ホテル産業での省エネは進むか - 三井住友信託銀行

住友信託銀行 調査月報 2007 年 6 月号
産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
ホテル産業での省エネは進むか
06 年 4 月改正された「エネルギーの使用の合理化に関する法律」(改正省エネ法)
が施行、翌月には経済産業省が「新・国家エネルギー戦略」のなかで省エネ対策強
化について言及するなど、省エネに対する関心が高まっている。現在もCO2 排出量
の削減に向け、省エネ対策を含めた取り組みについて議論が交わされており、今後
さらに省エネ対策強化が図られる可能性もある1。
改正省エネ法では、省エネ義務を負う工場及び事業場2の範囲拡大と、業務部門、
家庭部門、運輸部門3に対する規制追加が行われている。
本稿では、業務部門の中でもエネルギー消費量が多く、また施設当たりの消費量
も大きいことから規制強化の影響を受けるホテル産業に焦点を絞り、現在までのエネ
ルギー消費動向、省エネに対する取り組みを取り上げ、今後省エネが進むかを考察
する。
1.改正省エネ法とホテル産業
ホテル産業に関わる省エネ法の改正点としては、省エネ法対象の施設の判定基
準見直しと、特定建築物の省エネ措置に関する届出事由として従来の新築・増築
に加えて大規模修繕・改修を規定したものが挙げられる。
省エネ法対象の施設は、エネルギーの使用状況によって決定されるが、判定基
準見直しにより対象工場・事業場は拡大した。改正後の 06 年時点で 13,293 施設
が対象となり、改正前より約 2,100 施設の増加となっている。同じく、ホテル・
旅館業(リゾート施設含む)では、303 施設(第一種 143 施設、第二種 160 施設)が
それぞれ対象となった。
省エネ法対象の施設は、エネルギーの使用状況に関する定期報告や、エネルギ
ー管理者の選任が義務付けられ、これに加えて第一種は省エネ目標達成のため
1
中央環境審議会地球環境部会・産業構造審議会環境部会地球環境小委員会合同会合「排出量及び取組の
状況等に関する論点整理(案)」(07 年 4 月 17 日公表)
2 一定のエネルギーを使用する工場及び事業場(デパート、オフィスビル、ホテル等)が対象で、本稿では「省
エネ法対象の施設」と標記する。正式には「エネルギー管理指定工場」と呼び、改正省エネ法では、エネ
ルギー使用量(石油換算)3,000kl/年以上の工場及び事業場を第一種エネルギー管理指定工場、同 1,500kl/
年以上 3,000kl/年未満を第二種エネルギー管理指定工場と規定している。
3
資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」で用いられる分類で、エネルギーの最終消費者の業種及び家
庭等によって区分するもの。区分としては、産業部門、運輸部門、家庭部門、業務部門の 4 部門がある。
①産業部門:農林水産業、鉱業、建設業及び製造業(本社等間接部門除く)。
②家庭部門:個人世帯。
③業務部門:卸小売業、サービス業、政府・地方公共団体及び製造部門・運輸部門の本社等間接部門。
④運輸部門:旅客・貨物(但し、法人・個人を問わない)。
1
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産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
の中長期計画作成が求められる。自主的な省エネ推進を図る規定ではあるが、
判断基準に照らして著しく不十分とされた場合には大臣より指示・勧告が行わ
れる。とくに第一種は、指示に従わなかった場合にその旨の公表が行われ、指
示に係る措置を取るよう命令が出される場合もあり、より強制力の高い規定と
なっている。
また、特定建築物の省エネ措置に関する届出事由に大規模修繕・改修が追加さ
れたのは、既存建築物の省エネ促進を企図したものである。新たに設備を設置
する場合や、屋根・壁などの外装の修繕や、空調・照明・給湯の各設備や昇降機の
入替えなどの一定規模を超える改修を行う場合に、省エネ措置について届出、
以後 3 年毎に維持保全状況の報告が義務付けられる。やはり省エネ措置や維持
保全状況が著しく不十分な場合に、変更措置の指示、勧告などが出されること
となっている。
ホテル産業は継続的な設備投資を要する事業でもあり、省エネ法対象の施設か
否かに関わらず、今後継続的な省エネ対応が求められる状態にあると言えよう。
2.ホテル産業におけるエネルギー消費の実態
