表計算ソフトを用いた都市計画立案支援のための費用試算シートの提案

GIS −理論と応用
Theory and Applications of GIS, 2014, Vol. 22, No.1, pp.27- 35
【研究・技術ノート】
表計算ソフトを用いた都市計画立案支援のための費用試算シートの提案
相 尚寿*・北垣亮馬**・片桐由希子***・田村順子****
Cost Estimation Sheet on Spreadsheet Software for Supporting City Planning Decision Making
Hisatoshi AI*, Ryoma KITAGAKI**, Yukiko KATAGIRI***, Junko TAMURA****
Abstract: This paper proposes a cost estimation sheet supporting decision making for city planning. The urban form is represented by 30 by 30 cells on the sheet and the cost is estimated regarding population distribution, population projection, maintenance cost of road network, water supply
and sewerage network, and investment for new development site. The sheet first requests its user
to input current population distribution and several cost parameters. Then the sheet designates the
downtown cells. A distance from closest downtown cell is calculated for each cell, which is used
for cost estimation. User will be asked to finalize the spatial plan where cells are given the following labels; downtown, to be developed as new sub centers, to be disengaged. The maintenance cost
is calculated by number of cells, distance from closest downtown, and population within the cell.
Finally, the sheet gives how long does it take until the saving of maintenance cost by disengagement
will balance the development cost of new sub centers.
Keywords: コンパクトシティ(compact city),維持管理費(maintenance cost),費用試算(cost
estimation),表計算ソフト(spreadsheet software)
1.研究の背景と目的
性や採算性の検討も求められる.特に住民の移動や
今日の都市が抱える,高齢化や人口減少,車社会
生活環境の変化を伴う場合,公正な計画策定ときめ
化による生活圏の変化や公共交通の衰退,産業構造
細やかな合意形成プロセスが求められ,計画者や住
変化による人口流出,自治体の財政悪化といった諸
民などの利害関係者が将来像を共有できる評価ツー
問題の解決には都市域の縮小など都市の空間計画の
ルが必要である.そこで本稿では,自治体担当者や
見直しが必要である.郊外幹線道路沿道の開発に伴
市民の利用を想定し,採算性検証や事業期間算定の
う中心市街地空洞化対策として既存中心市街地への
観点から都市の空間計画立案を定量的に支援する費
集約による再興を意図したコンパクトシティ(鈴木,
用試算シート(以下,試算シートと記す)を提案する.
2007)の議論が代表例であろう.しかし,海道(2001)
都市の空間的な記述や計画策定のためのモデルに
は人口や住宅の密度を高める目標設定の不明確さや
関連した研究では,北垣(2013)が中心市街地や郊
市街地の郊外拡大抑制の不十分さから,多くの共通
外道路の位置関係,人口や施設配置などの諸条件を
課題を抱える日本の諸都市に広く適用可能なコンパ
整理し,行政コストの試算モデルを提案した.鈴木
クトシティの日本モデルは未確立だと述べている.
(2011)は,合併により広域化した都市での投票所
都市の空間計画を見直す際には,人口分布,公共
配置のモデルを提案した.
施設配置,上下水道や道路などの社会基盤の現状把
具体的なコスト計算では,小瀬木ら(2010)は,
握,上位計画や隣接都市の関係性など多角的な検討
面積あたりまたは夜間人口あたりの費用推計をもと
が不可欠である.さらに都市計画事業としての事業
に,大都市圏全体での維持管理・更新費用を推計し
正会員 首都大学東京都市環境学部(Tokyo Metropolitan University)
〒 192-0397 東京都八王子市南大沢 1-1 E-mail:[email protected]
** 東京大学大学院工学系研究科(The University of Tokyo)
*** 首都大学東京都市環境学部(Tokyo Metropolitan University)
**** Department of Architecture, National University of Singapore
*
− 27 −
た.佐藤・森本(2009)は公共施設および水道や道
フェースの進化および入力パラメータの自由度の向
路などの維持管理費と人口密度との関係を算出し,
上による汎用性や操作性の改善が求められる.
