視覚的な分かりやすさを追求した学習教材の開発と実践

個人研究の部 特別支援教育
視覚的な分かりやすさを追求した学習教材の開発と実践
-生活単元学習におけるプレゼンテーションソフトの活用と自作教具-
佐賀市立松梅小学校 教諭
1
刀根 有紀
主題設定の理由
学習指導要領では,「生活単元学習は,児童生徒が生活上の目標を達成したり,課題を解決したりす
るために,一連の活動を組織的に経験することによって,自立的な生活に必要な事柄を実際的・総合的
に学習するもの」としている。特別支援教育に関わる中で私自身も,生活単元学習において,仲間と一
緒に実体験を伴った学習をすることを通してそれぞれの課題を解決したり,コミュニケーションスキル
を身に付けたりできることを実感している。
本校の特別支援学級に在籍する児童は,知的学級3名(6年1名,3年2名),肢体不自由学級1名(6
年)である。担任する知的学級では,3名とも日常の会話は,友達に対しても先生に対しても積極的に
行う。学習場面では読み書きや計算の習得状況に差はあるものの,一緒に学習する生活単元学習や自立
学習では,協力したり助け合ったりしながら楽しく活動している。語彙の獲得状況には大きな差は見ら
れず,学習活動の中で必要となる語彙を繰り返し提示しながら一緒に学んでいる。コミュニケーション
面は,自分が関心のあることや,実際に見たり体験したりした事柄は積極的に話すが,一方的な話にな
ることも多い。また,学習場面でつまずいた際には,どうすればよいか分からず,黙りこんだり機嫌を
損ねたりする。情報を受け取る際は,口頭で指示されたものは聞き漏らしや聞き違いが多く生じてしま
うが,単語等の短い文字やイラスト,写真等の視覚的情報は正しく記憶に残りやすい。
そこで,前任校である特別支援学校で行っていた視覚支援や構造化の工夫が,特別支援学級でも様々
なスキルの獲得や語彙の獲得に効果的であろうことから,教材の工夫に取り組んできた。視覚的に整理
された環境での学習活動は,指示が分かりやすく,子どもの「できた」という感覚が「もっとしたい」
という意欲につながることが期待できる。特に,電子黒板等のICT機器は,写真や図を素早く提示で
きるだけでなく,視覚に強く訴えることができるため,子どもたちの理解を促進したり語彙の定着を図
ったりする上でとても有効であると考える。
このようなことから,本研究では,児童一人一人の教育的ニーズを把握し,生活単元学習において電
子黒板等のICT機器を活用したり,視覚支援教材を活用したりすることを通して,児童の言語理解や
学習に対する意欲向上を促す方法を探る。生活単元学習の中で,児童が成功体験を多く重ねることがで
きれば,自己肯定感が高まるだけでなく,次の学習への意欲が向上し,新たなスキルを身に付ける原動
力となる。このようにして身に付けた力が,将来のはたらく生活,くらす生活に活かすことができると
考え,本主題を設定した。
2
研究の目標
生活単元学習における教材開発を通して,児童の学習意欲を向上させ,将来の生活に必要となるスキ
ルやコミュニケーション力の素地を養う支援の在り方を探る。
3
研究の仮説
学習課題や学習内容を児童の実態に合わせて視覚的に整理して提示すれば,児童が目的意識を明確に
もったり成功体験を豊富にしたりして自立的に活動できるだろう。
1
4
研究内容と方法
(1) ICT機器を活用し,学習内容を視覚的に示すことのできる学習教材を開発する。
(学習内容の理解促進や,言語の習得を促すための支援)
(2) 自立的な学習を促すための支援
ア
物理的環境の構造化を行う。
イ
手順書と視覚支援教材を作成し,活用する。
(3) 言葉カードを活用し,状況に応じた適確なコミュニケーションを経験させる。
(コミュニケーション力の基礎を培うための支援)
5
研究の実際
(1) ICT機器を活用し,学習内容を視覚的に示すことのできる学習教材を開発する。
