用する」とある。高等学 どの学年も書き下し文を先に出している。訓読の仕方 校では訓読文が主体で、書き下し文は補助的に扱われて の基礎知識を第1学年で学び、第2学年では一、二点ま いる。 で、第3学年では上下点を含む訓読文を読む、というよ さらに、高等学校の学習指導要領では、 「従来その指 うに難度を上げているようである。 導を重視し過ぎるあまり、多くの古典嫌いを生んできたこ しかし、第2学年は四行や八行の短い漢詩に一、二 とも否めない。」と指摘されている。 点が使われている程度であるのに対し、第3学年は上下 訓読の学習が始まる中学校段階から漢文嫌いを生ま ぬように、高等学校での学習を見据え、中学校における 点や置き字が使われるなど、訓読文が難しくなる。しかも、 訓読の指導を見直す必要があると考える。 第3学年の『論語』は上下点を含む難しいほうから出さ れている。こうしたことも、第3学年時の生徒の苦手意 1. 1.2.漢文学習の意義 識につながっているのではなかろうか。 高等学校での学習も視野に入れ、訓読指導に適切な 高等学校の学習指導要領には、 「教材にも工夫を凝ら 教材を与える必要があると考える。 し」 「 、古典を学ぶ意義を認識させ」ると書かれてあり、 「国 語総合」では漢文を学ぶ意義をこう説明している。 (下 1.2.教材開発に向けて 線部は筆者による。) 1.2. 1.郷土教材とゲストティーチャー 古来、我が国は文字、書物を媒介にして、多くの ものを中国から学んだ。その結果、漢語や漢文訓 平成25年に本校に赴任してすぐ、校区在住の元福住 読の文体が、現代においても国語による文章表現 公民館長岡田忠弘氏(注1)が中心となって「氷室の郷 の骨格の一つとなっている。漢文を古典として学ぶ 土 福住」というリーフレットを作成し、活用してほしい ことの理由はこの点にもある。 と寄贈された。そこには『日本書紀』に氷室に関する記 述が出てくるとあったので、岡田氏に直接話を聞いた。 本校使用の教科書の漢文教材は、中国の文章ばかり であるが、日本語の文章表現が漢文から始まったと知る 本 校は、奈良県北東部の大和高原にあり、標高約 ことで生徒はより漢文に親しみを感じ、学習に意義を感 500メートルである。夏でも涼しく、校区内には奈良時代 じて取り組むのではないだろうか。 以前より天皇家に献上した氷を作る「氷室」跡が多数見 中学校学習指導要領の漢文についての解説では、第 つかっている。岡田氏に天理大学付属図書館(以下、天 1学年の [伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項] 理図書館と表記)蔵の『卜部兼右日本書紀』 (注2)の に次のようにある。 (下線部は筆者による。) 写しを見せていただくと、巻十一の仁徳天皇紀62年に「氷 室」の記述が比較的平易な150字程度の訓読文で記され ア (ア)文語のきまりや訓導の仕方を知り、古文や ていた。 漢文を音読して、古典特有のリズムを味わいなが 生徒が教科書で学ぶ漢文は、ほとんど中国のもので ら、 古典の世界に触れること。 さらに、 「訓読の仕方」については、生徒の興味・関 ある。しかし、日本の文章表現は漢文から始まった。 「万 心を大切にしながら、教材に即して指導したり、 「必要 葉仮名」で書かれた『万葉集』より前の文章は「中国か があれば取り立てて指導したりする。」と説明されている。 ら学んだ」漢文で書かれていたと知ることは、言語の歴 史について考える機会となるだろう。 そこで、漢文学習に意義を感じて取り組める、訓読の 岡田氏は温厚な人柄で、話しぶりも穏やかである。生 取り立て指導の在り方を探ることにした。 徒が親しみをもって話を聞けるのではないかと思われた。 1. 1.3.漢文教材の配列について また、独学で天理図書館に通って研究を続けて来られた 本校使用のM社の教科書は次のように配列している。 