「作文教育実践リスト」と「作文能力表」の作成ホ 増田 信一州・小山 正子‡舳 (国語科教育研究室・奈良教育大学大学院) 要旨:作文教育は、明治・大正・昭和期を経て平成期に至るまで様々な実 践がなされてきた。しかし、作文教育はいまだに様々な課題を抱えてい私 そこで、本論文では今日作文教育が抱えている課題を明らかにし、それを 改善するための具体的な糸口を見出すことにした。そこで、作文教育の実 態を捉えるのに便利な教育雑誌の実践を洗い出し、「雑誌の作文教育実践 リスト」を作成・分析した結果、作文能力表を作成するに至った。 キーワード:雑誌の作文教育実践リスト、基本的なキーワード、作文能力 表 1.「雑誌の作文教育実践リスト」の作成 明治期から平成期にかけての作文教育実践史は、滑川道夫「日本作文綴方教育史1−3明治・ 大正・昭和編I』(1)や野地潤家の『作文・綴り方教育史資料上・下』く2)、大内善一の「戦後作 文教育史研究』(3)と『戦後作文・生活綴り方教育論争』(4)がある。 滑川氏のものは、明治期から昭和初期にかけての1754ぺ一ジという大著であるが、氏の死去 によって「昭和編皿」は出版されず、昭和10年代で終わっている。また、野地氏のものは、作 文資料をまとめたもので論文にはなっていない。そして、大内氏のものは、戦後の昭和35年 までの作文教育だけにとどまっているので、その全貌を伺うには十分ではなかった。 ところで、これまでの作文教育研究は実践面にとどまり、作文教育の在り方や指導法につい ての理論面の構築は遅れている。今日、作文教育が抱えている課題を少しでも改善するために は、個々の作文教育実践をよりどころとして、今後の作文教育の方向を見出すための検討が必 要である。 また、単行本を研究材料とした作文教育実践の分析はいくつかあったが、国語教育関係の雑 誌に現れた作文教育の体系的な分析はほとんどなされてこなかった。単行本と比較して、雑誌 には実践面の研究報告が多く、作文教育の実態を捉えるのに便利である。 そこで、作文教育関係雑誌の実践報告・論文から、「雑誌の作文教育実践リスト」を作成し、 ‡Making oピ‘the Compositio皿C1ass List”and“the Ability List of Composition” *‡ ホホ‡ rhin−iti MASUDA(D幼〃物mfψ∫αμm8e〃〃。αf{m.Wmασm伽舳物ψ肋肌αfづ㎝) lasako KOYAMA(Gm伽〃e8物de〃,Mα5切s D賂me Pmgmmヴ∫ψme8e〃〃。洲。仇,Nmα 舳m・吻げ〃m舳m) 一1一 それを分析することにした。これによって、作文教育の課題が、よりはっきりすると思われる。 なお、作文教育を全体的な視野でとらえるために、用いた作文教育関係雑誌は、これまでの 作文教育の2つの大きな流れを代表する二種類を採る。教科作文の立場をとる月刊雑誌「教育 科学国語教育」(5)と、生活綴り方の立場をとる月刊雑誌「作文と教育」(6)である。ただし、日 本作文の会の「作文と教育」は作文中心の雑誌であり、特に人問教育・生活環境の見直し・他 教科(道徳等)との関連などに力を入れている。それに対して、「教育科学国語教育」は国語 科全般の雑誌である。それを調整するため、「作文と教育」の実践報告・論文は、国語科教育 の枠に絞って取り上げることにした。 取り上げた実践報告・論文は、「教育科学国語教育」が722件、「作文と教育」が776件である。 これをキーワードごとに並び替えたものが「雑誌の作文教育実践リスト」である。なお、「雑 誌の作文教育実践リスト」は、次の条件のもとで作成した。 (1〕昭和33年4月∼平成8年12月までに発行された「教育科学国語教育」と「作文と教育」 から取り上げた。(「教育科学国語教育」が昭和33年創刊のため。) (2)幼稚園と高等学校の実践報告は極めて少ないため、小・中学校の作文指導の実践報告を 調査対象にした。 (3)取り上げた実践報告の条件としては、各雑誌の巻頭論文とそれに続く実践報告を優先し、 内容を見て、連載物や数へ一ジの短いものでも、作文教育を研究する上でキーワードとし て取り出せるものは採用した。省いた実践報告の条件としては、数へ一ジの軽いもの、ま たは巻頭論文の中でも、「わたしはこうやった」という実践の紹介だけのものも省いた。 (4〕キーワードの選び方は、一つ一つの雑誌の実践報告・論文を読んでいく途中で、中心的 な件名を絞り、その件名を並べていく中で、数の多いものからグループ化していった。そ の際、作文教育の基本的なキーワードとなる用語を集めた文献も参考にじれ参考にした 文献は『生活綴方事典』(7)『新国語科指導法事典』(8)『国語教育研究大辞典』⑲)『作文技術 指導大辞典』(lO)である。 (5〕キーワードは「主」と「副」に分け、題名及び内容から判断し、指導の中心となるもの を「主」として、従となるものを「副」とした。(キーワード抽出当初は、「主」のみを取 り出していた。しかし、実践報告の中で、実践の中心が1つだけではなく、複数に及んで いる場合があり、どうしてもキーワードを一つに絞れない場合が出てきたので、「副」のキー ワードを設定した。ただし、指導の中心となるものが、一つに絞られている場合には、キー ワードの「副」がないこともある。) (6)項目の立て方は以下の通りである。 題 名 執筆者名 キーワード主キーワード副雑 巻号 発行年 ぺ一ジ 校種学年・地域 1作文教育をとおして子どもを変えるために 2歪められた子にこそ書かせたい 古藤洋太郎 佐藤 淑子 個性 記述前② S 20・7 69・7 24−30 S 370 81・3 30−37 中 福島 個性 一2一 東京 ・Kは「教育科学国語教育」(明治図書)、Sは「作文と教育」(百合出版)をさす。 ・巻号で「20・7」とは「20巻7号」のことで、雑誌の刊行途中で通し番号に変更になったた め、同じ雑誌でも「370」のように、リスト上の書き方が異なったものもある。 ・校種、学年、地域の中で空欄があるのは、雑誌自体に記述がなかったためである。 2.作文教育の基本的なキーワード このような作業を通して、次の表1の結果を得た。なお、表2では20個のキーワードを中心 に上位・下位分類をした。上位分類では、できるだけ性質が近いキーワード同士を集めて、7 つにまとめた。 (1)態度は、児童・生徒がもともと持っているまたは作文を書く上で培われる情意面の「個 性・感性」と「作文心理」を、実際には態度といいきれないが、学習者の実態を表すもの として一つにくくった。 (2)能力は、従来言われてきた「書く力」「言語事項力」という作文能力に加えて、作文教 育ではあまり重視されてこなかった「思考力」、平成期に入って言われるようになった「自 己学習力」を、作文を書く上で養うべき能力として一つにくくった。 (3)環境は、書く活動を取りまく「学習環境」のことであるが、「教材」も作文を書く上で 一つの環境条件とみなした。なお、「教材」の下位分類②視聴覚資料には、最近よく利用 されるようになってきたCD−ROM等のコンピューター関係の資料も含めた。 (4)学習計画は、各学年の系統計画や年間学習計画を指す「学習計画」と、他教科の関わり に関する計画「関連学習」を、作文を指導する上で同じ計画の一つとしてくくった。 (5〕学習過程は、一般に「取材・主題・構成・記述・推敲」と言われているが、実際には様々 な学習過程があるので、「記述前」「記述中」「記述後」の下位分類として位置づけた。 /6)評価には、診断的評価・形成的評価・総括的評価などがあるが、これらは主として教師 が一般的に評価の時期を決定するので、「教師の評価」の下位分類とした。 (7〕学習の形態では、教科作文の立場をとる「条件作文」と、生活綴り方の流れを汲む「生 活綴り方」、および国語科の授業で用いる「ノート」を同じ書く活動に関するものとみな して、一つにくくった。また、「ノート」は、読解の学習に関係するものが多い①学習ノー トと、自ら学んだり作文学習をしたりする活動に比重を占めている②作文ノートを、下位 分類とした。 