省エネに対する関心が高まっている背景には、エネルギー消費量が増えつづけ
る現状がある(図1)
。とくに、昨今の議論ではエネルギー消費量の大きい産業
部門よりも、その他 3 部門での省エネ推進が注目されている。これは、1970 年
代前半のオイルショック以降、産業部門が省エネ対策に取り組み消費量を横ば
いとしているのに対し、その他 3 部門は増加が続いてきたことによる。
図1 部門別最終エ ネルギ ー 消費量
(1015 J)
18,000
(構成比)
15,000
12,000
家庭+業務+運輸
9,000
55%
(家庭13%+業務18%
+運輸24%)
33%
6,000
3,000
45%
67%
0
1970
産業
73
76
79
82
85
88
91
94
97
2000
03 (年度)
(資料)環境省「環境統計集」
今回取り上げるホテル産業は業務部門に属しており、業種別エネルギー消費量
では部門中 4 位となっている(図2)。しかしながら、延床面積当たり消費量は
飲食産業に続いて部門中 2 位と高く、事務所・ビルや卸小売業等に比べ施設数の
2
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増減によって産業全体の消費量の増減度合いが大きくなることを示している。
図2
業務部門:業種別構成比
【最終エネルギー消費量】
卸小売 事務所・
ビル
デパート・
スーパー
劇場・
娯楽場
【延床面積当たり消費量】
その他
デパート・
スーパー
卸小売
その他
病院
学校
2005年度
飲食店
ホテル・
旅館
劇場・
娯楽場
事務所・
ビル
学校
病院
2005年度
ホテル・
旅館
飲食店
(資料)省エネルギーセンター「エネルギー・経済統計要覧」
また、省エネ法対象の施設として指定されている飲食店は 2 施設のみであり、
ホテル・旅館業の 303 施設とは大きな開きがある。1 施設での消費量では、ホテ
ル産業は飲食産業を上回ると言えるだろう。
ホテル・旅館業の最終エネルギー消費量は、05 年時点で 54.6 兆 kcal である(図
3)。70 年代に増加した消費量は 80 年代に一時縮小し、40 兆 kcal 弱で安定し
ていたが、80 年代後半から 90 年代初頭にかけて再び増加し 50 兆 kcal を突破。
消費量増加は 90 年代後半に落ち着いたものの、以降 50 兆 kcal 半ばで横ばいの
状況が続いている。
図3 最終エ ネルギ ー 消費量の推移(ホテ ル・旅館)
(百万kcal/室)
(兆kcal)
60
50
40
40
20
30
0
20
1970
73
76
79
82
85
88
最終エネルギー消費量
91
94
97
2000
03 (年度)
客室当たり消費量
(資料)財団法人省エネルギーセンター「エネルギー・経済統計要覧」
厚生労働省「平成17年度 衛生行政報告」
最終エネルギー消費量の増加要因としては、ホテル・旅館の消費主体数の増加
3
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と、エネルギー消費量の大きい機器の増加等による施設当りの消費量膨張が考
えられる。
ホテル及び旅館は、施設数、客室数ともに 70 年代以降一貫して増加が続いて
いる。とくにホテルは、施設当りの客室数が平均 80 室前後と多いため、客室増
加はさらに早いスピードとなる。旅館客室数が 87 年にピークとなったのに対し、
ホテルの客室数増加は依然続いており、90 年代後半以降は旅館の客室減少をホ
テルが補う形で微増が続いている状況にある(図4)。
一方、消費主体のストック量の増減率と、消費単位当たりのエネルギー消費量
増減率を比較したのが図5である。これを見ると、消費主体の増加が 70 年代は
単位当たりのエネルギー消費量の減少を上回ったことで全体の消費量が拡大、
80 年代後半から 90 年代初頭はいずれも増加したことで急激に全体の消費量が
増加したことが分かる。
図4 ホテル・旅館客室数の推移
(万室)
160
旅館客室数
140
ホテル客室数
120
100
80
60
40
20
0
1970
73
76
79
82
85
88
91
94
97
2000 03
(年/年度)
図5 客室のストックとエネルギー消費量の推移
50%
40%
客室数増減率
客室当たりエネルギー消費量増減率
30%
20%
10%
0%
-10%
-20%
1971
74
77
80
83
86
89
92
95
(注)図2,図3ともに客室数については1996年まで暦年の数値。