都市をコンパクト化した際の維持管理費削減を推計
した.
本研究で提案する試算シートは,北垣(2013)の
モデルを参考に,現状人口分布,計画人口密度など
計画策定に資する試算では,維持管理や建て替え
のパラメータと計画案を入力すると,市街地集約に
の費用および住民への補償金や撤退地区の再整備費
より圧縮される行政コストと集約先の新規開発に必
用を算出し,郊外住宅団地からの撤退最適時期を導
要な費用を比較し,新規開発費が行政コスト圧縮の
出した清水・佐藤(2011),移動エネルギーや農地・
何年分に相当するかを試算する.既往研究の多くは
森林による環境負荷削減効果,道路・水道・公園の
既存市街地への集約を前提とする一方,北垣(2013)
維持管理費,開発用地と環境修復に関わるコストを
は既に商業施設などの集積が進行した幹線道路沿道
考慮して都市のコンパクト化の効果を貨幣換算する
など既存市街地以外への集約の可能性を考慮してお
システムを開発した高橋・出口
(2007)
が挙げられる.
り,これは本研究で提案する試算シートにおける計
これらの研究は,施設の維持管理費や人口などの
画案の自由度の向上に有効であろう.試算シートは,
量的データを用い,モデルによる都市構造の記述や
自治体担当者が市街化の現状,交通網,施設配置な
最適化を通じて,都市のコンパクト化など都市構造
どから複数の計画を立案した段階で各々の採算性を
の変化に伴う空間計画の見直しの定量的な議論を可
検証する際や住民参加型のワークショップなどで計
能にした.しかし,清水・佐藤(2011)は住宅団地
画案を比較検討する際に,参加者相互間の意見交換
単位での撤退を議論しており,個々に改築や転出入
や合意形成に資するよう設計した.このため,費用
が生じる住宅地一般を含む都市域全体への応用は考
試算におけるパラメータ設定や出力結果の妥当性が
慮していない.佐藤・森本(2009)は人口推計で隣
重要であることに配慮しつつ,担当者による操作性,
接セルの変化率も考慮したコーホート変化率法を用
資料としての説明性,検討材料としての即応性を重
いつつ,郊外から中心部への人口移動を想定したも
視した.現状人口入力やパラメータ設定から結果出
のの,詳細な計算手順は解説されていない.小瀬木
力までの全試算工程を表計算ソフト上に実装するこ
ら(2010)では人口減少により除却可能なインフラ
とで,専門知識を持たない自治体担当者や市民の利
量を算出するために住宅およびインフラ分布状況を
用も容易になり,汎用性や操作性の向上を図った.
セル単位で解析する段階で,高橋・出口(2007)は
また,表計算ソフトの再計算機能により,入力や設
鉄道駅 1000m 圏内のみ人口増加と土地開発を認め
定を一部でも変更すれば直ちに再計算が実行されて
るモデルを検証するため該当地域の抽出段階で各々
出力にも反映されることから即応性の観点でも優れ
GIS が必要であろう.このように提案したモデルを
ている.空間計画の立案支援に表計算ソフトを用い
実際の都市に適用する際の具体的な計算方法や使用
るのは,筆者らの管見の限りでは初の試みである.
したソフトウェアを解説したものは少なく,いずれ
も GIS や統計ソフトなど専門性の高いソフトウェア
2.試算の流れとシートの基本的な構成
の利用や専用ツールの開発を想定していると考えら
操作性,汎用性の観点から,試算シートは都市空
れる.インタフェースの提案が少ないため,自治体
間を表計算ソフト Microsoft Excel 上に 30 × 30 の正
担当者や住民が計画策定過程でこれらのモデルを活
方形セルで表現した.セルの幅は縮尺に相当し,利
用して各都市の実情に応じた具体的な計算式を導出
用者が設定する.入力データである人口に国勢調
し,比較検討を行う計画案のシナリオに対応するパ
査 500m メッシュを利用し,15km 四方の試算を想定
ラメータを設定したうえで,適切なソフトウェアや
して都市空間を 30 × 30 のセルで表現したものの,
分析手順を選択することは困難である.汎用ソフト
Excel 上で計算式をコピーすれば拡張も容易である.
