2015/06/05・11 荻山正浩 1 日本経済史 第 9 回 明治期の工業化 戦前

2015/06/05・11
荻山正浩
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日本経済史
第9回
明治期の工業化
戦前の工業化:前半(明治期)と後半(両大戦間期)に分けて説明
明治期(1868~1912)の工業化:1880 年代後半から民間主導で加速
近世の遺産:在来産業、商業の発展、小農の活躍
各分野:企業家や個人が収益を獲得する機会が増加
明治期の工業化:各産業がそれぞれの特徴を活かして発展(農業も含めて)
1.近代産業:大規模化と機械化、他分野の生産性向上に寄与
2.在来産業:在来の技術や体制、近代産業の不得手な分野
3.農業:食糧生産、原料生産(養蚕)、労働力供給
4.銀行:金融サービス、資金供給、発券業務
Ⅰ 近代産業
大規模化と機械化:近世には存在せず
出資形態:2 つの発展パターン(財閥と株式会社)
1 財閥
財閥:巨大なファミリービジネス(三井、三菱[岩崎]、住友など)
内部の成長資源:巨額の資金、豊富な人材(専門経営者、技術者)
高い信用:外部からの資金導入、資金不足を補填
政商として資産蓄積:新政府との関係
三井:三井組(両替商)、三井物産(商社:1876 年設立、地租改正による米穀取扱)
三菱:三菱商会(1873 年設立)、海運業(台湾出兵の輸送)
収益源の確保
優良鉱山の払い下げ:三井(三池炭鉱)、三菱(高島炭鉱)、住友(別子銅山[近世から採掘])
商社:三井物産(三池炭鉱の海外への輸出事業)
事業拡大:収益の再投資(自己資金)、他の銀行などから借り入れ(外部資金)
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三井のケース
三井家同族会
人材
高等教育機関
慶應義塾
帝国大学
再投資、人材
投資、人材
利益
日本銀行
融資
横浜正金銀行
三井銀行
三井鉱山
三井物産
新規事業
芝浦製作所(後の東芝)、王子製紙
2 株式会社制度(綿糸紡績業、鉄道業)
経営者:不特定多数(商人、地主)から莫大な資金を調達
出資者:出資額の抑制、投資リスク分散
メリット:資金調達、専門経営者、専門技術者の雇用
ルールの形成:先行して会社設立、法整備(商法施行[1893])
専門経営者、技術者
高等教育機関
紡績業、鉄道
帝国大学
専門学校
株式、配当
資金
投資家
投資家
投資家
a 綿糸紡績業
大阪紡績:1883 年に操業開始、紡績会社設立ブーム
株式会社制度:巨額の資金調達、専門経営者による経営
規模の利益:1 万 500 錘(操業開始時)から 3 万 2,100 錘(1889 年)へ
雇用規模:1889 年には女工 967 名、男工 560 名
高等教育機関出身の技術者採用:国際競争力の向上(⇔現場教育のイギリス)
技術者の役割、輸入紡績機、インド産原棉(国産比 3 割安)、混棉技術の発達
高等教育機関
大阪紡績
イギリス
技術者
出資(株式)
資産家
輸入
インド
紡績機械
棉花(原料)
2
配当
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各国紡績業の紡錘数(スピンドル)の推移 単位:千錘
1877-82
1907-08
1930
日本
イギリス
ドイツ
アメリカ
ロシア
8
1,540
7,045
44,207
52,818
55,207
4,700
9,192
11,070
10,600
23,200
34,031
4,400
7,562
7,624
注:紡錘(スピンドル)の数は、紡績業において生産能力を示す指標となる。従
って、紡錘数の多い国ほど、それだけ大きな生産能力を有していた。
出所:Saxonhouse, G. and Wright, G., “Technological Evolution in Cotton Spinning,
1878-1933”, in Farnie, D. A. and Jeremy, D. J. (eds.), The Fiber that Changed the
World: The Cotton Industry in International Perspective, 1600-1990S, (Oxford & New
York, 2004).