ア
生活単元学習「はがきをかこう」
人との関わりを好む本学級の児童に,対面ではない人との関わり方もあることを知り,社会習慣
を学ぶことを目的として,11 月下旬から 12 月中旬までの期間で「はがきをかこう」という学習を
行った。ここでは,児童に自分の住所や家族の名前に関心をもたせ,葉書には切手が要ること,相
手の住所,名前,自分の名前を書く位置があること等のきまりを知らせる機会とすることにした。
(ア) 黒板を使用しての単元計画の提示
表1 単元計画と学習内容
単元名
第
一
次
・はがきをかこう(4)
学習内容
・葉書の宛名,住所の書き方を知る。
・自分の家の住所,家族の名前を宛名に書く。
・「表」「裏」「相手」「自分」「住所」「郵便番号」「切手」とい
う言葉を知る。
・裏面に伝えたいことを短い文章で書き,飾りを付ける。
・郵便ポストに出しに行く。
第
二
次
・ゆうびんきょくにいこう
(2)
・郵便局へ行って質問する内容を決める。
・郵便局へ行き,質問や見学をする。
・分かったことを発表し合う。
第
三
次
・ねんがじょうをかこう
(3)
・12 月で一年が終わり,1月から新年が始まることを知る。
・葉書と年賀状の違い,新年の挨拶の言葉を知る。
・年賀状を書き,投函する。
単元計画はプレゼンテーションソフトを用いて作成
し,電子黒板に提示した(図1)。文字を読むことに消
極的な児童も関心を向け,見通しをもって活動できる
ように,単元全体が一目で見通せるようにし,活動内
容ごとに色を変え,活動を示唆するイラストを添えた。
単元計画は,授業の導入段階と終末に見せ,全員で
確認した。導入では,画面にタッチすると今日の活動
の枠が赤色の太枠で囲まれるようにアニメーションを
設定しておいた。そうすることで,子どもたちは注目
すべき場所が明確に分かり,見通しをもって教師の話
を聞くことができた。
2
図1
導入時に提示した単元計画
単位時間の終末には,画面にタッチすると今日の活動の
欄に花丸が付き,もう一度タッチすると次時の内容を赤色
の太枠で囲むように設定した(図2)。
教師が画面にタッチすることで,映し出された映像が
次々に変化するため,
「タッチすれば何かが変わる」と児童
も気付き,電子黒板の画面に注目し,集中して学習するこ
とができた。
図2
終末に提示した単元計画
(イ) 葉書のきまりを知るためのプレゼンテーション教材
「はがきをかこう」では,実際に担任が児童の家に送った葉書を例に出し,表書きのきまりを説明
した。葉書に関連する知識や語句を,児童がクイズ感覚で習得できるように提示した(図3)。
全員で声に
出して単元の
めあてを確認
した。初めは
単元名だけが
提示され,画
面に触れる
(クリック)と
下の2行が出
てくる。
シート1
何もない葉
書の写真の状
態から,画面
に触れると郵
便番号の場所
が楕円で囲ま
れ,もう一度
触れると「ゆ
うびん番号」
という文字が
出てくる。順
番に,一つず
つ確認をし
た。
単元名とめあての提示
シート3
書く位置の提示
シート2「表」
「裏」の言葉を提示
シート4
書く位置の確認
画面に触れ
ると,「表」
「裏」が出て
くる。
「葉書の
表はどちらで
しょう」とい
う問いに対
し,児童が挙
手して答え,
自分で画面に
触れて確認を
した。
枠だけの状
態を提示し,
児童の挙手を
促す。児童の
発言に合わせ
て該当箇所に
触れると,
「ゆ
うびん番号」
等の文字が出
てくるように
し,答え合わ
せをした。
図3 第一次「はがきをかこう」のプレゼンテーション教材
「表」
「裏」は聞き慣れた言葉であったようで,2回目の授業で全員が正しく答えた。児童の日常
生活の中であまりなじみのない「住所」「郵便番号」という言葉はなかなか定着しなかったが,葉書
