18 広島赤十字・原爆病院 小児科 vol. 西 美和 こんな症状・所見に隠れている/ 見逃してはいけない甲状腺疾患 要 旨 ●典型的な症状・所見を有する甲状腺機能亢進症(圧倒的大部分はバセドウ病) ・低下症を見逃すことは あまりないが、機能亢進・低下の症状・所見の軽い甲状腺疾患や、ADHD、心身症などが表に出ている 甲状腺疾患は見逃されている可能性もある。 ●見逃してはいけない・初期診断に注意したい甲状腺疾患のPointsを表 1に示す。 表1.こんな症状・所見に隠れている/見逃してはいけない甲状腺疾患のPoints 1. てんかん患者に隠れている甲状腺疾患 (長期間の抗けいれん剤使用者の 甲状腺機能低下症) 3. 男性で、重度の精神運動発達遅延 (寝たきり) 、筋緊張低下、 アテトーゼ 様運動のMCT8異常症(Allan Herndon-Dudley 症候群) 2. たとえカウンセリングや薬物療法中 でも、ADHD、心身症、全身倦怠感、 4. 急性脳症の症状・所見を示す甲状 不登校、起立性調節障害、 自律神 腺クリーゼと橋本脳症 経失調症には、未診断の甲状腺ホ 5. 粘液水腫性昏睡〔基本的には成人 ルモン不応症、バセドウ病、甲状腺 (特に高齢者) の疾患〕 機能低下症も念頭に! 6. Nonthyroidal illness (非甲状腺疾 患における低T 3 症候群、euthyroid sick syndrome) 7. 多発性肝血管腫に見られる消費性 甲状腺機能低下症 (consumptive hypothyroidism) 8. 甲状腺超音波/シンチ検査が一致し ない例 1 てんかん患者に隠れている甲状腺疾患 診療のPoints 1)抗けいれん剤による甲状腺機能低下症 1 長期の抗けいれん剤内服者では、定期的な甲状腺ホルモン測定、甲状腺腫の有無、甲状腺疾患の家族 歴が重要である。 2 甲状腺に機能障害(橋本病、潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症など)があると、甲状腺ホルモンの 合成・分泌能の低下のため、代償できずに機能低下症が顕在化する。 a.フェノバルビタール 1 肝臓における薬物代謝酵素系〔cytochrome p450 complex (CYP3Aなど) 〕 を誘導して、T4、T3 のク リアランスを促進する。 2 正常者では、negative feed back 機構を介してTSH 増加による甲状腺ホルモン合成・分泌が高まり、 代償され正常化する。 b.フェニトイン、カルバマゼピン 1 肝臓における薬物代謝酵素系を誘導するとともに、甲状腺ホルモン輸送蛋白質としてのTBG(thyroxine binding globulin)と甲状腺ホルモンの結合を阻害するため、血中総T4は40%程度減少、総T3はそれよ り軽度減少。FT4は、検査上低く測定される例もあるが、血中TSHの値は正常域にとどまる。機能低下症 か否かは、TSHの値で判断する。 先生 2 (カウンセリングや薬物療法中でも)ADHD、心身症、全身倦怠感、 不登校、起立性調節障害、自律神経失調症に隠れている甲状腺 ホルモン不応症(Refetoff syndrome) (『Pitfall vol.17』参照) 、バセドウ 病(『Pitfall vol.17』参照)、甲状腺機能低下症(『Pitfall vol.15』参照) 診療のPoints 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 たとえカウンセリング中や薬物療法中でも注意欠如多動性障害(ADHD)、心身症、全身倦怠感、不登 校 、起 立 性 調 節 障 害や自 律 神 経 失 調 症には、未 診 断 の 甲 状 腺ホル モン不 応 症 ( s y n d r o m e o f resistance to thyroid hormone:RTH、Refetoff syndrome)やバセドウ病、甲状腺機能低下症の可 能性もあるので、必ず甲状腺腫大や甲状腺機能亢進症/低下症の症状・所見や甲状腺疾患の家族歴の有 無をチェックする。