ウェアの活用や試算モデルの単純化によるインタ
費用試算の基本的な流れを図 1 に示す.まず利用
− 28 −
セル幅 Cw は正方形セル 1 辺の長さ(km)を指定す
るもので試算シートの縮尺に相当する.
空間的範囲では,計画対象距離 Sp と市街化限界距
離 Sl を既存市街地からの距離(km)で設定する.前
者は市域境界までの距離,後者は将来的な市街化を
許容する外縁までの距離に相当する.人口密度(人
/ha)は市街地 Dd,縮退基準 Dc,集約計画 Dh の 3 種
類を設定する.前 2 者は計画案提示で各々既存市街
地と縮退させるセルの抽出に用い,後者は将来人口
分布計算での計画人口密度に相当する.
図 1 試算シートの処理フロー
人口増減率は,表 3 に抽出条件を示す地域の分類
者は現状人口分布入力(① -1)とパラメータ設定(①
に応じて既存市街地 Pd,近郊縮退地域 Pc,外縁縮退
-2)を行う.これらをもとに試算シートは既存市街
地域 Po ごとに設定する.縮退地域は市街化限界距
地を抽出し(② -1),各セルの既存市街地からの距
離以内を近郊,以遠を外縁として区分する.前者は
離を算出すると,試算シートは利用者に計画案を提
計画案検討で集約先の候補となりえる一方,後者は
示する(② -2).利用者が最終計画案を入力・確定
集約先の候補とならない.人口増減率は年率ではな
する(③)と試算シートは将来人口分布(④ -1)と各
く現状と計画完了時点の比率として入力する.
セルのコストを計算し,最後に最終計画案に基づく
維持管理費は,行政サービスに必要なコストに該
維持管理費の削減を各セルで合計し,それが何年継
当し,本稿では北垣(2013)を含む既往研究で多く
続すれば集約市街地の造成や整備に要する新規開発
言及されている道路と水道の実装を試みる.3 章で
費が捻出されるかを出力する(④ -2).中間的な計
適用例を紹介する足利市では,2013 年度予算で道
算処理を除いて入力と出力を同一シート上に配置し
路事業を含む土木費が一般会計の約 15% を占める.
たため,計画案やパラメータの変更が即座に出力部
水道は水道,下水道両事業とも特別会計で,両事業
分にも反映され,確認が可能である.以下で各段階
合わせた予算額は土木費を上回る.道路,水道とも
を詳説する.
に行政コストの中で大きな割合を占め,かつ人口の
空間分布に大きく左右されるため,最初の実装項目
として選定した.この他の行政コストには,学校の
2.1.現状人口分布入力とパラメータ設定
利用者は 30 × 30 のセルに現状人口分布を入力す
運営費,公園緑地の維持管理費,社会福祉関連費,
る.ここで負値を入力したセルは試算対象外となる.
清掃事業費などがある.本稿では,学校,公園,医
同時に,利用者は表 1 に挙げたパラメータを設定す
療機関などは道路や水道と異なり個々の住宅に到達
る.パラメータは基本設定であるセル幅のほかに,
するものではなく人口分布を考慮した個別の計画で
空間的範囲,人口密度,人口増減率,道路と水道の
最適配置や採算性の議論が可能であると仮定した.
維持管理費,新規開発費に大別される.
また清掃事業は,新潟市環境部(2012)によると,
住民の分布に左右される収集費用は,ごみ処理原価
表 1 設定するパラメータ一覧
基本 セル幅
空間的 計画対象距離
範囲 市街化限界距離
市街地
人口
密度 縮退基準
集約計画
既存市街地
人口
近郊縮退地域
増減率
外縁縮退地域
Cw
Sp
Sl
Dd
Dc
Dh
Pd
Pc
Po
道路維持
管理費
水道維持
管理費
新規開発費
セル成分
距離成分
セル成分
距離成分
セル成分
Rc
Rd
Wc
Wd
Nc
の 3 割,清掃事業費全体では 1 割に満たないため,
現時点ではいずれも試算シートには実装しない.