を「書く」活動と併せて繰り返し学習すると,4回目の授業では,初めの一文字をヒントに出しただ
けでほとんどの児童が思い出して答えることができていた。また,ここでは,発表して正答だった児
童に電子黒板の画面をタッチさせ,自分で答えの確認ができるようにした。このようにすることで,
視覚的な分かりやすさに加え,「挙手して画面に触れたい」という思いが児童の中に芽生え,積極的
に発表することができた。
3
イ
生活単元学習「小学部や中学部の先生に販売しよう」
昨年度から小物の製作と販売に取り組んでいる。ここで児童に身に付けさせたい力は,一定時間自分
の目標個数を達成するために集中して活動することと,自分が困った時に適切な言葉で支援を求めるコ
ミュニケーション力である。また,将来のはたらく生活を見据え,児童が社会に出て作業所や各就職先
に勤めるようになったときに必要な,基礎基本となる力を早期から段階的に付けさせたいというねらい
もあった。
表2 「小学部や中学部の先生に販売しよう」の単元計画
単元名
学習内容
第
一 ・せいさくをしよう(6)
次
・くるみボタン,くるみ磁石,フェルトボール,デコ石けん,ちくちく
ヨーヨープレートの作り方のポイントを確認する。
・分かれて製作をする。
・出来た製品の失敗や難しかったことを友達に伝え合う。
・出来上がった製品をラッピングする。
第
二 ・はんばいをしよう(3)
次
・店員,客に分かれて友達と練習する。
・小学校と中学校の職員室前廊下で販売をする。
第
・売上金や売った個数を数える。
三 ・ふりかえりをしよう(1)
・これまでの活動を写真や動画で振り返り,頑張りを認め合う。
次
(ア) 製作のポイントを知るためのプレゼンテーション教材
この教材は,単元の第一次で数回製作を繰り返し,
ある程度全ての製品を自分で作ることができるよ
うになった段階で提示した(表2)。より完成度の
高い製品を具体的なイメージをもって作るために
写真を拡大提示しての指導が適切であると考えた。
また,それまで黒板を使って提示していた単元名
や今日の学習の流れもスライドで示すことで,児
童が電子黒板だけに注目できるようにした(図4,
図5)。
「はんばい」
,
「せいさく」の部分は,丸の数で文
図4
初めに提示したシート
字数を表し,該当箇所をタッチすると一文字ずつ
出てくるようにした。
「つくる」
「うる」という言
葉にはなじみがあるものの,「はんばい」
「せいさ
く」にはなじみがなかった。そのため,初めは双
方を逆に答える児童も多かったが,吹き出しで意
味付けをしたり,挙手して答えた後に自分で電子
黒板にタッチして答え合わせができるようにした
りすることで理解と意欲向上が促され,3回目の
授業では全員が確実に答えられるようになった(図
5)。
図5
4
確認後のシート
製作のポイントを確認する場面では,よい
図7
例と悪い例を示し,初めにどちらが花丸かを
じしゃくつけのポイント
挙手で選ばせた。その後具体的に△(悪い例)
のどこを直したらもっとよいかを発表させ,
全員で確認した。悪い例を示した囲み部分は
該当部分をタッチすると出てくるように設
定しておき,児童の回答に対応できるように
した(図6,図7)。また,位置を表す際に,
図6
でこせっけんのポイント
図7
じしゃくつけのポイント
児童が「(でこせっけんは)このへんがちゃん
となっていない」「(じしゃくつけは)もっと
ここに付けないといけない」等という表現に
止まっていたため,
「ポイント」として「は
しっこ」
「まんなか」という言葉を出し,具
体的な言葉の表現を促した(図6,図7)。繰
該
当
部
分
を
タ
ッ
チ
す
る
と
,
赤
枠
が
出
て
く
る
。
り返し同じスライドを見て学習する中で,導
入段階ではポイントの言葉が「はしっこ」
「ま
んなか」であることは理解し,児童からそれ
らの言葉が発せられるようになった。