という姿勢も、文字通り「生涯にわたって古典に親しむ 第1学年…「今に生きる言葉」例文 「矛盾」書き下し 態度」であり、生徒への刺激になると考え、ゲストティー チャーとして招聘することにした。 文のみ。補説として「白文、訓点(送り仮名、 レ点や一、二点の返り点、句読点)」を「矛 1.2.2.生徒の実態に即して 盾」の1文を用いて説明している。 生徒はそれまで、記紀についての基本的知識も曖昧で 第2学年…解説文「漢詩の風景」漢詩「春暁」 「絶句」 あった。また、地域では町おこしのために2000年より海 「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」 書き下し文の下に訓読文 (一、二点)を示し、 の日に「氷祭り」が行われ、冬に貯蔵した氷を取り出し 詩の解説が続く。補説として「春望」を用 神事が行われるが、小学生のときは参加していた生徒も いて詩の種類について説明している。 中学生になり、次第に参加しなくなっていた。 156 生徒が漢文に親しむための教材開発 全校生徒は34名で概しておとなしく、中でも3年生11 のほうが漢文としては整っているというのが通説である。 名は、自発的に発言したり、質問したりすることがほと (なお、近年の研究では記紀の成立以前に複数の歴史書 んどなく、授業態度は受け身であった。また、既習の漢 が存在し、記紀はそれらや中国の漢籍を参照しながら 文を暗唱している生徒もいず、 「漢文特有のリズム」を味 書かれたとわかってきているが、本論とは直接関係がな わう体験も不足していた。 いので省略する。) そこで、漢文に親しみを感じて意欲的に学べるように、 しかしながら、一般的には『古事記』のほうが評価は 次の仮説を立てて、実践した。 高い。それは、江戸時代に本居宣長が『日本書紀』は 中国風の思想「からごころ」でうわべを飾る心で書かれ 2.研究仮説 ているが、 『古事記』は「やまとごごろ」で素直に書かれ ているとした評価が定着しているからである。 2012年に奈良県の記紀万葉プロジェクトが、 『古事記』 仮説1 [教材開発の視点から] 『日本書紀』の漢文をテキスト化すれば、生徒 編纂1300年を記念して『名所図会 古事記こども編』を が言語の歴史に関心をもち、意欲的に学ぶので 刊行し、県内の小中学校に配付した。また、平成23年 はないか。 度より小学校の教科書には、 『古事記』の「因幡の白ウ サギ」などの神話が掲載されるようになった。 仮説2 [授業方法について] 生徒は、社会科で記紀が国のおこりや天皇について書 郷土史に通暁したゲストティーチャーを招いて授 業を行えば、生徒が歴史的背景にも興味をもち、 かれた歴史書であるという程度の知識を得るが、 『日本 自ら古典に親しもうとするのではないか。 書紀』の漢文を目にすることはなかった。 しかし、漢文の学習材として『日本書紀』の「氷室」 3.研究方法 の訓読文を見ると、次の5つの利点があると考えた。 ①第2学年で学ぶ漢詩よりも長い150字程度の訓読文 (書 3. 1. 『日本書紀』の教材化に向けて き下し文は300字程度)で長さが適度である。 3. 1. 1. 『日本書紀』について ②一、二点に加え、置き字が使われており、第3学年で 上下点を学ぶ前の訓読の練習に適切である。 本校の各教室に常備している「三省堂新明解国語辞 典」、 「小学館新選国語辞典」、 「旺文社標準国語辞典」、 ③会話文を交え物語風に描かれ、情景を想像しやすい。 「三省堂全訳読解古語辞典」で、 『日本書紀』と『古事記』 ④生徒が名前を知っている「仁徳天皇紀」の話であり、 郷土にも関連があるため歴史的背景に興味がもてる。 の扱いを調べてみた。 (下線部は筆者による。) 