維持管理費は,年間費用として,セルあたり一律
の成分(セル成分),既存市街地からの距離に応じ
た成分(距離成分)に分けて設定する.セル成分は
セル内の道路や水道管路の維持管理費,距離成分は
− 29 −
セル内の道路や管路がネットワーク形成のために周
2.3.利用者による最終計画案の確定
辺の道路網や管路網に接続するための費用に各々相
前段階で試算シートが提示した計画案は,人口分
当する.道路はセル成分(万円 / セル)Rc,距離成分
布を考慮しているものの,道路網や施設配置あるい
(万円 /km)Rd の 2 成分,水道も同様にセル成分 Wc,
は既存の都市計画や広域計画を考慮していないた
距離成分 Wd とする.
め,参考として位置づける.将来人口分布や費用試
新規開発費は造成と道路や水道の整備費用に相当
するもので,既存市街地からの距離による変動は小
算に用いる最終計画案は,利用者が各セルに表 3 の
いずれかを割り当てて確定させる.
さいと考え,セル成分(万円 / セル)Nc のみ設定する.
2.4.将来人口分布計算と費用試算
2.2.既存市街地の抽出と計画案の提示
利用者が最終計画案を確定させると試算シートは
現状人口入力とパラメータ設定が終了すると試算
将来人口分布を計算する.既存市街地と近郊縮退地
シートは各セルの人口実数をセル面積C で除して人
域,外縁縮退地域は入力の人口に各々 Pd,Pc,Po を
口密度Dに変換し,既存市街地に該当するセルを抽
乗じ,集約市街地は入力に関わらず Dh とする.
2
w
出する.表2に示す抽出条件の(a)は人口密度が高く
維持管理費の削減 M は,試算対象外および既存
市街化が進行したセル,
(b)は市街地の外縁部で一部
市街地のセルであれば現状と将来の差分はないもの
分が市街化したセルを意図する.隣接セルはムーア
として M = 0,近郊縮退地域と外縁縮退地域では式
近傍とする.さらに各セルから最寄りの既存市街地
(1)により,集約市街地では式(2)によりそれぞれ
セルまでの距離dを,セル中心点間距離で計算する.
算出する.式(1)は,縮退地域では大幅な人口減少
既存市街地に該当するセルはd=0とする.この計算
により道路と水道のセル成分と距離成分がほぼ不要
はワークシート関数では実現できないため,表計算
となることを反映する一方,式(2)は大幅な人口の
ソフト内でのセルの座標にあたるセル参照を引数と
増加に伴うセル成分と距離成分の発生を考慮してい
し,全セルを走査して既存市街地に該当するセルと
る.水道は管路老朽化に伴う破損の補修や復旧の費
の距離を算出してその最小値を返り値とするユーザ
用を前提とするため,集約市街地では道路の費用増
定義関数を作成した.Dとdから試算シートは表2の
加分のみ計算する.また,本項目は費用削減の計算
通りセルを分類し,計画案として提示する.
であるため,費用が増加する集約市街地の計算結果
は負値となる.
表 2 試算シートが提示する計画案のセル分類
分類
D 既存市街地
P 集約候補地
C 近郊縮退地域
O 外縁縮退地域
X 計画対象外
集約市街地では新規開発費 N も式(3)により計算
する.パラメータの新規開発費 Nc は完全に未整備
抽出条件
(a)人口密度 D が Dd 以上
(b)人口密度 D が(Dd+Dc)/2 以上,
かつ条件(a)のセルに隣接
人口密度 D が Dc 以上,かつ既存市街地に
該当しないセル
人口密度 D が Dc 未満,かつ既存市街地
からの距離 d が Sl 以下
人口密度 D が Dc 未満,かつ既存市街地
からの距離 d が Sl より大きく Sp 以下
人口密度 D が Dc 未満,かつ既存市街地
からの距離 d が Sp より大きい
のセルでの開発を想定している.実際の各セルの新
規開発費 N は当該セルの現状人口密度 D と計画人口
密度 Dh の比率を 1 から減じたものを事業費軽減の係
数とした.例えば計画人口密度の 2/3 を既に擁する
セルを集約市街地とする場合,人口密度 0 のセルに
集約する場合と比べ,新規整備費は 1/3 に抑制され
ると試算する.集約市街地以外のセルはN = 0とする.