なお、7つの上位分類に対し、下位分類は86個である。 3.「作文教育実践リスト」の結果と分析 次に、「作文教育実践リスト」の傾向を概観するため、各キーワードの数を表2に表した。 一3一 表1 作文教育の基本的なキーワード キーワード 上位分類 /1) 態 度 性 個 感 ● (2) 能 力 性 類 分 ①人間形成(豊かな人間性)、②道徳観、③一人一人、④ 生きる力、⑤主体性 I 1 ‘ ’ 1 1 一 一 一 一 ’ 一 一 I 一 思 一 一 . . 1 一 ’ ’ ’ 1 一 一 一 ’ . 一 一 一 一 ■ ■ ’ ①意欲、②態度、③感動・美意識、④意識(問題意識・生 理 活意識・表現意識等)、⑤作文嫌い 心 文 作 位 下 考 力 く 力 ①想、②連想、③想像力、④論理的思考、⑤科学的思考、 ⑥批判的思考 一 ■ 一 ■ I 一 ‘ ’ ’ 一 一 一 書 1 一 一 ’ 1 一 一 一 ①中心・要点、②段落相互の関係、③順序、④心情・情景、 ⑤感想・意見、⑥客観性・論理性、⑦目的 一 ■ 一 一 ’ 1 ’ 一 1 1 1 一 一 一 一 一 ’ . 1 . ’ 1 1 ■ 一 一 ①作文用紙の使い方、②漢字の使用、③句読点の使用、④ 一一 Rロ 事項 語 力 常体・敬体、⑤送り仮名、⑥語句、⑦比喩表現、⑧主述の 対応、⑨指示語・接続語の使用、⑩その他 1 1 1 1 一 ・ 一 I . 自 (3〕 環 境 学 一 . ■ ’ 1 1 一 一 . I . . 1 ’ ’ 1 一 己 学 習 環 習 境 教 (4〕 学習計画 学 力 材 計 習 画 ①学び方、②情報処理能力 ①学級経営、②教師との関わり、③児童同士の関わり、④ 資料センター ①体験資料・見聞資料、②視聴覚資料、③図書資料・図書 以外の資料 ①系統的学習指導、②年間学習計画、③入門期の学習計画、 ④単元学習、⑤学習形態 . 関 (5〕 学習過程 連 学 ’ ’ ’ 一 一 一 I 一 ・ 一 一 一 一 一 一 ■ 一 1 ’ 一 1 一 一 一 一 1 一 ■ . 習 ①読み書き、②書く話す、③聞く書く、④書くと文法、⑤ 他教科と作文 記 述 前 ①記述前の鑑賞、②取材・題材 記 述 中 ①主題、②構成、③記述、④自己推敲・共同推敲、⑤清書 記 述 後 ①自己批正・共同批正、②文集、③発表会、④作文コンター 一 I 1 ■ ■ 1 I 一 I 一 . ’ 1 一 一 ■ 1 ■ I l ’ ’ ’ 一 一 1 一 一 一 I ル (6) 評 価 自己評価・相互評価 ①チェックリスト、②その他 教 ①評語、②診断的評価、③形成的評価二④総括的評価’ 1 師 ■ . ’ ’ 1 1 一 ■ 一 一 I (7) 学習の形態 の 評 価 ■ ’ . ’ 一 一 一 一 一 一 一 I 一 ‘ ’ 1 一 一 ■ 一 一 I 評 価 の 観 点 生 活 綴 り 方 ノ 俳 作 一 文 ト 一 ■ ‘ 一 ’ ’ 一 1 1 1 一 − 一 一 一 1 一 ’ 1 1 ■ ■ ■ ■ ■ 一 ’ 1 一 1 一 一 一 ■ 一 一 ■ ■ ■ 1 一 一 ’ ’ 1 一 一 1 ①技能面、②内容面、③形式面 ①家庭環境、②社会環境、③自然環境 ■ ■ 一 一 ’ ’ 1 一 一 ■ 条 一 ■ ■ ‘ 1 1 − 1 一 一 一 ■ 一 ’ 一 一 一 ①口頭作文、②視写・聴写、③短作文、④練習作文、⑤課 題作文、⑥再生的作文、⑦短作文、⑧スキル、⑨その他 ①学習ノート、②作文ノート 一4一 表2 キーワードの集計 上位分類 (1〕態 キーワード 個 性 作 文 心理 度 一 一 1 1 ■ ’ ’ 一 一 ‘ ’ 一 ■ (2)能 1 一 一 一 一 一 一 一 一 ’ 一 1 − 1 ■ 一 一 1 (3〕環 思 書 一 考 く 力 力 言語事項力 自己学習力 一 一 一 一 一 一 I ■ I 一 一 一 一 一 1 一 ’ ’ ’ 一 一 ・ l I ■ I 一 一 一 学 習 環境 教 材 境 1 ■ ’ ■ 一 一 I ■ 一 一 一 一 1 ■ 一 ‘ . . 