辞典名 旺文社 標準国語 辞典 第 七 版 2012 年 小学館 新選国語 辞典 第 九 版 2012 年 2 月1日 『日本書紀』 ⑤内容は製氷の起源について書かれたもので、氷がたや 『古事記』 すく手に入る今の生活文化と比べることができる。 奈良時代にできた日 奈 良 時 代 にできた 本 最 古の 勅 撰 歴 史 現存する日本最古の 書。三〇巻。720 (養 神 話・ 歴 史 書。 三 老 四 ) 年、 舎人 親 巻。 七 一 二( 和 銅 王、太安万侶らが完 五 ) 年 完 成。 稗 田 成した。神代から持 阿礼の暗記していた 統天皇までの歴史が ものを、元明天皇が 漢文でしるされてい 太安万侶に命じて記 る。 「日本紀」とも。 録・編集させたもの。 (p.828) (p.376) そのあらすじはこうである。 ぬかたのおおなたつひこのみこと つげ 仁徳天皇皇紀、額田大中彦皇子(注3)が闘鶏(注4) に狩りをしたとき、野中に何かの物体を見つけ、使者に見 に行かせた。その後、領主の闘鶏稲置大山主(注5)に 尋ね、氷室であると知る。大山主は氷室の作り方や氷の 貯蔵法について説明する。皇子は仁徳天皇に氷を献上し て喜ばれ、それ以 降御所への氷の献 奈 良 時 代 前 期の歴 奈良 時 代 前 期の 神 史書。舎人親王らの 話 的 歴 史 書。 稗 田 編。三十巻。神代か 阿礼の暗唱したもの ら持統天皇までの歴 を、太安万侶が記録 史をほぼ純粋な漢文 した。 神 話・伝 説・ 体でしるす。 (p.989) 歌物語を織りこみな がら、天地のはじめ から推古天皇までを 述べる。 (p.458) 納が始まった、と いうのである。校 区にはその氷室が 復 元されて いる。 (右写真) 3. 1.2.教材化にあたって 教材化にあたり、岩波文庫の『日本書紀(二)』を活 記紀の内容については「歴史書」という共通認識があ 用した。これは、岩波書店『日本古典文学大系新装版』 るが、文体は『日本書紀』のみ、 「漢文」あるいは「純 粋な漢文体」と説明されている。 (なお、三省堂は国語 (全二冊、一九九三年九月六日)を文庫本として刊行し 辞典には記載がなく、同社の古語辞典(2013年1月10日) たもので、読みやすさを考慮し、右頁に訓み下し文(以 に記載されている。)一般的には、 『古事記』は国内向 下、書き下し文と表記)、左頁に注が掲げられ、収めき け、 『日本書紀』は外国向けに書かれたため、 『日本書紀』 れない事柄等は、大系本と同じく補注として巻末に載せ 157 宮久保 ひとみ・松川 利広 4.授業方法について られている。ただ、書き下し文は新字体であるが、訓読 文は旧字体のままで、返り点しか付けられていない。また、 4. 1.ゲストティーチャーの招聘 訓読文と書き下し文が一致していない部分もあった。 この文庫は巻(二)までは、大橋寛治氏所蔵『卜部兼 氷室の部分は人物像や身分がわかれば、より理解し 方本』を、巻(三)から巻(五)は天理図書館所蔵の『卜 やすい。そこで、前述の岡田氏を招き、指導者が岡田 氏に尋ねるインタビュー形式の授業を1時間で構想した。 部兼右日本書紀』を定本としている、とあった。 「氷室」 の記述は巻 (二)に出てくるが、訓読文を比べたときに、 『卜 「学校地域パートナーシップ事業」も始まり、教育現場 部兼右日本書紀』のほうが旧字体も少ない。そこで、書 では地域の人材を活用する方向にある。8月の夏期休業 き下し文は岩波文庫を基に、訓読文は『卜部兼右本』も 中の学力補充の時間に計画した。 参照しながら、テキストを作成した。 4.2.学習の継続性 3. 1.3.テキストの作成 授業後、生徒の成果物や感想を岡田氏に届け、再度 招いて30分の事後学習を行った。生徒の成果物を講評 読みにくい漢字や熟語に読み仮名を付け、次のA・B・ Cのテキストを作成した。 