師長として伝えたい “看護の力・楽しさ”

《特集》今こそしっかり伝えよう!
師長の「思い・考え」
「ビジョン」
吉田一恵
スタッフにケアの喜びと誇りを!
師長として伝えたい
“看護の力・楽しさ”
独立行政法人国立病院機構
看護師長
沼田病院 1985年群馬大学医療技術短期大学部看護学科卒業。同年
筑波大学附属病院入職,小児病棟に勤務。1987年社会福
祉法人希望の家療育病院,1999年国立高崎病院放射線科,
混合病棟,外来などでの勤務を経て,2010年NHO沼田病
院に入職,現在に至る。2010年放送大学教養学科卒業。
◉自分で行動し,結果を出すことで看護が楽しくなる
◉患者の生活の質を整えることは看護師独自の業務であり,何より大切
◉看護師長に限らず,スタッフにもケアを語り・伝え合ってもらう
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看護師になって,自分でも驚くほどの年月
看護師長として,自分の所属する病棟は,温
が経った。ここまで私を動かしてきたものは
かいケアを提供し,いつでも「看護とは何か」
何であったかを改めて振り返ると,それはや
を語れる病棟であることを目標にしている。
はり看護の力や看護の楽しさを実感する日々
常に思考しながらケアを提供し,患者の反応で
であったと思う。そして,先輩方が語る看護
評価し,語り合える環境をつくっていきたい。
観や,何より日々の看護の中での患者との一
しかし,超高齢社会を迎え,医療は高度化
つひとつのかかわりがあったからこそ看護を
し,看護師の業務は煩雑になっており,とて
続けられてきた。その経験から,私はスタッ
も看護を楽しむ余裕はなく,追われるままに
フに “看護の力・楽しさ” を伝えることを大
業務をこなしているのが現状である。そし
切にしている。
て,疲弊し看護職を離れていく後輩たちも少
本稿では,私が看護師長としてスタッフに
なくはない。
伝えている「思い」「考え」を紹介したい。
新人看護師の目標が「ほかのスタッフに迷
伝えたい!「患者に喜ばれることにこそ
価値がある」
惑をかけないこと」であったり,3年目の
私は,看護に楽しさを感じることでやりが
なく進むこと」であったりする場合が多い。
いにつながり,看護が続けられると信じてい
新人の教育も検査や業務を覚えることが優先
る。では,どうしたら看護を楽しめるのだろ
されている。これでは,看護の楽しさはなか
うか。それは,自分で考え行動したことの結
なか生まれてこない。
果を得ることであると考える。ただ,指示が
そこで私は,看護の楽しさを実感させるた
あるから,いつも行っているからといった理
めに,自分の看護体験を語ると共に,病棟ス
由でケアを提供しているだけでは,決して楽
タッフに評価の視点は常に患者であることを
しさは得られない。患者の状態を観察し,ア
言い続けている。また,新人教育や院内の研
セスメントし,ケアを選択・提供し,その結
修でも「看護することとは」ということを問
果である患者の反応を実感することにより,
い続けている。新人教育では,検温・清拭・
初めて楽しさを感じられるのである。
食事介助といった技術チェックリストに沿っ
看護師長の実践! ナースマネジャー Vol.17 No.4
リーダー看護師の目標が「1日の業務が滞り
て習得させるのではなく,患者の生活を整え
とは,朝起きてから寝るまでの患者一人ひと
るという視点で,ケアとしての技術を習得さ
りの生活を整えることであり,その患者にど
せるように指導している。「ほかのスタッフ
んな背景があって,どんな生き方をしてここ
に迷惑をかけないこと」よりも,「患者に温
に至っているのか,一つひとつのケアを大切
かいケアを提供し喜ばれること」に価値を見
にしながらケアを積み重ねていくことが大切
いだす看護師を目指したい。
であると感じている。
これが最優先!「看護独自の機能
『日常生活行動の支援』
」
必須の視点!「
『診療の補助』と
『看護独自の機能』は重なり合う」
保健師助産師看護師法では,看護師とは「厚
「診療の補助」と「療養上の世話」は,重な
生労働大臣の免許を受けて,傷病者若しくは
り合う側面がある。これを秋元2)は,「診療
じょく婦に対する療養上の世話又は診療の補
の補助」と「療養上の世話」の融合と表現し,
助を行うことを業とする者をいう」とされて
「まず患者の身体から入っていくスキル(技
いる。
「診療の補助」とは医師の指示を受けて
術)が確実に患者さんの心に到達し,心に作
医師が行う医業(医行為)を補助することを
用し,心を動かします」と述べている。これ
言い,
「療養上の世話」とは療養中の人々の食
は,診療の補助を,患者にとっても,一番の
事・排泄・入浴・洗髪・更衣など細々とした
パートナーである医師にとっても効率よく,
日常生活行動を支援することであり,ほかの
適切に行おうとするならば,そこには看護独
医療職にはない看護師独自の業務である。
自の機能が働くからであると考える。
私は,この看護師独自の業務,すなわち日
日常的に行われるガーゼ交換や処置の介助
常生活行動を支援することこそ看護の楽しさ
なども,看護独自の機能を働かせるか否かに
を生み出すものだと考えている。ヘンダーソ