表 3 利用者が入力する最終計画案のセル分類
分類
特記事項
D 既存市街地 原則,試算シートが抽出した既存市街地セルを踏襲
R 集約市街地 郊外部で市街地を集約する地域
C 近郊
市街化を抑制して他地域への集約を図る地域のうち
縮退地域 既存市街地の周辺部
O 外縁
市街化を抑制して他地域への集約を図る地域のうち
縮退地域 既存市街地から遠隔地域
X 計画対象外 計画対象範囲外の地域
M = Rc + Wc + (Rd + Wd) d
(1)
M = - (Rc + Rd d )
(2)
N = Nc (1 - D / Dh)
(3)
最後に一過性の費用である新規開発費の各セルの
合計が各セルでの年間費用である維持管理費の削減
− 30 −
で捻出される年数を式(4)で算出し,出力とする.
Σ N /Σ M
i
i
i
i
片桐(2013)を参考に 70 人 /ha とした.
(4)
ただし,Ni,Mi はセル i の新規開発費と維持管理
費
将来人口分布の計算に用いる人口増減率は,既存
市街地人口増減率 Pd を 0.9,近郊縮退地域人口増減
率 Pc を 0.2,外縁縮退地域人口増減率 Po を 0.1 とした.
国立社会保障・人口問題研究所(2008)の推計では,
3.試算シートの利用方法と適用例
足利市の人口は 2005 年から 2035 年までに 24.3% 減
栃木県足利市(図 2)を例に,試算シートの適用
少する.足利市の 2005 年の DID 人口率が 59.2% で
例を示す.足利市は関東平野北部に位置する人口約
あるため,DID での人口減少を全体傾向より緩和し
15万人の都市で,1990年を境に人口は減少している.
た 1 割減少に留め,他に集約市街地への人口集約を
市南部を東西に横断する国道 50 号に沿って約 10km
図り,その他の地域では 8 ∼ 9 割の人口減少を想定
の間隔で人口規模が同程度の都市が連坦する.国
すれば概ね前述の推計に一致すると考えられる.
道 50 号は既存市街地を避けてバイパス化され,そ
道路の費用は『費用便益分析マニュアル(案)』
(国
の沿道に量販店,商業施設などが立地するため,足
土交通省,2003),水道の費用は『水道事業の費用
利駅周辺を中心とする既存市街地では人口減少が続
対効果分析マニュアル』
(厚生労働省,2007)に掲載
く一方,市南部の人口は増加傾向にある.郊外にも
された道路長または管路長あたりの維持管理費(以
宅地開発が散見され,足利駅周辺既存市街地の人口
下,参考値と記す)をもとに設定した.
道路のセル成分 Rc は 160 万円 / セルとした.縮退
減少幅が市内各地域で最大である(足利市,2007).
足利市は他都市とは連坦しない既存市街地があり費
による域内道路での維持管理費軽減を想定したもの
用試算を市内で完結しやすく,既存市街地の人口減
で,セルの面積 0.25km2 に道路率 8% を乗じて算出
少および郊外幹線道路沿道への商業集積と人口移動
した道路面積 0.02km2 を道路幅員 6m で除して簡易
など都市の空間構造の見直しが求められる要素があ
的に算出した道路延長 3.3km/ セルに,市道レベル
るため,試算シートの適用事例に適していると考え
の参考値 48 万円 /km を乗じた値である.一般的に
られる.