してもらい、新たな疑問について質問するという内容で A:書き下し文のテキスト(B4サイズ) ある。放課後30分の自主学習の時間を活用した。 ・文字に対する抵抗を軽減するため手書きにした。 5.学習指導計画 ・旧字体は新字体に改めた。 ・会 話文で改行し、会話にカギを付けた。5つの会 話文が「皇子」・ 「使者」・ 「大山主」の誰のものか意 5. 1.第3学年の学習目標 識させるため、会話文に①~⑤の番号を付した。 (下 ・意欲的に『日本書紀』を読み、講師に質問をしたり調 べたりして、歴史的背景について関心をもつ。 はテキスト) [関心・意欲・態度] ・歴史的背景に注意して読み、関心をもったことを記事 にまとめる。 [C読む・伝国] ・漢文特有の言い回しに注意して読む。 [伝国] 5.2.第3学年の評価規準及び<評価方法> ・指導者の朗読や講師の解説を意欲的に聞いて内容を 理解し、関心のある事柄について的確にまとめている。 <ワークシート・生徒観察・成果物> ・訓読の仕方を理解し、漢文特有のリズムに慣れて、訓 読文を読んでいる。 B:訓読文のテキスト(B4サイズ) <生徒観察・ワークシート> ・旧字体は新字体に改め、送り仮名やふりがなを付 5.3.学習指導計画(全2. 5時間) 時間 1時間目 けた。 ・内容のまとまりから、段落に分けた。 ・置き字は前もって丸で囲んでおいた。 C:黒板掲示用の墨書の訓読文 ・Bのテキストを大きく墨書し、訓読の練習に用いた。 ただし、ここでは置き字に丸をつけていない。 (下写真) 158 ●ねらい ・主な学習活動 指導上の留意点 ●歴史的な背景に注意して、 ・ 『 日本 書 紀 』 が 『日本書紀』を読む。 外国を意識して、 ①ゲスト講師の自己紹介及び 歴史を漢文で書 記 紀についての講 義を聞 いたものである く。 ことをおさえてお ② 指導者が「テキスト1」の く。 書き下し文 を1文 ず つ 区 ・会話文の主が 誰 切って読み、インタビュー であるかを区別 形式で確認するので、メモ し、 上下関係に を取りながら聞く。 注意する。 ③「テキスト2」の訓読文を 読み、自分が関心をもった 部分について質問する。 生徒が漢文に親しむための教材開発 2時間目 「見出し」③記事の内容、の順に抜粋して示す。 ●自分が関心をもった課題に ・質問に対 する講 ついて、記事を書く。 師の回答や、辞 ① 「テキスト3」訓読文を読む。 典、図書室の本、 ② 新聞の歴史関連の囲み記 インターネット等 事を参考に、300 字程度の を 活 用して、 自 短い記事を書く。 分の課題につい ③授業を振り返り自己評価す て調べる。 る。 ・新聞の囲み記事 □ 訓読 文が すらすら読めた を参 考に見出し か。 を考えて記事を □課題についてわかりやすく 書く。 まとめられたか。 S2①「草」を「かや」と読むのはなぜか。 ②見出し「氷室のQ&A」 Q1: 「氷室にはなぜ草(カヤ)が使われたか?」 A1:カヤと呼ばれるものは、細長い葉と茎を地上か ら立てる草本植物。主なものに、チガヤ、スゲ、 ススキなどがある。カヤがほかの植物と比べて違 うのは、茎に油分があることで、そのため水をは じき、耐水性が高い。この特徴から、カヤの茎 は屋根を作るのに最適な材料になった。 (後略) Q2:「今もやり方は変わっていないのか?」 A2:「昔は屋根にススキ、そして氷室の中の床にはチ □事後学習(0.5時間) ガヤを使っていたが、今は屋根にアシなどを使っ 生徒の成果物を講評してもらい、墨書「テキスト3」 ている。」 (後略) で訓読文を一斉朗読し、新たな疑問点を尋ねさせる。 S3①「御所」 「天皇」を両方とも「すめらみこと」と読 6.指導の実際 むのはどうしてか。 ②「スメラミコト」とは? 6. 1. 1時間目の生徒の様子から スメラミコト 引用部「皇子、則ち其の氷を将て来りて、御所に 岡田氏に『卜部兼右本』の写しを見せてもらった生徒 スメラミコト 献る。