(資料)財団法人省エネルギーセンター「エネルギー・経済統計要覧」
厚生労働省「平成17年度 衛生行政報告」
4
98
2001
04
(年/年度)
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産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
そして、90 年代後半以降は、ストック、単位当たりの消費量とも横ばいが続
いている。近年のエネルギー消費量が横ばいとなっているのは、業界全体での
スクラップ&ビルドがバランスしていること、単位当りの消費量を見る限り省
エネ効果が現れていないことが、その要因と言えよう。
3.90 年代以降の省エネの停滞
ホテル産業での省エネ推進が難しい点として、そのサービスの特性から原則
24 時間稼動している業態であること、そして消費の主体がホテルの利用者であ
り取り組みが可能な省エネ策にも制限が生じることが挙げられる。
省エネを推進するには、主に利用者の裁量に関わらない部分、不稼動エリアの
エネルギー消費量削減や、施設全体の設備の見直しを進める必要がある。ただ
し、古い空調設備等の動力設備では、設備稼働率の制御が現在のものと比較し
て不十分なこともあり、既存のホテルで省エネを進めるには設備改修も視野に
入れた検討が必要になると言えよう。
しかしながら、設備改修には多額の資金を必要とし、また改修後は減価償却費
が膨らむことから収益の圧迫要因となる。
ここで、客室稼働率を見ると、客室当たりエネルギー消費量の減少が見られな
くなった 90 年代初頭以降に客室稼働率が悪化していることが分かる(図6)。
バブル崩壊後の 92 年度に急激に低下し、その後景気が若干上向いた 96 年度に
70%を回復したものの、その後は 70%前後での推移が続いた。このためホテル
産業は、90 年代を通じて減収減益となり、90 年代後半は経常赤字を計上するま
でに利益が落ち込む状況となっていた。
(%)
図6 客室稼働率推移
80
75
70
65
1990
92
94
96
98
2000
02
04
06 (年)
(資料)社団法人日本ホテル協会「宿泊関係統計資料」
日本ホテル協会調査による全国の綜合貸借対照表 (1 ホテル当たり平均額、表
1)を見ると、他人資本への依存度が総じて高いことが分かる。ホテル産業は、
大規模な初期投資資金を要する業態であることに加えバブル期に大規模な設備
5
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産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
投資が行われたこともあり、バブル崩壊後 95 年度の有利子負債依存度は 65.3%、
削減を続けてきた 00 年度の時点でも同 57.5%に達していた。元来不動産や設備
など固定資産を事業の基盤とし、これを長期に運営することで資金回収を図る
事業であるため、資産の多くを有形固定資産占め、またこれを他人資本も含め
た長期資金で賄う業態ではある。しかしながら、過去 10 年の固定長期適合率は
100%を超過し、固定資産を一部流動負債でまかなう状況となっている。とくに、
1995 年度は 123%、2000 年度は 135%と比率の上昇が見られ、長期借入が短期
借入に振り変わったことを主因に一時資金面の不安定感が高まる状況も見られ
た。
表1 綜合貸借対照表(全国,1ホテル当たり平均額)
項目
流動資産合計
固定資産合計
有形固定資産
建物
建物付属設備
土地
無形固定資産
投資計
繰延資産
資産合計
構成比
1995年度
1,294
7,047
5,238
2,825
777
1,128
66
1,743
63
15%
84%
62%
(54%)
(15%)
(22%)
1%
21%
1%
8,404
1,197
6,654
5,023
2,408
728
1,459
45
1,586
21
2,648
1,826
4,648
3,662
32%
(69%)
55%
(79%)
2,938
2,111
3,727
2,416
資本合計
資本金
資本剰余金
利益剰余金
任意積立金
当期未処分利益
1,095
1,065
258
-228
738
-966
13%
(97%)
(24%)
(-21%)
(67%)
(-88%)
1,206
1,324
307
-585
828
-1,413
固定長期適合比率
有利子負債依存度
15%
85%
64%