道路率 20% 以上で整備された市街地とされるもの
の,対象地ではセルの全域が市街化してはいないと
3.1.現状人口分布入力とパラメータ設定
考えられること,縮退地域に該当しうる農地や郊外
パラメータの設定は図 3 ① -2 の通りである.現状
住宅地を中心とした土地利用の地域では道路率が
人口分布には 2000 年国勢調査の人口 500m メッシュ
データを入力するためセル幅 Cw は 0.5km とした.
計画対象距離 Sp は隣接自治体との境界に達する距
離に相当し,既存市街地中心部に位置する足利駅か
ら JR 両毛線で隣接都市の中心駅である桐生駅と佐
野駅まで,足利市駅から東武伊勢崎線で隣接都市の
中心駅である太田駅と館林駅までの距離約 10km を
折半した 5km とした.市街化限界距離 Sl は市街地の
過度な拡大の抑制を図り,足利駅から 2005 年 DID
の外縁である国道 50 号までの距離の 3km とした.
市街地人口密度 Dd は人口集中地区の定義を援用
して 40 人 /ha,縮退基準人口密度 Dc は Dd を折半し
20 人 /ha,集約計画人口密度 Dh は郊外都市における
幹線道路沿道への市街地集約の空間計画を提案した
− 31 −
図 2 足利市の市街地と交通網
10% 未満であると報告されていること(Ai,2012)
新規開発費Nc は62億5000万円/セルとした.これは,
などを考慮して道路率を 8% とした.道路の距離成
近年の大規模な市街地整備事例として,千葉県流山
分 Rd は 27 万円 /km とした.これは郊外と既存市街
区画整理事務所が管理するつくばエクスプレス駅周
地を連絡する幹線道路の一部が維持管理不要となる
辺の 2 件の事業費から算出した 2,500 億円 /km2 をセ
ことを想定したもので,道路延長を既存市街地から
ル面積 0.25km2 の費用に換算した値である.
の距離で近似した上で,県道レベルの参考値 270 万
円 /km に 10% の軽減率を乗じた.軽減率は,県道レ
3.2.既存市街地の抽出と計画案の提示
ベルの幹線道路は他の市街地や隣接都市への連絡道
試算シートが提示した計画案は図 3 ②の通りであ
路としても機能しているため,当該地域の縮退によ
る.既存市街地 D は存置し,その隣接セルや既存市
る全面的な維持管理費用の軽減は期待されず,交通
街地に通じる主要地方道沿道に集約候補地 P が提示
量の減少や一部区間の整備が不要となるに留まるこ
された.試算シートが提示する計画案は,交通網や
とを考慮して設定した.
施設立地などを考慮しないため,参考と位置づける.
水道のセル成分 Wc は 1,000 万円 / セル,水道の距
離成分 Wd は 30 万円 /km とした.これらは管路老朽
3.3.利用者による最終計画案の確定
化による破損事故の補修・復旧費,漏水調査等の費
試算シートの提示に含まれる既存市街地周縁の一
用として記載されている参考値 150 万円 /km を基準
部と,交通利便性と沿道商業施設の活用を考慮した
とした.水道管は道路地下に上水道と下水道の 2 種
国道 50 号沿道に集約市街地 R を配置して図 3 ③のよ
類が埋設されていると仮定し,道路延長 3.3km/ セ
うに最終計画案を確定させた.足利市都市計画マス
ルの 2 倍で管路延長を近似した.例えば小林・山崎
タープランでは集約型都市構造の実現に向け,都市
(2012)が上水道管路網を道路データで近似し,DID
機能の集積を促進する拠点を市内各所に配置し,中
内では高精度に管路延長を近似できたと報告してい
心市街地の居住人口回復と国道 50 号の優位性を活
る.距離成分は道路と同様,当該地区の水道管を既
かした産業系用地の確保が目標とされるため,既存
存管路網に接続するための費用で,管路延長より算
市街地周辺も縮退させつつ国道 50 号沿いの交通結
出される維持管理費を 10% に軽減した値である.
節点に集約市街地を配置した最終計画案とした.