一 ■ ■ 一 一 1 1 1 一 ’ ’ ’ 一 一 I I ■ 一 一 一 一 一 ■ ■ 一 1 ’ ’ . 一 . 学 習 計画 (4)学習計画 関 連 学 習 ・ ■ 1 一 ■ 一 一 一 ’ ’ ’ 1 一 一 I I I 一 一 一 (5)学習過程 ■ 1 ’ ’ 一 一 一 1 1 ■ 一 ■ 一 一 1 − 1 ■ 一 ’ ’ . . 一 I − I ■ 一 記 述 前 記 述 中 記 述 後 学習過程全般 1 ’ ’ . . ■ 一 I ■ ■ 一 一 一 一 一 1 1 1 . ■ (6〕評 価 一 . 一 ■ ・ 一 一 一 一 一 一 一 一 ’ 一 一 一 一 ■ (7)学習の形態 キーワード(副) 75 33 92 48 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 ’ ’ ’ ’ ’ 一 1 I − I ■ 一 ■ 一 一 力 一 キーワード(主) ■ 一 一 一 一 一 1 1 ■ ’ ’ 一 一 ■ l I I 一 . . 一 一 一 一 1 1 一 一 ■ 一 一 ’ ’ . 108 36 17 53 8ユ 260 33 12 45 3 2 ‘ ‘ ’ 一 一 一 . l I I ・ ■ ■ 一 ■ 一 ■ 一 一 一 一 22 87 27 100 142 70 132 55 一 一 1 ‘ ’ ’ 一 一 一 I 一 一 一 一 一 一 一 1 ’ 一 . . 一 . ■ I 一 一 ■ 一 1 1 ’ ■ ’ ‘ . 一 . . . 一 一 一 . I 一 一 167 149 98 51 42 10 52 36 10 46 2 9 教師の評価 評価の観点 生活綴り方 68 20 88 16 5 条 件 作文 ノ 一 ト 総合計 . 一 一 一 一 1 I 一 一 一 ■ 一 一 一 ’ ’ 一 1 − 1 l . . 一 一 1 一 ■ 一 一 1 一 ■ . . 187 ■ ■ 1 ’ ‘ . . . 1 ■ I 一 一 1 一 一 1 ’ . ■ 399 一 ■ 一 ’ . ■ 1 ■ 一 一 ■ 一 一 一 一 一 1 ’ 一 一 ■ 1 ■ 414 一 ’ ’ ’ . 一 ・ 一 ・ 一 一 一 一 一 一 一 ’ 一 一 1 7 一 1 ■ 一 一 ’ ’ . . 一 I 一 一 一 一 一 1 ’ ’ 187 一 自己評価・相互評価 一 I ■ ■ 1 − 1 一 ’ ’ . . 一 1 I 1 一 一 一 1 − 1 1 ’ 1 . 一 . . . 1 212 62 一 一 ■ 一 1 1 ’ ’ ’ 一 1 ■ 1 一 一 一 ■ 一 1 363 ■ ’ ’ ’ 一 一 1 1 ■ 一 一 ’ 一 . . 一 ・I 一 一 105 一 一 1 ’’ 一 1 ■ ■ 一 一 5 73 一 一 一 1 ’ ■ ’ . . 一 一 . ・ 一 ■ ■ ・ ■ I 一 一 一 ’.一.■ 一II一一’.・一’一I一一一 65 ■ ■ 一 ■ ■ 一 1 − 1 ’ ■ ・ 一 ’ . 一 1 1 I ■ 248 140 11■一’一1I−1.1一■.1■I・一 ユ79 1 ■ 一 1 ■ ’ ’ 一 一 一 1 一 ■ . 一 一 一 一 ’ 一 合 計 主十副の計 118 21 ■ ■ 一 一 一 ’ 一 ‘ ■ 一 一 1 I I I 一 一 1 一 ・ 一 一 一 一 I I I ■ I 一 ■ 1 一 ’ ’ . l l 138 29 167 89 31 120 69 41 110 397 1,498 628 2,126 2,126 表2を見ると、どのキーワードがこれまで多く実践されてきたか、されてこなかったかが、 はっきりする。もちろん、多いものは作文教育においてその実践が必要だったのであり、実践 報告の少ないものはあまり重要ではなかったのかもしれない。