(48%)
(14%)
(29%)
1%
20%
0%
7,872
流動負債合計
短期借入金
固定負債合計
長期借入金
負債・資本合計
構成比
2000年度
8,404
1,467
6,711
5,037
2,049
667
1,935
57
1,617
2
18%
82%
62%
(41%)
(13%)
(38%)
1%
20%
0%
8,180
37%
(72%)
47%
(65%)
2,769
1,857
3,622
2,028
34%
(67%)
44%
(56%)
15%
(110%)
(25%)
(-49%)
(69%)
(-117%)
1,784
969
569
52
671
-643
22%
(54%)
(32%)
(3%)
(38%)
(-36%)
7,872
123%
65.3%
(単位:百万円)
構成比
2005年度
135%
57.5%
8,180
124%
47.5%
(資料) 社団法人日本ホテル協会調べ 、株式会社オータパブリケイションズ「日本ホテル年鑑 1998年版,
2003年版,2007年版」掲載。
一方、全国の綜合損益計算書(1 ホテル当たり平均額、表2)を見ると、水道光
熱費が管理費・営業費に占める割合は 7%程度であり、仮に省エネにより 1 割の
水道光熱費削減を行った場合でも削減額は 3,000 万円前後である。これが一部
増加した減価償却費で相殺されると考えられるため、削減額はさらに縮小する
ことが考えられる。
6
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産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
表2 綜合損益計算書(全国,1ホテル当たり平均額)
項目
営業収益
材料費
管理費・営業費合計
人件費
業務委託費
水道光熱費
地代家賃
租税公課
広告宣伝費
修繕費
減価償却費
その他
営業利益
営業外収益
営業外費用
支払利息
経常利益
特別利益
特別損失
当期純利益
構成比
1995年度
4,869
1,301
3,520
1,524
255
231
408
99
61
59
266
617
48
85
270
209
-137
22
52
-193
2000年度
5,024
1,242
3,640
1,458
332
269
465
80
66
72
251
647
142
52
136
103
58
509
870
-300
26.7%
72.3%
(43%)
(7%)
(7%)
(12%)
(3%)
(2%)
(2%)
(8%)
(18%)
1.0%
-2.8%
-4.0%
129
73
償却前経常利益
償却前当期利益
(単位:百万円)
構成比
2005年度
6,015
1,457 24.2%
4,382 72.9%
(36%)
1,592
(13%)
554
(7%)
310
(16%)
707
(2%)
79
(2%)
84
(2%)
96
(5%)
229
(17%)
731
176
2.9%
70
80
68
166
2.8%
65
464
-239 -4.0%
構成比
24.7%
72.5%
(40%)
(9%)
(7%)
(13%)
(2%)
(2%)
(2%)
(7%)
(18%)
2.8%
1.2%
-6.0%
309
-49
395
-10
(資料) 社団法人日本ホテル協会調べ 、株式会社オータパブリケイションズ「日本ホテル年鑑 1998年版,
2003年版,2007年版」掲載。
図7 設備の省エネ対策
空調機器の省エネ対策
空調設備のフィルター清掃
97.3
空調機器の運転時間の見直し
2.2 10.7
71.5
消費効率のよい空調システム導入
3.9
31.4
建物の断熱改善
13.0 1.6
31.6
33.1
24.6
0%
15.7
60.8
20%
40%
60%
80%
100%
要
設
備
投
資
照明の省エネ対策
不要時のこまめな消灯
95.6
明るい場所などの照明の間引き
49.5
室の使い方に応じ点灯区分を変更
47.2
昼光利用
3.5
高効率照明機器システムの採用
人感センサー付き照明器具の採用
29.9
0%
3.3
20%
今年度初めて実施
40.2
22.2
0.8
36.8
43.7
23.1
40%
実施を検討中
60%
80%
100%
実施も検討もしていない
(資料)財団法人省エネルギーセンター「H17年度 省エネルギー対策アンケート調査」
7
要
設
備
投
資
33.6
44.2
0.8 15.2
39.8
24.4
22.6