試算対象セルの全てを縮退とし,上記の数値から維
持管理費削減の総額を計算すると年間 40 億円であ
3.4.将来人口分布計算と費用試算
る.足利市の平成 23 年度決算では,一般会計の土木
最終計画案の確定後,試算シートは人口増減率
費のうち普通建設事業と維持補修費が計 27 億円,水
Pd,Pc,Po と入力である現状人口分布(図 3 ① -1)ま
道事業の営業費と建設改良費が計 25 億円,下水道事
たは集約計画人口密度 Dh をもとに,計画終了時の
業の施設費と事業費が計 21 億円,合計約 73 億円で
将来人口分布(図 3 ④ -1)を計算する.また,各種
ある.試算シートによる試算では維持管理費の距離
パラメータ,既存市街地からの距離,将来の人口密
成分に軽減率を用いること,土木費には道路関連以
度をもとに各セルのコストを計算する.集約市街地
外の使途も含まれること,試算対象地域は足利市の
では新規開発費と新たに発生する維持管理費,近郊
主要な市街地を含む 64.75km であり 178km を有す
および外縁縮退地域では縮退で削減される維持管理
る市域全体ではないことを考慮すれば,上記のパラ
費が計算される.維持管理費,新規整備費とも全セ
メータ設定は概算値として妥当な範囲内であろう.
ルの合計が計算され,最終的に新規整備費が維持管
2
2
新規開発費は市街地集約のための,土地の造成お
理費削減の何年分に相当するかを出力する(図3⑤).
よび道路と水道などインフラの新規整備に関する費
利用者はこれをもとに事業期間の検証や計画の見直
用を想定する.維持管理費は事業期間中,毎年発生
しを行う.適用例では,国道 50 号沿道に集約市街
するのに対し,新規開発費は一過性のものである.
地が多く,新規整備費が多額となる一方,比較的市
− 32 −
図 3 試算シートの処理フローと各段階のインタフェース
街化の進んだ既存市街地の北側を含めて広範に縮退
検討が必要な計画策定プロセスに対し,特に費用面,
の対象とするため,毎年の維持管理費の削減効果も
採算性の検討を支援する簡易な費用試算シートを提
大きい.人口は図 3 ① -1 の 14.5 万人から図 3 ④ -1 の
案した.現状人口分布入力,計画人口密度,コスト
12.2 万人に約 15% 減少し,年間維持管理費削減は約
などの各種パラメータ設定をもとに,試算シートが
22 億円となり 39 年分で新規整備費が回収可能と試
提示した計画案を参照して利用者が最終計画案を確
算された.
定すると,将来人口分布と新規整備に要する費用が
市街地集約で圧縮される維持管理費によって回収さ
4.おわりに
れるまでに要する年数が算出されるため,概算なが
本稿では,人口減少や高齢化に対応した新しい都
ら事業の採算性が議論できる.試算シートは,自治
市構造の検討が急務であることを背景に,多角的な
体担当者による操作性,検討会議や住民説明会など
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比較検討や合意形成の場での説明性,計画案の見直
が市域を超えて連続する自治体で都市の空間構造の
しに対する即応性に重点をおいて設計した.各種パ
見直しが求められた際にも試算シートの有効性が示
ラメータや計画案をシート上で変更すれば,直ちに
せるよう改良することは今後の重要な課題である.
試算結果も修正されて出力されるため,複数計画案
謝辞
の比較検討や計画案の試行錯誤が容易に行える.
匿名査読者の方々,CSIS DAYS 2012/2013 ご参加
適用例を示した足利市では国道 50 号などの交通
幹線の活用,集約型都市構造の実現など 5 項目を目
の方々の有意義なコメントにお礼申し上げます.
標に掲げ,マスタープランでは中心市街地に都心交
流拠点,それ以外の鉄道駅周辺に地域生活拠点を設
参考文献
定している.後者は試算シートの集約市街地に相当
足利市(2007)
『足利市都市計画マスタープラン』
するといえる.適用例では集約市街地を中心市街地
小瀬木祐二・戸川卓哉・鈴木祐大・加藤博和・林良
周辺に限定し,既存市街地周辺にも縮退対象を設定
嗣(2010)大都市圏スケールでのインフラ維持管理・
しても,将来人口が予測を上回り,事業期間の試算
更新費用の将来推計手法の開発.
