気管挿管チューブのカフ上部吸引ってどうしている?

ベッドサイドケア 15の疑問とカイゼン
特集
ケアの疑問
7
その
気管挿管チューブのカフ上部吸引ってどうしている?
米倉修司
株式会社互恵会 大阪回生病院 ICU 集中ケア認定看護師
1990年に看護師免許取得。救命救急センターICUなどで
の勤務経験後,医療機器メーカーで勤務。2014年より現
職。1997年3学会合同呼吸療法認定士,2014年集中ケ
ア認定看護師の資格取得。
ブや気管切開チューブを選択し,SSDを行います。
SSDについて最も効果的な方法についての結論は
出ていませんが,低圧での吸引が安全かつ効果的
なSSDを行う一つのポイントとなっています。
カフ上部吸引
気管切開チューブを選択し(写真1)
,SSDを
気管チューブや気管切開チューブなど人工気
行います。
道の留置を必要とする侵襲的な人工呼吸管理の
なぜ必要なのか
合併症として,人工呼吸器関連肺炎(Ventilator
VAPは,人工呼吸管理における人工気道を介
Associated Pneumonia:VAP)が周知され,そ
して,下気道に細菌が侵入し発症します。細菌
の予防が重要視されています。
の侵入経路としては,aspiration以外に,本来
VAPの危険因子は,図1のように侵襲的な治
清潔であるはずの呼吸器回路が汚染されること
療や年齢などさまざまです1)。発生原因は,人
により直接細菌を吸入させてしまうinhalation
工呼吸管理が開始された際の留置されている人
(吸入)があります(図2)
。
工気道を介して,下気道に細菌が侵入すること
そのためVAP予防に関しては,aspirationと
です。VAPの主因は,口腔,咽頭で繁殖した細
inhalation両方の観点からの予防対策が必要と
菌が,分泌物と共にチューブを伝ってカフと気
なりますが,VAPの主因はaspirationと指摘さ
管壁の隙間から流入するaspiration(誤嚥)で
れています。その理由として,次の2点が挙げ
あると指摘されています2)。声門下カフ上部に
られます3~5)。
貯留した分泌物は,適切なカフ圧管理を実施し
・挿管されていることにより唾液の分泌が低下
ていても,時間経過と共に気管壁とカフの隙間
し,加えてオーラルケアが不足すればクリア
から下気道に少しずつ垂れ込んでしまいます
ランスが損なわれ,そこで繁殖した細菌が流
(微小誤嚥:micro aspiration)
。
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一般的には,カフ上部吸引ポート付きの気管チュー
入しやすい環境であること
カフ上部吸引(Subglottic Secretion Drain­
・経鼻的に挿入されたチューブにより発生した
age:SSD)とは,VAP予防の一つの方法とし
副鼻腔炎からの細菌流入や,ストレス性潰瘍
て,気管チューブや気管切開チューブのカフ上
予防のためにH2ブロッカーや制酸剤が投与
部に貯留した分泌物を吸引する手技のことで
されている患者では,薬剤の影響で胃内pH
す。SSDを実施するに当たり口腔や鼻腔からの
が上昇するために細菌が増殖し,それらが逆
アプローチは解剖学的に困難で,無理に実施す
行性に繁殖して最終的に挿管チューブを伝っ
ると迷走神経を刺激し,徐脈や致死的不整脈な
て流入すること
ど循環器への影響が懸念されます。一般的に
したがって,SSDはVAP予防法の重要な一つ
は,カフ上部吸引ポート付きの気管チューブや
であることが理解できます。
重症集中ケア V o l u m e . 1 4 N u m b e r . 1
図1
宿主
因子
Tablan OC.et al.:Guideline for prevention of nosocominal pneumonia. Infection Control,Pand Hospital
Epidemiology, 15, 1994, 587-627.,時津葉子:人工呼吸中の呼吸器感染症=VAP, Emergency Nursing,
Vol.16,No.6,P.84∼93,2003.より引用,改編
VAP発症メカニズム
抗生物質投与と
その他の投薬
咽頭
colonization
手術
胃内
colonization
aspiration(誤嚥)
菌血症
汚染された
エアロゾルの発生
inhalation(吸入)
肺防御機能の低下
Translocation?