必要なら甲状腺機能検査をする。 甲状腺疾患を診療する際に、FT4とTSHの解離がある症例ではRTHの可能性があることを認識するこ とが重要である。 RTHは、甲状腺機能亢進症状・所見があるのに、FT4は上昇(基準値内の例もある) (多くはFT3も上昇) していても、TSHはバセドウ病では測定感度以下であるが、RTHでは基準値内∼軽度高値な症例が多 い〔不適切TSH分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of TSH:SITSH) と呼ばれ る〕。抗TSH受容体抗体(TRAb)は、陰性である。 RTHでは、慢性的なTSH刺激によるびまん性甲状腺腫を認める。 α型(心、脳に優勢)、 β型(肝、下垂体に優勢)がある。 T3受容体には、 RTHでは、 α型は異常ないので、血中甲状腺ホルモン濃度上昇による甲状腺機能亢進症の症状・所見 である動悸、息切れ、イライラ感、落ち着きがないなどの訴えで、ADHD、心身症、不登校やバセドウ病 と誤診されている例も少なからずある。 最近では、TSH受容体knockout miceでADHD様症状・所見が認められ、TSH-TSH受容体 passwayの障害の関与も示唆されている1)。 小児RTHの50∼70%に、ADHDが認められるとの報告もある2,3)。 問題は、その逆、すなわちADHDの何%にRTHが存在するかである。実態は不明だが、見逃されてい る可能性がある。 小児ADHDは、小児人口の3∼10%に存在するとされ、絶対数が膨大であるが、RTHは、日本全体で 約3,000人と推測されており、ADHDに比して非常に少ない。ただ、実態は不明だが、RTHがADHD として見逃されている可能性も否定できない。 バセドウ病と誤診して不適切な治療を開始し、FT4、FT3、TSHの変動が激しく甲状腺腫大がさらに大き くなるようならRTHを疑う。本症を疑えば、TRβ遺伝子解析を実施することが望ましい。 RTHは、TSHのみのマス・スクリーニングでは本症を発見することはできない。 また、神経性食欲不振症、心身症の原因に稀に脳腫瘍もあるので、注意が必要である。 3 男性で、重度の精神運動発達遅延(寝たきり)、筋緊張低下、アテ 4) トーゼ様運動のMCT8異常症(Allan-Herndon-Dudley症候群) 診療のPoints 1 2 3 中枢神経系の症状が重篤なのは、甲状腺ホルモンの神経細胞内への取り込みの大部分がMCT8依存 であるためと考えられている。 と解離がある。TSHは正常∼軽度高値。 FT3は高値だが、FT4は低値(∼正常下限値) 重症心身障害施設などに入院している寝たきりの男性では、一度は甲状腺ホルモンの検査が必要である。 4 急性脳症の鑑別疾患に甲状腺クリーゼと橋本脳症も考える! 診療のPoints 1 特に、インフルエンザ流行時期に、 「インフルエンザ脳症」と即断しないこと! 18 vol. 2 甲状腺腫大、甲状腺検査〔TSH、FT 3 、FT 4 、抗Tg抗体、抗TPO抗体、抗TSH受容体抗体(TRAb)な ど〕、甲状腺疾患の家族歴をチェック。 1)甲状腺クリーゼ 1 2 3 5) 甲状腺ホルモン作用過剰に対する生体の代償機構の破綻により複数臓器が機能不全に陥った結果、生 命の危機に直面した緊急治療を要する病態を言う。 インフルエンザなどの感染症、手術、外傷などの強いストレスが加わったときに発症する。 中枢神経症状(不穏、せん妄、精神異常、傾眠、けいれん、昏睡など)、発熱、頻脈、心不全症状、消化器症 状を示す。 6) 2)橋本脳症(まれに小児期でも発症する) Steroid-responsive encephalopathy associated with autoimmune thyroiditis (SREAT) とも称されるように、ステロイド治療が有効であるので、小児科でも原因不明のけいれん重 積、急性意識障害・昏睡などの鑑別疾患の一つと常に考えておく。 