天皇、歓びたまふ。」 は最初、 「漢字ばかりで頭が痛くなる。」、 「見たこともな い漢字が多い。」と戸惑っていた。そこで、 「この時間で ○御所…天皇の住む所をいう。 訓読文が読めるようになろう」という目標を掲げ、学習 ○天皇…その国の統治者が天皇(スメラミコト)と呼 ばれていた。神武天皇を始めとする初代天皇の尊 を始めた。 岡田氏に記紀の違いを尋ねられ、誰も答えられなかっ 称が「スメラミコト」である。古代の日本語では、 「ス たので、記紀の簡単な説明をしてもらい、その後、Aの メラ」は天皇に敬意を表す語として、 「皇」の読みと 書き下し文テキストを指導者が一文ずつ区切り、登場人 して知られた。 「ミコト」は、一般的に「尊い人」と 物、歴史的背景等を岡田氏にインタビューする形で読み いう意味で使われている。 「スメラミコト」は神から 進めた。その後、書き下し文を2回、一斉に朗読し、漢 王権をゆだねられた国家の主であった。 『日本書紀』 のこの部分の「天皇」は、仁徳天皇を指している。 文のリズムに慣れさせた。 小見出し「天皇は最高位」 次に指導者がBのテキストの訓読文を一読した後、生 徒に読ませると、生徒は訓読の仕方に注意して読むこと 天皇は常に最高位である。 「天皇や皇后、皇族に申 ができた。 し上げる」の意味で「啓す」を絶対敬語という。 引用部…闘鶏稲置大山主が額田大中彦皇子に対して そこで、改めて疑問点を出させると、同じ読みに複数 啓して申さく、 (以下省略) の漢字が当てられていることや、現在との表記の違いに ついて疑問を感じた生徒が多かった。一例を示す。 6. 3.事後学習時の生徒の様子から (右写真 授業風景) S1: 「夏月」を「なつ」 事後学習までに、生徒には互いの記事の内容は伝え と読ませている。なぜ ておいた。岡田氏から、どの記事も話をよく聞き、正確 「月」という字が入って にまとめているという講評を受けた後、改めて疑問に思 うことを出させた。 「大陸にも氷室はあったのか」という いるのか。 岡田:昔は「太陰暦」、 質問に対し、 「大陸には石で作られた氷室があった。特 月の満ち欠けで暦を表 に戦争中は死臭によって大将の死を敵に悟られないため したからである。 (関連して、 「季冬(しはす)」、 「春分(き に用いた。」という答えを生徒は興味深く聞いていた。 また、 「氷室はいつまで古典に出てくるのか」という質 さらぎ)」について、質問が出る。) また、 「曰」という字が、身分が下の場合は「まうさく」 問について、 「室町時代の法師の日記に福住で氷が作ら と読み、皇子のように、身分が高い場合は「のたまはく」 れていたということが書かれているが、その後は戦乱を と読ませていることにも気付いていた。 経て氷室の記述が見あたらない。」と聞き、具体的に「福 住」という地名が出てくることにも驚いていた。 6. 1.2.2時間目の生徒の様子から 6.4.授業の感想より 2時間目は、それぞれ興味をもったことを基に、見出 生徒は作品の「時代的・文化的背景」にも関心をもち、 しを考えて短い記事を書かせた。①1時間目の質問、② 159 宮久保 ひとみ・松川 利広 7.成果と課題 集中して学習した。感想の一部を紹介する。 S4:時の権力者はこうだと決めたら、その土地のも 7. 1.中学校における訓読の指導の在り方 のも手に入れる大きな力を持っていたのだなと感 中学校で学んだ訓読の仕方を高校で使いこなせるよう じた。福住に来た皇子が氷室を発見してから、 氷が献上されるようになり、氷は庶民の物から にするには、教科書教材だけでは不十分であり、訓読 だんだん手に入りにくい物へと変わっていったの の取り立て指導が必要であると思われる。取り立て指導 かと思った。 