「土木計画学研究・
は 39 年と長期化したことから,マスタープランで
論文集」27(2),305-312.
も拠点形成と同時に具体的な市街地縮退も検討すべ
海道清信(2001)コンパクトシティの欧州モデルに
きであると示唆された.試算シートは拠点形成と縮
ついて−持続可能な都市形態論とわが国における動
退の双方を同時かつ空間的配置に基づき試算できる
き−.
「日本不動産学会誌」13(3),8-17.
ため,計画具体化への活用が大いに期待される.
片桐由希子(2013)沿道型近隣生活圏の空間イメー
なお,試算シートによる将来人口の計算はセルご
ジ.『ロードサイド型コンパクトシティー』,Sus-
とに現状人口とセルの分類に応じた人口増減率のみ
tainable Urban Regeneration 31,34-35.
を考慮しており,年齢構成や世帯構成などは考慮し
北垣亮馬(2013)ロードサイド型コンパクトシティ実
ていない.将来人口計算の精度向上は,今後の改良
現のためのコスト試算.
『ロードサイド型コンパクト
で考慮すべき重要な課題と位置づけられる.
シティー』
,Sustainable Urban Regeneration 31,46-48.
本稿の費用試算では道路と水道のみを実装したも
厚生労働省(2007)
『水道事業の費用対効果分析マ
のの,試算可能な項目の増加,試算の計算式やパラ
ニュアル』
メータ設定の検証を継続する必要があろう.これら
国土交通省(2003)
『費用便益分析マニュアル(案)』
は自治体ごとに状況が異なると考えられるため,自
小林朋美・山崎文雄(2012)道路網を用いた上水道
治体へのヒアリングによる項目の精査,計算式の検
管路の延長分布の推定.「地理情報システム学会学
証,各自治体の実態に基づくパラメータ設定を行い,
術講演論文集」,CD-ROM.
試算シートの有効性を高めることが重要である.
国立社会保障・人口問題研究所(2008)
『日本の市区
また,試算シートでは維持管理費の算定方法がほ
町村別将来人口推計』
ぼ同一と考えられる単一自治体への適用を前提と
佐藤晃・森本章倫(2009)都市コンパクト化の度合
し,隣接都市など他の都市との人口流動や市街地の
に着目した維持管理費の削減効果に関する研究.
「都
連続性を考慮していないため,本稿で適用例を示
市計画論文集」44-3,535-540.
した足利市のように 10 万人程度以上の人口規模で,
清水健太・佐藤徹治(2011)都市郊外部における人
一定規模の中心的な既存市街地を有するものの郊外
口減少地区からの撤退の最適タイミング.
「都市計
化が進行し,隣接都市と市街地が連続しない自治体
画論文集」46-3,667-672.
への利用が適していると考えられる.これに該当す
鈴木勉(2011)既存施設を活用した施設統廃合・再
る地方都市も一定数存在するものの,広域合併して
配置モデル.「日本オペレーションズ・リサーチ学
複数の中心市街地を持つ自治体や大都市圏で市街地
会 2011 年春季研究発表会」,6-7.
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鈴木浩(2007)
『日本版コンパクトシティ 地域循環
型都市の構築』,学陽書房.
高橋美保子・出口敦(2007)コンパクトシティ形成
効果の費用便益評価システムに関する研究.「都市
計画論文集」42-3,487-492.
新潟市環境部(2012)
『平成 23 年度版 清掃事業概要』
Ai, H. (2012) Land use pattern categorization and population analysis of local districts in Tokyo metropolitan
area. Paper presented at the International Symposium on
Urban Planning, 2012. Taipei, Taiwan.
(2013年7月31日原稿受理,2014年3月28日採用決定,
2014 年 5 月 16 日デジタルライブラリ掲載)
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