肺炎
写真1
カフ上部吸引機能付きの
人工気道
交叉感染(手,グローブ)
汚染された
呼吸機器
治療,検査
麻酔機器
侵襲的
器具
図2
器具の不適切な消毒/滅菌
汚染された水/液体
この図は,CDCガイドラインから抜粋した
VAP発症メカニズムです。侵襲的な治療や薬
剤投与によって免疫力が低下している状態に,
人工呼吸器が装着されることで,気道から細菌
が侵入します。
気道からの細菌の侵入経路を大きく分ける
と,本来清潔であるはずの呼吸器回路が汚染さ
れることで,汚染されたエアロゾルを吸入する
「inhalation」と,カフと気道粘膜の隙間から
分泌物と垂れ込んでいく「aspiration」の2つ
の経路があります。細菌が侵入し,肺の防御機
能が低下していることで,VAPが発症します。
VAPの危険因子
aspirationは,気管チューブカフ周囲からの微小誤嚥(micro aspiration)
を意味します。挿管されていることで唾液の分泌低下や十分な口腔ケア
が実施できない口腔環境に加え,経鼻的に挿入された管により副鼻腔炎
を併発し,そこで増殖した細菌が分泌物と共に垂れ込んでしまう可能性
があります。また,消化管潰瘍予防のための制酸剤や,経腸栄養による
胃内pHの上昇が原因で増殖した細菌が,体位によって逆行性に増殖し,
最終的には気管チューブを伝って下部気道へと垂れ込んでしまう可能性
も指摘されています。
inhalation(吸入)は,汚染されたエアロゾルの吸入を意味します。
本来清潔であるはずの呼吸器回路が,気管チューブと回路の着脱によっ
て頻繁に大気に開放されることで,細菌が侵入する危険性が高まります。
気管吸引や回路交換,加温加湿器の水の補給や結露管理,ネブライザー
の薬液補充などが回路を汚染する因子として指摘されています。
カフ上部吸引機能付きの気管チューブ
Taper Guard TM Evac
inhalation(吸入)
aspiration
(誤嚥)
※汚染されたエアロゾルの吸入
※気管チューブカフ周
囲からの微小誤嚥
回路内の結露 加温加湿器の水
ネブライザの薬液
頻繁な回路と気管チューブの着脱
デンタルプラーク
(歯垢)
唾液の分泌低下による
クリアランス低下
副鼻腔炎
経鼻挿管/胃管
下咽頭の分泌物貯留
カフ上部吸引機能付きの気管切開チューブ
アスパーエースTM気管切開チューブ
胃液pHの上昇
(細菌増殖)
→体位による逆流
写真提供:コヴィディエンジャパン株式会社
重症集中ケア V o l u m e . 1 4 N u m b e r . 1
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SSDのエビデンス
を用いて定期的に吸引する方法もあります。一
VAP予防におけるSSDの有効性については,こ
般的には,吸引器を連続的に接続しない間欠的
れまでに多数の無作為化比較試験(Randomized
な吸引の方が実施しやすい傾向にあります。
Controlled Trial:RCT)が報告されています。
SSDの合併症として,ヒツジに対する持続的
これらをまとめて評価したメタ分析も報告され
な低圧(20mmHg)吸引により出血や炎症を
ていますが,SSDは死亡率の低下は認めないも
生じた報告15) もあり,ほかにも過剰な吸引圧
のの,VAP発生率の減少,人工呼吸器期間や
による粘膜損傷や肉芽形成の危険性が指摘され
ICU在室日数の短縮が評価されています
。
6,7)
VAP予防法としてのSSDは,次の団体や学会
が,持続吸引,間欠吸引に限らず低圧で吸引す
のガイドラインでも推奨されています。
ることが,安全かつ効果的なSSDのポイントと
日本呼吸器学会:成人院内肺炎診療ガイドラ
なります。
イン8)
低圧吸引器を使用する場合,
「持続吸引の場
厚生労働省院内感染対策サーベイランス(japan
合は20mmHgを超えないこと」
「間欠的な吸引
nosocomial infections surveillance:JANIS)
:
の場合は150mmHgを超えないこと」17)が一つ
医療機関における院内感染対策マニュアル作
の目安となっており,シリンジを用いたSSDを
成のための手引き9)
実施する場合は,手洗い後,手袋着用の下5~
米国疾病予防管理センター(centers for disease
10mL程度のシリンジでゆっくりと吸引を実施
することで,低圧での吸引が容易に実施でき
10)
control and prevention:CDC)
11)
米国胸部学会(american thoracic society:ATS)
ます。
米国クリティカルケア看護協会(american as­
■実施のタイミング
12)
so­ciation critical-care nurses:AACN)
気管吸引であれば,気道内圧や換気量,SpO2
米国医療疫学会(society for healthcare ep­i­de­
などパラメーターの変動や,呼吸音の変化など