は、 「短文」を幾つか用いて練習させることもできるが、 S5:『日本書紀』は漢文で、 「闘鶏稲置大山主」と 今回のように物語形式のまとまった分量の文章を読ませ いう長い名前など、ふりがながなければとても読 ると、展開を追って読むことができ、より効果的である めないものばかりでした。この福住には、奈良 と考える。日頃より漢字自体が苦手な1人の生徒が、 「訓 時代以前から人が住んでいて、氷室を使ってい 読文は読みにくかったけど、前より読めるようになってう たと思うと、とても歴史的な所に住んでいるのだ れしい。」と感想に書いた。彼は前述のS2の生徒で、 なあと思いました。また、天皇などの皇族や貴 長い訓読文を読み通したことに喜びを感じ、それが自信 族にとっても大事な場所であり、貴重な氷を作っ につながり、 「草(カヤ)」についての記事をまとめること ていた所がこんなに近くにあるとは今まで思いも ができた。 しませんでした。前述のS1は言語の歴史に関心 7.2. 『日本書紀』の魅力 をもち、こう書いた。 S1:「夏」 を 「夏月」と書いたり、 「氷室」の 「室」を 「窟」 仮名文字がなかった時代、歴史を記録する手段として と書いたり、今私たちが使っている漢字とは違う 漢文が使われていた、という言語の歴史を考えると興味 ものもあって驚きました。中国から伝わってきた 深い。生徒の感想にも、1300年以上も経て今なお意味 漢字がその時代に使われていて、それを今も私 が伝わる表意文字としての漢字の魅力に触れたものが多 たちが使っているのだなあと感じました。 く見られた。 「 古来、我が国は文字、書物を媒介にして、 S6:漢文をいきなり見ると漢字ばかりという印象です 多くのものを中国から学んだ。」と高校の学習指導要領 が、一、二点やレ点などを見ると、意味や内容 にあったが、 『日本書紀』の漢文はまさにそのものである。 がわかってきました。また、漢字は漢字そのも また、 「氷」の記述が出てくるのは、有名な仁徳天皇 のの意味があるので、分からないところや読め 紀のことである。本校の生徒でなくとも、歴史的に興味 ない漢字があっても、だいたいの意味がわかる 深いのではないだろうか。氷の貯蔵については、今と昔 のはいいことだと思います。大昔の記録が漢文 の文化的な違いを考えることにもつながるだろう。 『日 で、こうして今の僕たちにもわかるというのは、 本書紀』の「氷室」の部分は、内容にも興味がもてる、 すごいことだと思いました。 中学生段階に適した漢文であると考える。 S7:昔の日本人は、記録をするために漢文を使い、 確かに、 『日本書紀』は読み物としては『古事記』よ 自分たちで使いやすいようにそこから改良してい り評価は低い。書店でも 『古事記』関連の本は多いが、 『日 てすごいなと思いました。内容も、話を伝え聞い 本書紀』は少なかった。しかし、 『日本書紀』の中にも てから『日本書紀』に書かれるまでに100年以上 物語風の話があり、漢文の文体も『古事記』より整って も間があったのに、その間も残っていたし、 『日 いる。ただ、 『古事記』よりもはるかに長いため、全編 本書紀』は戦乱でなくなることもなく、約1300年 を読み通したうえで教材化することは大変であるが、各 も残っていて、今僕たちがそれを読んでいること 市町村等が作成した観光案内を見たり、校区の郷土史 は、なんだかすごいことなんだなと思いました。 家に尋ねたりすると、その土地に因んだ漢文を見つける S7は、 「むろ」に3つの字が当てられ、教室の漢和 こともできるであろう。 『日本書紀』は奈良の地を舞台と した内容がほとんどであるからだ。 辞典にもないため、指導者が紹介した図書室の大漢和 辞典に記載されているのを見つけて記事をこう書いてい 7.3.指導方法の工夫 る。 S7: 「窟」と「窨」の意味の違いを大漢和辞典で調 今回は、手書きの易しいテキストを作成し、書き下し べてみたが、ほとんど同じ意味だった。 