1.2 17.9
9.1
28.7
1.2 12.9
57.2
省エネ型蛍光灯への取替え
継続して実施
1.0 9.9
80.1
白熱電球を蛍光灯に付け替え
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産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
ホテル産業だけではないが、省エネルギーセンターが実施しているホテル産
業・オフィスビルといった事業者の省エネに対する意識調査では、既存設備に対
する省エネ実施率が高いのに対し、設備投資を伴うものについては実施率の低
い状況が読み取れる(図7)
。初期投資の負担が大きいことに加え、省エネ効果
の検証が難しいこと、費用回収が可能なのか判断しがたいことがその要因とな
っている。
こうしたことを考えれば、省エネに対する意識を持ち対応はしているものの、
とくに 90 年代以降は設備改修を伴う省エネは収益面、資金面のいずれの要因か
らも踏み込みにくく、結果として目に見える省エネ効果が現れなかったものと
考えられよう。
4.ESCO 事業の利用
06 年 5 月経済産業省は、「新・国家エネルギー戦略」の中で省エネ促進ビジネ
スのひとつとして ESCO 事業(Energy Service Company、図8)をあげている。
ESCO 事業は、省エネ設備導入・改修等を行い、従前の水道光熱費又はエネル
ギー消費量に対する省エネ効果(削減率)を保証する事業である。設備導入・改修
に関わる投資資金を外部から調達した場合は、ESCO 事業期間に借入金返済を
行うことを要するが、こうした借入金返済や ESCO 事業者の経費等は省エネに
よって削減した費用部分を原資に支払われる。仮に省エネ効果が保証水準まで
達しなかった場合は ESCO 事業者がその差分を保証する仕組みであり、ESCO
事業の顧客は事業開始時点でコスト面の削減率は確定することができる。
事業期間中は ESCO 事業者による綿密な分析のサービスも行われるなどのメ
リットもあり、ホテル事業者でも利用している例が見られる。
東京全日空ホテルでは、01 年より ESCO 事業を活用して省エネに取り組んだ
実績がある。対象設備は、温度や CO2 濃度による空調機制御、CO 濃度による
駐車場の空気清浄機制御、断熱フィルム、そして BEMS(Building Energy
Management System)である。
まず、既存の設備は制御精度が悪く、常に設備がフル稼働している状況にあっ
たため、1 年弱をかけて温度や人の密集度(CO2)や空気の清浄度(CO)により設備
を制御し必要量だけ稼動するよう順次設備改修を実施。また、BEMS の導入に
より設備の運転を行う中で制御の基準となる数値やエネルギー消費量などの各
種データを集積、これを分析することでより精緻な設備運営に改善を進めてい
った。あくまでもホテル利用者の裁量が働かない部分、厨房などのバック部分
や不稼動エリアを中心とする取り組みではあるが、こうした設備改修、運営努
力によって省エネ効果は削減計画の 20.3%を達成している。
8
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産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
また、ESCO 事業を進める中で、「制御基準の設定→運営→分析→検証→基準
再設定」のサイクルを構築。ここで、重要な役割を果たしたのが ESCO 事業者
によるデータ分析と最適な運営方法に対する提案である。省エネ設備を導入し
たとしても、これを独力で分析し最大限活用するのはやはり難しく、ESCO 事
業のように導入から運営までの一貫したサポートがあることで、より省エネ効
果を得ることができたのである。
省エネ効果は導入する設備、規模により様々であるが、資金面での制約や、投
資効果が判断できないなどのマイナス面をカバーするだけでなく、より高い省
エネを推進するために有用な事業として評価できよう。
先にも述べたように、ホテル産業には省エネ推進にあたって他業種と異なる難
しさがあるものの、省エネルギーセンターのヒヤリング結果では、ESCO 事業
利用により平均 15.4%、最小でも 4.2%のエネルギー消費量削減率をあげている。
図8 ESCO事業の仕組み
ESCO事業期間中
ESCO事業開始以前
ESCO事業終了後
顧客の利益
保
証
ESCO事業者の経費
顧客の利益
金利
返
済
初期投資