自
分
の
顔自
写分
真の
本時の導入の最後には,製作をする上での
約束(チャレンジキーワード)と,本時で作る
もの,目標個数を顔写真と共に提示した(図
8)。自分の顔写真が提示されることで,児
顔
写
真
童は画面により注目でき,最後まで集中力を
持続させることができていた。また,この単
図8 本時の制作物と目標個数の提示
元では「単元名」
「本時の学習の流れ」
「チャ
レンジキーワード」
「目標個数」をホワイト
ボードに提示して児童が作業中等に自由に
図8
本時の製作物と目標個数の提示
確認できるようにした(写真1)。児童は,主
に作業後に振り返りを書く際にホワイトボ
自
分
の
名
前
ードを見て,自分の目標個数を確認し記述す
ることができていた。
<考察>
写真1 ホワイトボードでの提示
プレゼンテーションソフトを使用して
の提示は視覚的に強く訴えることができるだけでなく,一枚のスライドに提示できる情報量が少ないた
め,どこに注目して見ればよいかが明確になるという長所がある。そのため,集中の維持が苦手な児童
も,焦点を絞ることによって導入の約 10 分間を最後まで集中して参加することができた。しかし,逆
に考えれば,スライドが変われば前に提示した情報は見ることができなくなってしまう。このことから,
プレゼンテーションソフトを活用する際には,黒板やホワイトボードと併用して必要な情報を残すこと
で,子どもたちの自立的な活動を支援することが必要であることが分かった。
5
(2) 自立的な学習を促すための支援
ア
出入口
物理的環境の構造化を行う。
一斉学習時…
ホワイトボー
本時の導入と終末に一斉に学習する
個別学習時…
時と,個別に製作活動をする時の学習
の場は分けて設定した(図9)。これに
電
子
黒
板
より,場所によっても「どういった雰
囲気で」
「何をすべきなのか」が児童に
仕切り
はっきりと分かり,見通しをもって安
心して活動ができた。更に製作時には,
机
一人一人の場の間に仕切りがあること
机
机
机
で,互いの行動を気にすることなく,
集中して作業に取り組むことができた。
図9
また,電子黒板を使用して一斉に学
教室内の場の設定
習する際には,電子黒板やホワイトボ
ードの前に椅子を並べた。机も一緒に
置いていると,児童は,肘をついたり
椅子の上に足を乗せたりしてしまう。
学習時の集中時間には,姿勢も大きく
関係するため,この学習形態をとるこ
とで,集中力と正しい姿勢を維持する
ことができた(写真2)。
イ
手順書と視覚支援教具材作成し,活用する。
写真2
一斉学習の様子
(ア) 手順書
図 10 手順書
「小学部や中学部の先生に販売しよう」の単元で,製作の際にはめくり式の手順書を作成し,
活用した(図 10)
。ほとんどの児童は短い文章を理解できるので,写真の下には手順内容を短い文
で提示した。一枚のカードに一つの手順を示し,終わればカードをめくるようにすることで,手
順の区切りを意識させるようにした。子どもたちは,スモールステップの手順書をめくりながら
「よし!(できた)
」といった言葉を幾度か口にし,最終ページになるまで集中力と意欲を維持さ
せることができた。自力で作業を終えられた時の表情からは,子どもたちの大きな達成感を読み
取ることができた。
6
(イ) 一目で書く位置が分かる「お助けシート」
「はがきをかこう」の単元で,実際に書く活動では,書
く位置を示す「お助けシート」を使用した(写真3)。これ
は,葉書サイズのラミネートシートの上の一枚を文字の幅
に合わせて切り取ったものである。これに葉書を挟んで使
用する。このシートを使えば,書く位置だけでなく,学習
ノートのマスのように四角い穴の幅を見ることで文字の大
きさが自然と整う。さらに,シートが透明なので葉書の全
写真3
お助けシート
体を見ながら書くことができる。