しかし、実際にはその逆もあり える可能性がある。そこで、次に実践報告の数によって分類した。分類は「ア.実践報告の多 かったもの」「イ.実践報告の少なかったもの」「ウ、その他」とし、それぞれについて考察を 加えた。 ア,実践報告の多かったもの…「書く力」「学習計画」「関連学習」「記述前」「記述中」 一番多いのは「書く力」である。「書く力」の実践報告・論文が多いということは、教科 作文でいう作文能力が重視されていることを意味する。生活綴り方的な発想の作文において も、「書く力」を意識した指導が増えてきている。 一5一 次に多いのが、「学習計画」「関連学習」である。「学習計画」に関するものが多いのは当 然のこととして、「関連学習」がこれほど多いのは、昭和50年代に読解と作文との関連学 習が強調されたためである。各教科の統合(例えば生活科・総合学習)が進む現在、他教科 との関連は今後ますます重要になってくるだろう。 そして、学習過程の一部である「記述前」「記述中」も多い。「記述前」がこれほど多いの は作文を書かせる前の導入段階の指導が多いことを物語っている。 イ 実践報告の少なかったもの…「自己学習力」「自己評価・相互評価」「評価の観点」「言語 事項力」「記述後」 この中で、「言語事項力」に実践報告が少ないのは、本来、作文教育において文章表現力 の基礎となるべき「言語事項力」を、着実に身につけさせようとする教師の意識が希薄なた めである。「言語事項力」についての考え方は、学習指導要領が変わるごとに揺れ続けてきた。 そのために、作文教育において言語事項がどのように扱われるべきか、ということについて の共通理解が不足している点で考える必要がある。 ここで、実践報告が少ないのにもかかわらず重要なものは、「自己学習力」「自己評価・相 互評価」の指導である。「自己学習力」とは、作文という自己学習的な色彩の強い領域にお いては、特に重要な能力であり、情報処理力等を含めて、今後つけなければならない力の一 つである。 また、従来児童・生徒の作文は教師が評価することが多かったが、「自己学習力」を育て るのには「自己評価・相互評価」をもっと組み入れる必要がある。今回の集計では「自己評 価・相互評価」「評価の観点」の両方とも少なく、作文教育でもこの面の指導の欠落が明ら かになった。「評価の観点」が明示されていないということは、目標なしに文章を書かせる のと同じことになってしまう。「評価の観点」を明示することによって、児童・生徒の目的 意識を刺激し、それを自己評価力に結びつけていくことも大切である。 そして、学習過程の「記述後」も、「記述前」「記述申」の実践報告が多いにもかかわらず 少なかった。児童・生徒の作文力の向上を願うからには、「記述後」の指導にも重点を置く べきであるということを考えなければならない。 ウ その他…「個性」「作文心理」「教材」 表2には表れていないが、同じ上位分類(1〕の態度に入っている「個性」は、豊かな人間性 や道徳観を養うことを視野に入れて指導をする生活綴り方の流れを汲む「作文と教育」で多 く実践されている。それに対し、「作文心理」は、作文嫌いの児童・生徒の心情等の分析を、 「教育科学国語教育」で多く実践されている。 いずれにせよ作文教育を広い視野で見たとき、それが人間形成と深く関り、そして、児童・ 生徒の心理に影響していることは明らかである。言語技術をつけさせたり、実用的な作文を 書かせることも必要だが、このような視野をどこかで持つことも大切であ乱 表現指導の「教材」は、理解指導に比べて、これまであまり考えられてこなかった分野で ある。しかし、表2のキーワードの数が100もあるのは、そのほとんどが教科書と作文との 一6一 関係を論じたもので占められているためであり、実際に作文を書くための資料として取り上 げているものはほんのわずかであった。 作文教育では、教科書を中心に指導するのではなく、教科書以外の資料に児童・生徒が多 く接することができるように、配慮する必要がある。