8. Drugs for Diabetes Mellitus

Drugs for Diabetes Mellitus (DM)
1、糖尿病(Diabetes mellitus)
糖尿病は、インスリンの欠乏により、慢性的に高血糖を来す疾患であり、
種々の特有の代謝異常を伴う疾患群である。40 才以上では 10 人に 1 人が糖尿病である。
2009 年 6 月に、米国(ADA)、国際(IDF)と欧州(EASD)の 3 団体が、新しい糖尿病診断基準を
「HbA1c 6.5%(NGSP 値)以上を糖尿病とする」と定めた。HbA1c 6.5%(NGSP 値)は 6.1%(JDS 値)に相当。
糖尿病の診断は、A)と B)を合わせて行う。
A)以下の4項目のいずれかがあれば糖尿病型とする。
1) 空腹時血糖値が 126 mg/dL 以上の場合
2) 非空腹時血糖値が 200 mg/dL 以上の場合
3) 経口ブドウ糖負荷試験 (OGTT) 2時間値が 200 mg/dL 以上の場合
4) HbA1c が 6.5%(NGSP 値)以上の場合
B)上記の糖尿病型に下記の項目のいずれかが加われば糖尿病とする。
1)違う検査日で糖尿病型が2回確認された場合
2)糖尿病の特徴的な症状(口渇、多飲・多尿、体重減少など)がある場合
3)過去に糖尿病と診断された病歴がある場合
4)糖尿病性網膜症がある場合
糖尿病は、成因により4つの型に分類される。
1型糖尿病(Type 1)
膵 β 細胞破壊に基づく糖尿病で、自己免疫機序、原因不明もの。
生命維持のためにインスリン注射が不可欠である。
膵 β 細胞からのインスリン分泌低下と、肝臓、筋肉や脂肪組織に
2型糖尿病(Type 2)
おけるインスリン抵抗性による。高血糖状態が持続すると、
インスリン抵抗性を助長し、これがインスリン分泌を低下させると
いう悪循環になる。
その他の特定機序、疾患による糖尿病
遺伝子異常が解明されたもの。他の疾患や状態に伴うもの。
妊娠糖尿病
妊娠中に発病、あるいは発見された耐糖異常
グルコースによる膵 β 細胞からのインスリン分泌と sulfonylurea 類の作用点
血中の glucose 濃度が上昇すると、glucose は膵 β 細胞のグルコーストランスポーター(GLUT2)により細
胞内に取り込まれ、ミトコンドリアで ATP が産生される、ATP 濃度が増加すると、ATP 感受性 Kチャネル
(内向き整流性 K+チャネル、Kir6.2)が閉じる。Kチャネルが閉じると、脱分極が生じ、これが電位依存性
Ca チャネルを開き、Ca++が流入し、高濃度存在する InsP7(IP7)を介して急速にインスリンの遊離が引き起
こされる(Science, 318,1299,2008)。
経口糖尿病薬である tolbutamide は、スルフォニルウレア受容体(SUR1)に結合し、K チャネルを阻害(閉
鎖)する。一方、糖や脂肪により小腸下部の L 細胞から GLP-1(glucagon-like peptide-1)が分泌され、膵
β 細胞の GLP-1 受容体を刺激し、細胞内cAMP を上昇させてインスリン分泌を引き起こす。GLP-1 を分
解する酵 素阻害薬(DPP-4 阻害薬)や GLP-1 受容体作動薬はインスリン分泌を促進させる。
2、インスリンの生理作用と分泌機序
1889 年、von Mering and Minkowsky が、膵臓を摘出した犬が、糖尿病になることを見出した。
1922 年、Banting and Best が膵外分泌管を結紮し、外分泌腺を破壊して、インスリンを抽出した。
Glucose は、12回膜貫通型の glucose transporter により、細胞内に取り込まれる。
タイプ
組織分布
性質
GLUT4
筋肉、脂肪
インスリン依存性取り込み。血糖下げるのに最も重要な働きをしている。
GLUT1
脳
インスリン非依存性取り込み。BBB での糖の輸送。
GLUT2
膵臓
膵 β 細胞でのインスリン遊離の調節。
GLUT3
小腸、骨格筋
グルコースセンサーとして働いている。
Insulin(左)とその受容体(右)
Insulin は、A 鎖(上)とB鎖(下)からなり、両端近くでそれぞれ -S-S-結合(赤線)で結ばれている。