白紙の葉書は,目印がほとんど無いため,中央がどこな
のかということや,文字の大きさの感覚などは児童には予
想しにくい。そのため,手本を見ながらでも,書く位置が
定まらなかったり,文字の大きさが整わなかったりする様
子が多く見られた。このシートを使用したことで,書字が
特に苦手な児童も,手本を書き写しながら,文字の大きさ
を整えて書くことができた(写真4)。
写真4
(ウ) ちくちくリボン製作キット
書字が苦手な児童が
書いたはがき
高学年の児童は,家庭科の授業で縫製の学習をしており,
厚い布で,針を刺す場所に印があれば,なみ縫いができて
いた。しかし,薄い2枚の布を縫い合わせる場合,布がず
れたりよれたりするので印があってもうまく縫えなかった。
そこで,布を固定し,なみ縫いをするための「ちくちく
リボン製作キット」を開発した。この教具は,二枚のプレ
ートに,互い違いになるように穴を開けているため,布を
写真5
針を刺すための穴
写真6
製作キットの活用
挟んで固定し,プレートの上から穴に沿ってなみ縫いをす
ると,布だけをきれいに縫うことができる(写真5,写真6)。
この教具は,布が固定されるので縫いやすく,繰り返し使
えるだけではなく,プレートに開けた穴が針を刺す場所を
示しているため,布にペンシル等で印を付ける手間を省く
こともできた。
この教具を使う前は,ペンで書いた印に沿って縫い,途
中であきらめてしまっていた児童も,教具を使うことで最
後まで縫うことができた(写真7)。それで,
「できた」と達
成感を感じていた。また,初めは完成までに 25 分かかって
いた作業が,約2か月後には 10 分でできるようになり,
「僕
リボンは得意だから」という発言も出てきた。このことか
ら,「できた」という達成感が「またしたい」という意欲,
さらにスキルの向上につながっていることを実感した。
写真7
7
完成した製品
<考察>
教室環境の物理的構造化や,視覚支援教材の活用により,学習への集中や意欲を阻害する要因と
なる,友達の行動が見える状況,製作活動中の失敗体験が大きく軽減された。これにより児童の学
習意欲が向上し,製作活動の約 15 分間は,全員が私語を全くすることなく,自分のすべき活動に
集中して取り組む学習態度を身に付けることができた。
(3) リマインダー(言葉を思い出すためのカード)の活用
製作の単元では,手順の最後に「先生,チェックして
ください」という言葉カードを付け,具体的かつ丁寧な
言葉で報告するようにした(写真8)。他にも,児童の実
態に合わせた形でリマインダーを提示した。文を読むこ
とに消極的な児童Aには,初めの3文字程度を大きく示
し,イラストをつけたカードを提示し,困った時にヒン
写真8
手順書のリマインダー
トとして注目しやすいようにした(写真9)。
リマインダーがあることで,製品が出来上がったとき
や上手くいかないときに「先生,これ…」
,
「んー,わか
んないなあ」等といった言葉ではなく,「先生,チェッ
クしてください」
「教えてください」
「手伝ってください」
と具体的に思いを伝えることができるようになってき
た。
写真9
<考察>
児童Aのリマインダー
リマインダーを使用する以前は,製作中,困った時にはその状況だけでイライラしてしまい,
どのように伝えれば解決できるかということを思慮する余裕がなかった。しかし,リマインダー
を活用した結果,スムーズに解決できたという成功体験と,常に見える位置に言葉が提示してあ
ることによって,困った状況でも「伝えよう」という気持ちになっていた。このようにして獲得
した具体的に思いを伝える言葉や,困った時にリマインダーを見て思いを伝えようとする習慣は,
他の学習の際にも生かされている。以前は,ドリル等の問題でつまずいたときに機嫌を損ねて泣
いたり,集中が切れたりすることが多かったが,「分からないので教えてください」と伝えるス