そうすることによって、児童・生徒は 様々な資料・情報を、自分の力で選択・整理・処理していき、そして、情報処理能力を身に つけていくのである。なお、前述したように「教材」の下位分類の②視聴覚資料には、コン ピューターが含まれる。各学校にコンピューターが導入され始めたことも考えて、CD−ROM 等と作文教育との関わりを考えていく必要もある。また、E−maH等も新しい作文教育の一 形態として考慮しなければならないだろう。 4.リストの分析から作文能力表の作成へ 「雑誌の作文教育実践リスト」の分析の結果から出てきた作文教育の課題をまとめると、次 のようになる。 ①広い視点で作文教育を見た場合、作文と児童・生徒の人間形成や道徳観の育成等がいわれ ているが、国語科の作文の授業内で、どこまでそれらに関わるのが妥当か。 ②児童・生徒の作文心理の問題で、特に作文の苦手意識などを解消するためにはどうしたら よいか。 ③中心や要点を決めたり、段落相互の関係を考えたりする「書く力」の実践報告は多かった が、発達段階における系統性についてはあまり論じられていなかった。各学年において、重 点的に指導すべき具体的な「書く力」の内容とはどのようなものか。 ④句読点の使用や常体・敬体を使い分けるといった「言語事項力」は、文章表現力の基礎と なるべきものである。しかし、実践報告は少なく、しかも発達段階における系統性について もあまり論じられていなかった。各学年において、重点的に指導すべき具体的な「言語事項 力」の内容とはどのようなものか。 ⑤作文教育において、白ら学習に問題意識を持ち、そして一人調べや一人読みなどの主体的 な学習ができる能力、つまり「自己学習力」をつけるためにはどんな手立てが有効か。 ⑥総合学習が注目されるようになった現在、作文教育と他教科はどこまで関連を持つことが できるか。 ⑦児童・生徒の「自己学習力」が身につく、図書資料等の「教材」の取り扱いとその活用指 導にはどういったものが有効か。 ⑧作文を書き上げた後、生徒の書く意欲を持続させ、次の作文の時間につなげるためにも、 その作文をどう扱えばよいか。 ⑨従来、作文教育では「教師の評価」が多かったが、児童・生徒が主体的に学習するために も、「自己評価・相互評価」をどのように、作文の時間に取り入れていけばよいか。 ⑩児童・生徒が「書く力」や自己評価力を養うのに有効な「評価の観点」の具体的な内容と はどのようなものか。 一7一 ⑪最近広く使用されるようになったワープロやコンピューターは、作文の一形態として成立 する可能性がどこまであるか。 以上、作文教育の抱える課題を挙げたが、ここでは一つ一つの課題に対する答えを述べるよ りも、むしろこれらに共通する課題をさらにまとめ、そして検討したほうが、効率よく解決の 糸口につながると思われる。 そこで、共通の課題を挙げると、次の2点に絞られた。なお、今回①⑥の課題は、作文教育 の範囲として絞りにくいので、省くことにした。また、⑦⑧⑨は大事な課題だが、それぞれが 独立した課題で共通性が少なく、現在まであまり研究が進んでいないので、これも今回は省く ことにした。いずれ、考えていきたい。 ア 「書く力」と「言語事項力」の具体的な内容を各学年ごとに整理し直し、それを評価の観 点につなげる必要がある。(③、④、⑩) 従来、多く実践されてきた「書く力」はともかくとして、文章表現力の基礎である「言語 事項力」の実践報告が少ないのは残念なことである。現在の学習指導要領が2領域1事項の 立場をとっていることをきちんと理解し、「言語事項力」の大切さを教師自身が再認識し直 す必要がある。そのためにも、「書く力」「言語事項力」の学年系統に即した具体的な内容を 整理し直さなければならない。そして、それを評価の観点につなげていく必要がある。 イ 児童・生徒の書く意欲や「自己学習力」につながるよう、「自己評価・相互評価」をもつ と組み入れる必要がある。