Insulin 受容体は、α と β サブユニットの四量体からなる。Insulin が α サブユニットに結合すると、
β サブユニットが tyrosine kinase domain により自己リン酸化され、活性化される。さらに、この tyrosine kinase は、
IRS-1 や IRS-2 などをリン酸化し、続いて PI3-kinase と Akt の活性化を引き起こし、転写因子の Foxo1 や
Foxa2 をリン酸化す ることにより、糖新生や脂肪酸の酸化を抑制する。インスリン抵抗性症候群では、Foxa2 が
細胞質にとどまり不活性化されている。(Nature, 432, 1027, 2004)
その他にインスリンは、細胞内に取り込まれている GLUT4 を細胞膜にリクルートすることにより、グルコースの
取り込みを促進させる。
3、糖尿病治療薬
日本糖尿病学会(2013 年)は、HbA1c(NGSP) の
6.0%未満を「血糖正常化を目指す目標」とし、
7.0%未満を「合併症予防のための目標」とし、
8.0%未満を「治療強化が困難な際の目標」と設定した。
1) インスリン製剤(Insulin preparations)
1型糖尿病および、血糖値が制御しにくい2型糖尿病では、超速攻型インスリンで食事による追加分泌を、
持効型インスリンで基礎分泌をカバーすれば、完全なコントロールに近いものが得られる。
また、最近では血糖をモニターしてインスリンを自動的に放出するインスリンポンプもできており、普及しつつある。
インスリン強化療法で血糖コントロールすることにより、網膜症などの細小血管合併症の発症や進展を阻止できる。
分類
製剤
超速効型
insulin lispro
(Ultra short
insulin aspart
acting)
insulin glulisin
内容など
ヒトインスリンB鎖C末のアミノ酸2ヶを置換し、6量体から単体に解
離しやすくしたもの。
作用時 作用開始
間
時間
5hr
15-30min
6-18hr
1hr
ヒトインスリン製剤は安定した 6 量体を形成しており、皮下注射後に
速効型
(Fast acting)
regular insulin
組織液で希釈されて 2 量体、単量体となって血中に移行、効果を
発現する。したがって、生理的インスリンに比べて、投与後の効果
発現までに時間がかかり、持続時間は長い。
中間型
(Intermediate
isophene
acting)
insulin(NPH)
持効型
insulin glargine
(Long acting)
insulin detemir
insulin + protamine+Zinc
18-24hr 2hr
insulin glargine は、遺伝子組換 insulin で皮下で結晶化し、ゆっくり
溶け、作用は 24 時間持続する。insulin detemir はB鎖に脂肪酸を 36hr
7hr
付加したものである。
混合型は、基礎分泌と追加分泌を同一製剤で補うことができるよ
ヒト二相性イソフェ
混合型
ンインスリン水性
懸濁液
う、中間型インスリンと速効型、あるいは超速効型インスリンを混合
した製剤。また、超速効型は、追加分泌の補充という点で、速効型 18-24hr 10-30min
混合製剤よりも生理的なパターンを再現しやすく使用頻度が多く
なっている。
副作用
低血糖
血糖の低下が速いときは、epinephrine が遊離されるので、その症状が出る: 発汗、脱力感、空腹感、頻脈など。
血糖の低下がゆっくりのときは、脳の症状がでる: 頭痛、視力障害、錯乱、昏睡、痙攣など。
注射の局所の皮下脂肪萎縮や全身のアレルギー反応がみられる。
2)経口抗糖尿病薬(oral antidiabetic drugs)
経口抗糖尿病薬は、2型糖尿病で、運動および食事療法で効果が不十分な時に用いる。
種類
薬物
第1世代:
tolbutamide
acetohexamide
Sulfonylureas
第2世代:
glibenclamide
gliclazide
第3世代:
glimepiride
作用機序や副作用
膵 β 細胞を刺激し、insulin 分泌を促進し、血糖値を下げる。図のように、
ATP-sensitive K+ channel の SUR1 に結合し、K チャネルを阻害し、