キルを身に付けたことで落ち着いて学習できることが増えた。
6
研究の成果
本研究では,児童一人一人の教育的ニーズを把握し,生活単元学習におけるプレゼンテーションソフ
トの活用,視覚支援教材の開発とその実践を通して,自立的な活動を支える筋道を考察してきた。
対象児童は,知的な遅れと合わせて,学習や作業に対する意欲や集中力の面において困り感をもって
いる。支援の方向性としては,学習への動機付けと理解力の不足を補うための視覚的に整理された環境,
教材作りと,継続した活動を維持し内省的思考を促すための行動指標の整理が必要であった。
(1) 単元や学習課題への見通しにつながる視覚支援
子どもたちが,生活単元学習に取り組む上で,単元全体への見通しをもたせることは,活動への大
きな動機付けとなる。抽象的な言葉掛けによる指導では理解をあきらめてしまいがちな子どもたちも,
電子黒板による単元計画の視覚化は効果的であった。
「今日は~をしました」
「がんばりましたね」
「次
8
は~をします」といった発語と合わせて画面をタッチさせる試みは,子どもたちの行動目標とつなが
り,児童は,関心をもって取り組むことができた。
また,電子黒板によるタッチ操作には,子どもの意思を反映させる効果が見られ,自分の思いを言
葉にするときの大きな支えとなることが判明した。反面,スライドが進むと映像が消えてしまうとい
う難点があり,黒板やホワイトボード等に明確に掲示すべき内容をあらかじめ想定した学習の場の設
定が不可欠であることを感じた。
(2) 継続した活動を維持するための視覚支援
子どもたちの将来のはたらく・くらす生活において,作業を集中して行うことができること,他者
との必要最低限のコミュニケーションを確実に行えることは極めて大切なことである。
本研究では,一定時間一人で活動が行えるように,一人一人の実態に応じた製作内容を工夫し,作
業手順を提示した。作業の進捗状況をスモールステップで映像化し,
「めくり式」の手順書にするこ
とで,小さな達成感を数多く味わえるようにした。また,子どもたちのつまずきを予測し,作業の中
で支援を求めるための言葉をリマインダーとして提示し,自発的に「わからないので教えてください」
等の発語を促すようにした。
その結果,他の教科指導等においても,同様につまずきを感じた際に,習得した言葉を自主的に活
用できる場面が増えた。子どもたちの自立を支えるという意味において,大きな進歩を感じられる場
面であった。
7
今後の課題
(1) 単元や単位時間の内容によって,プレゼンテーションソフトを使用するのか,カード等を黒板に提
示して示した方が効果的なのか検討し,児童の理解につながる提示方法を常に工夫しなければならな
い。
(2) 将来的には,文字を主とする手順書に従って自立的に作業する姿を目指す。そのために,現在「め
くり式」で示している手順書等の細かい視覚的指示を,児童の分かり具合に合わせて複数の手順を一
緒に提示したり,写真を小さくしたりして,スモールステップで将来の自立に向けた形に近付けてい
きたい。
(3) 生活単元学習で提示する,獲得させたい語彙やコミュニケーションスキルは,必ず単元の中で体験
を伴うものとすることを心掛けている。今後も,単元の節目には,
「行動」に見合う本物との出会い
や体験等を組み入れていきたい。
《参考文献》
・ 文部科学省
・
『特別支援学校学習指導要領解説』総則等編 2009 教育出版
ノースカロライナ大学医学部精 『見える形でわかりやすく』 2008 年
エンパワメント研究所
神科TEACCH部編
・ 水野 敦之
『
「気づき」と「できる」から始めるフレームワークを活用した
自閉症支援』 2011 年 エンパワメント研究所
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