綿糸の生産量、輸入量、輸出量の推移
単位;千梱
国内生産量
輸入量
1886
1887
1888
1889
1890
16
25
33
70
108
82
111
158
143
107
1900
1910
645
1,135
30
1
輸出量
31梱
209
348
注;1梱=181.44㎏
出所;高村直助『日本紡績業史序説』(上)(下)
塙書房、1971年、(上)表28、(下)表1。
b 鉄道
株式会社制度:民間による鉄道敷設、莫大な資金調達
全産業の払込資本金総額(1900 年):鉄道業 23.6%
民間鉄道設立ブーム
日本鉄道(東北本線、高崎線、上越線)、山陽鉄道(山陽本線)、九州鉄道(鹿児島本線)など
明治 39 年(1906)の国有化:連絡輸送体制の不備(割高運賃)
国有化のメリット:新橋と広島間で約 3 割値下げ
鉄道の営業状況の推移
単位;キロ、百万人キロ、百万トンキロ
官営鉄道
1875
1880
1885
1890
1895
1900
1905
営業キロ
旅客輸送量
61
123
270
886
955
1,528
2,465
n.a.
n.a.
n.a.
458
842
1,151
1,521
民営鉄道
貨物輸送量
n.a.
n.a.
n.a.
41
124
360
640
営業キロ
旅客輸送量
61
299
1,365
2,731
4,675
5,231
n.a.
n.a.
298
889
1,911
2,511
貨物輸送量
n.a.
n.a.
65
334
819
1,535
注;人キロとは、輸送した延べ人数と輸送距離との積、トンキロとは、輸送した延べトン数と
輸送距離との積をそれぞれあらわす。
出所;野田正穂・原田勝正・青木栄一・老川慶喜編『日本の鉄道 成立と展開』日本経済評論社、
1986年、資料④を加工。
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Ⅱ 在来産業
在来産業:近世以来の体制や技術をベース
1 流通・販売
全国的な商品取引網の存在:近世の遺産、既存の基盤に新規の要素が追加
近代化:鉄道輸送による効率化、銀行による産業融資
国際化:総合商社の海外展開(三井物産)、財閥の活動(例外的に新規産業)
日本銀行
手形再割引(優良手形)
手形割引、融資
銀行
製品(綿糸)
原料(綿花)
商社
手形割引、融資
綿糸問屋
紡績工場
三井物産
インド産綿花買い付け
大都市
(大阪、東京、名古屋)
商社による国際的流通網
鉄道
(明治以降に形成)
地方商
近世来の流通網
2 生産(工業)
a 製糸業(生糸生産)
適正な規模と技術:大規模生産の失敗(富岡製糸場) 、過剰投資、価格変動のリスク
機械化の限界(手作業):部分的な機械化(巻取り、蒸気供給)
器械製糸
山梨県、長野県:地元資産家による小規模工場の建設
近隣農家から繭を購入、女工を雇用:後に遠隔地から原料と労働力を調達
適正技術:過度な投資回避、安価な国産ボイラーや水車
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製糸工場
輸出
国産ボイラー
西欧諸国
アメリカなど
水車による動力
出資
地元資産家
繭の購入
女工の雇用
近隣農家
ざ く り
座繰 製糸
AE
伝統的な農家副業:群馬県など
問屋制家内工業:生糸商が農家に生糸製造を委託
繭、工賃
繭
農家
生糸商
養蚕農家
問屋
資金
繭を煮沸
糸を紡ぐ作業
副業
生糸
輸出
西欧諸国
生糸の生産量、輸出量の推移
単位;トン、%
器械製糸(A)
1890
1895
1900
1905
1910
1,382
3,389
3,716
4,527
8,384
座繰製糸(B) A+B=C
1,873
2,624
2,868
2,370
2,846
輸出量(D)
1,266
3,487
2,779
4,368
8,908
3,255
6,013
6,584
6,897
11,230
D/C
38.9
58.0
42.2
63.3
79.3
出所;藤野正三郎他『長期経済統計繊維工業』東洋経済新報社、1979年、
第55表、第63表。ただし原資料は農林省蚕糸局『蚕糸業要覧』1953年度版。
b 織物業
問屋制家内工業(手工業の内職):織元が農家に生産を委託、原料や織機の貸与
機械化に対する制約:高価な力織機(動力)、織物の柄や色の多様性
低位技術による技術革新:フライングシャトル(生産性 2 倍)
紡績会社
綿糸商
綿糸
織賃
綿糸
綿糸、織機
織元
流通業者
綿布
農家
綿布
綿布
国内市場
5
女性による
副業の綿布
生産
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織物業と紡績業(相補的関係)
紡糸工程:棉花→綿糸、織布工程:綿糸→綿布