よって,患者の安楽や医師の処置のしやすさ
ン
も「看護師の果たすべき責任の第一義的
が全く異なる。テープの貼り方一つで患者の
なものは患者が日常の生活の様式を守りうる
動きやすさが違うこと,理にかなった貼り方
ように続けること」と述べているように,この
で,見た目を美しく貼ることが大切であると
日常生活行動を支援すること,つまり「生活の
いうことを,私は,とても厳しい,しかし患
質を整えること」が何より大切だと伝えたい。
者思いの医師から教えられた。教えられてか
残念なことに,医療の現場では「診療の補
ら,ほかの看護師のテープの貼り方を観察し
助」が「療養上の世話」より優先される現状
てみると,医師から教えられたように貼って
があるように感じている。入院患者は,検査
いる看護師は,ほかのケアも丁寧で尊敬でき
や治療を目的に入院しているのであるからそ
る看護師であった。
れが優先されるのは当然であると言えるが,
いかに患者を観察し,アセスメントするか
そのことを優先するあまり,看護独自の機能
で,
「診療の補助」にも差が出てくる。このこ
である日常生活行動の支援が置き去りにされ
とを忘れてはいけないと思う。「診療の補助」
ていると感じることも少なくない。
を “患者に入っていく” 機会ととらえ,観察
基本的なケアは,人としての尊厳を取り戻
とアセスメント,声かけで効果的な「療養上
すことにつながる。「生活の質を整えること」
の世話」につなげていける視点を持ちたい。
1)
看護師長の実践! ナースマネジャー Vol.17 No.4
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楽しくなる!
「人の不思議さ,面白さを知る」
抜去してしまうことがあった。カンファレン
ケアを提供し,患者に向き合う時,私はい
スでどのように援助したらよいか話し合い,
つも「人ってすごいなあ」と感嘆せずにはい
なぜカニューレを抜いてしまうのか,その原
られない。人という生命体はなんとうまくつ
因に対処しようということになった。
くられ,その細胞が,組織が働いているのだ
いくつかの原因を考え,それを確認するた
ろうと思うのである。
めに24時間の観察をすることになった。そこ
例えば,睡眠不足と便秘。どちらも薬剤を
までしなくても,という雰囲気もあったが,
投与し解決を図ることが多いが,ここに看護
観察するうちにいろいろなことが見えてきた。
の介入が影響を与える。排便のメカニズムの
まず,患者の手の位置が胸の上にある時は,
中で,重要な役割を果たすのは自律神経であ
苦痛表情がなく穏やかで,苦痛表情が出てく
る。自律神経で排便を促進するのは副交感神
ると手が気管カニューレ近くの頸部に近づく
経であり,副交感神経は睡眠時に優位に働く。
ことが分かった。さらに観察を継続したとこ
不眠が続くと便秘になる。よって,検温と歯
ろ,貼用の麻薬製剤を貼り替える3時間前ご
磨き,洗面だけでなく,患者が心地よく入眠
ろにいつも苦痛表情があり,頸部に手が置か
できるように環境を整え,入眠を促す。そし
れることが分かった。そこで,医師に報告し,
て朝を迎え,すっきりと目を覚まし,トイレ
貼り替えの朝にレスキュー(疼痛時に臨時に
に座り,腹圧がかかることで心地よい排便へ
追加する臨時追加投与)を使用することで,
と至るのである。
カニューレの自己抜去がなくなった。
こうして,睡眠へのケアと排便へのケアは
看護は観察から始まると言われるが,その
一連のケアとして提供され,それが複雑に絡
ことを実感することができた。これ以降,ケ
み合い,健康な営みへと移行していく。さら
アに行き詰まった時には「とにかく観察して
に,食べることや活動することなど日常生活
みよう」という姿勢になったことは,病棟と
の営みへのケアについて,一つひとつのケア
いうチームで行う看護の活性化につながった
を切り離して考えるのではなく,朝起きてか
と感じている。
ら寝るまでの営みとしてとらえてケアを提供
することで,人の身体の不思議を知り,体験
体験しよう!
「語り合うことでケアの質が向上」
することができ,看護が楽しくて仕方なくな
ここまで述べたような体験を,自分の病棟
るのである。
のスタッフにもしてほしいと願っている。そ
知っていますか?
「チームで行う看護の力・楽しさ」
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こともあったが,時折気管カニューレを自己
のために私ができることは,語り続けること
しかないのではないかと考えている。
以前,スタッフとして働いていた時に,耳
以前は,そうした自分の体験を語ることに
鼻咽喉科系の悪性腫瘍を摘出し,気管切開と
気恥ずかしさを覚え,よいケアが提供できた
なった患者がいた。発声できなくなっていた
と感じても人に語ることはなく,自分の中で
ため,コミュニケーション障害があった。そ
完結させていた。しかし,ある研修で看護は
の患者は,ベッド上で穏やかに過ごしている
次の勤務者に,さらには次の時代に受け継が
看護師長の実践! ナースマネジャー Vol.17 No.4
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