2 平均発症年齢は62.3歳で、 20∼30歳代と60∼70歳代の二峰性の分布を呈する。 3 男女比は、 1:5で、橋本病(1:20) に比べると比較的男性の患者比率が大きい。 4 抗N末端αエノラーゼ抗体 (抗NAE抗体)は、50%くらい陽性となる特異的抗体である。 (50∼70%)であり、次いで慢 5 大部分の症例は急性の意識障害・昏睡や精神症状を呈する急性脳症型 性にうつや統合失調症様の精神症状を呈する病型(精神病型約20∼50%)や小脳失調を主とする病 型(小脳失調型20∼30%)である。 (重積)も見られる。 6 けいれん 成人では大部分(約70%)は正常で、25%で軽度の低下、3%で一過性の亢進を呈し 7 甲状腺機能は、 ている。25人の小児患者では、甲状腺機能低下症と機能正常が半々である。 、TSHだけでなく抗サイログロブリン抗体と抗TPO抗体を測定 FT( 8 橋本病を診断するためには、 4 FT 3) するのが重要である。橋本病の家族歴の有無も重要。 1 7) 5 粘液水腫性昏睡〔基本的には成人(特に高齢者)の疾患〕 診療のPoints 1 2 3 4 5 6 基本的には成人の疾患であるが、小児科でも成人に移行した患者を長期間フォローしている場合がある ので留意しておく。 生命を脅かす甲状腺機能低下症の合併症であり、通常は甲状腺機能低下症の経過が長い成人(特に高齢 女性)患者に生じる。 疾病、感染、外傷、中枢抑制作用のある薬物、寒冷暴露などが、増悪因子である。特に冬季に多い。 粘液水腫様顔貌などの甲状腺機能低下症の症状・所見に加えて、極度の低体温(23∼32° C) を伴う進行性の 意識障害・昏睡、反射消失、けいれん発作、CO2貯留を伴う呼吸抑制、低血糖、低ナトリウム血症などがある。 重度の低体温は、低温温度計が使用されない限り見逃されることがある。 早急に治療しなければ、死亡する恐れがある。死亡率は、日本では、1999年で25%、2008年で18% との報告がある。早期発見・早期治療が重要である。 6 Nonthyroidal illness( 非甲状腺疾患における低T3 症候群、 8) euthyroid sick syndrome) 診療のPoints 1 2 甲状腺自体には異常ない。 入院するような重篤な疾患(低栄養状態、神経性食思不振症、腎不全、肝不全、心不全、悪性腫瘍など) において、血清T( 低下、T( 正常、TSH正常∼軽度上昇が認められる。 3 FT 3) 4 FT 4) 18 vol. 3 ICUに入院するようなより重篤な患者においては、T( 低値のみならずT( 低値やTSH低値 3 FT 3 ) 4 FT 4 ) (甲状腺機能亢進症ではTSHは測定感度以下となるが、 この疾患では一般に感度以下にはならない)を 伴うことも多く、中枢性甲状腺機能低下症との鑑別が困難である。 4 一般的なルーチン検査で測定されるFT 3 、FT 4 濃度は、主要な甲状腺ホルモン結合蛋白であるTBG (thyroxine-binding globulin)低下や低アルブミン血症などの蛋白の影響を受けて総T3、総T4濃度 と同様に変動する傾向もあり、真の遊離甲状腺ホルモンとしての評価には注意が必要である。 5 また、nonthyroidal illnessの回復期や腎不全では、TSH20μU/mL程度までの上昇が認められる 場合があり、原発性甲状腺機能低下症との鑑別が必要となることもある。 7 多発性肝血管腫に見られる消費性甲状腺機能低下症 9) (consumptive hypothyroidism) 診療のPoints 1 血管内皮細胞から産生される甲状腺ホルモンを不活化する3型脱ヨード酵素活性が強く、T 4がrT 3に、 T3がT2に不活化されて甲状腺ホルモンが過剰に分解され、消費性甲状腺機能低下症をきたす。