(②、⑤) 作文における自己学習力を育成するには、児童・生徒の目的意識を明確にさせ、それぞれ の学習目標に向かって積極的に取り組もうとする姿勢を強固なものにしていかなければなら ない。そうすることによって、自己評価や相互評価の大切さが実感できるようになり、自分 で書いたものを自分で評価し、さらによいものを目指そうとする態度も出てくるのである。 このアとイの二つの課題を解決するために、有効な一つの方法として、作文能力表の作成が 挙げられる。アの課題に対しては、各学年で育てる「書く力」「言語事項力」の重点指導の目 安として、能力表の作成は効果があるはずであるし、能力表を評価の観点として明示すること も可能である。②の課題に関しては、能力表を評価の観点として児童・生徒に示すことで、 「自己評価・相互評価」が行いやすくなり、また書く目標を持たせ、学習意欲や「自己学習力」 を培う点でも役に立つはずであ乱 ところで、作文能力表の作成上、まず最初に作文能力の全体構造をしっかり見据え、各学年 の発達段階に応じて、作文能力を無理なく配当することが必要になってくる。 そこで、これまでの6回の『昭和22一平成元年度版小・中・高等学校学習指導要領』(11)と『平 成8年度用 各社の国語教科書』(12)、そして、作文能力についての研究成果『作文教育の大 系』く13)『小学生の言語能力の発達』(14)『国語学力診断指導法体系2∼10 小学1年一中学3年 一8一 表3 作文能力表試案 学 能 態 度 年 力 文章を書くことに興味を持ち、進んで書く。 観察や判断に基づき、感性や想像力を生かして書く。 文章を書いて、自分の考えを深め、生活や学習に役立て私 論理的な思考をする。 必要に応じて継続して書く。 情報に対する判断・選択をして、情報を処理する。 学習過程 ・記述前 7 身近な生活から話題や題材を求め、考えをまとめ札 8 作品を鑑賞し、文章の書き表し方を参考にする。 9 広く話題や題材を求め、考えを豊かにす糺 ・記述中 (表現力) 10順序正しい筋の通った文を書く。 11文章の組み立てを考え、段落のはっきりした文章を書く。 12行動・心情など具体的に書く。 13主題や要旨が明確に表されるよう、中心点をおさえて書く。 14 必要な言葉を補足・省略し、主題をはっきりさせて書く。 (言語事項力〕 15根拠を明らかにし、感想・意見などを区別して書く。 16原稿用紙及ぴ文字以外の諸記号の使い方がわかる。 17主語と述語の関係、修飾と被修飾との関係を正確に書く。 18語と語、文と文との続き方を考えて文章を書く。 19文末に注意し、敬体と常体の使い分けをすん 20 適切な語句を選んで、文章を書く。 21比瞼や会話文等を必要に応じて用いる。 22効果的に推敲する。 ・記述後 23 お互いの作文を読み合って楽しむ。 24 自分の作文や人の作文について、評価をする。 25 自分の作品を整理し、文集を作る。 学習の形態 簡単な口頭作文や絵話を書く。 視写・聴写をする。 スキルブック等を効果的に使う。 読んだ本などの感想文を書く。 身近な生活の報告や記録を主とした文章を書く。 ノートの書き方を工夫する。 児童詩や物語、脚本を割る。 目的に応じて手紙や実用的な書類を書く。 いろいろな行事について広告・P Rの文章を書く。 辞書、参考資料、新聞などを利用して、報告文を書く。 電子文書(E−mailなど)を作成する。 身近な人への対談・インタビューの聞き書きを書く。 学校新聞を編集する。 多角的に取材して、まとまりのある説明文や解説文を書く。 自分の意見を明確にし、論理的に意見交・論説文を書く。 一g一 ↑≡3≡、≡、≡、1T12ミ31高 の国語学力』(15〕『図説小学校国語科授業の事典』(16)『国語資料図解表現事項事典』(17)『新作文 指導事典』(18)『国語教育基本論文集成30 国語科教育評価論 調査・測定・学力テスト・評 価』(19)を集約し、さらに現代の新しい観点を加えて、独自の能力表を作成する必要が生じた。 表3「作文能力表試案」がその結果である。