結果として細胞の脱分極から、電位依存性 Ca++ channel を開き、細胞内
Ca++を増加させ、insulin 分泌を引き起こす。
glibenclamide は最も強力な SU 剤。12~24 時間持続的に効くので、
夜間低血糖がおこる。
最も低血糖をおこし易いグループ。また、β 細胞の保護効果はなく、むしろ連用により
疲弊させるといわれている。食欲が亢進し肥満しやすい。
副作用は、低血糖、血液障害、肝障害、アレルギー反応などである。
嫌気性解糖系を促進させ、glucose を乳酸に分解し、肝臓からの糖放出を
抑制する。2型糖尿病に用いる。肥満型患者には最も推奨される薬物。
Biguanides
metformin
buformin
夜間低血糖や肥満をおこさない。
大腸がんの発生を抑制するともいわれている。
副作用は、乳酸アチドーシス。おこせば、致死率は 50%に近い。高齢者や
腎機能の悪い患者では少量に留め、造影剤検査(腎機能障害をおこし易い)時には投
与を中止する。
消化管上皮で、デンプン、マルトースなどを α-glucosidase で分解し
単糖にして、吸収する。この酵素を阻害することにより、糖の吸収を遅
α-glucosidase
acarbose
らせる。軽症の2型糖尿病に用いる。
inhibitors
voglibose
糖が吸収されずに大腸まで行くので、ガスがたまりやすい。肉食が主な
(α-GI)
miglitol
場合は効きにくい
副作用は、消化器症状、アレルギー反応がある。劇症肝炎にも
注意が必要。
インスリン抵抗性改善薬と呼ばれ、peroxisome proliferator-activated
receptorγ(PPARγ)と特異的に結合する。脂肪細胞の分化を促進
Thiazolidinediones pioglitazone
したり、GLUT4 や lipoprotein lipase などの発現を増大させたり、TNF-α
産生を減少させることにより、インスリン抵抗性を改善する。副作用として、
肝障害、浮腫、体重増加がある。膀胱癌のリスクが高まる。
速効型インスリン分泌促進薬で、インスリン分泌パターン改善薬とも
呼ばれる。作用点は Sulfonylureas と同じである。
Phenylalanines
nateglinide
夜間低血糖などはおこしにくいが、1 日に 3 回服用する必要があり、
患者のコンプライアンスが悪い場合には使いにくい。
2型糖尿病の食後血糖の改善に用いる。
DPP-4 阻害薬
sitagliptin
vildagliptin
alogliptin
linagliptin
trelagliptin
Incretin 関連薬
GLP-1 受容体作動
薬
liraglutide
exenatide
ipragliflozin
SGLT2 阻害薬
dapagliflozin ll
luseogliflozin
tofogliflozin
incretin は腸管から分泌され、膵臓に作用して insulin の分泌を促進する。
dipeptidyl peptidase 4 (DPP-4)により incretin は急速に分解される。この酵素
を阻害することにより、insulin の作用を強める。低血糖を起こしにくく、食事の
影響も受けないので、1 日 1 回いつでも服用ができる利点がある。
低血糖のリスクが少ないので高齢者に使いやすく、肥満もおこさない。
SU 剤との併用では低血糖がおこるので注意。linagliptin は胆汁排泄型。
trelagliptin は週 1 回の投与で有効(半減期 38-54hr、作用持続 168hr)。
インスリン産生を刺激するホルモンであるグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)の
半減期は数分である。DPP-4 で分解されない GLP-1 受容体作動薬である。
血糖値が高い場合にのみインスリン分泌作用を発揮し血糖値を下げる。1 日1
または 2 回皮下注射をする。重大な低血糖はみら れない。中枢に働き、体重
減少作用がある。
SGLT2 阻害薬は、SGLT2(Sodium glucose co-transporter2)を選択的に阻害