FT3は 低値だが、FT4は正常∼軽度高値と解離がある。TSHは高値である。 2 母乳やミルク中の乳糖は、グルコースとガラクトースに消化される。消化されたガラクトースは腸管か ら吸収され、門脈血流によって肝臓へ運ばれ、肝細胞の酵素によってほぼ完全に代謝され、体循環系に はほとんど流出しない。しかし、静脈管閉鎖の遅れや、肝血管腫(肝内動静脈シャント、静脈管開存門脈 体循環シャント) による門脈肝静脈シャントがあると、一過性高ガラクトース血症や高アンモニア血症も 見られる。 3 マス・スクリーニングで陽性とならない例もあるので、黄疸、腹部膨満や肝血管腫以外の皮膚血管腫な どの有無をチェックし、腹部エコー検査、甲状腺検査をする。 8 甲状腺超音波/シンチ検査が一致しない例(『Pitfall vol.14』参照) 診療のPoints 1 新生児・乳児期の甲状腺エコー/シンチ検査の手技と解釈・見方には熟練が必要であるので、検査上一 致しない場合もある。 2 自己免疫性甲状腺疾患母親からの移行TSH receptor blocking antibodies(TRB-Ab)、甲状腺刺 激阻害抗体〔thyroid stimulation blocking antibody : TSBAb (保険未収載)〕のために123 I や 99m Tc甲状腺シンチでは、甲状腺は部分的∼完全に描出されないが、超音波検査では甲状腺は抽出さ れる。ヨウ素過剰の場合も同様である。したがって、甲状腺シンチで描出されないからと言って永久的 CHと必ずしも判断できない。生後3∼6カ月後には母親からの移行抗体の減少、消失とともに甲状腺は 描出される。 3 甲状腺ホルモン合成障害のうち、ヨード濃縮障害は sodium-iodide symporter(NIS)の異常により生じる。 4 NISに異常が生じると、血液中のヨードの取り込み機構の障害により、 ヨード濃縮障害による先天性甲 10) 状腺機能低下症の原因となる 。 5 NIS異常症において、超音波検査では甲状腺が描出されるが、シンチでは甲状腺と唾液腺(唾液腺の NISも障害されているので)は描出されない10)。 6 ちなみに、無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎などの破壊性甲状腺炎では、甲状腺は描出されないが、 唾液腺は描出される10)。 <参考文献> 1)Mouria A, et al : Psychoneuroendocrinology 2014 ; 48 : 147-161. 2)Sperling MA : In ; Sperling MA (ed); Pediatric Endocrinology, 4th ed, Elsevier, Saunders, 2014 ; 452-453. 3)Hauser P, et al : N Engl J Med 1993 ; 328 : 997-1001. 4)Visser WE, et al : Clin Endocrinol (Oxf)2013 ; 78 : 310-315. 5)南谷幹史, 他 : 日本甲状腺学会雑誌 2014 ; 5 : 50-52. OT 360-1 1501 MM 30 KYO 6)Hilberath JM, et al : Eur J Pediatr 2014 ; 173 : 1263-1273. 7)田中祐司, 他 : 日本甲状腺学会雑誌 2013 ; 4 : 47-52. 8)Warner MH, et al : J Endocrinol 2010 ; 205 : 1-13. 9)Bessho K, et al : Eur J Pediatr 2010 ; 169 : 215‒221. 10)橘 正剛, 他 : 日本内分泌学会雑誌 2014 ; 90 (Suppl): 27-29.
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