手作業:紡糸工程の労働生産性は織布工程の 1/7、綿糸の供給不足(ボトルネック)
近代紡績業:綿糸の大量供給、綿布生産量の増大
綿布の国内生産量と輸入量
単位;万斤、%
国内生産量(A)
1875
1880
1885
1890
1895
1900
輸入量(B)
3,085
5,961
4,901
8,100
14,538
15,376
B/A
48.4
30.5
23.2
17.8
11.3
20.4
1,493
1,817
1,137
1,438
1,638
3,130
注;1斤=0.6㎏
出所;中村哲『明治維新の基礎構造』未来社、
1968年、付表3。
Ⅲ 農業
小農のメリット:農業生産力の上昇、生活水準の上昇
政府、地主
中国東北部(満州)
府県農会
農事試験場
税金、小作料(賃料)
技術指導
肥料(大豆粕)
夫
種子配布
妻
子供
製糸工場
繭の販売
家族労働力
収穫物の増大
努力
零細な耕地
農業生産性の上昇:稲や蚕の品種改良、栽培方法の改良、肥料の多投
水稲 1ha あたり収量:日本(1908-12) 2.61 トン
(1ha≒10 反、1 石=150kg)
他のアジア地域:マレーシア(1953-62):1.72 トン、朝鮮(1920):1.43 トン
繭生産量の増大:製糸業への原料供給、製糸業の発展
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戦前日本の水稲 1 反あたり収量と繭生産量の推移
100000000
水稲 1 反あたり収量(石:左目盛)
1 反=10 アール、1 石=180 リットル
2
80000000
60000000
1.5
40000000
繭生産量(貫:右目盛)
1 貫=3.75 キログラム
20000000
1
0
1887 1892 1897 1902 1907 1912 1917 1922 1927 1932
注:対象は 47 府県の値(植民地は含まない)。
出所:『改訂日本農業基礎統計』農政調査委員会編、1977 年。
Ⅳ 銀行制度
銀行(会社形態、多数の出資者)⇔両替商(個人の家業)
銀行の資金供給:手形割引、信用創造
銀行システムの形成:発券(通貨の供給)の担い手
だ か ん
兌換紙幣:本位貨幣(金貨・銀貨)との 兌換 (交換)、高い信用力
明治初期の政府紙幣(不換紙幣):兌換紙幣への転換の必要性
国立銀行による発券(1872 年):兌換請求の増加で失敗、政府紙幣との兌換(1876 年)
中央銀行制度:1882 年に日本銀行設立、1885 年から日本銀行券[兌換]の発券
国立銀行(151 行)は普通銀行へ転換(~1899 年):産業資金の供給
1890 年代以降は小口預金の増大:民間資金の吸収 (貸付原資)
日本銀行の融資:民間銀行の貸付余力拡大、産業資金の提供
中央銀行
(日本銀行)
集中決済、
発券の集中
銀行
融資
企業
手形の振り出し
商品の納入
預金
現金
融資
市民
余剰資金の預け入れ(預金)
普通銀行
(国立銀行)
資本金
7
企業、個人
手形割引
決済
預金
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戦前日本の全国銀行貸出額と全国銀行保有通貨額(実質額)
7000
(単位:100 万円)
6000
5000
4000
3000
全国銀行貸出額(1900 年価格)
2000
全国銀行保有通貨額(1900 年価格)
1000
0
1888
1893
1898
1903
1908
1913
1918
1923
1928
注:いずれも各年の年末残額を投資財物価指数でデフレートして 1900 年価格で表示。
出所:『明治以降本邦主要経済統計』日本銀行統計局、1966 年、64 表;江見康一ほか
『長期経済統計 5 貯蓄と通貨』東洋経済新報社、1988 年;大川一司ほか『長期経済
統計 8 物価』東洋経済新報社、1967 年。
Ⅳ 評価
近世の遺産:社会的安定、小農による農業生産、商品流通
後発の利益:先進国からの技術導入、急速な工業化
各部門の相補性:農業と工業、近代産業と在来産業
後進国の限界:鉄鋼や機械の輸入、慢性的入超
参考文献
刊行の古いものも含まれるが、依然として有益な概説書をあげておく。
阿部武司・中村尚史編著『講座日本経営史 2 産業革命と企業経営 1882~1914』ミネル
ヴァ書房、2010 年。
石井寛治・原朗・武田晴人編『日本経済史 2 産業革命期』東京大学出版会、2000 年。
粕谷誠『ものづくり日本経営史―江戸時代から現代まで』名古屋大学出版会、2012 年。
宮本又郎・阿部武司『日本経営史 2 経営革新と工業化』岩波書店、1995 年。
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