することにより、近位尿細管でのブドウ糖の再取り込みを抑制し、糖の尿中へ
の排泄を促進することにより、血糖値を低下させる(図)。1 日 1 回の投与で、優
れた HbA1c 低下作用を示す。主な副作用は、頻尿、脱水、低血糖、尿路感染
症、全身性皮疹、体重減少など。
tolbutamide
tolbutamide
2 型糖尿病に、経口糖尿病治療薬を投与したときの血糖値下降のモデル曲線
SGLT(Sodium glucose co-transporter)は、14 回膜
貫通型のトランスポーターで、Na+-K+-ATPase により
形成される Na+勾配を利用して Na+と glucose を細胞
内に取り込む。
SGLT2 は、glucose との親和性は低いが、輸送能は
高く、Na+/glucose は1:1 で輸送される。糖尿病で発
現が増加する。腎臓の近位尿細管の S1 segment に
高発現しており、濾過された glucose の 90%以上が
SGLT2 で再吸収される。GLUT2 は、glucose に対し
て high-capacity で low affinity であり、近位
尿細管の S1、S2 に発現している。
SGLT1 は、小腸に多く、腎臓の近位尿細管の S3
segment にも発現している。Na+/glucose は 2:1 で輸
送される。 glucose に対して高親和性があるが、そ
の輸送能は低い。galactose の輸送能も glucose と同
程度である。濾過された glucose の残りの 10%が
SGLT1 で再吸収される。GLUT1 は、glucose に対し
て low-capacity で high affinity であり、近位尿細管の
S3 に発現している。
4、話題
英国で、40-75 才の2型糖尿病の患者約 1,400 人にスタチン系薬物(atorvastatin)を 3.9 年間投与し、プラセボ群
(約 1,400 人)と心血管イベントの発生率を調べたところ、37%の低下がみられた。冠血管系疾患は 31-36%減少、
脳卒中は 48%減少、死亡率も 27%減少した。2型糖尿病におけるスタチン療法の有効性が報告された。
(H.M.Colhoun et al, Lancet, 365, 685, 2004)
コペンハーゲン大のグループは、肥満(BMI30-40)のある 564 人に 20 週にわたり、Liraglutide の 1.2、1.8、2.4、
3.0mg を 1 日1回皮下注射し、Placebo と Orlistat(肥満治療薬)と比較した。全員に低脂肪食と運動療法も併用した。
Liraglutide の濃度に比例して、6-8Kg の体重減少を認めた。Orlista は、4Kg の減少があった。Placebo は 3.5Kg
の減少であった。Liraglutide は、血圧の低下(5-8mmHG)と前糖尿病の割合も 90%近く減少した。副作用は悪心
嘔吐であったが、一時的であった。 (Astrup.A. et al, Lancet, 374, 1606, 2009)
米国 Johns Hopkins 大グループによる2型糖尿病治療薬のメタ解析の結果が発表された。166 件の研究論文を
解析して治療薬(metformin(Metf), 第二世代 sulfonylureas(SU), thiazolidinediones(Thia), meglitinides,
DPP-4 阻害薬, GLP-1 受容体作動薬)の効果と副作用を解析した。単独と2薬併用のどれもが、HbA1c を
1%減少させた。Metf は、他の薬剤に比べて、体重減少(-2.5Kg)と LDL コレステロールの低下効果が大きかった。
SU は、Metf よりも低血糖リスクが4倍高かった。Thia は、SU に比べて心不全のリスクが高く、Metf に比べて
骨折のリスクが高かった。Metf は Thia に比べて下痢の頻度が高かった。結論として、Metf が 2 型糖尿病の
治療薬の第一選択薬として支持されること、2薬併用は低血糖などの副作用リスクを増加させることが分かった。
(W.L.Bennett et al, Ann Int Med, 154, 602, 2011)
(2015/4/2)
三木、久野