mi­ology of america:SHEA)/米国感染症学
を指標に吸引のタイミングを考慮することがで
会(infectious disease society of america:
きます。しかし,カフ上部に貯留した分泌物は
IDSA)
:急性期ケア病院におけるVAP予防策13)
むせを生じないmicro aspirationとして下部気
SSDの実際
道へと垂れ込んでいきますので,カフ上部に分
■SSDの方法
泌物が貯留したことをアセスメントした上でSSD
SSDの方法は,文献上で低圧持続吸引器を用
を実施することは困難であると考えます。した
いた持続吸引や,シリンジを用いた間欠的な吸
がって,SSDのタイミングとしては患者の状態
引方法などが実施されていますが,最も効果的
に応じて,持続吸引もしくは定期的かつ頻繁な
な方法についての結論は出ていません
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ています16)。明確なエビデンスはありません
。低圧
14)
間欠吸引を計画する必要があります。
吸引器を使用する場合は,20mmHg以下の持
洗浄液が垂れ込む可能性があるオーラルケア
続的吸引や,100 ~150mmHg以下の圧で10
の前後も,SSDは必要となります。CDCガイド
秒程吸引し,20秒休止するなど頻繁な間欠吸
ラインでは,抜管前に気管チューブのカフを脱
引で実施されています6)。
気する前や,チューブを動かす前にも,SSDの
また,低圧吸引器を用いずに10mLシリンジ
実施が推奨されています10)。
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SSDのトラブルシューティング
上部吸引ポート付き気管チューブの吸引孔は,
~吸引できない理由と対策
カフ上部後面に位置しています(写真2)
。
SSDは,カフ上部吸引ポート付き気管チュー
四本19) は,気管粘膜が吸引孔を閉塞する理
ブや気管切開チューブを用いれば,容易に実施
由として,気管チューブは湾曲しているため,
することが可能です。しかしながら,実際にSSD
吸引孔が気管壁後面に接触しやすいことを指摘
を実施すると,思ったように吸引できないこと
しています。また,内径が細いため,高い吸引
もあり得ます。特に気管切開チューブと比較し
圧でSSDを実施すると内腔が虚脱してしまい,
て気管チューブでのSSDで吸引量を少なく感じ
そのために吸引が機能しないという状況も考え
る,あるいは吸引できない印象があるのではな
られます。SSDは粘膜損傷予防の観点から低圧
いかと考えます。
吸引が原則と前述しましたが,吸引効率の観点
気管チューブと気管切開チューブそれぞれの
からも低圧での吸引が必要となります。
カフ上部スペースを測定した報告があります
閉塞に対しては,洗浄液を用いてカフ上部吸
が,気管チューブでは3.6mL±2mL,気管切開
引ポートの閉塞を予防する方法20) や,VAP予
チューブでは10.5mL±5mLという結果になっ
防としてカフ上部洗浄を行う報告21) もありま
ています18)。気管切開チューブは気管チューブ
すが,洗浄液の注入は,洗浄液そのものが下気
の約3倍のカフ上部スペースとなりますので,
道へ垂れ込み,逆にVAP発症を助長してしまう
同じSSDでも気管切開チューブと気管チューブ
可能性があるため,リスクを伴うと考えられて
で比較すると吸引量には差が出て当然となりま
います。閉塞が疑われる場合には,シリンジに
す。ただし,少量の分泌物にも細菌が多量に繁
よる空気のボーラス投与が推奨されています。
殖している可能性があり,それを下部気道へ移
■分泌物が既に垂れ込んでいる可能性
行させないことがVAP予防として必要なことで
SSDは,VAPの 主 因 で あ るaspirationを 予 防
すので,吸引量が少なくとも頻繁にSSDを実施
するために有効な方法であると考えられていま
することが重要であると考えています。
すが,SSDを効果的に実施する上ではカフ圧管
では,吸引が全くできないという場合にはど
理が重要になってきます。
のようなことが考えられ,どのような対
策があるのか,次にまとめてみました。
■閉塞の可能性
写真2 カフ上部吸引ポート付き気管チューブの吸引孔の位置
カフ上部吸引ポート
カフ上部吸引ポートは,チューブの種
類やメーカーによって違いはあるものの
12Fr程度の外径となっており,閉塞が
生じやすい構造となっています。分泌物
の性状によっては分泌物そのものが閉塞
の原因となり得ますが,チューブの構造
上,吸引により気管粘膜そのものがカフ
上部吸引ポートを塞いでしまう原因にも
なっていると報告されています16)。カフ
カフ上部後面に写真のような6mm程
度の吸引孔がある。ここが気管壁後面
に接触しやすい構造となっている。
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