エネルギー消費量
又は
光熱水費支出
エネルギー消費量
又は
光熱水費支出
エネルギー消費量
又は
光熱水費支出
削減が保証値まで至らず
保証値を超えて削減
保
証
顧客の利益
顧客の利益
ESCO事業者の経費
ESCO事業者の経費
返
済
金利
初期投資
返
済
金利
初期投資
ESCO事業者の補償
顧客のボーナス
ESCO事業者のボーナス
エネルギー消費量
又は
光熱水費支出
エネルギー消費量
又は
光熱水費支出
(資料)省エネルギーセンター「省エネルギー便覧 2006年度版」
9
保
証
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産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
5.ホテル産業で省エネは進むか
主にバブル期以降、省エネが進まなかったホテル産業ではあるが、近年では状
況の変化が見られる。
まず、99 年度を境に収益環境は好転している。99 年度に経常黒字を回復、そ
の後客室稼働率が 00 年に上昇に転じたこともあり、05 年度まで経常黒字を維
持している。当期純利益は依然赤字が続いているが、これは主に過去に取得し
た不良資産の圧縮を図っているためであり、償却前経常利益では 00 年度以前に
比べ増加している(表1、表2)。また、有利子負債の減少が進んでおり、収益
の回復から資金面でも余裕が生まれ財務改善に繋がったと考えられよう。05 年
度において、固定長期適合比率は 124%、有利子負債依存度は 47.5%と、00 年
度に比べいずれも 9∼10 ポイント改善している。
客室稼働率は、06 年にバブル期の水準に匹敵する 76.3%まで上昇している。
外資系ホテルの進出など競争が厳しくなる可能性はあるものの、景気が回復し
ていることを勘案すれば、ホテル産業全体としては緩やかながら回復基調を維
持するものと考えられる。
こうしたことから、90 年代に比べ、設備投資に対する余力は回復していると
見ることができよう。すでに 90 年代前半に建設されたホテルは設備の償却を終
えていると考えられるが、こうしたホテル事業者の体力回復と収益環境の改善
は、設備更改を後押しするものと期待できる。
次に、環境の変化である。改正省エネ法では、省エネ対策の実施の有無等に関
して金銭等の罰則規定は設けていないものの、取り組みが不十分であると判断
された場合には事業者名と対応不足である旨が公表される。近年は従来に増し
てコンプライアンスやエコに対する関心が高まっており、名前が公表されれば、
ブランドイメージの低下に直結する恐れがある。ホテル産業は一般の消費者を
顧客とするだけにブランドイメージは重要であり、今後は、コストだけでなく、
コンプライアンスを意識して省エネに取り組んでいく必要が出てこよう。
最後に、最近 REIT をはじめとする不動産ファンドへのホテル設備移転が増加
していることが挙げられる。当然ファンドの信用を量るにあたり運営主体とな
るオペレーターとしての能力を加味し、また過去の収益状況等詳細なチェック
が必要となることからどのホテルでも利用可能な仕組みではないものの、資金
調達形態の多様化を図ることができる。資産の劣化を防ぎ流動性を維持するた
めにも、より事業計画に沿った修繕実施が見込まれる。また、現在は大きな要
素とはなっていないものの、将来的にコンプライアンスの状況によってこうし
た商品の流動性に差が現れることがあれば、そういった要請からの省エネ法に
対する対応も期待できるのではないだろうか。
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住友信託銀行 調査月報 2007 年 6 月号
産業界の動き∼ホテル産業での省エネは進むか
90 年代以降現在まで、目立ったエネルギー消費削減が見られなかったホテル
産業ではあるが、収益環境の改善、コンプライアンス面での要請から、今後は
今まで以上に取り組みが強化されていくことが予想される。既存ホテルのスト
ック量は横ばいとなっていることを鑑みれば、設備投資を含めた省エネに取り
組むことで、最終エネルギー消費量の削減の進展が期待できよう。
(中井: [email protected])
※本資料は作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を
目的としたものではありません。
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