「窨」の意味を 文で漢文のリズムに慣れた後、訓読文を扱ったので、生 調べると、 「以酒水等埋蔵地下」と『日本書紀』の内容 徒の訓読に対する抵抗感が払拭できた。 が例文として載っていることに大変驚いた。皇子の代わ また、ゲストティーチャーの岡田氏が、登場人物のエ りに見に行った使者には「窟」、皇子は、 「窨」の字が使 ピソードを交えて話されたので、生徒は興味を持続させ われていた。 て読むことができた。読解についてもゲストティーチャー へのインタビュー形式で行ったので、生徒は話し言葉の 語彙レベルで理解することができた。その後の生徒の質 160 生徒が漢文に親しむための教材開発 郷土史の研究を続け、平成7年より 「福住いにしえ会」 問でも、全員が的確に質問することができていた。 を主宰。現代版の「氷室神社縁起」や「氷室の郷 岡田氏は、 「中学生の質問は鋭いですね。発想もすば らしい。私も勉強になりました。」と感想を述べて帰られ 土 福住」という観光パンフレット等を作成。 た。その道に精通したゲストティーチャーの適任者を探 (2) 『卜部兼右本』 『日本書紀』30巻すべてを書き記し た最古の写本。室町時代。天理図書館蔵。 すというのも、指導者の仕事の1つであろう。 (3)額田大中彦皇子…応神天皇の皇子とされる。 さらに、記事を書くという学習のゴールを示したことに (4) 闘鶏…古代、大和国山辺郡都介郷として、旧都介 より、生徒が目的意識をもって『日本書紀』を読むこと 野村辺りに大きな国があったとされる。 ができたと考える。その成果物をゲストティーチャーに (5) 闘鶏稲置大山主…闘鶏の国を治めていた領主。 講評してもらうということも、励みとなった。 学習前の生徒は、漢文を苦手に思い、記紀の区別も [引用文献] 曖昧であった。しかし、集中して学習し、1時間の学習 で150字の訓読文が読めるようになり、そのことで自信 ・標準国語辞典 第七版 旺文社2012年 p.376,828 を付けることができた。 ・新 選 国語辞 典 第九 版 小 学館 2012年2月1日 また、時代的・文化的背景にも目を向け、指導者が p.458.989 予想もしなかったさまざまな点に着目し、記事を書いた。 そして、作品に魅力を感じ、郷土への誇りを再認識して [参考文献] いた。 事後学習時に岡田氏は、小学生時代に担任の先生か ら『日本書紀』の話を聞いて以来、現在に至るまで、天 ・直木孝次郎「古事記と日本書紀はどうちがうか」 『古 理図書館に通って、 「氷」に関する文献を追究し続けて 事記』と『日本書紀』の謎」学生書店p.11(2004年 きた、という自身の体験も話された。まさに 「生涯にわたっ 2月20日) ・坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本書 て古典に親しむ態度」を体現されていて、生徒への大き 紀(二)』岩波文庫2000年8月17日p.274,275,532,533 な刺激となった。 ・倉西裕子『日本書紀の真実 紀年論を解く』講談社 郷土教材として、 『日本書紀』の漢文を奈良県の中学 選書メチエ 2003年5月10日 生に与えれば、より漢文に親しむ態度が育ち、高校での ・森浩一『記紀の考古学』朝日文庫 2005年2月28日 意欲的な学びにつながるものと期待される。 ・外山映次編者代表 三省堂全訳読解古語辞典第四版 [注] 2013年1月10日 ・関裕二『なぜ『日本書紀』は古代史を偽装したのか』 実業之日本社2010年2月16日 (1)岡田忠弘氏。天理市福住町在住。元公民館長。 天理市立福住中学校の学校評議員を務める。長年 161
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