なお、作文能力表試案には表2の「作文教育の基 本的なキーワード」を必要に応じて入れた。 5.ま と め 作文能力表試案の作成にあたって、昭和22年版から平成元年版までの学習指導要領の作文能 力を洗い出したところ、100を越えたので、同じ内容は極力まとめるようにした。そして、こ れまでの教師主体の作文学習ではなく、情報に対する判断・選択を自ら行い、学習していく力 を付けて行くべきだと考えて、作文の新しい能力として、情報処理力を6番に加えた。またそ の他、輿水実に端を発するスキルブックの利用は、作文力の基礎を身につける方法として有効 だと考え28番に新たに加えた。そして、電話やコンピューターを用いた通信による情報の交換 も広がりつつあるのを考えて、電子文書の作成も新しく36番に加えた。 ところで、表3は教師側から能力をみたときのものである。自己評価・相互評価の観点とし て、この能力表を用いる際には、この表を必要に応じて児童・生徒の側に立った表現にするこ とも考えなければならない。例えば「ユ.文章を書くことに興味を持ち、進んで書く。」を「1. 文章を書くことに興味を持ち、進んで書くことができた。」というようにである。また、「自己 評価・相互評価」を記述前・記述中・記述後のどの時期に行うかで、表3の能力を評価の観点 として取り出す視点も変わってくる。さらに、表3は学年配当まで細部にわたっているが、児 童・生徒に示す場合には、前後の学年を含めてもう少しゆるやかなものであってもよい。 これからの課題としては、この能力表をそれぞれの作文学習や年間計画にどのように位置付 けていくかを考えていく必要がある。いずれにせよ、この「作文教育実践リスト」から出てき たその他の課題を始め、作文教育にはまだ問題点は残っている。しかし、この試案として作成 した作文能力表は、それらの課題に対しての改善への一つのアプローチになっているはずであ る。 ただし、この試案は、あくまでも理論的に考えて作成したものである。教育現場の教育実践 を通しながら時間をかけて修正していかなければならない性質のものである。 参考文献 (1〕滑川道夫 1977 『日本作文綴方教育史1−3 明治・大正・昭和編I』国土社 (2)野地潤家 1971 『作文・綴り方教育史資料 上・下』桜楓杜 (3)大内善一 1974 『戦後作文教育史研究』教育出版センター (4〕大内善一 1991 『戦後作文・生活綴り方教育史論争』明治図書 (5)1958∼1996 月刊雑誌「教育科学国語教育」明治図書 (6)日本作文の会 1958−1996 月刊雑誌「作文と教育」百合出版 一ユ0一 (7)国分一太郎、滑川道夫他編 1958 『生活綴方事典』明治図書 (8)輿水実編 1979 『新国語科指導法事典』明治図書 (9)国語教育研究所編 1991 『国語教育研究大辞典』明治図書 ω 国語教育研究所編 1996 『作文技術指導大辞典』明治図書 ω 『昭和22∼平成元年度版小・中・高等学校学習指導要領』文部省 (1勃 1995 『平成8年度用 各社の国語教科書』 ㈹ 倉澤栄吉 1952 「第3章作文学習指導の計画」『作文教育の大系』金子書房 (14国語教育研究所編 1964 「第2章作文力の発達」『小学生の言語能力の発達』明治図書 蝸 輿水実 1966 『国語学力診断指導法体系2山ユ0 小学校1年一中学3年の国語学力』明治 図書 (1⑤教育技術研究所編 1978 「資料編第1節能力の系統表」『図説小学校国語科授業の事典』 小学館 (1の藤原宏・渡辺富美雄監修 1982 「第2章作文の基礎能力の育成」『国語資料図解表現事項 事典』全教図書 ㈹ 森久保安美 1982 「第1部第2章作文能力」『新作文指導事典』第一法規 ㈹ 飛田多喜雄・野地潤家監修 1993 『国語教育基本論文集成30 国語科教育評価論 調 査・測定・学力テスト・評価』明治図書 一11一
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